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横島のいない世界

第四話 「人形帝国モガ編」です!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:09/ 2/23

   
 さわやかな朝の街中を、若い二人が歩いている。
 朝帰りではあるが、夜遊びしていたわけではない。徹夜仕事を終わらせて、事務所へ戻るところだった。

「実働10分で7千万円……
 悪くない仕事だったわね」

 美神が笑顔を向けた相手は、斜め後ろで浮かぶ幽霊。最近バイトとして雇ったおキヌである。

(おキヌちゃんって……
 思ってたよりずっと有能だわ)

 巫女姿のおキヌは、少し天然ボケの幽霊だ。だが、除霊助手としては、とても役立っていた。

(いい買い物したかも……!)

 例えば、銀行強盗幽霊の事件。依頼人である銀行支店長と相談した結果、防犯訓練を利用して一芝居うつことになった。その『芝居』において盗まれた金額が依頼料になるという取り決めだったのだが、美神は、囮役に徹する。そして重要なオンライン操作はおキヌに一任し、見事、多額の報酬を得たのだった。
 また、通信衛星に取り付いた妖怪の事件でも、メインはおキヌだった。美神自身が宇宙へ行くのは容易ではないため、霊体であるおキヌを向かわせたのである。相手がグレムリン――きれいな歌声が苦手――だったこともあり、おキヌの子守歌で撃退できたのだった。


___________

 
『はい、「悪くない仕事」でした!』

 美神の言葉に、素直に頷くおキヌ。
 彼女は、美神がおキヌの仕事ぶりを回想しているとは知らない。
 しかし、おキヌはおキヌで、同じ二つの仕事を思い出し、それらと今回とを比べていた。

(今回の仕事、楽しかったです。
 ……ずっと美神さんと一緒でしたから!)

 美神は『実働10分』と言ったが、それは、あくまでも美神の実働時間。今回の仕事は、おキヌが一晩寝ずに番をして、美神がトドメをさすという役割分担だったのだ。
 除霊助手が普通の人間であるならば、今頃徹夜明けで疲労困憊だろうが、幸い、おキヌは幽霊である。古来より怪談話の舞台の多くが夜間であるように、元来、幽霊は夜に強いのだ。
 おキヌだって夜は眠る――生身の人間とは違って浮かんだまま眠る――が、それは、単に気分的なものなのだろう。仕事のために起きていても辛くはなかったし、むしろ、美神の寝顔を眺めているのは幸せな経験だった。


___________

 
 こうして、お互いのことを思いながら歩く美神とおキヌ。
 二人は、五階建ての雑居ビルへと入っていく。
 美神除霊事務所がある最上階まで上がったところで、ドアの前の人影に気付いた。
 それは、左右で括った髪や赤いスカートがよく似合う、一人の幼女。下を向いて座り込んでいる。

『美神さんのお知り合いですか?』
「さあ……?
 みかけない子だけど……」

 二人の帰宅に気付いて、少女はパッと立ち上がる。
 そして美神とおキヌに向かって、走りながら叫ぶのだった。

「モガちゃんが……
 あたしのモガちゃんが
 いなくなっちゃったの!」








    『横島のいない世界』

    第四話 「人形帝国モガ編」です!








「アヤちゃん、
 朝からどこ行ってたの?
 出かける時はママに……」

 若い母親が、玄関で娘を出迎える。
 だが、娘は母親を無視して、奥へ進んでしまう。
 代わりに、

「おじゃまします!」
「!?
 ど……どなた!?」

 ズカズカとあがりこんだ女性が、母親に言葉をかけた。

「ご心配なく!
 家をみた瞬間に
 お金がないのはわかってますわ」
「……アヤちゃん!!
 この失礼でデーハーな女は誰なのっ!?」

 今度も、娘は母親に返事をしない。アヤとしては、美神を現場へ案内することが最優先。
 美神も、黙ってアヤのあとを追う。
 二人の代わりに、

『すいません。
 美神さんも悪気はないんですけど、
 お金持ちを相手するのに
 慣れちゃってるんで……』

 突然ボウッと姿を現した巫女装束の少女が、ペコペコ頭を下げていた。
 だが、普通の巫女ではない。足はなく、背後に人魂を従えているのだ。

「お、おばけ!?」

 腰が引けてしまう母親だったが、ここで、娘の言葉を思い出す。

「……それじゃ、
 アヤの言ってたことは
 本当だったんですの!?」

 オバケが出てきて、大事なモガちゃん人形を連れていってしまった。だから、救出してくれる人を呼んで来ないといけない……。
 それがアヤの説明だったが、母親は、その話を『人形ごっこ』の一環だと受け取っていたのだ。オバケもオバケ退治屋も、あくまでも娘の空想だと認識していたのだ。
 しかし今。
 彼女の目の前に、本物の幽霊が浮かんでいる!
 
(この幽霊が、アヤの人形を!?)

