窓から差し込む陽の光は依然暖かいままで、麗かで心地よいまどろみを誘ってくる。
淹れた紅茶は既に冷めてしまっているが、まだほんのりと温かみの残滓が残っている。
しかしなんだろう、この……悪寒というか寒気というか、空気の冷たさは。
話を続けるうちに夢中になっていたようで、ふと一息つこうとティーカップに手をつけよう、としたところで助手は気付いた。
ほんの三十分程前までは目の前で柔らかな笑顔を浮かべていた女性の、異変を。
笑顔はそのままに、しかしえも言われぬような黒い何かを浮かべたその女性は何事かブツブツと呟いていた。
(わ、私何か変な事言ったかな?
爆破とかしちゃったのは確かにやりすぎたかもだけど、って絶対原因は違うと思うし。だとするとグーラーさんの話が原因かなぁ。
何でもいいけどおキヌさんが怖いよぅ、所長たすけてー!)
助手は半分泣きそうになりながら、ティーポットが空になってるのを見つけ、天の助けとばかりに台所に逃げ込んだという。
五分後、新たに淹れ直した紅茶を手に恐る恐るテーブルに戻ると、そこには何事も無かったかのように微笑むおキヌの姿があり、また違う意味で助手を怖がらせたとか怖がらせなかったとか。
ついさっきまで小屋があった場所はちょっとした廃墟となっていた。
爆発の衝撃で小屋を形成していた木材や建材は元の半分くらいとなっており、しぶとく残った柱や梁も今にも崩れ落ちそうだ。
そんな中に助手は立っていた。
傷一つ無く、それどころか塵や埃の汚れすら見えない。
いや、良く見ると後頭部にやや大きなタンコブができていた。
「あたたた……、全く何なんだい」
少し離れた場所からグーラーが体に圧し掛かった瓦礫をどかし、出てきた。
直撃すれば割とダメージがあるはずの手榴弾型の何かだったが、目だった傷は無い。
しかし流石に頭に来たのかつかつかと助手の方に詰め寄ってきた。
「ちょっと! 流石にこれはやりすぎなんじゃないかい。
元は私の物じゃないとは言え、ねぐらは無くなっちまったし、あんたは何故か怪我どころか汚れ一つ無いし、って話聞いてるのかい!」
何を言ってもなしのつぶてな助手の肩を掴みグラグラと体を揺らす。
ここでようやく助手の目の焦点が合い、意識が戻ってきたようだ。
「はっ! わたし、なにを……」
「あんた、いい度胸してるねぇ。しかも目開けたまま失神してたのかい……器用なもんだ」
しかし助手はグーラーの皮肉に聴く耳も持たず、不安げな……いや、焦燥に近い感情を隠そうともせず、辺りを探し始めた。
「所長! 所長ってばっ、どこ! どこーッ!
ごめんなさい、わたしっ…所長ーっ!」
半分泣きながらの必死な仕草に毒気を抜かれたのか、グーラーはポカンとしていたが確かに横島の姿が見えない。
あの男の事だからこの程度でくたばる事は無いとは思うけど……とグーラーも辺りを見回す。
ありそうな線としては瓦礫の下か、はたまた爆風に吹き飛ばされて木の枝にぶら下がってるか、というところか。
さっきまでの剣幕は何処へやら、半泣きでオロオロしている人間の少女を前に、グーラーは逆に冷静さを取り戻していた。
「この辺りかねぇ」
特に目星があった訳では無いが一番瓦礫が積もっている辺りに目をつけ、適当に掘り返す。
すると柱だったモノや壁だったモノの隙間に、履き潰されて磨り減ったスニーカーの裏側が出てきた。
「あれま、ダーリン、大丈っぶッ!……」
言いかけたところで突き飛ばされバランスを崩す。
流石に倒れたりはしないが不意をつかれ、つんのめってしまった。
こう何度も理不尽な目に遭わせられたら普通は怒りそうなものだが、文句を言おうと振り返った先にいたのは
涙で顔をベシャベシャにしながら瓦礫から生えている足を、力の限り引っ張っている人間の少女だった。
そして瓦礫の中からは無理やり片足だけ引っ張られている為に、「ぐぇぇぇ」だの、「いただだたたっだただだ!」だの、
「ぎゅぅおおううおっぅぅっぅうおいうう」だの、「アッー!」だの、うめき声とも叫び声ともつかぬ声を上げている横島(の足)。
『あぁ、これは私が止めないとダーリンが大変な事になっちゃうね……』
怒りの矛先を失い、半ばうんざりしながら瓦礫から横島を掘り出す作業を始めるグーラーだった。
余談だが、突き飛ばしたのはもちろん助手なのだが、GS見習いとは言え、どう見てもその辺の普通の人間と大した違いが無い少女に背後を取られた挙句、
突き飛ばされるまでに至った事実を、後にグーラーが認識した時、思わず『恐ろしい子…!』 そう呟いたという。
「で、なんなんだい、コレは」
いい加減うんざりしきった表情でグーラーが横島に尋ねる。
横島も顔を若干引きつらせながらその光景を見やった。いや見下ろした。
原っぱに持ってきていたシートを広げ、胡坐をかいて座っている横島の片膝に、ぐしゅんぐしゅん鼻をすすっている助手がくっついていた。
「あー……、当たり所が悪かったんじゃねぇかな」
そっと助手の後頭部を撫でる。瓦礫か何かが当たってできたのであろう、やや大きなタンコブ。
掘り出された横島が最初に見たものは助手のタックルだった。
そして抱きつかれたままワンワン泣き出した助手を、宥めてあやしてようやく落ち着いた所なのだ。
どうやら頭を打った衝撃で一種の幼児退行のような状態になってしまったらしい。
頭から瓦礫に埋まっていた癖にケロリとしている横島とはやはり体のツクリが違うらしい。
「とりあえず、あれだ。陽も落ちてきたしどっか他に小屋とか知らないか?
