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続・まりちゃんとかおりちゃん

第一話 まりとかおりがやってきた!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 3/23

 
(*この作品は『まりちゃんとかおりちゃん』の続編です。
  前作を未読の方々にも楽しめるように書いていきますが、
  この作品そのものが『まりちゃんとかおりちゃん』のネタバレとなります。
  『まりちゃんとかおりちゃん』を途中まで読んで下さった方々、
  また、未読ではあるが興味を抱いて下さった方々は、
  先に『まりちゃんとかおりちゃん』を読んで下さるよう、御願いします)







「それじゃあ、俺はナルニアへ帰るぞ。
 忠夫たちのこと、よろしく頼む」
「まかせなさい! それより……」

 夫の言葉に朗らかに答えた妻は、いつのまにか、手に包丁を持っていた。

「あんたこそ、大丈夫でしょうね?
 私がいないからといって
 ……浮気すんじゃないわよ?」

 彼女の目付きが鋭くなり、包丁が壁に突き刺さる。もちろん、彼の顔のすぐ隣である。
 しかし、彼も慣れたもの。

「ははは……。
 も、もちろんさ! 俺を信じろ!
 じゃあな……!!」

 トランクを手に、ピューッと出ていった。
 彼、横島大樹は、村枝商事ナルニア支社で働いている。現在、初孫誕生に立ち会うため、一時的に日本へ帰国中だったのだ。
 妻の百合子とともに日本へ来た彼だが、ナルニアへ戻るのは大樹一人である。百合子は、この2DKのマンションで、今日から息子夫婦と同居することになっている。
 
(はあ……)

 大樹が出ていった後、百合子は、一人、ため息をつく。
 別に大樹に関しては、それほど心配していない。クロサキという信頼出来る人物が、本社からナルニア支社へ転勤し、大樹をシッカリ監視することになっているのだ。百合子のために会社がそこまでしてくれるのも、かつて彼女がそれだけ大きく村枝商事に貢献したからなのだろう。

(あのコたち……若いからねえ)

 百合子の頭に浮かぶのは、息子夫婦のことである。
 息子の横島忠夫は、今この瞬間、病院へ行っていた。数日前に双子を産んだ妻が、今日、退院するのだ。
 横島の妻、それは、旧姓氷室キヌ。『おキヌちゃん』と呼ばれる女性だ。
 江戸時代に生まれ、村を救うための人身御供として命を落とす。それから300年間の幽霊生活を経て、横島たちと出会う。しばらくして、人間として復活。しかし幽霊時代の記憶は失ったため、横島たちとは離れた。その後、記憶を取り戻して、再び、行動をともにするようになる。
 これだけでも、オカルトとは別世界の百合子には、信じがたい物語である。ところが、まだ続きがあるのだ。
 横島や彼の仲間とともに、おキヌは、十年近い歳月を過ごす。その間、横島に対して淡い恋心を抱き続けていたが、本人も自覚しない程度の『淡い』ものだった。ところが、横島がGS仲間と結婚することが決まった時点で、おキヌは、自分の気持ちに気付いてしまう。
 悲しみに暮れる彼女のもとに、奇跡が訪れた。彼女は時間を遡り、ふと気が付いたら、十代の自分に若返っていたのだ。幽霊時代の記憶を取り戻した瞬間、つまり、横島たちのところへ再合流する時点から、人生をやり直すことになったのだ。
 そして……。おキヌは、横島と恋人になった。
 ただし、最初は、時間逆行者であることは隠したままだった。
 彼女の行動は、歴史すら大きく変化させる。もっと後で起こるはずの大事件が、早い時点で始まったのだ。その中で、おキヌと横島は体の関係まで持ってしまい、おキヌは妊娠する。未来からきたと告白したのは、その後である。

(おキヌちゃんってコ、結構したたかだねえ……)

 事情を知った百合子は、そう判断してしまった。
 特に、うまく息子から聞き出した話によると、最後の一線を越えたのも、おキヌが誘惑したかららしい。横島はそう思っていないようだが、百合子には丸分かりだった。しかも、妊娠も『できちゃた』わけではなく、意図的なものだったのだ。
 それでも、こういうケースで責任を取るべきなのは男の側である。
 二人とも、まだ高校生。当然、保護者同士の話し合いが必要となった。
 おキヌの養父母は、おキヌの高校中退を提案した。
 もしも子持ちで高校へ通うとなれば、昼間、赤ん坊の面倒をみる者が必要だ。彼ら養父母は会社員ではなく、神社に住み込む神主なので、彼らがその役を出来るかもしれない。ただし、その場合、おキヌは横島と離れて田舎に戻らなければならないのだ。また、この状況を田舎の高校が許すかどうかという問題もあった。それくらいならば、横島とともに東京に残り、子育てに専念するのがベスト。
 それが彼らの考えであり、おキヌにも異はなかった。
 しかし、断固反対したのが百合子である。

