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妖怪談〜とある学校での現世続百鬼〜

第三話 壱談目:蛇とおばあちゃん〜Till When〜(3)


投稿者名:あいざわ。
投稿日時:08/ 3/18

 
 
「えっと・・・・広有さん、だったよね?」
 
「・・・・・・はい、広有鏑子(ひろありかぶらこ)です」




 愛子先生に言いくるめられるように保健室を出た僕らは、そのまま学校を出て、その広有さんの家まで一緒に帰ることになった。
 何で僕が、このよく知らない女の子、広有鏑子さんを家まで送るなんて展開に巻き込まれてるなきゃいけないんだろう。愛子先生曰く
 
「今時少女漫画でもありえないような青春一直線な状況で、広有さんと真友くんは出会ったわけだし。これもきっと、何かの縁よ。それに、体調に影響が出てるわけじゃないけれど霊障が見られるのは間違いないんだし。帰り道に何かないとは限らないんだよ。そんな中、女の子1人を帰らせるわけにはいかないじゃない」
 
 だからって、なんで僕が・・・・。と思いつつそれ以上に、面識がない中で裸を見られた男と二人っきりで帰るのは、この女の子もイヤだろう。そう思って広有さんを見ると

「真友君が迷惑じゃなければ、その・・・・お願いしてもいいですか?」
 
 これで、僕が断る理由はなくなってしまった。
 ということで。まだクラスの級友たちはマジメに授業を受けてる時間だっていうのに、僕は学校を出て、よく知らない女の子と二人っきりで、よく知らない通学路を歩いている。

 二人で、ただ、歩いている。


・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ま、間が持たない・・・・・・。そりゃそうだ、こんなよく知らない女の子と二人っきりにされてぺらぺらと話せるほど、僕は口達者でもないし女の子の扱いに慣れているわけでもない。

 黙々と歩き続けるのにも飽きてきた。えっと・・・・何か会話、何か会話。
 
「あの、広有さん。さっきは・・・・本当にごめん。でも本当に、わざとじゃないんだ。事故なんです」

「・・・・・・・・・・」
 
 言った後に、また広有さんが顔を真っ赤にして黙ってるのを見て、僕は後悔する。なんでもっと、気の利いたこと言えないかな。そうやって、自己嫌悪して何も言えないでいると、今度は広有さんの方から話しかけてきた。

「分かってます。心配しないでください。真友君は、そんなことしたりする人じゃないの知ってますし。そりゃ恥ずかしかったけど・・・・。でも、大丈夫ですから」

 最低限、本当に最低限だけど信じてもらえたみたいで、とりあえずなによりだった。僕がこの一言でどれだけ救われたか・・・・。って、ちょっと待てよ。今の広有さんの言い方、まるで僕のコトを前から知ってるような・・・・・。

「やっぱり。真友君、覚えてないですか?わたしのこと」

 ・・・・・・・・・初対面じゃないんですね。
 
 ここで「え、覚えてるよ!こないだ本屋でばったり会ったよね!!」なんて適当なことを言ってごまかしたとしても、きっと話はよけいにこじれるだけだろう。なので、僕は素直に答える。

「ごめん。ちょっとわかんないや」

「そ、そうですよね。私、目立たないし。それに一年位前のことですし。私、去年図書委員やってたんですよ。その時に、委員会の会合で真友君も一緒だったんだけど」

 確かに、僕はクラスの図書委員をやっていた。誰もなりたがらない図書委員だけど、僕としては、勝手の分からない初めての高校生活でよくわかんない仕事をさせられるよりはまだいいだろうと、妥協の産物で選択したのが、図書委員の仕事だった。

「図書室の受付で一緒の組になったことも・・・・・・一回だけ、あったんですよ」

 本当に申し訳ないくらいに覚えてない・・・・。ただ、その一回くらいだけで僕のことをしっかりと覚えてる広有さんの記憶力がすごいんであって、僕に落ち度はない・・・・と思うんだけどなぁ。

「ごめん、それもあんまり覚えてないかな」

「そうですか・・・・・」と、悲しそうな顔を一瞬見せた後、広有さんはバッグから眼鏡を取り出す。まるで牛乳瓶のような分厚いレンズがついて縁の幅が広い、20年くらい前の冴えないサラリーマンがかけてそうな、そんな眼鏡。

「・・・・・こうすれば、分かりませんか?」

 そういって広有さんは、今かけている縁の細いデザイン眼鏡を外して、その分厚くて幅の広い眼鏡をかける。そして、キレイに伸ばして整えられている黒髪を手の平でくちゃくちゃと乱して、無造作にゴムひもで縛る・・・・。

