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『最後の時間移動』他(「GS美神」短編集)

夏は初恋の季節です


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 8/ 2

  
 しょわしょわしょわしょわーッ……。

 毎年毎年、日本の夏の暑さは、勢いを増していくようだ。
 今、それは、美神除霊事務所にも襲いかかってきていた。
 
「先生ーっ、サンポ行こっサンポ!!
 退屈でござるよっ!!」
「一人で行って来いよっ!!」
「それじゃつまんないでござるーっ!!
 今日は近くですませるからっ!!
 ねっねっねっ!?
 ねーっ!?」
「暑っくるしいからくっつくなーっ!!
 顔をナメにくるなああーっ!!」

 約一名、『暑さ』という言葉を知らない存在もいたが、それは例外中の例外である。
 そして、こうした例外は、常人の神経を逆撫でするものでもあった。

「うるさーいッ!!
 散歩でもなんでも行って来なさいっ!!
 今すぐッ!!」

 所長の美神が爆発する。

「クソ暑い……!!
 なのにクーラーが故障して、
 しかも明日までの書類仕事がたまってんのよッ!!」

 イライラが既に限界を突破している美神。
 彼女の横では、妖狐であるタマモまでもが、グデーッとテーブルに突っ伏していた。
 そんな二人にドリンクを給仕するおキヌは、涼しげな表情をしている。大和撫子のたしなみなのだろうか? しかし、彼女だって、もう幽霊ではないのだ。顔には出さずとも、暑いと感じているのは確かなはずだった。

「気をつけてねー!」

 おキヌの明るい声を背に受けて、シロと横島がサンポに出かける。

「美神さんの頭が冷えるまでだぞ!!
 今日は早めに帰るから……」

 というつもりだったのだが。

「う、うわあああーッ!?」

 恐るべき『呪い』をかけられて、横島は、自転車を延々こぎ続けるハメに陥ってしまう。

「だめだああああッ!!
 この状況で呪いを破る霊力は出せんーっ!!」

 赤信号を越え、坂道を越え、ぼくらの街をひた走る。そんな横島に、角から飛び出してきた別の自転車を避ける余裕はなかった。

「あっ!?」





       『夏は初恋の季節です』



 少女はウキウキしながら自転車を走らせていた。真夏の暑さも関係ないくらいである。

「今日は……先生との初デートだもんね!」

 ただし、だからといってオシャレをしているわけではない。親には『高校の補習へ行く』と嘘をついて出てきたので、普通の制服姿である。
 女子高の制服を着た眼鏡っコというのは、一部の男性の心には強烈にうったえかける格好かもしれない。だが、彼女のデート相手にマニアックな嗜好はなく、彼女自身も、そうしたことは全く意識していなかった。

「えへへ……」

 彼女が浮かれているのは、家を出たとき以来である。
 補習ごときでこんなに心がはずんでいるのは変なのだが、彼女の家族は、それを不審に思ってはいなかった。『娘が自分から進んで勉強するようになった』と勘違いして喜んでいたのである。
 ふと、

「そんなわけないじゃん」

 玄関で自分を見送った母親の表情を思い出し、少女は苦笑する。
 少女の母親は、昔から、勉強しろ勉強しろと口うるさかった。口だけではなく、この春には家庭教師を雇い始めたくらいである。

「あれだって……最初は鬱陶しかったんだけどね」

 少女は、当時のことを回想し始める……。


___________


 家庭教師として少女の家にやって来たのは、大学に入ったばかりの青年だった。
 爽やかな瞳の持ち主だが、顔立ちはハンサムと言うほどでもない。体つきも『細身』と言えば聞こえはいいかもしれないが、むしろ筋肉が足りない感じだった。

「どうも……こんにちは」

 しゃべり方もたどたどしい。

(ふーん……)

 彼に対する少女の第一印象は、けして良くはなかった。

「よろしく……お願いします」

 型通りの挨拶をする際にも、青年は、深々と頭を下げる。
 彼は、昔から真面目だけが取り柄だったらしい。子供の頃から勉強の成績は良かったものの、それだって、別に生まれついての天才秀才というわけではなかったのだ。だが、それが幸いした。

(へえ。
 このひと……結構いいじゃない!)