「そうはいきません。
 うちの忠夫が孕ませたんですから!
 そちらの娘さんの学歴まで傷つけるわけにはいきません。
 高校卒業までは、私がしっかり面倒みます!」

 百合子は、東京で自分が若い二人と同居すると言い出したのだ。それならば、二人が学校に行っている間、赤ん坊の世話も可能である。さいわい、横島の高校は、妖怪変化も通う学校だ。今さらヤンママの一人くらい、何の問題もないだろう。
 百合子が百合子の気迫をもって提示したプランである。誰も反対出来るものはおらず、採用となった。
 実は、彼女がおキヌの学歴にこだわったのには、ウラの意味がある。百合子は、二人が将来離婚する可能性も考慮していたのだ。おキヌが一人で生きていくケースのために、せめて高校くらいは卒業してもらおうと思ったのである。

(あのコは甘い。 ……それに、芯も細いコみたいだからね)

 心のどこかで、百合子は、おキヌを『横島家の嫁』にふさわしくないと感じるのだ。
 まず、『心は二十代だから』と言って、高校生の体で妊娠を望んだこと。これが、甘ったれた考え方である。
 百合子は、二十代の頃、会社でバリバリ働いていた。現在でも『彼女なしに今の村枝商事はなかった』と言われるほどの、スーパーOLだったのだ。それでも、スパッと結婚退職して家庭に入り、息子をもうけた。
 女が子供を作るというのは、二十代で子供を作るというのは、そういうものなのだ。
 ……今後、少しずつ性根を叩き直してやらねばならない。
 しかし、自分は一時的な訪問客ではなく、ずっと同居する家族である。下手なことは出来ない。
 百合子は、そう考えていた。彼女自身の強烈なキャラクターを自覚しているのだ。だから、本来の個性を100%発揮したまま毎日おキヌと顔を合わせたら、おキヌの精神が持たないと思うのだった。

(これが美神さんのほうなら良かったんだけどね)

 大樹も横島も、百合子100%に耐えられる人物だ。そして、横島の交友関係を知ってみると、彼の仲間の美神令子も、百合子に張り合えそうな女性だった。
 しかも……。もし、おキヌが歴史を改変しなければ、横島は、その美神と結婚するはずだったというのだ!

(忠夫も何とかしないとね……
 おキヌちゃんに骨抜きにされないように!)

 百合子は、今の息子ではなく、その『本来の歴史』の横島をこそ、少し誇らしく思う。彼は、美神を『横島家の嫁』として選んでくれたのだから。
 嫁と姑の関係だけではない。結婚は、家と家との問題でもある。横島とおキヌが結婚するということは、横島家と氷室家がつきあっていくということでもあるのだ。
 その意味でも、『本来の歴史』のほうがよかった。
 氷室家の人々は、人のいい田舎の神主さんだ。とても百合子や大樹と渡り合える人物ではない。
 一方、美神家はどうだ。百合子は、美神の母親美智恵とも何度か会ったことがある。

「かつては冷酷非情だったが、平和だった五年間で性格が丸くなった」

 と噂されている人物だが、対面した途端、百合子にはピンときた。美智恵は、今でも十分、性格の強い女性である。美神の父親と面識はないが、美神や美智恵の家族である以上、大丈夫なはず。これならば、横島家と美神家は、うまくやっていけるだろう。
 『本来の歴史』の横島は、そこまで理解した上で、おキヌではなく美神を伴侶と決めたに違いない。それなのに、一人の時間逆行者が、全てを無茶苦茶にしてしまったのだ。

(上手く二人を成長させないといけないねえ)

 百合子としても、別におキヌを嫌っているわけではない。息子と結婚した以上、もはや、おキヌも自分の娘だと思っていた。
 ただし、彼女と暮らしていくには、自分のほうが色々譲歩する必要があるだろう。それが、どこか引っ掛かるのだった。
 
(まあ、何はともあれ……)

 横島とおキヌは、今、高校三年生と二年生だ。法律的にOKとなった時点で、すでに籍も入れてあり、いっしょに暮らし始めている。しかし、おキヌの妊娠中は、まだ百合子は同居を始めず、敢えて二人だけにしていた。

(……今日からだね!)

 心の中で、百合子が思考をまとめ上げた瞬間。
 ドアがガチャリと開いた。

「……ただいま、母さん!!」
「こんにちは、お義母さん!」

 横島とおキヌが、ベビーバスケットを持って入ってくる。その中では、双子の赤ちゃん……まりとかおりが眠っていた。




    第一話 まりとかおりがやってきた!