 その姿はまるで・・・・昔、某週間少年誌に連載してた、女の子ばかり出てくるハーレム浪人漫画の成績優秀で美人なんだけど性格悪くて素直じゃない今で言うツンデレの元祖のようなヒロインが、牛乳瓶眼鏡と髪型でものすごい損をしてたとかいう予備校時代の設定、まさにソレがそのまま現れたかのような姿カタチで。

 漫画で呼んだときは、こんな極端に外見が変わる奴なんていないだろ、さすが漫画設定。ってか眼鏡と髪型変えただけでそこまで極端に人間の姿かたちが変わるわけないだろ・・・・などと好き勝手思ってたのを思い出す。そして・・・・
 
 ・・・・・・・・ああ!そういえば、去年の今くらいにもそんなこと言ってた記憶があったかも。そうだそうだ、成瀬○(予備校)にそっくりの女がいたって言ってた気がする。

「見覚え・・・・ありましたか?」

 広有さんはものすごく恥ずかしそうに、上目遣いに眼鏡をずらし、僕に確認してくる。

「・・・・あぁ、うん。そういえば、図書委員の時に見たような気が。うん、何回かしゃべった覚えもあったよ。去年の夏前くらいに、一緒に図書室の受付やってたんだよね。てか、今と全然違うし。すっごい可愛くなってて、これじゃわかんないよ」

 眼鏡を外すと美人だった・・・・っていう、うそ臭い厨設定なんて僕は今までこれっぽっちも信じてはいなかったのだけれど。眼鏡と髪型を変えると別人のように美人に変わるという設定なら、僕は今日から信じて良いと思えた。
 広有さんは、また顔を真っ赤にしてうつむきながら、眼鏡を元の、縁の細いオサレ眼鏡に戻し、ゴムひもを外して、そのキレイで長い髪を手ぐしで整えている。そうやって、髪をまっすぐにおろした素敵めがねっこの広有さんは、間違いなく先ほどとは別人だった。

「・・・・・・思い出してもらえたみたいで、良かったです。でも、真友くんが私に言ってくれたんですよ。二人で図書室の受付のをしてた時に『眼鏡変えたりするだけで、人の印象ってけっこう変わるもんだよ。せっかく高校生になったんだし、ちょっとお洒落な眼鏡にでもしてみたら?』って」

 そういえば、ちょうどその頃僕は眼鏡を変えたばかりで、それだけでちょっとした有頂天になってたような記憶がある。店員さんに「せっかく高校生になったんですし、少し縁どりの厚いメガネなんてどうですか?」なんて薦められて。
 僕もいい気になって「オサレメガネですね!!」なんて、調子よく答えて。今にして思えば、無駄な買い物だったとまでは言わないけれど、もう少し自分の財布と身の丈に合わせた眼鏡を選んで、余ったお金で別のものを買えばよかったんじゃないか?とも考える。とはいえ、消えてしまったお小遣いは、もう財布には戻ってこない。

「私って地味だし、そういうのは絶対に似合わない。って、それまでは考えたこともなかったんですけど。真友君が『そんなことないよ。眼鏡でも服でもなんでも似合うものをちゃんと選べば、それだけで見た目も周りの見る目も変わってくるもんだよ。別に地味だからってお洒落しちゃいけないなんて決まりはないんだから』って」

 過去の自分は、なかなかに偉そうな事を他人に言っていたみたいだ。

「私、真友君にそう言われたのがすごい励みになって。それで、眼鏡変えて、洋服屋さんにも勇気を持って行ってみて、店員さんが着方とか髪型とかいろいろ教えてくれて。そうすると、なんだか友達も増えてきて。だから本当に、真友君には感謝でいっぱいだったんですよ」

 確かに、広有さんにかどうかは覚えてないが、誰かにそんなことを言った気がする。でもそれは、ちょうど友人に乗せられて初めて友達だけで服屋に買い物に行ったばかりの頃で。なんだかよくわかんないTシャツが1万だとか。パーカーが3万円だとか。そういうのを買って着ることが高校生のステータスだ!みたいな感じでうまく洗脳されてた時期のことだ。
 そして、確かに服を選ぶことは必要だけど、それ以上に必要なのは高い服を無理して着ることじゃなくて、周りに左右されず自分に似合う服を選ぶセンスと、それを着こなす中身だっていうことに気がつく前の頃。
 そして今、部屋に残っているのは、ツナギにしか見えないよくわからないデザインの黄緑色のオーバーとオレンジ色のTシャツ・・・・・。出費の額については、泣きたくなるので言いたくない。
 そんな、どこか偉そうに人に講釈をしたくなるくらいに、何かにとり憑かれていた、そんな真っ最中の時期だったような気がする。そう、タマモが同じ高校になったことで、今度こそ何かきっかけを掴むためにカッコいい男になろうとして勘違いをしてた、ちょうどその頃。

