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ラブレター フロム ・・・・・・(リレー)

第2話 / 甘い香りに誘われて! 〜Because of the Scent〜


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 8/30

   
 配達されない三通目の手紙……なんてものがあるのかどうか定かではないが。
 少なくとも二通の手紙が横島のもとに舞い込み、それがちょっとしたミステリーとなっていた。
 一つは、横島のアパートに届けられた手紙。昨日の雨で文字が滲み、差出人すら判別つかないシロモノだ。しかし、かろうじて読める部分からはラブレターだと推測できた。
 そして、もう一つはタマモからその存在を聞かされた手紙だった。タマモが知っているということは、おそらく事務所宛だったのだろう。横島自身は現物を目にしていないし、内容まではわからない。だが『妙神山からの手紙』であるという貴重な情報を入手していた。

(……謎は全て解けた!)

 という気分で、商店街を駆け抜ける横島。彼がタマモを残してきた店では感動のドラマが繰り広げられていたのだが、それも、もはや彼には無関係であった。
 周囲の様子も目に入らぬ勢いだが、馴染みの顔を見つければ、話は別である。

「……おっと!」

 横島は足を緩めた。
 彼の前を横切るように歩いていた女性、それは……。

「あら、横島さん……」

 アパートの隣人、花戸小鳩であった。

「そんなに急いで
 ……お仕事ですか?」
「いや、今日は違うんだ。
 それより……」

 もしかすると『あの手紙』――アパートの方の手紙――は、差出人が直接郵便受けに入れたものかもしれない。その場合、小鳩が投函の現場を見ているかもしれない。
 そう思って手紙の一件を説明しようかと考えた横島だったが、すぐに、別の思考が頭に浮かぶ。

(いや……小鳩ちゃんに聞くのはまずい!)

 小鳩だって、これまで、横島に気のある素振りは見せていたのだ。もしも彼女が差出人ではないなら、手紙のことは小鳩に対しても秘密にするべきだろう。
 彼女が直接の妨害行為に及ぶとは思えないが、彼女を介して、他の女性陣の耳に入る可能性はある。

「……なんでしょう?」
「いや、なんでもないんだ。
 ハハハ……じゃあな!」

 パタパタと手を振り、横島は再び走り出す。
 去っていく彼の背中を見送りながら、

「そういえば、今日は
 いつもの大荷物をかかえてなかったな。
 ……なんだったんだろ?」

 小鳩は小首を傾げる。彼女の後ろのおさげ髪も、一緒になって小さく揺れていた。




    第2話 / 甘い香りに誘われて! 〜Because of the Scent〜




 すでに都会の喧噪は越え、今、横島は鬱蒼とした森の中を進んでいた。

(あれ……?
 俺、なんで最初に
 パピリオだと思ったんだろ?)

 今さらのように、ふと、小さな疑問が浮かぶ。
 『妙神山からの手紙』の存在を知った時、横島は、それがパピリオからの手紙だという可能性を一番に考えたのだった。

(ああ、そうか。
 パピリオは前にも
 手紙をくれたことがあったから……)

 疑問はすぐに解消した。
 かつてパピリオは、アシュタロスとの一連のゴタゴタが終わった際、事務所に手紙を寄越したことがある。パピリオやベスパの今後の身の振り方を記したものだったが、それは単なる事務的なものではなく、文面には彼女らしさも滲み出ていたのだった。

(あれとオーバーラップさせてしまったのか)

 当時の――ルシオラ復活の手段を模索していた頃の――心境を、少し思い出してしまう。
 しかし横島は、自分の気持ちをぬぐい去るかのように小さく頭を振る。
 過去に囚われてはいけない。今は前を見つめて、突き進むべきなのだ!
 足取りが早くなる横島だったが、

(……ん?
 ちょっと待てよ……)

 新たな疑問が念頭に浮かぶ。
 今まで横島は、事務所からの手紙をパピリオのものだと考えて、パピリオが女性神魔と共に人界へやってくるというケースを想定していた。その『付き添い』が、この機会に横島とデートしたくてラブレターをアパートに送った……。
 そんなストーリーを妄想していたのである。
 だが、二つの手紙の差出人が同じという可能性もあるのではないか?

