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まりちゃんとかおりちゃん

第三話 今日、転校してきたんです


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 3/ 4

  
「これで……よかったのよね!?」

 美神は、一人、つぶやく。
 手続きも終わり、今日からおキヌは、横島の高校に通うことになった。朝食は事務所で彼も含めて三人一緒だったので、二人は、連れ立って登校する。たった今、ここを出たばかりだった。

「朝から……恋人同士でイチャイチャと……」

 おキヌも横島も、たいしたことはしていない。腕を組んで登校するだけだ。それでも、美神は、なんだかモヤモヤしていた。自分で自分の嫉妬心を悟っていないからだった。

「ま、いいか。
 こうなるのがわかってて、
 横島クンと同じ高校にしたんだもんね……」

 美神としては、実は、別の選択肢も考えていたのだ。
 それは、霊能科があることで有名な六道女学院。友人である六道冥子の母親が理事長であり、美神自身、実技指導に呼ばれることもあった。
 GS試験合格者の三割が、そこの卒業生である。六道女学院は、霊能界のエリートが集う高校なのだ。
 正直言って、最初は、そちらに送りこむつもりだった。だが、横島と付き合い出したおキヌである。彼女を彼とは別の高校へ転入させることに、美神は、抵抗を感じてしまったのだ。
 まるで、ヤキモチをやいて二人を引き離すみたいだ……。心のどこかで、そう考えたからこそ、そんなヤキモチを認めたくないからこそ、二人を同じ高校に通わせようと決めたのだった。
 もちろん、素直ではない美神のこと。こんなヤキモチ云々は、全て心の奥底だ。表層では、別の理由で決断したことになっていた。

「GSのエリート教育か……
 あるいは、GSの実地研修か。
 結局、後者を選んだのよね……」

 GS資格取得者もいるし、ギリギリの不合格者もいるし、妖怪までいる。横島の高校は、そんな奇特な学校だ。これまでも事件が起こってきたし、これからも、何かあるに違いない。きっと、いい経験になるであろう。
 もちろん、実地研修ならば事務所の除霊仕事で十分だという考えもあった。それよりも、美神では教えられないような基礎を教えてもらえる場所のほうがいい。そうも思ったのだが……。
 最近のおキヌを見ていて、美神は、

『おキヌには、そのステップは必要ないのではないか?』

 と感じるようになっていたのだ。
 幽霊時代に美神の事務所で働くうちに、自然に吸収したのだろう。そして、その後人間として生活するうちに、それを自分なりに消化し、昇華させたのだろう。
 今のおキヌには、そうした雰囲気があった。

「悪く言えば、違和感……」

 美神は、そんな言葉も口にしてしまう。
 例えば、少し前の南武グループの事件。ガルーダを倒す上で役に立ったのは、おキヌが茂流田を誘導尋問し、利用できる幼生を引きずり出したことだった。
 雛たちの存在を察知したことも不思議だったが、それは、霊能者独特のカンだいう説明も可能だ。美神自身、時々、理屈ぬきでカンが働くので、まだ納得できる。しかし、茂流田から話を引き出した話術、そちらのほうが、おキヌらしくなかった。

「私たちだって……
 おキヌちゃんがいない間に、
 色々あったからね……。
 おキヌちゃんも……
 それなりに経験して、
 成長したってことかな……!?」

 おキヌは、もはや自分が知っているおキヌではない。そう考えてしまい、少し寂しく思う美神であった。




    第三話 今日、転校してきたんです




 高校へ向かう恋人たち。
 校門が近づいたところで、おキヌと横島は、自然に腕を離した。
 ちょうどそのタイミングで、知りあいと出会う。

「小鳩ちゃん!!」
「小鳩さん!?」

 横島の隣人、花戸小鳩である。

「おはようございます!!
 ……あら!?」
「そうなんですよ……!!
 今日、転校してきたんです」

 彼女の視線に応じて、おキヌが転入を告げた。話をしてみると、どうやら同じクラスのようだ。

(小鳩さんとクラスメート……)

 新しく入る教室に知りあいがいるというのは心強い。しかし、横島の恋人であるおキヌにとって、小鳩は、微妙な友人であった。

(この機会に……仲良くならなくちゃ!!)

