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続・まりちゃんとかおりちゃん

第三話 止めよペン(後編)


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 4/27

  
「ふう……アイデアが出ない……!」

 頬杖をつきながら、溜め息を吐く少女。
 彼女は、大きめの丸い眼鏡が似合う、チャーミングな女性である。ありきたりな女子高生にも見えるが、実は彼女は、ベストセラー作家の安奈みらであった。
 デビュー三年目を迎える彼女は、今、深刻なスランプに陥っている。創作に行き詰まった安奈は、お気に入りの貸別荘で、ベランダから外を眺めていたのだった。

「『花の女子高三人組ラブラブ
  ミステリーツアー殺人事件』
 は私の代表作になったわ。
 でも、もう一年以上
 それを超えるものが書けていない……」

 ここは人里離れた別荘地である。目に入るのは緑の木々ばかり。気分はリフレッシュされるが、アイデアを刺激するようなものは何も転がっていない……。
 そう思ったところで、

「……ん?」

 四人の若者が歩いているのが、目に入ってきた。
 男は安物のジーンズ姿。大荷物を背負っており、キャンプにでも向かうような感じだ。しかし、連れの女性三人は、雰囲気が違う。山歩きどころか、神社の受付にいるのが相応しいような和装だった。

「これだ!
 ……新しい作品のためのネタだわ!」

 安奈が、キラリと目を輝かせる。
 その時、眼下の四人が、こちらを見上げた。そして、安奈に声をかける。

「すいませんーッ!!
 俺たち道に迷っちゃったんスけど……」
「この近くに……
 戦前のお屋敷の廃屋があるはずなんですが……」




    第三話 止めよペン(後編)




「旧淀川邸跡……!
 昭和初期に活躍した文学者、
 淀川ランプ先生の家です。
 元々悪夢的な作風だったのが、
 晩年ここで仕事をするようになってから
 ますますその傾向が強くなり、
 最後にはこの屋敷の中で焼身自殺しちゃったの」

 淀川邸まで四人を案内した安奈みら。
 安奈の別荘からは少し距離があったが、たまには歩くのも気持ちがいい。それに、これは、神さまがくれた取材のチャンスでもあった。

(この三人の巫女少女……どこか、おタンビ!!)

 と考えながら、三人をチラチラと眺める。三人とも、一人で主役をはれるくらいの美少女だ。

(こんな三人を引き連れてるんだから……
 この男も、ただ者じゃないわね……)

 ジーンズ男は、額にバンダナをしている。本人はオシャレのつもりかもしれないが、安奈から見たら、とても似合っているようには思えなかった。

(たぶん……あのバンダナに秘密があるんだわ!
 ……ひょっとして、魔法のアイテム!?)

 ここまでの道中、安奈と四人は、簡単な自己紹介をしている。
 三人の少女は安奈みらの大ファンだという。
 そして、彼ら四人は、特殊な職業に従事していた。
 彼らは、ゴーストスイーパーだと自称したのである。安奈の理解では、ゴーストスイーパーとは、異能の力で悪魔と戦う人々のことだ。
 安奈の想像がふくらむ。

(ということは……
 この男の正体は……!!)

 空想に走る彼女に、おキヌが声をかけた。

「あの……みら先生!?
 私たち、これから中に入りますけど……。
 危ないから、先生は外で待っていてもらえます?」


___________


「えっ!?」

 安奈みらは、少し驚いたような顔をしている。

(やっぱり……。
 みら先生……
 除霊してるところを取材したいんだろうなあ)

 逆行前にも同じ事件に関わっているおキヌである。安奈の心中は、容易に推測できた。

(でも……みら先生が来るのは危険だわ)

 淀川ランプの悪霊が、安奈に取り憑いて、美神たち三人を苦しめる。それが、おキヌが記憶している内容であった。最後に淀川ランプを倒すのも安奈なのだが、そもそも安奈さえ隔離しておけば、トラブルは生じないはずなのである。

(それに……もう十分なはず……)

 ここまで安奈に案内させたのは、自分たちを適度に印象づけるためだった。歴史どおり『聖美女神宮寺シリーズ』を書いてもらうために、わざわざ安奈の別荘に立ち寄ったのである。今回は、道に迷ったわけではなかった。

