「……タマモねえちゃんじゃないか!!」
「ということは……。
わたくしたちが斬りつけた岩って
……殺生石だったのですね!?」
まりとかおりの口調には、妙な馴れ馴れしさが含まれていた。また、その表情にも、昔からの友人と再会したような気安さが滲み出ている。
タマモは、それが気にいらなかった。スーッと目を細めて――まさにキツネ目と呼ばれる目付きで――、二人に向けて言葉を投げつけた。
「やっぱり偶然じゃなかったのね。
この石のことまで承知した上で……」
「ちょっと待つでござる!
まりどの、かおりどのは
この女妖怪を知ってるのでござるか!?
拙者には何がなんだか、さっぱり……」
「……ごまかされないわよ!?」
シロが口を挟んだが、タマモはそれをバッサリ切り捨てた。シロのことを、事情を理解した上でワザとトボケていると判断したのだ。
(きちんと人間に化けることも
出来ないような犬娘のくせに。
……私を撹乱しようだなんて!)
シロのしっぽを見て腹立ちが増す。
だが、それは内心に留めて、
「フン……!」
表面では、シロを小馬鹿にするような表情を作ってみせた。
この挑発でシロが顔をしかめ、まりとかおりは、二人の間に割って入る。
「二人とも落ち着いてください!」
「シロねえちゃんも、な?
タマモねえちゃんは……
ただツンデレなだけだから!」
人狼の里で暮らしていたシロにも、ずっと石だったタマモにも、『ツンデレ』という言葉は通じなかった。
それでも、
「言葉の意味はよくわからないけど……。
なんだか凄くバカにされた気がするわ!」
と叫ぶタマモ。
彼女の全身がピカッと光る。
右手を下へ、左手を上方へと伸ばし、その指先は……。
「不思議な指の組み方でござるな?」
「テレポーテーションですわ!」
「違うだろ、かおり!
タマモねえちゃんなんだから、
これは……」
第五話 xxxじゃないモン!(中編)
「はっ……!?」
「ここは!?」
まりとかおりは、陸上競技場のトラックに立っていた。
夜だったはずなのに、いつのまにか昼間になっている。服装も、さっきまでの巫女服ではなく、運動着に変化していた。それもどこかレトロな『運動着』であり、下半身はブルマだ。
『位置について……!!』
マイクを通したような声が聞こえてくる。
「そ、そうだ!!
あたしたちは……」
「走らなければなりませんわ。
……ここまで来たのですから!」
二人は、トラックの外側に目を向けた。
コースに並走する形で鉄製のレールが敷かれており、スタート位置よりも後方に人形が設置されている。それは人間よりも速いはずの人狼を模しており、胸には『シーロ君』という名札が縫い付けられていた。
「そ、そうだな。
これに勝てば……賞金がもらえる!」
「ほら、早く!」
かおりに急かされ、まりもスタートの構えをとる。
すると、
『ドンッ!!』
まるで二人を待っていたかのように、号砲が鳴った。
まりとかおりは走り始める。
少し遅れてスタートしたシーロ君人形。それに追い抜かれないように、二人は頑張るのだった……。
___________
「くすくすくす……!!」
目の前で走り回る三人を見て、タマモが笑う。
まりやかおりだけでなく、人狼のシロまで、タマモの幻術に捕われてしまったのだ。彼女たちは、今、タマモの周囲をグルグル回っている。
「私は……
殺生石のカケラに霊力を流し込まれて
やっと生きかえったばかり。
玉藻前と呼ばれた前世のことは
あんまり覚えてないし恨んでもいないけど……」
タマモは、自分の背中に手をあてた。そこには、まだ痛みが残っている。
「石でいる間に切り裂いてしまおうなんて……酷すぎる!」
それを誤解だと指摘してくれる者は、誰もいなかった。
「こんなやつら……
絶対に許さない、顔も見たくない!
走り続けてバターになっちゃえばいいんだわ」
しかし、しばらくタマモが眺めている間に、シロの表情が変化していく。
そして突然、シロは立ち止まった。
「はっ……!
拙者は何を……?」
どうやら、幻から醒めたらしい。
術を破られた形のタマモだが、彼女に動揺はなかった。
「くすくす。
あんた半妖のくせに
人間と一緒になって幻覚にかかるなんて!
……まるっきりバカ犬ね」
「犬ではない!
拙者は狼でござる!」
大きく叫んだシロは、右手に霊波刀を発現させる!
___________
「はっ!
あたしたち……何やってんだ!?」
「えっ、どういうこと?