「おキヌちゃん!
 だんなさまが迎えに来てるわよ?」

 放課後の教室である。
 高校の授業が終わり、帰り支度をしていたおキヌ。そんな彼女を、クラスメートが冷やかす。
 示された方向に視線を動かすと、
 
「あっ! 横島さん!?」
「……やあ」

 確かに、ドアのところに横島が立っていた。照れ笑いを浮かべている。

「もう……!!
 教室まで来ちゃダメですよ!?
 門のところで待ってるって約束だったでしょう!?」
「……お、おキヌちゃん!?」

 彼女は、口では文句を言いながらも、横島の胸に飛び込んでいく。幸せいっぱいな表情だ。むしろ横島が戸惑うくらいである。

「横島さん……!!
 学校じゃイチャイチャしないって
 ……約束だったじゃないですか!?」
「おーい、おキヌちゃん。
 イチャイチャしてるのは、おキヌちゃんのほうだよ……」

 遠くからクラスメートが突っ込むが、彼女の耳には届かない。
 それだけ彼女は、ゴキゲンなのだ。
 なにしろ、今日が学校に復帰した初日である。横島は、おキヌを心配して、教室まで迎えにきてくれたのだろう。おキヌは、そう思ったのだ。

(ありがとう、横島さん……!!)

 彼の胸に顔をうずめたまま、心の中で感謝するおキヌ。自分が今でも横島を愛していると再認識してしまう。
 おキヌは未来から逆行してきたから、一度、二十代半ばまでを経験している。当時の友人の中には、結婚して母親となった者もいた。彼女たちからは、

「子供が出来るとね……
 愛情が全部子供のほうへ向いちゃうのよ。
 もうダンナなんか、どうでもよくなっちゃう」

 という話も聞かされていたのだ。
 しかし!
 今、こうして二児の母親となった後でも、おキヌは横島を大好きなのだ!
 そんな自分の気持ちを、おキヌは、嬉しく思うのだった。


___________


「おキヌちゃん……」
「……なんでしょう?」

 幸せに浸っていたおキヌは、横島に呼びかけられて、顔を上げた。

「約束やぶってゴメン。
 校門じゃなくて、ここまで来ちゃったのは……」
「……いいですよ。
 わかってますから!」

 おキヌが微笑む。『心配だったから』なんてワザワザ言われなくても、ちゃんと気持ちは伝わっているのだ。

「あれ?
 おキヌちゃんのところにも連絡来たの?
 ……じゃあ、早く行こう!
 サッサと終わらせて帰りたいもんな」
「……え? なんのことですか?」

 おキヌが首を傾げる。
 なんだか会話がかみ合っていないようだが……?

「何って……。
 除霊委員の仕事だよ。
 おキヌちゃんも聞いてるんだろ?」
「……えっ!?」


___________


(なんだか……少しだけ
 おキヌちゃんの機嫌が悪いような……?)

 廊下を連れ立って歩く二人。
 おキヌは、表にはニコニコと笑顔を浮かべているが、内心は少し違うようだ。ともかく、ずっと横島の腕にしがみついており、横島としては少し恥ずかしい。しかし、

(よくわからんが……
 今は抵抗するべき時じゃなさそうだ)

 と、彼の本能が伝えている。
 そして、そのまま二人は、指定された場所に到達した。

「よ、横島さん……!?」
「もうすっかりワッシとは別世界ですノー」
「いいじゃない! 
 夕陽に彩られた廊下を歩く恋人たち……。
 きれいだわ! ……これも青春よね!」

 ピート、タイガー、愛子が、二人を出迎える。
 バンパイア・ ハーフであり、GS試験にも合格しているピート。
 業界大手の一つ『小笠原ゴーストスイープオフィス』で働き、実力もある若手GSのタイガー。ただし、実技試験の対戦相手に恵まれないらしく、まだGS資格は取得していない。
 机妖怪の愛子。外見は長髪の少女だが、机が変化した妖怪であるため、今も本体である机に腰掛けている。
 もともと、この三人プラス横島が、この学校の除霊委員だ。そして、おキヌもいつのまにかメンバーに加えられているのだった。

「で……俺たちを呼び出した先生は?」
「事情だけ説明して、帰っちゃいました……」

 横島は、仕事の内容に関して、ピートに尋ねた。
 どうも他のメンツが頼りにならないのである。
 おキヌは、横島の腕から離れない。まるでダッコちゃん人形のようだ。さすがにぶら下がっているわけではないが。
 そして、愛子とタイガーは、横で寸劇を繰り広げている。

「ああ、タイガークン!!
 友達はみんなカノジョ持ち……
 そして自分だけが独り者。
 つい寂しさから、同じ役職の
 余った女のコに恋をしてしまう!
 ……これも青春よね!!」
「愛子さんは『女のコ』じゃないですケン!!」


___________


「これですよ、横島さん!」

 ピートが指し示したのは、階段の途中に掛けられた一枚の鏡。

「……なんでこんなところに鏡があるんだ?」
「わかりません。
 いつからあるのか、それすら不明です」

 曲がり角で見通しが悪いというわけでもない。不思議な配置だった。そして、今、その鏡の前には、一足の靴が置いてあった。

「昨日の夜、一人の女生徒が遅くまで学校に残り……
 そのまま消えてしまったらしいんです。
 ここに靴だけ残して……」

 彼女を探し出すこと。これが依頼である。
 どうやら、すでに警察にも連絡がいっているらしい。だが、学校側では、オカルトがらみの行方不明事件である可能性を考え、自分たちで解決したいと思っていた。それならば、こんな放課後に非公式な除霊委員に頼むのではなく、サッサとGSに正式な依頼をするべきなのだが……。

