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続・まりちゃんとかおりちゃん

第八話(最終話) 長いかもしれないお別れ(後編)


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/10/ 6

 
「例のGS試験以来かしら?
 あんたのことなんて今まで
 完全に忘れてたけどね、
 ……陰念!」

 神通棍を手にしながらも、美神は、敢えて相手を軽んじる発言をしてみせた。
 聞きようによっては挑発的な言葉なのだが、陰念は、これを笑い飛ばす。

「くっくっく……。
 勘違いするなよ、美神令子。
 あんたと戦いに来たんじゃないさ」

 戦意がないことを示すために、両手を上げてみせる陰念。
 彼の姿勢に応じて、美神も少し力を抜いた。

「そう言えば……殺気も感じないわね?」

 そんな美神に、後ろの二人も同調する。

「……しかも弱そうじゃん、こいつ。
 人相は悪いけど……見かけ倒しってやつ?」
「ホントに魔族の手下だったのですか?」

 美神に尋ねるまりとかおりだったが、美神が答えるより早く、陰念みずから語り始めた。

「俺が世話になってた寺が
 メドーサってやつのアジトにされてな。
 そのまま俺もメドーサの配下に
 組み込まれちまったのさ」
「……で、そのメドーサの計画を
 私や小竜姫達が叩き潰したってわけ」

 陰念の話を補足する美神。
 彼女は、少し顔をしかめていた。陰念の過去話が都合よく脚色されていると気付いていたからだ。
 彼の口ぶりでは、まるで巻きこまれた被害者のようだが、実際には少し違う。陰念の所属していた白龍GSがメドーサに襲われたのは、たしかに不運だったかもしれない。だが、彼がメドーサの部下になったのは、陰念自身が『力』を求めたが故だった。抵抗した会長たちは石にされたのだと、美神は知っている。

(……まあ、でも。
 そんなこと今はどうでもいいわね)

 と割り切って、陰念に問いただす美神。

「昔の仕返しに来たんじゃないとしたら
 ……じゃあ、いったい何の用?」

 その返事は、思ってもみない内容だった。

「仕事の依頼さ。
 ……助けて欲しいんだ。
 白龍会が何者かに襲われて、
 また仲間が石にされちまったから」




    第八話 長いかもしれないお別れ(後編)




「ここね」
「……そうだ」

 美神が車のブレーキを踏む。
 助手席に座る陰念の案内でやってきたのは、山の中腹にある駐車場だった。
 裕福な寺ではないかもしれないが、土地には困っていないのだろう。駐車場は、無駄に広々としていた。
 そして、アスファルトの駐車スペースの奥に、上へと続く石段があった。陰念を先頭にして、美神・まり・かおりが、そこを駆け上がっていく。

「……なるほどね」

 門をくぐった美神が、立ち止まって言葉をもらした。
 寺の本堂が視界に入ってきたのだが、その入り口で、和尚らしき恰好の人物が、石像と化していたのである。

「なんだい、これは!?」
「……おかしなポーズですね」
「私が生まれる少し前に
 はやってたポーズよ……」

 ささやかな疑問を口にした二人の少女に対して、簡単に答える美神。
 小竜姫から聞いた話では、以前にメドーサにやられた際も会長は同じ姿勢で固まっていたという。美神は、それを思い出していた。

「……さあ中に入るぜ」

 陰念の言葉に頷き、三人も石化和尚の横を素通りしていく。

「これは、また……」
「……見事なものですね」
「うーん。
 どっかで似たような場面、
 見たことあるような気がするんだけど……」

 本堂に足を踏み入れたとたん、まり・かおり・美神が、それぞれの感想を口にした。
 そこでは、様々なポーズで石になった門下生が、博物館の彫像のようにズラリと並んでいたのである。