 広有さんは、多分その行動が僕と違って勘違いで終わらずに、いい結果に結びついたんだと思う。勿論、広有さんの努力やセンスや素材のよさのタマモノだろうけど。眼鏡も髪型も、すごいよく似合っている。鞄のような小物から、それに付いてる飾りのような何かも、よく分からない僕から見ても広有さんの雰囲気に合ってて素敵だと思う。でも、だから。そうやって僕に感謝をしてくれてる広有さんの話を聞くのは、あまりうまくいかなかった僕にとっては、ちょっとだけ心苦しかった。

「まだ高校に入ったばっかりの頃で、クラスにもなかなかうまくなじめなくて不安でいっぱいだった時に真友君と話をして。そしたら、中学とは違って友達も出来たし、少し明るくなれたような気がしてたんです。そんな時に・・・・」

 さっきの、体中に浮かび上がった蛇の模様。
 
「誰にも相談できなくて。どうしよう、せっかく楽しく過ごせてたのに・・・って悩んでるときに保健の先生のことを聞いて」

「愛子先生。なんてったって妖怪、だもんね」

「うん。妖怪の先生だったら、私の身体のこともなんとかしてもらえるかな?と思って・・・・」

「そういえば、オカルトGメンに頼もうって選択肢はなかったの?まぁ、確かに警察に相談するのも勇気がいるけど、それでも保健の先生よりは頼りになりそうじゃない?」

 その僕の一言で、今までそれなりに話が続いていた僕らの会話が、ぴたりと止まる。
 彼女の顔も、こころもちぎくしゃくする。何か、言おうかどうしようか、悩んでるような、そんな顔だ。

「・・・・・・私が中学の頃、家でいろいろあったんです。それからは、うちの両親も私も、警察のことがあんまり好きじゃないんです」

 とても、重苦しい表情。まぁ、きっといろいろあったんだろう。それ以上は、聞くまい。

「まぁ・・・・・でも、僕も安請け合いしちゃったけど。愛子先生は大丈夫って言ってたけど、僕はそのGSの女の人を全く知らないわけだし・・・・。しかも、タマモとはもう何年も話してないわけだし・・・・・」

「大丈夫ですよ!」

 今までの気弱な感じがウソのように、広有さんがいきなり大声を出した。僕は、今かなりびっくりした顔をしてたみたいで・・・・。

「あ、ごめんなさい。いきなり大声出したりして」

「いや、全然いいんだけど」

「真友君が、引き受けてくれるって言ってくれて、私とても嬉しかったです。私、真友君とずっともう一回話がしたかったんだけど、あんまり勇気ないから。なんて話しかけたらいいのか分からなくて、ましてやお願いなんて・・・・」

 お願いしなきゃいけないのは、僕にじゃなくて本来ならタマモに大してだと思うけど。

「いや、それは本当にいいんだけど。ただね、僕はもう何年もタマモとは話をしてないからさ。GSのことをお願いするどころか正直、普通に話せるかどうかすら心配でさ」

 よっぽど気弱な顔をしていたんだろう。自分の身体の異変が心配で心細くなっているはずの広有さんを前にして、僕は頼りない返事しか返せない。どうせなら「僕に任しといて」くらい言いたいんだけれど。やっぱり、タマモと友達だと思ってるのは僕のほうだけで、タマモはもうすっかり変わってしまって・・・・・。そういう風にしか思えない。弱気な自分しか出てこない。

