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『最後の時間移動』他(「GS美神」短編集)

解き放たれた魂


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 6/ 6

 
 さきほどまでの激闘が嘘のように、夜の森は、本来の静けさを取り戻していた。

『お行き高島どのの魂……!
 今は自由にしてあげる』

 メフィストは、握りしめていた手をスッと開いた。
 解放された命の光が、空へと上っていく。それは、一見、パートナーを求めて発光する蛍のようでもあった。

『でも今度会ったら……
 もう逃さないから……!!』





       『解き放たれた魂』



「夢……?
 いいえ違うわ。
 これは……前世の記憶ね」

 美神令子は、夜中に突然目を覚ました。思わずガバッと上体を起こしてしまったが、

「げほっ、げほ」

 それだけでも、今の彼女にとっては咳き込むほどの重労働となった。
 ここは、彼女の自宅でもなければ事務所でもない。白井総合病院の病室である。現在、美神令子は、十年前に受けた遅効性の毒のために、体調を崩して入院しているのだった。
 治療法の限られた病状である。毒に対する抗血清を注射しなければ数日中に死亡するという宣告も受けていた。だから、毒あるいは血清を入手するため、少し前に、美神の夫つまり横島忠夫が過去へと旅立っている。

「……大丈夫。
 あいつにまかせておけば大丈夫だわ」

 横島は、まだ戻ってきていない。しかし、美神は、彼のことを強く信じていた。
 そして、眠っている間も横島のことを思っていたからこそ、あんな夢を見たのかもしれない。

「前世からの縁……か」

 たった今、夢に出てきたのは、美神の前世『メフィスト』が横島の前世『高島』の魂と別れるシーンである。美神は平安時代へ行ってメフィストと対面しているが、今の場面は、美神が現代へ戻った後の出来事だ。だから、美神自身の記憶ではなく、前世の記憶であることは明白だった。

「千年の想いに……前世の記憶に
 振り回されたわけじゃないけど……。
 でもキッカケになったことは確かね」

 美神は苦笑する。夫が向かった十年前に思いを馳せ、当時の二人の関係を思い出したからだ。


___________


 十年前。
 それは、色々な事件が起こった激動の時代でもあった。

「アシュタロス……」

 世間的に見て一番大きな事件は、魔神アシュタロスとの戦いだろう。
 アシュタロスは、核を搭載した原子力潜水艦をジャックしたり、世界中の主要都市で魔物を復活させたりしたため、霊能とは無縁な人々にも大きな恐怖を与えた悪魔である。
 もちろん、美神たちGSとも激闘を繰り広げたし、また、美神とは個人的な因縁もあった。美神自身、大変な目にもあったのだが……。

「私の前世記憶を開封したのは
 ……アシュタロスなのよね」

 南極でアシュタロスと対面した美神は、そこで、前世『メフィスト』の記憶を取り戻すことになった。これが、その後の美神の人生において、非常に大きな意味を持ったのだ。
 もちろん、美神は平安時代へ行ったことがあったので、メフィストのことは知っていた。自分の前世が魔族であることも、それが横島の前世と恋仲であったことも、頭では理解したつもりだった。
 しかし、それは、あくまでも『知識』である。全くの他人事であり、メフィストの恋心の機微なんて、まるでわかっていなかったのだ。
 一方、『記憶』として思い出したメフィストの恋物語は、まるで自分のことのように、美神の心に染込んでいった。もともと恋愛経験が豊富ではなかっただけに、それは、美神の心の中で、欠けたパズルのピースになったのだろう。

「前世の記憶がなかったら……私は
 いつまでも自分の本当の気持ちに
 気づかなかったかもしれない……」

 美神だって、横島のことは認めていたし、好意も寄せていた。だからヤキモチをやくこともあったが、なにしろ素直ではない美神である。ヤキモチは表面に出てきたくせに、肝心の恋心は、深層心理の奥底に隠されていたのだ。