(だって……みら先生……
 横島さんと同じ顔してたから……)

 妄想壁のある男と結婚したおキヌなのだ。安奈が空想に浸っていたのは、丸っとお見通しであった。だからこそ『もう十分』と判断できたのである。


___________


(今頃きっと神秘的な術を使ってるのね……)

 なんとか屋敷内までは同行させてもらえたものの、安奈は、別室に連れて行かれてしまった。
 おキヌたちは、すでに悪霊の居場所まで分かっているようで、どこが安全な部屋かということも把握していたのだ。
 そして、三少女が除霊をしている間、横島が安奈を見張っている。

「すぐに終わりますから。
 ははは……」

 安奈としては、コッソリ抜け出して様子を見に行きたい。しかし、

(やっぱり……この男……ただ者じゃない……)

 彼女は、横島から独特のオーラを感じとっていた。素人が彼の目をかいくぐることなど、出来そうにない。
 一方、横島も、安奈が興味津々な視線を向けていると意識している。

(作家だかなんだか知らんが
 このコも……かわいいよなあ。
 ……今ここには、
 おキヌちゃんも美神さんもいない。
 しかも、このコは俺に興味ありそう……。
 もしかして……久しぶりのチャンス!?)

 横島の心は、隙だらけであった。
 その時、二人の耳に、笛の音が聞こえてくる。

 ピュリリリリッ……。


___________


「くん煙除霊剤より、このほうがいいよな」
「わたくしたちの仕事は、優雅でなくちゃ……!」

 まりとかおりは、ネクロマンサーの笛を吹くおキヌを見守っていた。
 この屋敷にいる幽霊は並の悪霊ではないと聞いていたが、二人とも、母親の実力を信頼している。
 やがて……。

『くっくっく……!!
 こんなもので……私を
 成仏させることなぞ出来はせんぞ!!』

 淀川ランプの悪霊が姿を現した。
 口では威勢のいいことを言っているが、少し苦しそうにも見える。

「おい、かおり!」
「ええ、わたくしたちも!」

 加勢しようと思って笛を取り出す娘たち。
 これを見て、

『ふん……
 そんなもの恐くはないが……』

 淀川ランプが、部屋からスーッと逃げ出した。

「逃げられちゃった……!?
 もう……!!
 待ってください!!」

 おキヌが、慌てて追いかける。
 母親の後ろを走る娘二人は、

「なあ……!?
 この作戦……
 思いっきり失敗だったんじゃないか!?」
「そうね……こっちに
 おとうさまを配置して
 文珠で浄化してもらうほうがよかったみたい」

 と、言葉を交わすのであった。


___________


『こちらに邪な気が漂っておる……。
 それを取り込めば……!!』

 何かに惹かれるように、淀川ランプは廊下を突き進む。
 
『ここだ……!!』

 淀川ランプが入り込んだ部屋にいたのは、一組の男女。
 男が半ば押し倒すような形で、女に抱きついている。

「私も……
 彼らの関係にひきこまれてしまうのかしらっ!?
 ああああっ、どうしようっ!!」

 安奈は、横島に好意を感じているわけではない。ただ、自分が想像したキャラクターを彼に投影することで、イヤンイヤン状態になっていたのだ。
 横島は横島で、

(あんまり……いやがってない……!?)
 
 という気持ちから、ついついセクハラを加速させてしまっていた。しかし、淀川ランプの悪霊が来たことで、サービスタイムも終了だと悟る。

「ここでお預けかよ……!?
 そんなこったろーと思ったよチクショー!」

 安奈を抱きしめたまま、涙目になる横島。彼の抗議も空しく、淀川ランプが横島に憑依する!

