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ニューシネマパラダイス

ウブメたちとの夏


投稿者名:UG
投稿日時:08/ 3/23

 1話完結ですが、70kb超の長い話となっています。
 読まれる方の負担を考え、2章立ての構成にさせていただきました。
 




 ―――――― ウブメたちとの夏 ――――――



 【産女の章】


 8月の太陽がようやくその姿を隠そうとする頃、街灯もまばらな夕暮れの道を一組の男女が歩いていた。
 やや微妙な緊張感を纏いながら、二人は物寂しい寺の裏手を早足に進んでいく。
 女の顔色を窺おうと、男は先程から何度も横に並ぼうとするのだが、その度に女は歩く速度を上げ男の追随を許そうとはしない。
 彼女の髪を留める水晶の髪飾りだけが、男の努力に応えるように街灯の光を僅かに反射させている。
 ほんの僅かに先を行く女からは、やや不機嫌な気配が漂っていた。
 男は若干の気まずさに苦笑を浮かべながら、左腕に巻いた腕時計に視線を落とす。
 時刻は18時30分。
 気にしていた女の門限までには、あと30分の余裕があった。

 「どうやら余裕で間に合うようだな・・・」

 「だから言ったでしょ! 軽くお茶するくらい平気だって」

 取りなすような男の言葉にも女は不機嫌さを隠さない。
 時間を気にして早々に切り上げたデート。
 過去、内緒のデート中に襲われ重傷を負ったことが、女の門限を一層厳しいものに変えてしまっていた。
 男が自分の門限を気にしてくれていることは、女も十分に理解している。
 しかし、言いようのない苛立ちが彼女の胸に去来していることも確かだった。
 そんな理不尽な女の態度に、男もつい声を荒げてしまう。

 「こんな裏道があるなんて知らなかったんだよ! 俺はいつも・・・っと」

 何か口を滑らせそうになったのか、男は慌てたように口を噤む。
 男にとって幸運だったのは、言葉を詰まらせても不自然ではない状況が目の前に生じてくれたことだろう。
 彼の目の前に、不自然な程に密集した雑霊が浮かび上がってくる。
 男は幸いとばかりに右手を霊力で覆うと、蜘蛛の巣を祓うように茂みから現れた雑霊を切り裂いた。
 その技の名は魔装術。男―――伊達雪之丞の得意技だった。

 「地元の人は通らないだけで駅からはこっちの方が近いのッ!」

 雪之丞が纏った霊気に反応したのか、茂みに隠れた雑霊が蜘蛛の子を散らすように一斉に飛び立つ。
 それを祓おうと、女もまたその手に霊力を纏った。
 魔装術に似ているがその技の術理は大きく異なる。
 変化させた宝珠を身に纏い、自身の力を増幅する技。
 水晶観音が彼女―――弓かおりの得意技だった。

 「知らなくて悪かったな! しかし、寺の裏がこんなんでいいのかよッ!!」

 「ウチが集めてあげてるから他に出ないんじゃない!!」

 売り言葉に買い言葉。
 弓と雪之丞は悪態をつきながら、八つ当たり気味に湧き出る雑霊を祓っていく。
 飛び立つ雑霊が二人の霊力によって次々にその姿を消していった。

 「近所迷惑だろうがッ!」

 「普通の人には見えないわよッ! せいぜい悪寒がするくらいでしょ!!」 

 「それにしても集めすぎだ!!」

 埒があかないとばかりに、全方位に向かって霊力を放出させる雪之丞。
 それに応えるように、弓もまた同じように周囲に向けて霊力を放出する。

 「仕方ないでしょ! 朝、お弁当作ってたんだからッ!!」

 霊力を感じ取れる者のみが認識できる爆発にも似た波動が二人から迸る。
 その波動が飛び回る雑霊を一つ残らず消滅させると、周囲は静けさに包まれていた。

 「朝?・・・お前、毎朝これをやっているのか?」

 「そうよ、修行の一環として子供の頃からずっと・・・・・・毎朝5時起きでね。なによその顔は」

 弓の言葉に雪之丞が呆気にとられる。
 難易度は高くはないが、子供には時間がかかる上に、終わりの見えない辛い修行だったはずだ。
 かといって修行を休めば集められた弱い雑霊は寄り集まり、子供の手に余る存在へと姿を変えていく。
 休むことを許されない継続的な霊力の使用は、基礎となる霊力を十分に練り上げることを目的としているのだろう。
 その修行には、娘を跡取りとして育てようとする親の覚悟が窺えた。

 「毎日の修行を休んでまで・・・・・・気を遣わせてすまない。本当に美味かった」

 予想以上の感謝を示した雪之丞に弓の顔に赤みが差す。

 「いいのよ、次の日大変だけど、六道に入学してからはたまに休むこともあったし。それに、この前のお弁当、結局うやむやになっちゃったからね・・・・・・あ」

 前のデートの際に何か気まずい思い出でもあるのか、二人は顔を赤らめ困ったような顔をする。
 しばしの沈黙の後、雪之丞の頭からその思い出を追い払いたいのか、弓は誤魔化すように口を開いた。

 「あの、ホラ、GWからずっと香港で修行だったでしょ! 日本の味が恋しいんじゃないかと思って」

 「ああ、本当にずっと恋しかった」

 「え・・・?」

 主語が曖昧な言葉に高まる胸の鼓動。
 しかし、そのことを聞き返す時間は弓には残されていない。
 選択した近道は、既に二人を彼女の家の門近くまで辿り着かせていた。
 二人は残された時間で取り得る最良のコミュニケーションを選択する。
 既に何度目かの、しかし未だその先には進んでいかない唇が触れ合うだけのキス。

 「ウチ・・・寄ってく? お茶飲みそこなっちゃったし・・・」

 数秒間のキスの後、弓は遠慮がちに家族に会う気はあるか問いかける。
 その問いかけに応える勇気は雪之丞にはまだなかった。

 「いや、それはまたの機会に・・・」

 彼は弓の実家である寺の門構えに言いようのないプレッシャーを感じていた。
 それは資産としての家という意味ではない。
 先程聞かされた幼い頃からの修行のことが思い出される。
 彼女を大切に、しかし甘やかすことなく厳格に育ててきた彼女の家族。
 その家庭にとって自分は明らかに異質な存在だろう。


 ―――根無し草のお前に娘は不釣り合いだ。


 未だ会ったことのない弓の父親に、そう言われているような錯覚を雪之丞は感じていた。
 そんな彼の気持ちを理解したのか弓もそれ以上の誘いを口にしない。
 家族という単位への遠慮。
 彼女は雪之丞が常に門限を気にかけることや、修行を休んだことへの反応にその気持ちを読み取っていた。
 そして、先程自分が感じていた苛立ちの理由も。

 「そう・・・今日は楽しかった。またね」

 「ああ、また今度」

 最後に軽く唇を触れ合わせると、雪之丞は足早に弓の家から走り去っていく。
 その後ろ姿を見送る弓は、大きな鳥の羽ばたきを耳にした。

 「鳥? それにこの匂い・・・ミルク?」

 濃密なミルクのような匂いと共に、鳥の鳴き声が風に運ばれてきていた。
 その鳴き声は弓にはこう聞こえている。

 ヲバレゥ―――と






 その日の晩
 不意に感じた寝苦しさに弓かおりは寝返りをうった。
 普段は気にしない目覚まし時計の音が妙に耳に触り、彼女は薄目で現在の時間を確認する。
 時刻は午前4時。
 日課としている雑霊の駆除には早すぎる時間。
 二度寝も考えたが、じっとりとかいた寝汗が再び目を閉じるのを止めさせていた。
 室内には妙に息苦しい空気が充満している。
 エアコンの風が好きではない彼女は、そのリモコンに手を伸ばそうとはしない。
 寺故の広大な敷地はヒートアイランドの影響も少なく、エアコンの使用を最小限にとどめていられる。
 窓を開ければ明け方の涼やかな空気が入ってくるだろう。
 そう思った彼女はベッドを抜け出すと窓辺へと歩いていった。


 ―――誰!?


 カーテンを開け窓の鍵に手をかけたとき、弓は裏手の道に立った人影を目撃する。
 その異様さに背筋に悪寒が奔る。
 彼女は自分の全身が粟立つのを感じていた。
 裏手の道。昼間、雪之丞と通った道には一人の女が佇んでいた。
 何かを訴えるように、じっと自分を見つめる髪の長い女。
 腕に抱いている赤子は彼女の子供だろか?
 彼女のスカートに滲み出た血のような染みが、堪らない生々しさを弓に感じさせていた。

 「そんな所で何してるのッ! それにその怪我!?」 

 尋常でない女の様子に、弓は急いで窓を開け放つと大声で呼びかける。
 だが、彼女の呼びかけに女は答えようとはせず、ただ黙って弓を見続けるだけだった。


 ―――あの目、何処かで・・・


 哀しみを湛えた女の視線に弓は奇妙な既視感を覚えた。
 女の顔に見覚えはない。
 いや、正確には顔に被さる長い髪に、彼女の表情は隠されている。
 はっきりと認識できるのは前髪から覗いた自分を見つめる哀しい目。
 弓は彼女の目に確かに見覚えがあった。

 「大丈夫なのッ! 何とか言いなさいよ! あなた一体誰なのッ!?」

 思い出せないもどかしさも加わり、弓はつい語気を荒げてしまう。
 しかし、そんな弓の呼びかけにも赤子を抱いた女は答えようとしなかった。
 女はただ哀しい目で弓を見つめる。
 必死に呼びかける自分に向けられた、深い悲しみを湛えた瞳。
 大声による喉の痛みと伝わらないもどかしさに、朧気だった既視感がしっかりとした像を結ぶ。


 ―――思い出した。この目はあの時の・・・・・・


 弓の意識が記憶を掘り出したとき、彼女は自分を揺さぶる母親の声を聞いた。




 「かおりさん。かおりさん、どうしたの!?」

 両肩を揺すられ薄目を開けた弓は、心配そうに覗き込む母親と視線を合わせた。

 「え・・・、おかあさま? やっぱり、今の女の人は・・・・・・」  

 「女の人? 何寝ぼけてるんです」

 「夢? でも、今のは・・・・・・」

 弓は夢と現の区別がまだついていないとでもいうように周囲を見回す。
 窓にはカーテンが引かれ、自分はベッドに体を横たえている。
 じっとりとかいた寝汗だけが先程の自分と同じだった。

 「目覚ましが鳴っても起きて来ないから心配したんですよ。体の具合はどうです?」

 「あ、ええ、大丈夫です。でも目覚ましが鳴るまであと一時間は・・・・・・エッ!?」

 ベッドの近くに置いた目覚まし時計に、眠そうな視線を向けた弓は驚きに目を見開く。
 先程4時と確認した時計は既に5時を回っていた。

 「どうして!? 目覚ましの音なんか少しもしなかった・・・」

 「やっぱり体調が悪いんじゃないですか? 今朝のお勤めはどうします?」

 「大丈夫です。少し寝ぼけていたみたい・・・・・・」

 弓はベッドから抜け出すと、窓のカーテンを一気に開ける。
 早朝の日差しが眩しく部屋に差し込んで来た。


 ―――良かった。あの女の人も夢だったみたい。


 昨夜女が佇んでいた通りには、人影は見あたらなかった。
 ほっとしたように息を吐き出すと、弓は毎朝の修行に使う衣装に着替え始める。
 そんな娘の姿を、彼女の母親は複雑な目で眺めていた。