 そう考えたおキヌは、

「じゃあ横島さん、また後で!!
 私は……小鳩さんと行きますから!!」
「あ……うん」

 横島を先に行かせ、女同士でゆっくり歩き始めた。

「小鳩さん……。
 『小鳩ちゃん』って呼んでもいい?
 私のことも『おキヌちゃん』で、お願いね!?」
「えっ!? ええ……」

 小鳩は、なんだか伏し目がちである。

(無理もないか……。
 小鳩ちゃん、横島さんに惚れてたからなあ)

 おキヌたちは、二人が恋人になったことを、キチンと小鳩に告げてはいなかった。
 しかし、小鳩は横島のお隣さんなのだ。そして、付き合う前も、付き合い始めてからも、おキヌは何度も横島のアパートを訪れている。小鳩が二人の関係を悟っていても、不思議ではなかった。

(私のほうから……言ったほうがいいのかな?)

 今日が転校日であるおキヌは、まずは職員室へ行かねばならない。このまま二人で教室まで行けるわけではなかった。
 こうして二人で会話出来る機会に、肝心の話だけは済ませておこう。おキヌには、そんな焦りがあったのかもしれない。

「小鳩ちゃん……。
 私に聞きたいこと……あるよね?」
「えっ……!?」

 おキヌが、スッと立ち止まる。
 その眼差しを受けて、小鳩も足をとめた。おキヌの意味していることが分かったからだ。朝から話すことでもないと思ったが、小鳩としても、いつかは確認しておきたいという気持ちがあった。

「じゃあ聞きますけど。
 横島さんと、おキヌ……ちゃん。
 お二人は……付き合ってるんですね!?」
「そうよ……!! えへへ……」

 残酷かもしれないが、下手に謝ったりするより、正直に振る舞ったほうがいいだろう。そう考えたからこそ、おキヌは、明るく話し始めた。

「前々から好きだったんだけど……。
 お仕事の途中でね、
 つい『大好き』って言っちゃったの!!」

 おキヌは、先日の事件の話をする。『こーなったらもーおキヌちゃんでいこう!!』発言まで含めて語ってしまうところは、ある意味、女の子らしいのかもしれない。

「まあ……!!
 横島さんらしいですね……!!」

 自分に正直で、あけすけ過ぎるのが、横島の魅力。そう思っている小鳩だから、このエピソードも、微笑ましく感じるのだった。

「そうでしょう……!?」

 おキヌも笑う。小鳩の表情を見て、最大の山場は越えたと安心したのだ。
 だが、気が緩んだおキヌは、次の小鳩の言葉で驚かされる。

「お二人がそういう関係になったのなら……
 やっぱり……昨夜は……。
 ゆうべはお楽しみだったんですね!?」
「え……ええっ!?」


___________


 昨晩、おキヌは、横島の部屋を訪れていた。
 二人が付き合い出してからも、事務所で夕食をとる時は、三人一緒である。しかし、美神が忙しい日は、彼女の夕食を準備した後、おキヌは横島のアパートへ行くのだ。これは、美神も了承しているスタイルだった。
 そんなわけで、昨日も、二人で食事をしていたのだが……。

「おいしいですか? 横島さん?」
「うん!! ごちそーさま!」

 ここまでは、おキヌも満足だった。

「さて……」
「えっ!?」
「おキヌちゃん!!」
「あっだめ……!!」

 デザートはおキヌちゃんだと言わんばかりに、横島が飛びかかる!
 これでおキヌが押し倒されてしまえば、それこそ、かつて横島が妄想したとおり。だが、現実は甘くなかった。

「もう……!!
 何度言ったらわかるんですか!?
 私たち……まだ高校生なんですよ!?」

 横島をはねのけて、おキヌは、スッと立ち上がる。両手を腰にあてて、頬も少しふくらましている。
 これはこれで可愛らしい。横島は、もう一度抱きつきたくなるが、さすがに我慢した。

「だって……」
「『だって』じゃないです!!
 『青少年らしく』って言いましたよね!?
 『青く甘ずっぱい恋愛』をするんでしょう!?」

 おキヌだって、横島が本気で押し倒すつもりではないと分かっている。それでも、いい気はしなかった。

(そういう関係……
 私たちには早すぎます。
 それに……私、まだ不安なんです!!)

