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続・まりちゃんとかおりちゃん

第七話 長いかもしれないお別れ(前編)


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/10/ 2

 
「おせわになったでござる」

 頭を下げるシロ。
 彼女の前には、横島・おキヌ・高校生のまりとかおり・百合子・美神がズラリと並んでいた。
 赤ん坊のまりとかおりも、それぞれ、横島とおキヌの腕に抱かれて眠っている。

「村に戻ってしばらく養生したら……
 あの狐妖怪を探す旅に出るでござるよ!」

 そう言い残して、シロは、改札の中へと消えていった。
 ここは東京駅。
 一同は、今、人狼の里に戻るシロを見送りに来ていたのだった。
 シロの姿が完全に見えなくなったところで、

「それじゃ……帰りましょうか」

 美神の言葉に頷き、彼らは、きびすを返す。
 そして駅の建物から完全に出たところで、まりが振り返り、ふとつぶやいた。

「……この時代だと、
 まだ赤レンガ駅舎が
 クッキリ見えるんだよなあ。
 ヤボなシートも被ってなくて……」
「もう、まりったら!
 そうやって不用意に未来の情報を……」
「いーじゃねーか、これくらい。
 別にあたしたちが何を言ったって
 東京駅改修工事に影響は出ないだろ?」
「ええっ!?
 この独特の……風情のある駅舎が、
 現代風の駅ビルになってしまうんか!?」

 まりの言葉に、横島が反応する。
 そんな若い父親の姿を見て、まりとかおりが、二人揃って手を振って否定した。

「安心していいですわ、おとうさま!
 赤レンガ建築は、赤レンガのままですから」
「改修工事って言っても、
 新しくするんじゃなくて、むしろ
 オリジナルの形に戻すことが目的なんだよ」
「今のこの姿って、建てられた当時とくらべると
 空襲のせいで少し小さくなってるんですって。
 ……それを復原するのが目的らしいですわ。
 私たちの時代では、ちょうど工事中で……」

 いつのまにか、かおりも、まりと一緒になって未来の話をしてしまっている。
 こうして三人が会話している横では、おキヌが、美神に話しかけていた。

「美神さん、
 ちょっと気になってたんですけど……」
「なーに、おキヌちゃん?」
「前にシロちゃんが来た時って、
 東京駅じゃなくて……
 上野駅まで迎えに行きましたよね?
 ……シロちゃん、東京駅発の電車で
 ちゃんと里へ帰れるんでしょうか?」
「……あ」




    第七話 長いかもしれないお別れ(前編)




「……きっとシロなら
 間違って別のところに着いても、
 そこから歩いて里へ戻れるわよ」
「それじゃ……電車に
 乗る意味ないじゃないですか」

 美神の発言に対して苦笑するおキヌ。
 それから彼女は、横島やまりと話をしていたかおりに、声をかけた。

「ねえ、かおりちゃん。
 未来の情報をもらさないことに
 ずいぶん気をつかってるみたいだけど……」
「あら……!」

 口に手をあてて、かおりは、クスリと笑う。

「おかあさまがそんなこと言うだなんて……。
 なんだか不思議な感じですわ。
 だって、歴史改変の怖さを
 わたくしに語ってくださったのは、
 他ならぬ……おかあさまなのですから!」

 まりもかおりも、逆行者であるおキヌが歴史を変えてしまったが故に産まれてきた。もちろん、望まれて産まれたきた子供たちであり、愛情の賜物・幸せの象徴である。
 だが、まりやかおりから見た『母親おキヌ』は、幸せ一色の存在ではなかった。時おり、憂いを帯びた表情を見せていたのだ。それが気になって、幼い頃、かおりは無邪気に尋ねてしまったことがある。

   「おかあさまは……幸せじゃないの?」
   「ふふふ……。
    もちろん幸せよ。
    でもね……私は……
    色々なことが『なかったこと』に
    なってしまう悲しみも知っているから」
   「……?
    おかあさまのおはなし、
    難しくて、よくわかんなーい」

 言葉の意味は理解できなかった。だが、母親の笑顔が心底からのものではなく、無理に微笑んでいるにすぎないということは、子供心にも分かってしまった。

「……だから
 今のおかあさまを見てると、
 わたくし、嬉しいですわ。
 だって、とっても幸せそうですから!」

 と、説明するかおり。
 これも未来情報の漏洩だと気付かずに、つい語ってしまう彼女であった。


___________


「……そんなに心配しなくても
 大丈夫なんじゃないかしら?」

 ここで美神が、おキヌとかおりの会話に参加してきた。
 まりと横島は、まだ東京駅談義を続けており、百合子はどちらの会話にも参加せずに、皆の様子を眺めている。ただし、その視線は主に美神に向けられているようだった。
 そんな感じを受けながらも、美神は、言葉を続ける。

