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時は流れ、世は事もなし

対面 2


投稿者名:よりみち
投稿日時:09/ 3/ 8

 当作品の主な登場人物(2)

呉公
 元始風水盤の資料を提供し建造に協力する老道士。同時に”蝕”の首領であり”企て”を進めている。

青令 呉公の片腕的人物。フィフスに強い反感を抱いている。

茂流田
 元始風水盤建造の現場における責任者。呉公の示した”企て”に加わっている。

義姫
 巫女姿の少女で元始風水盤建造の協力者。芦に対して強い好意を示す。



時は流れ、世は事もなし 対面 2

「”ねえさん”の言葉だと説得力があるわね」
 ベスパの答えにフィフスは辛辣な皮肉をもって応える。

 それが宣戦布告かと身構えるベスパ。しかしフィフスは未だ戦いの意志は見せない。

「‥‥ ずいぶんと余裕だねぇ 今のアタシは恐れるに足りないってところか?」

ふっ! フィフスは愚問だと失笑で示す。
「それで本題だけど、”ねえさん”、私の側に来ない? ここで私たちが手を組めば主の復活は成功したも同じよ」

「あはっ! こいつは‥‥ あんたからそんな話を聞こうとは思ってもいなかったよ!」
 意表を突かれたベスパは強く言い放つ事で困惑を隠す。
「しかし、いったい何を考えてんだ? あんたの”力”ならここでケリをつけた方が早いんじゃないか」

「まあ、敵が”ねえさん”だけならそれが正解でしょうね」

「私以外に敵? なるほど、”現在時”からの再度の介入を警戒してるのか! 時間座標を絞り込むための手がかりはなくなったとしても時間移動自体はできるからな」
 応えつつ脳裏に美神親娘の姿を浮かぶ。
 あの二人がしてやられたままで済ますはずはない。爆発の後、再度、時間移動に挑戦するのは確実。空間的にも時間的にも座標を絞り込むのは無理だろうが、過去世界で一年ほども暮らすつもりがあれば何とかなる。その意味では、この瞬間、完全武装で身を固めた美智恵が現れる可能性もゼロとはいえない。

「その通り。その場合、”ねえさん”が私の側であれば対処も楽でしょう」

「アタシを味方と思っている相手を”こう”か?」
 ベスパは軽く指先で自分の喉笛を横になぞる。
「提案の意味はよく判ったが、アタシがそれに乗って寝返るとでも?!」

「一度寝返っているんだからもう一度寝返ってもおかしくないんじゃない」
 と嘲笑を添え反問するフィフス。
「それに、もう寝返った理由はないんだし躊躇うコトはないわ」

「『理由はない』って、いったい何が言いたいんだ?!」

「”ねえさん”たちの寿命の事。それが”ねえさん”たちが寝返った理由でしょ」

「バカな!!」短く叫ぶベスパ。
 激発を抑えるのに自制心のありったけを費やす。自分は事は置くとしても、愛した男のために命を投げ出した姉に対する最大の侮辱である。

「そう? 主を失った後も”ねえさん”たちが生き存えているのが何よりの証拠じゃない」
 フィフスは口にもしたくないと吐き捨てる。
「もちろん使い魔が命を惜しがるなんてあり得ないんだけど、”ねえさん”たちのパーソナリティは人のでしょ。人が持つ醜悪な自己保存本能が判断に影響したとしても不思議じゃないわ」

「好き放題に言ってくれるじゃない!」
 怒りが突き抜けたベスパは心の余裕を取り戻す。

 この不肖の”いもうと”は知ることは永久にないだろう。
 主が、己の創造物たる使い魔−姉や美神=メフィスト−の寝返りを是と‥‥ いや、己の造物主である宇宙意志の軛(くびき)から逃れようと足掻く自分に引き比べうらやんだ事を。
 自分にしても主に認められたのは、使い魔としての地位を”逸脱”し主の心に触れようとしたから。
 仮に、この頑なに忠実であろうとする使い魔を主が見れば微苦笑を持ってその労に報いるに違いない。