 「かおりさんには、苦労かけるわね」

 「苦労? どうして?」

 母親の真意がまるで分からないとでもいうように弓は目を丸くする。
 それは母親に対しての彼女なりの気遣いだった。


 『おかあさまのばかー!』


 弓の脳裏に子供の頃の記憶がフラッシュバックする。
 目に涙を浮かべ、激しく母をなじる自分の姿が弓の胸を締め付けていた。
 修行に明け暮れた子供時代。
 彼女は一度だけ母親に修行の辛さを訴えたことがあった。
 もう嫌だ、弟が出来ればこんな苦労から解放されるのに、どうして弟を産んでくれないのかと。
 その時に母親が浮かべた哀しげな表情を弓は思い出している。
 夢で見た女の存在が、しばらく忘れていた後悔の記憶を呼び覚ましていた。

 「おかあさま。私、今、幸せよ。だから気にしないで・・・・・・あ、それと!」

 そそくさと表に走り出そうとした弓は、最後に母親を振り返ると何処か照れた様子で一言付け加える。

 「昨日はお料理教えてくれてありがとう。彼、美味しかったって!」

 母親の笑顔を確認すると、弓はそそくさと雑霊の駆除に出かけていく。
 終える頃には母親は朝食の支度を終えていることだろう。
 修行を開始した時よりずっと、弓の母親は彼女より早く起き、朝食の支度にとりかかっている。
 弓は自分を包む親の愛情に気付けるようになっていた。







 「え〜、と、いうわけでぇ〜。あ、そうそう、その極みの先には三つの扉があってね〜・・・・・・」

 六道女学園講堂
 理事長の講話が始まってから3分後。
 最初は整然と並び話を聞いていた霊能科の生徒たちであったが、この頃になるとちょろちょろと頭を動かす者も現れ始めている。
 実は耐久力を試されているのはないかと噂される理事長の講話は、開始後3分で既に迷走の度合いを深めていた。
 多分、今回の話も散々迷走を繰り返した後、たいしたオチもなく終了するのだろう。
 終業式で行われた、延々と同じ話を繰り返した後、理解不能な終わり方をした精霊信仰についての講話はみんなの記憶に新しい。

 「全く、折角の夏休みだって言うのに、何で登校日なんてあんのかねー」

 夏休みに入り、相当だらけた生活をしていたのだろう。
 早速集中力を切らした魔理が、見事なまでの大あくびを見せながら前に立つ弓に話しかける。
 整列の形態は名前順のクラス一列。
 クラス委員の弓は一文字魔理の前、つまりクラス最前列が定位置となっていた。

 「先生方の給料日という噂はあるけどね・・・」

 弓は後ろを振り返らず必要最低限の発声で魔理の悪態に答えた。
 いち早く講堂の後ろの方に避難しているらしく周囲に教員の姿は無い。
 壇上にチラリと視線を向けるが、理事長は生徒の反応など我関せずとばかりに熱弁を振るっている。
 よほど逸脱した無駄話でなければ注意は受けなかった。

 「マジかよ! そんなモンの為に貴重な夏休みを!!」

 「声が大きい! あくまで噂よ」

 振り向かそうと肩にかけてきた魔理の右手を、弓は素っ気なく振り払う。
 以前なら喧嘩に発展しそうな光景だったが、ただのじゃれ合いだと周囲も理解しているのだろう。
 近くにいる生徒たちは、楽しそうに二人のやりとりを眺めていた。

 「でも、お前も我慢強いよな・・・・・・」

 「クラス委員が率先して列を崩せる訳ないでしょ」

 「いや、男の話。昨日、香港から帰ってきたんだろ? アタシだったら登校日なんてさぼっちゃうけど・・・」

 「何でアナタがそれを!」

 デリカシーのない親友が口にした話題に、弓は慌てて振り返った。
 周囲に立つ女生徒の耳は、ダンボの様に広がり二人の会話に向けられている。
 しかし、弓にはそんなことを気にする余裕は無かった。

 「!・・・」

 後ろを振り返った弓の目は、一点を見据えたまま動かすことが出来ない。
 蒸し暑い講堂の中にもかかわらず、夏服から覗かせた腕には鳥肌が立っている。
 彼女の視線の先には、今朝、夢で見た女が佇んでいた。

 「オイ! どうしたんだ急に!! 顔が真っ青じゃないか」

 心配そうに覗き込んできた魔理の顔に、子を抱いた女の姿が遮られる。
 途切れた緊張に、弓はようやく言葉を発することが出来た。

 「あ、あそこ・・・」

 「ん!? 隣のクラスのヤツがどうかしたか?」

 振り返った魔理の動きに再び隣の列が目に入る。
 しかし、そこに女の姿は見えなくなっていた。

 「ごめんなさい・・・目の錯覚だったみたい。寝不足かしら」

 「寝不足う!!」

 意味深な魔理の笑顔に周囲にもざわめきが広がっていくが、目頭を押さえた弓は自分への注目に気がつかない。
 流石に見かねたのか出席簿片手の鬼道が列に近寄ってきた。

 「コラ、お前たち・・・・・・」

 「すみません。弓が気分悪いっていうんで保健室連れてきます!!」

 折角手に入れた講話を抜け出す方便と興味津々な話題。
 それを逃す手はないとばかりに、魔理は弓の手をとってそそくさと列を抜け出す。
 クラスで唯一と言えるほど話に集中していたおキヌは、そんな二人の動きに気付かなかった。







 「京子先生! 急患を連れてきました!!」

 保健室に来慣れているらしく、勢いよく入室した魔理は弓を長椅子に座らせると、養護教諭の指示をまたずに来室カードに必要事項を記入しはじめる。
 そんな魔理の様子に苦笑しつつ、白衣姿の妙齢の女性は書類整理を中断し二人の元へと歩み寄った。
 実習等で怪我をする機会の多い六道では、殆どの生徒が保健室の世話になっている。
 その中でも、喧嘩の生傷が絶えず、しかも入学当初は不適応気味だった魔理は保健室の常連だった。

 「最近来ないと思ったら、今日はつきそい?」

 「ああ、親友が気分が悪いとあっちゃほっとけないでしょ! それに寝不足の原因も聞きたいし・・・」

 妙に親父じみた笑いを浮かべた魔理は、クーラーの効いた室内の空気を満喫しようと長いスカートの裾をパタパタと動かす。
 京子と呼ばれた養護教諭は別段その仕草を注意しようともせず、弓の額や首筋に手の平を当てていく。

 「熱は無いみたいね。でも、少し様子を見た方がいいかな・・・」

 京子の手から流れ込んでくる霊力に、弓は自分の緊張がほぐれていくのを感じていた。
 体調管理が万全なことや、実習時に怪我をしたことが無いため保健室に来ることは無かったが、養護の先生がヒーリング能力者であるという噂は聞いていた。
 軽い驚きの表情で見上げた弓に微笑みかけると、京子は弓から手を離し付き添いを決め込む気満々の魔理を振り返った。

 「一文字さんご苦労様。もう講話に戻っていいわよ」

 「へ? い、いや、弓が心配なんでもう少しここに・・・」

 「ダメよ・・・若いウチの苦労はみんなで分かち合わなきゃ」

 「ズリィ! 自分たちだけでクーラーの効いた部屋でクソ詰まらない話から解放されるなんて」

 クスリと笑った京子に魔理が食ってかかる。
 余程魔理はこの養護教員を信頼しているのだろう。
 どこか甘えるような悪態に、弓は意外そうな顔で二人の会話を聞いていた。

 「私はいいのよ、もうおばさんだし」

 「そんなこと自分じゃ微塵も思っていないクセに!」

 「あら、アリガト。ソレ私が若いってことよね。この間の文化祭の書類提出を待ってあげたお礼かしら?」

 京子がしれっと口にした話題に、魔理はしまったという顔をする。
 恐る恐る弓に視線を向けると、一年の頃を思い出す冷たい視線が自分を見つめていた。
 二年に進級した魔理は、お祭り好きの印象から文化祭のクラス代表を引き受けさせられている。
 会計や雑多な業務はクラス委員である弓や、副代表であるおキヌが手伝ってはいたが、申請書類の提出は魔理の責任だった。

 「・・・それって文化祭の食品販売申請書のことですか?」

 「ええ、私が判を押し、保健所の指導を仰がないと食品販売が許可されない大切な書類」

 口元を引きつらせた弓の質問に、京子は妙に説明的な受け答えをする。
 彼女の視界の隅では、そろりそろりと魔理が逃走の姿勢をとっていた。

 「私たちが手伝って期日には間に合った筈ですけど・・・」

 「まあ、そうなの? 一文字さん! じゃぁなんで一週間も・・・・・・」


 バタン!


 わざとらしく確認しようとした京子の言葉は、急いで閉められたドアによって遮られる。
 走り去る上履きの音に口元を緩めると、京子はようやく本題に入れるとばかりに弓に話しかけた。

 「たしか、アナタはここに来るの初めてよね? 弓かおりさん」

 「どうして私の名前を・・・」

 初対面にもかかわらずフルネームを呼ばれ、弓は不思議そうな顔をする。
 先程魔理が書いた来室カードに京子はまだ目を通していなかった。

 「保健室の先生って、色んな相談を聞いたり噂話を良く耳にするからね。会ったこと無い子でもよく知った気になっちゃうの・・・・・・その中でも弓さんは特別。一文字さんはホラ、直接話してみるとまんまな子だってすぐ分かるし」

 京子は記録ノートに来室者カードを転記しながら雑談に興じはじめた。

 「アナタ有名だもの。今年になってからは特に・・・・・・知ってた? 自分が新入生に凄い人気なの」

 「知りません。そんなコト」

 本当に興味無さそうな表情。
 プライドに凝り固まり、人目を気にしていた去年の弓とは確かに違っていた。

 「エリート面した嫌なヤツとかでしょ、私に関する噂なんて」

 「さあ、どうかしら? 守秘義務は守らないと」

 自分から持ちかけておいた話をさらっと流した京子に、弓は信じられないといった顔をする。
 しかし、彼女は気づいていない。
 いつの間にか自分が同年代の子と話すように会話していることを。

 「でも、ある時期を境に噂の内容が変化してきたのは事実。そう、去年、転校生が来た辺りから・・・」

 転校生とはおキヌのことだろう。
 自分に大きな変化をもたらした友人を思い、弓の顔に柔らかな笑顔が浮かんだ。

 「確かに氷室さんの影響は大きいでしょうね。あの子と出会って色んなことが変わっていったから」

 「いい笑顔ね。さっきの一文字さんもそう・・・校外で喧嘩してよく絆創膏貰いに来ていた頃は、彼女もそんな風に笑わなかった。いい友だちを持てて幸せねアナタ」

 「ええ、幸せよ。とっても」

 素直に肯いた弓に、京子もつい笑みを浮かべてしまった。

 「素敵よアナタ。小数ながら一年生が弓派、美神派に分かれるのもわかる・・・去年の噂からじゃとても想像出来なかったけど」

 「私が美神おねえさまと・・・」

 「さて、その弓おねーさまがどうしたの? 一文字さんは寝不足からくる体調不良って言ってたけど」

 憧れだった美神と同列に扱われ舞い上がる心。
 おだてと分かっていながらも、饒舌になった弓は昨晩の出来事を話し始める。
 不思議なことに弓は、会ったばかりの京子に自分の身に起こっていることを聞いて欲しいと思っていた。

 「最初に見たのは夢の中でした・・・・・・」

 弓はかいつまんで昨晩起こった出来事を説明し始める。
 夢の中で出会った哀しい目をした女。
 その姿を集会の途中でも弓は目撃している。
 深層心理の見せる幻とすればそれが何の意味を持つのか?
 また、心霊現象とした場合、あの女は自分に何を伝えたかったのか?
 弓は今朝方より感じていた胸のつかえを京子に打ち明けていた。

