椎名作品二次創作小説投稿広場


息子よ

1 旅立ち編


投稿者名:NOZA
投稿日時:09/ 1/28

・・・・・・便りが無いのは良い知らせとは言うものの、連絡が無さすぎるぞ。何ヶ月ぶりのメールだ、ケイタ・・・まぁ親なんてそんなもんだよなぁ・・・・

事務所のオフィスのパソコンに、息子からの久しぶりのメールが届いていることを知った横島は、インスタントコーヒーを啜りながら思わずニヤニヤとしてしまった。息子からの久しぶりのメールがかなり嬉しいと見える。

横島忠夫は、今年37歳になる。
美神令子との結婚から、18年が経つ・・・・

息子からのメールはそっけないものだった。用件しか書かれていない。
息子と最後に会ったのは、もう一年前になるか。場所は成田空港のイタリア行き飛行機の見送りのロビー。

「行って来ます、お父さん」
「ああ・・・修行、がんばれよ。ピートにくれぐれもよろしくと伝えてくれ」
「はい」
まっすぐな瞳。強いまなざし。
少年は大人へと、男へと変わっていく・・・・ああ、なんかこんな言い方をすると松本零士の漫画みたいだなぁ。

・・・まったく良く出来た息子だよ。俺、あの年頃の頃、あんな立派じゃなかったもんなぁ・・・

なんだかんだで、もはや運命的に、横島は美神と結ばれた。
そのあたりの説明は省きたい。やはり2人には、互いと互いがどうしても必要だったのだ。欠けたピース。
右手と左手。どうしても必要な、存在。

そしてすぐに1人の男の子を授かった。

2人は女の子を授かるものだと思っていた。それもまた、必然的な運命だと思ったからだ。
だからと言ってこの2人は男の子がイヤだったわけではない。ただ予想外であったから驚いただけだ。
これは『神の配分』と呼ぶべきものだ。
命の重さに、人の魂の尊さに男も女も無い。いとおしいと思った。ただ、嬉しかった。

生まれてきた男の子は『蛍太』と名付けた。
センチメンタルな感傷でこの名を名付けたのではない。
『蛍』の一文字は横島の戒め。この文字は彼自身への警告。
決して忘れるな。誓いと約束を。お前は誓ったんだ。『必ず幸せにする』と。
横島は思い出さなければならない。その名を呼ぶたびに。その誓いを。

・・・・そうしないと、俺馬鹿だから忘れちまうんだよなぁ・・・

この子を必ず幸せする。蛍の文字はその彼の決意である。

蛍太はスクスクと育った。
赤ん坊の頃は令子が抱き上げてもなかなか泣き止まず、俺が抱き上げると泣き止んだのはまあ、ご愛嬌か。
この子がルシオラの魂を引き継いでいるかそうでないのか、まったくわからない。
引き継いでいると思いたい。彼女の魂を幸せにしたい。そう願うのは当たり前だ。
でも、たとえ引き継いでいなくても、大切な存在であることはまったく変わらない。
ひどい話だ。とんだ偽善だ。でも、俺にはそれしかできない。
この子を幸せにすることで許しなど請いたくない。この子の幸せが、彼女の魂の慰めとなってほしい。

蛍太は俺にまったく似なかった。
小学生の頃は・・・まぁ親の俺が言うのはなんなのだが、女の子にやたらとモテた。
俺よりも銀ちゃんに似てるかな。バレンタインの時にはチョコレートを、それ以外の時にはラブレターをなんだか山ほど貰ってきたっけ。ほら、漫画で下駄箱開けるとラブレターがドドッと落ちる漫画的表現。
あんな感じ。
そんな奴が実在して、それが自分の息子だってのはなぁ・・・複雑な気分だ。ピートぐらいにしておいて欲しかったよ。俺なんて『バレンタインチョコを自分で自分に送った男』なんて、サイテーな濡れ衣着せられたもんなぁ・・・・アレは今でも恨むよ、令子。