(まさか……ラブレターもパピリオから?
 おいおい、そんな趣味はないぞ、俺には)

 神も悪魔も人間も、横島の前では皆、平等だ。良い意味でも悪い意味でもスケベな意味でも差別しない横島だが、さすがに、ちっちゃな子供は対象外だった。
 少し気持ちが萎えながらも、横島は、ポケットに突っ込んでいた『あの手紙』を取り出す。何気なくもう一度文面を見ているうちに、新たな発見があった。

(あれ……?)

 雨に濡れてしまった手紙。
 文章そのものは、やはり判読しがたい。だが、手紙の隅に『雨』とは違うシミを見つけたのである。
 触れてみると、わずかにベトッとする。
 顔を近づけると、独特の甘い香りが感じられた。

(……これは!) 

 ハチミツだ。
 横島の頭の中に、かつてのルシオラの言葉がリフレインする。スパイ時代に一緒に買い物をしたときのものだ。

   『パピリオにハチミツ、
    ベスパはタンパク質、
    私は水と砂糖と……』

 半ば独り言で、三姉妹の好物を確認していたルシオラ。
 そう、ハチミツと言えば……パピリオなのだ。

(それじゃ……やっぱり
 パピリオなのか、ラブレターの主は!?)

 さらにテンションが下がる横島だったが、ここまで来て今さら後には引けない。
 ちょうど森を抜け、妙神山修業場へ至る登山道が見えてきたところだった。
 ここから先の山道には、木も生えていない。

(この道は、いつか来た道……)

 一度目は美神の修業のための荷物持ち、二度目は雪之丞に誘われて、自身の修業のためだった。

(でも今回は……修業が目的じゃないからな!)

 パピリオかもしれないが、そうじゃない可能性もまだ残っているのだ。
 その先に待つ『愛』を求めて。
 決意も新たに、横島は、三たび険しい道へと足を踏み入れた!


___________


「ここも久しぶりだな。
 ……ん?」

 進むに従い狭くなる崖路を越え、ひらけた場所に到達した横島。
 そろそろ鬼門たちの姿が見えてくるのだが、どうも門戸の様子がいつもと違う感じだった。

「……お、おまえたち!?」

 さらに近づいたところで、違和感の正体が明らかとなる。
 門に貼り付いた鬼門たちの顔も、両脇の胴体部も、それぞれ緑色のツルに絡み付かれているのだ。

『おお横島……!』
『よいところに来た!
 ちょっとこれを解いてくれんか?』
「おまえら……甲子園球場ごっこか?
 そりゃあ確かに、
 妙神山に駐車場はアリマヘーン……だけどよ」

 子供の頃にタイガース帽をかぶっていた横島なだけに、つい、そんなツッコミを入れてしまった。
 もしも巻き付かれているのが美少女であるならば、もっと色っぽい妄想も湧いたかもしれない。だが、鬼門を相手にそのような想像をするシュミは、横島にはなかった。

『わけのわからんことを
 言ってないで、早く……』
『おぬしには
 何でもかなう不思議な能力があるであろう?』
「おう、まかせとけ!」

 ウネウネと動きながら鬼門たちを束縛する植物。その正体はわからないが、それでも、文珠で『解』とかすれば一発だろう。
 そう思って文珠を生成しようとした横島であったが……。


___________


「おや……?」

 なぜか霊力を練り上げることが出来ない。
 横島のパワーの源は、もちろん煩悩である。ここまで来たのもラブレターのためなのだから、ある意味『煩悩』に導かれて来たようなものだ。煩悩も霊的エネルギーも、十分溜まっているはずだった。

(煩悩全開……!)

 霊力を上げるため、ラブレターの主について妄想する横島。
 モヤモヤと浮かんできた映像は……。
 
    風呂上がりの少女。
    まだ髪もわずかに湿らせて。
    女性らしい模様のパジャマに包まれて。
    少女特有の心地良い香りも漂わせて。
    横島のもとへ駆け寄ってくる。

   『ポチー!!
    ゲームステーションやろっ!』

    少女の正体は、パピリオ。
    色気もなにもない、お子様だった。

 (おいおい……!)