 だって、僕じゃ不釣合いだ。
 
 僕には、タマモと話す資格なんてない。
 
 タマモは有名な美少女で、僕はどこにでもいる高校生で。
 
 それはもう、火を見るより明らかで。
 
「昔、タマモさんと喧嘩別れでもしたんですか?」

 僕が悩んでても関係なく、広有さんは唐突に聞いてくる。

「そういうわけじゃないけど。なんだか、話ずらくなっちゃって」

「タマモさんから、避けてきたんですか?」

「そうじゃなかった。・・・・と、思うけど。なぜか会わなくなってたかな」

「昔は、仲良かったんですよね?」

「小学生の間は、よく遊びに行ってたよ。でも、何年も前の話だし。タマモももう忘れちゃってると思うよ」

「そんなことありません、ぜったい!!」
 
 意気地のない僕を励ますように、本来なら自分の身体の異変から不安でいっぱいなはずの広有さんが、今度は僕に向かって胸を張って言ってくれた。

「だったら。真友君なら、絶対大丈夫です!みんな楽しかった時のことって、昔のことだったとしても、短い間だったとしても、絶対忘れたりなんてしないものです!!」

 僕は、タマモとの思い出を忘れる事はなかった。
 
 忘れる事が出来なかった。
 
 タマモは、どうだったんだろう。

「どれだけ今と前が違ったとしても、変わらずに心に残るコトってあるんです。真友君は自分で自信がないなんて言ってるけど、あんなに自信がなくて臆病だった私に、真友君は元気になるきっかけを、自信をくれたんです。「似合わない」とか、そんな自分勝手な思い込みは関係なくって、大事なのは自分の本当の気持ちだって、教えてくれたんです。それで、私は明るくなれたんです」

 大事なのは、自分の気持ち。
 
 どれだけあの時とお互いを取り巻く環境が変わっても
 
 変わらない、気持ち。

「私は、あの時のことをずっと忘れてません。そして、今日もう一回お話することが出来ました。愛子先生も、私も、真友君が素敵な人だって知ってます。だから、だから、今回もきっとうまくいきます。うまくいくって信じてます!!」

 それはもう、シャツのボタンが弾け飛んでしまうんじゃないかと心配になるくらいに、大きな胸をさらに大きく張って。広有さんは自信満々に言ってくれた。

「『似合わない』とか、そんな自分勝手な思い込みは関係なくって、大事なのは自分の本当の気持ちだ」

 一年前の僕は、よくもまぁ偉そうなことを他人様に向かって言ったもんだ。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。そして、言った本人は今もまだ大して成長もせずうじうじしてるのに、言われた彼女はその一言を励みに、とても素敵な女の子になっていた。
 だからこそ、今度は僕が広有さんの言葉を信じて頑張る番だ。自分で見つけられなかった「きっかけ」が、ムコウから飛び込んできたんだ。似合わないとか高嶺の花なんてのは全部僕の都合だ。まずは、一歩頑張ってみよう。そうすればきっと、何かが変わるはずだ。

「うまく話、出来るかな?」

「まずは、勇気を持って声をかけることから始めてみたらいいんじゃないですか?うまく話が出来るかなんて、きっと後からついてきますよ」

(私がそうだったんですから)

 広有さんが何かをボソボソとしゃべってるようだったが、最後の方は声が小さくて上手く聞き取れなかった。

「そうだよね、ほんとそうだよね」

「はい。きっとそうですよ」

 あれだけ重たかった気分が、不思議なくらいに軽くなっている。

「ありがとう、広有さん。タマモと、話をしてみるよ。僕も、実はずっとタマモと話をしたかったんだ」

 これは、僕の偽らざる素直な気持ち。怖くて恥ずかしくて、誰にも言えなかった気持ち。

「タマモさんも、真友君と同じように思ってますよ、きっと」

 そうだといいんだけど。そう言いながら、僕はようやく不安を吹き飛ばして笑顔で彼女の話に答えた。

 それからは、彼女の家までの道のりの間、二人でくだらない雑談をしていた。今おすすめの本から始まり、好きな音楽や映画の話。どこにでもいる高校生が話すような、どこにでもある普通の話だった。

 そうやって話をし始めれば、道のりはあっというまだった。彼女の家の前まで来ると、彼女はとても名残惜しそうに、家に帰っていった。家に入ろうとしたとき、彼女がとても悲しそうな、辛そうな、家に入りにくそうな表情をしていたのだけれど、僕は余り気に留めなかった。きっと、蛇のことが心配なんだろうと思った。だからこそ、僕は広有さんのためにも、なにより自分のために、タマモに話しかけなきゃと思った。

 あんなに重かった足取りも、すっかり軽くなっていた。

 もうお昼も過ぎたし、そろそろタマモも学校に来てるはずだ。
 
 タマモは、変わってしまったんだろうか。それとも、変わらないままなんだろうか。僕は学校に戻る途中、まず最初になんと言ってタマモに話しかけようか、ひたすらそれだけを考えていた。  


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