椎名作品二次創作小説投稿広場


絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

赤い電車


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/12/ 3



 「ほな、向こうで待ってるで?!」
 「薬飲んで楽になったらすぐ来て!!」

 そう言ってB.A.B.E.L本部を飛び出した次の瞬間、二人が降り立った場所は駅前の雑踏の中だった。
 全人口に対するエスパーの割合が、その能力の大小を考慮しなければJリーグファンと肩を並べた昨今、テレポートアウトする少女達は周囲の目を一瞬捉えても、何事もなく皆通り過ぎてゆく。

 「……で、なんでここに飛ぶの?」
 「しゃあないやん。ウチ皆本はんの実家の住所教えてもろたけど、Y市なんて中華街より先行ったこと無いもん」
 「ああ、そういう事ね」

 レベル7のテレポーターとはいえ、一回のジャンプで見知らぬ長距離の特定地へ行くことは難しい。
 距離が長ければ空間ノイズを含むのは当然としても、住所番地と方角、ついでに距離を教えられたとしても一度では不可能に近い。
 テレポーターというものはいくつかの複合能力者で、現在いる場所から任意の場所までの空間やその任意の場所そのものの知覚、自分自身を含めた質量を持つ物を空間に割り込ませる能力などを重ね合わせて運動エネルギーを持たない物体移動を行う。
 この能力の一部が欠けていたり弱かったりすると、この典型的なテレポートを自由に行うことはできない。
 ちょうど澪がこのバランスを欠いているテレポーターであるように。
 初めて行く土地は、そこがどんな所でどれくらいの距離でどういう場所に降り立つのか、それを葵が知覚できない限り1回でそこに飛ぶのはほぼ不可能だ。
 お父さんと子供が公園でキャッチボールしてる光景を思い浮かべて欲しい。
 お父さんが胸をたたき「ここに投げてこい」と言う。
 子供はお父さんに向かって不器用な身体捌きでボールを投げる。
 この時子供はお父さんとの距離を測るでもなく、弾道軌道を計算するわけでもない。
 無意識に様々な感覚を駆使して投げるので、初めはお父さんに届かなくても、何度も投げるうちに見事ミットにボールが収まる。
 こういった生物の持つ知覚や能力が、パイ生地の様に重なり合い進化した形がESP能力の発現であるというのが現代生物学の定説だ。

 日常そういう行ったことがない場所に行く場合、連続テレポートを行う。
 途中途中立ち止まり、地図を片手に電柱の番地表示や看板を見ながら行く一般人と変わらない。
 小さなジャンプを繰り返し目的地向かって着地点を絞り込みながら、次のジャンプを行う。
 だがこれも一般人と同じく、そこへの距離が長ければ長いほどジャンプの回数を増やし、確認作業をしなければならない。
 目的地の認識が明確な葵の実家であれば、条件によっては一度のジャンプで行けるのに。
 今の葵と紫穂の精神状態は、そんなまどろっこしい作業に耐えられそうにない。
 K区に送った偵察部隊からの通信が途絶え、映像も送られなくなった。
 局長や柏木さんに止められてはいたが、そもそも二人とも現場へ即時突入、阻止行動の予定だった。
 彼の少年時代の幼なじみ。その皆本の最も柔く脆い部分の人間を前にして、彼がどういう反応を示すのか。
 「様子見」を行って受けるリスクがどれほどのものか、予想もつかないじゃないか。
 実家から帰ってきた皆本が「いやぁ、懐かしい話をしただけだよ」と笑顔を振りまいても、そのうち三人の前から外れて携帯を掛ける回数が増え、ある日皆本の横に立ち、自分達に照れくさそうに紹介したりするかもしれない。
 身の毛もよだつ光景だ。
 紫穂などはそんなシーンが脳内に浮かんだ次のカットは、彼女が銃の安全装置を外しトリガーに指をかける場面か。
 葵に至ってはなぜかひぐらしの声の中、鉈を握っている自分の姿が。

 そうでなくても最近皆本の帰りが遅いことが多くなっている。
 作っておいた夕食に味覚や健康に差し支えあるものを混入したり、翌日誘った賢木のテンションを強烈なイヤミでどん底に落とす事などで憂さを晴らしても、損なわれた四人で過ごす時間は取り戻せない。
 彼女たちの中で皆本は、もはやそこにいて当たり前の存在なのだ。
 彼女達四人の中で誰かが欠ける恐れ、3年近く過ごした日々の終わり、そういったものが今二人の背中を押している。

 改札を通り、テレポートで階段を省略すると、ざわついたホームに上がれた。
 「なんで港区にあるのにS駅っていうのかしらね」
 どうでもいいことを口にしながら、二人が乗降位置に並ぶ。
 皆本の実家はY市K区。この私鉄のK駅で降りれば土地勘が無くても葵なら3分と掛からない。
 幸い2分程度待てば快速特急が出るので、それで行けば40分弱。うろうろと連続テレポートで掛かる時間と同程度で、なにより確実だ。

 「だいたい最初っから分かってたんだったら、賢木センセイが一緒に連れて行ってくれてたら、こーんなめんどくさい事しなくていいのに」
 「こうしてまた紫穂に絡まれるネタが増えてしもたわけや、先生は」
 「ホント肝心な時に役に立たないんだから」
 ドアが開くと流れに任せて車内に入る。
 前の方に並んでいたので、二人とも隣り合ってシートに座ることができた。
 初めはよろよろと進んでいた車両は、段々と速度を上げ、結構なスピードに達したまま各駅を通過していくのがこの私鉄の売りだそうだ。
 しばらくして葵がぼそぼそと紫穂に囁く。
 「紫穂気づいてた?薫のこと」
 「あれでしょ?いつも10日くらい先の話じゃない。毎度痛てーだの、気持ち悪いだの口にしてるのにね。ウソに決まってる」
 葵の耳に届く程度の小さな声で。
 紫穂は窓から流れる景色を、葵は天井を見上げている。
 決してそこを見ているわけではないが。
 「なんで逃げてしまうかなぁ」
 「あの子さ、泣き虫なのよ」
 「泣き虫?」
 「そ、たぶん葵ちゃん以上の泣き虫。薫ちゃんの想像を超えた感情が高まっちゃうと、反射的に逃げて泣いちゃう。そういうトコ私、好きなんだけどね」
 「触ってみたん?」
 「触ってみなくても解るわよ。薫ちゃん昔っからそうじゃない。特に皆本さんについては」

 一番求めてて、一番頼ってて、そんな彼が彼女達の前に現れた頃、薫はとても敏感だった。
 恐れ、怒って、泣いて、突き飛ばし、自分の赴くままの感情と力をぶつけていた頃。
 その彼女が誰はばかることなく冗談を言い、じゃれつき始めたのはいつからだったろうか。
 きっと人一倍敏感で、温もりに貪欲で、独占欲が強い明石薫。
 そういう感情や行動に自分達を乗っけていたのかもしれない。

 「ほんま薫、乙女回路全開なんやなぁ」
 列車はもう長い鉄橋に差し掛かり、少し速度を落とした。
 ごうごうと低い金属音がしばらく続く。
 「それにしても、怒って逃げるんやったらともかく、あんな空気抜けた感じになるとは思わんかったけどなぁ」
 「そうね、でもああやって気持ちに戸惑っているところ、恥ずかしいのかも」
 「恥ずかしないやん。ウチかて紫穂かて、今度のこと好き勝手怒ってるやん」
 人さし指を唇に当て、言葉を探す紫穂。
 「なんて言うんだろ。ちょっと前まで薫ちゃん、下着姿を皆本さんの前でも見せてたでしょ?」
 「うん?」
 「場合によっちゃお尻でも。私達、初めて逢った頃でも恥ずかしかったじゃない。そりゃあ本人が見せてくれって頼まれたら考えないでもないけど。でもそのうち薫ちゃんもだんだん恥ずかしくなってきて。きっとそんな感じで皆本さんに晒していいところが分からなくて、引きすぎちゃってる、とか?」
 「薫は今そういう時期が来て、ウチらはもうオバハンの領域って事かいな」
 「成熟してるって言ってよ、もう」

 速度を再び上げた列車が商業地域を抜けて、一際大きな駅に停まった次が目的のK駅。
 二人はしばらく言葉も無く、それぞれいろいろな事を考えていた。
 互いに触れた肩の温もりが心地よくて、高まっていた気持ちを静かにさせている。
 「皆本はん、誰かを選ぶんやろか…」
 溜息を吐き出すように、静かに重く呟いた。
 「お見合いの人?」
 たぶん違うんだろうな。
 「ううん。…いつか、誰かを、皆本はんが」
 別にあの幼なじみの人だけではない。
 薫、葵、紫穂、柏木さん、キャロラインって人と、もう一人。いや誰とでも。
 それが自分であっても、そうでなくても、いつかやってくる「今」の終わり。
 今感じてる肩の温もりも、もっと大きな腕の温もりも、感じられなくなる時。

 紫穂がそっと葵の袖を掴む。
 表情はたぶん変えないままに。
 「皆本さんだけじゃないでしょ」
 そして自分も、自分以外も、誰かを選ぶ時。
 今のままでいるより、その確率は極めて高い。
 たった3年で自分達はこうも変わってきたのに、自分達が皆本と釣り合うまで時間を重ねたとき、誰が自分の側にいるだろう。
 その時自分は、今のような温もりの中にいられるのだろうか。
 その人達の中にそんな場所を見つけられるのだろうか。

 違う。
 例えどれだけそこに心地よい場所があっても、今の四人の生活と同じではない。
 いつかは消える温もり。
 どんな温度を持った物質も、必ず冷めていくように。
 きっと四人が誰も選ばなくても、変わりゆく自分達が、変わりゆく環境と状況が、「今」を変えてゆくのだろう。

 お互いのそういう寂しさが温もりと一緒に伝わっているのだろうか。
 しばらく二人とも言葉が無かった。
 少しだけ、少しだけこのまま皆本の所へ行っていいのかと考えた時、袖を握り続けている紫穂の手に葵の手が重なった。
 そしてきゅっと包み込む。
 「でもな、ウチあがいたるねん」
 紫穂が視線を上げると、そこにきれいな笑顔があった。
 作っているのか、自然のものなのか。線のハッキリした葵の顔は、確かに笑っていた。
 「ウチ根性悪いさかいな、ウチらの幸せ邪魔するもんは、片っ端から潰したるねん。駄々こねて抵抗して、いっぱい皆本はんを困らせたるんや。ウチらいっつもそうしてきたんやもんな」

 くすくすと笑いながら、人間って変わるものだなぁと紫穂は思う。
 出逢った頃、あんなに引っ込み思案で、落ち込みがちだった葵が、自分を引きずりながら頭を上げようとしている。
 そうだよね。
 例えいつかは消えていく四人の生活でも、精一杯あがかなきゃね。
 人間だって誰もいつか時間切れがやってくる。
 そんないつでも限られた時の中で、みんな消えていくまでおたおた走っている。
 だから今は私らしく、私達らしく好き勝手に暴れてみよう。
 先のことを賢しく考えてみても、やっぱり私は今、皆本さんにしがみつきたい。
 そんな自分の欲求に素直に生きてみよう。
 そして薫もそうあって欲しい。
 いつかその時が来るまで、精一杯。

 高い屋根があるホームに赤い列車が入る。
 ドアが開くと少女が二人、互いに手を繋いだまま勢いよく駆け出していった。
 反対側のホームにも列車が入って来ると、ホームに「夏色」のチャイムがこだまする。
 その音色と風に背中を急かされながら、二人は改札へと駆け下りていく。
 駅ビルを抜け、陽の光が二人を包むと、決して繋いだ手を離さないまま、空気に溶け込むように消えていった。
 そこの群衆も、やはり気にも留めずに歩いていくのに。


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