椎名作品二次創作小説投稿広場


妖怪談〜とある学校での現世続百鬼〜

第二話 壱談目:蛇とおばあちゃん〜Till When〜(2)


投稿者名:あいざわ。
投稿日時:08/ 3/13

 保健室のドアノブには、紐で札がぶら下げられている。裏表になっていて、表は「在室中」裏は「おでかけ中」。僕がけだるい月曜の数学から逃げ延び辿り着いた、そんな今日の保健室には「おでかけ中」とかけられていた。

「なんでこんな大事な時に保健の先生いないんだよ・・・」と、僕は今時の若者のような思考で呟く。そして、なぜかこの時、僕はドアノブを回そうとしてしまった。

 いないなら鍵がかかってるだろうし、それだけ確認してダメなら教室に帰るか、購買にでも行くか。本当にそのくらいしか考えてなかったとしか言えない。大して深くも考えず、僕、真友康則は保健室のドアノブを回すと、ドアノブはくるりと回ってしまった。そして、そのままドアを引くと、保健室の扉は開いてしまった。なんだ、空くんじゃん。だったら、だったらこのまま先生が来るかタマモが来る時間まで寝かせてもらえばいいや。そう思って扉を開いて、中に入ろうとした。そして、中に入るとそこには・・・・・・


 下着姿の女の子がいた。


 人間びっくりすると、本当に声が出ないものなんだ。
 僕の目の前には、下着姿の女の子。相手は、目が点。僕も、目が点。自分自身じゃわからないけど、絶対今の僕は目が点。

 服を脱いで、下着以外何も着けてない眼鏡の女の子。
 え?なんでこんなところに下着のめがねっこが?登場する小説を間違えたのか?

 そんな、混乱してよくわからない台詞を吐いてしまった僕が、そんな状況でもなんとか冷静に彼女を注視することが出来たのは、素敵な長い黒髪に目を惹かれたからでも、意外と女の子が可愛いかったからでも、正直目のやり場に困るくらい大きなバストのせいでも断じてなく。

 体中に浮かび上がる無数の蛇の模様。

 タトゥーやシールなどではない。明らかに生物のものと分かる鱗の模様が、びっしりと女の子の身体に浮かび上がっている。その、若い女の子の白い肌に浮かんだ明らかに不釣合いな無数の蛇の模様に、僕は飲み込まれてしまった。

 そして、女の子も似たような心の動きだったんだろう。いきなりの男子の乱入に、びっくりして目が点になって、そしてふと我に帰って、相手を見て・・・・・・・・

「キャーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「すいませんでした!!!!!!!!」

『バタンッ!!』

 大急ぎで回れ右してなんでかわかんないけどすいませんでしたと大声張り上げて猛ダッシュで保健室から飛び出して扉を閉めて、、、僕はそのまま扉にもたれかかった。

 うわー。心臓がすごいばくばく言ってるよ。てか女の子の裸って生で初めて見たよ。ってか裸じゃなくて下着姿か。いや、どっちもカワンナイけど。うわーどうしよう。すごい恥ずかしい。なんかめちゃめちゃ胸大きかったし。今時ノ女子高生ッテスゴイヨネ。てか今彼女、叫んだよな?確かに叫んだよな?めちゃくちゃ大声で叫んでたよな?これ、この状況で人が来たら、僕終わりじゃない?冗談抜きで文字通り人生終わってしまわない?まだ2話なのに、ここで終わるのか?俺達の冒険はまだ始まったばかりだぜ!!って、僕の人生既にここで終わりそうなんですけど?

 職員室の方から、ざわざわとした声が聞こえる。人も少しずつ集まってきた。あぁ、もう万事休すか・・・・。そう思った時、部屋の中から声が聞こえた。

「真友くーん。もう大丈夫だから、こっち入っていいよ」

 この、どう贔屓目にしても学生にしか聞こえないこの声は・・・・・保健室の先生。
 僕はその声をきっかけにはじかれた様に、人が集まりだした廊下から逃げる様に、保健室に逃げ込む。その挙動不審な様子に、男性教員がこちらに向かってきてるようだが構うものか。
 扉開ける→入る→扉閉める。一呼吸で行って、まだハーハーと肩で息をしている僕の様子を見て、中にいた部屋の主が笑い声を上げる。

「アハハハ。同級生の下着姿を覗き見しちゃうなんて、真友くん。青春ね〜」

 断じて言おう、それは違うと。

 息が切れてうまくしゃべれず、目で必死の否定をする僕に向かって軽口を叩くのは、白衣を着た女子高生・・・・ではなく。我高が誇る多分日本で唯一の妖怪保健教諭、愛子先生だ。