 「凄く興味深い話ね。もし、アナタが見たのが夢でも錯覚でもなく、心霊現象だったと仮定して・・・弓さん。アナタ産女(うぶめ)っていう妖怪知ってる?」

 弓の話を最後まで聞いた京子は、ノートPCを開くとオカルトGメンが公開しているデータベースへと接続する。
 六道女子に雇われている以上、京子も普通の養護教諭では無かった。
 名称による検索を行うと、画面には江戸中期に描かれた女の図画と共にそれに伴う情報が映し出される。
 産女―――弓が目撃した赤子を抱いた女は、そう呼ばれる存在だったらしい。








 ノートPCに映し出されたデータを弓は食い入るように見つめていた。

 「産女(うぶめ)。妊婦の妖怪。難産で死んだ女の霊・・・・・・」

 「これは、外部に向けた簡略化されたデータだけどね。どう? これに似ていなかった?」

 「腰巻きがスカートに変わっている以外は殆ど同じです・・・でも、妖怪だったらなぜみんな気付かないんです? 」

 「多分、ここが女子校だから・・・・・・」

 「え?」

 「妊娠は子を孕むと同時に様々なモノを孕むと言われているの。そして妊婦は無事に出産することによって胎児と様々なモノを切り離す・・・うまく切り離されなかったソレは穢れや渾沌の象徴となるって。だから、こう考えられないかしら? 妊娠に纏わる無念が集まり産女になるとすれば、女は誰でも産女になる可能性がある。だとすれば、女にとって産女は特別な存在にはなりえない・・・と」

 「それってあの中に・・・」

 産女になる可能性とは妊娠し出産に失敗することだろう。
 あの時見た六道の生徒に、その可能性を持つ女生徒がいたと言うことなのか?
 問いかけるような弓の視線に京子は小さく肯く。

 「その可能性も十分に考えられると言うこと・・・・・・でも、私が気になったのは、何故、産女が弓さんだけに姿を見せたのか? 思い当たる点はない?」

 「思い当たる点・・・」

 弓の脳裏に過去の光景がフラッシュバックする。

 『おかあさまのばかー!』

 自分の言葉が浮かばせた母親の哀しい目。
 弓の胸に今朝方思い出した後悔の念が湧き上がってくる。
 産女という存在を知り、弓の中で女の哀しい瞳と記憶の中に残る母の瞳が、なお一層強く結びつく。
 それが引き金となり、弓の脳裏に酒に酔った親戚の姿が浮かび上がった。

 『かおりちゃん頑張ってな! お母さん、男の跡継ぎが産めなくなって大変なんだから』

 弓式除霊術の後継者を披露する宴席で聞いた、悪酔いした分家筋が口にした言葉。
 当時はただの励ましだと思っていた言葉を思いだし、弓は何かに耐えるようにきつく目を閉じる。
 一つの記憶が切っ掛けになり、奥底に眠っていた記憶の断片が、次々と弓の脳裏に浮かんできていた。

 『そんなに本家が大切かねぇ・・・一人娘にあんなに辛い修行をさせて』

 『女の子に継承は無理だろ』

 『代わりに誰かいい人をって話はどうなったんだ?』

 あの日、庭の片隅で聞いた子供の自分には意味が分からなかった陰口。
 その一つ一つがパズルのピースとなり、弓の心に今まで考えもしなかった事実を浮かび上がらす。
 娘の自分に正当後継者を名乗らせた父の心情と、それを黙って見守るしかなかった母の苦悩を。


 ―――あの産女は母なのかも知れない


 しかし、それを口にすることは弓には出来なかった。

 「特に・・・特に思い当たることは」

 「そう、じゃあもう一つの方の可能性を考えましょうか」

 弓の表情から深入りは出来ないと悟ったのか、京子はそれ以上の追求は避けることにする。
 彼女は弓の見た女について、最初に否定した心霊現象以外の可能性について口にした。

 「ちゃんと生理来てる?」

 「なっ!」

 予想外だった質問に、弓は長椅子から立ち上がると声を荒げた。

 「ソッチにも思い当たる点はありませんッ!!」

 「そう、じゃあ、不安を感じる無意識下で起こった幻覚というセンも消してと・・・ひょっとして怒った?」

 「当たり前でしょ! そんな不躾な質問!!」

 顔を真っ赤にして怒る弓の反応に、厳格すぎる家庭で育った娘特有の脆さを感じた京子はヤレヤレとばかりに首を振る。

 「とっても大切なことだから目を背けちゃいけないことでもあるの! もし出来ちゃっても独りで悩まない、必ず相手の男に伝えて一緒に悩ませる。相手の男が酷いヤツだったら、誰か親身になって心配してくれる人でもいい。それが出来るだけで救われる娘がいるってことも分かって頂戴」

 「え、それはまあ・・・」

 京子の言葉に養護教諭としての誇りを感じたのか、弓の顔から強ばりが溶けていく。
 今の質問が下世話な興味から来たものでないことを弓は理解していた。

 「まあ、私が不躾に聞いちゃうのは職業病だけどね。見たのが鳥のほうだったら今みたいな心配はしなかったんだけど・・・・・・」

 「鳥? それが産女と何の関係が」

 「ああ、もう一つウブメがいるのよ。こっちはコカクチョウって書くんだけどね」

 「もう一つのウブメ?」

 「そう、姑獲鳥(うぶめ)。中国原産の妖怪だけどね。これも日本と同じく死んだ妊婦が変じたものと伝えられているの。違う点は・・・・・・」

 京子が口にした名前で検索を始めと、数秒も待たずに画面に鳥の姿が描かれた図画が表示される。
 いや、正確に言えば鳥ではない。
 鳥の体に女の顔。更にその妖鳥は豊かな女の胸も持っていた。

 【姑獲鳥】
 中国の荊州で多く目撃。
 夏の夜に飛び人を害する。
 雌しかおらず、よく人の魂魄を食す。
 好んで人の子を掠い 我が子と思った子の服に血や乳で印をつける。
         ・
         ・
         ・



 「これが姑獲鳥・・・」

 中国、夏の夜、そして濃密なミルクの匂い。
 簡略化されたデータにもかかわらず、あまりにも多い類似点に弓は擦れた声で鳥妖の名を呟く。
 昨晩、雪之丞と別れた後に聞こえた羽ばたきと、聞き慣れない鳥の鳴き声が思い出されていた。
 ざわざわと湧き上がる不安。そんな弓の不安に応えるように、制服のポケットに入れておいた携帯が振動する。

 「! すみません、携帯が・・・」

 「ここで出ていいわよ。急ぎの連絡だったらまずいし」

 保健室を退室しようとした弓を京子は保健室にとどめる。
 本来は講演に持ち込み禁止なのだが、マナーモードにしておけばそれ程うるさくは注意されなかった。

 「弓かおりさんの携帯ですか?」

 「はい・・・そうですが」

 独特の緊迫感を漂わせた相手の声に、弓は震えた声で答える。

 「私、東都大学付属病院で看護師をしております出内という者ですが、伊達雪之丞さんのことでお話が・・・」

 携帯から聞こえてきた声は弓の心臓を鷲掴みにしていた。  
  









 


 東都大学付属病院はタクシーで30分程の距離にあった。
 救急外来用の受付を済ませ、指示された病棟へ足早に向かうとナースセンターが騒然としている。
 弓は湧き上がる不安を無理に押さえつけながら、慌ただしく駆け回る看護師たちに声をかけた。

 「すみません。今朝運び込まれた伊達雪之丞の身内ですが・・・・・・」

 弓の声に、慌ただしく動き回っていた看護師たちが一斉に振り返り、少し困ったような顔をした。
 病院の看護師から、雪之丞が意識不明で運び込まれたという知らせを受けた弓は、すぐに早退し病院に駆けつけている。
 振り向いた看護師の一人は制服姿の弓に一瞬考え込むものの、連絡メモに目を走らせ患者の情報を確認する。 

 「弓さん・・・でしょうか?」

 「はい、先程携帯に連絡をいただいた弓です」

 「どなたか他に見えられた方はいらっしゃいませんか? 伊達さんの御両親とか、成人している身内の方とか・・・・・・」

 未成年、それもガールフレンドらしき女子高生に処置の判断をさせるわけにはいかなかった。
 雪之丞が身につけていた携帯電話から連絡をとったのだが、担当したナースのメモでは無事に連絡がついたと書かれている。
 弓と共に来ているであろう大人の存在を、そのナースは確認しようとしていた。

 「伊達雪之丞君に身内はいないそうです」

 早足の弓に遅れること数秒。
 ナースセンターにたどり着いた京子は、弓に代わって雪之丞の家族構成を説明した。
 連絡を受けた瞬間は取り乱し、京子に対応を助けて貰った弓だったが、今では完全に自分を取り戻している。
 京子が口を挟んだのは説明責任を果たす上で、先方が大人の存在を必要としていると判断したためだった。
 それを可能とするだけの雪之丞についての情報は、弓を落ち着かせる為に行ったタクシー内の会話で得ている。

 「あの、あなたは?」

 「この子の通っている六道女学院の養護教諭で工藤京子と申します。すみません。先程は伊達君の家庭環境を知らず、連絡役を安請け合いしてしまいました」

 「ではあなたが電話の対応を・・・」

 京子の肯きに看護師は多少安堵したようだった。
 運び込まれた患者に身寄りがないことには変わりないが、ガールフレンドらしき友人の引率として医療知識のある人物がいてくれれば話が拗れにくい。
 そんな看護師の表情を読んだのか、京子は早速状況の説明を求めた。

 「今後も伊達君の知人たちへの連絡はさせていただきますが、この弓さんが一番親しい友人であることは確かです。状況の説明をしていただけますか? それにできれば早急に面会を」

 「分かりました。伊達さんは現在、脳の検査中ですので面会はそれ以降になります。まずは担当のドクターから説明を・・・」

 こう言うと看護師は、二人を家族への病状説明に使われる小部屋へと案内する。
 彼女たちにやや遅れ姿を現した中年の男性医師は、挨拶もそこそこに家族への説明用に設置されたPCを操作し、それまでの検査結果を慎重に説明し始める。
 弓と京子は、心拍数や血圧など様々な検査結果、数枚のレントゲン写真が次々と表示されていくモニターを食い入るように見つめていた。

 「・・・・・・という訳で、現在更に詳しい検査結果を待っている状態です」

 重々しい口調で医師は説明を終えると、設置されたPCモニターに表示された頭部レントゲン写真を閉じた。
 どこかたどたどしい医師の説明を、一言一句聞き漏らさないように聞いていた弓は困惑の表情を浮かべている。
 モニターに表示されたデータを読み取るだけの知識は弓には無い。
 医師の説明から理解できたことは、医学的に問題が無いにもかかわらず、雪之丞の意識が回復しないということだけだった。

 「脳にも、心臓にも、体のどこにも異常はないのに、代謝機能が回復しないと?」

 京子の質問に、医師は苦悩の表情を浮かべる。
 現在行っている脳の精密検査で何も分からなかった場合、運ばれてきた患者は健康体のまま徐々に生命活動を停止させていくことだろう。
 そして、現在の心拍数、体温の低下から推測すると、その時が訪れるのはそう遠くはないはずだった。

 「ええ、搬送されてきた当初は、毒物による中毒かと思いましたがそうでは無いようです」

 「毒物? 何かそう思われる状況だったのでしょうか?」

 「まだ、伊達さんが発見された時の状況をお聞きになっていませんか?」

 医師はちらりと同席した看護師に視線を送ったが、看護師が小さく首を振ったのを確認すると説明に使っていたマウスから手を離す。
 京子の反応に医師も何かを感じ取ったのか、搬送の受け入れ時にとったメモを確認し始めた。

 「搬送されてきた時、伊達さんの体はミルクのような液体で濡れていました。最初はそれによる中毒が疑われたのですが、検査の結果その液体はごく普通の・・・いや、ごく普通だから奇妙なのですが母乳だったのです」

 「母乳・・・」

 「何か思い当たる点でも?」 

 弓の顔色が変わったのを医師の目は見逃さない。
 病状の原因究明には患者の普段の生活や、発症までにあったであろう兆しの情報が重要だった。   
 判断を仰ぐような弓の視線を受け、京子が医師に対し口を開く。
 