 おキヌは、体は女子高生であるが、心は二十代半ばだ。おキヌの精神は、一度、女子大生も経験しているのだ。
 高校卒業までのおキヌの世界は、美神の仲間も、高校の友だちも、GSという世界の人間だった。それぞれ性格は違えど、どこか共通している部分があったのだ。
 だが、大学は違った。見聞を広めたくて、敢えて一般の大学に進んだおキヌ。そこで、GSは特殊な世界なのだと知ることができた。世の中には、霊障やオカルトなどを『よくわからないもの』と思っている人間は多いし、中には、SFや漫画だと決めつける人々までいた。
 前者はともかく、後者は、おキヌには不思議だった。アシュタロスの核ジャック事件や、その後のコスモ・プロセッサ事件を経験していても、認めていないのだから。
 ただし、おキヌの分野に対する見方は千差万別であっても、皆、それぞれの領域で夢や希望を抱いた若者だった。だから、新しい世界の友人を得ることは、おキヌにとって、とても楽しいことであった。
 しかし……。そうした前途洋々たる友人の、全員が幸せになったわけではない。中には、目指していたはずの人生コースから、足を踏み外してしまう者もいた。成人したばかりの若者の前には、多くの誘惑がぶらさがっているのだ。そして、時には『恋愛』も、その一つに成り得るのだった。

(私……しあわせなカップルも
 たくさん見てきました!!
 でも……。
 彼氏が出来て変わっちゃった女のコも
 いっぱい知ってるんです……!!)

 おキヌ自身は恋人を作らなかったが、恋愛話を聞くのは好きだった。もともと耳年増な傾向があったが、それが加速していったのだ。
 そして、友人たちの話を聞くうちに、やはり軽々しく肉体関係を持つべきではないと悟ったのである。
 最初は、お互いを好きで付き合い始めたはず。お互いの心を求め合っていたはず。それがいつのまにか、心ではなく体を求め合うようになる……。そんな話を、いくつも耳にしてきたのだった。

(横島さんなら大丈夫……。
 私、そう信じたいんです!!
 でも……信じられない気持ちもあるんです!!)

 横島は、自他ともに認めるスケベである。もちろん、ただのスケベではなく、女性への思いやりもキチンと持っている男だ。
 だが、今の横島は、ヤりたい盛りの高校生なのだ。ここで『女』の味を覚えてしまって、ちゃんと歯止めが効くのだろうか。うまく付き合っていけるのだろうか。
 少し年上の視点から高校生というものを考えてしまうと、おキヌは、よけいに心配になるのだった。

(横島さんが、
 私の体ばかり求めるようになる……。
 そんなのイヤなんです!!
 惚れた弱みで……
 横島さんを繋ぎ止めたいために、
 私もいつでも応じてしまう……。
 そうなりたくないんです!!)

 おキヌがこうやって色々考えているなんて、もちろん、横島には分からない。おキヌの二十代を知らないからだ。

(おキヌちゃん……ガード固いよな……。
 やっぱり古風な女なんだろうな。
 ……もともと江戸時代の女性だもんな)

 確かに、それが根底にあるのだろう。横島の理解は間違っていないが、真実の一端でしかなかった。
 そして、彼は、三枚目な態度で誤摩化そうとする。

「ちくしょー!!
 どーせ俺はそーゆーキャラなんだっ!!
 『ぐわー』とか迫って
 『いやー』とか言われて!!
 しょせんセクハラ男じゃーっ!!」

 部屋の柱に、自らの頭をガンガン打ち付けたのだ。
 そんな横島を見ると、おキヌも放っておけない。

「横島さん……」
「おキヌちゃん……!?」

 おキヌが寄り添ったのを背中に感じて、横島が振り返った。

「今は……ここまで……です」

 そう言いながら、おキヌはキスをする。
 ギュッと抱き合う二人。
 静かな時間が流れて……。
 男の手が動いた。
 女が、それに反応する。

 パチン!!

 おキヌは、横島の手を叩いたのである。

「横島さん!!
 どこ触ろうとしてるんですか!?」
「ごめん……つい……」
「『つい』じゃないです!!
 ……もう。
 今はキスだけで十分じゃないですか……」

 これは、女のコの心情である。青少年の心境は、全く別だ。

(俺は十分じゃないっ……!!
 なぜ女は煽るだけ煽って、
 そこでストップを要求するんだろう!?)