 机に向かってすぐに、少女は気が付いた。
 青年は、教師としては優秀だったのだ。
 彼自身が、最初に『よくわからない』という時期を経験し、そこから独学で学ぶタイプであった。だから、教える側に立っても、『わからない生徒』の気持ちを理解し、どうしたら分かるようになるのかを的確に指導できたようだ。

(それに……)

 一面を好意的に捉えた少女には、別の側面も良く見えてきた。

(……性格もいい感じ!)

 勉強の合間のティータイム。
 それは雑談タイムでもあったのだが、青年は、多くを語らなかった。彼には特に趣味もなく、また、巧みな話術の持ち主でもなかったからである。
 そのため、少女のほうが一方的に話すばかりとなった。女子高のクラスメートとの会話とは違って、言葉のキャッチボールを楽しむことは出来なかったが、それでも、なぜか心地良かったのだ。
 少女は、青年のことを『聞き上手』なのだと判断する。

(こういうのを……
 オトナの包容力って言うのかしら?)

 しかも、それだけではない。
 あまり表面には出てこないが、青年には、しっかりと芯の通った部分もあった。実は彼は負けず嫌いであり、勉強を頑張ってきたのも、『勉学ならば努力が結果に結びつく』と思ってきたからだったのだ。

(このひと……ステキ!)

 その想いはまだ『初恋』と呼ぶほどハッキリした形ではなかったが、それでも、少女は、青年に心惹かれていくのを自覚していた。
 だから……。

「先生!」
「……なんだい?」
「一学期の期末試験の成績が良かったら
 ……御褒美にデートしてください!」

 と頼み込み、それが今日、実現するのである。


___________


「……えへへ。
 私だって……頑張ったんだから!」

 と、これまでのことを思い出しながら自転車をこぐ少女。
 周囲に対する注意も少し散漫になっていたため、角から飛び出してきた別の自転車を避ける余裕は全くなかった。

「あっ!?」


___________


 キキィイッ!

 慌ててブレーキをかけたが、間に合わない。

 ガシャン!!

「きゃああッ!!」

 自転車は転倒し、少女は投げ出されてしまった。
 追突相手の少年が、

「大丈夫ですか、名も知らぬ美しいケツ
 ……じゃなくて美しいひとっ!!」

 と言いながら、彼の自転車から降りてくる。
 彼の言葉で、
 
(えっ!?)

 少女は、自分がパンツ丸見えの体勢であることを悟った。
 今日はデートなので、一応、下品じゃない程度にセクシーな下着を履いている。色は純白で、露出度も高くないが、それでも、ヒップが部分的にあらわになってしまうパンティーだったのだ。

(冗談じゃないわ。
 ……あんたに見せるためじゃないのよ!)

 少女は、バッとスカートを手で押さえて、慌てて下半身を隠す。
 しかし、目の前の少年は、そこにこだわった言葉を吐き続けていた。

「お尻痛いですかっ!?
 さすりましょうかっ!?」

 両手を伸ばしながら近づいてくる少年。

(へ……変質者!?
 頭も……少し……)

 少女は、そう思ってしまった。
 なにしろ、少年は、彼自身の自転車にも話しかけているのだ。

「はっ……!!
 そ、そうかっ!!
 忘れていたが俺のパワーの源は煩悩っ!!
 よおおおーしッ!!」

 少女が唖然としているうちに、

「とゆーわけでパワーをくださいっ!!
 尻ーッ!!」

 少年の右手がニュッと伸びてきて、彼女のスカートに触れた。

「ふ……ふざけんなーッ!!」

 少女の平手打ちが、少年の頬に炸裂する。


___________


「……ということがあったんですよ」

 待ち合わせに少し遅れてきた少女が、事情を説明した。

「そうか。
 それは災難だったね」

 そう言いながら、青年は、少女に微笑みかける。
 二人は、今、公園の中を歩いていた。
 近くには噴水もあるが、この暑さに対しては焼け石に水。さらに、少女がベターッと抱きついてきているのだが、それでも青年は、『暑っくるしいからくっつくな』とは口にしなかった。