 ラブレターの差出人はパピリオなのではないか。
 その疑念が、横島の煩悩エネルギーを萎えさせているらしい。

(これじゃ……
 とても文珠なんて使えねーぞ!?)

 と、横島が嘆いた時。


___________


 バン!

 突然勢いよく門が開き、何者かが中からピューッと飛び出してきた。
 それは、四角い筐体を持って突進してくる少女。

『ゲームステーションやろっ!』

 本物のパピリオだった。
 もちろんパジャマ姿ではなく、黄色と黒を基調とした、いつもの服装である。

(俺が来たのも
 当然であるかのように……。
 まるで俺が来るのをあらかじめ
 知ってたかのように出てきたな。
 ……ということは、やはり
 『あの手紙』の主はパピリオなのか?)

 そう思いつつも、とりあえず横島は、

「わかったから、止まれ!」

 と口にする。
 激突寸前でキキッと止まったパピリオは、少しだけ不思議そうな表情をしていた。

「そんな勢いでタックルされたら
 俺もゲームステーションも壊れちまうぞ?」
『……タックルじゃないでちゅ。
 でも壊れたら困るので、もうしないでちゅ』

 納得顔になり、素直に頷くパピリオ。
 彼女の言う『壊れたら困る』が、横島のことなのかゲーム機のことなのか、あるいは両方なのか。少し気になった横島だが、鬼門たちの言葉で、それは有耶無耶になってしまった。

『それより……パピリオどの……』
『ペットの飼育はきちんとしてくだされ』
「ペ……ペット?」

 横島は、逆天号にいた頃の出来事を思い出す。
 そして、ちょうど記憶をフラッシュバックさせるような姿で、ヒャクメが門をくぐって出てきた。

『こんにちは……なのねー!』
「ペットって……おまえのことか?」

 ヒャクメの首には、パピリオが作ったと思われる首輪がつけられていたのだった。


___________


『違うわよ!
 失礼なこと言わないで欲しいのね』
『そうだぞ、横島』
『いくらなんでも、ヒャクメ様を
 ペット呼ばわりするのは酷過ぎるぞ』

 文句を言うヒャクメに、左右の鬼門が追従する。

「あれ?
 でも……」
『これは……あの時のものとは違うのね』

 横島の質問は、途中で遮られた。
 首輪に向けられた視線に気がつき、ヒャクメが先に答えたからだ。
 しかし、これで横島はハッとする。

(今のって……
 単にカンがよかったわけじゃなくて、
 もしかして俺の考えを覗いたのか?)

 ヒャクメは他人の心を読むことが出来る。そんな能力を持つ存在は、今の横島にとっては天敵なのだ。例のラブレターのことは、差出人当人以外には知られてはいけないのだから。

(まずい……!)

 一滴の冷や汗が横島の頬をつたうが、彼の心配は、ヒャクメの次の一言で解消された。
 
『これは……思考を覗けなくする首輪なのね』
「……は?」

 ヒャクメは、かつて彼女自身を『好奇心のかたまり』と表現したことがある。
 俗界で人間を観察することは、彼女にとっては、何事にも変えられないほどの楽しみだった。だから、ついついこちらに遊びに来てしまうのだが、それでは神族の調査官としての仕事が疎かになってしまう。

『それで罰を与えられたんでちゅ』
『しくしく……。
 せっかく今回は、きちんと
 休みをもらって遊びに来たのに……。
 これじゃ面白くないのねー!』

 人間の記憶や心を見るのを禁じられたヒャクメ。
 その状態で人界で過ごすのが、ヒャクメに課せられた『罰』なのだそうだ。
 ヒャクメの休暇申請が簡単に通ったのも、それこそ『罰』に直結するからだったらしい。