 そう思った彼女に向かって。

『はい!
 ゴーストスイーパー美神と、
 その助手おキヌでーす!』

 おキヌは、相手の勘違いに気付かぬまま、ニコッと笑うのであった。


___________

 
「ここがアヤちゃんの部屋ね?」
「うん!」

 明るい日射しの入り込む、開放的な窓。
 きれいに掃除されたカーペットの上には、おもちゃ箱や、そこに入りきらない大きなぬいぐるみが置かれている。
 典型的な子供部屋だった。
 しかし。

「窓に異界へ通じる穴があるわ」

 持参してきた霊視ゴーグルを使うと、それが見える。
 規模からすると、二、三日くらい前に開いたものらしい。まだ完全には塞がっていない。

『異界って?』

 ちょうど部屋に入ってきたおキヌが尋ねる。アヤの母親も一緒だ。
 振り返った美神が説明する。

「異次元、霊界、亜空間……。
 とにかく、どこか別の世界。
 ひょっとしたら妖怪の巣かもね」 

 それから、目線を下げて、再びアヤに語りかける。

「アヤちゃん!
 モガちゃんは、おねーちゃんが
 連れて帰ってあげるからね」
「うん!」

 ニコッと笑うアヤに見送られて。
 美神とおキヌは、異界の穴へと突入する。

「あまたの世界へ通じる扉よ。
 道を開き、我らを迎え入れよ!」


___________

 
『来タ……』
『人間ガ来タ……』
『コッチヘ来タ……』

 ザワザワとした話し声が、美神とおキヌを出迎える。
 異界の闇の中、最初は正体も分からなかったが……。
 近付くと共に、その姿が見えてきた。
 モガちゃん人形の大群である。

『ひ……!』

 幽霊であるおキヌまでもが恐れおののいてしまう、不気味な光景。
 その先頭に位置する人形が、語りかけてくる。

『あら……
 美神令子ちゃんじゃない!
 ひさしぶりね』
「ひ……ひさしぶりって、まさか……」

 冷や汗を浮かべた美神に対し、人形が背中を向けて、もろ肌脱ぎをしてみせる。そこには『みかみれいこ』とハッキリ記されていた。

『よく一緒に遊んだじゃない。
 忘れたの?』
「わ……私のモガちゃん人形!?」

 目の前の人形は、幼い美神が愛用し、いつのまにか紛失した物だった。
 美神の霊能力が染込んで、魂を宿してしまったのだ。

『仲間もこんなに増やしたわ。
 もうすぐ人間を滅ぼして
 私たちがこの星を支配できる』

 服を着直し、胸のボタンをとめながら、人形が語る。

『魂は抜き取って閉じこめて、
 人間を人形にして遊ぶの。
 すてきでしょう……!?』
「冗談じゃないわよ!
 私の持ち物にそんなことされたら、
 私の立場が……」

 ジャキッと神通棍を構える美神だったが。

『そんな心配はいらないわ。
 あなたは私たちの
 最初の人形になるんだから!』

 リーダー人形の言葉と共に、モガちゃん人形たちが美神に襲いかかった。


___________

 
『人間が着せかえ人形に……。
 幽霊の私は、どーなるんでしょうか?』
『……幽霊は魂そのものだから、
 魂を抜き取ったら、消えちゃうわね』

 おキヌの素朴な疑問に、律儀に応じるモガちゃん人形。
 もちろん、この答えは、おキヌを満足させるものではない。

『……美神さん、この人、
 嫌いだからいじめてください』

 美神に呼びかけてみたが、美神は、それどころではなかった。
 アタックしてくる人形軍団に応戦するだけで、手一杯なのだ。
 人形の群に魂を吹き込んだのは、美神のモガちゃん人形。その一体さえ除霊すればよいのだが、リーダーであるそれは、仲間に守られていた。美神は、近付くことすら出来ない!
 そのリーダーとノンキに会話するおキヌに対し、美神は、ついつい声を荒げてしまう。

「そんなの、自分でやんなさい!」
『……はーい』

 渋い表情になりながらも、おキヌは、美神の言葉を受け入れる。
 右腕をグルグル回して、

『えいっ!』

 リーダー人形に、ポカッと殴り掛かったのだが……。

 スカッ!

『あれ?
 手応えが変……』
『フフフ。
 しょせん、幽霊ね』

 空振りしたわけではない。
 おキヌのパンチは、人形をすり抜けてしまっていた。

『……役立たずね』

 人形から冷笑されるおキヌ。だが、この時、彼女の頭に一つの考えが浮かんだ。

『そうだ!
 もしかしたら……』
『えっ!?
 お前、いったい何を!?』

 思い立ったが吉日である。
 突然のアイデアに従い、おキヌは、全身で突撃した。


___________

 
「え。
 これは、いったい……」

 人形軍団を相手に孤軍奮闘していた美神。
 その表情に、小さな困惑の色が浮かぶ。
 敵集団の動きが、突然、鈍くなったのだ。

「……おキヌちゃん!?」

 視線を、そちらへ向ける。 
 おキヌがリーダーを倒してくれた。そんな可能性を考えたのだが、事実は、美神の想像とは少し異なっていた。

『美神さん!
 今のうちに、早く……』
『ヤ……メロ……』

 一つの同じ口から、二つの声が発せられる。
 おキヌが敵の人形の中に飛び込み、その体を操っているのだ。
 ただし、完全に憑依できたわけではない。人形も必死に抵抗しており、今、一つのボディの支配権を巡って攻防が繰り広げられている。
 だが、それでも十分だった。モガちゃんリーダーは、もはや配下の人形たちに指示をする余裕などない状態。そのため、人形軍団は右往左往し始めたのだ。