『その体……もらった!』
「ぐわーっ!?」


___________


「……おやじ!?」
「おとうさま!!」
「なんてことを……」

 おキヌたち三人が飛び込んできたのは、淀川ランプが横島の体を手に入れた直後だった。

「成仏できないのは……
 創作活動への未練のためだと思ったのに……」
「……このエロジジイ!!」
「やっぱりオトコなんて、みんなケダモノですわ!
 ……おとうさま以外は」

 おキヌ・まり・かおりが、口々に淀川ランプを責め立てる。 

『……え!?
 ん!? この感触は……』

 ここで、彼も、ようやく現状に気が付いた。今、横島に取り憑いた淀川ランプは、安奈に抱きついた形になっているのだ。ペンを握るはずの手は、若い女性のやわらかい体を楽しんでいる。
 
『ちょっと待て! ……誤解だーッ!!』
「問答無用!」
「許せません……!」
「なんだか……腹が立ちます!」
「よくも……私の体を!」

 少女たちは、淀川ランプに殴り掛かった。まり・かおり・おキヌだけでなく、安奈まで一緒になっている。

 バキッ! ボコッ! ポカッ、ポカッ……。

 血だるまになって転がる淀川ランプ……いや、横島の肉体。しかし、彼は不死身のゾンビのように立ち上がる。

『くっくっく……』
「さすがに……おやじの体を
 使ってるだけのことはあるな」
「いくら叩かれても
 まったく応えないようですね……」

 横島の打たれ強さを、あらためて思い知る娘たち。父親は偉大なのだ。

「……って、違うわ!
 肉体をいくら攻撃しても、
 中の悪霊にはダメージが届いていないのね!?」
『くっくっく……その通りだ』

 ようやく気付いたおキヌの言葉を、淀川ランプが肯定した。


___________


『今度は……こちらから行くぞ!
 私の名前は淀川ランプ!
 おまえたちも、まずは名乗れ……!』

 淀川ランプは、正々堂々を装って、少女たちの名前を聞き出そうとする。

「わたくしは、横……」
「バカヤロウ!
 ……ここへ来る前に言われただろ!?」

 うっかり答えそうになったかおりの口を、まりが塞いだ。
 淀川ランプの悪霊には、言霊を操る魔力がある。彼が原稿用紙に書いた内容は、彼の近辺では、全て現実となるのだ。  
 そんな恐ろしい能力を、二人は、おキヌから教えられていたのだった。
 一方、策略に失敗した淀川ランプは、かおりの言葉を耳にして、興味深そうな表情をする。

「『横』……!?
 もしかして『横水』か!?
 横水君の親戚か……!?
 泣くときは『よよと泣く』のか!?」
「はあ……!?」
「いや、私の作家仲間に
 横水セーキという男がいてだな……。
 そんな表現を好んでおったのだ。
 おどろおどろしい作品から
 嘆美な小説まで、作風も幅広く……」

 淀川ランプは、遠い目をして語り始めた。
 彼がブツブツしゃべっている間に、四人はコソコソ集まって相談する。

「今のうちに逃げようぜ!?」
「そうですね。
 とりあえず言霊の範囲外まで逃げて、
 そこから反撃しましょう……!!」

 まりとかおりの提案に、おキヌと安奈も頷く。抜き足差し足忍び足で動き出した四人だったが、

『……というわけで
 助言をし合える良き友人だったのだよ。
 ……って言ってる間に!!』

 昔語りを終わらせた淀川ランプに気付かれてしまった。

『しゃべりはいかんな、しゃべりは。
 やはり私は……書かねばならん!』

 どこからか取り出したペンと紙で、彼は、執筆を始める。

『部屋には落とし穴が隠されてをり、突然その蓋が奈落の底に向かって開いたのだった』


___________


「きゃあっ!?」

 急に作られた落とし穴を、ひたすら落下していく四人。

(やっぱり……同じ展開だ……
 ……ということは、次は!?)

 記憶どおりになったことで、おキヌは先を予想し、顔が青ざめる。

「どこまで落ちるのかしら!?」
「……ランプさんが続きを書くまでです!
 でも、その前に何とかしないと!
 たぶん……
 この下に待っているのは針山地獄です!!」
「いっ!?」

 おキヌの説明で、他の三人の顔色も変わった。
 そんな中、まりとかおりは、お互いの顔を見合わせ、頷き合う。

「おかあさま、みら先生!」
「あたしたちにつかまってくれ!」

 かおりとまりが、それぞれの右手と左手を重ね合わせると……。

 バシュウウウウウッ!!