 少しばかりからかってやろうと
「悪かったわね、命に惜しさで! でも、さっきの話じゃあんたにも私たちの流用って形で人のパーソナリティが入っているんだろ。なら、あんただってその選択肢が目の前にちらつけば寝返るんじゃないか?」

「黙れ!!」それが逆鱗であったのかフィフスの感情が弾ける。挑むように
「私を”ねえさん”たちと同にしないで! 私にも”ねえさん”たちと同じく寿命はあるけど、そのことで主への忠誠を揺るがせた事など一度たりともないわ」

「ちょっと待った! 『寿命』だって! あんたにもそれがあるのかい?」

「ナノマシーンを内蔵するなど必要な特殊能力を得るのと引き替えにね。期間は約一年、ここに来て10ヶ月ほどの時間が経過したから残された時間はせいぜい2ヶ月ってところよ」
 時間が残されていない事をフィフスは名誉と誇る。
「ああ、言っておくけど”寿命”を延長できるから逆に自分の方に寝返れって話は聞く気はないわ。前にも言われたけど、何の迷いもなく断ったんだから」

「『前に言われた』?! 誰がそんな話をしたんだ」

「時間転位に協力させた横島にね。私の事を知ると”ねえさん”たちのようにできるからこちら側に来いって」
 フィフスは侮蔑を片頬に答える。
「しかし、横島っていうヤツはバカだ! 私を”ねえさん”たちを同類と考え、そんな愚かな提案をするんだから。そんな寝言をつぶやいているヒマに私にトドメを刺しておけば良かったものを。そうすれば、自分が操られることも半死半生の目に遭う事もなかったのに」

「たしかに、バカだな」ベスパの心に横島に助けられた時の光景が甦る。

 反射的に手を伸ばした姉の場合はともかく、彼が普通に賢明であれば空母上で追い詰められていた自分を助けようとはしないはず。
 しかし”きれいなネェーチャン”のためならあえてそれをやってしまうのが、彼が彼たる所以だ。

 それにしても、日頃の行いの問題だろうが、妻も自分を含めその周辺も横島忠夫という人物を過小に評価していたようだ。
 今の話からすると横島は鼻の下を伸ばし一方的に填められたというわけではなさそうだ‥‥ というより、いち早く相手の正体に気づき追い詰めたらしい。

 それが、自分の意志を奪われ半死半生になったのは、過程のどこかで相手が自分が愛した女性の”いもうと”であり、同じ立場であったことを知ったから。
 姉の愛した男が四年前と同じく身の危険も省みず行動できる人である事が嬉しい。

「何か楽しそうだが、私がお前を楽しませるような事を言ったのか?」

「別に! ただルシオラ姉さんって人を見る目があったんだなぁって嬉しくなってね」

「なぜ、ここに”セカンド”の名前が?」

「何、説明するほどのことじゃないよ」素っ気なく告げるベスパ。
 この感慨を共有できるの(あるいは、して良いのは)は、亡き姉と自分、パピリオだけだ。

「私も裏切り者の事など聞きたくはない」と同じように応えるフィフス。
「どうも私の提案を拒否するつもりのようね”ねえさん”。裏切り者の汚名を返上できる機会なのに‥‥ まあ、私としてはそれが答えの方が嬉しいけど」

「心おきなく始末ができるってか?!」

「当然でしょう、裏切り者! 一緒に行動するのはコトが終わるまで。済めばしっかり主を裏切った事を後悔させた上で殺すつもりだったのよ」

「やっぱり。そんなことだろうと思っていたさ!」とうんざり顔のベスパ。
 毎回のように聞かされる『裏切り者』の単語にいちいち反応する気もないが、言葉の端々に主への忠誠を誇る”いもうと”の口から聞くと癇に障る。