「こいつは元に戻ったら
 補導……じゃなくて
 袋だたきにするつもりだ」

 挙動不審な表情の石像を指し示す陰念。
 ちょうど盗みを働こうとしていたタイミングで石になってしまったらしい。彼がコッソリ開けている袋も、他人のものなのだろう。

「……まあ、それはともかく。
 事情を説明するとだな……」

 石像に囲まれたまま、陰念が語り始めた。


___________


 かつて白龍会がメドーサに支配されていた頃、そこの三人のエースの一人としてGS資格試験に挑んだ陰念。
 二回戦では有名な師匠を持つ無名なGS見習いを一蹴し、無事GS資格をゲット。だが、三回戦で強敵横島とあたってしまい、奥義の魔装術まで用いたが、惜しくも敗北を喫してしまう。頼みの『魔装術』が暴走したからである。
 魔物と化した陰念は、その後、長期の治療を経て人間に戻ることができたが、霊能力者としては、もはや再起不能となっていた。
 それでも白龍会に帰ってきた陰念は、寺の下男のような仕事もしながら、日々、鬼コーチとして後輩の指導にあたるのだった。まるで、変身能力を失ったヒーローのように……。


___________


「へええ。
 昔は凄い奴だったんだな……」
「……苦労なさったんですね」

 まりとかおりが素直に話を聞いている横では、美神が、呆れたような顔をしていた。

「いや、これって……。
 どーせ陰念視点で美化された話だから。
 それより……
 あんたの過去なんてどーでもいいから、
 今回の襲撃の詳細、早く教えなさいよ?」
「まあ、そう急かすな。
 ……それについては、
 ちょうど今から話すところだったんだぜ」

 美神に促され、陰念が説明を続ける。

「……今日は珍しく、
 ちょっと寝坊しちまったんだ。
 もう朝メシもできてると思って
 そっちに行ってみたんだが誰もいねえ。
 それで本堂に来てみたら
 ……この有り様だったのさ」

 語り終えた陰念は満足そうな表情をしていたが、

「要するに……
 何にもわかってないわけね?」
「まあ……そうとも言う」

 美神にド突かれてしまった。

「まあまあ、美神さん」
「この人、これでも一応、
 依頼人なんですから……」

 まりとかおりに言われずとも、美神だって承知している。だから、横島をシバくときほどの力は入れていなかったのだ。

「……陰念が何も知らないんじゃ
 石にされた本人たちに聞くしかないわね」

 と、つぶやく美神。
 陰念や白龍会が多額の報酬を払えるとは思えないが、だからといって、無視するわけにもいかない事件だった。

(かつてのメドーサの事件と同じような石像。
 つまり、またメドーサかもしれない……)

 美神は、アシュタロスの事件の終わり頃に、おキヌから『本来の歴史』の内容を聞いている。そこではメドーサは月で滅び、その後でコスモ・プロセッサで一時的に蘇ったそうだ。
 だが、この世界――おキヌの逆行によって変わってしまった歴史――では、メドーサの運命は全く別のものになっていた。
 メドーサは月での作戦を成功させて地球に戻り、後に巨大戦艦まで与えられた。ただし、それは妙神山上空にて撃沈。それ以降、彼女は行方不明になっていた(『まりちゃんとかおりちゃん』参照)。

(あそこで死んだと思ってたけど……)

 しかし、もしもメドーサが無事に逃げのびていたのだとしても、今回の事件の犯人がメドーサだとは限らない。
 そもそも、アシュタロスもいなくなった今、メドーサが再び活動を始める理由が考えられなかった。

(いやアシュタロスから自由になったからこそ、
 彼女自身の目的で……)

 美神もメドーサとは色々あったが、決着をつける形にはなっていないのだ。色々と考えてしまうが、そんな思考を陰念が遮った。

「石になった連中に聞くだなんて
 ……そんなことできるのかよ?」

 怪訝そうな顔の陰念に対して、美神は、軽く笑ってみせる。

「自然現象じゃなくて
 魔物の霊力による石化だろうから、
 たぶん石化を解けると思うわ。
 ……横島クンの文珠で!」


___________


「横島の……文珠?」

 聞き返す陰念に答える前に、美神は、まりとかおりの方にチラリと視線を向けた。
 二人は、石像と化した人々をツンツンと突いている。本人達は調査のつもりなのかもしれないが、美神の目には、遊んでいるように見えてしまうのだった。

「横島クンのことは
 ……覚えてるでしょ?」
「ああ……もちろん」

 低い声で答える陰念。
 そんな彼の表情を見た美神は、一息ついた後、再び口を開く。

「GS試験の後、彼はね……」

 横島の成長ぶりを、彼が手に入れた奇特な能力を、そして魔神と対決した際の大活躍を。
 美神は、自慢の弟子をもつ師匠として、詳しく語るのだった。


___________


「……そうか。
 やっぱりあいつは凄い奴だったんだな。
 さすが俺に勝っただけのことはあるぜ」

 遠くを眺めるような目で、陰念がつぶやく。
 彼の口調には、様々な想いが込められているようだった。

「で、その横島が……
 新妻と共に、こっちへ向かってるんだな!?」
「そ。
 電話で詳しく場所も説明しておいたから、
 そろそろ着く頃だと思うんだけど……」

 ここまで口にしたところで、美神は、ふと思い出した。
 おキヌは、けっこう方向オンチなのだ。

(まさか今頃、二人して迷ってる
 ……なんてことないわよね?)