「あっ!? それは……!!」

 合わさった手から出現したもの。それは、二十センチ弱の、小ぶりな霊波刀だった。二人は、それを壁に突き立て、かろうじて落下を食い止める。

「そうさ!
 これが、あたしたちのもう一つの能力……!」
「おとうさまから受け継いだ力です!」


___________


『うーむ。
 やはりここで執筆せんと筆が乗らんわい!』

 淀川ランプは、横島の体を支配したまま、書斎へと移動していた。
 机に向かい、愛用のパイプにも火をつけ、じっくり考え始める。 
 グロテスクではない残酷さと、いやらしくはないエロス。それを美しくミックスさせたのが、生前の淀川ランプの作風だった。彼の猟奇性は、悪霊となった今も全く変わっていない。

『穴の底には無数の鉄針がその禍々しひ切っ先を空に向けて待ち受けていた』
 
 と書き記した淀川ランプだったが、何も手応えが感じられない。

『くそっ!!
 私の構想では、血に染まった女の白い肌が、
 蝶の標本のように硬直する予定だったのに!!
 いいアイディアがパーではないかっ!!
 アイディア……もっといいアイディア……』

 プロの矜持をもって、彼は、新案を捻り出そうとする。しかし、これで、横島の体をコントロールする力が弱まってしまった。

(ん……!?
 淀川ランプの怨霊……!!
 構想に夢中で俺を乗っとれなくなったのか!?)

 横島が意識を取り戻す。
 逆襲の機会をうかがう彼に気付かぬまま、

『むっ! 「歯車」!!
 やはり猟奇でエロスな殺人には「歯車」がいい!!』

 淀川ランプは、次なる一手を記し始めた。


___________


「もうダメ〜〜!!」
「みら先生、暴れないでください!」
「それでなくても……
 あたしたちの霊波刀で四人支えるの、
 ギリギリなんだから……!!」

 巨大な歯車が、上下左右から四人に迫っていた。
 歯車に巻き込まれたらミンチになってしまうだろうが、それ以前も問題だ。かろうじて落下を防いでいる現状なのだから、歯車がかすっただけで落ちてしまうかもしれない。
 そんな危機的な状況の中、突然、歯車が制止する。

(あ……!! これって……!?)

 救世主を思い浮かべたおキヌの耳に、トランペットの音が聞こえてきた。

「やはッ、みんな!!
 俺はグレートGS、スーパー横島だ!」

 歯車の上に立つ、タキシード姿の男。
 それは、実物より二割り増しでハンサムな横島忠夫だった。

「横島さん……!!」
「……おとうさま、ステキ!!」
「やっぱり、あたしには……
 かおりのシュミはわからんわ」

 もちろん、本物ではない。淀川ランプの魔力を利用して、横島が書き出したキャラクターである。

「今日の俺はひと味違うぜ!!
 グレートでスーパーだから……
 文珠だって……こんなに使える!!」

 横島が空想で作り上げたスーパー横島なのだ。その能力も、尋常ではなかった。
 彼は、六個の文珠を発現させて、

「いくぜ!!
 『怒・呼・出・茂・怒・阿』!!」

 空中に、不思議なドアを呼び出してみせた。

「うわっ、当て字!?
 ……そんなもん文珠じゃねえッ!!」
「文珠の概念が無茶苦茶ですよ、おとうさま!?」
「これでいいのだ!!
 おまえたちのパパだから……
 ……じゃなくて、
 ペンの力に不可能はないからな!!」


___________


 ガチャリ!!