学力優秀、これもまた俺と大違い。体力はそこそこあって、大きな病気はしなかったけど蛍太はよく鼻血を出して心配したっけ・・・・子供ってなんで鼻血が出やすいんだろう。不思議だ。

蛍太は中性的な美少年だった。俺とまったく似ない点がもう一点、まったくスケベでは無かった点だ。
令子に似たのかなぁ。それともやっぱり魂の影響か。俺が反面教師になったのか。
まぁ俺が言うのもなんだがそれは喜ばしいことだ。うん。

蛍太が人とはまったく違っていた点がある。
言うまでも無いことだが、霊能力だ。サンデーに連載中の漫画的な表現を使えば、蛍太はレベル7のチルドレンだった。
蛍太の霊能力の源が煩悩ではないことは確かだ。蛍太の霊能力は令子などと同じ、天賦のものだ。
まぁ俺はともかく母親があの令子だ。凄いはずが無い。

蛍太が小学5年生の頃だったかな・・・2人で土手にキャッチボールをやりに行ったとき、ふと蛍太に聞いたことがあった。お前の夢はなんだ、って。

「僕は・・・・お父さんのようなゴーストスイーパーになる」
蛍太は俺の目をじっと見てそう答えてくれた。ああ、父親冥利に尽きるなぁ。
「ゴーストスイーパーか・・・はは、大変だぞ?」
うん、わかってると蛍太は横島に答える。
「でもね・・・・他にも、どうしてもかなえたい夢があるんだ」
「夢?・・・・お父さんに教えてくれないのか?」
蛍太は恥ずかしそうに笑う。
「うん。ナイショ!!」

この子の夢とは何なのだろう?どんな未来を夢見ているのだろう?どんな世界を望んでいるのだろう?
どんな夢でもいい。この子の未来が、幸せでありますように。

蛍太が俺と令子の事務所を手伝い始めたのは、中学生になってからだ。
GS試験には研修期間が要る。受験年齢に規定は無い。たとえ小学生のときに受験しても蛍太は合格したんじゃないかと思う。俺も令子もそんなことはさせなかったが。
事務所の研修は蛍太のたっての願いだ。蛍太の夢は、やはりGSになること。蛍太はGS試験を受けるつもりなのだ。
・・・・それもいい。蛍太が決めたことだ。
しっかしホント、俺の子とは思えない。俺なんてこの年の頃はほーんとガキだったよ。

蛍太は15歳のときにGS試験を受けた。

・・・・・・・ぶっちぎりで主席合格をした・・・・・・

俺の時なんて・・・・いや、止めよう。言っていて自分が悲しくなる。

義務教育終了と同時に、蛍太は見習いと修行を兼ねて、ピートのいるイタリアへと旅立つこととなった。
これも蛍太の希望だった。ほんとに俺の子なのかと思う。子供は親の思い通りには育たないとは言うが・・・・・
なんだか逆の意味で予想外だ。

ピートか・・・息子を預けられる友がいるなんて、俺はなんて恵まれているのだろうと思う。
ピートやタイガー、愛子に小鳩ちゃん。楽しかったなぁ。
まさに黄金の日々。青春の思い出・・・・と、なんか愛子みたいになってきたな。

蛍太と最後に会ったイタリア行きの飛行機の出発ロビー。
まっすぐな瞳。歩き出す息子の背中。振り返り、大きく手を振る。
令子と2人、見送ったっけ。令子なんて泣いてたくせに泣いてないだなんて。ツンデレが似合う歳でも無いだろ?

少年は大人になる。男になる。確実に、迷い無く、確かにその一歩を踏み出すのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まったく丸一年、ろくに連絡も寄こさないで。
『大事な話があるからお父さんだけ来て欲しい』だなんて。
まぁ令子は今仕事でカナダに行っている。連れて行きたくても行かれないのだが。
しかし蛍太も『誰にも聞かれたくない話』だからって、こんなところにこんな時間に呼び出すなんて、
なんのつもりなんだろう。まぁ、いいか。蛍太がワガママなんて言った事はほとんど無い。だから
こんなワガママが実はちょっと嬉しかったりする。
しかも蛍太は成長期だ。1年も会わなかったらきっとすごい成長しているだろうなぁ。
背なんか俺を追い抜いてるかもしれない。
『男子、三日会わずば刮目して見よ』と言うからな。3日どころか1年だ。