「あいつら……俺たちならタダで済むと思って!」
「横島さん……信頼されてるってことにしませんか?」

 美神除霊事務所で働く横島と、オカルトGメンを目指すピート。二人は、それぞれの受け取りかたをする。
 一方、ピートの説明を聞いて、

「そういえば聞いたことがあります……」

 と口を開いたのはおキヌである。
 彼女は、もはや横島の腕に抱きついてはいない。ピタッと寄り添ってはいるが、いちゃいちゃオーラは全く無かった。

「鏡の前の靴……!
 オリジナルでは小学校のはずですけど……
 これ……『異界の鏡』ですよね?
 夜になると鏡の中に別世界が見えるようになって、
 その中に取り込まれてしまう。そして……。
 いつのまにか鏡は消えてしまい、もう戻れない」 

 おキヌは、別に女性週刊誌ばかり読んでいるわけではない。他の雑誌や流行の小説など、色々読んでいるのだ。そして、週刊誌などの片隅には、嘘かホントかわからぬオカルト話も書かれていた。

「さすがね、おキヌちゃん!
 あんまりメジャーじゃないけど、これも、
 『学校の怪談』とか『学校の七不思議』とかの一つね」

 真面目な表情で、愛子が賛同する。
 いつもの青春マニアとは少し違う口調を感じ、横島が反応した。

「おい、愛子……。
 これも、いつぞやのメゾピアノみたいに
 おまえの仲間か? なんか知ってんのか……?」
「いっしょにして欲しくないけど……」

 顔をしかめながら、愛子が説明する。
 人界で流布されている話は、おキヌが語ったとおりである。しかし、愛子は、もっと詳しい情報を持っていた。


___________


 異界の鏡。
 その正体は、カガミッコという名前の鏡妖怪だ。
 カガミッコは、もともと、学校の女子トイレの鏡だった。ところが、女子トイレでは、時として、信じられないような悪口が飛び交う。日頃トモダチとして接しているのに、本人がいない場では、平気で陰口をたたく者がいるのだ。
 これは人間の醜悪な一面であるが、完全に清廉潔白な人間など滅多にいない。ある程度は仕方がないのだろう。
 しかし、そうした言葉とともに自然に発せられる醜い念、それが集まって妖怪となってしまった。
 だから、カガミッコは、心の汚い人間に、そいつの理想の世界を見せてやる。そして、そんな人間を丸ごと鏡の中に取り込み、その怨念を吸収して、さらに妖力をアップさせるのだ。

「……というわけで、私とは全然別なのよ?」

 と、愛子は締めくくった。


___________


「じゃあ『夜になると鏡の中に別世界』というのも、
 夜間に邪気が強まるからなんですね?
 ただそれだけの理由なら……
 別に昼間でも見える可能性はある……?」
「鋭いわね、おキヌちゃん!」

 と、女性二人が話を進めていく。
 まだ暗くなってはいないが、もう夕焼けの時間帯である。

「よし、覗いてみよう!」

 と、横島が鏡の前に立った。
 今の話から判断すると、性格はともかく、内部に異界空間を作り上げるという点では愛子と同じである。ならば、外からでは上手くコミュニケーションも取れないだろう。文珠で『伝』とかやるよりも、中に入るほうが早いと考えたのだ。

「おおっ!?
 女のコが……たくさん!!」

 横島が見た世界は、まさにハーレム。セクシーポーズの全裸美少女が、みんなして横島に色っぽい視線を投げかけ、手招きしているのだ。

「横島さんばっかり……ずるいですケンノー!!」
「おいっ!?」

 横島を突き飛ばしそうな勢いで、今度は、タイガーが鏡を覗く。

「うおーっ!?
 ほんとジャー!!
 妙齢のおなごが……たくさんおるケン!!」
「こら、俺が見てたんだぞ!?」

 興奮する男二人の背中に、愛子が一言投げかけた。

「……説明聞いてた? こいつは、
 『心の汚い人間に、そいつの理想の世界を見せてやる』のよ?」


___________


 ピシッ!!

 二人の男が硬直する。
 タイガーは固まっているが、横島は、ギギギッと首を回した。

「……お、おキヌちゃん!?」

 横島にとって、愛子の言葉など、どうでもよかった。
 彼は気付いたのだ。今、問題なのは愛妻だということに。

「言いわけしていいかな……!?」
「なんでしょう、横島さん!?」

 おキヌは笑っている。しかし、それは表情だけだ。本心が逆であることは、その場の誰でも理解できた。
 空気が冷たいのだ。
 
「女のコって……女の『子』だよ?
 ほら、まりとか、かおりとか!
 俺たちの女の『子』みたいな……!
 ……もっと子供欲しいなあって思ってさあ!?」

 横島、必死の弁明。

(嘘だ! どーみても嘘だ!!)