 「その母乳に触れた方の体調に変化はありませんか? 例えば―――」

 質問に質問を返され、医師は怪訝な顔をする。
 今、京子が口にした症状は、運び込まれた患者にも現れていなかった。
 その症状が無辜疳という、姑獲鳥の乳や血を服につけられた子供に現れる症状であることを医師は知らない。

 「いや、特にその様な変化は・・・現に私も触れていますし。もし、伊達さんの症状がインフルエンザの特徴を備えていたら私もウイルスの可能性を重く見たのですが」

 「倒れていた伊達君の周りには鳥の羽があったのですね? それも大量に・・・」

 知らせていない情報を口にした京子に医師は戦慄する。
 少し前に医学界を震撼させたアムネジア騒動が彼の脳裏をよぎっていた。

 「まさか彼が最近海外に行っていたということは!」

 「昨日中国から帰ってきたばかりだそうです。しかし、新種のウイルスの可能性よりも聞いていただきたいことが・・・俄には信じがたい話かも知れませんが」

 慌てて席を立とうとした医師に、京子は重大な秘密を打ち明けるように姑獲鳥のことを話し始める。
 中国に存在する死んだ産婦が成ったとされる子供を掠う鳥妖の話。
 現代医学の常識からかけ離れすぎた京子の話に、医師は怒ることなく耳を傾け続けた。


 ―――この世には不思議なことなど何もない


 自分の話を聞き終えた医師の呟きに、京子は驚いたような顔をする。
 医師は京子の話を全て受け入れるつもりらしい。
 驚きに見開かれた京子の目を、医師は真っ直ぐに見つめていた。

 「最近、叔父がよく口にする言葉です。伊達さんが叔父の病院に搬送されていれば、もう少し早い対応が可能だったかも知れない。つまり、今回の症状は霊障だというのですね?」

 京子はそのときになって初めて医師のネームプレートに注目する。
 先程、彼が名乗った白井という名字が、霊障がらみの症例を数多く抱えた総合病院とようやく結びついた。
 目の前の医師は、口とは裏腹に霊能関係への理解が深い白井医院長の関係者らしい。
 京子は雪之丞がこの医師に担当された幸運に感謝した。
 
 「はい。この弓さんなら何か視えるかもしれません」 

 「分かりました。すぐに検査室に案内しましょう」

 白井は迷いの無い動作で席を立つと二人を検査室へと案内する。
 足早に違う階にある検査室を目指す白井たちを、今までとは違う緊張感が包んでいく。
 そして、MRIがある部屋への重い鉄扉をあけた時、弓は軽い驚きの声をあげていた。

 「何か視えたの? 弓さん」

 ヒーリングの能力はあるものの、京子に弓ほどの霊視能力はない。
 もし、あったとしても京子は自分には何も見えないだろうと思っていた。
 京子は未明から弓の前に現れるという産女が、何らかの意図を持っていると予想していた。

 「雪之丞の近くに産女・・・赤ちゃんを抱いた方の産女が。だけど・・・」

 「だけど何? 何か変わったことでもあったの!?」

 「赤ちゃんを私に、私に受け取って欲しそうに差し出してます」

 「やっぱり・・・・・・」

 何かを知っているような京子の呟きに、弓だけでなく白井や看護師も視線を向ける。
 京子は説明を求める弓の視線に応えるように、静かな声で産女についての伝承を話し始めた。

 「産女についての記録は、その時代や土地柄によっていくつかの類型に分けられるの。その中には中国で確認されている鳥妖の姑獲鳥と混ざったようなものから、今のように赤ちゃんを渡そうとするものまで」

 「赤ちゃんを渡されるとどうなるんですか・・・」

 「記録ではどんどんと重くなって殆どの人が投げ出してしまうそうよ。しかし、最後まで離さなかった場合は、怪力や財産など何らかの褒美を得る・・・・・・待って!!」

 一歩足を踏み出した弓を、京子は慌てたように呼び止めた。

 「確かに差し出した赤ちゃんを受け取ってあげることは必要でしょう。記録では断ると呪われるともいわれている。でも、それは弓さんがやらない方がいい・・・・・・誰か男のGSに、それも実力があり伊達君が心から信頼を寄せるGSに任せましょう」

 京子は看護師より受け取っていた雪之丞の携帯を取り出すと、無遠慮に携帯のアドレス帳を調べ始める。
 マナー違反も甚だしいが、緊急時故の特殊な措置だった。

 「どうしてです! 何故私が受け取っちゃだめなんです!?」   

 「赤ちゃんの存在が鳥妖の姑獲鳥と繋がっていた場合危険だからよ。姑獲鳥は女児を掠うと、その身にこもった穢れや混沌を与えながら育て姑獲鳥にしてしまう。赤ちゃんを抱くことによって女のあなたにどんな影響がでるか・・・・・・男のGSなら姑獲鳥を祓える。この横島君はさっき車の中で聞いた、あの横島君ね?」

 雪之丞のアドレス帳には、弓を筆頭に数名の電話番号しか登録されていない。
 京子はその中から今の状況を打開してくれる人物を捜そうとしていた。
 弓の肯きを確認すると、京子はその携帯から電話をかけるべく彼女に背を向ける。
 退室しようとドアノブに手をかけた京子は、背後から聞こえたドアの開閉音に背筋を凍らせた。
 急いで振り返った京子の目に、MRIに横たわった雪之丞に歩み寄り、何かを受け取ろうと手を伸ばす弓の姿が映る。

 「早まらないで!」

 京子の叫び声が空しく響く。
 静止しようと駆け寄った白井と看護師の腕の中に、意識を失った弓の体が崩れ落ちていった。





 






 【姑獲鳥の章】



 ―――赤ちゃんを抱くことであなたにどんな影響がでるか・・・

 京子の言葉を聞きながら、弓はガラスの向こうに立つ産女を見つめていた。
 検査機器に横たわる雪之丞の側に立つ産女は、しきりに口を動かし弓に語りかけようとしている。
 
 『この子を助けて、この子を・・・』

 その子供を抱くのは自分にしか出来ないことなのか?
 弓はその思いを込めて産女の寂しげな目を見つめる。
 彼女は何故か、かっての自分に向けられた母親の目を思い出していた。
 生まれない嫡男の代わりに、より完全な跡継ぎとしての素養を求められた幼い頃の自分。
 そんな自分に向けられた、娘に困難を背負わせながら無力である己を悲しむような母の眼差しを。

 
 ―――そう、それじゃ仕方ないわね


 胸の中でこう呟くと、弓は産女に向かいゆっくりと肯いた。
 子供の頃から何かを背負うのには慣れている。
 そして、今となってはそれは強制ではなく自分の生き方となっていた。
 それならば、これから赤子を抱くのも自分の意志なのだ。
 弓の肯きにはそのような意味が込められていた。


 ―――早まらないで!


 京子の叫びにも弓の歩みはとまらない。
 産女が差し出す赤子を抱いた瞬間、弓は自分がいつの間にか見知らぬ場所に立ちつくしていることに気がついた。

 「ここは?・・・」

 弓は入り組んだ路地裏を見回す。
 微妙に湾曲し端が見えない石畳の道の両側には、密集したコンクリートの建造物が建っている。
 上を見上げるがどこまでも伸びた建築物が上空の暗がりに消えていた。
 結界に囚われたような閉塞感に、弓はここが誰かの精神世界だということに気づく。

 「思った通り、アナタの・・・・・・!」

 右腕に抱いた赤ん坊を覗き込もうとした弓は、その瞳に映った影に戦慄する。
 その瞳には人間ほどの大きさの鳥が映っていた。

 「ケーッ!」

 弓は上空から襲いかかるかぎ爪を回避すると、空いていた左手でカウンターとなる一撃を叩き込む。
 個体としての戦闘力はそれ程無いのか、鳥妖の翼は裂け、吹き出した鮮血が弓の左手に染みを残した。

 「ヲバレゥ・・・ヲバレゥ・・・」

 襲いかかってきた鳥妖の口から漏れるのは苦痛の鳴き声、憎悪の瞳を向ける鳥妖の姿に弓は凍り付く。
 鳥の体に女の胸と顔。京子のPCで見た姑獲鳥が鮮血をしたたらせ自分を睨んでいる。
 焼け付くように痛む左手が、姑獲鳥の血が毒性を持つことを連想させていた。
 数メートルの距離を挟んで対峙した姑獲鳥をどう斃すべきか?
 少なくともこれ以上血を浴びるわけにはいかないと弓は思っていた。

 「オギャァ、オギャァ、オギャァ―――」

 弓の緊張が伝わったのか、右腕に抱いた赤ん坊が激しく泣き出した。
 それと共に周囲の景色が歪んでいき、目覚めの時に似た気配が周囲を満たし始める。
 事態の変化を感じ取った姑獲鳥は、更に苦しげな鳴き声を放つと赤茶色い血の塊のようなものをその場に産み落とす。
 そして忌々しげに弓を睨み付けてから慌てた様に上空へと飛び立っていった。

 「助かった・・・訳じゃ無さそうね」

 姑獲鳥の逃走と共に赤ん坊は泣きやみ、周囲の景色は再び元の路地裏に戻っていた。
 安堵のため息をつこうとした弓は、姑獲鳥が産み落としたものが蠢くのに気付き口元を引きつらせる。
 血の塊のようなそれは徐々に成長をはじめ、血にまみれた毛むくじゃらの存在として活動を始めようとしていた。
 それに触られると危険なことを本能的に察知し、弓は急いで逃走の姿勢に入る。
 寝息を立て始めた赤ん坊を抱き抱えたまま、彼女は突き当たりにあるドアの一つに走り寄り躊躇無くその中に飛び込んだ。




 『ママ・・・のどいたい』
 
 『少し待ちなさい。今、リンゴ摺ってあげるから』

 弓は目の前に展開した光景に立ちつくす。
 寒々とした石畳の景色から一転。
 通りに面した扉から飛び込んだのはアパートの一室。そこには慎ましくも温かい家庭的な光景があった。
 風邪でも引いているのか、子供用の布団に寝かされた5歳位の子供がキッチンに立つ母親の背を見つめている。
 弓はその子供の顔に見覚えがあった。

 「やっぱりここは雪之丞の・・・キャッ!」

 腕の中の赤ん坊が急に重さを増し、支えきれなくなった弓はその場に尻餅をついてしまう。
 彼女が腕に抱いていた赤ん坊は、いつの間にか目の前で見た風邪で寝込む子供の姿に変化していた。

 「おねーちゃん、誰?」

 「ったく、散々人に心配かけておいて、誰はないでしょ!」
  
 仰向けに倒れた自分の上から子供を退かそうと、伸ばした弓の手が不意に止まる。
 自分の左手に染み付いた姑獲鳥の血に改めて気付き、弓は不安に顔を曇らせた。

 「おねーちゃんケガしてるの?」

 「ううん、心配しなくていいわ。雪之丞君」

 名を呼ばれ不思議そうな顔をした雪之丞に作り笑顔を向けると、弓はハンカチを取り出し左手についた血を拭おうとする。
 しかしそれは痣のように深く皮膚に染みこみ、一向に拭える様子を見せなかった。

 「だいじょうぶ、ママならなおしてくれるよ」

 「意外と優しかったのね子供の頃は・・・」

 弓は自分の手を引き起こしてくれた雪之丞に笑みを浮かべる。
 目の前ではキッチンから姿を現した母親が、寝込んだままの雪之丞にすり下ろしたリンゴを食べさせている所だった。
 風邪で寝込み母親に甘える子供に、優しく看病する母親。
 部屋の中央に立つ自分たちを目の前の二人は認識していない。
 今見ている風景が雪之丞の記憶であることに弓は気付いている。
 そして、その風景に触れたことで預けられた赤ん坊が変化したことも。
 
