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まりちゃんとかおりちゃん

第四話 やめて!! 横島さん……!!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 3/ 8

  
 その病室には、二人の若者が入院していた。
 伊達雪之丞とタイガー寅吉。二人とも若手ゴーストスイーパーであり、横島たちの友人でもある。彼らは、全身の霊力中枢をズタズタにされて、病院に運び込まれたのだった。
 知らせを受けて、美神と横島とおキヌの三人が、面会に駆けつける。

「いったい何があったの!?」
「おまえら、男二人で……
 ナンパでもしとったんか!?」

 真面目な質問をする美神と、軽薄な質問をする横島。一方、おキヌは、

(ああっ……!?
 この状況は……!?
 そんなバカな!!
 早い、早すぎるわ……!!)

 自分の記憶している展開と照らし合わせて、軽くパニックに陥ってしまう。
 これは、どうみても、アシュタロスの本格侵攻が始まった時の一場面である。しかし、それは、まだまだ先のはずなのだ。
 彼女は知らないのだが、おキヌと横島が恋人関係になったことが、歴史を大きく変化させる遠因となっていた。
 本来ならば、アシュタロスが月まで手を伸ばした際、神魔正規軍は、その妨害を美神たちに依頼するのだ。ただし、秘密裏に行う必要があるため、彼らは、横島がレンタルするスケベビデオを介在させる。ところが、恋人持ちの横島は、そうしたビデオを借りられなくなってしまった。そんな横島を神族調査官が想像出来なかったことも理由となり、計画は失敗に終わってしまう。
 ただし、不幸中の幸いは、アシュタロスの目的が月壊滅ではなかったことだ。アシュタロスは、ただ、最終作戦発動のためのエネルギーを必要としていた。そのために月の魔力エネルギーを自分のところへ送信させただけである。しかも、人間から得た科学技術まで利用したところで、月の魔力を100%持ち帰ることは不可能。ある程度は、月に残ってしまう。だから、かの地に住む月神族の被害は大きくはなく、一番傷ついたのは彼らのプライドだった。
 それに、もしも月作戦が失敗したとしても、アシュタロスは、自身の活動を休止させることで、いずれは必要なエネルギーを作り出していたであろう。だから、ここでの『大きな変化』は、単に、時期の問題だけに留まっていた。

(ごめんなさい、雪之丞さん……!!)

 それでも、おキヌは、心の中で謝罪する。現在彼女が目にしているシーンは、記憶と全く同じではないからだ。おキヌの知る歴史では、恋人とのデートを楽しんでいた雪之丞が襲われるのだが、ここでは、タイガーとともにナンパに励んでいた雪之丞が被害を受けている。
 一方、男二人は、横島の言葉にギクリとしながらも、説明を始めていた。

「……まあ、なんだ。
 ともかく俺たちは、繁華街をブラブラしてたわけだ」
「そうしたら……
 おかしなカッコの三人娘を見つけましての〜〜」
「ああ。
 三人とも美形だったが、一人はガキだったから、
 こっちも二人で、ちょうどよかったのさ」
「そうなんジャー!!
 もし三人とも妙齢のおなごなら……
 ピートさん連れてきとけばよかったと
 後悔したところじゃったノー!!」

 どうみてもナンパである。
 しかし、そのナンパ相手が悪かったらしい。声をかけたら話に応じてくれたのだが、突然、三人が凄まじい霊圧を出し始めたのだ。

「三人とも……!?」
「ああ……。
 ありゃあ、どう見ても人間じゃねえ!!」

 美神の確認に、雪之丞がうなずいた。
 ここで、横島が口を挟む。

「おまえら……。
 いくら女いないからって、
 妖怪ナンパすることはないだろう?」
「……横島さん!?
 横島さんは……横島さんだけは……
 そんなこと言っちゃダメですよ!!」

 彼の発言を聞いて、おキヌとしては、もう申し訳ない気持ちでいっぱいである。しかし、今出来ることは、横島の腕を引っ張って部屋の隅へと移動し、話を混ぜっ返さないようにすることだけだ。
 そして、ようやく話が肝心のポイントまで進んだ。

「で……いきなり、
 センサーみたいなもんで霊力を探られた」
「パワーをムリヤリ吸い出して
 バラバラにされましたケン!!」

 彼らの発言の意味を理解し、美神が緊張する。

「そいつら誰かを……
 あるいは何かを探してるふうだったのね?」

 と、美神が聞き返した瞬間。

 ズン!!