ああ、いつか蛍太が酒を飲める歳になったら、一緒に酌み交わしたいな。
子供にとっては迷惑な願望なんだろうけど、それぐらいのワガママは聞いてもらうさ。息子を持った父親の特権ってやつさ。
しかし、大事な話ってなんだろう?
もしかして金髪のイタリア娘を連れて来て

「将来この子と結婚します、お父さん」

なんて言い出すんじゃないだろうな!?

いや、あり得る。いままでまーーーたく俺に似たところの無かった蛍太だ。
ここらでオチがあっても不思議じゃない。性に目覚めたとたんやたら手が早くなったとか。
ああ、そんなことになったら下手すりゃ俺この歳でおじいちゃんだよ・・・
まあでも、そんなことになっても祝福してやるか。一つぐらいは俺に似ててもいいじゃないか。

横島は蛍太との待ち合わせ場所をグルリと見渡した。
空港からそれほど離れていない、ありふれた丘の上の公園。休日ならそれなりの賑わいがあるのだろうが、平日のこの時間帯には横島以外の人間はまったく見あたらない。

丘の上の公園の広場はそこそこの広さだ。ありふれた時計台とベンチ、落下防止の柵がある。
あと、『恋人の丘』とか書かれたこれまたありふれた案内板。日本のあちこちの公園にあるでっち上げられた
いわくがそれっぽく書かれている。こんなのがあると逆に安っぽくなると思うのだが、何故か日本人は大好きだ。外国の人たちもこの手の物が好きなのだろうか?

時刻は夕刻。そんな正体不明のいわくよりよほど素晴らしいものがこの丘の上の公園にはある。
この公園の丘は西側に開けている。つまり、美しい夕日が名物だ。

今日はよく晴れている。あの夕日というものはイヤになるほど、いつも美しい。
たまにはピンク色の夕日とか現れないものだろうか。茶色や緑色だってOKだ。

・・・・・昔はよく感傷に浸ってしまったよ。情け無い・・・。
でも、誰かを想うこと、悼むことがあったっていい。悲しい時ぐらい、泣いたっていいと思う。
それを笑う人は、大切な人を失ったことの無い幸せな人か、誰も愛したことの無い寂しい人だと思う。
蛍太とも、よく一緒に夕日を見たっけ。俺を見上げて、いつもニコニコとしている子だった。

・・・・ああ、まいったなぁ・・・俺はこの歳になっても感傷的な気分になってしまうのか。

横島は自分の感傷を振り払うように時計台を仰ぎ見た。
装飾が一つも無い簡素な時計は、午後5時を指し示そうとしている。

ヨコシマ・・・・・

そんな時に懐かしい声が聞こえたような気がした。

懐かしい幻影が夕映えの世界の中で微笑んでいた。
事務所の屋根裏部屋にいた頃の私服姿だ。

・・・・ああ、まいったなぁ・・・俺はこの歳になっても、君の幻を見てしまうのか・・・・

懐かしいその姿は、儚く、本当に夢のようだ・・・・

俺は、蛍太を幸せにしてやれただろうか?
俺は、君に許されたのだろうか?
俺は、いつか君の魂に出会えるのだろうか?
俺は、その時なんと言えばいいのか?

万感の想いが横島の心に溢れる。初恋なんて忘れた。でも、君を好きだった想いは忘れることが出来ない。

「・・・・・大好きだ・・・・ルシオラ・・・・・」

横島はルシオラの幻影につぶやいた。
愛してる、とは言えない。自分には令子と蛍太がいる。恋愛感情なんかじゃないんだ。

でも、大好きだ。いくら感謝しても足りない。ありがとう・・・・心から。

夕映えの中に生み出された幻影は、微笑みながら泣いているように見えた・・・・


     【息子よ1 旅立ち編/終 息子よ2 帰郷編 に続く】


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