 美神の顔に、小さな冷や汗が浮かぶ。
 と、その時。

『クケーッ!!』

 外から奇声が聞こえてきた。


___________


「庭の方だぜ!」
「いくわよ!」

 陰念と美神が走り出し、まりとかおりが二人に続く。
 本堂の東側にある茂みの奥に、さきほどの声の主がいた。

『クッ……クケーッ!』

 それは、目つきの鋭い一羽の小鳥。硬質の立派なくちばしを持っているが、その体は羽毛に覆われているわけではなく、むしろ爬虫類のようにヌメッとしていた。

「うーん、
 愛嬌のある感じじゃないけど……」
「あら、これはこれで……
 なかなか可愛らしいですわ!」

 ペットショップを訪れた少女のように、まりとかおりは、小鳥へ近付いていく。
 美神と陰念が少し距離をとって立ち止まっているのとは、対照的だった。

「危ねーぞ!?」
「二人とも!
 もっと慎重に……」

 後ろから声をかけられても、二人の少女は、笑って返すだけだ。

「心配しなくても平気!」
「何かの鳥の雛のようですから……」

 と言いながら、二人同時にネクロマンサーの笛を取り出す。
 それを見て、美神にはピンときた。

(おキヌちゃんの真似をするつもりね!?)

 美神の頭に浮かんで来たのは、昔の除霊仕事での一場面。

   「霊体片から培養って言っても……
    成功したのは、これ一体だけですよね!?
    この一匹が……虎の子の切り札なんでしょう!?」
   「……おキヌちゃん!?」

 人造魔族ガルーダを操る茂流田に追いつめられて、しかし逆に彼を巧みに挑発したおキヌは、ガルーダの雛たちを彼から引き出した。そして、それをネクロマンサーの笛で操り、味方にしてしまったのだった。

「ダメよ!
 今回は状況が違う。
 ……あんたたちには無理だわ!」 

 まりとかおりに向かって叫ぶ美神。
 かつてのおキヌのケースでは、相手が心が真っ白なヒヨコだったからこそ、支配できたのだ。
 だが、まりとかおりは、その違いに気付いていなかった。

「大丈夫!」
「……見ててください!」

 二人が笛を吹き始める。

 ピュリリリリッ……リリリッ……リリッ……。

 倍音共鳴が起こるほどの、美しく調和のとれたハーモニー。
 この共鳴こそ、二人のネクロマンサー能力が発揮される証。
 それは、

「まるで……
 天空の楽園からの使者。
 ……まさに天使のようだ!」

 やや空気と化しつつあった陰念が、似合わぬ言葉を口にするほどの音色でもあった。
 しかし……。


___________


『クックックック……クケーッ!』

 笛の音を切り裂いて、小鳥が咆哮する。
 同時に口から発せられた光が、まりとかおりを襲った。

「……!」
「これはっ!?」

 絶叫の主は、まりでもかおりでもない。
 後ろで見ていた美神と陰念だった。
 二人の少女は、声を上げる暇もなく、石にされてしまったのだ!

「こいつが……
 石像事件の犯人ってことか!?」
「そりゃあ、そうでしょ」

 あまりに今さらな陰念の言葉に、ツッコミを入れる美神。
 人々が石にされた寺の庭に、見るからに怪しげな鳥――その寺に住む陰念も知らない鳥――がいたのだ。どう見ても犯人です、ありがとうございました……という状況だった。