 と思う一同だったが、その瞬間、場の雰囲気がポワーッとあたたかくなった。
 一人だけ、信じてしまった者がいたのである。

「横島さん……」

 ウットリとした口調でつぶやいたおキヌは、彼に近寄って、そっと耳打ちした。

「横島さんが、そこまで言うのなら……。
 じゃあ……今晩、頑張りましょうか?」


___________


 そして、皆の注意が横島とおキヌに向いているうちに。
 いつのまにかタイガーが姿を消していた。

「……影が薄いにもほどがあるぞ!?」
「そういう問題じゃないですよ、横島さん!」

 ピートのツッコミの後ろで、愛子の表情が変わった。

「まずいわ!
 あいつ……彼の精神感応力を
 利用する気じゃないかしら!?」

 タイガーを取り込めば、全体的な妖力だけでなく、鏡の中の幻を見せる能力もアップするかもしれない。
 それがカガミッコの狙いだと愛子は考えたのだ。

「後を追うぞ!」

 慌てて鏡を覗き込んだ横島だが、もはや何も見えない。
 それどころか、鏡そのものがボンヤリし始めた。
 タイガーを獲得したことで、ここは十分と判断し、逃げるつもりらしい。

「おい、愛子!
 おまえの妖怪仲間だろ!?
 なんとかならんのか!?」
「……だから!
 仲間じゃないってば!!」


___________


「ここは……!? ワッシは……」

 ふと気が付くと、タイガーは、見知らぬ部屋にいた。しかも、ベッドの上に座っている。そして、一人の美女が、背中に抱きついてきた。

(……この匂いは!!)

 振り返るまでもなく、タイガーには、美女の正体が分かった。
 仕事の上での上司でもあり、GSとしての師匠でもあり、そして、危険な能力を封印してくれた恩人でもある女性。
 小笠原エミである。

「フーッ」

 エミは、タイガーの耳元に息を吹きかける。

「おたく……いつになったら私の気持ちに気づくワケ!?」
「エ……エミさん!?」
「ヤキモチやいて欲しくて……
 ピートまで当て馬にしてるのに……」

 彼女の胸の感触が、タイガーの背中にハッキリと伝わってくる。
 興奮したタイガーは、体を反転させて、ガバッと抱きついた。
 そのとき、別の美女が二人の間に割り込む。

「……私もいいかしら?
 なんてったって、横島クンが
 おキヌちゃんとくっついちゃったからさあ……」

 美神令子である。

「今までアイツに奉仕させてた分、
 誰かにやってもらわないとね……」

 艶かしい目付きと甘い声で、美神が迫る。
 タイガーにも分かった。美神の言う『奉仕』とは、丁稚奉公の意味ではない!
 それを裏付ける言葉が、彼女の口から続く。

「このままじゃ……
 体が火照ってたまらないのよ!
 ……お願い出来るかしら?」
「と、当然ですケン!!」

 左手でエミを抱きかかえたまま、タイガーは、右腕を美神へと伸ばした。

「ついに……ついにワッシの時代がきたんジャー!!
 ワッシが……ワッシが『両手に花』だなんて!!」

 咆哮するタイガーに、さらに別の女性が声をかける。

「ああ〜〜!! ずるい〜〜!
 エミちゃんと〜〜令子ちゃんばっかり〜〜!
 私の相手もお願い〜〜!!」

 今度は六道冥子だ。

「前に〜〜私の影の中に入ってもらった時〜〜
 タイガークンが〜〜体の中に入って来たみたいで〜〜
 とっても〜〜とっても気持ちよかったの〜〜!!
 また入って欲しいな〜〜」

 これは、タイガーとしては、あまり嬉しくない提案だ。一時期、式神の代わりに冥子の影の中で暮らしたことがあったが、なかなか出してもらえず、ひもじい思いまでしたのだ。

「大丈夫〜〜!!
 今度は〜〜ちゃんと面倒見るから〜〜。
 お風呂もいっしょで〜〜」
「お、お風呂っ!? いっしょっ!?」

 タイガーの頭に、全裸でイチャイチャする二人の絵が浮かぶ。

「ごはんは〜〜口移しで〜〜
 食べさせてあげる〜〜!!」
「く、口移し!?」
「今は口の中〜〜空っぽだけど〜〜
 練習だけしてもいいかな〜〜!?
 あ〜〜ん!!」

 と、冥子が、ゆっくりと唇を突き出す。
 それがタイガーに届きそうになった時。

 ドカッ! ドカドカッ!!

 幻ではない人たちが、タイガーの頭の上に落ちてきた。


___________


「うまくいったわね」

 倒れ込んだタイガーをクッションにして、立ちあがる愛子。今の彼女は、机なしという珍しい状況である。
 机は、この世界との出入り口として、外界に置いてきたのだった。
 カガミッコの異界空間は、本来、一人一人独立している。タイガーの夢世界に皆が入ることなど、普通は不可能なのだ。しかし、愛子の机による異界空間と無理矢理つなげることで、入り込めたのだった。もちろん、タイガーの世界ならば霊波を頼りに探し出せたというのも、理由の一つである。

「タイガー……これがおまえの理想の世界か?」

 横島がからかう。ピートもおキヌも苦笑している。
 なにしろ、有名女性GSの三大きれいどころが勢揃いしているのだ。
 ただし、その妄想美女三人は、タイガーとの時間を邪魔されて怒っていた。
 彼女たちは、乱入者に襲いかかる!