「前世の記憶のおかげで……私も
 本当に自分が望んでいることを知ることができた。
 この点に関してだけは……アシュタロスに感謝ね」

 もちろん、前世の記憶が蘇ったからといって、横島への対応が瞬時に変わったわけではない。アシュタロスとの戦いの後で『通常業務復活ッ!! 日常ってステキ……!!』と発言したように、表面上は、何事もなかったかのような態度をとり続けたのだ。
 そのため、二人が結ばれるまでに何年もかかってしまったわけだが……。それでこそ美神令子である。素直な美神など、美神ではないのだ。
 そんなことを考えた彼女が、自嘲気味に苦笑した時。

 ビュンッ!!

「令子!
 血清を持ってきたぞ!!」

 突然、目の前に彼女の夫が出現した。
 時空を超えたミッションをクリアして、無事、生還したのである。


___________


 深夜の病室に、医者や看護婦が駆けつける。

「これが……問題の抗血清か?」
「そうだ! 早く令子にうってくれ!!」

 抗血清とはいえ、医学的には素人な横島が持ち込んだシロモノだ。それに、横島が持ち帰ったのは抗血清のみであり、毒そのものは一緒ではない。だから、それが本当に正しい抗血清なのかどうか、病院スタッフが検査することはできなかった。
 しかし、ここは白井総合病院だ。当直医師は、横島の言葉を疑うこともせず、それを美神に注射する。おそらく院長から指示されていたのだろう。

「うん、脈も安定してきた。
 どうやら峠は越したようだね」

 注射の後、検査機器のモニターを見た当直医師は、横島と美神に微笑んでみせた。

「自分でもラクになったのがわかるわ」
「それじゃ……これで退院なんだな!?」

 そう言いながら、横島は、ベッドの周りの私物を片づけ始める。しかし、これを当直医師が制止した。

「いや……
 もうしばらく入院する必要がある。
 体力が回復していないからな」
「なんで……!?
 毒は消えたんだろ……?
 それとも……」

 横島が、不安そうな表情を見せた。
 血清が足りなかったんじゃないか。毒を完全には除去できなかったんじゃないか。そんな可能性を心配したのだ。

「ああ、安心したまえ。
 毒素はすっかり消えている」

 当直医師は、そう断言することができた。検査装置は毒の有無を判定してくれるわけではないが、示された数値を読み取って解釈するのは、医者ならば簡単なことだった。
 妖怪蜘蛛の毒による病気。過去にしか存在しない抗血清……。当直医師の常識を遥かに超えたケースだったが、そうした段階は終了した。もはや、現代医学の範疇に入ったのだ。患者の夫が心配しているのも、今のような状況では、よくある話である。

「毒素が消えたからといって、
 失った体力まで即回復するわけじゃないんだよ」
「……そうなのか?
 毒に対する薬をうったのに?」
「きっと君も……
 昔のウイルス映画あたりから
 間違った知識を得たのだろうね」

 当直医師は、リラックスした口調で語り始めた。
 かつてエボラなどをネタにしたパニック映画が流行ったことがあったが、だいたいは、医学的におかしなハッピーエンドになっていた。抗血清を『薬』だと誤解させるような演出である。
 抗血清を注射しただけで全てが元通りになるなんて、完全なフィクションなのだ。
 実際には、ウイルスに対する抗体が血清中に含まれていても、抗体はウイルスの増殖を抑えて死滅させるだけである。それ以上病状が悪化することはないが、既にウイルスによって引き起こされた病状を回復させる効果は、抗体やワクチンには存在しないのだ。回復のためには、それぞれの症状に応じた別の薬が必要なのである。

「今回のケースも同様さ。
 これ以上この毒が悪さをすることはない。
 ただし、この毒素は肉体や臓器に
 回復不可能なダメージを与えたわけじゃないから、
 今後、特別な処置を施す必要もない。
 ……しばらく休めば回復するだろう」
「そうか。
 そういうことなら……」