 強大な霊圧とともに、魔族三姉妹……ルシオラ、ベスパ、パピリオが出現した。




    第四話 やめて!! 横島さん……!!




『あら、さっきの男たちもいるわよ?
 でも……今回のターゲットは別よね!?』
『そうでちゅ、ルシオラちゃん!
 そこの髪の長いでちゅ!』
『ほらー
 さっさとやろーぜ!
 まだまだ候補はタップリいるんだろ?』

 三姉妹を見て、横島の腕にしがみつくおキヌ。

(なんで……!?
 なんでこんなに早く
 ルシオラさんが来ちゃうの!?)

 おキヌの知る歴史の中で、ルシオラは、横島の初めての恋人となる存在だ。
 だが、今の彼の恋人は、おキヌ自身である。
 『横島さんは渡さない』とばかりに、ギュッと力を強めてしまう。

「大丈夫だよ、おキヌちゃん……。
 俺が……守るから」
「横島さん……!!」

 おキヌが不安なのだと解釈した横島は、自由なほうの腕で、彼女を抱き寄せた。
 恋人たちが、そんなやりとりを交わしている間に、

『それじゃ……さっそく!!』

 ルシオラが、リング状の探査装置を投げつけた。

 バチッ!! ババッ!! バチ!!

 気絶して倒れた美神だったが、探査の直前で幽体離脱している。事情を察したから、エネルギー結晶を隠す策に出たのだ。

『……霊圧、5.6マイト! 結晶未確認!』
『5.6マイト……!? へんでちゅね?』

 装置の報告を聞いたパピリオは、なんだか不思議そうだ。予想外の低い測定結果に、三姉妹側は拍子抜けしている。一方、横島たちは、もちろん騒然となっていた。

「美神さんっ!! 美神さんっ!?」
「きゃっ!? 横島さん……!?」

 おキヌを片手で抱きかかえたまま、美神の元へ駆け寄る横島。
 美神の様子を見て、彼の顔色が変わった。
 魔族たちは、今にも帰ろうとしている。隙だらけだった。

「美神さんのカタキだ!!
 くらえ、この野郎っ!!」
「やめて!! 横島さん……!!」

 横島の言葉を聞いて、ようやく、この後の展開に気が回ったおキヌ。慌てて制止したのだが、間に合わなかった。
 おキヌがピタッと寄り添っていても、彼の頭の中は正常だったらしい。今の横島は、普通に文珠を使うことが出来た。
 『凍』と刻まれた文珠が、三姉妹の表層を凍らせる。薄氷を落とした三姉妹は、横島に興味を抱く。そして……。

『おっもしろーい!!
 こいつ気にいったでちゅー!!』

 パピリオが、目をキラキラさせる。完全に、新しいオモチャを見つけた子供であった。

『ルシオラちゃん、こいつ飼ってもいいっ!?』
『また……?
 しつけはちゃんとするのよ?』
『うんっ!!』

 ここで、攻撃中も密着していた二人を見て、ベスパが運命的な一言を口にしてしまう。

『でも……オスメスつがいのようだぜ?
 引き離すのは可哀想なんじゃないか?』
『うーん……。
 大丈夫でちゅっ!!
 パピリオ、ちゃんと両方とも面倒みるでちゅよ』

 三姉妹の会話の間、

「あ!? あわわ……!?」
「えーっ!? 私まで……!?」

 話についていけない横島はオロオロし、おキヌはおキヌで、知らない展開に突入して戸惑ってしまう。

『両方……!?
 本気なの……!?
 オスとメスなのよ?
 ポコポコ子供生んじゃうわよ?』
『……!!
 ルシオラちゃん、グッドアイデア!!
 パピリオ、この面白いやつの子供も見たいでちゅ!
 ……今度は子供作らせて、育成でちゅね!
 楽しみ〜〜』