「ホント、あれは災難でした」

 と頷いてから、少女は、ハッとしたような表情を見せた。

「そんなことより、先生!
 先生ったら……
 また無理して標準語使ってるう〜」 
「え?
 だけど……」
「『だけど』じゃないでしょ、『らけど』でしょ?
 私と一緒のときくらい、お国言葉を使っていいですよ〜」

 大学に入るまでは、青年の言葉には独特の訛りがあったし、また、いかにも浪人生といった感じの眼鏡もかけていた。だが、大学生になってから意識して標準語でしゃべるようになり、眼鏡もコンタクトに切り替えていたのだ。

「ま、おめさんがそう言うなら……」

 青年は、苦笑しながら、敢えて昔の言葉遣いに戻す。
 最初の頃は妙にたどたどしい話し方になってしまったくらいだが、実は今では、特に無理せず普通に標準語で話せるのだ。それでも少女には、標準語を使う青年は他人行儀に見えてしまうのだろう。だから彼は、ついつい少女にあわせてしまうのだった。

「そうですよ〜。
 私の前では……
 『ありのままの自分』でいて下さいね?
 だって私たち……
 デートしてるんだから、もうカップルでしょ?」

 少女は、ちょっと照れたような表情で視線を逸らせたが、それは一瞬だけだ。すぐに戻して、

「夏は恋が始まる季節なんですよ!」

 と言いながら、ニッコリ笑う。

(デートしてるんだからカップル……か)

 青年には理解しにくい論理であったが、彼は、特に否定しなかった。
 これが、都会の考え方であるなら。
 これが、今どきの若者の考え方であるなら。
 そして、これが、この少女の考え方であるなら。
 ……素直に受け入れようと思ったのだ。

(……うん、それでいいだろう)

 そんなことを青年が考えているとも知らずに、

「……あのオトコ、絶対に変質者ですよ!
 そもそも、この暑い時期に
 バンダナ巻いてるのが変なんですよ。
 汗拭きタオルの代わりなのかしら?」

 少女は、話題を元に戻していた。同じような内容の繰り返しなのだが、その中の一単語が、青年の意識に強く引っかかる。

「バンダナ……?」
「そう。
 真っ赤なバンダナを
 こんなふうに頭に巻いて……」

 右手は相変わらず青年の腕に絡めたまま、少女は、左手を一周させてみせた。
 それを見て、青年は質問する。

「もしかして……
 そのバンダナの少年の近くに
 巫女さんの幽霊が浮いてなかった?」
「……巫女さんの幽霊?」

 一瞬、顔をしかめてから、

「もう、先生ったら!
 そんなもん、いるわけないじゃないですか」

 少女は、青年の言葉をキャッキャと笑い飛ばした。

「そうか……。 
 そんじゃ別人かもしんねーな」
「……?」
「いや、昔おらを励ましてくれた人がいて……」

 青年は、浪人時代のアパートの隣人について語り始めた……。


___________


「別人ですよ、きっと。
 そんなモテそうな男じゃなかったですもん」

 それが、青年の思い出に対する少女の反応だった。

「その男の人と巫女さん幽霊は、
 恋人同士だったんでしょ?」
「うーん……どうかなあ……」

 青年は、少し悩んでしまう。
 確かに二人は仲良さそうだったが、果たして『恋人』と呼べるほどの関係だったのかどうか、彼には分からなかった。
 だが、何をもって『恋人』と定義するかは、当人次第である。例えば、彼の腕に抱きついている少女などは、『デートしたらカップル』と言い張っているではないか。

(このコが言うとおり、
 『夏は恋が始まる季節』ならば……
 今頃あの二人も付き合ってるかもしれんなあ)

 かつて『浪人さん』と呼ばれた青年は、フッと空を見上げる。
 そして彼は、横島とおキヌが幸せに戯れている光景を思い浮かべるのであった。




       『夏は初恋の季節です』 完


  


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