 少女四人がドアをくぐると、そこは書斎だった。

『素人のクセに私の芸術の
 腰を折るんじゃないっ!!
 おとなしく私の
 イマジネイションを自動筆記しとれ!!』
「プロだからって偉そうにするな!
 今は下手なプロより上手い素人が
 たくさんいる時代なんだぞ!?」

 ちょうど、淀川ランプと横島が、現代の小説に関して激論している。ただし、横島に読書の習慣などないため、彼の意見は、おキヌあたりからの聞きかじりであった。

『ええい!
 こんな小僧の中にいては
 私の文章センスが崩壊してしまう!!』

 うろたえた淀川ランプが、横島の体から飛び出した。そして、次なる標的として、四人の少女を見比べる。
 しかし、彼が狙いを定めるよりも、まりとかおりの言葉のほうが早かった。

「おやじ、今だ!」
「文珠で浄化です!」
「お、おう!」

 娘たちに言われるがまま、横島が『浄』文珠を出して、淀川ランプに投げつける。普通の悪霊ならば、これで一発なのだが、

『ぐ……!
 そんな得体のしれないもので……』

 魔物と化し始めた淀川ランプは、しぶとく現世にしがみつく。姿は薄くなったが、まだまだ消滅しそうにはなかった。

「とどめは私が……!」
 
 おキヌがネクロマンサーの笛を吹いたが、悪霊の様子は変わらない。
 プロのGSでも倒せない淀川ランプに業を煮やして、安奈が叫び始めた。

「旧時代の遺物め!
 早く成仏しなさい!!
 ……あんたたちが
 芸術ぶって文学マニア向けの
 作品ばっかり書いてきたせいで、
 日本の小説は若い世代に
 読まれなくなってるのよ!!」
 
 彼女は、マシンガンのように文句を吐き出す。現代の売れっ子作家の苦労は、先人から引き継がれた文学事情を原因としているのだ。

「漢字は少なく!!
 改行はこまめに!!
 でないと読者がついてこないのよっ!!
 それだけがんばっても……
 一冊平均10万部くらいしか売れないんだからっ!!」

 安奈は、言葉とともに『花の女子高三人組ラブラブミステリーツアー殺人事件』を突きつけた。

『こ……こんなものが……10万部も!?』

 現代作家の安奈にとっては『10万部しか』だが、昔の作家である淀川ランプにしてみれば、『10万部も』である。パラパラとページをめくる彼の姿は、どんどん薄くなっていく。

「ええーん。
 私の笛より、
 みら先生の言葉のほうが効くだなんて……」
「……そうか!」
「そういうことね!?」

 おキヌのつぶやきを耳にして、まりとかおりが顔を見合わせた。
 普通の幽霊のように慈愛で成仏を持ちかけても駄目なのだ。この淀川ランプを倒すためには……!!

 ピュリリリリッ……ピュリリリリッ……。

 笛を吹き始めた二人は、独特のハーモニーの上に、未来人の思いをのせる。

(……みら先生の言うとおりだ!)
(あなたの作品は時代遅れなんですよ!?)
(十五年後には、みら先生の小説は
 教科書にも掲載されるくらいだぜ……!!)
(それに比べて……
 あなたたちの本なんて誰も読まなくなるわ。
 お友だちの『横水セーキ』さんの名前も
 漫画のネタとして記憶されているだけ……)
(そうそう!
 『金大好き少年の事件簿』ってやつだな!!)

 ネクロマンサーの笛が伝える信念である。騙そうとして嘘をついているわけではないのだ。だから、悪霊の胸の奥まで、しっかりと届く。

『こんな小説が……教科書に……!?
 そして……横水君が漫画に……!?
 文学は死んだーッ!!』

 それが、衝撃の未来を知らされた淀川ランプの最期であった。


___________


 帰りの電車の中。
 週末ではあったが、連休でも長期休暇でもないので、座席は比較的空いている。四人は、うまくボックスシートに座ることが出来た。

 すぴー……すぴー……。

 疲れたのだろうか、横島は、すぐに寝息を立て始めた。おキヌの肩にもたれかかって、幸せそうな寝顔である。
 娘たちも苦笑してしまう。

「あらあら、おとうさま……」
「今回は、あんまり活躍してないのにな!?」
「いいじゃないですか。
 寝かしてあげましょうよ……」

 横島を起さないために、おキヌは、あまり体を動かせない。それでも、首だけ回して、優しい笑顔を彼に向けるのだった。

「やっぱり……
 おとうさまとおかあさまはお似合いですわ!
 ……ちょっと妬けちゃうくらい!!」
「まあ、なんといっても
 『聖美女神宮寺シリーズ』のダブルヒロインだからな!」
「ふふふ……」