 ベショッ・・・

 入ってきた扉の向こうから、水気をしたたらせた物体がはいずってくる気配が伝わってきた。
 弓は先程姑獲鳥から産み落とされた存在を即座に思い出す。
 その存在は自分たちを追跡させる為に生み出されたらしい。

 「行くわよ。雪之丞」

 弓は雪之丞の手をしっかりと握りしめると窓からの脱出を試みようとする。
 この場に長居するのは危険だった。

 「なんで? ボクのうちはここだよ」

 「これは夢なの。本当のあなたが見ている夢」

 弓は雪之丞を不安がらせないように、苦労して焦りの表情を押さえていた。
 記憶云々の説明は子供の雪之丞には理解できないだろう。
 弓は半ば強引に雪之丞を抱き上げ右腕に抱えると、窓から表の路地に飛び降りる。
 着地と共に再び石畳の道に戻る周囲の風景。
 迫り来る追っ手を振り切るため、弓は雪之丞を抱えたまま再び疾走を始める。
 何回か角を曲がりできるだけ先程の場所から離れると、弓は再び目についたドアに飛び込んでいった。








 『ママ・・・』

 隣に寝ていた母親を少し成長した雪之丞が揺り起こす。
 うっすらと瞼を開けた母親は、ほんの数秒、申し訳なさそうにしょげる雪之丞を見つめていた。

 『まさか・・・またやっちゃったのアナタはッ!』

 眠りを中断された母親は少し怒ったように起きあがると、すばやく雪之丞のパジャマを脱がしにかかる。
 目の前で起こった光景に、弓は慌てて抱えた雪之丞を下ろし右手で目を覆ってしまった。

 『もう一年生になったんだから、おねしょは卒業しないと!』

 脱がしたパジャマとパンツ、染みが浮かんだシーツをてきぱきと洗濯機に放り込むと、雪之丞の母親はタンスから出したパンツを雪之丞に履かせる。
 状況を察した弓が恐る恐る目を開けると、布団に潜り込んだ母親が雪之丞を自分の床に招き入れる所だった。

 『ほら、風邪引いちゃうわよ! 怒ってないからいらっしゃい』

 笑いかける母親に安心したのか、雪之丞は嬉しそうに母親の布団に潜り込んだ。

 『全く、いつまでたっても甘えん坊なんだから・・・』

 母親は布団からはみ出さないよう、雪之丞を胸にしっかりと抱き寄せる。
 自分たちを見つめる弓の視線に気付かないまま、二人はお互いの体温を感じながら微睡んでいった。

 「アナタがマザコンな理由が分かった気がするわ・・・」

 再び手を繋ごうと雪之丞に視線を向けた弓は、雪之丞が数年分成長していることに気付く。
 どうやら自分の記憶を追体験することで、産女から預けられた雪之丞は成長するらしかった。

 「どうして産女はあなたを抱えていたのかしら? ねえ、何か覚えていない?」

 弓はこう問いかけながら雪之丞に手を伸ばす。
 しかし、その手は拗ねたように背を向けた雪之丞によって空を切ってしまった。

 「あ、ひょっとして恥ずかしいの?」

 表情を覗こうと弓は雪之丞の前面に回り込もうとする。
 雪之丞はさらに体を回転させ、絶対に弓に顔を見せようとはしなかった。

 「強情なのはこの頃からなのね・・・・・・」

 頑なに弓に背を向け続けた雪之丞は耳まで真っ赤になっていた。
 数度それを繰り返した弓は呆れたように溜息をつくと、躊躇しながらも雪之丞の背中に一言だけ呟く。

 「二年生・・・・・・」

 弓の一言に興味が湧いたのか、雪之丞は体を傾けると横目で弓の方を窺う。
 彼の視線に気付いた弓は、赤らんだ顔を更に真っ赤にしていた。

 「私が最後にしちゃった年よ! これでおあいこでしょ!!」

 差し出された弓の右手を雪之丞はまじまじと見つめる。
 弓は雪之丞とともに更に先を急ごうとしていた。

 「悪かったわね・・・恥ずかしい所見ちゃって。今度からは扉に飛び込む前にあなたに確認させるから」

 「また出てっちゃうの? 僕の家はここなのに」

 「これは夢なの。雪之丞、あなたは成長しなきゃいけないみたい・・・行きましょう。ずっとついていてあげるから」

 伸ばした弓の手に、雪之丞はおずおずと手を伸ばす。
 その手が自分の手を握るのを確認してから、弓は再び石畳の路地に戻り移動をはじめた。

 「おねーちゃん。名前なんていうの?」

 自分のことを覚えていない雪之丞に弓は思わず天を仰ぐ。
 この時点までの記憶しか持たない雪之丞にとって、自分はあくまでも謎のお姉さんらしかった。

 「弓よ、弓かおり。どうあっても、アナタには成長してもらわないとね」

 弓の浮かべた苦笑の意味を雪之丞は理解できない。
 追っ手のことを考えるといちいち説明している時間は無かった。
 キョトンとする雪之丞に先を促すと、弓は更に先を目指していった。
 









 「さて、そろそろ道を変えましょうか?」

 しばらく路地裏を移動した弓は、手を繋いだままの雪之丞に声をかける。
 成長するにつれ記憶を覗かれるのに抵抗が生じるのか、雪之丞は自分からドアを開こうとはしなかった。
 しかし、ある程度は見通せる路地裏の移動が危険なことも理解できるらしく、雪之丞は上目遣いで弓をじっと見つめる。

 「分かっているわよ、アナタが見られたくない記憶なら見ないから! さあ、早く確認しちゃって」

 「やくそくだよ! かおりおねえちゃん」

 雪之丞は弓の手を離すと、後ろを何度も振り返りながら近くにあるドアに歩いていく。

 「初めて私を名前を呼んだのが、小学生のアンタだったとはね・・・・・・」

 未だに自分を弓と呼ぶ雪之丞を思いだし苦笑を浮かべる弓の目前で、ドアの中を覗き込んだ雪之丞の輪郭がぼやける。
 その輪郭が再びはっきりしたときには、雪之丞の姿は小学校の高学年程度に成長を遂げていた。

 「どうなの雪之丞? 私が見てもいい記憶だった?」

 背後からかけられた弓の声に雪之丞は答えようとしない。
 雪之丞は固まってしまった様に、ドアの前に立ちつくしていた。

 「どうしたのよ一体・・・・・・!」

 ドアの中を覗かないように注意しつつ、雪之丞の隣に回り込んだ弓は言葉を詰まらせる。
 雪之丞はドアの前に立ちつくしたまま大粒の涙を浮かべていた。

 「弓姉ちゃん・・・・・・」

 「何? 何かあったの?」

 「これは夢って言ったよね? 本当のことじゃないって・・・」

 「そうよ。これはあなたが見ている夢なの」

 「じゃあ、ママが悪い病気なんて嘘だよね・・・いつ覚めるの僕の夢は? こんな夢嫌だよ」

 雪之丞の発した言葉に、弓は慌ててドアの隙間から内部をのぞき見る。
 ドアの内部は病院の一室だった。



 『ママ、大丈夫?』

 ベッドに横たわる母親に付き添い、雪之丞が心配そうに声をかけている。
 母親の頬は痩け、長かった髪の毛は短く切られ帽子の中に隠されていた。
 弓はその帽子姿に抗ガン剤の副作用を想像し、きつく唇を噛む。

 「バカよ・・・・・・私は・・・」

 雪之丞が母親を亡くしていることは以前より聞いていた。
 なのに何故自分はそのことを考慮に入れず、雪之丞の記憶を辿る気になっていたのか。
 弓の胸に自責の念がじわじわと広がっていく。
 記憶を辿ることは、母の死を再び雪之丞に体験させることに他ならなかった。

 『ええ、大丈夫よ。雪ちゃんを置いてなんていけないもの』

 雪之丞に向けられた母親の目に、弓はハッと息を呑む。
 その目は抱いていた赤ん坊を見つめる産女の目そのものだった。


 ―――あの産女は雪之丞の・・・・・・


 『ママ、病院代わろうよ。 変だよこの病院』
 
 『なぁに? 変なこと言って・・・』

 『本当だよ! この病院お化けがいっぱいいるんだ! この部屋にも髪の長い女の人が立ってるんだよ、ホラ、あそこに・・・』

 『!・・・雪ちゃん、あなた』

 ドアからは死角となる部屋の隅。
 その方向を指さした雪之丞に母親は絶句する。
 何か思い当たることでもあるのか、母親の青白い顔が驚きの表情を浮かべていた。
 彼女は上体を起こすと、やせ細った手ですがるように雪之丞の手を握りしめる。

 『あなた、視えるのね・・・・・・あの子と同じように』

 『痛いよママ』

 『いつからなの! 視えるようになったのはッ』

 母親の必死な形相に驚いた雪之丞は、そのことでようやく自分の身に何かが起きていることを理解した。

 『ママが入院してからだよ。色々なものが見えるようになったのは・・・・・・それよりも、あの子って誰?』

 雪之丞の質問には答えず、母親は深いため息をつくと背もたれに体を預ける。
 静かに閉じた瞳は、まるで雪之丞が視ているものを共有しようとしているかに見えた。 

 『雪ちゃん。ママに教えて・・・髪の長い女の人ってどんな姿をしているの?』

 『えーっと、赤ちゃんを抱いていてね。怪我してるのかな? スカートが血で汚れちゃってるの・・・・・・それで・・・・・・』

 『ママに似ているのね。その人・・・』

 『うん。すごく怖い顔だけど、ママにそっくり』



 「どういう事ッ! なぜ雪之丞に産女が見えるのッ!!」

 雪之丞に起こった霊能力の発露。
 自分が視た産女は雪之丞の母親では無かったのか?
 雪之丞の視た産女を確認しようと、部屋に飛び込んだ弓は見てしまう。
 死角にあった窓ガラスに張り付いた血の塊のような追跡者の姿を。

 ベシャッ

 剛毛をまとわりつかせた血塊は顔と覚しき部分を窓ガラスに張り付ける。
 見つけたぞ・・・そう言っているかのように血まみれの眼球が怪しく輝いた。

 「雪之丞ッ、逃げるわよッ!」

 弓は即座にもと来たドアを飛び出すと、勢いよくそのドアを閉める。
 そのドアを通して窓ガラスの砕ける音が聞こえてきた。
  
 「何してるのよッ! 走ってッ!!」

 立ちすくんだまま動こうとしない雪之丞の腕を引っ張り、弓は手近なドアに飛び込む。
 そこに待つ光景が、雪之丞にとって忘れがたい記憶であることを知らずに。 









 『嫌だよママ! 何でママとサヨナラしなきゃならないんだよッ!!』

 『いいから言うことを聞くの! ママは、ママはもうすぐいなくならなきゃならないんだから・・・・・・』

 目の前で繰り広げられる光景に、弓は追っ手の存在を忘れてしまっていた。
 ベッドに横たわる母親にすがりつく雪之丞。
 母親の顔には紛れもない死相が浮かんでいる。
 そして、その背後には冷たい目で母親を見下ろす産女の姿があった。

 ―――似ているけど違う。産女がもう一人いるというの? 

