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ラブレター フロム ・・・・・・(リレー)

第4話 / 便りが無いのは・・・


投稿者名:偽バルタン
投稿日時:09/ 2/20

<<SIDE:横島 百合子>>



「はい、もしもし……」

『あー……母さん?』



便りがないのは元気な知らせ、とかなんとか言うけどね。
受ける側からしてみれば、それは出さない人の言い訳。

無いよりはあった方がいい。
もらえれば、嬉しいに決まってる。

少なくとも、あたしはそうだ。



「……忠夫?
 ぇ……え、ぁ、ちょっと、本当に?」



ましてや、遠く故郷から離れた、古くからの友人たちも、顔なじみのご近所さんも、祭事ごとに集まるよく知った親戚の人たちもいない
――まぁ、現地での新しい、ご近所付合いや人脈は出来たんだけど――
日本とは何もかにもが違う、まるで魔法の国みたいなナルニアだなんて辺鄙な所に、住んでいるともなればなお更ね。

だから



『な、なんだよ、そんな驚く事ねーじゃん』

「だ、だって……珍しいじゃない、アンタの方から電話かけてくるだなんてさ?
 隕石が降ってきてもおかしくないわよ?」



だから不意の、しかも滅多にない
ひとり息子からかかってきたその電話に

無いよりはあった方がいい、もらえれば嬉しい”便り”ってヤツに



『あ、あのなー。
 珍しく電話したんだぞ? そこは病気とか怪我とか、そーゆーの心配とかする所じゃないか?」
 
「や、それはないでしょ。
 だってアンタ、なんか手に負えないよーな事があって電話かけてきたんだったら、そんな落ち着いて話できるわけないもん」

『……なんだよそれ?』

「アンタ昔からそーだったじゃない? 不意のトラブルに弱くってさ。
 何か大変なことが起きるとすーぐパニくって、『おがーん!!』って、涙も鼻水も垂れ流しで喚いて……」

『うっせーよ』



ちょとばかり動揺して、あたふたとうろたえてしまったり――
もっとも、それを声に出して電話口の向こうの忠夫に悟らせたりするような事はなかったけれどね。

或いは



「じゃあ……ほんとにどうしたのよ?」

『あー……うん、えっとな?
 その事なんだけどな……?』

「うん?」



あ、もしかして、寂しくなって声が聞きたくなったとか?
なんだ、忠夫もまだまだ子供だねー♪
とか……ちょっとばかり親バカ的な期待に、うきうきと心弾ませたり。

そんな、あたしらしくもない浮かれ方をしちゃったとしても



『母さんたち……さ』

「な、なに?」

『俺に……
 ……手紙出したりとか、してないよな?』

「……は?」



それは、仕方ない事だよねぇ?












【第4話 / 便りが無いのは……】












『……そーゆーわけでさ』

「……なるほどねぇ」



忠夫の話を要約すると。

『親しい人』から手紙をもらった。
でも、誰からの手紙か分からなくなってしまった。
だから、心当たりをしらみつぶしにあたってみた。

で……



「その心当たりのひとつとして、遠く離れたナルニアの私たちのところまで。
 滅っっっ多にかけてくることのない、国際電話をかけてきた、と」

『そーそー』

「はぁ〜……
 なんだい、そんな理由でかけてきたのかい……」



失望……というと、ちょっと大げさに聞こえる気がする。
でも、それなりにガッカリさせられた。

電話越しにも伝わるくらいに、声色が落ち込むくらいには。
眉間にくーっと皺がよるのを、抑えられないくらいには。



『……なんだよ?
 さっきから、何かおかしいぞ?』

「別に……なんでもないわよ」



……だってねぇ?
これじゃ、あたしなんかバカみたいじゃない?