 こうして。
 横島とおキヌは、首輪を付けられて、連れ去られてしまった。


___________


「ひえーっ!? こわいーっ……!!」
「ど、どこへ連れてく気だーっ!?」

 異界空間の中を連行されていく、おキヌと横島。

『おうちに決まってるでしょ!
 ホラ、あそこでちゅ!』

 パピリオが、巨大な飛行物体を指し示した。カブトムシをモチーフとした形状をしている。

『移動妖塞「逆転号」。
 アシュタロス様がお創りになった兵鬼でちゅ!!
 バッタ型の「一発号」もあって、
 そっちは、ヘビのおねえちゃんと
 ハエのおじさんが使ってるでちゅ』
「おい、そのヘビとかハエとかって……。
 まさか……!?」

 横島の言葉に反応したのは、前を飛んでいるルシオラだった。
 
『あら、メドーサやベルゼブルを知ってるの?』
「えっ!? いや、何度か戦っただけで……」
「横島さん、迂闊なこと言わないで……!!」

 アシュタロスの配下ということは、彼らは皆仲間なのだ。彼らとの敵対関係を明示しては、自分たちの身が危うい。そう思って注意したおキヌだったが、この場合に限っては、杞憂となった。

『……ふーん、そう。
 まあ、いいわ。
 私たちも、あの二人、あんまり好きじゃないから』

 三姉妹の任務は、メフィストの魂を探して、アシュタロスのもとへ連れて行くことだ。与えられた情報だけでは難しいのだが、どうやら、メドーサたちは何か知っているのに隠しているようだった。
 それを察したルシオラとベスパは、メドーサたちを良く思っていない。一方、パピリオも、『メドーサちゃん』『ベルちゃん』と呼びかけて怒られて以来、二人から遠ざかることにしていた。
 そうした事情まで説明されることはなかったが、

(アシュタロス派のひとたちも……一枚岩ではないのね)

 と理解するおキヌであった。


___________


『よーちよち、たんとお食べ、ケルベロス!』

 逆転号に戻ったパピリオは、さっそく、ペットにエサを与え始める。
 そして、オリに入れられた横島とおキヌにも、

『次はあんたたちのごはんでちゅよ、
 ポチ……! モモ……!』

 何か差し出したが、どう見ても人間が口に出来るシロモノではなかった。

「あの……パピリオちゃん!?」
『「パピリオちゃん」……!?』

 おキヌが口を開くが、つい、未来で慣れた呼称を使ってしまう。
 仲間は皆『ちゃん』付けのパピリオだが、手に入れたばかりのオモチャから『パピリオちゃん』と呼ばれるのは、少し嬉しくなかった。
 おキヌの首輪の紐を、スーッと引っ張る。

「いたっ!?」
「おキヌちゃん……!?」

 強い力ではなかった。だが、それでも鉄格子に顔をぶつけてしまうおキヌ。

『あんたたちは私のペットでちゅよ?
 ここで言われたとおり子供を作るか、
 ほかのペットのエサになるか……二つに一つでちゅ!
 よーく考えておくんでちゅね!』

 そう言い残して、パピリオは立ち去った。

「おキヌちゃん!!
 大丈夫か……!?」
「ええ、心配しないで下さい。
 男より女のほうが、痛みには強いんですよ!?
 女性って……
 人生で痛い思いする機会、いっぱいあるんですから!」
「そんな豆知識、どうでもいいから!!」

 横島は、おキヌの顔を覗き込む。額の左側から血が出ているのを発見し、慌てて文珠で治療した。

「よかった……」
「……!?」

 大げさな横島を、少し不思議に感じるおキヌ。だが、次の一言で、その理由も判明した。

「ほら……
 女のコの顔に傷が残ったら大変だから、さ。
「横島さん……」

 彼の気遣いが嬉しい。おキヌは、つい尋ねてしまった。

「あの……
 もし私の顔に小さな傷が残っても……。
 見捨てないで下さいね?」
「もちろん……!!
 むしろ、こんなことで傷が残ったら、
 逆に、それこそ俺が……一生……」