 有名な映画を例にして説明されたので、横島にも、なんとなく理解できたらしい。
 彼は、ふと美神のほうを振り返った。

「なあ、令子?
 令子は黙ったままで、
 なんの疑問も口にしてなかったが……。
 今説明されたような仕組み、
 ちゃんと知ってたのかい?」
「……当たり前じゃない。
 いろんな知識を幅広く持っていてこそ、一流のGSよ。
 なんでも知っておかないと……
 特殊な妖怪や魔物が出てきた時に対処できないでしょ!?」

 『妻』ではなく『師匠』として語る美神。
 横島は、美神の『当たり前じゃない』を信じてはいなかったが、これも一種のハッタリだと思い、敢えて何も言わなかった。
 二人は、公私ともにパートナーなのだ。
 そんな夫婦の様子を見て、

(それより……
 奥さんとして旦那さんをキチッと
 コントロールしてくれないかしら……!?
 私たち色々とセクハラされて困ってるんですけど……)

 ナースたちは溜め息をついていた。


___________


「おはよう、令子」

 横島は、一度は帰ったものの、翌日も朝早くから見舞いにやってきた。
 美神としても、体力回復のための入院生活なんて、時間を持て余すだけだ。横島が来てくれるのは、ありがたかった。
 話をする時間はタップリある。美神は、時間移動のことを聞きたかった。

「……で、どうだった?
 十年前の私や自分と会ってみた感想は?」
「ははは……。
 『十年一昔』っていうのは本当だな。
 俺も令子も若かったよ。
 俺は驚くほどコンプレックス強かったし……。
 令子は……ちょっと性格キツかったな」

 横島は、未来を知った若美神が本当に若横島を撃ち殺そうとしたエピソードを語った。今の美神がコッソリ入れておいた手紙がなければ、危ないところだったのだ。

「……というわけなんだ。
 手紙ありがとう。
 おかげで助かったよ」
「ま……私の予想どおりだったわけね」
「そうだな。
 それにしても、あそこまで結婚を嫌がるなんて……。
 やはり今の令子とあの令子とは連続してないようだな」

 歴史の不連続の根拠は、美神の性格だけではない。
 過去において、若横島に血清を注射したとたん、横島は妖毒から回復していた。しかし、過去の若美神に血清をうっても、それは、この時代の美神には効果がなかった。横島が持ち帰った血清を注射して始めて、彼女の毒素が消えたのだ。

「ふーん。
 毒のことはそうかもしれないけど……。
 でも昔の私は、やっぱり私なのよ。
 毒蜘蛛事件の後、色々あって……
 あんたと結婚したくなるんだから」

 それは、ちょうど昨夜、横島帰還の直前に考えていたことでもある。
 今日の美神は、アシュタロスの名前までは口にしていなかったが、

「まあ……そうかもしれないな。
 たしかに……色々あったからなあ」

 横島は横島なりに、思うところがあるのだろう。美神の言葉に頷くのであった。


___________


 夕方。
 午後の回診も終わって、再び美神と横島の二人だけになった病室に、

「おねえちゃーん!
 お見舞いに来たよー!」

 美神の妹ひのめがやって来た。
 小学校の帰りに立ち寄ったのだろう。ランドセルを背負ったままである。さらに、クラスメートらしき男のコが一緒だった。

「ボーイフレンドかい?
 まだ十歳だというのに……」

 軽くからかいながらも、横島は、壁に立てかけてあったパイプ椅子を二つ、ベッドの近くに用意する。

「そういうこと言わないでよ、おにいちゃん!」
「ひのめは積極的だもんね。
 ……ママに似たのかしら?」
「もう! おねえちゃんまで!」

 言葉を交わす姉妹。ひのめは、少し照れたように頬を染めていた。
 一方、ボーイフレンド扱いされた少年は、特に気にしてなさそうな表情だ。黙って、出された椅子に腰を下ろしていた。
 その隣に座りながら、ひのめは、まだ否定している。

