椎名作品二次創作小説投稿広場


絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

覚悟のするめ


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/10/ 5



 P.A.N.D.R.Aの女王がここ箱根湯本に着いたのは、やや陽が傾いた頃だった。
 彼女は見通しのよい丘の上から、一軒の古びた日本旅館を見下ろしている。
 B.A.B.E.Lの重要人物の一人が短い休暇を得てこの旅館に泊まるという情報を得たのは昨日のことだった。

 「皆本……」
 彼女が彼と共に過ごした日々は、彼と離れている日々に比べれば遥かに長いのに
その何倍の長さにも今日を感じて過ごしてきた。
 そして今も。
 今こうして眺めている時でさえ、目の前にあって手の届かないものを掻きむしるがごとく。
 同時に、100メートルと離れていない彼が吸う同じ空気を、自分の肺に取り込んでいるという高揚。
 しかし女王は、未だ歩を進めないでいる。

 我ながら未練がましいにも程がある。
 今の彼女は、彼と真正面に向き合い、行く手を塞ぎ合い、剣を交える立場にある。
 彼も彼女も、その真実を見つめてしまった故である。
 だがそれなら、
 もう一度自分の話を聞いて、声を聞いて、瞳を見つめてくれたなら。
 彼の声を聞いて、瞳を見つめて、指先の暖かさを感じたなら。
 いちばんそばにいてほしいと思う。
 自分と仲間の元へ。
 彼こそが、私達を真に理解しているのは間違いないのだから。
 彼の温もりこそが、私達を救う唯一のものだから。

 諦めなければまだ取り戻せる。
 必ず勝算はある。

 彼女は自分の両の手の平を顔に近づけると、静かに匂いをかいだ。
 柔らかい石鹸のにおいがくすぐったい。
 その下の唇は宝石の様に艶やかで、ほんのり紅いルージュを引いている。
 あの頃とは違う。
 彼と共に過ごした年月と、彼を失っていた年月は、彼女を対等の位置に立たせている筈だ。
 今はもう、口に出すことはないけど、
 あの頃は冗談交じりに口にしてたけど、
 今の私なら、心の底からあなたに言える。





 「溜まってるんだろ?」って。




 だって小学生とはいえ美少女3人と何年も同棲始めてだぜ?
 日々手足やら乳やら尻やら成長しているの見てて何とも思わないワケないだろ!
 ドコの聖人君子さまだよッ!
 だいたいその間どうやって「始末」してたんだよ!
 アタシら誰も見てねぇぞちきしょう!
 かといって。
 よその誰かとつきあってる節もなかった。
 それは現在もそうらしい。
 P.A.N.D.R.Aはちゃあんと情報収集も怠らない。
 ならば
 ならば!
 自分が解放してあげなくて、誰が彼を解き放てるのか。
 今のアタシが正々堂々迫れば、岩で股間を殴っても自分を押さえることはできまい。
 たわわに実った胸を、自分の手の平で寄せてみる。
 寄せてあげて────申し分なし!
 もう出逢った頃のマニア向けのアタシじゃない。

 出来る

 出来るのだ

 小さく早く脈打つ鼓動を感じつつ、女王は丘を降り始め、
 視線の端に人影をみつけた。

 「こんなトコで何をしてはるんですかねぇ?女王」
 美しく艶やかな長い黒髪の、「女神」と呼ばれる彼女は、木立に寄りかかり腕を組んでいる。
 女王の動きがビデオの一時停止のように停まったのは、彼女の所為だけではない。
 女神よりさらに放漫な身体の美しいウェーブの女性が、女神の反対側の樹木で同じように腕を組んで待っていたからだ。
 「女帝」と呼ばれる彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
 長く彼女と暮らしていた者であれば知っている。
 日常、やや仏頂面気味である彼女が豊かな笑みを浮かべるとき、
わずかな例外を除いて、俗に言う「獣が攻撃的な意志を表す」事と同義である、と。
 「女王自ら偵察任務、ごくろうさまね」

