椎名作品二次創作小説投稿広場


妖怪談〜とある学校での現世続百鬼〜

壱談目:蛇とおばあちゃん〜Till When〜(1)


投稿者名:あいざわ。
投稿日時:08/ 3/13

 誰もいない音楽室で夜な夜な、ピアノの音が・・・・・などというベタベタな怪談の一つや二つや七つなら、どこの高校にも転がってはいるものなんだろうけど。うちの高校に転がっているのは、在り来たりな「友達からの噂なんだけど・・・・」や「先輩から聞いたんだけど・・・」などという胡散臭い四方山話などでは決してない。

 本当に本物な妖怪たちが、それこそ当たり前のように朝から学校に来てクラスで授業を受け、机をくっつけあって昼食と会話に勤しみ、掃除をして、帰り道に繁華街に寄ってプリクラを撮り、テスト勉強に対する愚痴を言い合っている。

 さらに、そんなリアルな妖怪たちの存在すら簡単に霞んでしまうほどの伝説的なセクハラ大王の逸話が、それこそ神か悪魔の所業のように、男子生徒達には尊敬と共に、女生徒達には嫌悪と共に語り継がれている。
 (しかもその全てが一切の誇張もない、ほんの数年前に日常的に行われていた紛れもない『事実』(というか普通に犯罪)であることを、僕は知っている)

 でも、だからといって。

 あの時、僕が彼女の下着姿を見てしまったのはちょっとした不幸な事故であって、故意じゃない。セクハラではない。のぞきなどでは決してない。それだけは、声を大にして言いたい。
 重ねて言おう。僕、真友康則が彼女、広有鏑子の下着姿を見てしまったのは、本当の本当に、紛れもない偶然の産物だった。


妖怪談〜とある学校での現世続百鬼〜

第一話 壱談目:蛇とおばあちゃん〜Till When〜@

 月曜の午前中と金曜の午後の授業、どちらがけだるく感じるのか?と問われれば、自信を持って月曜の午前中と答えるだろう。そして今は月曜日の午前中、場所は僕の通う普通科高校の教室内。歯茎をむき出しながら黒板に文字を書いている数学の先生の言葉を、僕は机に肩肘をつきながら右に流す。

 数学なんて、社会に出て一体何の役に立つんだろう?とか、誰しも学生時代に一度は考えるような益体もないことを考えながら、僕は教室の窓側奥左隅を振り返る。

 相変わらず、座席は空席になっている。それを見て、朝から何度目になるか分からないため息を吐く。その席の主は、かなりの高確率でこの月曜の朝一番に始まる数学の授業を毎度のように欠席する。

「今日も来てないのか、タマモ・・・・・」

 僕が月曜の午前を一週間の中で最もけだるく感じる理由。それは休み明けに一番最初の授業が始まる時間だからでも、数学があまり好きじゃないからでもない。ある女の子が、同じ教室の中にいないからだ。

 女の子の名前は、タマモ。僕の小学校時代からの友人。そして、うちの高校に通う女子高生。クラスメイト。そして・・・・・・妖怪。

 玉藻前という狐の妖怪、それがタマモの正体?らしい。とは言っても、僕が小学校時代から知ってるタマモはちょっと大人びた、仲のいい可愛い女の子、ただそれだけで。そしてそれが思春期の同じ時間を共有していくごとに「同学年の可愛い女友達」ではなく「大人っぽいキレイな同級生」へと変わっていき、ついには「中学校内でも評判の美少女」とまで言われるようになり。

 中学の終わりくらいになると「タマモと一緒に仲良く遊んでた小さい頃の思い出は、僕が勝手に妄想していた夢物語だったんじゃないか?」そう思ってしまうほどに遠い存在になってしまい、接点もなくなってしまった。文字通りの高嶺の花だ。なので「卒業したら、もう会うこともなくなるんだろうなぁ」などと勝手に、普通に思っていた。だから、タマモが僕と同じ高校に通うと知った時は、誰にも知られないよう自分の部屋で大声でガッツポーズしたものだけど・・・・・。

 高校に入学すると、その美貌にますます拍車がかかり、やれ「モデル業界のスカウト合戦が日米欧の間で行われている」だの「今をときめく某人気俳優と付き合っている」やら「凄腕のGSに貢いでもらっている」などなど、もう県内の高校生でタマモの名前を知らない奴は男女問わずいないんじゃないのかというほどの有名人になってしまった。高校の校則にタマモの出待ちを規制する一文を加えるかどうかで、本気で生徒総会が開かれたくらいだ。

