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横島のいない世界

第一話 美神除霊事務所、出動します!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:09/ 1/ 5

   
「なんだ!?
 どこだここは!?」
『大丈夫ですか、おケガは……?
 私ったらドジで……』

 自分で突き飛ばしておきながら、白々しいセリフを口にする幽霊おキヌ。
 だが、彼女の演技は全くの無駄であった。

「……あれ、おキヌちゃん」
『え』

 固まってしまうおキヌだったが、それも一瞬。
 彼女は、慌てて後ずさりする。

『わっ……私の本名を知っている
 あなたはいったいどなたっ!?』
「どなたって、俺だよ!
 横島忠夫!」

 そう言われたところで、その名前に聞き覚えもないし、また、少年の顔にも見覚えはなかった。
 それなのに、

『ひょっとして私が何者なのかも
 ご存知なのでしょうか!?』
「……幽霊のおキヌちゃんだろ?」

 少年は、おキヌの正体を的確に見抜いたのだ。
 雷にうたれたかのような衝撃が、おキヌの幽体を走り抜けた。

『きゃーっ!!
 ごめんなさいごめんなさいっ!!
 別にあなたを殺すつもりじゃ
 なかったんですう……!!』
「あ、ちょっとおキヌちゃん!?」

 おキヌは、泣きながら、逃げ出していく。
 その場には、困惑気味の少年が一人、残されたのだった。

「どーしたってゆーんだ!?
 あれ?
 ここは確か……」


___________


『さっきは驚いて逃げちゃったけど、
 でも、あのひとなら、もしかして……』

 フワフワと空を飛ぶおキヌ。
 彼女は、今、緑あふれる山々をあとにして、世俗にまみれた温泉街へと向かっていた。

『……あそこ……かな?』

 おキヌが見下ろす先にあるのは、一軒のホテル。入り口には、『人骨温泉スパーガーデン』と書かれた宣伝塔が建っている。

『なんだかわからないけど……』

 そこに強く引き寄せられるような気がする。
 スーッとホテルへ近付いていくと、ちょうど、一つの部屋から男女の話し声が聞こえてきた。

「……するとつまり、
 あなたは私の知ってる横島クンじゃなくて、
 『時空消滅内服液』のせいで過去へ逆行中の、
 未来の横島クンであると、そう主張するわけね?」
「……さいです」
「……もしその話が本当だとすると、
 薬を飲む前24時間以内に強烈に
 印象に残ったことを再現して……」
「この世と俺の結びつき……
 つまり『縁』ってやつを
 強化するしかないんですよっ!!」
「よく知ってるわね」
「美神さんがそう言ったんですってば!」

 女の方は初めて聞く声だ。だが男の声には、聞き覚えがあった。

(……あのひとだ!)

 おキヌは、気配をなるべく消して、声のする方へ近寄っていく。
 ちょうど、二人が部屋から出てきた。二人で一緒に大浴場へ向かうらしい。
 それを見て、

(時代も変わったんだなあ)

 と、ノンキな感想をもつ幽霊おキヌ。生前のことはハッキリとは覚えていないが、彼女の時代の彼女の村では、年頃の男女が一緒に入浴する習慣はなかったはずだ。

(恥ずかしくないのかな?
 ……ああ、でも、これなら平気かも)

 二人は、脱衣場を抜けた後も服を着ている。
 彼らが裸を見せ合うことをおキヌは心配したのだが、杞憂だったようだ。

「霊の反応!!
 すぐそばにいるわ!」
「そいつです!!」
「正体を現しなさいっ!!」

 呼ばれている。
 そう思ったおキヌは、二人の前に姿を現すのだった。

『ど……どーも……』


___________


「このコのどこが
 ヒゲづらでゲイっぽいの?」
「おキヌちゃんっ!!
 何しに来たんだよ!!」
『い、いえ……あの……』

 自爆するほどの剣幕で叫ぶ少年に、おキヌは少し引いてしまう。それでも、言うべきことは言わねばならない。

『ひと目で私の正体を見破ったあなたなら、
 私をお助けくださるかと思って……。
 実は私……』
「三百年前に
 人柱になった地縛霊だろっ!!
 そらもーええんやっ!!」

 ズバリ言い当てられて、幽霊おキヌが唖然としている間に。
 二人の男女は、言い争いを始めていた。

「違うんやーっ!!
 このコは違うんです!!
 信じてっ!!」
「ええい往生ぎわが悪いっ!!」
「……これほど言うても
 俺が信じられんと言うんですかっ!?」
「信じられないわね!!」
「わかりました。
 もー信じてくれなくていーです!
 実力でキスさせちゃるっ!!」

 まるで命に関わる大事であるかのような勢いで、少年が女性に飛びかかる。
 しかし……。


___________


 ドボッ!!