いただいた賞金も……消えちゃった?」
シロから少し遅れて、まりとかおりも、幻の世界から戻ってきた。
硫黄臭の立ちこめる岩場であり、時間は夜であり、着ているものは巫女装束だ。
そして、現実の世界に立ち返った二人が最初に目にしたものは、
「うっ!」
狐火に襲われるシロだった。
辺りはすっかり暗くなっているが、彼女自身の霊波刀とタマモの狐火が光源となって、シロの姿を照らしている。直撃は避けているようだが、軽い火傷くらいは負っているだろう。
「……そういうことか」
「どういうことですの?」
先に状況を把握したまりは、かおりに促されて説明する。
「あたしたちは、
タマモねえちゃんの幻術にやられたんだ」
「……!」
かおりだって、まりと同じく、もとの時代ではタマモと親しくしていたのだ。
だから今の一言で十分だった。
(シロおねえさまが力づくで幻を打ち破って、
タマモおねえさまと戦い始めたんだわ。
……さすがのタマモおねえさまも
シロおねえさまの相手しながらでは
幻術キープは難しい……。
それで、わたくしたちも夢からさめたのね!?)
と考え込むかおりの肩を、まりがポンと叩く。
「なに考えてるか知らないけど、
そういうのは終わってからだ。
まずはケンカの仲裁だぜ!」
「……そうね」
シロとタマモが本気で命のやりとりをするなんて、間違っている。
その想いと共に、まりとかおりは、ネクロマンサーの笛を取り出した。
___________
「フン……!
あんたの腕じゃ
いくら頑張っても私には勝てないわよ?」
「くっ……」
シロの霊波刀が、再び空を切った。
その顔に浮かぶ焦りの色を見て、馬鹿にしたような表情になるタマモ。
しかし内心では、彼女はシロの力量を認めているのだった。
(こいつ……思ったよりやるじゃない!)
変化の術すら未熟な犬妖怪かと思ったが、どうやら違うらしい。人間形態でもしっぽが見えているのは、そういう仕様なのだろう。
霊気で作った刀はなかなかのシロモノであり、剣術もたいしたものだ。
タマモは、無意識のうちに、前世で戦った敵と比較していたのだった。曖昧な記憶ではあるが体が何となく覚えているのは、平安時代の武士との戦いである。彼らと比べてしまうと、江戸時代の武術の流れを汲むシロの剣技は、美しいとすら感じられるのだ。
(でも……まだまだね)
剣術大会ならば勝ち進めるかもしれないが、実戦向きではない。
タマモは、シロのことをそう評価していた。
剣技の流派自体もそうなのかもしれないが、なにより、シロ自身が簡単な挑発で容易にアツくなってしまう性格のようだ。
「かすりもしないのね。
そんなんじゃ霊力の無駄遣いよ?」
と口にも出してみたように、タマモは、シロの攻撃を全てかわしきっていたのだ。
しかし、それも今までの話。
(……えっ!?)
突然、ザラッとした不愉快な感覚が、彼女の体を撫でた。
動きが一瞬遅れたタマモは、ついに、シロに斬られてしまう!
___________
「なんてことを……」
パラパラと落ちる一寸ほどの金色の髪。
長い後ろ髪の先っぽを斬られただけであり、幸い、実害はなかった。しかし、タマモのプライドは大きく傷ついていた。
タマモの金髪は、ただの髪ではない。九つに分かれた長髪は、九尾の狐のシンボルでもあるのだ!
「……絶対に許さない!」
タマモが睨みつけたのは、シロではない。まりとかおりだった。
(あんなもので
私に干渉しようだなんて!)
さきほどの不快感の正体は、二人の少女が奏でる笛の音。
タマモは、既にそれを理解していた。
(なんて醜い音!)
現代人ならば美しいと評する演奏も、タマモの耳には全く違って聞こえていた。
平安貴族の優雅な笛の音色とは比べものにならないのだ。
(……冗談じゃないわ)
もちろん、玉藻前として鳥羽上皇の寵愛を受けていた頃のことなど、はっきりと覚えているわけではない。
だが、思い出せないけれど、たぶん大切な前世の記憶なのだ。
それを汚されたような気持ちになり、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「この私を……」
その笛が普通の笛ではないことも、タマモは見抜いていた。
現代では『笛』は除霊道具にされてしまったのだ。そう思ったからこそ、
「悪霊や低級妖怪と一緒にすんじゃないわよ!」
タマモは、二人の笛吹きに狐火を投げつけた。
___________
バチッ!
「……なかなかやるじゃない」
タマモの口から賞讃の言葉が漏れる。
「先生とおキヌどのの御息女は……
お二人は、拙者がまもるでござる!」
まりとかおりの前に飛び込んだシロが、霊波刀で狐火を弾き飛ばしたのだ。
一方、護られた当の二人は、シロの行為を見て純粋に驚いていた。
「狐火を……霊波刀で!?」
「ええーっ!
そんな無茶苦茶な……」
その声を耳にして、振り返らぬままシロが応じる。
「無茶じゃないでござる。
気合いさえあれば……大丈夫!」
シロは、師匠役のつもりで解説してみせたのだろう。
だが、まりもかおりも、シロの言葉を素直に信じることは出来なかった。
(実際は精神論じゃなくて……)
(妖力の炎だからこそ、
霊力の刀で対応できたのね?)