『この装置は私が作ったんでちゅ!』

 と胸をはるパピリオ。
 なんとも都合の良いシロモノを作ってくれたものだ。心を読まれたくない横島としては、パピリオに感謝である。

「そうか……パピリオは
 ちゃんと役に立ってるんだな。
 ……えらい、えらい」
『えへへ……』

 横島に頭を撫でられ、ニコニコ顔のパピリオであった。


___________


『それより……パピリオどの……』
『これを何とかしてくだされ……』

 鬼門たちが再びパピリオに懇願する。
 横島に褒められて機嫌の良いパピリオは、サッと腕を一振り。
 虚空から小さなステッキを取り出し、右手に握る。

『そ〜れ〜』

 タクトのようにステッキを動かすパピリオ。
 ただし、ステッキの先端には星形の装飾が施されているし、パピリオ自身の服装も服装なので、指揮者というよりもむしろ魔法少女といったノリであった。
 パピリオに操られ、鬼門を取り巻いていたツルが、門の中へと引っ込んでいく。その様子を眺めながら、

「パピリオのペットって
 ……あの植物のことか?
 ヒャクメじゃなかったんだな」

 横島が、隣に立つヒャクメに確認する。

『当然なのねー!』

 コクンと頷いたヒャクメ。
 それから突然、不思議そうな表情で、

『ところで……何しに来たの?
 横島さんって、修業は
 最難関コースまで終わってるのよね?』
「……いっ!?」

 横島を困らせる質問を口にするのだった。


___________


「あ、ああ……。
 もちろん修業に来たわけじゃないさ」
『それじゃ目的は何?
 いくら横島さんでも
 ここまで来るのは簡単じゃないはずだけど……』
「そ、それは……」

 当りさわりのない言葉を返そうと思った横島だが、ふと、一つの可能性が頭に浮かぶ。

(もしかして……ヒャクメなのか?
 ヒャクメが『あの手紙』の差出人なのか!?)

 今でこそ役立たずキャラ・うっかりキャラとなってしまったヒャクメだが、黙っていれば、それなりの美人なのだ。なにしろ最初にヒャクメが出てきたときは、文珠で出したコスプレ美少女だと思って飛びかかったくらいである。
 一応、ヒャクメならば守備範囲の中だ。おこちゃまパピリオよりは、遥かにマシだった。

(それなら……慎重に答えないとイカンな)

 パピリオなのか、ヒャクメなのか、あるいは、別の女性なのか。
 もう少し情報が必要である。
 横島は、とりあえず話題を逸らすことにした。

「修業と言えば……
 小竜姫さまはどうした?」
『小竜姫?
 彼女なら……』

 噂をすれば何とやら。

『横島さん!
 久しぶりですね。
 美神さんやおキヌちゃんは元気ですか?』

 小竜姫が中から現れた。
 彼女の明るい笑顔を見ているうちに、横島は、新たな可能性を思いつく。

(もしかして……
 小竜姫さまが『あの手紙』を?)

 しかし、まるで、それ以上考えることを妨げるかのように。

 クイ、クイ。

 パピリオが、横島の袖口をつかんで引っ張っていた。
 
『修業じゃないなら……
 ただ遊びに来ただけなら、
 いっしょにゲームするでちゅ!』

 すでに、ツル植物の一件は完全に片付いたらしい。
 横島が門戸に目を向けてみると、そこでは鬼門たちが、何事もなかったかのように威厳を――中途半端な威厳を――取り戻していた。


___________


『それでは……
 どうぞ、ごゆっくり』

 二杯のお茶を残して、引っ込む小竜姫。
 今、横島は、パピリオの部屋へと案内されていた。

『じゃ〜ん。
 これが私の暮らしてるところでちゅよ』
「なんというか……まあ
 パピリオらしい環境だな」

 室内を見渡す横島。
 女の子らしい雰囲気……ではなく。
 まるで植物園のような様相だった。
 小さな鉢植えがたくさん並べられているのだが、どれも、部屋に飾るような観賞用植物ではないのである。
 葉っぱだか花だかわからぬような、グロテスクな緑色の物体。間違っても少女趣味とは言えないシロモノだ。しかも、植物ならば普通はジッとしているはずなのに、クネクネと不気味に蠢いているのだった。
 門前で鬼門たちを襲っていたツルも、当然のようにこちらに帰還している。

