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絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

睦言4


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/12/30


 汗ばんだ皆本の背中を見つめ続けていた。
 今だけじゃない。私はずっと彼の背中を見つめ続けていた。

 P.A.N.D.R.AとB.A.B.E.Lという立場に別れてはいても、不思議に敵とは思えなかった。
 それが皆本の私達に向ける言葉や感情だけでなく、私からの感情のせいだと気づいたのは何時からだったろう。

 身体を起こして金色の髪を掻き上げると、煙草を一本口元に運ぶ。
 細い紫の煙が泳ぐ中、私は心の中で「こちらを向いて」と願う。
 別にテレパスじゃないけど、そうすればいつか振り向いてくれるのかと想っていた。
 そう、ずっと想っていた。
 なんで女王達に彼がいて、私にはいないのだろうか。
 もしP.A.N.D.R.AとB.A.B.E.Lに決定的な違いがあるとすれば、私達には彼が存在しなくて、彼らには彼が存在した事じゃないのだろうか。
 あんな笑顔や柔らかな言葉を向けられて生きてきた彼らと、欲しても手に入れられずにカラカラに乾いた私達。
 だったら今それを手に入れた私は、どちらの人間なのだろうか。
 もし私達が今さらそれを手に入れたら、彼らと同じようになれるのだろうか。
 答えなんて理解っている。そうはならない。
 彼らが満たされた時間を過ごしていたとき、私達は乾ききって飢えていたのだから。
 人の命は経過した時の連続。敷き詰められた過去は、次の瞬間に今という時間が重なってゆく連続。
 私達は乾いた肌を寄り添い合い生きてきた。
 常に乾いているから激しく充足を求める。
 だから私もまた、今でも満たされてはいないのだ。
 もっと彼の言葉を、もっと彼の笑顔を、もっと彼との時間を。
 溢れ出す欲求をぶつけても、満たしきれるものじゃないと理解っていても。

 料理が上手で、洗濯が上手で、他人の痛みを感じてしまう彼。
 言葉が下手で、世渡りが下手で、身近な人の想いに鈍感な彼。
 そんな彼がずっと愛おしくてたまらなかった。
 乗り越えられるはずもない壁があっても、彼が欲しかった。

 「ねえ、こっちを向いてくれる?」
 心を振り絞って囁いてみる。
 彼はなにも答えない。
 理解ってはいた。こんなやり方で彼を手に入れようとしても、彼は決して振り向いてはくれない。
 心までは決して渡さない。それが彼の好きなところではあるけれども。
 「今夜は悪かったとは思ってるわ。でもね、それでも少しだけ、あなたとの想い出を欲しかったの」
 静寂と拒絶がベッドの上を漂っている。
 「あなたにどんなに恨まれても、私は反論できない。許されようとも思わない。私だけ満足して、あなたはきっと奪われてただけですものね。それでも私は、あなたが欲しかった。あたなとの時間が欲しかったのよ…」
 背中という彼自身の壁は、決して開こうとはしない。
 「だから、お願い。こちらを向いて。私を罵って。軽蔑して。なんなら陵辱してもいい。欲望のままに征服されてもいい。私、あなたの視界に入らないのが今一番辛いから!」

 重い沈黙がシーツが動く音で遮られる。
 毛布を掴んで上半身を起こした皆本の肌が暗がりに映えて美しいと思った。
 「…僕にそんな下品な趣味は無い。あなたを許すつもりも無い。言いたい事も一つだけだ」





 「僕の前から消え失せろっ!マッスル大鎌ッッ!!」



 「いやあぁぁっ!!そんなつれないコト言わないでぇ!さっきまであんなに激しく愛し合ってたじゃないっ!」
 「アンタが勝手に部屋に入ってきて押し倒しただけだろうがぁぁぁっ!」
 「酷いっ!あたしの真剣な想いを返してっ!純情を返してっ!」
 「その言葉そっくりそのまま突き返してやる!僕の失ったイロイロなものを返せっ!うううあぁぁっ」