たかが息子からの一本の電話に、いいように振り回されちゃってさ?
これで気を悪くするなって言うのが無理ってもんでしょ。

……まぁ、それもこれも全部あたしがひとりで勝手に盛り上がってただけ、って言っちゃえばそれまでなんだけど。
ってゆーか、よくよく考えてみれば、寂しいからとかそーいった理由であたしに電話かけてくるような、そんな殊勝な息子じゃなかったわよねぇ。

不覚だわ。
このあたしともあろーものが、そんな事も忘れちゃうくらい、舞い上がってたなんてね。

でも、それだけ嬉しかったのよ。
息子からの電話が。
久々に聞いた、忠夫の声が。

だからこそ、そんな理由で?って、それなりにガッカリさせられた。
落胆させられちゃったわけで。



『……もしかして怒ってる?
 や、確かに母さんにとっちゃーくだらないことかもしんないけどさ。
 これは俺にとっちゃ……』

「そーゆーワケじゃないんだけど……ね」



うそ。本当は、ちょっと怒ってる。

いや、ね?
我ながら ”勝手に期待しといてて、それを裏切られました。だから、今ムカついてます” なーんて。
そんなのちょっと大人気ないなーと、それは解ってるんだけど。
でも、やっぱり面白くない。

もちろん、すべては結果的にとゆーやつで、本人にその気は無いだろうけど……
よりにもよって、あの忠夫のヤツにしてやられたってのが余計にねー。

だから。
仕返しに、ちょっといぢめてやろうかなー、なんて。



『そんで……』

「その、差出人不明の手紙……
 ”ラブレター”を出した相手を、探して回ってるってワケだ?」

『そーそー。
 そうなん……ぇ、ええええええっ!?』



そー思ってのあたしの台詞は、予想以上の効果を生んだ。

電話口の向こう側で。
びきぃっ! なんて音たてながら、全身を硬直させている、忠夫の姿が見えるかのよーだ。



『な、ななな……』

「……なんでわかったのかって?」



忠夫は昔から、そうだった。
何か言いたくない事がある、肝心な所は隠そうとする、はっきりしないその物言い。

イタズラ好きの悪ガキの癖して、ウソが妙にヘタクソなのよね。
そーゆー風に躾けたのは、他でもないこのあたしだけど。

でもまー今回はそれだけではなく。
なにかこー女の勘的に、ぴーん! と、来るものがあったワケで。



「ほほほほ♪ 
 ばっかねー♪ アンタの事なんか全部お見通しよ。
 何年母親やってると思ってるの♪」

『ちょ、ちょっと鋭すぎるんじゃねーの?』

「そんなことないわよ。
 アンタがわかり易いだけ。
 あんな、奥歯に物挟まったみたいな言い方……隠し事がありますよーって、白状してるのと同じじゃない♪」

『いや、だからってなんでラブレターだって……』

「それはもー、年頃の息子を持った母親の勘……ってやつかしらね♪」



あ、だめだ。抑えられない。

慌てふためく忠夫の声を聞いて。
電話口の向こうで、あたふたしてるであろー息子の姿を考えるだけで。

眉間の皺がほぐれてく。
むすっとしていた表情が、ぐんにゃり崩れていくのがわかる。

にや〜っと、唇がつりあがって……
……今のあたし、きっと、ものすごーく”イイ笑顔”してるんだろうなー。
もし忠夫が見ていたら、思わず震え出しちゃうくらいの。



「アンタなにやってんのよ? 
 せっかくもらったラブレターを台無しにしちゃったってわけ?」

『ま、まぁ……そーゆーことになるかな』

「バカねー。
 まったく……なんて失礼なことしてんの」
 
『だからそれは不可抗力で……』

「言い訳しない。
 こーゆー場合は、全部男のアンタの方が悪いの!」

『……無茶苦茶や』



ま、さんざヤキモキさせられたんだし。
仕返しに、これくらい、別に構わないわよねぇ。

……と



「……ん?」



そう、思ったところでふっと。
心に、引っかかるものがあった。



「ねぇ忠夫……あんた、ラブレター出した相手を探してるのよね?」

『そうだけど?』

「だったら何で母さんところに電話かけてきたの?」



忠夫宛。差出人不明――にしてしまった―-の手紙。
その相手を探すために、知り合いを虱潰しに。
そのひとつとしてあたしの所に電話をかけてきた……
そこまでは、わかる。