___________


 エミは、呪的な踊りを始めた。

「霊体撃滅波! 霊体撃滅波! 霊体撃滅波!」
「ちょっと待て!
 チャージゼロ秒で霊体撃滅波!?
 ……なんで連発出来るんだよ!?」
「横島さん!!
 これ、タイガーさんの理想のエミさんですから!!」

 泣き叫ぶ横島に、おキヌがキチンとツッコミを入れる。
 一方、美神も実物とは違った。神通棍を鞭にしての攻撃。ここまでは現実どおりなのだが……。

「コール・ミー・クイーン! コール・ミー・クイーン!」
「うわーッ!?
 美神さんが……マスクに網タイツ!?
 それより、なんで鞭があんなに長いんだ!?
 しかも先が三本に別れてるッ!?」
「横島さん!!
 きっとタイガーさんのイメージでは、
 これが美神さんの正体なんですよ!!」

 そして冥子も、どこか奇妙だ。式神を全部出したのだが、その数は、十二匹どころではない。見たこともない異様な連中がたくさん混じっている。なんと……。

「百一匹マコラちゃん〜〜大行進〜〜!」
「これ全部マコラっスか!?
 変身してるだけ……?
 いや、マコラって、
 攻撃力もそれなりにあったような気が……」
「横島さん!!
 もう私も……
 どうフォローしていいか、わかんないです〜〜!!」


___________


「エミさん!! やめてください!!」

 ピートが、エミの前に立ちはだかった。説得を試みるのだ。しかし、

「霊体撃滅波スペシャルバージョン!!」
「ええーっ!?」

 本来ならば周囲を吹き飛ばすような霊体撃滅波が、一直線に放出されて、ピートを集中して襲う。
 ピート、あっけなく撃沈。

「バカだな、ピート……。
 タイガーの妄想エミさんだぞ……!?
 おまえにやさしいわけないだろ?」

 と哀れむ横島も、実は余裕がない。彼は、美神に襲われていた。

「こらあ横島!
 私を捨てて、おキヌちゃんを選ぶなんて!!」
「いや、捨てても何も……!?
 俺のこと、さんざん拒んだのは
 美神さんのほうじゃないっスか!?」
「拒んだ……? さんざん拒んだ……?
 このバカたれーッ!!
 『イヤよイヤよも好きのうち』じゃーッ!!
 本当にイヤだったら、あそこまで……
 触らせたり覗かせたりするわけないでしょう!?
 女心の分からんやつめ! この唐変木!」
「うわーッ!?
 お許し下さい、女王様!!」

 鞭を振るう美神から、なんとか逃げ続ける横島。
 そんな二人を眺める愛子は、

「美神さんの心境……ちょっとリアルかも?
 そういう拒絶も……青春よね?」
「なんか言いましたか、愛子さん!?」

 迂闊なつぶやきを、隣のおキヌに聞き咎められてしまう。
 だが、愛子とおキヌも、それどころではなかった。

「一緒に遊びましょ〜〜!!」

 冥子と百一匹マコラに追いかけられているのだ。
 この場で安全なのは、騒動の中心で茫然と立ちすくむ男、タイガーのみである。

「そうか……!!」

 彼に目を向けて、愛子が閃く。

「逆転の発想ね。
 これ全部タイガークンの妄想なんだから……!」

 タイガーを殴って気絶させる愛子。すると、妄想美女三人もアッサリ消滅した。


___________


 突然、周囲が真っ暗になった。

「タイガーの妄想ワールドが終わったからだな?」
「横島クン!! 気をつけてね!?
 今度は横島クンの『妄想』を利用されるかもしれないわ。
 ……横島クンの心だって十分汚れてるんだから!」
「そんなことありません!
 横島さんは……子煩悩なパパです!!」

 勝手なことを口にしながらも、三人は、用心のために一カ所に集まる。
 妄想エミにやられたピートも、愛子に殴り倒されたタイガーも、ちゃんと足下に引きずってきていた。
 そんな一同の前に、ボウッと白い影が出現する。

「あれが……カガミッコ?」
「そうみたいね。
 私も会うのは初めてなんだけど……」

 それは、子供くらいの大きさだ。不安定ではあるが、人の形のようにも見える。

「あいつ、ひとの醜い心……怨念の塊なんだよな?」
「そうだけど……?」

 横島は、愛子に確認してから、おキヌに微笑みを向けた。

「じゃあ、ここは、おキヌちゃんの出番だ!!」
「……!! はい!!」

 おキヌはネクロマンサーである。
 彼女の武器であるネクロマンサーの笛も、最近では、常に持ち歩くようにしていた。
 自分の身は自分で守るというだけではない。愛する我が子が悪霊に襲われるケースも想定していたのだ。後者の意味では学校に持ち込む必要まではないのだが、それでも、習性として保持することにしていた。

 ピュリリリリッ……。

 おキヌが笛を吹き始めた。
 人の心にも染み渡る奇麗なメロディーは、怨念の塊にも通じる。
 しかも、おキヌは、その音色に自分の気持ちをのせているのだ。これこそ、ネクロマンサーである。

(つらかったでしょう?
 苦しかったでしょう?
 人間の負の部分を見せつけられて……。
 ……でもね?)