「これは……コカトリスだわ」
「知っているのか、美神令子!?」
「そういえば聞いたことがある
 ……って、何言わせるのよ!」

 ポカリと陰念を叩いてから、美神は言葉を続ける。

「本で読んだ知識だけど……。
 石化能力に加えて、
 このトカゲっぽい外観。
 ……まず間違いないでしょうね」

 目の前で二人の少女が石にされたばかりなのだ。美神も陰念も、コカトリスから目を離さず、その出方を窺っていた。

「それにしても……こいつは、
 まだホンの子供だろ!?」
「そーかもしんないけど
 コカトリスってのは
 古代ヨーロッパの魔鳥で、
 こんなとこで
 ウロチョロしてていいレベルの
 モンスターじゃないわ……!」

 美神が、そう叫んだ時。

「まりちゃん!?
 かおりちゃんも……!!」
「……遅かったか!?」

 巫女装束のおキヌと、ジーンズ姿の横島が、ようやく到着したのだった。


___________


「……いや。
 俺が直してやる!」
「横島さんっ!?」

 コカトリスを脅威とみなし、他の三人が慎重に動きを止める中。
 横島一人だけが、隣のおキヌの制止も振り切って、走り出していた。

「……仕方ないわね」

 少し遅れて、美神も動き出す。
 横島の意図を察した彼女は、囮役を引き受けたのだ。神通棍を鞭にしてバシッと鳴らし、コカトリスの注意を自分に向ける。
 ちょうどコカトリスが、首を美神の方へと回した時。

 カッ!!

 横島の手の中で文珠が光った。
 彼は、『解』と刻まれたそれを、まりとかおりに叩き付ける。
 だが……。

「ちくしょう、なぜだ?」

 全く効果がなかった。
 文珠の輝きが収まっても、二つの石像には何の変化も生じていない。

「……なぜなんだ!?」
「横島さん……」

 落胆の色を見せる彼のもとに、おキヌが駆け寄った。
 彼の問いかけに対して答えることは出来ないが、それでも何か声をかけないといけない。
 そう思ったおキヌだったが、彼女が口を開くよりも早く。

『……それは霊力が足りないからなのね!』

 空から答が振って来た。


___________


 場の雰囲気を一変させるかのような、能天気な声。
 声の主を求めて見上げた陰念が、ポツリとつぶやいていた。

「なんだ、ありゃあ!?」
「あーみえても、彼女は神さまよ。
 その右にいるのは……
 ああ、小竜姫のことは知ってるわね?」

 彼が小さく頷くのを見て、美神が説明を続ける。

「で、残りの一人は……
 小竜姫の弟子だから、今じゃ
 あのコも神族の分類なのかしら?」

 美神の言葉が終わると同時に、その場にスッと舞い降りた三人。
 それは、ヒャクメと小竜姫とパピリオだった。


___________


「パピリオちゃん!!」
「久しぶりでちゅね、モモちゃん……!」

 おキヌに小さく笑いかけてから、パピリオはコカトリスへ駆け寄り、それにカチリと首輪をはめる。
 三人の登場で、さきほどまでの緊張感は完全に消え去っていた。

「あれ……俺は無視?」

 横島の表情もギャグモードになっている。
 そして、彼らの横では、神さまである小竜姫がペコリと頭を下げて、事情を説明していた。

『すいません、美神さん。
 うちのコが迷惑かけたみたいで……』
「え?
 『うちのコ』って……」
『はい。
 このコカトリスは……
 パピリオの新しいペットなんです』

 ペットを飼うのが趣味のパピリオ。それは、小竜姫の弟子となっても変わっていないらしい。
 小竜姫が少し目を離した隙に、あっちこっちから色々と生き物を連れてきてしまうのだ。それも人間界に普通に生息しているモノではないので、小竜姫としても、簡単に『捨ててきなさい』とは言えないのだった。

『それでも今までは
 大きなトラブルはなかったのですが……』

 昨晩、一羽のコカトリスが逃げ出してしまい、今回の事件を引き起こしたのだという。
 こうして小竜姫が話している後ろでは、

『……えへ』

 パピリオが、コカトリスの頭の上に手をおいたまま、小さく舌を出して笑っていた。
 チラッと彼女に目をやり、小竜姫も苦笑いする。それから彼女は、美神たちへの説明を続けた。

『……石にされた人々は
 私たちが責任をもって
 もとに戻します……!』
「そういえばメドーサの一件でも
 あんたたちの世話になったんだってな。
 ……さすがは神さま。
 この程度は簡単に復元できるってわけか」