 横島にしてみれば、濃厚なキスをした時点で、すでに始まっているのだ。そこで止められては、何もしない以上に過酷だった。

「横島さん……」
「はい……!?」

 おキヌは、横島の表情を見て、テストを始める。

「文珠、出してみて下さい」
「えっ!?」

 二人が付き合い始めた直後、横島の文珠はおかしくなった。頭の中が恋人のおキヌちゃんでいっぱいということで、一時期、『恋』『人』という文珠しか出せなくなったのだ。
 その後、無文字の文珠を出せるように回復したのだが……。

「……もう!! やっぱり!!」

 今おキヌに促されて横島が出した文珠には、『性』という文字が刻まれていた。

「ああーっ!?
 違うんだ、これは……!!」
「頭の中が……それで……
 それでいっぱいなんですね!?
 横島さんのエッチ!!」

 当然のように、おキヌは『性』文珠を取り上げる。自分に向けて使われても困るし、他の女性に対して使われたら、もっと問題だからだ。
 こうして、おキヌの手元には、使い道のない『性』文珠が貯まっていくのであった。


___________


「……というわけなんですよ!?
 私たち……まだ高校生だから!!」

 アパートの壁は、厚くはない。だから、昨夜の騒動が、小鳩の部屋にも伝わっていた。ただし、具体的な会話の内容までは聞こえないだけに、小鳩は勘違いしてしまったのだ。
 しかし、おキヌが詳細を語ったことで、その誤解も消え去った。

「なんだか……微笑ましいですね」
「……ありがとう!!
 小鳩ちゃんには
 誤解されたくなかったから……」

 そして、おキヌは、冗談っぽい口調で釘をさす。

「でも……
 私たちがまだだからって、
 それにつけ込んで横島さんを
 誘惑しないでくださいね!?
 私……寝取られなんてイヤだから」
「は……?
 『ネトラレ』……?」

 小鳩には意味が通じなかったらしい。

「……ごめん、小鳩ちゃん!!
 今の言葉、忘れて!
 ははは……」

 パタパタと手を振るおキヌは、心の中で反省していた。

(この時代……
 『寝取られ』とか『TS』とか、
 そんな言葉……まだ無かったんだっけ!?
 私……大人になって
 ヘンなネット小説、読みすぎたのかしら!?
 ……こんなことだから、
 カマトトって言われちゃうんだわ……!!)


___________


 転校初日の昼休み。
 カバンから弁当を出したおキヌに、声がかけられた。

「おキヌちゃん!!
 いっしょにお昼食べよう!?」

 新しいクラスメートたちが、さっそく『おキヌちゃん』と呼んでくれる。
 おキヌとしては、小鳩と昼食をともにしたかった。だが、小鳩は、ニコッと微笑みかけただけで、教室から出ていってしまう。
 その表情は、まるで、

「私のことは気にしないでください……」

 と言っているようだった。
 つい小鳩を目で追ってしまったおキヌを見て、

「ああ、おキヌちゃんって、
 小鳩さんの知りあいなんだっけ!?」
「小鳩さん……
 昼休みになると、いつもどこかへ行っちゃうのよ。
 何してるんだろう……!?」

 と口にするクラスメートたち。
 
(あっ!!
 小鳩ちゃん……。 
 貧乏でお弁当用意できないんだ!!)

 おキヌは、ハッとした。
 やはり貧乏な横島も、かつては、パンの耳だけで昼を済ませていた。彼の場合は、ピートに差し入れられた弁当を譲ってもらうこともあったし、また、おキヌが弁当を作ることもあった。特に、今日からは、毎日おキヌが横島の分も用意することになっている。
 だが、小鳩の場合、弁当をくれる人もいないのだろう。そして、さすがに若い女の子が、教室で一人パンの耳をかじるわけにもいかないのだ。

(小鳩ちゃんのことだから……
 同情されたくないというのも、
 プライドとかじゃなくて……
 周りへの気遣いなんでしょうね)

 クラスの友だちも、小鳩が貧乏だということは、話には聞いているはずだ。しかし、彼女の貧乏は、常識のレベルを超えていた。貧乏神などというオカルトを理解できない者が見たら、色々と考えさせられてしまうだろう。
 小鳩は、それを避けようとしている。おキヌは、そう感じたのだった。
 そして、おキヌは、もう一つの事実にも気付いていた。

(みんな小鳩ちゃんのこと
 『小鳩さん』って呼んでる……)

 おキヌのことは、初日から『おキヌちゃん』と言ってくれるのだ。それを考えると、クラスメートと小鳩との間に、壁があるようだった。

(小鳩ちゃんって……
 もしかして、年上?)