 自らに課せられた道化としての役割を嫌い”無”に帰すことを望んだ主。

 その心の弱さには万言費やしても気が済まないほどの恨み言はあるが、望みは望み。生ある限りそれに添う事が自分に科せられた役目だと思っている。
 そんな自分から見れば主の憂いも知らずいたずらに復活を望む”いもうと”こそ裏切り者だ。
 とはいえ、それを相手に告げようとは思わない。どのみち信じないだろうし語るのは自分の中にある真実を汚すものだと思っている。

 一方、フィフスは事前のセレモニーは終わったと残忍そうな笑みを紡ぐと
「じゃあ”ねえさん”! 裏切り者に相応しい死を与えて‥‥」

 最後まで喋らせずに跳ぶベスパ。気づかれないよう徐々に高めた霊力を掌に集めサイキックソーサーを具象化、フィフスの喉笛を狙って薙ぐ。
が(全身のバネを使い十分な速さで踏み込んだはずだが)後ろに跳んだフィフスにはわずかに届かない。

‘ちっ、バレバレだったか!’ベスパは内心で舌を打つ。
 実測、紙一重だが、それがこちらの動きを正確に見切った結果であることは明らか。

 それを証明するような余裕の笑みを浮かべるフィフスは腕の長さの倍はある霊波刀を両手に生み出し反撃に転じる。

 そのうなるような風音を伴い繰り出される斬撃をかわし続けるベスパ。
 無駄に大きい分だけ速さに欠ける斬撃を避けるのに困難はないが、広くもない酒場のホール、何の抵抗もないかのように柱や壁を切り裂く威力は、その固有霊力がどれほどの高さかを如実に示している。

 ”現在時”で見たデーターから戦力比はざっと1:10と判定したが、実際の差はそれよりもよほど大きいようだ。

 もっとも、だからといって勝負を捨てるつもりはない。
 魔界において最上位者の一人であった主にも人はくじけす戦いを挑んだ。ここはそれに倣うべきと霊的中枢を全開、魔装術を発動。
 あらかじめ目を付けていた柱−それは未だ切断されていない最後の一本−に霊波弾を撃ち込む。

 その爆発により柱がへし折れ最後の支えを失った天井が派手な音を伴い”抜ける”。

 落ちる梁や天井板に一瞬の注意を向けるフィフスの隙を捉えたベスパは内懐に跳び込むや拳の連弾を叩き込む。

 その衝撃に弾かれフィフスの体は入り口まで吹っ飛ぶ。『さらに止め!』とばかりのドロップキック、ドアもろとも外へと蹴り出した。



「いつまで寝ているんだ?! 今のが効いていないことは知っているよ」
 先に立ち上がったベスパは路上に霊波刀が消え大の字になったままのフィフスに嘲笑を投げつける。

「‥‥ 冷静だな。勝てるかと望みを持ったところで無傷なのを見せつけてやろうと思ったが無駄だったか」
 むっくりと立ち上がるフィフス。ちらりと連鎖的に崩れ始めた建物に目をやるとついた土埃を軽く払う。
 
「けっこうヤナ(嫌な)性格だね! アタシたちのパーソナリティを使っているそうだが、アタシはもちろんルシオラ姉さんやパピリオにもそんな人を喜ばせてから叩き落としてせせら笑う性格はなかったと思うんだが」
 と応えつつベスパはその性格が”ファースト”に由来するならあるかなと、かなり偏見に満ちた事を考える。
 ”ファースト”については自分たち長女という同質性より美神令子の前世という異質性が先にくる。

「それはどうかな? お前たちだって十ヶ月も”蝕”の側にあって、そのあり様を見続け、学んでいけばこういう性格になるんじゃないのか」

「なるほど! 幼児教育は大切だってことだな」
 ”生まれたて”の自分たちは、一人前の姿や知識に比べは情緒については幼児に変わらないと聞いたことがある。
 とすれば、生まれてすぐに過去世界に移り”蝕”の行為を目の当たりにしてきた”いもうと”の性格が歪んだとしてもおかしくはない。

「そういうことさ」とベスパの推測を是とするフィフス。
 ちらちらと左右に視線を振ると
「どうやら”遊び”の時間の終わり、すぐにも決着をつけさせてもらうからそのつもりで!」