なんなら洞窟とかでもいいんだが」
依頼人からは他に小屋があるという話は聞いていないが、ダメ元で訊いてみる。
最初から小屋を宛にしていたので、野宿の用意は万全ではない。
横島独りなら何とでもなるのだが、今は年頃の女の子を連れているのだ。
最低限の気配りくらいは横島にもできるようになっていた。
「こっちが訊きたいくらいだよって話さ。私たちも今日からまた宿無しになっちまったしね」
含みを持たせた言い方に横島は苦笑いをするしかない。
原因は自分にある(いまいち釈然としないが)のだから。
「あー、テント持ってくりゃ良かったな。いまから都合良く洞窟だの洞穴だの見つかる訳無いし、こいつはこんなんだし……」
予想外の事態の連続で困りきった様子の横島を見て、グーラーは一つ溜息をついた。
そして何か素振りをした後、もう一度溜息をつき、こう切り出した。
「あるにはあるよ」
もったいつけたような言い方をする。
聞いた瞬間期待に満ちた顔を上げてグーラーの顔を見た横島だったが、何とも言えない苦い顔つきのグーラーを見て何かを感じ取った。
「……何だ、その最後の手段みたいな感じは。
もう今日は大概の事は驚かないぞ」
嫌な予感しか沸かないが、今回の仕事は想定外だらけで、内心もうどうにでもなれと半ば自棄になりかけていた。
「洞窟があるにはある。ただ先客がいるのさ。そこをねぐらって言うか住処にしてるヤツがね。
……例のもう一人。多分ダーリン達の標的さ」
<続く>
・・・いやーはっはっは。2年放置!しかもその割に短い!
反省しきりでございますが、2年ぶりのリハビリって事でどうか一つお許しをば。
しかし2年ですよ2年。
その間に随分と私の環境も変わりました。
当時読んで頂いていた方々はまだいらっしゃるのか・・・。
ご期待に沿えず申し訳ございませんでした。
これからまたいつ続きを投稿できるか分かりませんが、完結できるようにがんばりますので、
もしこんな私と作品でも読んで頂ける方がいらっしゃるのなら、気長にお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。 (高森遊佐)
と思いながら初めから読んでしまいました。
このお話が終わった後の横島キヌ助手クンの横島除霊事務所の日常業務などに期待してしまいます。
おっしゃる通り、蛇足だとは分かっていても、良い短編読むと続編の要望しちゃうのをお許しください。
前話のコメント読んだんですが、、、、労基法、、、無力な響きがしますorz (シル=D)
コメントありがとうございます。
読んだ事ありますか!
久々に書くに当たって自分で読み返してみたんですが、今読むといやはや恥ずかしい・・・(笑
実はこのお話の後は当時からまだなーんも考えて無いのです。
、と言うよりこの話を終わらせる事に精一杯というかいっぱいいっぱいなのですがー。
それでもこの話の全体像は見えていますので、後はうまく形にするだけですので、
私の想像力と文章力と時間とやる気さえ出てくれればなんとか・・・。
あ、その前にGS読み直さなきゃ・・・orz (高森遊佐)
はい、ここに一人(笑)
いやぁ、高森さんの続きが読めるとは、正直驚きと嬉しさで一杯です。
このいい感じに壊れた助手クンがたまらなく好きなんですよ〜
ゆっくりでいいので、ぜひぜひ続きをお願い致したいと思います。
……自分も書かないとイカンなぁ(苦笑) (赤蛇)
いや、ホント、途中立ち消え・自然消滅が当たり前の二次創作界にあって復活される方がいる事は本当に嬉しい事です。
継続こそ”力”というつもり(なんか偉そうでスミマセン)で今後も息長く取り組めていただければ幸いです。
で、作品については、仰る通り若干短めなのが残念ですが”助手”の壊れ具合などブランクを感じさせず手堅く書かれていて面白く読ませていただきました。次回、このコンビ(トリオか?)に相応しい相手の登場を期待しております。 (よりみち)
お久しぶりでございます。
自分でも驚きで一杯です(笑
と、まぁ半分冗談ですが、正直2年間書かなきゃ、書かなきゃとは思っていたのですが、
いざPCの前に座ると全く筆が進まない、そもそも書き始められない、みたいな状況でした。
自分でも何で復活(と言っていいのかどうかはさて置き)できたのか不思議で仕方ありません。
私もがんばりますので、赤蛇さんもぜひぜひ(笑
>よりみちさん
お久しぶりでございます。
よりみちさんはすごいですね。2本同時進行で年単位で連載を続けられるそのポテンシャルを僅かでもいいので分けてください(笑
冗談はさて置き、ブランクの所為かどうかは分かりませんが、この先の構想はあるのに筆が進みません。
ブランクがそのままスランプにならないようにしたいところではありますが、基本的に深夜、或いは早朝でないとノって来ないんですが、
もうそんな事ができる状況に無いのがとても痛い。
健康的なモノ書きになれるようにしたいです(笑 (高森遊佐)
久しぶりに全部読み返してみました。
再開おめでとうございます。
また続きが読めて何よりです。 (STJ)