 この瞬間のおキヌには、まだ、そこまで男に言わせるつもりはなかった。だから、それ以上言葉が出てこないように、自らの唇で、彼の口をふさいでしまう。
 暗い牢の中で、キスをしたまま、静かに抱き合う二人。
 しかし、同じオリの中に、一人、お邪魔虫がいた。

『コホン……なのねー!』

 わざとらしい咳払いとともに現れたのは、ヒャクメである。
 彼女も、ペットとして捕まっていたのだ。

『一人でもうどーしよーかと……!!
 寂しかったのねー!!』

 本当は二人に抱きつきたいくらいなのだが、さすがに遠慮してしまう。代わりに、

『美神さんも……その様子じゃ
 襲われたけどなんとか逃げのびたのね!?』

 幽体離脱して横島の中に隠れていた美神を呼び出した。
 一方、恥ずかしいのは、おキヌである。

(しまった……!!
 そういえば、そうだったわ……!!)

 美神が横島の中に入っているのは、おキヌの知る歴史どおりだった。だが、スッカリ忘れていたのだ。そのまま横島とラブシーンをしてしまったおキヌは、顔を真っ赤にするしかなかった。


___________


 ヒャクメは、ペットになってしまった経緯を説明する。
 彼女は、神魔族混成チームの一員として、アシュタロス逮捕のため南米に向かった。巨大戦艦の一つ『一発号』は既に出撃した後だったが、そこには、この『逆転号』が残っていた。
 そこに乗っていたのは、魔族三姉妹と土偶羅魔具羅である。彼らとしては、メフィスト探索という任務のため、せっかくの火力も宝の持ち腐れだったのだ。だから、ここぞとばかりに、驚異的な攻撃力を見せつける。神魔族側はアッサリ壊滅、生き残ったヒャクメは捕獲されてしまった。

『それだけじゃないのねー!』

 すでに、この移動妖塞からの妨害霊波により、冥界とのチャンネルが遮断されている。神界や魔界からエネルギーも来ないし、援軍も来ない状態なのだ。そして、人界の神魔族の拠点は、『一発号』により、次々と破壊されている。
 『一発号』の主はメドーサなので、妙神山は最後の楽しみに残しているらしい。しかし、他が全て消滅して、妙神山が襲撃されるまで、あまり時間もないだろう……。

「……何それ!?
 かつてないオオゴトじゃないの!?」
『そうなのねー!
 しかも……小竜姫はわかってないだろうけど
 旧式の妙神山の装備じゃ返り討ちだわ!
 だから、早く妙神山へ警告しないと……!!』

 幽体の美神ならば、ここからすぐに抜け出せる。ヒャクメの霊視では、現在、この艦は通常空間にいるらしい。今がチャンスなのだ。
 もはや、悠長に横島たちの脱出を手伝える状況ではなかった。外側の開閉スイッチでオリを開けるまではしたが、それだけで、美神は妙神山へ向かって飛び立っていった。
 
「よし……!!
 今度は俺たちの番……」

 まずは牢から出て、後のことは、それから考えよう。そんな気持ちで、三人が一歩足を踏み出した時。

『あれー!?
 なんで開いてるんでちゅか!?
 でも出てきちゃダメでちゅよー!』

 パピリオが戻ってきてしまった。


___________


『ダメでちゅねー!
 逃げ出すエネルギーがあるなら、
 それを子作りに向けてね……!!
 早く子供を作るんでちゅよ!?』

 パピリオは、自分の命が一年足らずであることを知っている。その分、動物が育つのを見るのが好きであり、だから、ペットをたくさん飼っているのだ。そして、生まれた時点から飼育するのであれば、今まで以上に『育つ』のがハッキリ分かるはずだった。
 そんなパピリオだから、『ポチ』と『モモ』と名付けた二人を、ついつい急かしてしまうのだ。
 
「バカ野郎ーっ!!
 ヒャクメが見てる前で、
 子作りなんかできるかーっ!?」
『私のせいにしないでねー!?』

 ヒャクメを指さして、言いわけに使う横島。
 一方、おキヌは、

(えーっ!?
 ヒャクメ様いなかったら……
 ここで、しちゃうんですか!?
 高校生だからダメって言ってるのに!!
 ……嘘ですよね? ……冗談ですよね?)