 貧乏神が福の神に変わるまで、奨学金も貰えなかった小鳩である。長い間、休学していたのだ。その辺りの事情を、おキヌは、横島から聞き知っていた。
 小鳩が休んでいたのが、どれほどの期間なのか。そこまで、おキヌは知らない。しかし、同じ学年のみんなより一歳上なのかもしれないと推測することは出来た。

(高校生には……
 まだ『年の差』って大きいのよね)

 大学に入れば、一年の年齢差なんて、たいした意味をもたない。入学した直後こそ、『現役』と『浪人』を違うと考えてしまったが、すぐに、どちらも同じ『一年生』と感じるようになった。先輩や後輩との接し方も、やはり年齢ではなく大学の『学年』が基準だった。
 そんな経験があるおキヌだからこそ、小鳩が何歳であっても関係ないと思えるのだ。

(よし……!!
 私……
 みんなと小鳩ちゃんの間の溝を埋めよう!!)

 かつての高校生活では、一文字魔理と弓かおりという二人を仲良しにしたおキヌである。この世界では出会えないであろう『親友』のことを思い浮かべて、おキヌは、そう決意するのであった。


___________


「……というわけなんです」

 女同士の、食後のティータイム。
 三人での夕食の後、横島はアパートに帰っていった。だから、現在ここにいるのは、おキヌと美神の二人だけだ。
 たった今おキヌが美神に聞かせたのは、高校での出来事ではない。美神から上手く水を向けられて、先日の『性』文珠騒動について詳しく語ってしまったのだった。

「ま……横島クンらしいわね。
 でも……安心したわ!!」
「えっ……!?」

 おキヌが美神の事務所に居候している以上、美神は、保護者代わりなのだ。幽霊時代のおキヌとは違って、今のおキヌには、氷室という養父母がいる。おキヌにあやまちが起こったら、美神としても、彼らに会わせる顔がないのだった。
 これが美神の心情なのだが、おキヌは、少し違うニュアンスで受けとってしまう。

(『安心した』……!?
 やっぱり、美神さん……。
 私と横島さんの仲が進むのイヤなんだ……)

 アシュタロスの一件も経験しているおキヌである。美神と横島が前世でも惚れあっていたという話は聞いていた。しかも、どうやら美神自身は、前世の記憶をプロテクトしていたらしい。おキヌは、詳細は知らずとも、その程度の知識は持っていた。
 さらに、おキヌの知る未来では、その千年の想いを実らせて、二人はゴールインするのだ。そこまで考えてしまうと、まるで自分が横取りしたようで、少し胸が痛くなる。

(美神さん、ごめんなさい……)

 しかし、だからといって、ようやく手に入れた横島を譲る気持ちはなかった。
 こうしたおキヌの心中を、美神が察することは出来ない。ただ、おキヌの複雑な表情を見て、恋愛のことで何か悩んでいるのだろうと推測するだけだった。

「おキヌちゃん……」
「はい……!?」

 優しげな視線で呼びかけられて、おキヌが顔を上げる。

「ま……その、なんだ……。
 惚れあってる男女であっても、
 いざ付き合い始めると、色々あるんでしょうね。
 でも……。
 せっかく幸せなんだから、悩んでちゃダメよ……!?
 自分は自分なんだからさ、自分なりにやるしかないよ。
 横島クンは横島クンなりに、
 おキヌちゃんはおキヌちゃんなりに……ね」

 美神は、人差し指で頬をポリポリかきながら、彼女なりのアドバイスをしたのだ。

「……ありがとうございます」
「ま……
 オトコのいない私が言うのもヘンなんだけどね」

 自分の発言に照れたように、美神は、軽口で締めくくる。
 一方、おキヌは、美神への罪悪感は心の底にしまい込み、今は美神の言葉に集中することにした。

「横島さんは横島さん……。
 私は私……」
「そう……!!
 おキヌちゃんを預かっている私としては、
 二人が不純異性交遊に走らないのは、嬉しいわ。
 でもね……。
 あいつのセクハラ、最近少し激しくなってるのよ!?
 それはちょっと困るから……
 だから、それなりに、
 うまくガス抜きしてあげなさいね!?」
「えっ!?」

 美神が顔を赤くしている。そんな彼女を見て、おキヌは再び、別の未来のことを考えてしまう。

(そうよね……
 美神さんは、うまく横島さんと……)

 その世界で、おキヌと横島は親友であった。
 しかし、彼が男であるせいか、あるいは状況を考慮したせいか。横島は、おキヌに対して、自分の恋愛のプライベートは語らなかった。
 だから、おキヌにしてみれば、横島と美神は『いつのまにか、くっついていた』ということになるのだ。ましてや、美神がどうやって横島の欲求をコントロールしていたのか、詳細は不明だった。

(私も……
 上手に対応しなくちゃ!!
 美神さんには……負けられないから!!)