 言葉が終わるやの跳躍。攻勢を予想していたベスパだが、予想以上の速さに反応が間に合わない。
 伸ばされた手に頸を捉えられと一気に吊り上げられる。

「くのぉっ!」
 抵抗しようとするが体が思うように動かない。掴まれた辺りのむず痒さから、そこを通じて送り込まれる霊力パルスが自分の運動神経を麻痺させていることに気づく。

「そう、抵抗は無意味だ」
 フィフスはどこか楽しげにそう告げるとさし上げた腕を大きく振り降ろしベスパを地面に叩きつける。
 そのまま手を離さず三度ほどもそれを繰り返す。ぐったりとした事を確認し
「まだ、生きているの? 予想以上にタフね。オリジナルの体という事で霊体との相性が良いのかも。そうそう、『予想以上』ということでは、さっきの攻撃も予想以上だったわ。もっとも、三歳(児)と思っていたの相手がが六歳(児)だったっていう程度だけど」

「ち、ちくしょうぅ‥‥」勝負は終わったとする相手にその一言しか返せないベスパ。
 衝撃の大半は”鎧”が受け止めてくれはするが、残余だけでも人の体には堪える。全身で感じる痛みは藻掻く意志さえ萎えさせる。

「主への償いと私の楽しみを考えればもっと苦しめてから殺したいんだけど、さっきも言ったように時間なの。姉妹としての最後の慈悲ですぐに楽にしてあげるわ」
 と指先からの霊波を強めるフィフス。言葉とは裏腹にその強まるペースは少しでも苦しみを長引かせようとしているしか思えない。

‘‥‥ ん?!’
 侵食してきた霊力により魔装術が解けたあたりで自分に見切りをつけたベスパだが、急に負荷が消えたばかりか体が地面に投げ出される。

 閉じていた目を開くと、フィフスが自分の手首をもう一方の手で押さえつつ別の方を見ている。同じ方を見ると、そこにはとうに避難したと思っていた渋鯖が銃を構えている。

 その渋鯖は意外な俊敏さでダッシュすると手にした銃を投げてよこす。
「銃把に霊力の入力端子があります。そこ有りったけの霊力を込めて‥‥」

 言葉半ですべき事を理解したベスパは急な動きに悲鳴を上げる体に鞭を入れ銃をキャッチ。かき集めた霊力を掌から銃把へ送り込みトリガーを引く。

ピシッ 甲高く空気を裂く音と共に放たれた光条がフィフスの肩に吸い込まれる。
 一瞬後、命中点が大きく爆ぜる。

「くっ!」フィフスは大きく抉られた肩を手で隠すように押さえる。
 血に相当する体液はないらしく、さほどの怪我には見えないが、苦痛により歪んだ顔とそれを与えた銃を恐れをもって凝視する様は受けた肉体的・精神的ダメージの深刻さを如実に物語る。

 その様子に気力を奮い立たせたベスパは両手で銃を構え腰を沈めるとフィフスの胸のあたりに狙いを定める。

「ちっ!‥‥ 今日はここまでだな、また会いましょう、”ねえさん”!」
 そうフィフスは月並みな捨て台詞で締めくくると跳躍。建物の屋根へ、そこで身を翻し姿を隠す。



ふう〜 フィフスが去った事でベスパは大きく息を吐く。
 霊力的にも体力的にもとうに限界以上。構えはしたが虚勢も虚勢、よくはったりに乗って退いてくれたと思う。

「大丈夫ですか?」とそこへ駆け寄る渋鯖。

 『うるさい!』と支えようとする手を払おうとするベスパだが、緊張が解けたことでダメージが一気に吹き出す。
 心配そうにのぞき込む渋鯖の顔を見たところで意識がなくなってしまう。