 おキヌは、笛を吹きながら、やさしい視線を投げかける。

(醜い面なんて、ほんの一面なの。
 それに、いくらでも善く変わり得るのよ?
 ほら、ここにいる横島さんを見て!)

 彼女は、チラッと横島に目を向けた。

(もともと横島さんは、
 スケベで女にだらしなかった人……)

 おキヌは、横島がしてきたセクハラをイメージする。
 初対面の女性へ飛びかかったり。
 美神の体に触ったり。
 美神のシャワーを覗いたり。
 美神に下心をうまく利用されたり。
 
「おキヌちゃん……大丈夫かしら?
 表情が険しくなったけど……」
「おいおい……なんだか、
 カガミッコも大きくなってないか?」

 愛子と横島が心配するが、大丈夫、これは前段階なのだ。
 心に湧いてきた嫉妬心を押さえつけて、おキヌは、さらに気持ちを伝える。

(でも……そんな横島さんが……今では、
 子供のことを一番に考えるパパになったのよ!?
 それに、他の女性には目もくれず、
 私のことだけを愛してくれるの〜〜!!)

 おキヌが入院中、おキヌの目の届かぬところで、横島が何を試みていたのか。そんなこと彼女は知らない。誰も敢えて妊婦の耳には入れなかった。
 語りかけた内容の真偽は、問題ではないのだ。重要なのは、その信念の強さである。
 そして、おキヌが、そう信じているからこそ。

『うっ、ううっ……』
「カガミッコが泣いているぞ!?」
「見て! 姿も薄れていくわ!!」

 人間の邪念から生まれたカガミッコは、浄化されるのだ。
 それによって、鏡の世界も消滅する……。


___________


「うわーっ!?」
「……元の世界に戻ってきた!?」

 ここは校舎の階段の踊り場である。横島たちは、外に弾き出されたのだった。ピートとタイガーも意識を回復している。
 そして、彼ら五人の他に、見知らぬ少女も一人、いっしょだった。彼女が、昨夜から行方不明だった学生らしい。
 
「あれ……!? 私……」
「事件解決みたいね……!」

 愛子が、笑顔でつぶやく。
 
「……ありがとうございました!」

 簡単に事情を聞かされた後、ペコペコお辞儀しながら帰宅する少女。
 彼女を見送る五人の中で、おキヌが、小さな疑問を口にする。

「でも……他のみなさんは!?」

 おキヌが聞いた噂話でも、愛子の説明でも、カガミッコに捕われていたのは一人ではないはずだ。心配するおキヌに、愛子が微笑みを返した。

「みんな元の時代と場所に帰ったはずよ。
 私の机の時と同じでね」
「便利ですケンノー」
「……やっぱり同類じゃないか」

 愛子は、チャチャを入れた横島に軽いゲンコツを食らわせてから、タイガーに向き直る。

「便利じゃないわよ。
 『元の時代と場所に』しか戻せないの」

 愛子の机でもカガミッコの鏡でも、引きずりこんだときの時間や空間の座標みたいなものが、その人間に染込んでいるらしい。
 これは、美神とともに時間移動をしたことのある横島には、納得しやすい理屈だった。時間を移動する際にも時空の座標をイメージする必要があり、それが出来ない美神は、時間移動能力者としては半人前なのだ。
 
「そんなようなことを
 カオスのおっさんが言ってたな」

 と、横島がフォローする。
 なお、もはや仕事も終わったということで、彼の横には、当然のようにおキヌが寄り添っていた。右手で横島の左腕にしがみつき、左手で彼の頭を撫でている。愛子に叩かれたところを軽くヒーリングしているのだろう。横島の回復力を考えれば、そんな必要もないであろうに。