「あんたたちが何を言おうと、
 確定しちゃった歴史は……
 簡単には変わらないもんなのよ」

 かつて時間移動を何度も行った先輩として……だけでなく。
 時間移動の影響について神族から直接聞かされた人間として。
 美神は語るのだった。

「小竜姫さまが言ってたんだけど……」

   『時間移動はもともと
    そんな大した力ではないんです。
    過去も未来も変えられることしか
    変えられない……。
    時間の復元力は
    人や神の力よりずっと強いのですよ』
   「死んだ横島クンを
    生きかえらせたこともあるけど……?」
   『それは多分そのままでも
    蘇生可能だったんでしょう』

「……その時は色々あったから
 それ以上の議論はしなかったけどね。
 でも後になって考えてみると……」

 横島の生死に関わった、中世での短い時間跳躍。あれも『時間移動』と表現してしまったが、厳密に言えば、他の『時間移動』とは少し違う現象だった。美神が移動した先に、その時空の美神はいなかったのだから、むしろ『時間逆行』と呼ぶべき現象だったのである。
 その違いに着目すれば、『時間移動』と『時間逆行』とでは歴史を変える力が異なるという考えも成り立つのだ。

「……もちろん、これは
 あくまでも仮説なんだけどね」

 そう締めくくってから、美神は、あらためてかおりに質問する。

「実際のところ、今まで……
 あんたたちが知ってる未来から
 明らかに変化したこと、何かあった?」
「そう言われてみると……」

 かおりは、自分たちの到着以来の出来事を回想してみた。
 まずは、横島とおキヌの除霊仕事についていった結果である。どうやら小説のモデルになってしまったようだが、それこそ、彼女の知る『聖美女神宮寺シリーズ』だった(第三話参照)。
 そして、タマモの復活。これに関しても、『変化した』とは言いきれなかった。かおりが物心ついた頃には、シロもタマモも身近な存在であり、どういう経緯で仲間になったのか知らないからである。
 だから、この後シロがタマモを見つけて、二人の間に何とか友情が育まれ、二人が美神の事務所の屋根裏部屋で暮らすようになれば……。それで、かおりが知る『未来』と同じになるのであった。

「……特に何もなさそうですわ」
「……ね?」

 納得顔で肯定する少女に対して、美神は、小さくウインクしてみせるのだった。


___________


 しかし美神の仮説は、時間移動してきた二人を安心させるものであっても、時間逆行者であるおキヌの不安を取り除くものではない。
 時間逆行が歴史に与える影響が大きいのであれば、おキヌは、より慎重に行動しなければならないからだ。

(……悩んでいるようだね)

 百合子は、おキヌの様子を見て、そう感じた。

(未来から二人が来たことが、
 いいキッカケになったのかもしれないね。
 ……まあ、なにはともあれ、これからだよ!)

 と思いながら、おキヌのもとに歩み寄って、その肩をポンと叩く。

「若いうちは、色々と考え込むのもいいもんさ。
 特に、おキヌちゃんは……
 ここまでマリッジブルーすらなく、
 天然ボケならぬ幸せボケで
 ずーっときてたからね」
「お義母さん……」
「ある程度まとまったら、私に話してごらん。
 いくらでも相談にのるから……さ」
「……はい!」

 おキヌの表情が少し明るくなったのを確認してから、百合子は、美神の方に向き直った。そして真面目な表情で、話を切り出す。

「ところで、美神さん。
 ちょっとお願いしたいことが
 あるんですけど……」


___________


「二人を……うちで預かる?」

 驚いて聞き返してしまう美神。
 百合子の『お願い』というのは、高校生のまりとかおりを美神の事務所で居候させて欲しいという頼みだった。

「待てよ、母さんっ!
 何勝手なことを……」

 話を聞きつけて、横島も、こちらの会話に加わってきた。彼としても、百合子の提案は寝耳に水だったのだ。

「だって仕方ないだろ?
 一泊や二泊なら構わないが、
 長期滞在させとく余裕はないんだから」

 百合子が、横島に説明している。
 簡単には未来に戻ることも出来ないようだし、それならば、二人にはきちんとした住居が必要だ。いつまでも2DKのマンションに同居というわけにもいかない。
 しかし、二人の素性は、なるべく秘密にしておいたほうがいいだろう。そして事情を知る関係者の中で、部屋に余裕があるのは美神の事務所……ということだ。

(スペースの問題だけじゃないわね……)