‥‥? ベスパはぼんやりと暗い天井を見ていた。
 しばらくはそのままだったがやがて意識が通常のレベルへと覚醒する。

「気がつきましたか?!」と渋鯖の声。

 声の方に顔を向けるとほっとした様子の当人がいた。視野が動く時に確認したが、ここは病室で自分は全身にわたって手当が施されベッドに体を横たえている。

 何とはなしに体を起こそうとするが全身に広がる鈍痛にあきらめる。

「いくらべスパさんでもそんな急に無理です、安静にしていてください」
 渋鯖は動ける事でほっとしたのか、ややからかうようにたしなめる。
「何、そう長くじゃありません。医師の診断では骨折とか時間のかかる怪我はなく、しばらくゆっくりと休めば元通りに戻るそうです。医者が驚いてましたよ、これほど柔軟で強靭な体は見たことがないって。よほど入念に鍛え上げないとこうはならないって感心してました」

「そいつはフォンに言ってやってくれ、これはアタシの体じゃないんだから」

「そうでしたね、すみません」率直に渋鯖は自分の勘違いを認める。

「それでここは? それとあの後はどうなった?」

「まず最初の質問ですが、ここはウチが開業に協力した病院です。夜分に押しかけた形ですが、まぁこんな時のために恩を売っておいたのですから遠慮は要りません」

「なるほど」とべスパ。
 目の前の青年は父親はこの時代この国の大実業家でここは最大の貿易港。拠点に当たるところが幾つかあってもおかしくはない。

「で、後の質問ですが今のところはなんとも。ホームズさんが残ってくれたので大丈夫でしょう」

「アタシを運ぶのにあんたが要るし、誰もいなくなれば逃げように思われるから奴さんが残るのは正解だろうけど‥‥ 大丈夫なのか?」

 建物一つが潰れるほど、それも常人にはない”力”を振るっての戦いがあったのだから、しかるべき官憲が動かないはずはなく、残ったホームズはそれを一手に引き受ける事になる。

 もちろん、相手が”蝕”でこちらは”蝕”との戦いを任務とする芦少佐直属の部下(厳密には、部下は自分ではなくフォンだが)だから、逮捕だのの話にはならないだろう。

 しかしこの時代の通信事情を考えれば、そうした確認に手間取る可能性は否定できない。その間、自由に動けないとすれば後々に響いてくるかもしれない。
 それとフォンの立場を思うと微妙に気に掛かるのは、今回の行動が”教授”の独断によるものだという事。これを芦が知った場合(当然報告は行くだろう)どのような判断を下すは未知数だ。

 そうした点をまで考慮すれば、あの場から全員でばっくれるのも選択肢としてはあったかもしれない。

「僕も気になったんですが心配ないそうです。何でもホームズさんには外交官特権があるとか。この時期、条約の改正や半島でのコトを踏まえれば、大英帝国の外交官をどうこうしようなんて度胸は官憲にありませんよ」

「なるほど、リスクは計算済みってことか!」
 たしかに歴史的状況を踏まえると時の総理大臣以上にその身柄は大切に扱われるに違いない。
 それにしても他者の無事に気に掛ける自分に面白みを感じないではない。主を失って以来、パピリオという例外を除き、そうした気持ちを持った記憶はない。
 人の体にに入っている事で感性に微妙な変化が生じたのか、それとも自分の”地”としてそういう部分があるのか‥‥
 そう『気に掛ける』といえば、
「ところで、何であの場面、逃げなかったんだい? フィフスの力は見たはずだ。ヤツはあんたなんか小指で殺せる魔族なんだよ。いくら強力な武器があっても無茶をしすぎだろう。まあ、フォンの体の心配はあるんだろうけど、そっちだって元は”蝕”の暗殺者、あんたが命を張る価値はないんじゃないか」

 理解できない呪文を聞かされたような顔をする渋鯖。
「例え、暗殺者の命だろうと造られた魔族の命だろうと、その人が”人”として生きているのならそれは大切な一つの命です。自分にわずかでもそれを守る力があるのなら逃げないのは当然でしょう」