 また、この頃には「玉藻前」という妖怪が、それこそ歴史の本にも載ってるくらいの「男を惑わす傾国」の代名詞な有名妖怪で、僕が大好きで全巻集めた「槍を片手に妖怪と戦うハートフル妖怪物語」に出てくるラスボスも、「仙人が出てくる歴史漫画のはずが、気がついたらSFアクションになってた漫画」に出てくる最後には宇宙人に盗り憑いて地球になっちゃうトンデモ美女仙人も、全部あのタマモがモデルだというのを、本を読むのが好きな高校生の僕は、知識として知ってしまっていた。

 もうその頃になってしまうと「ひょっとして、自分が小さい頃に感じていた大それた『好き』って感情も、小市民な僕がタマモの妖術に勝手に惹かれてただけなのかもしれないなー。そうなんだよ、そうに違いない。きっとそうだ!!」などと、自分を納得させるためだけの適当な理由を見つけて、僕は勝手に逃げてしまっていた。

 そうなると、平凡な高校生でしかない僕としては、ますますタマモが遠く感じてしまうわけで。せっかく高校1、2年共に同じクラスになったというのに、声をかけるきっかけも勇気もなく、今はただ毎日タマモの姿を見て満足するだけの状況になってしまっている。

 タマモはあまり学校にはこない生徒だ。不良などではなく、無論勉強が出来ないわけでもない。単純に休みがちなだけだ。
 理由は、誰も知らない。もちろん、無責任な噂は山のようにある。タマモは、誰かと特に親しいというわけでもない。その美貌と人気が相まって、休みがちな状況は、なおさらに噂を加速させる要因にもなっている。そして、月曜の朝はまず学校に来ない。その休みの理由になってる噂が「凄腕GSの男のマンションで週末泊まっているため、月曜は起きてこれない」だから、僕の気分はなおさらに萎えてしまう。
 勿論、タマモと親しい会話の出来る同級生など、うちのクラスどころかうちの高校にはいないので、それはしょせん噂話にしか過ぎない。だから、ことさらに僕が落ち込む必要などないことくらい、分かってはいるつもりなのだけど。 
 
 この間、日曜の深夜に高級マンションからタマモが男と手を繋いで出てくるのを見たと、クラスの女子が騒いで言っているのを聞いた時、それには僕も本気でへこんでしまった。もう高校生だし、あれだけの美人だし、そりゃそういうこともあるだろうけど・・・・あるんだろうけど・・・・。

 僕の青春のやりきれない思いは、月曜の午前中、誰もいない空席を見るたびに、ますます膨らんでいく。・・・・そして僕は授業中、指されてもいないのに手を挙げ、いつものように現実逃避をしてしまう。 

「先生、気分が悪いんで保健室行ってきます」






 うちの学校の保健室の先生は、なんだか変わっている。保健室の内装からはあからさまに浮いた古ぼけた汚い机を愛用し、ちょっと世間話をしたくらいですぐに「青春ね!」と大げさに感嘆する。この高校のOGで、保険教諭の資格を取って戻ってきたそうだ。
 
 そして、実は妖怪らしい。
 
 「らしい」というのは、本人が言ってるだけで、実際のところ本当なのかどうなのか誰も知らない。誰も当人に突き詰めたりしないからだ。「本人がそういってるんだから、そうなんだろう」うちの高校の人間からしたら、氏素性などその程度の関心ごとなのだ。他にも何人(?)か、そういう先生だとか生徒だとかがいるらしいけど、僕は余り詳しく知らない。
 ただ、今でも学生のような若々しい空気を持った、あの明るい保健の先生と話をしていると、誰しも心が落ち着くらしい。生徒達の間でもなかなか好評な先生だ。それに、ここが一番重要なのだけど。あの保健の先生、どうやらタマモのことを前から知っているようなのだ。保健室内で、女子がタマモについて適当な噂話で盛り上がるたびに「タマモちゃんってそんな娘じゃないよ」と、保健の先生はタマモをフォローする。「じゃあタマモさんってどんな人なんですかー?」と女子に聞かれると、保健の先生はタマモについてちらほらと話し始める。そこで話されるタマモは、噂話なんかで聞くタマモではなく、自分がよく知っている、小さい頃のイメージのタマモそのままだった。そのタマモの話を聞いて以来、僕は気持ちが落ち込むたびに、保健室を訪れるようになっている。そして、女子と保健の先生がタマモの話をしているのを聞き、少しだけ癒されてまた教室に戻るのである。
 今日も、傷つき疲れた僕(大げさ)は、保健室に行って先生とくだらない話をして、心を軽くして、タマモが登校してくる頃を見計らって教室に戻る、いつもと変わらない月曜日を過ごすはずだった。


 だから思う。今では本当に思う。なんであの日に限って、僕は保健室に入るとき、ノックをするのを忘れてしまったんだろうかと。


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