何かを動かすために注がれるものが、大きすぎたり小さすぎたりすれば
それは停まる。
どんなものでも許容範囲というものがあるからだが。
ならば人が、人の心が停まってしまうには、
何が大きかったのだろう。
何が足りなかったというのだろう。
皆本が葵を見つけたのは夜の10時をかなり回っていた頃だ。
夕方からの雨は強弱を加えながら今も続いている。
葵の長い髪も服も吸い込めるだけの水分を含んだまま。
少しうつむき加減で傘もささずに、ただぼんやりと立っている。
彼女の足下に小さなバッグがあるのだが、いつから動かしていないのか
上に水たまりができている。
ただそうやって皆本が着くずっと前から、金網の向こうを見ている。
いや眼はそこにあるのだが、きっと光は届いてはいない。
今の葵には光も音も時間も届いてはいないだろう。
注ぎ込まれたもの、欲したもの、受け取ったもの、与えたもの、
全てが大きすぎて、足りなかったのだ。
彼女の空間認識力があれば、皆本がそこにいる事が認知できないわけは無い。
それでも停まったまま、雨に体温を与え続けている。
薫と紫穂が念動力で階段を上がって来ても、それは変わらなかった。
「……あ…」
薫は声を掛けようとしたが、息を呑んで留まる。
何を言えばいいんだろう。
何を言えば、たった数時間前の自分達に戻れるというのか。
それは紫穂も同じ事で、二人はただ葵と皆本と同じように雨に打たれている。
自分が何を与えられて、何を背負えるのかはわからない。
だが人はそこに立ちつくすことはできない。
留まり続けることは許されない。
差し出す手が今の葵とって刃物であっても、自分達がそこにいるを伝えなければならない。
皆本は葵に向かって歩み始めた。
肩に手を回して名前を呼んだ。
指先にじゅっと水の感覚。
「もう家に帰ろう。風呂を沸かしてある。」
葵がじんわりと顔を上げて皆本を見上げる。
眼鏡の水滴がするすると流れた。
「………皆本はん…」
笑っているのか泣いているのか、虚ろな表情と声でつぶやく。
「ウチ…がんばったで。みんなもがんばって……」
「もういい。もういいんだ…」
皆本は葵を胸にかき抱いた。
彼の体温を感じると、泡が弾けるように意識が戻ってくる。
「こうなる事は判ってたのに…わかってたのにウチなんもでけへんで…」
凍った感情が嗚咽にと流れ出してゆく。
水たまりを踏みながら薫と紫穂が降りてくる。
自分と皆本で挟み込む様に、葵の濡れた身体を抱きしめる。
「葵ちゃん、今日は一緒に寝てあげるから…」
紫穂が濡れた髪に頬を寄せる。
刹那、葵は肺中の空気を吐き出すように泣き出した。
慟哭がベンチを、水たまりを、既に消されている照明に響く。
スタジアムの全てものに反響する。
「なんであんなトコでアッチソン打たれよんねんなぁぁぁぁッ!!」
帰りの車の後部座席で泣きやまない葵をタオルで二人が拭いている。
だらだらと流していたラジオだが、一瞬鬼気迫る表情になって皆本は消した。
「原監督の身体が宙に舞う!一回!二回!!」
雨がとても冷たかったので。 (みみかき)
1986年以来の阪神ファンである私は、(おそらく全国の阪神ファンと同様)もう昨晩は何も出来ない状態に陥っていましたが、今日、この作品を読んで、とてもとても心が癒されました。
作品そのものが素晴らしいだけでなく、この作品を、このサイトに(自己紹介で管理人様が『阪神タイガースファン』と書いておられるサイトに)投稿なされたことも、素晴らしいことだと感動しました。二次創作作品を読んでこんなに感動したのは久しぶりです。 (あらすじキミヒコ)
このような失意と怨念と思いつきで書いた物体に熱いコメントありがとうございます。
本日今年の全てが終わりました。
この悲しみを苦い肝として来年の春までベロベロ舐めましょう… (みみかき)