 淡々とした言葉ながらもそこに揺るがない意志を見たベスパは愚かな質問をしたような気まずさを覚える。それを隠すように
「そうそう、あの銃! 精霊石銃じゃないようだがどういう魔法による銃なんだ?」

「霊波を増幅・集束し放つコトができるようにしたもので、どちらかとえいば魔法ではなく科学の産物ですね」
控えめながらも自信を滲ませた渋鯖はそう前置きをすると、
「『輻射の誘導放出による霊波増幅−reiha Amplification by Stimulated Emission of Radiation』−まあ、長ったらしいので略してレーザーと呼んでますが−という理論に基づいて組み立てたもので、発振については精霊石、増幅・集束についてはお見せしたレアメタル結晶を使っています。使うことはないと思っていたのですが外部入力端子を用意しておいて幸いでした」

「そういうことだな」とベスパ。
 銃の機能とこちらの霊圧の二つが揃ってこそのあの威力なのだろう。

 それにしても、当人が『レーザー』と名付けた霊波制御技術が”現在時”に見られないところをみるとメタソウル創造の技術と同じく当人は公開はおろか記録に残す事もなく終わったようだ。

 現時点では温厚かつ誠実な青年が、この件に関わった事を含め幾つもの秘密を抱えオカルトに偏った人物として生涯を閉じることになるとは想像し難い。
 時間的にはあと五十年ほども生きるはずだがその間に何があって人生観が変わったのか興味を引かれる。もっとも、今の自分にとっては関係のないことではあるが。

「まっ何はともあれ」と逸れ始めた思考を目の前の事に戻す。
「あれならフィフスを倒せる。当然、使わせてもらえるだろうな」

「いや、残念ですが、期待には添えないんです」渋鯖は残念そうに首を振る。
「予想はしていたんですが、増幅・集束部があなたの霊圧に耐えられなかったようで、見事に焼き切れてしまいました。もちろん交換すればいいのですが、試作品なので代替部品が用意できていないんです。材料は手持ちのレアメタル結晶で何とかなりますが加工はどんなに急いでも一月、これではとうてい間に合わないでしょう」

「そうかい」とベスパ。世の中、そう甘くはないという事と納得。
 それなりにダメージはあるのか話している内に疲れを感じる。無言で話の打ち切りを宣言、目を閉じる。

 その意味を悟った渋鯖もそれ以上話しかけることもなく控える。

 純粋な戦力と見た場合、何の役にも立たない護衛なのにベスパは何となく安堵を感じる。
 きっと、この青年なら敵が襲ってきた時、それが0.1秒にも満たない抵抗であろうとも身を挺し守ろうしてくれるのが解っているから。
 心を託するに足る者が側にいてくれるのは悪くないものだと思う。




 集まった野次馬の輪から一歩前に出る形のホームズは瓦礫と化した酒場を見渡す。全壊とは言えないが、ここまで壊れればまだ全壊の方が取り壊しの費用がかからないだけマシかもしれない。
 ”蝕”が相手では持ち主には天災と思ってあきらめてもらうしかない。この場合、渋鯖の的確な避難誘導で人的被害がなかったことは持ち主にとって何の慰めにもならないだろう。

‘それにしても‥‥’
 この無駄とも言える破壊の理由を考えようとした矢先、野次馬の輪が左右に押し広げられ警官の一団が姿を見せる。

「‥‥なるほどそういうことか」と声にするホームズ。

 アーシアの事を探る関係でこの界隈の警察力がどのようなものであるかは知っている。そこから予想される状況に比べ警官の展開は早く規模も大きい。つまり治安機関はこの辺りで何かが起こると想定していたという事。
 フィフスという女魔族(渋鯖によればベスパの”いもうと”らしいが)による過剰な破壊は待機していた警官たちの注意をここに引きつけるために違いない。”蝕”が他で何をしようとしていたかは判らないが、今頃はどこかで祝杯を挙げていることだろう。