 力なら男の方が上。
 そう考えた少年だったが、あっけなく蹴り飛ばされて、服を着たまま露天風呂に入水。
 
「私を押し倒そうなんて、100万年早い!!」

 と鼻息を荒げる女性は、ノンケの同性から見ても素敵だった。

『か……かっこいい……!!』

 しかし、そうしておキヌが目を輝かせている間に、少年の身に異変が起きていた。

 ドクン!!

「う……」
「横島クン?
 ちょっとやりすぎたかしら」

 少し心配する女性だが、彼女は状況を正しく理解していない。
 少年から話を聞かされていたが、全く信じていなかったのだ。
 だから、全ては手遅れになってしまう。

 スウッ……。

 まるで最初から存在していなかったかのように。
 少年の姿が消えていく。


___________

___________


 そして少年は。
 中学時代と赤ん坊時代とを経て。
 無事に現代へと戻っていく。
 しかし。
 そうして逆行を繰り返した末、そこから直接もとの時代へ帰ってしまったために。
 少年が消えてしまった時空が存在することになった。
 これは、そんな時空の物語……。








    『横島のいない世界』

    第一話 美神除霊事務所、出動します!








「えーと。
 何をしてたんだっけ?」

 温泉にて考え込む美神。
 彼女の隣には、巫女装束の幽霊が浮かんでいた。

「そうだわ!!
 あんたを除霊するんだったわね!?」
『ま、待ってくださいっ!!
 私はキヌといって、三百年前……』

 山の噴火を鎮めるために人柱になったこと。
 この地方の神さまになるはずだったのに、才能がないから無理だったこと。
 だからといって今のままでは成仏もできないので、替わってくれる人を探していること。

『……というわけなんです』

 おキヌは、自分の境遇を――自分が信じている『自分の境遇』を――ポツリポツリと語っていく。

「たしかに他人と入れ替われば
 地縛は解けるけど……。
 それじゃ、まだ誰も
 呪い殺したりしてないのね?」
『はい。
 私ったらドジで、
 そーゆーのも上手くできなくて……』
「じゃ、ここに出る幽霊って
 あんたのことじゃないのね?」

 美神がここへ来たのは、露天風呂に出る幽霊を除霊するためだ。
 だが、ターゲットではないのであれば、この幽霊娘を除霊したところで一銭の得にもならない。
 タダ働きだから、むしろ損した気分になってしまう。
 そんなことを美神が考えているところに、

『……それは自分であります!』

 新たな幽霊が出現した。


___________


『じっ……自分は
 明痔大学ワンダーフォーゲル部員であります』

 今度の幽霊は、おキヌのような可愛らしい少女ではない。
 むさ苦しいヒゲづらの男であり、その言葉どおり、登山ルックで身を固めている。
 実は彼は、少し前までは、出て行くのが怖いと思っていた。
 しかし、突然、気が変わったのだ。なぜ『出て行くのが怖い』と感じたのか、その理由すら忘れてしまうほどの心変わりであった。

『寒いであります!
 助けて欲しいでありますっ!!』

 身の上話を始める幽霊。
 彼は、仲間とはぐれ、雪に埋もれて死んでしまった。しかし死体は発見してもらえず、いまだ放置されているのだという。

「じゃ、
 死体をみつけて供養すれば
 おとなしく成仏するのね?」
『はいっ!!
 そのつもりであります!!』
「うーん……」

 顎に手をあてて考え込む美神。
 季節は春であるが、まだまだ雪山である。死体を探しに行くのは、それこそ遭難の恐れがあった。
 そうかといって、こんな悪意のない幽霊に、おふだを使うのも勿体ない。一枚300万円はするのだ。
 特に今回のギャラは安いのだから、無駄遣いを控えたい気持ちが、いつも以上に強くなる。
 
『あの……?』

 黙り込んだ美神に対して、おキヌが話しかけてきた。
 チラッと彼女に目をやる美神。

「……そうだわ!」

 おキヌのおかげで、突然、良案が浮かんできた。
 美神は、再びヒゲづら幽霊の方を向いて、それを提案する。

「あんた、成仏やめて
 山の神様になんなさい!」


___________


「この者をとらえる地の力よ!!
 その流れを変え、
 この者を解き放ちたまえ……!!」

 バチッ!

(ああっ。
 気持ちいい……)

 美神が呪文を唱えると同時に、おキヌは、それを感じた。
 足首の辺りに走った感触。それは、巻かれていた鉛の塊が突然消滅したかのような、そんな開放感だった。
 そして、感動しているのは、おキヌだけではない。
 今、おキヌの目の前では、  

『これで自分は山の神様っスね!』
「とりあえずはね。
 力をつけるには
 まだまだ永い時間と修行が必要よ」
『おおっ、はるか神々の住む巨峰に
 雪崩の音がこだまするっスよ!』

 という会話が繰り広げられ、姿まで神格化したヒゲづらが飛び去っていくところだった。

(この人……すごい!)