 と、心の中で、横島の言葉を否定しようとしていた。
 そして、横島の言葉を素直に受けとった子供が一人。

『ペスがジャマなんでちゅか!?
 じゃあ、こいつ……もういらないでちゅ!』
『……え?』

 パピリオは、ヒョイッとヒャクメをつまみ上げる。

 パカッ!! ポイッ!!

 壁の一部を窓のようにして開けて、そこから外へ投げ捨ててしまった。

『きゃーっ!?』
「ヒャ、ヒャクメ!?」
「ヒャクメ様……!?」

 空を落下していくヒャクメを見送った後。
 横島とおキヌは、ギギギッと、首をパピリオに向けた。

「あの……!?」
「えーっと……」
『これで子供作れまちゅね!?
 頑張るんでちゅよー!!』

 二人を再び牢に閉じ込めて、ニコニコ顔のパピリオは去っていった。


___________


 恋人たちは、牢内にペタリと座り込んでいる。

「どうしようか……!?」
「どうしましょう……!?」

 おキヌは、途方に暮れていた。いくら未来の知識があるとはいえ、『逆転号』に捕まった横島の詳細など、聞いていないのだ。
 オカルトGメン側にいたおキヌとしては、いつのまにか横島は三姉妹に気に入られたという情報しかない。
 きっと、横島は、言われたとおり従順に働いたのだろう。
 とりあえずヒャクメは、脱出できたようだ。これは、おキヌの記憶している歴史と同じである。三姉妹の登場時期が早まっても、大筋の展開は変わらないらしい。
 それならば、ここは、言われたとおりにするしかないようだが……。

(でも……今の状況で
 『言われたとおり』にするということは……
 子供を作るということ……!?
 ……私たちまだ高校生だから、
 そういう関係はダメ……)

 体を許すことには抵抗を感じるおキヌ。しかし、ふと、二つの言葉が心に引っ掛かる。

(『子供を作る』……!?
 『まだ高校生だから』……!?)

 一方、考え込むおキヌとは別に、横島も少し困っていた。
 このオリから出ること自体は、文珠で爆発させれば可能かもしれない。しかし、こうパピリオが頻繁に見に来るようでは、また捕まって戻されてしまう。だから、ここから出る前に、その後の綿密な計画を立てておく必要があった。

(ヒャクメがいなくなったのは痛いな……。
 ヒャクメ自身は、あれで逃げられたと思うけど……)

 この牢には窓なんてない。だから、彼女の霊視がなければ、今、異界空間にいるのか通常空間にいるのかすら、ハッキリしないのだ。通常空間ならば文珠で空を飛べるかもしれないが、異界空間では分からない。
 実は、本来の歴史では、脱出する前のヒャクメから、通信鬼を託される。だから、この後も、オカルトGメン本部と連絡を取り合うのだ。しかし、ここでは、そうした準備をする前にヒャクメは消えてしまった。これが一番痛恨の事態なのだが、歴史を知らぬ横島には、そこまで考えることは出来ない。

(難しくなってきたな……。
 でも、ここで、このまま
 『子供作れ、作れ』って言われ続けるのもなー。
 俺だって……おキヌちゃんが許してくれるなら
 ヤっちゃいたいよ……うっ……うっ……)

 パピリオの命令を考えると、心の中で、血の涙が出て来るのであった。


___________


「横島さん……!!」

 おキヌに声をかけられて、横島は、顔を上げた。
 目の前の恋人は、妙に清々しい表情をしている。

「おキヌちゃん……!?
 なんか、いいアイデア思いついたの……!?」
「アイデアっていうほどじゃないですけど……。
 でも……。
 こういうとき、女は強いんですよ。
 ふふふ……」