 具体的に何をしたらいいのか、まだ、全く検討もつかない。それでも、目の前の美神を見ながら、おキヌは、別の世界の美神に対抗心を燃やすのであった。


___________


 その夜。
 一人、ベッドの中で。

「歴史って……けっこう変わるのね」

 おキヌは、そんなことを考えてしまった。
 未来から時間をさかのぼってきたおキヌである。何が改変可能で何が不可能か、それについては、これまでも色々と考えてきた。
 特に、考察のタネになるのは、アシュタロスの一件だ。
 魔神アシュタロス。コスモ・プロセッサという装置で、世界そのものを作りかえようとした悪魔である。実は、彼は『魂の牢獄』という運命から抜け出そうとあがいていたのだが、おキヌはそれを知らない。戦後の小竜姫たちの総括に美神は参加したが、その頃、おキヌは屋根裏部屋で横島を慰めていたからだ。あとでチラッと耳にしたかもしれないが、もはや、頭の中には残っていなかった。おキヌが『魂の牢獄』を知らないということは、後々、重要な意味を持つのだが……。
 知らない以上、今、おキヌの意識がそちらへ向くことはなかった。

「でも……
 時空には復元力があるはず……」

 彼女が思い出しているのは、アシュタロスとの最終決戦である。もちろん、おキヌは、究極の魔体とのバトルには参加していない。しかし、アシュタロスが彼自身のボディで美神たちと対峙した最後の戦い。そこには、幽体離脱した状態ではあったが、居合わせたのだ。
 
「歴史を大きく変えても、結局は……
 元とよく似た流れになっちゃうはず……」

 美神とアシュタロスは、そう議論していた。
 その前後の状況に関して、おキヌは最近、何度も繰り返し回想している。だから、かなり詳細まで覚えていた。

「ただし……
 一番大きな問題なのは、
 改変しようという意志があるか無いか、
 その一点なのよね……」

 あの時、アシュタロスは、コスモ・プロセッサを使おうとしたからこそ、『宇宙意志』という復元力に負けてしまったのだ。しかし、コスモ・プロセッサ放棄を宣言した直後には、宇宙意志は休止してしまう。そして、彼がコスモ・プロセッサを使えるようになってから、再び、宇宙意志は働き始めた。
 まるで、アシュタロスの意志を瞬時に察知したかのような対応だった。

「……だから私も
 大きな改変をしようとしちゃいけない。
 結果的に……大きな改変になるならいいけど……
 でも変えようという『意志』を持ってはダメ!!」

 それが、おキヌの結論だった。
 おキヌと横島が恋人同士になることが、どれほど『大きな』改変なのか分からない。それでも、おキヌとしては、変えよう変えようと策をろうするのではなく、なるべく流れに身を任せたつもりだった。そして、その『改変』は遂行された。
 あとは、これが『復元』されなければいい。そう願うおキヌだったが、少し心配なこともあった。

「私と横島さんが恋人になったこと……。
 ただ二人だけの問題じゃなくて、
 色々影響が出始めている……」

 遥か未来で、美神が横島と結婚しなくなる。それは、まだ予想の範囲内だ。
 しかし、六道女学院に通えなくなるとは思わなかった。これで、一文字魔理や弓かおりと親友になることは出来ないだろう。どこかで偶然出会う可能性はあるかもしれないが、以前のような関係は無理だ。
 だから、このままでは、二人を横島の友人に紹介することは出来ない。おキヌの知る別の未来では、かおりと雪之丞は、もう結婚間近だった。魔理とタイガーのカップルは、恋人なのか友達なのか微妙だったが、それでも仲は良かった。しかし、この世界では、そうした関係は、おそらく成立しないのだ。

