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絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

無責任な展開予想


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/12/ 7

 「無理しないで行ってきたら?」

 まだ熱い紅茶を一口すすると、若山菜々子がそう切り出した。
 元々皆本は彼女からの会話に曖昧に相づちを打ったり、どうでもいい天気や時事の話題をしていて、会話が弾んでいるという感じでは無かったのだが。
 一瞬、点目になった皆本が答えようとすると
 「別にトイレを我慢してると思ってるわけじゃないんだけど?」
 コロコロと笑いながら先に答えられた。

 彼の職業上、よく馴染んでる感覚。超常能力が存在している感覚。
 皆本だけでなく、隣のテーブルの賢木と葵と紫穂の周りの空気が鋭くなった。
 肉体ではない瞳がくるりと彼らを探った動きは、能力者でなくても皆本の肌は感じてしまった。
 穏やかな微笑みを浮かべたまま若山は言葉を続ける。
 「別にね、隠してるワケじゃないんだけど、私一応レベル4の精神感応能力者なのよ。知らなかった?」
 「君が?!」
 「うん。あなたと同級生だった頃はまだ分からなかったんだけど、中学に上がった時にね。お見合いの照会書じゃ槍手さんの事だから書いて無かったんだろうけど」

 別に今の世の中、そう珍しい事でもない。
 今朝の新聞にも入社の履歴書にESP能力の記載の是非について書かれてたくらいに。
 「槍手さんもご苦労されたんでしょうね。こういう能力を持った人間の縁談を勧めるのって。だから皆本君を選んだのも、元同級生って事じゃなくてB.A.B.E.Lに勤めているからなのかも知れないわね」

 カップをテーブルに戻して彼女は続ける。
 「じゃ話を戻して。そんなにハッキリと理解るわけじゃないけど、あの子達のお友達?その子の事が気になるんでしょ?あなたにとってとても大切な子…どういう関係かは理解らないし聞かないけど。心がココに無い皆本くんとお話しても盛り上がらないじゃない?」
 何かを言おうとする皆本をテーブルの向こうから人さし指を立てて制すると、上品に席を立った。
 「女の子…ううん、女性ってね、いつだって男性に不安なの。自分は想われているのか、気にしてくれているのか、抱きたいと想われて無いんじゃないか、他のひとを想ってるんじゃないか。そんな不安ばっかり抱えてて誰かを思ってるの。だからね皆本君、あなたがその子の気持ちが理解らなくても、そばにいてあげて。それだけでもその子は安心できて、お話だってできるんだから」

 皆本は立ち上がり隣のテーブルに視線を向けると、葵と紫穂も立ち上がって駆け出そうとしていた。
 「ロリコンの皆本の代わりに、俺が君の心を痛みを治療しましょうか?」
 賢木はわざとらしくお辞儀をしてみせる。
 「別に失恋したわけでも破談になったわけでもないんですけど?皆本君とはこういう堅苦しい場所以外で、日を改めて呑みにでもいくから」
 にこやかだが手はバイバイをしている。
 「本当にごめん!また今度…」
 「大きな借りひとつだからね。一回おごりとかじゃ済まないんだから」
 駆け出す三人にもバイバイをする。
 その三人に賢木が続く。

 「また今度…ね」
 若山奈々子は豊かな黒髪をなびかせながらホテルへと戻っていく。

 「ですから、お母さんもどうか謝らないで下さい。別に皆本君に愛想を尽かしたわけじゃありませんし、私が振られたわけでも無いんですから。今日は皆本君都合が悪かったんでしょうし、私の存在を思い出して頂いただけで今日は十分収穫ありましたから」
 「でも…」
 皆本の母が済まなそうにしている。
 「これで連絡先も判ったんだし、来週にでも電話掛けてみます。今日一日で婚約まで決めるつもりでも無かったんでしょう?」
 槍手の方に話を振る。
 「そりゃあね。焦って縁談を進めるのが私の経験上一番失敗するケースですから。けれども菜々子さん、光一君を気に入って頂けるなら積極的に連絡を取ってあげてね?」
 美○明宏に似た低音だが、柔らかな声で槍手は応えた。
 「本日はこれでお開きにしましょう。お二人は私が送りますから。途中ご一緒に夕食でもいかが?」
 「そうですね。せっかくですからご一緒させて頂きます。私ちょっとお化粧直してきますので」

 (かなり早く返しちゃったけど、まあ命令違反じゃないよね)
 ガラス越しに整えられた中庭を眺めながら、誰にも聞かれず彼女は囁いた。
 ロビーより少し離れた化粧室を選んで入ると、若山は携帯を開ける。
 二度コールすると相手は出た。

 「少佐、菜々子です」

 一瞬周囲に意識を走らせると、再び会話を続ける。
 「申し訳ありません。彼に何か気づかれたのか、予定より早い時間に戻ってしまいます。ご予定の変更を。…いえ、まあ。こちらの方は問題なく進みましたので、彼との接触を続行するつもりです。…はい…そうですか。女王はご一緒できましたか…」
 壁に寄りかかりながら目をつむり、しばらく電話の向こうの声に耳を傾ける。
 「……ふふ、そうですね。本当の両親はともかく、少佐は私の幸せを願って頂けるのでしょう?そして彼の幸せも…」
 瞳を薄く開け、本当に柔らかな微笑を浮かべる。
 「任務とかじゃなくて、わたし個人的に皆本君に興味が湧きましたわ。闘う相手が強敵ですけど、これからが楽しみです」
 携帯を閉じてロビーへと向かう。

 廊下の照明は穏やかに薄暗く、時折より闇に近い処を創っている。
 その狭い暗がりに差し掛かると、やはり柔らかな笑みで若山は呟く。

 「今度からよろしくね、皆本君」


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