 弓は母親の背後に立つ産女をまじまじと見つめる。
 自分の目撃した産女とよく似てはいたが、その瞳に浮かぶ感情は哀しみでは無かった。

 『いい、雪之丞。あなたはこれから強く生きて行かなきゃならないの。良い子だからその霊能力を鍛えなさい』

 『嫌だよ・・・ママがいなくちゃ』

 『聞き分けなさいッ!』

 初めて聞く母親の怒鳴り声に、雪之丞は驚いたように泣き顔をあげる。
 彼女は何か重要なことを雪之丞に伝えようとしていた。 

 『雪之丞。産女・・・後ろの女の人はどんな顔をしているかママに教えてくれない?』

 『怖いよママ、なんでこの人はずっと怒っているの?』

 青白かった母親の顔から更に血の気が引いた。
 彼女はそれを無理に誤魔化すように雪之丞に語りかける。

 『それは、雪ちゃん・・・雪之丞が心配をかけるから。霊能力を鍛えようとしないからよ』

 『何で僕が強くならないと、この人が怒るんだよ! 関係ないじゃないか!!』

 『関係あるの。その人は、その人はあなたの・・・・・・』

 雪之丞の母親は、きつく目を閉じると振り絞るように続く言葉を口にする。

 『・・・・・・その人はあなたの本当のママなの』

 母親が口にした言葉に室内が凍り付く。
 ベッドにすがりついた記憶の中の雪之丞はもちろん、弓に連れられた雪之丞も部屋の隅で膝を抱え凍り付いたように動かない。
 その姿はじっと甦った記憶に耐えているように見えた。

 『嘘でしょ、ママ。嘘だと言ってよ・・・・・・』

 『嘘でこんなこと言える訳ないでしょッ』

 母親は泣き出しそうな雪之丞を引き寄せると、強くその胸に抱きしめる。

 『でも、ママはあの子に負けないくらい雪ちゃんを愛してきたわ。お願いだから信じてちょうだい』

 『・・・・・・・・・・・・』

 雪之丞は涙を堪えるように強く母親にしがみついた。
 彼女の寝間着が雪之丞の手の中で皺をつくる。

 『その人・・・・・・ママの妹も雪ちゃんと同じ霊能力者だったの。ママのたった一人の身内。あなたが霊能力に目覚めたのも、多分あの子と同じ理由・・・』

 母親は必死に涙を堪えている雪之丞の頭を優しく撫でる。

 『偉いわね泣かないなんて。お願い、ママと、あなたを産んですぐに亡くなった本当のママに約束して。年をとれずに死んでしまったママの分まで、強くなるって・・・』

 『強く・・・なればいいの?』

 『そう、ママ、あの子に約束したんだから。雪ちゃんを強く、カッコ良く育てるって・・・雪ちゃんが弱虫だと、ママ怒られちゃう』

 『話はついたようだな・・・・・・』

 いつの間にか現れた僧衣の男が、母親から引き離すように雪之丞の肩に手をかける。 
 厳めしい風体。どう見てもまともな僧侶ではない男に、雪之丞の母親はすがるような視線を向けた。

 『保険の名義は変えました。約束どおり、夏の間はこの子を結界の外に出さないで・・・』

 『分かっている。報酬分の働きは約束しよう』



 僧衣の男が雪之丞の体を起こしたとき、病室前の廊下から血にまみれた毛のようなものが弓に襲いかかった。

 「キャッ!」

 雪之丞の過去を目の当たりにし立ちつくした弓は、隙だらけの体勢に攻撃を受けてしまう。
 咄嗟に顔面をガードした左手に、鞭のように伸びた体毛が絡みついた。

 ベシャッ・・・・・・

 遅れて現れた血塊に弓の全身が総毛立つ。
 絡め取られた左手から、何か禍々しいものが自分の中に侵蝕して来るのがわかった。
 それと共に徐々に濃さを増してくる左手の赤い染み。
 弓には京子から先程聞いた、穢れを与え女子を姑獲鳥に変えてしまうという話が思い出されていた。

 「雪之丞あなただけでも逃げてッ!」

 弓の悲痛な叫びが病室に響く。
 その叫びに応えるように、二人の雪之丞が同時に同じ言葉を口にした。


 ―――約束する。俺、強くなるから!


 「ウォォォォッ!」

 渾身の力を込めて雪之丞は血塊に攻撃を仕掛けた。
 彼の全身を強い決意が込められた霊気が包み、渾身の右ストレートが血塊に炸裂する。
 呆気ないほど簡単に、弓を苦しめていた血塊はその存在を消滅させていった。 

 「雪之丞あなた・・・・・・」

 目の前で起こった出来事を、弓は信じられないといった表情で見つめていた。
 自分を守ったのは紛れもなく良く知った伊達雪之丞だった。
 見かけは子供だが、その瞳には先程までの甘えは感じられない。
 貪欲に力を求める、不器用で優しい男の原点を弓は見たような気がしていた。
 血塊を跡形もなく消滅させた雪之丞は、血の染み一つ無い手を弓に差し出し一言だけ呟く。

 「行こう。俺は強くならなきゃいけないんだ」

 こう言うと雪之丞は自分と母親の姿から目を背ける。
 別れの時を見たくないのだろう。
 そう理解した弓が彼の右手をとると、雪之丞は足早にドアの外へと向かっていく。
 強く。もっと強く―――
 彼は母親との約束を守るため、強い力を欲していた。


 ―――ヲバレゥ・・・


 そんな彼の決意をあざ笑うように、何処かで姑獲鳥が鳴き声をあげた。






 石畳の路地を雪之丞は足早に進んでいく。
 母親との離別からすでに二人はいくつかのドアをくぐり抜けている。
 白竜会での修行、GS試験、原始風水盤を巡る戦い・・・
 だが、雪之丞の記憶を辿れば辿るほど、弓の中に拭いきれない違和感が生じている。
 弓が最初に違和感に気付いたのは、GS試験の記憶を見たときの事だった。


 ―――あんな弱そうな男と引き分け? 俺はもっと強くならなきゃダメなのに・・・


 横島との戦いを見た雪之丞が口にした台詞に、弓は違和感を感じた。
 その人ごとのような感想に、弓は雪之丞が成長していないことにようやく気付く。
 白竜会の時には気づかなかったが、親友とも言える横島を思い出さない雪之丞。
 記憶を追体験することで成長してきた彼に何が起こったのか?
 自分を助けた時の雪之丞は、確かに自分のよく知る雪之丞だった。
 しかし、今は・・・
 不安を募らせながらも、弓は雪之丞の後をついていく。


 ―――僕も頑張ればあれが出来るようになるのかなぁ


 次に潜ったドアは妙神山の光景につながっていた。
 魔装術の極意を身につけた自分を、雪之丞は憧れの目で見つめている。
 雪之丞は成長しないだけでなく、少しずつ子供に戻っている。
 自分のことを再び僕と呼ぶようになった雪之丞。
 弓を助けたあの一瞬に見えた気概は既に消えてしまっていた。

 「ねえ・・・何か思い出さない?」

 耐えきれないほど膨らんだ不安に、弓は手を繋ぐ雪之丞に声をかけた。
 それに対する雪之丞の答えは、彼女に言葉を失わせた。

 「思い出す? これは夢なんでしょ・・・」

 弓には先程雪之丞が体験したことが、現実に彼の身に起こったことだとは言えなかった。
 産みの親と育ての親。雪之丞は二人の母親を亡くしている。
 雪之丞が頑なに力を求めていたのは、彼女たちとの約束を守るためなのだろう。
 しかし、今の雪之丞はその約束を夢の中の出来事だと思っているようだった。

 「だけど不思議な夢だよなぁ、弓おねえちゃんはいつでてくるの?」

 弓の目には、雪之丞が夢であることを積極的に受け入れているように見えている。
 母親と離別した後の自分を夢だと思うのは、その死を受け入れられない心の現れなのか?
 しかし、先程の離別の場面では、彼は死にゆく母親に強くなることを約束していたではないか。


 ―――何かおかしい。誰かが雪之丞の成長を邪魔している・・・


 立ちつくす弓の手を引くと、雪之丞は更に先を目指していった。   
 




 
 次のドアを抜けた瞬間、弓は見覚えのある景色の中に立っていた。
 寺から駅に向かうには遠回りとなる商店街を、雪之丞はあてもなく歩いていた。
 
 「なんだ、つまらないな、同じ所をぐるぐると・・・もう行こう! 弓おねえちゃん」

 「ちょっと待って!」

 単調な光景に飽き、もとの路地裏に戻ろうとした雪之丞を弓は引き留める。
 彼女には今の光景がいつの記憶なのか分かっていた。
 記憶の中の雪之丞は時計を何度も確認し、髪を手ぐしで押さえ、何度も道の彼方を覗き込んでいた。
 珍しく緊張しているのか、彼は何度も口の中でモゴモゴと同じ台詞を繰り返す。
 周囲に人が多かったら完全に不審者扱いされている事だろう。  
 
 「ホント、不器用なんだから・・・コレじゃストーカーじゃない」

 そう呟く弓の顔はまんざらでもないという表情を浮かべていた。

 「えー、つまんないよ。こんな所」

 「お願い。もう少しだけ・・・・・・」

 弓は移動したがる雪之丞に逆らい、その場に残り続けようとする。
 目の前の光景では、何かを発見したのか雪之丞が四つ角の物陰に隠れる所だった。
 雪之丞は胸の中でゆっくり数を数えタイミングを計る。
 思い切って飛び出した四つ角で、彼はばったり会った人物にごく自然に挨拶をした。

 『よお、奇遇だな。こんな所で・・・』

 その奇遇はいったいどれ程の努力で手に入れたものなのか
 弓はクスリと笑うと、記憶の中の自分と全く同じ言葉を呟く。

 「あら、あなたは・・・」

 この時のことは弓自身、今でもはっきり覚えていた。
 彼女はこの後、映画に誘われ、そしてルシオラたちに重症を負わされるはずだった。
 
 「あ、弓お姉ちゃんがやっと出てきた・・・良かったぁ。やっぱり弓お姉ちゃんが新しいママなんだね」

 「なん・・・ですって?」

 繋いだ手に力を込めながら話しかけてくる雪之丞の言葉に、弓は信じられないという顔をした。
 押さえきれない程の嫌悪感が胸の中に湧き上がる。
 マザコン気味ではあったが、自分が知る雪之丞はこんなことを言う人間では無い。
 弓は急に自分にとって宝物である光景が穢されているような気分になった。

 「だって、僕はずっと眠っていればいいんでしょ。そうすればママたちといつまでもいっしょにいられるって」

 「誰がそんなことをッ!」

 「え、だってママが・・・あれ?」  

 不思議そうに首を捻る雪之丞。
 その様子に、弓は雪之丞の成長に干渉する姑獲鳥の存在を確信する。
 弓には勝ち誇ったように笑う鳥の声が聞こえてくるような気がした。

 「行くわよ!」

 弓は一刻も早くこの場から立ち去りたくなっていた。
 彼女は乱暴な程の強さで雪之丞の手を引き、近くにある民家のドアを蹴り破る。
 その先にある石畳の路地に向かい、弓は躊躇無く飛び込んでいった。



 「いたいよ、おねえちゃん」

 雪之丞の手を引いた弓は、背後で聞こえる泣き言にも一切耳を貸さず足早に先を急ぐ。 
 石畳の道に点在するドアに、弓は目もくれず進んでいた。
 振り返って確認したわけではないが、雪之丞は先に進もうとする弓に精一杯抵抗しているのだろう。
 徐々に小さくなる繋いだ手は、雪之丞が幼くなっていることを彼女に感じさせていた。

 「そんなおねえちゃんイヤだよ。もっとやさしくしてよ」

 「優しく? ふざけないで」

 哀れみを誘うような子供の声にも弓は一切振り返らない。
 自分が手を繋いでいる雪之丞は子供ではない。一人の立派な男なのだ。
 弓は背後の雪之丞に視線を向けないことで、彼女は自分にとっての雪之丞のイメージを保とうとしていた。
 
 「そっちにいくのはイヤだよ!!」

 一層激しくなる抵抗に、弓は核心につながるドアが近くにあることを感じている。  
 姑獲鳥の位置をつきとめ、この茶番に終止符を打つ。
 言いようの無い怒りが弓の中に湧き上がっていた。