「そんなんじゃないのに……。
 ごめんね、ゆうたろうクン。
 うちの家族、こういう冗談が好きだから……」
「大丈夫だよ。
 冗談は……冗談だってわかるから」

 ひのめと少年との小さな会話。
 しかし、そこに出てきた名前に、美神は引っかかりを感じた。

「『ゆうたろうクン』……?」
「はい!」

 名前を呼ばれたと思ったようで、少年が立ち上がった。彼は、大人びた口調で自己紹介する。

「はじめまして。
 ひのめちゃんと同じクラスの、芦優太郎です」

 子供の姿だから最初は気が付かなかったのだが……。言われてみれば、どこかアシュタロスの面影がある顔立ちだった。


___________


「大丈夫か、令子?
 どういうことなんだ……?」

 ひのめと芦優太郎が帰っていった後。
 横島は、ベッドの中の美神に尋ねた。
 ラクな姿勢で壁にもたれている横島であるが、その表情は厳しい。
 優太郎が自己紹介した際、横島は、美神の顔色が変わったことに気づいたのである。しかし、ひのめの前で問いただすわけにもいかないと思い、黙っていたのだった。

「あんたは気づかなかったのね……。
 あの『優太郎』ってコ、
 ……あれはアシュタロスよ!」
「……えっ!
 ア……ア……アシュタロスーッ!?」

 かつて戦った最大の敵の名前が突然出てきて、横島は驚いたようだ。

「無理もないわね……」

 苦笑する美神。彼女だって動揺しているのだが、横島の驚愕ぶりをみていると、なんだか気持ちが落ち着いてきた。

「あんたは知らないのよね、芦優太郎のこと。
 なにしろ、戦後の小会議……
 小竜姫たちとの話し合いの時、
 あんたは屋根裏部屋で
 おキヌちゃんと二人きりだったんだから」
「おい……!?
 突然何を言い出すんだ!?
 やましいことはしておらんぞ、あの時は!?
 そもそも……『二人きり』じゃなくて、
 あの場には土偶羅魔具羅もいたからな!!」

 大戦直後のことを思い出し、そこから語り始めた美神だったが、いきなり横島が話を脱線させてしまった。

「……わかってるわよ。
 当時のあんたには……
 おキヌちゃんに手を出すような度胸はなかったでしょうね」

 美神としては、実は、横島の『あの時は』という言葉が微妙に気になるのだが、今は、それを追求している場合ではない。

「いい機会だから、聞いてちょうだい。
 『宇宙のタマゴ』に私が捕まったときのこと……」

 これまで美神は、芦優太郎の茶番劇について、横島に語ったことはなかった。
 いくら宇宙のタマゴの中とはいえ、いくら軽いキスだったとはいえ、アシュタロスに騙されて唇を許してしまったことは、イヤな思い出だったのだ。
 だが、それももう昔話。だから、今、その詳細を説明する……。


___________


「……そういうことか。
 すると……アシュタロスが蘇って、
 再び令子に何かしようと企んでるわけか?
 しかも……ひのめちゃんを利用するとは!
 とんでもない女たらしだな、アシュタロスは!!」

 美神の唇が奪われた話を聞いたばかりなのだ。
 横島の頭の中では、今度はひのめがキスされるという妄想が出来上がってしまった。

「いいえ、それは変だわ!
 もう私はエネルギー結晶を持ってないし、
 それに……
 アシュタロスは完全に滅んだはずなのよ!?」

 美神は、小竜姫たちを介して、『魂の牢獄』の話も聞いていた。
 デタントを維持するために、茶番劇の悪役を演じ続けなければならない魔族たち。しかも、アシュタロスのような大物魔族は、神魔のバランスを保つために、滅んでも強制的に同じ存在に復活するようになっている。
 このシステムを『魂の牢獄』と称して、そこから逃げ出したいと願ったのが、アシュタロスだった。そして、あの戦いによって、その望みは叶えられたのだ。『牢獄』への逆戻りを意味する『復活』など、アシュタロスに限っては起こり得ないはずだった。

「じゃあ……どういうことなんだ!?」
「わからないわ。
 でも……単なる偶然とは思えない……」

 二人の会話が、そこまで進んだ時。
 
 ズン!