「おでかけ中ってしといたんだけどな〜。うっかり鍵かけるの忘れるなんて・・・・普段、鍵なんてかけないからね。すっかり忘れてたわ、これも青春ね。まぁ、それは今後気をつけるとして・・・・・」

「「コン、コン」」

 ノックの音がする。他の教員が心配して保健室に様子を見に来たのだろう。
 僕はその音に、必要以上に肩を震わせて反応する。愛子先生は、ノックの音にびびる僕をからかうように笑った後、安心させるように手をふる。

「大丈夫よ、真友くん。私に任せといて。でも、レディの部屋に入る時はノックくらいするのが礼儀だと思うよ、今みたいに。ま、ノックしないでびっくりのアクシデントってのも、青春だけどね。いますよ〜、どうぞ〜〜」

 「失礼します」の野太い声とともに、入ってきたのは、今時漫画にしか出てこないような暑苦しい筋肉の体育教師だ。

「女生徒の叫び声が聞こえたと連絡があって、周りを伺ったところ、そこの男子生徒が保健室に逃げ込んだものですから・・・・・」

 僕をじろりとにらんだ後、体育教師は迫力をきかせて愛子先生をにらむ。うぅ、相変わらず嫌みったらしい筋肉野郎だ。安納金男(36歳、独身)。ちなみに生徒間でのあだ名は「のうきん」。そんなのうきんの迫力を軽く受け流し、愛子先生は笑顔で答える。

「のう・・・じゃなくて、安納先生。ご心配かけちゃったみたいですいません。実はさっきそこの女生徒が薬品のビンを割っちゃって。それにびっくりしてキャーって。ちょっとした過ち、若さゆえの可愛らしい嬌声、青春よねぇ〜」

 愛子先生が言うと、奥から眼鏡の女生徒が現れる。さっき、僕が・・・・見てしまったあの女の子だ。今はもちろん、制服を着ている。じゃっかん泣きそうな顔をしている彼女は、僕と目が合うと耳まで真っ赤にして俯く。そりゃそうだよな・・・・。僕もさっきのことを思い出して、顔を赤くしてしまう。

「そ、そうでしたか。それでは、そこの男子生徒はなぜ廊下から逃げるようにこの部屋へ・・・・」

 のうきんめ、ネチネチとついてきやがる。僕も何か言った方がいいのかな・・・・。でも愛子先生、さっき私に任せてって言ってたし・・・・。

 とか考えてると、胸の大きな眼鏡っこがのうきんの前に立ちはだかる。さっき耳まで真っ赤にしてたあの女の子が、今は愛子先生とのうきんの間に、割って入っている。
 あ、愛子先生!何かフォローしてくれるんじゃなかったの?話が違います!!!あー、これで僕もおしまいかぁ。と、勝手に思ってると、その女の子は僕が予想してたのとは全然違う台詞を吐き出した。

「あ、安納先生、す、すいません。私がビンを落としてびっくりしちゃった時に真友君が入ってきて、そ、それで真友くんもびっくりしちゃって、あの・・・・その・・・・ごめんなさい!!」

 どっちかというと、さっきより今のほうがびっくりしてるかもしれない。
 
 なぜか、僕かばってもらってる。いや、故意じゃないとはいえ、僕がこの眼鏡っこの下着姿を見ちゃったのは間違いないのに。この女の子に訴えられることはあっても、かばってもらう必要なんて全然ないのに・・・・。って、あれ?真友君って、今僕の名前呼ばなかったか?なんでこの子は僕の名前知ってるんだろ?

 そんなことはさておき、眼鏡っこの今の一言で、保健室内は一件落着な空気になってしまった。完全に蚊帳の外に追いやられた自分を、のうきんは横目でにらみ「気をつけてください」と一言捨て台詞を吐いて保健室から出て行った。
 扉の向こうでは、先生方が「女生徒の悲鳴なんて、久しぶりに聞きましたなぁ」とか「奴が卒業して以降、回復してきてた胃がまた痛み出しましたよ」だとか「私なんて奴に何度着替えを覗かれたか。もうあんなこと、コリゴリです!!」などなど、扉の向こうで井戸端会議に花を咲かせてるようだ。そして、そんな扉の向こうなど今は問題じゃない。問題なのは、この保健室の中だ。

 集まってきた先生方が扉の向こうからいなくなったのを確認。もう誰もいないようだ。保健室内には、愛子先生・僕・そして眼鏡っこ。
 その眼鏡っこは、先ほどのうきんに一言物申したのがよっぽど緊張したらしく、今も放心状態だ。でもそんなことは関係ない。謝らなきゃ、謝らなきゃ。さっきのことをこの子に今すぐ謝らなきゃ!!
 じゃっかん落ち着きなく、僕は先ほどの『事故』のことを、眼鏡っこに謝罪する。