 ファザコンかおりのヤキモチ発言も笑い飛ばすおキヌ。まりの言葉も、最初は聞き流してしまったが、一瞬遅れて、その意味が頭に浸透する。

「……え!?
 まりちゃん、今、なんて言ったの!?」

 ここで、おキヌはようやく思い出したのだ。
 『聖美女神宮寺シリーズ』の主人公は、美神令子をモデルにした魔女、神宮寺令子である。彼女は、悠久の時の流れを、魔物を倒すためだけに生きていく。正義のために戦う不死身の女なのだ。
 それが、おキヌが知る『聖美女神宮寺シリーズ』であり、だから、美神を安奈みらに引き合わせなければいけなかったのだ。

「ええーっ!? なんですの、それは!?」
「おいおい……。
 あたしたちの知ってるシリーズとまるで違うぜ!?」

 おキヌの説明を聞いて、かおりとまりが目を丸くした。
 二人が知る『聖美女神宮寺シリーズ』では、主人公は男装の麗人。いつもの彼女は、しがない荷物持ちの男を演じているが、仲間の巫女三姉妹がピンチに陥ったとき、聖美女神宮寺令子として駆けつけるのだ!

「……男のフリしてるときはバンダナをつけてて
 神宮寺令子に戻ったときはバンダナ無しなんですわ」
「そうそう!
 みんなバンダナばかりに注目してるから、
 顔つきも同じだけど、誰も正体に気付かないんだぜ!」

 よほど好きなシリーズなのだろう。二人とも目を輝かせており、言葉も止まらない。

(私が知る歴史とは変わった……!?
 でも……
 まりちゃんとかおりちゃんの
 未来とは変わっていない!?
 ……あーん、
 もう頭がゴチャゴチャします〜〜!!)

 熱く語る娘たちを前にして、なんだか混乱するおキヌであった。


___________


 2DKの我が家に帰り着いた頃には、すでに夕方になっていた。

「ただいま〜〜!!」
「……遅かったわね!?」

 ドアを開けた四人を、ホクホク顔の美神が出迎える。無事にユニコーンの角をゲットできたのだろう。誰の目にも明らかだったが、横島が、一応の確認を口にする。

「美神さん……
 その様子では上手くいったみたいっスね!?」
「ええ!
 まりちゃんとかおりちゃんサマサマだわ!!
 二人に何かプレゼントしたいくらいよ!!」

 ご機嫌の美神を見て、高校生のまり・かおりが視線を交わし合う。そして、おずおずと切り出した。

「だったら……お願いがあるんだけど……」
「ほら、赤ちゃんのわたくしたちでは
 何が欲しいかも言えないですから……。
 代わりに、大きくなったわたくしたちが……」

 そこへ、奥から百合子も顔を出す。
 
「あんたたち、立ち話もなんだから、
 早く中へ入りな……!!」


___________


「美神さん……
 あんまり孫たちを甘やかさないでおくれよ!?」
「大丈夫!
 そんなに高いものねだられても
 ちゃんと断りますから……!!」

 お茶をすすりながら会話する、百合子と美神。
 今、キッチンのテーブルを囲んでいるのは、この二人と、高校生のまり・かおりだけだ。横島とおキヌは、赤ん坊のまり・かおりの様子を見に行っている。

「いや……あたしたち……
 買って欲しいものがあるわけじゃなくて……」
「連れていって欲しいところがあるんです」

 まりとかおりの目的地。それは、除霊仕事さえなければ、今日行くはずだった場所だ。横島とおキヌに頼むつもりだったのだが、美神に協力してもらえるならば、そのほうがいい。
 
「そこへ行くことそのものも大変だって聞いたけど……」
「紹介状がないと入れてもらえないそうですから……
 一筆、お願いできませんかしら!?」

 少しずつ話を持ち出す二人だったが、これだけで、美神にはピンときてしまった。

「あんたたち……そこって……まさか!?」
「あれ……!?
 やっぱり……わかっちゃったかな!?
 そう、妙神山へ行きたいんだよ……!!」
「修業が必要ですからね。
 ……未来へ戻るためには!!」



(第四話に続く)


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