 美神は、百合子と横島が話し合うのを横目に見ながら、色々と考えていた。
 おそらく百合子は、横島のスケベさも考慮に入れているのではなかろうか。
 『娘』とはいえ高校生なのだ。間違いが起こらないとも限らない。しかし『娘』である以上、もしも間違いが起こったら、それこそ大問題になってしまう。
 それに、そもそも横島が二人をハッキリ『娘』と意識できているかどうか、それも分からない。なにしろ、この時代の『まりとかおり』は、二人とは別に存在しているのだ。今現在、横島とおキヌが抱いている赤ん坊こそ、横島にとっての『娘』なのである。では、高校生のまりとかおりは、いったい、どういう扱いになるのだろうか。

(そして、たぶん。
 それだけじゃなくて……)

 美神は、まりとかおりに視線を向けた。
 長期滞在を想定している以上、どこか適当な高校に通わせることになりそうだ。それでも、かつておキヌが美神の事務所から通学していた頃と同様、帰宅後には二人は事務所の手伝いをするだろう。美神にしてみれば、二人を――まだまだ霊能力は低いとはいえズブの素人と比べれば遥かに有能な二人を――、タダで使えることになるのである。
 そして二人は未来の知識を握っている。しかも、ちょうど今、未来情報漏洩も問題ないと説き伏せたばかりだ。色々と仕事に役立つ話を引き出すことも可能だろう。

(したたかな百合子さんのことだから……
 私が二人を利用することくらい、
 織り込み済みのはずよね?)

 そう考えた美神は、ニンマリと笑って頷くのだった。

「……そうですね。
 私も、それがいいと思いますわ!」


___________


 ブオ……ォオッ。

 後部座席に、高校生のまりとかおりを乗せて。
 東京駅の地下駐車場から、美神の愛車が走り去ってゆく。
 それを見送った横島が、ポツリとつぶやいた。

「美神さん、かわったなあ」
「……どういうことです?」

 彼の言葉に反応するおキヌ。
 彼女は、今、横島の隣で彼と腕を組んだ状態だった。少し前まで二人が抱いていた赤ん坊は、今は、百合子が押しているベビーカーの中で眠っている。

「……ああ。
 タマモの一件もタダで手伝ってくれたし、
 今日だって、二人の居候のこと、
 アッサリ引き受けてくれただろ。
 お金の話も一切ナシで……」
「でも……私が昔
 居候させてもらった時も
 料金の請求なんてなかったですから……。
 いや、もしかしたら
 氷室の養父さん養母さんが
 黙って払ってくれてたのかもしれないけど……」

 そんな言葉を交わす夫婦に、後ろから百合子が声をかけた。

「……美神さんは大人だからね。
 いつもいつも金品ばかりじゃなくて、
 たまには貸しを作っておくことも
 大切だってわかってるのさ!」

 それを聞いて、若い二人は、顔を見合わせる。

「美神さんに借りを作るって……。
 それはそれで、何だか大変なことを
 したような気がするんだが……」
「『タダより高いものはない』
 って言いますからね、昔から」
「こらこら。
 忠夫もおキヌちゃんも……
 二人とも、美神さんのことを
 そんなふうに言ってはダメだよ。
 ……さあ、私たちも帰ろうか」

 苦笑する百合子に促されて、

「ああ」
「……そうですね」

 彼らは、家路を急ぐのだった。


___________


 そして。
 ウワサの対象となった美神は、クシャミをすることもなく、無事、事務所に到着していた。
 しかし……。

 ギャキキィッ!

 ビルの一階のガレージに入れるのでなく、敷地の前で、愛車を急停車させる。

「どうしたのです……?」
「あいつのせい……か?」

 後部座席のまりとかおりが、美神の緊張に気付いた。
 美神の左手はハンドルに添えられたままだが、いつのまにか、右手では神通棍を握っていたのだ。イザというときのためにダッシュボードに忍ばせておいたのだろう。
 その美神の視線の先には、一人の男が立っていた。

「知り合い……ですか?」
「……そうよ」

 かおりの質問に、短く答える美神。
 彼女は、もう一言だけ、つけ加えた。

「あれは……
 かつて魔族の手下だった男」

 彼女の言葉にハッとして、まりとかおりは、あらためて男を観察する。
 その男はトレンチコートに身を包んでおり、太っているのか痩せているのかすら定かではない。だが、背が低いことだけは確かだった。
 また、帽子を深々とかぶっているために、顔も大部分が隠されている。それでも、両頬から上下に伸びる大きな傷が、ハッキリと見えていた。

「……久しぶりだな、美神令子」

 挨拶と同時に、男は、帽子に手をやった。
 傷だらけの顔があらわになる。
 まりやかおりにとっては初対面。しかし、美神には見覚えのある顔だった。

「例のGS試験以来かしら?
 あんたのことなんて今まで
 完全に忘れてたけどね、
 ……陰念!」



(第八話に続く)
 


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