「さっきはごめん!でも、あれはわざとじゃないんです!!『事故』なんです!!間違いなんです!!」

 やっと言えた。そんな僕の謝罪に対して、目の前にいる眼鏡っこは最初、なんのこと?って顔をした後・・・・・・


 ・・・・すぐに思い出したようで、また耳まで真っ赤にしていた。

「・・・・・い、いえ。私の方こそ・・・・・そ、そうだわ。ち、ちゃんと鍵をかけてあるか確認しとけばよかったんです。面倒に巻き込んじゃって、そ、その、本当にすいません!!」

 オドオドと謝る眼鏡の女の子。鍵をかけてなかったのは、目の前にいるこの子の責任じゃなくて、愛子先生のせいじゃないか。そう思って、目を愛子先生に向ける。

「真友くん、なにか言いたいの?先生に思いを隠すのも青春。でも、思いを打ち明けるのもまた青春よ?」

「愛子先生、鍵・は・と・も・か・く。ノックし忘れてすいませんでした。あと、迷惑かけてすいません。僕、今日は教室戻った方がいいですか?」

 確かに、女の子の下着姿を、ましてや初めて見たのがあんなに大きな胸だったんだから、そりゃびっくりしたし動揺したし、今もしてるけど。
 
 でも、それ以上に、あの女の子の体中にあった蛇の模様。アレをこの保健室で見たということは、間違いなく霊能絡みだろう。一般人の僕がいると邪魔になるだけだろうし、それ以前に大きな迷惑を既にかけてしまってる場合もありうる。
 あの女の子にはまだ全然謝り足りないけど、ここはすぐに退くのが、彼女に対しての一番の誠意となるんじゃないかな。そう思って、部屋を出ようとしたところを、愛子先生に引き止められる。

「確かに。見たのが普通のすけべな男子生徒だったら、取り込んで全ての記憶を消してお引取り願うんだけど。ここに来たのは真友くんだったわけで・・・・そういうわけにもいかなくなっちゃうのが、青春の難しいところなのよ」

 ん?どういう意味だろう。僕・・・・が何か関係あるのかな?でも僕、霊能どころか妖怪なんて(学校にいる人たち以外)見たことない、一般人・・・・だよな?イマイチ話についていけていない僕を置いて、愛子先生はさらに畳み掛けてくる。

「さっき彼女・・・・・広有さんの青春の悩み、見たよね?」

 なんだか、あんまり何回も確認されると頷きにくくなる。何か言質でも取られてるのかと心配になってくる。ただ、今の場の空気は愛子先生も真剣そのもの。
 その愛子先生の横を見ると、先ほどの眼鏡の女の子・・・「広有さん」という名前らしい。彼女も耳を真っ赤にしつつも、表情は悩んでいる人の顔をしている。その表情を見ると、僕は余計なことは考えず「見ました」と一言伝えることにする。

「霊障・・・・なのは間違いないんだけど。私はしがない元学校妖怪だから、除霊は正直なとこ専門外なのよ。青春時代の委員会活動っていうのならともかく、今はただの保健室勤務の妖怪だし」

 青春時代の委員会活動・・・・・除霊を専門にする委員会活動なんて、日本全国どこをどう探しても絶対に行われていないと思う。たまに愛子先生は僕からのつっこみを待ってるとしか思えないボケを繰り出すのだけれど、冗談なのか本気なのかわからないので、いまいち指摘しづらい。しっかりしてそうに見えて、実は天然な人なのかもしれない。

「ただ、出てる感じからすると、けっこうやばい霊障っぽいのよ。蛇が絡む場合は、たいがい大事になることが多いしね。今はまだ広有さんに異変は出てないけど、異変が出る前だからこそ、ちゃんとした人に見てもらいたいのよ。かといってGSに頼む・・・・ってのも、青春貧乏真っ盛りの学生にはむずかしいしね」

 GS(ゴーストスイーパー)。除霊を生業にして多額の報酬を得る職業。小学生の憧れの職業、五年連続1位。ここ数年、日本高額納税者ランキングの上位を独占する彼らへの支払いに必要な金額は、一般市民では間違いなく手が出せない高額なものである。一部の金持ち、大企業、政府機関、そういった人間達だけが、高い金を支払い除霊を行っているのが現状だ。