 苦境に立たされているはずなのに、おキヌは、余裕のような空気を身にまとっていた。

(女って……わからん……)

 そんな横島に対して、

「横島さん……。
 私の考え……聞いてくれます?」
「うん……」

 おキヌは、もったいぶった口振りで話を続ける。

「やっぱり……今は、
 状況に身をまかせるしかないと思うんです」
「……えっ!?」
「従順にペットを演じて……
 あのひとたちに気に入られれば、
 少しは自由に行動できるようになるでしょうし、
 そうすれば逃げ出す機会も作れますよね!?」

 横島としては、おキヌに反論するつもりはない。ただし、一つ、気になる部分があった。

「おキヌちゃん……!?
 『従順にペットを演じて』っていうのは……
 子作りしてるフリをしようということ!?」

 『子作りしてるフリ』という言葉を口にしながら、実は横島は、二通りの意味を想定していた。
 一つは、何もしないけれど『頑張ってます』という態度だけ見せること。これは完全な『フリ』である。よほど上手に演技しないといけないだろう。
 もう一つは、妊娠しないように気をつけながら、でも実際にヤってしまうこと。これならば、行為そのものは実行しているのだから、『うまく命中しないんです』と言いわけするのも簡単だ。
 ヤりたい横島としては、もちろん後者を望むのだが、おキヌのこれまでの態度から考えると、大きな期待はできなかった。それでも、

(もしかすると……
 特殊な状況だから仕方ないということで、
 ついに許してくれるかも……!?)

 とも思ってしまうのだ。だからこそ、詳細を聞きたくて、ドキドキしながら質問したのである。
 しかし、おキヌの返事は、横島の予想を越えていた。彼女は、大きく首を横に振ったのだった。

「……いいえ。
 私……ハッタリなんて苦手です。
 うまく『子作りしてるフリ』なんて
 出来ないと思います。
 だから……ここは、言われたとおりに!
 赤ちゃん作りましょう……!!」


___________


(高校生だからダメって言ってきたけど、
 それってタテマエでしたから……)

 口では、『まだ高校生だから』という理由で拒絶していたが、おキヌの本心は、少し違っていた。おキヌ自身が二十代を経験し、二十代の友人を見てきたからこそ、若者が快楽や肉欲に溺れる危険性を過大に恐れてしまったのだ。
 でも、それはおキヌの側の一方的な心情でしかない。

(私、わがままでしたね。
 ごめんなさい……!!
 横島さんの気持ちも……
 もっと考えてあげるべきでした)

 おキヌが二十代の気持ちで肉体関係を拒んだように、横島は十代の気持ちで、おキヌを求めているのだ。
 横島は、やはり、ヤりたい年頃である。それは、おキヌが感じたような不安や恐れを、まだ持たずにすむ年頃でもあるのだろう。だから、『ヤりたい』という気持ちで、突き進めるのだ。

(もしも私が、十代の私だったら……)

 おキヌは、高校生の頃の自分を思い出してみる。
 横島を好きだったけれど、自分でもハッキリしない程度の淡い恋心だった頃。
 行動することはなくても、週刊誌やワイドショーの見すぎと言われるくらい、偏った知識だけは持っていた頃。
 もしも、あの頃、横島と付き合い始めて、体まで求められていたら……。

(簡単には受け入れられないけど、
 それでも……
 こんなに強くは拒めなかっただろうなあ)

 そして、おキヌは、美神の言葉も頭に浮かべていた。

「うまくガス抜きしてあげなさいね!?」

 と言った時、彼女は赤面していた。だから、それなりにスケベなことを想定していたのだろう。最後の一線を越えない程度で、許容範囲内で何かしてあげる……。
 美神ならば、そんな微妙なコントロールも可能なのかもしれない。横島のセクハラにも上手に対処してきた美神なのだ。横島が飛びかかれば美神は殴りつけるが、これが互いに御約束になっているからこそ、そうしたスキンシップが続くのだろう。やっていい事と悪い事が暗黙の了解になっているからこそ、続くのだろう。
 それが、おキヌではなく美神のみがセクハラされる理由だ。おキヌは、そう感じていた。二人のフェロモンの違いだけではなく、キャラクターの違いなのだと考えたかったのだ。
 しかし、そうであるならば、美神とは違って、おキヌでは『うまくガス抜き』は出来ない。おキヌは、そうした『程度』の制御は、自分には難しいと思うのだ。
 だから、おキヌは、今の自分に出来るかもしれないコントロールとして。
 『程度』ではなく『意義』を。
 そう決意したのだった。