 強烈な霊的プレッシャーが、病室を襲った。


___________


「この霊波は……!!」
「まちがいないな。 
 アシュタロスに続いて今度は……」

 美神と横島が身構える。
 そして、二人の予想どおり、

「そうさ、あたしだよ。
 さっきまでは霊力を抑えて消してたんだけどね。
 それを解放するのが一番の挨拶だろうと思ってさ」

 ベスパが現れた。
 偶然なのか意図的なものなのか、初めて出現したときと同じく、天井をすり抜けての登場である。

「あんたは魔族正規軍に入ったのよね?」
「これも……その任務か?
 令子を……どうするつもりだ!?」

 横島は立ち位置を変えて、ベッドに伏せる美神をかばう。横島自身、時間移動で文珠を使い切っている以上、万全の状態ではない。それでも、美神よりはマシなはずだった。
 そんな二人を見て、ベスパが笑う。

「……安心しな!
 あんたたち二人とやり合うつもりはないから。
 ここへ来たのは……
 あたしの任務を説明するためだよ」

 そう言ってから、彼女は、さきほど芦優太郎が使っていたパイプ椅子にドカッと座り込むのだった。


___________


「今のあたしの任務は、
 あの優太郎って子供を守ることさ。
 言わば守護霊みたいなもんだよ」
「守護霊って……。
 あんた幽霊じゃないでしょ!?」
「あたしたち魔物は
 幽体がそのまま皮を被ってるようなもんだから
 ……まあ幽霊みたいなものさ」

 美神のツッコミに対するベスパの返事を聞いて、横島は、

(ああ……姉妹なんだな。
 同じようなことを言うとは……)

 と思ったが、それを口にはしなかった。
 なお、ベスパは何でもないことのように語り出したが、美神と横島は緊張を解いてはいない。魔族のベスパがワザワザ守るということは、芦優太郎が普通の少年ではないことを意味していたからだ。

「あのコ……何者なの?」
「そう急かすことないだろ、美神令子。
 それを今から説明するんだからさ」
「おい、ベスパ。
 もったいぶらずに早く教えてくれ。
 あいつは……アシュタロスなのか!?」

 美神も横島も結論を急いでしまうが、ベスパは、混乱しないようにと思って、順序立てて説明していく。

「アシュ様は死にたがっていた。
 ……それは知っているな?」

 二人が頷いたのを見て、ベスパは話を続ける。

「ようやく願いがかなって……
 アシュ様は『魂の牢獄』から解放されたんだ。
 でも……魔族の武闘派連中の中には、
 これを良しとしないものも多かった」

 アシュタロスは滅び、『アシュタロス』として復活することからも免れたのだが、一つ問題が残った。それは、『牢獄』から解放されたアシュタロスの魂である。
 なにしろ、魔神アシュタロスの魂だ。含有されていた霊的エネルギーは大きく、単純に破壊するとしても、エネルギーの余波が飛び散ってしまう。それを反主流派の魔族たちに吸収されただけでも、新たな火種になりそうだった。
 しかし、だからといって、魂そのものをキープするのは、もっと危険だった。これを悪用して全く新しい魔神を作り上げようという動きも、魔界の奥では始まっていたのだ。

「だから……
 武闘派連中の手が届かないようにするには、
 サッサと転生させるしかなかったのさ」

 しかも、魔族へ転生させることは、武闘派連中の思うツボ。そして、あのような強力な魂を神族に転生させては、神魔のバランスがいっそう崩れてしまう。
 残る行く先は、ロクに霊力も使えぬ人間だけだった。

「そういうわけで……
 アシュ様の魂は人間に生まれかわったんだ」


___________


「それじゃ……あいつは
 やっぱりアシュタロスなのか!
 それに……ひのめちゃんと同い年ということは、
 あの戦いの後、すぐに転生したんだな!?」

 横島の口調には、悔しさが滲み出ていた。
 多大な犠牲を払って倒したはずのアシュタロスが、直後に生まれ変わったというのであれば……。
 あの『犠牲』は、なんだったのだ!?