 と口を挟んだ陰念に対して、ヒャクメが胸をはってみせる。

『そうなのねー!
 横島さんの文珠では霊力不足だけど、
 私たちなら……
 これくらいアサメシマエなのね!』

 おまえが威張るな。
 どうせ小竜姫さまが中心になって作業するんだろう。
 そう思った者が何人かいたが、誰も口には出さなかった。ヒャクメも、今は誰の心も覗いていない。

「それじゃ、まずは、この二人から……」

 まりとかおりの石像を指さす横島。
 しかし、ヒャクメが首を横に振った。

『ダメなのね。
 その二人は、あとまわし』
『……ですが、ちゃんと、もとに戻しますから。
 人間に戻す……というだけでなく、
 もとの時代へ戻します……!』

 小竜姫の言葉を聞いて、おキヌ・横島・美神がハッとする。
 それを見てケラケラと笑いながら、ヒャクメが言葉を続けた。

『私たちには秘策があるのね。
 ……時空震動も起こさずに、
 穏やかに二人を未来へ送り返す方法が!』


___________


「そんなことが……」
「……物理的に可能なんですか!?」

 横島とおキヌが驚く横で、一瞬の後、

「ああ……なるほどね」

 美神は、納得の色を顔に浮かべていた。
 そんな美神に対して、ヒャクメは、小さくウインクしてみせるのだった。


___________
___________


 そして。
 時が流れて。
 愛も流れて、新しい命も生まれて。
 十数年の後……。


___________


「最近、おやじもおふくろも
 あたしたちの交際に反対みたいだからな。
 ……二人がいない今日がチャンスだ!」

 住宅街の裏路地を走っていたのは、ショートカットの少女。彼女は、年下のボーイフレンドの家へと急いでいるのだった。
 しかし、彼女の前に、長い髪の少女が立ち塞がる。それは、

「そうはいきませんよ。
 間違いが起こらないように
 ……わたくしがついていきます!」

 双子の妹だった。
 姉は、真っ赤な顔で妹に反論する。

「間違いなんておこらねーよ!」
「いいえ!
 あなたの言葉は信用できません。
 ……ちゃんと私が見張っておきます!」
「そういうのは『見張り』じゃなくて
 『デートの邪魔』って言うんだよ!」
「あら……!
 『デート』だと認めるのですね!?」

 口論しながら進む二人。
 これも一種の『けんかするほど仲が良い』なのだ。
 だが、肝心の『間違い』の内容を――両親が心配している『間違い』の内容を――、彼女たちは知らなかった……。


___________


 それから一時間後。
 その『間違い』は起こった。


___________


「消えちゃった……。
 どこか別の時代へ行っちゃったの?」

 少年は、自分の部屋でオロオロしていた。
 自分が興奮したために、大切なガールフレンドとその妹が、時間移動してしまったのだ。
 しかし。

『大丈夫なのねー!』

 という声と共に、何もない空間から、おかしな恰好の女性が出現した。

「え……?
 おねえさんは……もしかして
 今の……僕の時空震動のせいで、
 この時代へ来ちゃった未来人!?」

 少年は、女性の奇抜の服装を見て、未来人と判断する。だが、女性は手を横に振っていた。

『違うのね。
 私はこの時代の人物
 ……じゃなくて神さまなのね!』
「なんだ、神さまか」

 普通の人間にとっては『神さま』は信仰の対象だが、少年は『普通』の人間ではない。彼の母親は神さまを使いっ走りのように扱うし、そうした環境の中で彼は育ってきたのだった。
 そして、この女神も、軽い扱いをされるのに慣れているらしい。少年の態度を気にすることもなく、微笑みを浮かべていた。

『私はあなたに
 プレゼントを持ってきたのね!』
「……プレゼント?」
『そうなのね。
 でも、その前に……』

 女神は、少年の体を自分の方へと引き寄せる。

『あなたの時間移動能力を
 吸い取らせてもらうわ。
 あなたには大き過ぎる力だから……
 封印じゃなくて、
 完全に奪い去る必要があるのね!』
「……え?」
『いいから。
 おねえさんにまかせるのね!』