「全部……おまえのペットか?」
『うん。
 ここでは、動物じゃなくて
 植物を飼うことにしたんでちゅ』
「そうか……」

 横島は、ふと、かつてのルシオラの言葉を思い出す。

   『あのコ、なんで
    ペットなんか飼うか知ってる?
    動物が育つのが好きなの』

 一年しか生きられないからこそ、自分は成長できないからこそ、生き物が成長していく様子を見ていたい。
 それが、パピリオの理由である。
 ルシオラは、夕陽に照らされながら、そう語ったのだった。

「寿命が延びても……
 相変わらずなんだな」

 パピリオのペット好きの原点に思いを馳せ、横島は、小声でつぶやいた。
 動物から植物に切り替えたことには意味があるのかもしれないが、基本は変わっていないのだ。

『……ん?
 聞こえなかったでちゅ』
「あ、いや……なんでもない」

 パタパタと手を振ってから、

「さあ、ゲームでもやろうか」
『……うん!』

 横島は、パピリオと一緒に、テレビ画面の前に座るのだった。


___________


(何やってるんだ、俺は……)

 ハッとする横島。
 子供の世話を得意とする彼なだけに、ついついパピリオにつきあって、延々ゲームステーションで遊んでしまっていた。
 だが、こんなことのために来たわけではないのだ。

(これではイカンな)

 ラブレターの送り主は妙神山関係者かもしれない。そう思って、横島は 、ここまで来たのである。

(何とか手がかりを……)

 彼は、画面からチラッと視線を逸らして、隣の少女を見る。
 コントローラーをいじくるパピリオは、横島の視線を意識しているのか、いないのか。彼女は、ただ、じっと正面を向いていた。

『楽しいでちゅ』

 パピリオが、ポツリとつぶやく。
 だが、その表情にわずかな陰りがあることを、横島は見逃していなかった。

「……ん?」
『今日はヨコシマが来てくれたから
 ……だから楽しいでちゅ』
「パピリオ……おまえ、まさか……」

 横島の頭に、いじめられるパピリオの絵が浮かぶ。

   『敵のクセに……
    私をペット扱いしたクセに
    小竜姫の弟子におさまるなんて!
    ずるいのねーっ!!
    えーい、この
    うすぎたないシンデレラッ!!』
   『ごめんでちゅ、ミンチン先生
    ……じゃなくてヒャクメ様!!』

「元気出せっ!
 弱虫は庭に咲くひまわりに笑われるッ!」

 横島は、ルシオラたちが美神の事務所に引き取られた時と同じような妄想をしてしまった。
 だが、彼の想像は、当然のように否定される。

『そんなわけないでちゅよ』

 ゲームの手を止めて、横島に笑顔を見せるパピリオ。
 それから視線を画面に戻したが、手は止まったまま、言葉だけを続けていた。

『小竜姫はそんなことしまちぇん。
 お猿の師匠もゲームばっかりやってるし
 ヒャクメもよく遊びに来てくれるし
 ……ここは、いいところでちゅ』
「じゃ、なんで……」
『……わからないでちゅ』

 パピリオの顔から、既に微笑みは消えている。むしろ、寂しげな表情となっていた。

『ベスパちゃんにも土偶羅様にも
 あれから一度も会ってまちぇん。
 ……やっぱり、みんなとは
 もうあんまり会えないんでちゅ』

 そして、再び横島の方を向く。彼女の目は、いつのまにか、少し潤んでいた。

『ヨコシマも……今日が初めてでちゅね』
「……すまんな」

 妙神山に留まる――人界の霊的拠点の一つに残っている――パピリオにとって、横島こそが、もっとも身近な存在なのだ。
 かつての仲間の中で、家族の中で、一番近くで暮らしている存在だったのだ。

(そうだよな。
 やっぱり……
 パピリオは、まだ子供なんだ。
 ……寂しかったんだな)

 横島は、今ようやく、それに思い至っていた。
 妙神山に預けられて、衣食住の不自由もないパピリオ。だから、パピリオのことなんて心配していなかった。でも、ひとはパンのみでは生きられないのだ。
 横島は、今までとは違う感情を視線にのせて、パピリオを眺めた。
 そんな横島に、パピリオが軽い非難を口にする。