でも、その手紙の内容が。
ラブレターだったとなると……



『あー。
 その事だけど……』

「……あんた、また何かバカな事考えてんじゃないでしょうね?」

『バカな事って?』

「母さん、そんな近親なんちゃらなんて、アレな趣味なんかもってないわよ?」

『アホかっ!
 そんなん……つか、話が跳び過ぎだ!』

「だってさー……
 ほら、あんたが押入れにごっそり隠してる、本とかビデオとかにさ、そーゆーのが何本か」

『ぶーーーっ!?』



ちょっとからかってやろうとしただけなのに。
また、電話口の向こうで、忠夫が固まったのが分かった。

……まぁ。
少々、度が過ぎるくらいの女好きではあるものの、基本忠夫はノーマルだ。
そんな、世間様に顔向けができなくなるよーな、アレな息子には育てちゃ居ない。

……育てては居ないはず。



『な、ななななぜそれを!?』

「……なんだ、本当にそーゆーの持ってたんだ」



……ほんとわかりやすいコだね。

や、単に言ってみただけで、別に確信があったわけじゃないんだけど。
ほら、忠夫も健康な男の子なわけだからして。
そういう本やらなにやらの、10冊や20冊は持っているのが当たり前。
うちの宿六だっていまだに、隠して――あたしにはヒミツのつもりらしい。全部わかってるんだけど――持ってるくらいだから。

でもねー。



「いまどき隠し場所が押入れの中だなんて。
 安直ねぇ……もうちょっと工夫した方がいいんじゃないの?
 シロちゃんとか、おキヌちゃんとか、よく部屋に来るんでしょ?」

『し、しかたねーだろ?
 俺の部屋じゃあ、他に隠す所なんか……つか、突っ込む所そこかよ!?』

「……いや、理解ある母親としては、アンタの趣味に口出しする気はないけどさ。
 あんまりアブノーマルなのはどうかとおもうわよ? 
 どうせ他にも色々アレなの隠してるんでしょ?
 普通の娘からしてみたら、そーゆーのドン引きされちゃうんじゃない?」

『……すんません。ほんっとすんません。
 誠心誠意謝りますから、マジで勘弁してもらえませんでしょーか?』

「あははははは。
 冗談よ冗談。そんなテンパらなくてもいーじゃないの♪」

『実の母親とエロ本の話とか……
 一体何の拷問だよ……』



それはともかく



「で?
 どうして母さんとこにかけてきたわけ?」

『いや、母さんつーかさー。
 親父に確認とろうと思って』

「え、お父さん?」

『だからさ、あのクソ親父が……』
 


心無い誰かが、忠夫を貶める為に仕込んだ、手の込んだイタズラ――その、可能性を考えて。
忠夫的に、犯人として最もその可能性の高いらしい、お父さんに確認をとろうと考えて電話をかけてきたらしい。

でも



「イタズラって……アンタね、そんなわけないでしょうに。
 ちょっと考えれば分かるでしょ?
 あたしたちいま、どこに居るの?
 日本じゃないのよ? ナルニアよ? それがどうやってそんな……」



同じ国内に住んでいるのならばいざ知らず。

日本の東京に居る忠夫に対して。
遠く、遠く離れた異国の僻地、ナルニアのジャングルに居るお父さんが。

一体どうやってそんなイタズラのラブレターなんか。
そんな事、常識的に考えれば、ありえないに決まってる。

なんて思ってたら



『そこはほら、あの人。
 クロサキさん……っていったけか? 会社で親父の部下やってた、あのメガネの人。
 親父が、あの人とかに指示出してさ? 
 国内から出したように見せかけて、とか……』
 


遠くはなれた異国から、国内在住の腹心の部下を操って。
忠夫のことを慕っている女の子を装って。
偽のラブレターでもって、ドッキリを敢行。



『やりかねないだろ?
 つか、やるだろ? 
 あの親父ならさ』



……その忠夫の考えは、普通に聞けばそれこそ飛躍しすぎもいいとこ。
無理のありすぎる話なんだけどねぇ。

単なるドッキリで。
わざわざ、他の人間まで巻き込んで。
そこまで大掛かりな事をするなんて、って。

でも



「……まぁ、確かに。
 そんくらい、お父さんだったらやりかねないわねー」

『だろ?』



思わず漏れる苦笑い。
そんなバカな……と思うなかれ。

そう、やるのだ。
ウチの馬鹿亭主は。

私の旦那、横島大樹は。
普通だったら、んなアホな、と、誰もがあきれ返ってしまうような。
そんなどうしょうもない企みを、ノリノリで実行してしまう――そんな、おバカな人なのだ。