(私の心、本当は、もう二十代半ばですから!!
 結婚して子供がいても……おかしくないんです)

 十代で子供を作ったら、それこそ『あやまち』になるだろう。しかし、精神は約十歳老けているのだ。だから、何と言われようと二十代の心で受け止めて、何が起こっても二十代の魂で対処する。
 おキヌは、今、そこまで覚悟したのだった。
 そして、『ヤる』ことが、ただの快楽や肉欲ではなく、子供を作るという本来の『意義』で行われるのであれば。
 おキヌとしても、むしろ受け入れたいと思えるのだ。おキヌだって、男に惚れた一人の女なのだから。


___________


 おキヌの『赤ちゃん作りましょう』発言で、横島は完全に固まっていた。
 もちろん、これは、パピリオに言われていたことと本質的には同じである。しかし、今までは、それをヤるための口実としてしか考えていなかった。
 だが、恋人であるおキヌの口から出てきたら、もっと深い意味になる。
 おキヌは、本当に子供を産むつもりなのだ……!!

「私たち……GSですよね……」

 おキヌが、何か遠い目をして語り始めた。
 横島は、とりあえず、意識をそちらへ向ける。

「付き合い始めたのも……
 ファーストキスも……
 除霊仕事の中でした」
「うん……」

 おキヌの言わんとすることが分かってきて、横島はうなずいた。

「こんな形で初体験だなんて、
 ロマンチックじゃないですけど……。
 でも……ある意味GSらしいですよね!?」

 おキヌが微笑む。
 その笑顔には、二人が付き合い始めたときの、あの妖艶さが混じっていた。

「横島さん……」
「おキヌちゃん……!?」

 彼女がスーッと立ち上がり、彼もつられて立ち上がる。

「……ちゃんと責任取ってくださいね」
「えっ……!?」
「今すぐ籍を入れろなんて言いません。
 お互い高校生ですから、それは無理だと思います。
 でも……将来は……」
「う……うん……」
「横島さんが、そこまで覚悟してくれるなら
 ……私も……横島さんと一つになりたいです」

 と盛り上げておいてから、おキヌは、少し水を差した。
 横島が足を一歩進めたのだが、彼女は、右手を前に突き出すことで制止したのだ。

「最後に、もう一度、確認させて下さい。
 ……これからすること、わかってますね?」
「……どういう意味!?」

 横島だって、もはや、おキヌが望む答は承知している。それでも、思わず聞き返してしまった。

「……子供を作れって言われてるんですよ!?
 その覚悟は……ありますね!?」

 おキヌ自身、自分は過酷な要求をしていると分かっている。おキヌとは違って、横島は、身も心も十七歳なのだ。
 だから、横島が何も言わなくても、それでもよかった。無言の恋人から視線をそらさず、おキヌは、語り続ける。

「私は……あります。
 二人の愛の結晶を……
 一緒に育てていきたいんです!!
 もし……横島さんも同じ気持ちなら。
 ……私を抱いて下さい」
「おキヌちゃん……」

 彼は、ただ、恋人の名前を口にしただけだった。彼女の問いかけに対して、肯定も否定もしていない。しかし、もう十分だった。彼の表情が、全てを物語っていたのだ。

「横島さん……」

 おキヌには理解できた。
 きっと今の横島ならば、『性』ではなく、無字の文珠が出せることだろう。いや、むしろ『愛』となるかもしれない。
 だから……。

「横島さん、大好き……!!」

 自分から、彼の胸へと飛び込んでいった。



(「パピリオちゃんのかんさつにっき」に続く)
  


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