「だったら愛子先生、オカルトGメンは・・・・」

 オカルトGメン。高い依頼料を支払えない民間の霊障を除くために、近年設置された公的機関。ここなら、愛子先生の横にしょんぼりと立っている眼鏡女子、広有さんの霊障を払うことが出来るんじゃないか?我ながら良い案だと思ったものの、愛子先生の表情は暗いままだ。

「オカルトGメンは、ちょっと・・・・。というより、若くて可愛い乙女な広有さんに警察のおっさんたちの前で裸にされてあることないこと聞かれたり触られたりを我慢しろっていうのは、やっぱり難しいわよ。わたしもできるなら、そんな青春させたくないし」

 命あってのものだね、という言葉もあるけれど。それよりもやはりプライドも大事ということなんだろう。僕は若い乙女でも可愛くもないから、妖怪に狙われても服を脱いだら助けてくれるなら、やっぱり脱いでしまうのかもしれない。そう思って、広有さんを見る。さっきまでは下着姿を見てしまった罪悪感と気恥ずかしさであまり顔を見れなかったけど、今見るとなかなか可愛い人だなって思う。縁の細い、お洒落な眼鏡と長い黒髪が印象的な女の子だ。そして、どうしても目がいってしまう大きな胸・・・・。そんな僕の視線に広有さんが気付いたのか、顔を真っ赤にして胸を腕で隠してしまった。僕はまた、罪悪感にかられる。そんなつもりじゃなかったんだけど・・・・。広有さんは、顔を真っ赤にして僕と目を合わせないように下を向いている。

「それでね。GSにお金は払えない、オカルトGメンも無理。そうなってくると真友くん、青春の鍵は君が握ってるのよ」

「なんで僕が?」

「タマモちゃんとの青春の記憶、確かめたいんでしょ?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!。

  
 ここでいきなりタマモの名前が出てくることに、僕はおもいっきり動揺してしまった。なんで愛子先生がそれを知ってるんだ?というか、何をどこまで知ってるんだ?僕は確かに、愛子先生とタマモの話をしたことはあったけれど、それはクラスメートの興味本位くらいのもので、小学校の頃の思い出とか、そんな深い部分まで話した覚えはない。

「タマモちゃん、知り合いにGSがいるのよ。だから真友くんからタマモちゃんに話してくれれば、きっとその人たちが広有さんの青春の悩みを解決する力になってくれるはず・・・・・って、真友くん?聞いてる??」

 タ、タマモのしりあいにGS・・・・。
 
 いやなフレーズが頭の中を占領する。それは例の、タマモが「凄腕GSの男のマンションで週末泊まっているため、月曜は起きてこれない」という噂。それって、その噂の男のことなのか?こんなところでまで、その話ですか。その話が聞きたくないから、月曜の午前は保健室に来てるのに・・・・。そっか、タマモはやっぱり、そっか。そうだよな・・・・・。今もそのマンションに泊まってるのかな・・・・。そっか、やっぱり事実だったんだ・・・・。

「おーい、真友くーん?あたしの話きいてる?聞こえてる?自分だけの青春にトリップしてない?」

「・・・・・はい、聞いてますよ・・・・・タマモに貢いでるって噂の敏腕GSに、広有さんの除霊をお願いしてもらえばいいんですよね〜そうやって立場を明確にすることで、思い出に終止符を打ってこいってことですね、いいですよ〜いきますよ〜お願いしてきますよ〜」

「うっわぁ。完全に自分の世界に入ってっちゃってるし、青春ねぇ。てか貢いでるって何の話?大丈夫かなぁ。『いいですよ〜いきますよ〜』って、場所とか分かってるの?」
 
「大丈夫ですよ〜例の駅前の高級マンション、よく噂になってますよ〜凄腕の男は住んでる場所も違うよな〜オートロックをどうやって打ち破ろうかな〜」

「あぁ。あのマンションはGSの人が住んでる方で、タマモちゃんが住んでるのは事務所の方だからね。ってか、真友くん。凄腕の男って、何か青春全開で勘違いしてるみたいだけど、その凄腕GSは女の人だよ?」

「タマモ、事務所に住み込みか〜もうそんなところまで進んでるのか〜って、女性??GSの人って、女性なんですか??」

 僕は、この「女性」という一言で、ようやくこっちの世界に戻ってくることが出来た。
 
「えぇ。GS業界でも指折りの事務所を経営してる人で、タマモちゃんの保護者兼監督者。タマモちゃんはその事務所にご厄介になってるのよ。私も、青春時代にいろいろとお世話になった人なんだけど・・・・知らなかった?」