「昔から、あんたをおちょくる時には手を抜かない人だったからねー」

『そうだろ!?
 ほんといらん事にばっか、情熱注いでさぁ……
 んがーーっ! 思い出したら腹立ってきた!!』

「いらん事に情熱を……ってのは、アンタも人の事はいえない気がするけどね」



まぁ、それはもちろんあのひとなりの。
息子へ対する、素直になれない、ちょっとばかり捻くれすぎな、愛情表現ってヤツなんだけれども。



「でも、残念。ハズレよ。
 お父さん、そんな手紙なんか出してないわ」

『えー?
 マジで?』



今回の事に関しては、それは忠夫の思いすごし。
単なる考え過ぎってやつ。
それは、確かだ。



「ほんとよ。
 本人に確認したわけじゃないけど……まぁ間違いないって。
 母さんの言葉を信じなさい」

『でもさぁ……』

「アンタと同じよ。
 お父さんの事なら、なんでもわかってるんだから」



もし、そんな面白い事をしてるんだったら。
絶対に態度に出てるはず。

他の人には、わからないような、そんな小さな事かもしれないけど。
あたしには、それを見分ける自信がある。



「何年”あの”お父さんと、夫婦してると思ってるの?」

『でも、母さんにヒミツでこっそりと……』

「あのねー。
 このあたしに、あのお父さんが、隠し事なんて出来ると思うの?」

『う……なんかそーいわれると、納得せざる得ないよーな……』



まぁ、それだけじゃないんだけどね。
あのひと、私にだけはウソがつけないというか、ヘンに正直になっちゃうのよね。

まぁ、そこら辺は忠夫と同じで、あたしの教育の賜物というか。
もし、このあたしに向かって、碌でもないウソなんてついたりしたら、後々どんな目に合わされるのか……
その事を骨身にしみて、よ〜っく理解してるって、それも大きいんだろうけど。



「ま、だから安心なさいな。
 お父さんのイタズラって、その可能性はゼロだから」

『……分かったよ』

「……それにしてもねぇ……」



親として、母として。
少し、複雑な心境ではあるわよね。

だってまさか。
あの忠夫にラブレターを出すなんて……



「また随分と奇特な娘さんもいたもんだねぇ」

『き、奇特とかいうな!
 オレのよさは、わかる娘にはわかるんだよ!』

「……ねぇ忠夫……」

『なんだよ?』

「アンタ、本当に、本っ当〜にラブレターなんか貰ったのかい?
 夢とか……幻覚か何かと取り違えてない?」

『ちょ……
 さっきからひどいぞ色々と!?』

「……まさか、とは思うけど。
 妄想と現実の区別がつかなくなって……とか、そーゆーんじゃないよねぇ?」

『そ、そこまで堕ちてへんわ!』



昔からよく、アタマの中のしょーもない妄想をだらだらと、口から垂れ流ししときながら。
そのくせ、他の誰かからその事突っ込まれるまで、自分じゃその事に気づきもしない。
なーんての、見てきてるからね。。

そんな悪い癖が悪化して……
なんて、心配してしまうのも、無理はないだろ?



「どーだかね〜?
 アンタ、以前バレンタインの時、学校で自作自演のチョコがばれて、涙目になってたらしーじゃない?」

『っきゃーっ!?
 い、いらんトラウマを穿り返すなぁぁ! 忘れたままにさせといてくれーーっ!!』

「そん時みたくさぁ、見栄張ってウソついたはいいけれど、自分じゃ引っ込みがつかなくなって……
 だから、そのウソをホントの事だと、思い込んじゃったりなんかして、とか?」

「違うわぁぁぁ!
 あのチョコレートも! 今回の手紙も!! 本当に、マジで貰ったんだよ! 
 絶対に自作自演なんかじゃねぇぇぇっ!
 つか、なんでチョコのこと知ってんだよ!?」