「はあ……。
 みんな……どうなっちゃうんだろう!?」

 おキヌとしては、自分のわがままの結果がこれ以上大きな変化につながらないよう、望むだけだった。
 しかし、そんな乙女の祈りは、天には通じないのである……。


___________


 汚いアパートの一室で、ビデオデッキに、レンタルしてきたテープが差し込まれる。
 そして、再生が始まった。

『おはよう横島くん!
 君がこのビデオを借りるだろうと……。
 ……えっ!?』

 画面の中で、ベレー帽をかぶった悪魔が唖然としている。
 しかし、驚いているのは彼だけではない。ブラウン管を見ている方も同じだった。

「なんだーっ!?」
「わーっ、スドーさん!?
 変ですよ、これ!?」
「……コスプレものじゃないはずだけど!?」

 部屋にいたのは、三人の男たちだ。三人とも眼鏡をかけている。だが、一人は太り気味で後ろ髪をしばり、一人は髪の色が異なり、もう一人は他の二人よりも明らかに背が高い。だから、外見上の区別はついた。

『……どうしました!?』
『ああっ!?
 ここ、横島さんの部屋じゃないのねー!?』
『おいっ、どういうことだ!?』

 ベレー帽の後ろから、さらに三人の神魔が姿を見せる。やはり服装は奇抜だが、今度は、三人とも女性であった。
 これを見て、部屋の男たちは、少し安心したらしい。

「やっぱりコスプレものか……。
 箱もラベルも間違ってるんだな」
「まあ、いいじゃないですか。
 たまには、こういう変わったコスプレも……」
「……女のレベルは、結構高いよな?
 ツンとしたネーチャンに、かわい子ちゃん。
 猫目のコも、けっこう良さそうじゃん!?」

 勝手な品評はさておき、神魔たちは焦っていた。

『なんでー!?
 これで横島さんと接触できるはずだったのにー!?』
『ヒャクメ……あなたの情報ミスですよ!?』
『どうする!?
 もう、かなり長い間、
 このビデオとやらの中で待ったんじゃないか!?』
『まさか……!?
 間に合わないかもしれない……!?』

 アシュタロスの一派が月に侵入したが、微妙な情勢のため神魔族は手が出せない。そこで、『月』側の要請で美神たち『人間』が助けに向かうというシナリオを組んだのだ。ただし美神の事務所は監視されているため、まずは横島と秘密裏にコンタクトをとる予定だった。彼が借りそうなアダルトビデオの中で、ずっと潜んでいたのだが……。
 横島は、おキヌと付き合い出したことで、スケベなビデオをレンタル出来なくなっていた。しかし、そんな事情は、誰も想定していなかったのである。

『ごめんなのねー!
 最新の状況を……正しく理解していなかったのねー!
 だって……横島さんは横島さんだと思ったから……。
 ……裏切られたのねー!』

 こうして、神魔族は、美神たちを月へ派遣することに失敗した。
 その結果。
 月の膨大な魔力エネルギーが、地球のアシュタロスのもとへ送信された。


___________


『よくやったぞ……!
 メドーサ、そしてベルゼブル!!』

 エネルギーを受けとったアシュタロスは、大仕事を成し遂げて戻った部下に、ねぎらいの言葉をかけた。

『これで……
 いよいよ魔族の政権を握るのですね?』

 メドーサが、主の意図を確認する。
 しかし、アシュタロスは、肯定ではない笑みを見せた。

『フハハハハ……!
 おまえたちまで、そんなことを思っていたのか!?
 私の望みは、そんな小さなものではない。
 ……我が最終目的は、天地創造!!』
『ええっ!?』

 低級な魔族が『天地創造』などと口にしても、一笑に付されてしまうだろう。だが、今、メドーサの前にいるのは、魔神アシュタロス。彼の発言なだけに、ズシリと響くのだった。

『まあ……いい。
 詳細は……いずれ教えてやろう。
 今は、三つほどやるべきことがある』

 アシュタロスの計画の要は、コスモ・プロセッサだ。そのためには、かつてメフィストに奪われたエネルギー結晶が必要だった。いくら月の魔力を持ち帰ったからといって、それだけでは、コスモ・プロセッサを稼働させるには不十分なのだ。
 そして、コスモ・プロセッサ計画を始めれば、大きな反作用を受けることも予想していた。それを最小限に抑えるためにも、地上の神魔族を封印する必要があった。