 全然知らなかった。よく考えればタマモは妖怪なんだ。そもそもうちの高校が特殊なだけで世間の目はまだまだ妖怪などの、理解の出来ない世界の住人に対してはとても厳しい。住む場所も自ずと限られてくる。なので、それは当然といえば当然の設定だ。ってことは、あの噂はやはりいい加減で無責任な、ただの噂だったんだ。僕の心が、軽くなる。そして、軽くなって現実に戻されると、今の僕の現状を突きつけられる。

「というか愛子先生。愛子先生の知り合いなら、愛子先生の方から直にお願いすればいいんじゃないですか?タマモを通したりなんてメンドクサイことしなくても。それに実は、僕もう何年もタマモとは会話とかしてないんですよ。だから、なんて話したらいいのか・・・・。そんな自分がお願いしても、うまくいかないと思うんです。だったら、先生が直接そのGSの方にお願いした方が・・・・」

 そういうと、愛子先生は今日一番の笑顔で
 
「だったら!なおさらいい機会だって思えるじゃない。お互いに何年も接点がなかった幼馴染同士が、ふとしたきっかけからまた昔のように仲良くなっていく・・・・あぁ、青春だわ、これぞ青春だわ!!!」

 なんだか、普段の愛子先生とはちょっと違う、ものすごくテンションの高い、まるで僕達と年齢の変わらない、同級生のような口調と熱っぽさで語りかけてきた。ところが・・・・

「・・・・・・それに、ね。その事務所に勤めてる人とは、いろいろあったんだ・・・・。だから、私がいくよりは、真友くんが行く方が、きっと良いと思うんだ。だから、タマモちゃんに聞いてみてくれない?」

 そう言うと愛子先生は、さっきの若々しい雰囲気が嘘の様に、若くて明るいけど落ち着いた、いつもの口調に戻ってしまった。これはこれで、これがいつもの愛子先生なのだけれど。うっかり「愛子ちゃん」と呼んでしまいそうなくらい明るく若々しいさっきの先生を見てしまうと、まるで今の「愛子先生」の方が、普段作っている姿なんじゃないのかな?と、僕はそう思ってしまった。

 ちょっと訝しげな僕を尻目に、愛子先生はもうすっかり普段の愛子先生に戻っていた。それよりもなによりも今一番不安なことはそんなことではない。正直、もう何年も話もしていない幼馴染になんて話しかければいいのか、僕には全く見当がつかなかった。そして、もしも、万が一だけど、僕が話しかけてもタマモが何も言わずにムシしていってしまったら・・・・。そう想像しただけで、ますます怖くなってしまって、全くうまくいくイメージがもてなかった。

「いちおう・・・・タマモに声はかけてみますけど・・・・大丈夫ですかね・・・・」

 不安いっぱい、不平いっぱいを、言葉に込めてみた。でも、愛子先生には関係なかったようだ。

「大丈夫。真友くんが言えば、タマモちゃんはきっと力になってくれるはずだから。私の言葉を、自分の気持ちを、そしてタマモちゃんとの思い出を信じてみてよ!青春は、きっとあなたを裏切らないわ!」

「そ、そんなもんですかね・・・・」

「そうよ。青春っていうのは、そんなもんなのよ。それに・・・・・・」

「・・・・それに?」

「広有さんのあられもない姿を見ちゃったからには、精一杯償いをしてもらわないと。貴重な青春時代を、檻の中で過ごしたくないでしょ?通報されたくなかったら、必死でがんばってね」


 これで僕は、愛子先生の言うとおりにするしかなくなった。

  
「じゃあ真友くん。今日は午後にはタマモちゃん来てると思うから、その時に声かけてみて。頼んだわよ。あと、広有さん。あなた今日はこのまま早退だから、おうちまで真友くんに送ってもらって。どうせ、タマモちゃんが来るまでは、真友くんも保健室でごろごろしてるつもりだったんでしょ?先生方にはうまくいっとくから、お願いね。真友くん、頼んだよ男の子。病気がちな女の子をお家までお見送り。いやぁ、これも青春よね」

 広有さんの「1人で帰れます、大丈夫です」と愛子先生の「いや送ってもらいなさい。そうじゃないと青春にならない」の応酬合戦の結果、僕は広有さんをお家まで送ることになった。僕としては、タマモが学校に来るまでは保健室にいるつもりだったし、広有さんにさっきのハプニングのことを全然謝ることができてなかったので、全然問題なかったのだけれど。

 本当は、何年ぶりに話すタマモとの会話のことで頭がいっぱいでそれどころじゃなかった。愛子先生は「大丈夫」と言ってくれたけど、僕は正直不安で潰されそうだった。

 最後に話したのって、いつのことだったっけ・・・・。
 
 それはすぐには思い出せないくらい、遠い過去のことになってしまっていた。


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