「ま、それは、ほら……色々と、ね。
 アンタ一人じゃー何かと心配だから……日本でのアンタの事を、監し……
 じゃなかった、ちゃ〜んと見守ってくれてる人が、ね♪」

『監視!? 今監視っていった!?
 お、オレのプライバシーはっ!?』



まぁ、監視というのはいいすぎだけど。

雇い主の美神さんだとか。
よくお掃除しにきてくれるらしいおキヌちゃんだとか。
前に学校に挨拶に行ったとき挨拶しにきてくれた、小鳩ちゃんだとか、愛子ちゃんだとか。

ありがたい事に、結構いるのだ。
忠夫の事、しっかりと見てくれる人。

バカ息子のいい所を、ちゃーんと、わかってくれてる娘。



「まぁ何ていうか……特別なルートが在るんだよ。
 だから……」

『だから?』

「……母さん日本にいないからって、羽目外しすぎるんじゃないよ?
 アンタがなんか悪さしたら、す〜ぐに報告が来るだから。
 日頃の行いには充分に注意しなさいよ?」

『う、ぐ……ワ、ワカリマシタ……』

「よろしい」



もちろん。
そんな彼女たちと、ひそかに連絡をとりあってるってゆー事は、忠夫には内緒なんだけど。

だから……まぁ、本当は、ね。
ちゃんと貰ったんだろうなぁって、思う。

チョコの方はもちろんの事。
今話題にしてる、手紙の方も。

ちゃんと、出した相手が居るって。
忠夫の事を、真剣に想ってくれている、そんな娘がいるんだろうなぁって。



「はぁ……でも、だとしたらその娘さんも、ずいぶんと早まった事したもんだねー」

『は、早まったって……』

「間違いはしっかりと正さなきゃ……だろ?」

『なんだよその言い方!?
 俺に恋すること自体が間違いだとでもゆーつもりか!?』

「うん、そう♪」

『ぐはっ!?
 じ、実の母親が言うことかそれ!?』

「ばぁか、実の息子だからこそ、はっきりといってあげてるんじゃない♪」

『息子の恋を応援しようとか、そーゆー気はないのかよ!?』

「あるわけないじゃない。
 もし、仮に、万が一、まかり間違ってあんたみたいなの好きになったら、どれっっっっっだけ大変な目にあうか……」



経験者は語るってわけじゃないけど。

浮気とか浮気とか、後、浮気とか。
ほんっとにもーあの宿六には、どんだけ苦労させられた事やら。

ま、それでもあの人を選んだのは、他でもないあたしだから。
後悔してるとかはないんだけど。
同じような苦労を、他の娘さんにさせるのは、ちょっと忍びないかなぁ……なんて。

はぁ……まったく、本当に。
似なくてもいい所ばっか似るんだから。



『あぁ! もういい!!
 用は済んだし、切るからな!!』

「もう、そんな怒らなくても……
 ちょ〜っとからかっただけじゃない♪」

『どこがちょっとだよ!!』
 


母親、というものにとって。
息子という存在は、ある意味旦那なんかよりも、ずっと特別な存在だったりする。
どっちが大事とか、そういうんじゃあないんだけどね。



「まだいいじゃないの。
 普段、ちっとも連絡よこさないあんたが、珍しく電話してきたんだからさ?」

『う……い、いや、でも……』

「いいから、もう少し付き合いなさい」



ましてやその子が、遠くに離れて暮らしてる
昔から散々、今もなお現在進行形で手を焼かせてくれている、バカ息子ならば尚の事。

馬鹿な子ほど可愛い、だなんて。
本当に、そのとおりだと思う。



「で、どう?
 元気にしてるの?」

『……オレが日本でどーしてるかなんて、”特別なルート”ってやつから、聞いて全部知ってんじゃないのか?』

「あたしは、アンタの口から直接聞きたいのよ♪」



今、何をしているのか。
まら、何か悪さして、ひとさまに迷惑かけてないか。
ちゃんとご飯は食べてるのか。
病気なんかしてないか……etcetc……

考えない時なんて無い。思わないときなんて無い。
忠夫は、いつでもあたしの心の中のどこかにいて。

時には、あたしの心の中をひとりで独占してしまう。



『や、まぁ……元気っちゃー元気だよ?
 学校は相変わらずアレだし、バイトの方もまぁぼちぼち……』

「なによ、その曖昧な言い方。
 もっとちゃーんと話しなさいよ」

『いや、だって別に取り立てて話す様な事なんかないしなー』

「そう? 
 毎朝シロちゃんにお散歩で町内引きずり回されたり
 セクハラで美神さんにしばき倒された挙句、簀巻きで窓から投げ落とされたり……
 他にも毎日色々と……聞いた分だと、けっこー波乱万丈な毎日を送ってるみたいじゃない?」