「でかした、おキヌちゃん!」

 人形たちを蹴散らして、リーダーに迫る美神だったが……。
 その足が、ピタッと止まる。

「いや……ダメだわ」
『美神さん!?』

 このまま神通棍で人形を攻撃したら、おキヌの霊体にも致命的なダメージを与えることになるだろう。
 もちろん、もっとレベルの高い霊能者ならば、人形の魂だけを巧く貫くことも可能だ。例えばおキヌが妖怪と融合した場合でも、大丈夫かもしれない。
 しかし、今の美神には、そこまで出来る自信はなかった。
 また、神通棍を振るうのではなく破魔札に吸引するとしても、おキヌごと吸ってしまいそうなのだ。
 美神は、ゆっくりと首を振る。

「おキヌちゃんを犠牲にはできないわ。
 アヤちゃんの親からだって
 一銭もふんだくってないのに……!」

 実際には、いくら積まれても、おキヌをこんなところで失う気などなかった。それでも、お金の問題であるかのような発言をする美神。
 この美神の言葉に、人形たちの中の一つが反応する。

『……アヤちゃん?
 アヤちゃんを知ってるの!?』

 アヤの人形だったモガちゃんである。美神も、それに気が付いた。

「私たちは、あなたを取り戻しに来たのよ!
 でも……」

 本来の目的は人形救出だったが、もはや、そうもいかない。オバケにさらわれたどころか、魂を吹き込まれてしまったのだ。連れて帰ったところで、子供に返せる物ではなくなっていた。

『アヤちゃんは私を大切にしてくれたわ。
 だから、ここは私が……!』

 アヤのモガちゃんが、美神のモガちゃんにしがみつく。
 事情を理解して、人形から抜け出すおキヌ。
 それを見て、美神が、破魔札を突き出した。

「塵は塵に、土は土に!」
 
 おキヌではなく、アヤの人形の魂ならば犠牲にしても構わない……という薄情な考えからではない。
 どうせリーダー人形を倒したら、他の人形の魂も消えてしまうから。
 だから、美神は、思いきって呪を唱えるのだ。

「人形は人形に戻れっ……!!」
『キャアァアーッ』

 元凶である人形の魂が、護符に吸い込まる。
 同時に、力を失った人形たちも、バタバタと倒れていく。
 アヤの人形も例外ではない。

『アヤちゃんには
 かわりの人形を買ってあげて。
 私……大好き……』

 それが、彼女の最期の言葉だった。


___________

 
 無事に戻ってきた美神たち。
 しかし、

『ごめんね、アヤちゃん。
 私、もうアヤちゃんとは遊べないの』

 アヤは、大好きな人形から、そう言われてしまった。
 GSのお姉さんが、せっかく連れ戻してくれたのに。
 お別れしないといけないのだ。

『もう私、普通の人形じゃ
 なくなっちゃったから』

 かりそめの魂が抜けたとはいえ、一度でも命が吹き込まれたら、もはや子供の遊び道具としては危険。
 そのため、今回の騒動に関わった人形全部、美神が責任を持って引き取ることになったのである。
 様々な生き人形を処分するのもGSの仕事の一つであり、美神の手元にも結構たまっていた。その保管ボックスに、今回のモガちゃん人形たちも仕舞われることになったのだ。

『……だから、
 新しい人形を買ってもらって。
 そして、新しいモガちゃんを
 私のぶんまで可愛がってあげてね』

 と、いつもの表情で告げられて。

「うん、わかった。
 今まで……どうもありがとう」

 アヤは、涙をこらえて笑顔を作る。

「さようなら、私のモガちゃん!」

 家の前まで見送りに出たアヤ。彼女は、人形を持ち帰る美神の姿が見えなくなるまで、ずっとずっと手を振っていた。


___________

 
 アヤの家から十分離れた地点で。

「そろそろ、いいんじゃない?」
『そうですね』

 美神の呼びかけに応じて、モガちゃん人形から、おキヌが飛び出す。

(これで……良かったんですね?)

 と、自分に問いかけるおキヌ。
 当然のことながら、異界から戻った時点で、人形の意識は消滅していた。だから、もう人形がアヤに語りかけることなど不可能。あれは、中に入り込んだおキヌによる小芝居だったのだ。
 騙してしまったことに罪悪感も覚えるのだが、

(最後に人形さんの口から
 直接言われたから……。
 これで、アヤちゃんも
 お別れできたんですよね)

 ハッキリした形で訣別したほうが、アヤのためにも良かったはずだ。
 そう思って、自分を納得させるおキヌ。
 ちょうど彼女と同じことを考えていたのだろうか、おキヌの隣では、美神が優しい笑顔を浮かべていた。



(第五話に続く)
   


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