 その瞬間、この部屋のドアが勢いよく開いた。
 いや正確にはドアは粉々に吹き飛んだ。
 砕けた破片は前方に打ち出され、なぜか皆本を避けたが、大鎌には次々に命中した。
 廊下の灯りで逆光になっているが、その影は見誤るはずもない。
 「皆本にナニやらかした手前ぇはあぁぁぁっ!」
 怒声が部屋の全てを振動させた。
 「女王!女神!エンぶれすりゅあああぁぁっ!」
 大鎌が驚愕の叫びを終えるのを待たずに、強烈な力が彼を壁に叩き付けた。
 「ふのぉぉおぉぉぉぉっ!!らめえへえぇぇぇぇっ!!」
 身動きを失った大鎌の股間に、部屋中の質量の大きいものが次々と現れ激突する。
 張り付けにされ、意識を失った大鎌の前に紫穂が歩み寄ると、ブラスターを構える。
 「これ以上は苦しんでいるか喜んでいるか判別つかないわね。さっさと始末しましょ」
 彼を見る瞳には髪の毛ほどの温度も無い。
 「大鎌の始末は後だ、紫穂。そいつは楽に終わらせるつもりはない。産まれてきた後悔させてやる。葵!」
 葵が指を鳴らすと、壁のレリーフを化していた大鎌は瞬時に消えた。

 「薫ぅっ!葵ぃっ!紫穂ぉっ!」
 毛布を抱きしめて乙女の様にむせび泣く皆本に、三人は寄り添って抱きしめた。
 「大丈夫だよ、皆本…もうあの怖い筋肉はいないから。いっぱい泣きな」
 「皆本はんは汚れてなんかいない。ちょっと変な虫に噛まれただけやて」
 「皆本さんの無念は私達がちゃんと晴らすから。皆本さんはいつもの皆本さんでいて」
 薫は屈み込んで、皆本の顔を覗き込んでとても温かい声で言った。
 「マッスル大鎌には地獄の苦しみを。皆本はちゃあんと苦しまずに殺してあげるから」


 「へ?」


 三人は笑顔を浮かべていた。ただ、その笑顔には一切の温もりも感じられない金属の微笑だった。
 ある江戸時代初期の剣士の言葉がある。餌に出くわした獣は、決して唸ることなく、穏やかな目をするものだと。

 「皆本ぉ。フタマタどころかミツマタってぇのは、あまりにも欲しがり屋さんすぎないか、エエッ?」
 「ウチなぁ、本気やったんやであれ」
 「浮気は男の甲斐性なのかもしれないし、皆本さんがモテるのは知ってるけど、あまりにも空気が読めてないんじゃないかしら」
 三人のこめかみに血管が浮かび上がり、はじけ飛びそうなくらいにピクピクしている。

 「ちょっとまて。ちょっと待ってくれ!この一連の話ってオムニバスじゃないのか?各話別個の話じゃないのかっ?」
 「何時誰かそんなこと言うたん?」
 「ひょっとして僕、おもいっきり外道なキャラになっちゃった?」
 「良かったなぁ、皆本。死ぬ前に美少女三人とっかえひっかえ愉しめてさぁ。あたしが代わって欲しかったくらいだよ」
 「聞いてないっ!僕そんなこと聞いてないよっっ!!」
 「うんうん、皆本さんもたくさん言い分あるよねー。ちゃんと聞いてあげるからね、遺言として」
 「さあ、行こうぜ!あたしの純情を弄んだ理由をたっぷり聞かせて貰おうじゃねーかっ!」
 「皆本はん!死ぬ前に籍だけは入れといてな!あと認知な」
 「二人はともかく、私を抱いた時の気持ち、トラウマになるまで調べさせて貰うからね!」
 「いやぁぁあぁっ!待ってえぇぇぇっっ!!」

 ベッドから皆本が引きずり出されると、四人の姿は瞬時に消え失せた。
 ホテルの割れたサッシから夜の冷たい風が吹き込み、カーテンを躍らせている。
 その夜風の向こうから、若い男の叫びが聞こえたかもしれない。


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