椎名作品二次創作小説投稿広場


絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

カフェオレ


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/12/21

 ぼんやりこれから自分が乗る旅客機を眺めながら搭乗時間を待っていたら、いつの間にか彼女はそこにいた。
 搭乗時間をもう一度確認するため掲示板に目をやった、その一瞬の間にそこにいた。
 ひょっとしたら最初からそこにいて、僕が気が付かなかっただけなのだろうか。

 「なあ、にいちゃん」
 幼稚園くらいの子だろうか。自分と並んでベンチに座って二、三度足をぷらぷらさせていたら、僕の方に振り向いた。
 「ここどこなん?」
 迷子か。
 イントネーションからすると関西の人なんだろうか。
 「ここは成田空港だよ。君はどこから来たの?」
 「ひこうき」
 まあそりゃそうだろう。ここの乗降客の迷子だとすれば。
 どこのおうち?って聞けばよかった。
 「ひこうきおりたのに、みんなおりへんからおりてきたねん」
 両親が目を離した隙に勝手に降りて来たんだろうか。
 「あー、あれやあれあれ!あれにのってきてん」
 「いや、あれじゃないでしょ」
 彼女の指さした旅客機はまだ誘導路をゆっくり移動中で、これからエプロンに向かうところだ。
 「あれやって。うちピ○チュウのに乗ってきたんやもん」
 同型のラッピング機なんだろうな。着陸中に飛び降りるはずがないんだから。
 「パパとママは一緒だったの?」
 さっき買ってきたカフェオレの缶を開けて彼女に渡すと、一口飲み込んでから答えた。
 「きょーと」
 惜しい。それはたぶんさっきの質問で答えると正解だ。
 たぶん自分の家なんだろう。
 こんな小さい子なんだから少なくとも両親のどちらかが付いてくるはずだろう。あるいは祖父母とか。
 「うちはにっぽんいちふこうなしょうじょやねん」
 あー、なんかのアニメで聞いたことある台詞だなぁ。
 迷子になって幸せな少女も無いんだろう。

 それらしい親の姿を求めて見回すと、ストンと僕の膝の上に彼女は乗ってきた。
 子供って案外に素早い。
 「これっておいしいなぁ」
 両手で缶を抱えてこくこくと飲んでる。
 子供って体温高い。座ってるところから暖かさが伝わってくる。
 「カフェオレ気に入った?」
 「これカフェオレいうん?うちめっちゃすきやぁ」
 人間って単純だ。
 彼女のことじゃない。こんな些細で幼い一言で、自分が必要とされてるって思える自分がだ。
 僕はたぶん居場所を求めて旅立とうとしているのに、こんな大きくてキラキラした目で僕を見てくれている子もいる。
 いままで求めても見えなかったものが、こんな身近に感じることだってある。
 惜しむらくは、たぶん彼女から感じる温もりは、きっと彼女が両親の元に返れば消えてしまう。
 僕はもっと長くそういうものに満たされていたい。
 海の向こうにこんな温もりはあるんだろうか。

 彼女をだっこしながらインフォメーションセンターで待っていたら、まだお姉さんと呼べるくらいの女性がやってきた。
 案内の職員さんとの会話を聞いていたら柏木という名字らしい。
 するとこの子は柏木ちゃんか。
 「にいちゃんもひこうきのるん?どこいくん?」
 何度も柏木さんにありがとうございますとお礼をされながら、彼女を手渡しながらそう聞かれた。
 「お兄ちゃんはね、これからコメリカに行くんだよ」
 少し腰を屈めて、柏木さんの腕の中の彼女に答える。
 「うちしってる!だいりーぐあるもんな。やぶとかいがわとかもいってるんやで!」
 僕は野球は全く興味ないので、その選手は知らない。
 でも普通はイチローとかマツイとかの名前が出てくるんじゃないかな。
 「うちいがわおうえんいくついでに、にいちゃんとこあそびいったるわ。またあそぼうな!」
 にっこにこの笑顔で手を振った。
 「うん、きっと遊ぼうね。じゃあ」
 本当に向こうで逢えたなら、お世辞じゃなくて楽しいのかもしれない。
 「ばいばーい!」
 「バイバイ!」

 ちょっと大きめのバッグを肩に掛け、僕は搭乗手続きに向かった。
 少し気がかりだったのは、最後に振り返って彼女を見たとき、柏木さんの腕の中の彼女が俯いていた事だ。
 やっぱり怒られたんだろうか。

 飛行機の中で読む本がなくなって、毛布を被ったときに思った。
 向こうに着いたら、子供との遊び方の本とか探してみよう。
 柏木ちゃんとコメリカで逢う可能性はほぼゼロに近いけど、僕はたぶんそういうのが好きだ。
 それにゼロには近くても、ゼロなんかじゃないんだから。


今までの評価: コメント:

この作品へのコメントに対するレスがあればどうぞ:

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp