椎名作品二次創作小説投稿広場


絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

京都の夜は更けて


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/11/ 4


 イメージさえ浮かべば、そんな難しいもんやない。
 あとはウチの感覚が距離や位置を教えてくれる。
 少し距離が離れてても、今のウチなら、今日のウチなら見えてきます。
 目を閉じて、呼びかけるように意識の目を凝らすと、皆本はんがそこにいる。
 だからウチは、きゅって枕抱きしめて、そこに『移る』。

 「こーんばーんわ!」
 ホテルの一室、部屋を薄暗くして、スタンドの明かりで皆本はんは本読んでた。
 ぽふってベッドの上に着地すると、顔を上げて笑いかけてきた。
 「どうした葵?今日はお母さんと一緒に寝るんじゃなかったのか?」
 「別に実家帰ってきたから言うて、親にそこまで甘える歳やないもん。もうすぐ11歳やで?」

 今日はたまたま休みとついでで帰って来てるんで、そら帰ろ思たらウチいつでも帰れるんやもん。
 実家と離れて生活してるんもウチの意志やし。
 しかしまあ、夜中の11時に少女が宙から降ってきとるのに、相変わらず驚きもせんもんやなぁ。
 それもウチと薫のせいなんやろうけど。

 「ウチにとっては実家うんぬんよりも、ふたりきり言うんが重要なんやもん。もう少し一緒におろ?」
 晩ご飯食べて、皆本はんがホテルへ行ってしもてから、ウチの胸の中がじわじわと寂しなってきた。
 お父はんもお母はんも、ユウキかておんのに、皆本はんがおらんだけで、なんや不安になってきて。
 ウチの部屋で寝ころんでも、違う部屋おるみたいで。

 「でもよく家から、こんな正確な位置にテレポートできたな。この部屋に泊まったわけじゃないんだろう?」
 はははって、思わず笑いがこみ上げてくる。
 遠回しに凄いって褒められた思たもん。
 「泊まってるホテルと部屋番号聞いたやろ?場所は知ってるし、イメージはお父んのパソコンで検索したんや。
 えーと、ストリートビューいうやつで。そしたらもうウチ、皆本はん見えたもん。そらもう行かな!」
 ホントに行かな!って思うたんやもん。
 あんなにいろんな事あって、こんなにウチは飛べるようなって、明日なんか待ってられるかいな。

 「なんというか、ちょっとコツ掴んだら、あっという間にモノにしてしまうんだなぁ」
 読んでた本をスタンドんとこ置くと、皆本はんはポットでお茶入れだした。
 お盆に乗ってる二つの小さい湯飲みには、どうにか緑の色がついてるくらいの薄いお茶を入れてあった。
 ウチが眠れんようならん気づかいやね。

 「そこで僕からひとつ質問なんだけど…」
 「何しに来た言うたら、はったおすで?」
 「言わないよ、そんな事」
 なんちゅーか
 こんな真夜中の、ふたりっきりの部屋のベッドの上で、
 こんな近くで皆本はんに微笑みかけられると、だんだん心臓が高鳴ってくる。
 「パジャマは判るとして、その腕に抱いてるのは…」
 「枕やで?皆本はんの、そこにあるやろ?」
 「いや…その枕の柄って」
 「ああコレ?Y○S−NO枕やで!日曜日の昼、全国放送してるから皆本はんも知ってるやろ?」
 「知ってる…。でも、なんとゆーか…」
 「お母んがな、せっかくハニーと実家に来たんやったら、コレやろ!言うてウチに渡したんや。
 ドコで手に入れたか聞かんかったけど」
 ちょっと引いてるなぁ皆本はん。
 でもウチかて、この枕の意味する大体のニュアンスは知ってるで!
 アレやろ、覚悟完了って事やろ?
 「もちろんウチはYESの方やで!」
 「はいはい」

 あ、ちょっとムっときた。
 「もーまた子供扱いしてるー。ウチはウチなりに皆本はんに迫ってんねんで?皆本はんなりにときめきとか動揺とかないのん?」
 ベッドの上で座ってる皆本はんににじり寄っていく。
 そんな「失言しました」って顔しても、堪忍したらんからなウチ!

 「そらウチら子供や。ウチも薫も紫穂も、今の皆本はんから見たら対象外かもしれんよ。でもなぁ、子供かもしれんけど
 皆本はん本気で思ってるで?気の迷いなんかやないで?」
 昼間のこともあって、ちゃんと伝えたかった。
 こんな不安な気持ち、こんな高揚する気持ち
 ウソなわけあるかい。
 未熟な気持ちやあるかい。

 ウチは皆本はんに乗りかかると、ガウンの襟を両手で掴んだ。
 「今日かて皆本はんが伝えてくれたさかい、ウチはウチの力を信じれた。ウチはどこでも飛べた。
 ヨソの人からナンボ言われたかて、お父んやお母んから言われたかて、こんなにドキドキせえへんもん!」
 まくし立てて、ウチの鼻とか目からじんわり熱いのがこみ上げてきてるのが判る。
 我慢せな、また子供や思われるのにって思ってても。
 「まだ皆本はんに手が届かんかもしれんけど、ウチは、ウチらのこの気持ち嘘やないもん。大事なんやもん…。
 だから…皆本はんの側にウチの居場所、あってもええやろ?ウチは皆本はんとこしか、おりたないもん!」

 涙で目の前がぼやけてる中、皆本はんが唇を噛み締めてるのが判った。
 息を飲むの感じた。
 触れたらあかんとこ、触れてしもたやろか。
 おぼろげやけど、ウチは知ってる。
 皆本はんもウチくらいの頃、居場所を失ったって。
 いらん言われたって。

 「ごめん…ごめんな、葵」
 不安なんはウチだけやない。
 きっとみんな、どっか不安やから誰かの側に居たくなる。
 ウチを引き寄せる皆本はんの手は、少しこわばってた。
 ゴメンなぁ。
 ウチも寂しかったけど、皆本はんに同じ気持ちにさせたない。
 任務とか義務とか関係なしに。
 おりたいからウチら一緒におるんやもんなぁ。
 せやから
 ちゃんと伝えんと。
 寂し顔させたないから。

 「皆本はんがアカンねんで?ウチらを救ってくれて、励ましてくれて、暖かこうしてくれるんやから。
 せやからみんな、皆本はんと一緒おりたいんや。必要なんや」
 大っきな首に手を回す。
 心臓ばっくんばっくんやけど、初めてやけど、伝えなあかんねん。
 「大きなるの待っててくれとか言わん。ウチかてよう我慢できんもん。でも、ちゃんと聞いててな?」


 「ウチ、皆本はんのこと、大好きやで」



 電気消えて、どれくらい経ったやろか。
 目は暗闇にすっかり慣れて、もう天井の形までだいたい見えてる。
 ウチの眼鏡と皆本はんの眼鏡が、ベッドの頭んとこに仲良う並んでる。
 皆本はんは、枕とウチの頭んとこに腕を挟んでくれてて
 いわゆる腕枕っちゅうのしてもろてる。
 後頭部から、身体と触れてるとこから、温もりとええにおいに包まれて、ものすご眠気が襲ってきたけど
 まだウチは寝るわけにはいかんかった。

 皆本はんの呼吸が、ゆっくりと規則正しくなったとき、最後の気力振り絞って、ウチは起きあがった。
 ちょっとだけ、皆本はんの寝顔見つめてた。
 ウチも眼鏡かけてないから、顔近づけんとよう見れん。
 眼鏡してない皆本はんの顔は、ウチよりちょっとしか上に見えんかった。
 すごく愛おしくて、胸が高鳴って、身体が熱うなった。
 もっと顔を近づけて、近すぎて見えんようなったとき、ウチは目をつむった。


 愛してるで、皆本はん……


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