 澪の奴、口を割りやがったな。
 背中、というより脊髄に直に冷たい汗が伝う感触が走った。
 動揺してはいけない。
 ここが正念場なのだ。
 静かに短く、息を吸い込む。
 少し瞳を潤ませて、何もない遠い空を見上げるように
 哀しみと懐かしさを含ませた笑みを浮かべて。
 「誤解しないで。アタシはP.A.N.D.R.Aを裏切る訳じゃないわ。むしろその逆。
 皆本は私達には必要な人よ。その才能はもちろん、彼に一目置く人間はP.A.N.D.R.Aにもいるわ。
 だからアタシがサシで皆本と話をして───」
 「既成事実でも作ろうっちゅうこっちゃな」
 「触れなくてもミエミエよね」
 「…………」
 二人が女王に歩み寄って来る。
 乗り越えるのだ。
 ここで心折れては、この千載一遇の機会を失ってしまう。
 「許して二人共っ!アタシ一人犠牲になればP.A.N.D.R.AとB.A.B.E.Lは共に同じ未来を進めると思うのっ!」
 女神が襟首を掴んでゆする。
 「コチラ側に来たから言うて、抜け駆けが許されると思てんのかアンタわッッ!」
 「私達だってどれくらい我慢してると思ってるの?」

 ふと香る、自分とは違う石鹸の匂い。
 よく見ると女神も女帝も控えめにメイクしている。
 二人ともお気に入りのドレスだ。
 そして身体を覆う布の面積は、通常のそれよりも少ない。
 特に胸元や太腿のあたりは。
 女王は二人から一歩下がると、サイコキネシスでドレスを捲り上げた。

 所謂「決戦下着」だった。

 「お前ら、アタシがここに来る前にえらく念入りに風呂入ってたよなぁエエおいっ!」
 「う、ウチはその、皆本はんと話し合うててやねぇ、もし皆本はんがクラクラッってきても、ちゃんと受け止められるようにやねぇ」
 「既成事実なら別に女王じゃなくてもいいでしょ?それにP.A.N.D.R.Aだって未来の後継者を作らなきゃいけないワケだし」

 女王、女神、女帝はそれぞれ静かに間合いを取った。
 駄目だ、こいつら。
 肉体も、そして内包する力も闘争の刃として構える。
 過去も、現在も、未来も
 生命というものは淘汰の上に成っている。
 三人の決断は同じだった。
 この二人を倒さない限り、少なくとも現在と未来の幸福は存在できない、と。

 「なぁにがクラクラッだよ!そんな哀愁漂う胸板で皆本が押し倒すわけねーだろーが!」
 「アンタらみたいな乳ばっかの可愛い気無い女を、皆本はんが抱く思てんのか!この牛!牛っ!」
 「無いよりあった方が生物的に惹かれ合うのは自然よ。私だったら皆本さんの求めてる事に全て応えることができるんだから!」
 「お前みたいな肉饅頭は風俗向きなんだよ!エロエロ過ぎて皆本退いちゃうだろ!」
 「私が一番バランスがとれて従順なのよ!あななたちみたいなナイチチと違ってね!」
 「ナイチチ言うたな!ナイチチと申したかッッ!」
 「アタシは増えたっ!ちゃあんと増えたもん!」

 業火の様な念動力。
 地獄の如き千切れた樹木と岩石の雨。
 テト攻勢の再来を思わせる銃撃。
 箱根の山々を削り、湖を波立て、澄んだ空気を震わせる。


 翌日、
 P.A.N.D.R.Aの重鎮である真木司郎と、B.A.B.E.Lの若き指揮官皆本光一は
 朝刊を眺めて、同時に深海より深い溜息を吐き出した。

 『P.A.N.D.R.A 内ゲバ?!箱根温泉街巻き添えで壊滅!!』


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