 一瞬にして二人の立場を入れ替えた美神に対し、あらためて感嘆の念を抱くおキヌ。
 少し名残惜しい気もするが、今度は、彼女が立ち去る番である。

『ありがとうございました。
 これで私も成仏できます』

 天に向かって、フワッと浮かんでいくおキヌだったが……。


___________


「……なにやってんの?」

 成仏していくはずの巫女幽霊が、ハッとした表情で止まってしまったのだ。
 突っ込んでは負けかとも思ったが、美神は、つい尋ねてしまった。
 
『あの……
 つかぬことをうかがいますが、
 成仏ってどうやるんですか?』

 答えながら戻ってきたおキヌを見て、美神は呆れてしまう。

(このコ……自分のことを
 ドジだって言ってたけど……)

 ゴーストスイーパーとして色々な霊を相手にしてきた美神だが、成仏の仕方を忘れた幽霊など、聞いたこともない。
 普通は、別の理由で成仏できなかったり、成仏したくなかったりして、この世に留まるのだ。
 専門家としての興味もあって、もう一度、おキヌをジロジロと観察する。

(あらためて近くで見ると……。
 このコ、幽霊にしておくのが
 惜しいくらいの美少女ね)

 なぜか、そんな感想が浮かんでしまうが、だが、見るべきところはシッカリ見ていた。

「長いこと地脈に
 縛りつけられてて安定しちゃったのね。
 こりゃ誰かにおはらいしてもらうしか……」

 別におキヌがドジっコだから成仏できないわけではないのだ。
 それを理解した美神だが、

『あの……
 やってもらえないんですか、それ』
「あんた、お金持ってる?」

 タダ働きをする気など、毛頭なかった。


___________


「……持ってるわけないか」

 おキヌが泣きそうな表情で黙ってしまったので、美神の方から口を開く。
 いくら幽霊とはいえ、可愛い女の子に泣かれるのは、あまり嬉しくない。
 だいたい、美神の親友にもよく泣く少女がいるのだが、彼女が泣くたびに、美神は怖い目に遭わされるのだ。

(ん?
 『可愛い女の子』……!?)

 ここでピンと閃いた。
 さっきも思ったように、目の前の巫女幽霊は、『幽霊にしておくのが惜しいくらいの美少女』である。

(これは……使えるわ!)

 心の中でニンマリと笑う美神。
 彼女の口から出た言葉は……。

「こうしましょう。
 うちで料金分働きなさい!」


___________


 美神は、個人で事務所経営しているゴーストスイーパーである。
 ちょうど、バイトが欲しいと思っていたところだった。
 美神自身の認識では、彼女の事務所のウリは、『美神の美貌と華麗な除霊テクニック』。
 ただし、除霊そのものは美神が行うのだから、バイトに『除霊テクニック』までは求めない。霊能力などない素人でも構わないくらいだ。
 必要なのは、事務所の一員として恥ずかしくないだけの『美貌』だった。

(私としてはすごくもったいないけど、
 ここはやはり身を切る思いで
 バイト料をはずんで、
 それに見合うモデル系の
 美少女か美青年を……)

 とまで考えていた美神である。
 だから、今。
 ルックスは十分合格ということで、目の前の美少女巫女幽霊をスカウトしたのだった。


___________


『やりますっ!!
 いっしょーけんめー働きます!!』

 二つ返事でOKするおキヌ。
 
(今すぐ成仏するんじゃなくて……
 この女の人ともう少し一緒にいられるんだ!)

 それを嬉しく思う彼女に、バイト代を交渉しようという発想は、全く湧かないのであった。


___________


 そして、翌日。
 美神は、おキヌを連れて帰り道を歩く。
 そこで、今さらのようにバイト料を告げた。

「おキヌちゃん可愛いから、フンパツするわ。
 ……日給30円でいいわね?」
『はいっ!
 ありがとうございます』

 ニコッと笑いながら鬼発言する美神だったが、おキヌは、感謝の言葉すら口にする。
 いや、それだけではない。
 なぜかポッと頬を赤らめたおキヌは、フワフワと美神に近付いて、彼女に抱きついたのだ。

『そんなにいただけるなんて……。
 ……美神さん、大好き!』
「きゃっ!?
 やめなさい、おキヌちゃん。
 もう……冥子といい、
 おキヌちゃんといい、
 こんなのばっかりなんだから……」

 同性から過度に慕われるのは慣れている。
 そうした傾向は学生の頃からなので、おキヌのことも、それらと一括りにしてしまう。
 だが、おキヌ自身は、今の自分の感情に少し戸惑っていた。

(なんだろう……この気持ち。
 美神さんとくっついていると、
 それだけで、なんだか、とっても……)

 美神に対してトキメキを感じてしまうおキヌ。
 彼女は、当然、知らないのだが……。
 本来いるべき少年が消えたために、その影響が、今。
 残された人々に、出始めていたのだった。



(第二話に続く)
   


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