「……違うわ」

 横島の心を読んだかのように、美神がつぶやく。

「今のベスパの説明によると……
 あのコはあくまでも『芦優太郎』という人間であって、
 アシュタロスとは別人だわ……!!」
「でも……」
「よく聞いて!」

 美神は、横島の腕をつかんで、自分の方に向き直らせた。そして、彼の目を覗き込みながら、言葉を続ける。

「私もあんたも、前世のことを知ってるのよね?
 私たち二人は、前世でも恋人だったのよね?
 でも、私は私であって『メフィスト』ではない。
 あんたも『高島』ではない。
 私は美神令子として。
 あんたは横島忠夫として。
 美神令子と横島忠夫が惚れあって、
 私たちは結婚したんでしょう!?」

 メフィストの想いは、美神の心の扉を開く鍵にはなった。だが、そこに、美神自身の横島への気持ちがあったからこそ、二人は結ばれたのだ。メフィストの昔の恋心を成就させたわけではない。
 横島が美神を選んだのも、高島の想いに振り回されたわけではなく、横島自身の気持ちのはず……。そう信じたからこそ、美神は、このような発言が出来たのである。

「そうでしょう?
 転生っていうのは……
 そういうことなのよね!?」
「……そうだな。
 令子の言うとおりだ」

 横島の目付きが柔らかくなった。

「俺たちと同じなら……
 優太郎少年もアシュタロスとは別人だ。
 前世は前世であって、現世とは無関係だよな」


___________


 ようやく横島も納得したようだ。
 それを察して、ベスパが説明を補足する。

「あの優太郎には、
 アシュ様の記憶などない。
 ……本当に普通の子供さ。
 それでも魔界の馬鹿どもの中には、
 あの子供を利用できると勘違いしてる輩もいる。
 だから……あたしが遣わされたのさ」

 『芦優太郎』に、普通の人間として平穏無事な一生を送らせること。
 それが、ベスパの受けた命令である。

「本当はGSとも
 関わらないで欲しかったんだけどねえ。
 美神令子の妹と同じクラスになって、
 しかも親しくなるなんて……」

 ひのめと優太郎が近づいたのも、全くの偶然だった。
 しかし、こうなった以上美神に一言告げるべきだと思い、ベスパは、ここへ来たのである。
 後々、美神にも協力してもらう必要が出てきそうだが、美神令子がタダで動かないことは、神界でも魔界でも有名だ。
 どう切り出そうか少し悩むベスバだったが、

「そういうことなら……
 私たちも目を配るようにするわ。
 アシュタロスの生まれ変わりだっていうなら
 放っておけないからね……!」

 頼むまでもなく、美神の方から手助けを約束してくれた。
 横島も、特に異存はないようで、

「これも……
 一種の腐れ縁ってやつかもしれないな!?」

 と軽口を叩く。

「そうか……?
 それなら助かる。
 よろしく頼む……!」

 ベスパは、まるで人間のように、軽く頭を下げた。そして、窓の外へと飛び立っていく。
 彼女の後ろ姿を見ながら、

「『アシュタロスに感謝』なんて
 昨晩考えちゃったんだから……。
 これくらいは……ね」

 と、小声でつぶやく美神。横島に聞かせるつもりはなかったが、少しは聞こえてしまったようだ。

「ん……?
 何か言ったかい、令子?」
「何でもないわ。
 それより……また
 いろんなことが起こりそうね。
 私も……早く元気にならなくちゃ!!」

 美神の視線は、窓へと向けられたままだった。
 昨日までは外の景色もどんよりとした雰囲気に見えていたが、今日は、活気に満ちあふれている。そう感じてしまう、美神であった。




       『解き放たれた魂』 完


  


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