『や……普通だよ、普通。
 だってそんなんいつものこったし」

「……そーゆーのが”普通”って言えちゃうような日常ってのは、どうかと思うんだけどねぇ……」
 
『つーかなんだよ? やっぱ知ってんじゃん』



今だって、ほら。
こんな、こんなてことない話題で、普通におしゃべりしてるだけで。
忠夫の声を聞いてるだけで。

鼻の奥がつんとして。
目のところが、何か熱くなってきちゃったりして。

自分でもびっくりするくらい、嬉しい。



「ま、いいわ……
 あんまり危ない事するんじゃないわよ?」

『も少し余裕があれば、そんな生活しなくてもいーんだけどなー。
 だからさー、前も言ったよーにさ、仕送りの方をもう少し……』

「それはアンタの心がけ次第ね
 今だって、ちゃーんと必要な分は送ってあげてるでしょ?」

『いや、そーは言っても、オレにも色々と都合ってもんが……』

「アンタが無駄な事に使わなきゃいいのよ。
 ほら? さっき言った、押入れの中のアレとか……」

『そ、それを蒸し返すのはやめてくれ!
 悪かった、俺が悪かったから!!』

「分かればいいのよ」



まったく、忠夫には絶対見せられない顔だ。
電話でよかった……というか。
顔が見えない会話だからこそ、逆にこんなになっちゃったのかしらね?



『そ、それじゃ、そろそろ……』

「えー? もうおしまい?」

『俺も色々と忙しいんだよ。
 手紙の相手もさがさにゃならんし……』

「そっか……」

『うん、じゃあ……』



でも、息子を持つ母親なんてのは
きっとだれでもそんなものだ。



「……ねぇ、忠夫?」

『なんだよ』

「もう少し、さ……
 マメに電話かけてきなさいよ」

『え?』



親ばかじゃない母親なんて、居ないんじゃないだろうか。



「別に、特別な用事とか、なくてもいいの。
 世間話だけでもいいの。
 ただ単にこうやっておしゃべりして、あんたの声聞くだけでも、お母さん嬉しいんだからさ?」

『……だったらそっちから電話かけてきた方が手っ取り早くねぇ?』



いや、それは忠夫の言う通りなんだけど。
そこは、ほら?
あたしの方から、ちょいちょい連絡取るとか、そーゆーのはちょっと過保護な気がするって言うか。

忠夫が小学生の頃  『この世の中で一番こわいのは、地震でも雷でも火事でもなく、ウチのおかんだと思います』
なーんて、作文に書かれちゃうよーな、あたしのキャラじゃないとゆーか。


「いやー、それはねぇ……母親的にちょっとカッコよくないというか何というか」

『なんだよそれ?』

「いいから!
 かけてくるときは忠夫の方から!
 わかった!?」

『……わ、わかったよ。
 なるべく、電話するようにする』

「それでいいの♪」



このあたしが、子離れ出来てないみたいだ、なんて。
当の忠夫にだけは、思われたくないからね。



『じゃ、今度こそ切るかんな』

「うん。
 身体には気をつけんのよ?」

『あぁ……そっちも、気ぃつけてな。
 いらん心配だとは思うけど』 

「なによそれ?
 失礼なヤツねー」

『誰かさんに似たんだよ』



近いうちに、また日本に行こうかな?

今度は宿六の浮気だ離婚だなんだって、そんなのじゃなくて。
ただ、純粋に忠夫の顔が、みたくなったから。
おしゃべりがしたくなったから。

忠夫が、あたしに電話してくるそのきっかけを作ってくれた、手紙の顛末も気になるし。
出来るなら、その手紙の差出人に、お礼もしたい。
あと、その他色々と、息子の取り扱い方とか、忠告ってやつもしてあげなきゃ。



「それじゃ、またね」

『あぁ、またな』



そんな、わくわくする考えに、ひそかに胸を弾ませながら。
あたしは、そっと受話器を下ろした。

あ、もちろん、忠夫には、ぜーんぶ内緒で。
思い切り、驚かせてやらなくちゃ、ね♪







続く


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