『まず、私の力で妨害霊波を出して、
 冥界とのチャンネルを遮断する!!』

 これが、三つのうちの一つである。残り二つは、部下たちに任せるつもりだった。

『その上で、全世界の霊的拠点を全て破壊すれば、
 もはや地上の神魔族は何も出来ない……!』

 これが、部下にやらせる一つだ。そして、もう一つは、

『その間に……
 メフィストを私のところへ連れて来い!!』

 肝心のエネルギー結晶である。

『さて……。
 月での仕事を成功させた褒美だ。
 好きな仕事を選ばせてやろう……!』

 元々アシュタロスは、メドーサとベルゼブルには、それほど期待していなかった。だから、最終作戦に向けて、新たに三体の魔物を用意していたくらいだ。しかし、メドーサたちも使えるというのであれば、部下を二手に分けて、それぞれに仕事を割り振ることも可能なのだ。
 そのために、すでに、メドーサたち用の巨大兵鬼まで準備していた。

『それでは……』

 メドーサが、ゆっくりと口を開く。
 口元に不敵な笑いを浮かべつつ、ハッキリと意思表示した。

『霊的拠点破壊のほうを……我々にお任せ下さい!!』

 無言ではあるが、ベルゼブルも異存はないらしい。
 実は、二人とも、『メフィスト』に恨みがあった。アシュタロスのいう『メフィスト』とは、すなわち、美神令子のことなのだから。
 以前のアシュタロスならば、『メフィストの転生体を殺し、その魂を持ち帰ること』という言い方もしていた。だが、今回の命令は違う。ポイントを理解してない部下が殺すことに執着したら、魂の中のエネルギー結晶が崩壊する危険性があったからだ。
 このアシュタロスの判断は正しい。もし昔と同様の表現ならば、メドーサもベルゼブルも、メフィストのほうを選んだだろう。そして、ともかく殺してしまって、結晶をダメにしていたかもしれない。
 しかし『連れて来い』と言われたことで、二人は、霊的拠点破壊を選択したのだった。

『よろしい……。
 では、土偶羅魔具羅!
 メフィストの件は、おまえと三姉妹にまかせよう!』
『はっ!!』

 小さな土偶型兵鬼が、深々とお辞儀した。

『……私は「逆転号」の中で眠ることにしよう。
 チャンネル遮断は、「逆転号」を通して行う!
 すでに、二番艦「一発号」には、
 十分なエネルギーを与えてある。
 ゆけ!! メドーサ、そしてベルゼブル!!』


___________


『ゾクゾクするねえ!!
 あの小竜姫の出城を破壊してやるんだよ!?
 ベルゼブル、おまえだって、
 妙神山はイヤな思い出の場所だろ……!?』
『まあな……』

 与えられた巨大兵鬼に乗り込み、メドーサの気分は高揚していた。
 バッタを模した形の戦艦『一発号』。それは、カブトムシ型の『逆転号』同様、移動妖塞でもある。

『だが……よかったのか?』
『なんだい……!?』
『メフィストのことさ。
 教えてやるべきじゃなかったのか!?』
『はあぁ……』

 ベルゼブルの言葉に、ため息をつくメドーサ。
 メフィストを連行する仕事は、アシュタロス直属の三姉妹と、彼女たちを管理する土偶羅魔具羅に一任された。しかし、アシュタロスは、メフィストという前世名と霊的特徴しか教えていない。それだけで十分と思ってしまい、現世の『美神令子』という名前は伝えなかったのだ。
 もちろん、アシュタロスほどの魔神であるならば、それだけで簡単に『メフィスト』を探し出せるだろう。しかし、部下たちはレベルが違うのだ。やはり『美神令子』という現世名が必要だった。そして、メドーサとベルゼブルは、それを知っている。だから、ベルゼブルは、忠告するべきだったと考えているらしい。

『それで……なんの得があるんだい!?
 あいつらに手柄たてさせて、どうすんだい?』

 月に送り込まれた時点で、メドーサたちは『もう後が無い』状態だったのだ。
 だが、今は違う。アシュタロス直属の部隊と肩を並べる地位に上がり、こうして巨大戦艦まで賜った。

『メフィストの件も……
 こっちの任務が終わってから、
 私たちが遂行すればいいのさ……。
 それまで、あいつらには右往左往してもらうさ!』

 そうすれば、直属部隊すら蹴落とし、メドーサたちがアシュタロスの右腕や左腕となるであろう。

『……頭いいな、おまえ!!』
『フン、この程度の駆け引き、常識だよ!』

 こうして、物語は、最終局面を迎える……。



(第四話「やめて!! 横島さん……!!」に続く)
  


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