双子のシンパシーなのか、全く同じ推測をする二人。
そして、二人がそんな分析をしている間にも、
「それなら……これはどうかしら!?」
口元に不敵な笑みを浮かべたタマモが、攻撃を再開させていた。
___________
「……なんと!」
同時に九つの火球がシロたちを襲う。
それも無機的に真っすぐ進むのではなく、生き物のように動きまわり、てんでバラバラの方角から三人の身へと向かっていた。
「しまった……!」
その全てを叩き落とすことは出来ず、シロが叫ぶ。
いくつかの狐火は、シロを回りこむようにして、まりとかおりを狙っていたのだ。だが、
「大丈夫!
あたしたちだって……」
「自分の身くらい、自分でまもれます!」
快活な言葉と共に、二人も霊波刀を用意する。
チラッと振り返ってそれを確認し、安心するシロ。
しかし、二人の威勢が良いのは口だけだった。
「うげっ!!」
「きゃあっ!?」
彼女たちの霊波刀では、狐火の勢いを殺しきれない。
吹き飛ばされて倒れた二人は、アッサリとノビてしまっていた。
「まりどの、かおりどの!」
慌てて駆け寄ろうとしたシロに、タマモの言葉が追い打ちをかける。
「あらあら。
よそ見してる場合じゃないわよ?」
言葉に続いて、第二群の狐火が追撃をかけてきた。
まりとかおりに注意を向けた分、シロの対応が遅れる。
「うわっ!?」
___________
「……まずいでござる」
わき腹を押さえながら、シロは、そんな言葉を吐いてしまった。
彼女は苦痛で顔を歪めており、そのせいか、視界まで少しボンヤリしている。
(これでは……お二人をまもりきれない!)
横島とおキヌの娘である二人は、シロにとって言わば仲間のようなものだ。
人狼は、群れの仲間を守るためならば、多少の犠牲も厭わない。必要ならば敵に対して相打ち覚悟で立ち向かうのだが、今回のケースは、それではダメだった。
シロは、もう一度、倒れている二人にチラッと目をやる。
(ただ女妖怪をやっつけるだけでなく、
お二人を先生のところまで
拙者が送り届けなければ……!)
そのためには……。
(あまりこういう戦法は
好みじゃないでござるが……)
ジリジリと後退しつつ、シロは、まりとかおりを抱きかかえた。
「あら、逃げるつもり?」
敵が嘲笑の言葉をぶつけてくるが、シロは負けない。
シロだって、横島の弟子なのだ。
横島ならば言うであろう言葉を思い浮かべて、
「……戦略的撤退でござる!」
シロは、戦場から離脱した。
___________
傷ついた体で全力疾走し……。
「シロちゃん!?」
「おい、どうした……!?」
なんとか、横島のマンションまで辿り着いたシロ。
彼女を出迎え、横島家は騒然となった。
なにしろ、もう夜も遅い時間である。高校生のまりやかおりと一緒に出ていったまま戻らず、心配していたところに帰ってきたのが、大ケガを負ったシロだったのだ。
「拙者がついていながら
……申し訳ないでござる。
実は……」
シロが、簡単に事情を説明する。
タマモが殺生石からいきなり人間形態になったため、シロはタマモが妖狐だとは理解していない。ただ『幻術を使う美少女姿の妖怪』としか形容できなかったが、それだけで十分だった。
「それって……タマモちゃんじゃないの!?」
ハッとしたように、おキヌが両手を口に当てる。
「そう、それでござる。
まりどのとかおりどのも、
そんな名前を口にしていたような……」
「知っているのか、おキヌちゃん?」
「ええ。
タマモちゃんも……
私たちの大切な仲間の一人です!」
横島の問いかけに対し、おキヌは、逆行前に経験した歴史を語った。
人間に敵愾心を抱いていたタマモが、少しずつ心を開き、そして事務所メンバーになっていく経緯である。
詳しく述べる余裕はなかったが、それでも要点だけは伝えることが出来た。
「あの女妖怪が……拙者たちの仲間に!?」
「詳しいことは後で話してあげるから!
シロちゃん、まず今は傷の手当てを……」
「いや、拙者は後回しでよいでござる。
それより、お二人を先に……」
治療を拒んだシロを、横島とおキヌが怪訝そうな顔で見つめている。
だが、おキヌはすぐに納得の表情に変わり、小さくつぶやくのだった。
「シロちゃん……。
最後も……また化かされてたのね」
その言葉で視線を落としたシロは、ようやく真実に気付く。
大切に抱きかかえてきたはずなのに、腕の中は空っぽだった。
彼女は、まりとかおりを連れ帰ってはいなかったのだ。
無事に逃げのびたと信じていたのは、タマモに仕掛けられた幻。実際には、まだ二人は、あの戦いの場に倒れたままだったのである……!
(第六話に続く)
なお、ここで長く放置してしまうと、まるでタマモが悪者のような印象を与えてしまいそうで心配です。ですから、第六話もなるべく早く投稿する予定です(その第一稿は既に書き上げており、現在、推敲の段階です)。
次回もよろしくお願いします。 (あらすじキミヒコ)