  街の外れ降り立ったフィフスはえぐれたままの肩を押さえ痛そうに顔をしかめる。

「手前ぇがそんな顔をできるようになっているって初めて知ったぜ! 使い魔って代物は痛みなんて柔な感情を持っていないと思っていたんだが」

 投げつけられた嘲笑の方をフィフスは振り返る。
「傷ついた仲間にそういう言い方をするのが人の礼儀か? 青令」

「ふん! 持っている”力”の欠片すら渋々にしか寄越さねぇ奴を仲間とは言わねぇぜ。もし、仲間とか思ってもらいたいなら、もう少し気前よくこちらに手を貸しな」

「だから、陽動には付き合ってやったはずだが。それに私の”力”ついてはそろそろ芦様も勘づき始めている。使うほどに対抗策が採られる可能性が高まるわけで、もう本番以外には使わぬ方がよかろう。呉公もそれは認めたはずだ」

「言い訳ならもっとうまい理屈を見つけるんだな」
 吐き捨てる青令。その不快さそのままに
「それと、この際だからはっきりと言っておくが、芦に『様』付けは耳障りだ。ヤツのせいでどれほど俺たちが犠牲を払ったと思っているんだ?!」

「ナンバーワンの殺し屋も失ったしな」と冷笑のフィフス。
 青令の額を指した人差し指が すっ と鋭く伸びアイスピックのような形状を取る。
「耳障りと言うことならお前たちが芦様を呼びつけにする事も私にとっては耳障りだ。この際だからはっきりと言っておくが、私は芦様を捕らえるように命じられてはいる。しかし、それは私があの御方の敵だということではない」

「何だと!!」
 怒りで前に出ようとする青令だが、突きつけられた切っ先によりそれ以上は出られない。
「まぁいい。ここで言い合いをしたって始まらねぇ」

「そういうことだ。お前たちは立ちはだかる芦様を排除したいし私は芦様を捕らえたい、その点さえ揺るがなければ十分に手は携えられる」
 相手が矛を収めたことでフィフスも指の形状を元に戻し腕を降ろす。ふと気づいたという風に青令の手にある幾重にも布を巻いた棒状のものに目を向け。
「見たところ”針”、それもずいぶんと粗悪な代物のようだが、わざわざ危険を冒してまで持ち込む意味があるのか? 茂流田の元にある”針”の方がよほど完成度は高いではないか」

「だからよ! せっかく作り上げたのに一回きりで終わりっていうのも勿体ない話じゃねぇか! この国を廃墟にするだけならこっちで十分さ」

「その粗悪品とすり替え使える方は後で何かの金ヅルにしようというわけか。一国を滅ぼしかねない災厄を引き起こそうとする悪の犯罪結社にしてはセコイ話だ」
 フィフスは冷たく指摘すると軽く周囲を一瞥し
「そろそろ周囲の潜む連中に休むように言ってやればどうだ? お前もそうだが霊圧を目一杯にしながらそれを隠しておくのは辛いだろう」

「そうだな、追っ手があると拙いと思ってのコトだが心配はいらねぇようだな」

ふっ! 小さくはあるがそれと解る嘲笑を浮かべるフィフス。
「追っ手への警戒なら”気”は周囲に向けねばならぬのでは? どうも周りの連中の注意はここ、いや、私に向けられている気がするのだがな」

「何が言いたい?」

「言わせたいのか? とにかく今回は少し堪えた。後衛を任せるからよろしく頼む」
 フィフスはそう言い終えると大きく跳躍、闇へと消える。

「ひょっとすると絶好の機会を逃したのか、俺たちは‥‥」
 青令はそうつぶやくと手を挙げ周囲の臨戦態勢を解くよう合図する。
 協力関係にあるが欠片も相手を信じていない自分としてはここは独断でも憂いを絶つべきと思わないではない。しかし決断は下せなかった。
 これまで首領の右腕としてこうした独断で行動した者を粛正してきたのは自分だ。

「まっ、急ぐ事はないか、切り札は我々の手にあるんだからな!」
 そう自分に言い聞か自分も闇へ身を潜ませた。


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