 「ここね・・・」

 弓は突き当たりにある真新しいドアの前で歩みを止める。
 中から伝わってくる気配に、左手についた血の染みが疼いた。

 「かおりおねえちゃん、こわいよ、やめようよ」

 「覚悟を決めなさい・・・・・・。私を名前で呼びたかったらねッ!」

 雪之丞と繋いだ右手に力を込めると、弓は荒々しく目の前のドアを蹴破る。
 そこにはビルの屋上で対峙する、雪之丞と姑獲鳥の姿があった。


 






 蒸し暑い晩だった。
 生活感のない短期賃貸の部屋で就寝中だった雪之丞は、風変わりな鳥の鳴き声に目を覚ます。
 目覚まし代わりの携帯に目をやると午前3時を少し過ぎた所だった。
 不機嫌そうに顔を歪めた彼であったが、メールの着信に気付くとその顔に柔らかな笑みを浮かべる。
 弓から送られてきたおやすみのメールに目を通そうとした彼は、再び鳥の鳴き声を耳にした。


 ―――ヲバレゥ


 その鳴き声に雪之丞は抗いがたい何かを感じていた。
 すぐに脱いでいた服を身につけると、オートロックに閉め出されないよう部屋の鍵と携帯を手に屋上を目指す。
 屋上へつながるドアは施錠されている様だったが特に問題はない。
 鍵穴に指先をあて物質化した霊力を注ぎ込むと、ドアは呆気ないほど簡単に開く。
 使用目的こそ違うが、親友から教わった技はこのような場合非常に重宝した。
 蒸し暑い夜気にまぎれ濃厚なミルクの匂いが鼻をくすぐる。
 その匂いに雪之丞はたまらなく懐かしい何かを感じていた。

 バサッ

 屋上の中程に進んでいくと、人ほどの大きさがある鳥が雪之丞の前に舞い降りた。
 女の顔と胸を持つ鳥妖に、雪之丞は忌々しげに口元を歪ませた。

 『姑獲鳥か・・・ガキの頃、ずっとお前に気をつけるよう、あのクソ坊主に言われていたのを思い出すぜ』
 
 雪之丞は全身を霊気で覆うと戦闘態勢をとる。
 産女に転じていた実の母親の存在を知る彼にとって、同じ名を持つ鳥妖は嫌悪の対象となっていた。

 『来いよ・・・俺はもうガキじゃない。どうした? かかって来ないのならこっちからいくぜッ!!」

 隙だらけとも言える姑獲鳥に放たれた攻撃は、舞い散る羽によってその対象を失う。
 視界を取り戻した雪之丞と同じ言葉を、ドアを蹴破りこの場に現れていた弓が口にした。

 「そんな馬鹿な・・・」

 雪之丞の前には全裸の女が立っていた。
 弓と雪之丞はその女を信じられないという表情で見つめている。
 長い髪に整った顔立ち。それはまさに先程目にした産女―――雪之丞の実の母親だった。

 『ママ?』

 呆然と呟く雪之丞に彼女は優しく笑いかける。
 そこには病院で見た怒りの表情は微塵も見あたらない。
 ゆっくりと歩み寄る女の姿に、雪之丞は一切の抵抗の意思を奪われていた。

 「ダメッ! 雪之丞ッ、目を覚ましてッ!!」

 弓の必死の叫びも、記憶の中の雪之丞には効果が無かった。  
 雪之丞に抱きついた女の胸から母乳が滴り落ち、魔装術でむき出しになった雪之丞の霊気に染み込んでいく。

 『あ、ああ・・・・・・』

 滴る母乳は直接精神に作用するのか、雪之丞はその場に崩れ落ちてしまっていた。
 女は雪之丞に覆い被さると、雪之丞に自分の乳房を含ませるように抱き抱える。
 さして抵抗を示さないまま雪之丞の顔が女の胸に埋まり・・・いや、その逆だった。
 霊気の鎧との接点から女の体は乳白色の粘塊に姿を変え、雪之丞の体に染み込んでいく。
 まるで己の体が雪之丞の血肉になるのが悦びであるように、女の顔が恍惚に震えた。
 腕、下腹部、そして太股が雪之丞の体に絡みつき、徐々にその部分を霊気の鎧に染み込ませていく。

 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」   

 生理的な嫌悪と、雪之丞が失われるのではという恐怖が弓に叫び声をあげさせる。
 その場にへたり込みそうになる彼女を、背後に生じた気配が優しく励ました。


 ―――大丈夫


 突如背後に感じた気配。
 それが現れたのと同時に起こった現象に、弓の目が驚きに見開かれる。

 「あ、あれは・・・」

 それは蝶の羽化の様だった。
 雪之丞にほぼ溶け込んだ姑獲鳥の背から、まるで窮屈な皮を脱ぎ捨てるように一人の女が抜け出してくる。
 その手に抱えた赤ん坊や、垂れ下がった長い髪に、弓はその女が夢で見た産女であることに気付く。
 そして、背後で自分を励ました女の正体も。

 『ママ?』

 姑獲鳥に溶け込まれた雪之丞は呆然と産女を見上げていた。
 魔装術はとっくに解け、彼の体は乳白色の液体にずぶ濡れになっていた。 
 そして彼の体から姑獲鳥が抱いた赤ん坊が全て抜き去られると、雪之丞は目を瞑り深い眠りへと落ちていく。
 記憶の主観を失ったことで周囲の光景が拡散を始め、辺りは闇に包まれ始める。
 周囲の光景は、石畳の路地すら存在しない空虚な闇に姿を変えようとしていた。

 「姑獲鳥と産女は同じものだったというの・・・?」

 弓は目の前で起きた出来事に呆然と呟く。
 雪之丞が見た最後の記憶。
 姑獲鳥が姿を変えた産みの母親。
 そして、彼女の中から現れた産女。
 産女が抜き出したのは雪之丞の一部なのか?
 崩壊する風景の中、立ちつくす弓の呟きに答えたのはしっかりとした女の声だった。

 「そうだったみたいね」

 「ママッ!」

 母親の声に気づいた雪之丞は、弾かれたように後ろに駆け出そうとする。
 しかし、弓はその手を離さない。  
 背後から声をかけてきたのは先程の産女だった。
 赤ん坊の雪之丞を自分にあずけた産女。しかし、彼女の印象はその時とは大きく異なっていた。
 前髪で隠れていた表情をすっかり露出し、産女は穏やかな視線を二人に向けている。
 その表情を見て、弓はようやくこの産女が雪之丞の育ての母親であることを理解した。

 「はなしてよ、かおりおねえちゃん。ママが、ママがたすけにきてくれたんだよ」

 弓は母親の元へ駆けつけようと暴れる雪之丞を、しっかりと抱き抱える。
 腕の中の雪之丞は、おねしょを叱られていた頃の雪之丞にまで戻ってしまっていた。
 
 「駄目よ! 絶対に行かさない・・・」

 雪之丞を強く抱きしめながら、弓は目の前の産女を睨み付けた。
 何が駄目なのか弓自身にもはっきりとは分からない。
 産女に対する警戒心や、雪之丞に対する執着が弓の中で激しく渦巻いてはいる。
 しかし、そのどれもが今の混沌とした気持ちを表すのには不十分だった。
 姑獲鳥が化けた女が雪之丞に溶け込んだ時に、胸の奥から湧き上がった激しい感情が雪之丞を絶対に手放してはならないと自分に命じていた。
 そんな弓の気迫が伝わったのか、腕の中で暴れていた雪之丞が大人しくなる。
 彼は自分を抱き抱える弓の、血の色に染まった左手をじっと見つめていた。
 
 「安心して。私はあの子と違って、途中で投げ出しても呪ったりはしないから・・・」

 産女は敵意がこもる弓の視線を軽く受け流す。
 予想もしていなかった産女の言葉に、弓はつい怪訝な表情を浮かべてしまっていた。

 「呪う?」

 「そう・・・産女になってしまったあの子にとって、預かった子を最後まで育てなかった私は呪うべき存在」

 「そんな実の姉妹を・・・」

 あの子とは雪之丞の実母のことだろう。
 それが何故姉であり、雪之丞の育ての親である彼女を呪うのか?
 弓は死を前にした彼女が、白竜会に雪之丞を預けた理由がその辺りにあるのではと考えていた。
 考え込む弓に、産女は言い聞かすように語りかける。

 「自我を失い産女になってみれば分かる。これはもう理屈じゃないの」

 「アナタには自我があるじゃない! それにアナタは雪之丞を産んでは・・・」

 弓の言葉に産女は最初に見たときと同じ、哀しそうな表情を浮かべた。
 その表情に、自分の母親の姿を重ねた弓は言葉を失ってしまう。

 「あなたに最初に会ったとき、私は自分が何者か分からなかった。ただ連れて逃げた腕の中の子供が心配で、でも自分にはどうすることもできないで・・・無我夢中で雪ちゃんの霊体を助けてくれそうな誰かに託そうとする。私はそれだけの存在だった。だけど、不思議なものね。あなたが雪ちゃんをつれて、記憶を巡ってくれるのと共に、私も自分が何者なのかを思い出していた。私は産女じゃない。私は―――」


―――姑獲鳥だった


 弓の目が驚きに見開かれる。
 先程見た光景では、彼女は姑獲鳥から雪之丞の霊体を抱え逃げ出していたはずだ。
 その彼女が自分のことを姑獲鳥と言う。
 産女の放った言葉は弓の理解を超えていた。

 「妹にとって雪ちゃんを最後まで育てなかった私は、子を奪っただけの姑獲鳥だった。だから、産女になったあの子は私を呪い魂魄を・・・・・・皮肉なものね。妹は人よりも霊能力が強かったばかりに、私の穢れ―――姑獲鳥としての穢れを身に受け姑獲鳥になってしまった」

 「アナタはそうなることが分かっていたというの? 死後のアナタを呪い、取り込んだ妹さんが姑獲鳥に転じてしまうと」

 「あの子の死に方を見れば想像がつくわ・・・」

 余程思い出したくない記憶なのか、産女はそのことについては何も語らなかった。

 「白竜会長は約束どおり、夏の間は結界に匿ってくれたようだけど・・・雪ちゃんが大人になるまでは保たなかったようね。去年の夏は香港にいてくれて良かった・・・」

 「何を言ってるのッ! 雪之丞がどれだけアナタとの約束を守って強くなろうとしてきたか、それをアナタも見ていたでしょう!!」

 「ええ・・・霊能力はね。それじゃあ、何であなたの腕の中の雪ちゃんは子供なのかしら?」

 「え・・・それは」

 先程から感じていた違和感を指摘され、弓は言葉に詰まる。      
 自分を血塊から守った雪之丞は、確かに強い男へと成長を始めていた筈だ。
 それが何故、逆送りのフィルムを見るように子供へと戻り始めたのか?
 腕の中の雪之丞を見下ろすが、彼は弓の視線に気付いていない。
 雪之丞はただ黙って弓の左手を見つめていた。
 
 「後ろを見てご覧なさい」

 産女が指し示すまま、後ろを振り返った弓は声を荒げる。
 そこにある光景は、とても彼女が受け入れられるものでは無かった。

 「なっ、なんでよッ!!」

 拡散し完全な空虚に姿を変えていた風景の中、全裸の女が眠る雪之丞を抱え自分の乳を吸わせていた。
 先程の姑獲鳥が雪之丞の体内に潜ったのと同じ行為。
 しかし、今、雪之丞に乳を含ませているのは雪之丞を産んだ女では無かった。

 「何で、私がそこにいるのッ!!」

 雪之丞に乳を含ませているのは他ならぬ自分だった。
 湧き上がる羞恥の感情に弓は顔を真っ赤にして叫ぶ。
 しかし、そんな彼女の叫びにも反応せず、目の前の弓はただ黙って雪之丞に乳を吸わせ続けた。
 