『私のことなんて
 忘れちゃったのかと思ってました』

 もちろん本気で責めているわけではなく、冗談半分の発言だ。
 それを意味してパピリオは表情を崩したのだが、その拍子に一滴の小さな涙が目尻からこぼれ、頬を伝わる。

「そんなことないさ、
 ……ちゃんと覚えてる。
 『私のことずっと覚えててね』
 って言ってたもんな、パピリオは」

 それは、逆天号のデッキでのパピリオの言葉。
 あの頃のパピリオは、限られた寿命ではあったものの、優しい姉たちに囲まれて楽しく暮らしていた。
 当時の思い出が、パピリオの頭の中で蘇る。心の中のダムは、もう限界だった。

『……うわ〜ん!』
「よし、よし……」

 涙が止まらなくなり、横島に抱きつくパピリオ。
 横島は、小さな少女の背中を、ポンポンと優しく叩くのであった。


___________


『もっと来て欲しかったでちゅ。
 これからも……
 もっと遊びに来て欲しいでちゅ』

 しばらくして。
 泣き止んだパピリオは、横島の胸に顔をうずめたまま、ソッとつぶやいた。

「ああ、そうだな。
 だが……
 オトナの事情ってやつでな、
 なかなか来れなかったんだ」
『……オトナの事情?』

 顔を上げ、キョトンとした目を見せるパピリオ。

「そう、色々とややこしいんだ。
 パピリオも……大きくなればわかるさ」
『じゃあ、がんばるでちゅ。
 ここにいれば成長できるから、
 そのうち……私にも
 理解できるはずでちゅね!』

 今ないたカラスがもう笑う。
 パピリオの笑顔は、今度は作り笑顔ではなく、心からのものだった。


___________


 今日は――今日だけは――思いっきりパピリオと遊ぼう。
 横島は、そう決意した。

(こいつは……妹みたいなもんだからな)

 彼は、『義兄』としての愛情をこめた視線を、腕の中の少女へ注ぐ。
 パピリオも横島の方を向いていたので、二人の視線が絡み合う形となった。
 見つめ合う瞳と瞳。
 その間に漂うは、兄妹の温もり。
 男女の甘い雰囲気……ではないはずだが。
 パピリオの顔が、横島の体の一部に近づき……。


___________


 ペロッ!

『えへへ……』
「お……おい!?」

 突然パピリオが舐めあげたのは、横島の右手の指先だった。

『どうも甘い香りがすると思ったら
 ……ハチミツがついてたでちゅよ?』
 
 彼女の行動に妖しい意図はない。
 一種の照れ隠しである。
 目と目を合わせていたら何だか気恥ずかしくなってきたので、雰囲気を変えようとしたのだった。
 しかし彼女の言葉は、雰囲気だけでなく、横島の気持ちまで切り替えてしまった。

(ハチミツ……!)

 それは、大事なキーワード。
 なにしろ、彼の指に付いたハチミツは、もともとラブレターに付着していたものなのだ。
 ほんわかムードで今までラブレターのことなど忘れていたが、横島は、本来の使命を思い出してしまった。

(やっぱり……あれはパピリオが!?)

 だが、そうだとすると、あの『大好きです』も『来てくれるまでずっと待っています』も、解釈がガラリと変わってくる。
 あれは恋愛を意味したものではなく、単に、妙神山まで遊びに来て欲しいということだったのか……?

(いやいや、ちょっと待て。
 それは……おかしいぞ。
 雨で正確には読めなかったとはいえ、
 待ち合わせの日時らしきものまで
 書かれていたんだから……。
 『妙神山でずっと待ってるパピリオ』では
 ……話が合わんよーな!?)

 いつになく理知的に頭が回転する横島。
 一方、パピリオはパピリオで、遠くを見つめながら、昔を思い起こしていた。

『なつかしいでちゅ。
 昔は……ベスパちゃんの眷族が
 よくハチミツを集めてくれまちた』

 ちょっと待て。
 今パピリオが大事なことを言ったぞ!?
 あぶなく聞き逃しそうになった横島だが、なんとか反応することが出来た。

「えっ!?
 ベスパ……?」
『そうでちゅ。
 ベスパちゃんの眷族は
 蜜蜂ではなかったけど……
 本物のハチじゃなくて眷族だから、
 それくらいは出来たんでちゅ!』

 盲点だった。
 今の今まで、ハチミツをパピリオとイコールで結んでいたが……。
 実は、もう一つの可能性があったのだ。

(今度こそ……謎は全て解けた!)