「これから……ずっと
 こんな光景を見せつけられるんですカイノー?」
「仕方ないでしょうね。
 ははは……」

 タイガーは不満そうだが、ピートは苦笑している。
 おキヌが素のラブラブぶりを見せているのも、仲間の前だからであろう。二人とも、そう理解しているのだ。

「……これも青春よね!」

 四人を眺めながら、決まり文句で話をまとめたつもりの愛子だったが……。
 突然、騒ぎ出した。

「あーっ!! ない……!?
 どこ……!? 私の机はどこーっ!?」

 確かに、異界空間へ入る際に使った机、つまり愛子の本体がなくなっている。

「こんなところに置きっぱなしだったから
 ゴミだと思われて捨てられたんじゃないか?」
「横島さん……
 そんな薄情なこと言っちゃだめですよ」

 おキヌが横島を諌めるが、その声に厳しさはない。彼女は、彼の腕に抱きついたまま、顔にも満面の笑みを浮かべているくらいだった。

「愛子さんの机は僕たちで探しますから、
 お二人は先に帰っていいですよ……」

 今回あまり役に立たなかったという自覚もあり、ピートが、そう提案する。背後では、取り乱した愛子を、タイガーがなだめようとしていた。

「……そうか!?
 わりいな、ピート!
 じゃあ、まかせるわ……!!」
「みなさん、さようなら……!!」

 若い夫婦は、仲良く腕を組みながら、その場をあとにした。


___________


「ふふふ……」

 帰り道。
 隣では、愛妻が、天真爛漫な笑顔を浮かべている。
 横島も幸せなのだが、少し考えてしまう。

(おキヌちゃん……
 『今晩、頑張りましょう』って言ってたな?
 それって……そういうことなんだよな?)

 もちろん、横島も『そういうこと』は大好きだ。父親になったとて、横島は、やっぱり横島なのである。

(でもよ……おふくろが同居してるんだぜ?)

 二人がこれ以上子供を増やすことを、百合子は望まないだろう。だからといって『子作り』ではなく、単なるスケベ心だけでヤるわけにもいかない。一応、まだ高校生なのだ。それに、おキヌは、横島のようなスケベではない。

(まあ……おキヌちゃんはおキヌちゃんだからな)

 横島としては、おキヌが純情なままでいることは、むしろ嬉しい。それが彼女の魅力の一つだと思う。
 しかし、イタズラ心を出した彼は、ふと、『横島以上にスケベになったおキヌ』を想像してみた。

(俺がソノ気じゃない時でも迫ってくる!!
 それはそれでイイ……!!)

 顔がにやける横島だが、一瞬の後、その笑いもこわばる。

(そういえば……おキヌちゃんって……
 俺の『性』文珠を大量にストックしてたよな!?
 ……おキヌちゃんがスケベになったら、
 たとえ俺が枯れても……拒否権なし!?)

 おキヌに失礼な妄想をして、ちょっと恐くなる横島。
 彼の横では、そんな内心を知らぬおキヌが、無邪気に微笑んでいた。


___________


「ただいま、母さん!!」
「……ただいま、お義母さん!」

 帰宅した横島とおキヌを、複雑な表情の百合子が出迎える。

「……お客さんが来てるよ。
 『まり』と『かおり』と名乗る女子高生なんだけど……」
「……えっ!?」

 娘と同じ名前である。横島も驚いたが、おキヌは、彼以上だった。

(高校生の『まり』と『かおり』……!?
 それって……一文字さんと弓さん!?)

 逆行前の世界でおキヌの親友だった一文字魔理と弓かおり。この世界では通う高校が違ってしまったため、おキヌは、彼女たち二人と知り合うことはなかった。しかし、おキヌの心の中では、今でも大切な人物だ。だからこそ、自分達の娘にも『まり』と『かおり』と名付けたのだ。

(どうしてここに……!?
 でも、もしそうなら……嬉しい!!)

 話したいことも、たくさんある。
 その前に、まず、この世界でも仲良くなりたい。
 おキヌは、ドキドキしながら、部屋へ駆け込んでいく。

「おキヌちゃん……!?」

 横島も後を追う。
 そして……。
 二人は、『まり』と『かおり』と出会った。彼女たちは、ベビーベッドを覗き込み、双子の赤ちゃんを眺めている。

(……違う!?)

 おキヌは落胆した。
 一人は、弓かおり同様、長い髪をしている。しかし、弓かおり独特のキラキラした瞳はもっていない。
 もう一人は、一文字魔理と同じく、ショートカットだ。だが、一文字魔理のような気合いの入った髪型ではない。
 着ている制服も、六道女学院のものではなかった。良く似ているのだが、細かい部分が少し異なっている。
 さらに、顔つきも、弓や一文字とは全く似ていない。どこかで見たような面影もあるのだが、それは、むしろ……。

 ボトッ。

 おキヌの背後で、横島がカバンを落とした。おキヌよりも早く、二人の正体を悟ったのだ。

「お、おい……!? まさか……」
「なーんだ、先に気づいたのはオヤジか……。
 あたしの負けだね、賭けは……」
「ほらね!? わたくしの言ったとおりでしょう!?
 おとうさまは……おとうさまですから!!」

 ショートカットが悔しそうにつぶやき、長髪が嬉しそうに勝ち誇る。

「……え!? それじゃあ……」

 おキヌも理解した。目の前の二人が誰であるのか。
 二人は、横島とおキヌに挨拶する。

「はじめまして……!!
 この時代の……おとうさまとおかあさま!」
「かおりとあたしはさあ……
 ちょっとしたアクシデントで、
 過去へ飛ばされて来ちゃったんだ。
 そういうわけで、しばらくの間……よろしく!!」

 二人は、十数年後の娘たちだった。
 つまり、未来から、まりとかおりがやってきたのだ!



(第二話に続く)
 


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