 女神は、少年の頬に両手をあてて、自分の唇を突き出した。
 そのまま顔を近づけていくのだが……。

「……私の息子に何するつもり?」

 二人の距離がゼロになる前に、邪魔が入った。
 それは、いつのまにか部屋に入ってきていた、少年の母親。彼女は、さらに言葉を続ける。

「そんなことしなくても
 時間移動能力、吸い取れるでしょ。
 ……ヒャクメ!」
『ハハハ……。
 久しぶりなのね、美神さん!』


___________


「えーっと……二人は知り合い?」

 という少年のつぶやきに無言で頷きながら、ヒャクメは、虚空からトランクを取り出した。そして、そこからコードを引き出し、先端の吸盤を少年の頭にキュパッとくっつける。

「……え?」
『これで、もう大丈夫なのね。
 このコの時間移動能力は、
 ……私がもらったわ!』

 意味が分からず戸惑う少年。
 だが、少年の母親――美神令子――は全てを理解しており、ヒャクメに先を促す。

「ほらほら。
 用件はこれだけじゃないでしょ?
 もう一つもサッサとやっちゃいなさい」
『やっぱり美神さんはわかってたのね』

 そう言いながら、サッと手を振るヒャクメ。何もない空間から、今度は二体の石像を取り出してみせた。
 
「……あっ!?」

 石像ではあるが、それはどう見ても、まりとかおりである。
 その事実を悟った少年が驚く横で、美神は、口元に小さな笑みを浮かべていた。

「おキヌちゃんや横島クンは
 気付いてないみたいだけど、
 私は理解していたから……。
 すべて、あの二人が言った通りになるんだ、って。
 ……無理に防ごうとする必要もないんだ、って」

 彼女は、ここでいったん言葉を区切り、少年の頭にポンと手をのせた。

「でも……二人の話に合わせて
 レイを産んだわけじゃないわよ?」
『それはわかってるのね』

 ヒャクメの眉毛がハの字になり、その表情がやわらかくなる。ヒャクメは、ふと、かつて美神に対して言った言葉を思い出していた。

   『あなたの人生は
    あなたが作っていけばいいんですから』

 だが、今は、それに言及するような場面ではない。代わりに別の言葉を口にする。

『……ともかく美神さんが
 全部心得ているなら話は早いわ』
「時空震動を使わない時間移動。
 ……あんた、そう言ったもんね」

 十数年前のことを思い出し、今度は美神が、ヒャクメに対してウインクしてみせた。

「時空震動を伴わないほうが
 時空の混乱が少ない……ってとこかしら?」
『まあ、そんなところなのね』

 あの時、高校生のまりとかおりが石にされたことが、ひとつのポイントだった。
 その時代の『本来のまりとかおり』は赤ん坊であり、『未来から来たまりとかおり』とは別に存在している。
 だが、『本来のまりとかおり』は高校生になったら過去へと飛ばされてしまうのだから、その時まで『未来から来たまりとかおり』を高校生のままキープできれば、それで全てが解決するのである。

『それじゃ……最後の仕事なのね!』

 ヒャクメが指をパチンと鳴らすと同時に。
 石にされていた二人が、人間に戻って……。
 いつのまにか、ヒャクメ自身の姿は、その場から消えていた。


___________


「あれ……」
「……ここは!?」

 まりとかおりは、混乱していた。
 さっきまで二人は白龍寺にいたはずなのに、ここは、美神の家なのだ。しかも、一緒にいたはずのメンツも少し変わっている。

「レイ君……!?」
「それに美神さん、その姿は……?」

 そんな二人に対して、美神の息子が、やや不思議そうな表情を向けていた。

「戻ってきてくれたのは嬉しいけど
 ……でも二人とも何か変だよ?
 なんでママのこと、
 『美神さん』なんて呼んでるの?」

 そう言われて、まりとかおりは、顔を見合わせる。

(だって、そう言わないと怒られるから……)

 と思ったのも束の間。

「……ああ、そういうことか」

 二人同時に、何が起こったのか把握したのだった。
 だから、二人は、あらためて挨拶する。

「ただいま、美神のおばさん!」
「ただいま、美神のおばさま!」

 この時代の美神は、『おばさん』『おばさま』呼ばわりされても文句は言わない。もう、そういう年齢なのだ。
 彼女は笑顔を浮かべたまま、二人に歩み寄り、その肩を軽くポンと叩くのだった。

「おかえりなさい……!
 まりちゃん、かおりちゃん!!」






       『続・まりちゃんとかおりちゃん』 完


 


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