 もはや、その場のパピリオなど目に入らない。
 ナイスバディーな女魔族とのデートを――翌朝まで続くオトナのデートを――妄想し始める横島であった。


___________


『ヨコシマーッ!
 しっかりするでちゅーっ!!』

 パピリオの絶叫が妙神山に響き渡る。
 彼女が慌てたのも無理はない。突然、横島がドクドクと血を流し始めたのだ。

(ちゃんと勉強したでちゅ。
 これは……鼻血!)

 今、横島は鼻を手で押さえている。
 かつてパピリオは、これと同じ状況を見たことがあった。
 それは、別荘のような秘密基地で暮らしていた時のこと。
 当時は『鼻血』の意味もわからず、疲れているだけという横島の言葉を信じてしまったが、あれは嘘だった。あの時の横島は、ルシオラとの夜を期待していたのだ。

(人間のオトコが鼻血を出すのは
 ……性的に興奮している証拠でちゅ!)

 人間界で暮らすようになって――好奇心旺盛なヒャクメと遊ぶようになって――、それくらいの知識はパピリオも手に入れていた。
 
(あれ?
 でも……ヘンでちゅね?)

 キョロキョロと室内を見渡すパピリオ。
 ここにいるのは、横島とパピリオだけなのだ。
 つまり、横島が『興奮』した対象は……!

『キャーッ!』

 再び絶叫するパピリオ。
 完全に勘違いした彼女は、頬をカーッと赤くしていた。
 そして。
 
 ガラッ!

 このタイミングで戸が開く。

『大丈夫ですか!?』
『どうしたの!?』

 パピリオの叫びを聞きつけて、小竜姫とヒャクメがやってきたのだ。

『ヨ……ヨコシマが……
 私を眺めているうちに
 突然、鼻血を噴き出したんでちゅ!』
「お……おい!?」

 横島が口を挟もうとしたが、小竜姫とヒャクメが勝手に話を進めてしまう。
 
『横島さん……!
 あなたという人は
 こんな子供にまで欲情して……』
『やっぱり横島さんは……
 神族から魔族まで、
 年下から年上まで、
 なんでも来いだったのね。
 ……そこまで節操がないなんて
 私の目をしても見抜けなかった!』
「ちょっとまて!?
 『神族から魔族まで』は否定できんが
 ……でも俺はロリじゃないぞ!!」

 何とか誤解を訂正しようとする横島だが、なかなか受け入れてもらえない。
 なにしろ、まだパピリオは横島の腕の中にいるのだ。
 彼の右手は鼻血を止めるのに使われているけれど、横島の左腕は、依然としてパピリオの背中に回されていたのだった。

『じゃあ……
 なんでパピリオ見て鼻血を?』

 心が覗けない分、ヒャクメは、言葉で執拗に追求する。

「いや、俺が思い描いてたのは
 パピリオじゃなくて……」
『……私じゃない?
 ヨコシマは私と遊びながら
 他の女のこと考えてたんでちゅか!?』

 抱き合った状態の男女が、そんなセリフを交わしているのだ。他の二人の軽蔑のまなざしが横島に向けられるのも、無理はなかった。

『横島さん……サイテーなのね……』
『見損ないましたよ……』
「うっ……」

 女性三人に追いつめられる横島。
 しかし、

「今は、ごめんなさい。
 とにかく……急ぐんスよ!
 早く行かないと……!」

 もはや、ここでモタモタしている場合ではない。
 パピリオの部屋から飛び出し、さらに、

『……ん?』
『おぬし、何をそんなに慌てておる?』

 鬼門たちの門戸も勢いよく開けて。
 横島は、超加速にも負けないくらいのスピードで、妙神山から逃げ出すのであった。











                  続く
   


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