 「悪く思わないでね。姑獲鳥になったあの子に自我はない、ただ、本能で雪ちゃんを求め、雪ちゃんを自分の子供にするために一番効果の高い姿を選んでいるだけ」

 「なんで私が・・・」

 「最初に戦った時、雪ちゃんはあなたの危機に目覚めそうになった。そして姑獲鳥に知られてしまった・・・・・・あなたが雪ちゃんの一番大切な人だと。姑獲鳥は捉えた雪ちゃんの所に戻り、目覚めさせないようその姿をあなたに変えたのよ。眠り続けていれば一番好きな女の人が母親になってくれる・・・だから、雪ちゃんは子供に戻ってしまった」

 産女の言葉に湧き上がったのは嫌悪の感情だった。
 自分の外見を真似た姑獲鳥にも、甘えるようにその乳を吸う雪之丞にも弓は怒りにも似た感情を覚えている。   
 ふざけるな。甘えるんじゃない―――激しい感情が弓の中で渦巻いていく。
 しかし、彼女の怒りを臨界に導いたのは、産女が口にした一言だった。

 「大丈夫―――雪ちゃんは私が助けてあげる。私がもう一度あの子の中に戻って穢れを押さえれば、あなたにも・・・」 
 
 あなたにも何だというのだ?
 我が身を犠牲に隙を作り、自分にとどめを刺させようなどというつもりなのか?
 弓はきつく唇を噛みしめながら拳を固める。
 そんな自己犠牲はいらない。私の知っている雪之丞は子供じゃない、立派な男の筈だ。いつまでも子供扱いするんじゃない。
 母性を丸出しにし雪之丞を助けてあげると口にした産女に、弓は激しい怒りを感じていた。

 「ふざけないでッ!」

 弓の腕の中で、固まったように動かなかった雪之丞が微かに背筋を震わせた。
 大きな弓の叫び声に、姑獲鳥に突進しかけた産女が動きを止める。
 まるでそれが彼女の本性であるかのように、産女の下半身は蛇の姿に変化しようとしている。
 雪之丞を姑獲鳥と奪い合うよう禍々しさを増した彼女の姿にも怯まず、弓は大声で啖呵を切った。

 「この男は私が守るッ! この男の背中を守っていくのは死んだ人間なんかじゃない。生きている私よッ!」

 こう叫んでから、弓は腕の中の雪之丞を自分の方に向かわせた。
 彼を見つめる弓の目は、決して子供に向けるような目ではない。
 そんな二人の姿を、産女は憑きものが落ちたような笑顔で見つめている。
 蛇に転じかけた彼女の下半身は、再び人の姿に戻ろうとしていた。

 「いい加減目を覚ましなさいッ!! アナタのママはもういない。私はアナタのママじゃないし、なるつもりもない。気安く私に母性を求めるなッ! アナタはもう立派な男なんだから・・・」

 雪之丞は真剣な瞳で弓を見つめていた。
 まるで何か大切な記憶を己の内より探し出そうとするかのように。
 弓はそんな雪之丞を強く抱きしめる。

 「私のことが好きなら、ちゃんと女として私を愛しなさい・・・そうしたらもっと―――」

 
 ―――もっと優しくしてあげるから


 弓が雪之丞の耳元でこう囁いたとき、姑獲鳥に抱き抱えられた雪之丞の目が見開かれる。
 そして、激しい拒絶を示すように、彼は呑まされ続けていた母乳を吐き出した。
 子供の雪之丞を抱きしめた弓の目前で、姑獲鳥に抱かれた雪之丞は急激にその姿を縮めていく。
 それに対するように、弓の腕の中で雪之丞は成長を始めていた。

 「すまない。かおり、愛してる・・・」

 抱き合う雪之丞が弓の耳元でこう囁いたとき、姑獲鳥の元からは完全に雪之丞の姿は消え去っていた。
 子供の雪之丞の姿はどこにもない。弓を抱きしめる雪之丞は既に大人の男になっていた。


 ―――ヲバレゥ! ヲバレゥ ヲバレ・・・ゥ

 
 執着の元を失い、姑獲鳥を姑獲鳥たらしめていた穢れはその有り様を失いつつあった。
 苦しげに身をよじらせながら、姑獲鳥は体内より血まみれの亀のような存在を多数産みだし始める。
 姑獲鳥が内包する穢れは新たな形をとり、次なる姑獲鳥を作り出そうと弓に向かって走りだしていた。

 「気をつけてッ! その穢れに取り憑かれたら今度はあなたが姑獲鳥に・・・」

 産女の警告に弓は不敵な笑みを浮かべていた。
 男のGSなら姑獲鳥を祓える―――赤ん坊を受け取る際、京子が口にした台詞を弓は思い出していた。 
 最初からこの場には男のGSがいたのだ。それも弓が最も信頼し、自分の背を預けられるほどのGSが。
 ウブメたちのみならず、本人までもがそれに気付かず子供の殻に籠もっていたがもう心配はいらない。
 既に勝負はついている。

 「あとは任せたわよ・・・」

 弓は自分を抱きしめていた男の背をそっと押した。

 

 
 姑獲鳥が産み出した穢れを、雪之丞が全て消滅させるまでにはそう時間はかからなかった。
 弓に殺到する血まみれの亀をなぎ払い蹴散らす。
 その姿は無慈悲で残酷な、一方的な殺戮にも見えた。
 愛する男の奮闘を弓は素直に喜ぶ気にはなれない。
 彼の姿に感じた男の無自覚な残酷さを、雪之丞の本性だとは思いたくは無かった。
 弓は再び疼き始めた自分の左手に視線を落とす。
 女の自分には、この染み込んだ穢れは落とせないのではないか?
 血の色に染まった自分の左手が、弓に堪らない不安を感じさせていた。

 「大丈夫よ・・・多分ね」

 不意にかけられた声に弓は視線をあげる。
 そこには雪之丞を育てた母親が、産女ではない姿で立っていた。

 「雪ちゃん。強くなったわね。ママ、嬉しいわ・・・・・・」

 何処か複雑な、しかし紛れもなく晴れ晴れとした笑顔を雪之丞に向けてから、彼女は暗闇に立ちつくす妹に歩み寄る。
 穢れを全て吐き出した姑獲鳥も、その姿をただの女に変えてしまっていた。

 「また穢れを寄せてしまう前に逝きましょう・・・・・・」

 姉は立ちつくす妹の手を握ると、虚空の彼方へとその存在を消していこうとする。

 「ママ、待っ・・・・・・」

 彼女たちを追おうとした雪之丞は、自分の腕を掴んだ弓の手にその動きを止めた。
 弓は無言で首を振るだけだった。自分を掴んだ血の染みを残す彼女の左手に、雪之丞は彼女の言いたいことを理解する。
 子供への執着が強まれば、再び彼女たちを穢れが捉えてしまうかも知れなかった。

 「さよなら。ママ・・・・・・」

 雪之丞が口にしたのはそれだけだった。
 彼の気持ちは十分に伝わったのだろう。
 ウブメだった二人の女たちは、笑顔を浮かべながら虚空へと姿を消していった。

 「ご苦労様・・・」

 涙を見せず二人を見送った雪之丞を弓は優しく抱き抱える。
 
 「よせ、俺はもう子供じゃない・・・・・・」

 弓を引きはがし、背を向けようとする雪之丞を弓は離さなかった。 

 「子供じゃないからよ・・・・・・言ったでしょ、女として私を愛したら優しくしてあげるって」

 周囲を覆う完全な暗闇の中、二人はお互いを強く求めるように抱き合う。
 そして、それは二人の意識が覚醒を始めるまで続いた。









 ―――――― エピローグ ――――――





 意識を取り戻したとき、雪之丞と弓は病室のベッドで寝かされている自分に気がついた。

 「ここは・・・?」

 病院に搬送された記憶がない雪之丞は、見慣れぬ天井を訝しげに見回す。
 彼の疑問に答えたのは、弓ではない女の声だった。

 「東都大学付属病院の一般病室よ。弓さんが倒れてから約30分。彼女の話では、どうやらその間、あなたたちは意識を共有していたようね」

 雪之丞は隣のベッドに視線を移す。
 弓の方が早く意識を取り戻したのだろう。
 そこには妙齢の女性に付き添われ、祈るように自分を見つめる弓の姿があった。

 「アンタは?」

 「私は弓さんの付き添いでここに来た、六道女学院の養護教諭で工藤京子という者です。時間もないことだし、早速だけどお話いいかしら」

 早急な切り出し方に弓は若干慌てた表情を浮かべたが、事前に話し合いが出来ているのだろう。
 弓の態度から京子が信頼に足る人物と判断した雪之丞は、彼女の話を聞くため上体を起こすと、ベッドに腰掛けるようにして京子と向かい合う。
 面会者用の椅子から立ち上がった京子は、自分を見つめる雪之丞に深々と頭を下げた。

 「結果として助かったけど、弓さんを危険に晒したのは完全に私の判断ミスです。先ずはそのことを謝っておきます」

 「気にしないでくれ。御陰で助かった」

 「ありがとう。そう言って貰えると多少気が楽になるわ・・・でも、私には今回のことをきちんと弓さんの御両親に説明し、謝罪する責任がある。実は、弓さんが倒れてすぐに家庭には連絡を入れさせて貰いました」

 弓の家庭のことを口にした京子に、雪之丞の表情がほんの一瞬だけ固まった。

 「御両親はもうすぐこちらに着くでしょう。私は弓さんの御両親に、この事を・・・この左手に残った痣のことを説明しなければならない」

 京子は布団に隠すようにしまわれていた弓の左手を、雪之丞に見えるように引き出す。
 そこには左手の指先から甲にかけて覆うように蠕動する、禍々しい真っ赤な痣が焼け付いていた。
 雪之丞は自分の精神内で受けた血の染みが、現実世界の弓にも残ってしまった事実に無念そうに顔を歪める。
 京子は雪之丞の目を真っ直ぐに見つめた。

 「これが何なのか、これからどうすべきかをみんなで話し合わなければならない。その席に同席してくれるかしら?」

 ほんの一瞬の沈黙。雪之丞は京子が何を言いたいのか理解していた。
 そして、なぜ彼女が弓を差し置き、自分にそのことを聞いたのかも。

 「当然だろう・・・・・・だが、その前にやらなきゃいけないことがある」

 雪之丞はベッドから立ち上がり、自分と弓の間に立つ京子の脇を抜けると、ベッドに上体を起こしていた弓の左手をしっかりと握りしめた。

 「こっちではまだ言ってないからな・・・・・・愛してる。かおり、俺の女になってくれ」


 ―――よくできました


 京子は胸の中でそう呟くと、抱き合う二人を気遣い病室を後にした。
 廊下に席を外して貰っていた看護師に軽く一礼すると、彼女は雪之丞の意識が戻ったことを報告する。
 1分程待ってくれと頼んでから、京子は後のことを看護師に任せ携帯が使用できる場所まで移動していく。
 先程聞いておいた弓の母親の携帯番号を、京子は歩きながら押していた。

 「先程連絡差し上げた工藤です・・・・・・たった今、かおりさんが意識を取り戻しました。ええ、意識は至ってしっかりしています・・・・・・ですが、早急にご説明しなくてはならないことがありまして・・・・・・先ずは病室でかおりさんに会う前にお話を・・・」

 弓の左手に残った痣。
 彼女の行く末に暗い影を落とすかも知れないその存在を、京子はこれから弓の両親に伝えようとしている。
 しかし、彼女には確信に近い思いがあった。


 ―――あの二人ならばその困難を乗り越えていける  


 弓が姑獲鳥の穢れに立ち向かえるよう、自分は可能な限り手助けをしなくてはならない。
 彼女は全力で二人を守る決意を固めていた。
 

 ―――――― ウブメたちとの夏 ――――――


            終
 


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