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まりちゃんとかおりちゃん

第二話 や、妬いてなんか……


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 3/ 3

  
 恋人同士として、ギュッと抱き合う男女。
 おキヌは巫女姿で、横島はジーンズの上下、つまり二人ともいつもの服装だ。衣越しに、お互いの体温が感じられる。そして、心の温もりも伝わっていた。

「横島さん……」

 しがみついた際に、おキヌは、横島の胸に半ば顔をうずめる形になっていた。今、ゆっくりと顔を上げる。
 それに呼応して、

「おキヌちゃん……」

 横島も、再びおキヌの瞳を覗き込んだ。
 若い男女が見つめあう。
 二人の唇が、吸い寄せられるかのように近づいて……。

「イチャイチャするのも……いい加減にしろ!」

 突然投げかけられた無粋な声が、彼らのファーストキスを妨げた。
 おキヌも横島もビクッとしてしまい、発言の主へと首を向ける。
 そこにいるのは、覆面とコンバットスーツに身を固めた一団。手には銃を持っていた。
 暗い部屋ではあるが、そこまでは見てとることが出来たのだ。

「こっちへ来てもらおうか」




    第二話 や、妬いてなんか……




 おキヌと横島が連れて行かれたのは、屋敷の近くにある塔の最上階だった。

「行け」

 後ろから銃で脅されて、窓のもとまで進まされる。塔の入り口前の通路に美神が立っているのが、上からよく見えた。

「み……美神さん〜〜っ!!
 こーゆーことなんで
 助けてくれると嬉しいなーなんて……」

 銃を突きつけられた横島が、眼下の美神に向かって泣き叫ぶ。
 二人は人質なのだ。これで、茂流田と須狩は、思いどおりの条件で美神を心霊兵器テストに送り込めるのだった。放っておいたら反則戦法を駆使する美神だが、それではテストにならないからである。

「み……美神さーん……!!
 協力してー!!」

 手で奇妙なポーズを連発する横島に対し、美神もパッパッと腕を動かしている。二人は、ブロックサインで会話しているのだった。
 これを後ろから眺めるおキヌの心中は複雑である。

(あれだけで話が出来ちゃうなんて……
 やっぱり……横島さんと美神さんは……)

 二人の絆の深さを感じてしまったのだ。しかし彼女の胸の中では、そんな嫉妬心よりも、もっと別の感情が大きな位置を占めていた。

(私……バチが当たっちゃったのかな……)

 今、銃を突きつけられているのも一種のピンチ。そして、そのせいで美神には迷惑をかけている。だが、この後、もっと大きな危機も訪れるのだ。そうした一連の流れをイメージしてしまい、先のことも含めて、自分を罰当たりだと思ってしまったのである。
 ウラ事情を承知しつつも、知らないフリをしてきたおキヌなのだ。

(これで……本当によかったのかな……!?)

 横島と二人きりになり、気持ちを告白。もう一度、あの同じ場面を経験したい。そう思って、ほとんど記憶どおりに事態が進むよう、流れに身をまかせてしまった。
 そして、念願の恋人同士になった。もう頭の中は、それだけでいっぱいだった。だが、二人の世界をアーミー姿の一団に邪魔されたからこそ、少し冷静になることが出来た。

(私って……結構ずるい女だったのかも……)

 状況を都合よく利用してきたおキヌだが、横島を手に入れる前までは、何の躊躇いもなかった。当然のことをしてきたつもりだった。
 しかし、今になってみると……。何だか自分らしくないことをした気がするのだ。

(もう『おキヌちゃんは、いい子ねー』とは
 言ってもらえないんだろうな……)

 もはや今のおキヌは、横島と密着することは出来ない。だから、少しだけ距離を置いて、後ろに立っているのだった。


___________


(私がずるいことしちゃったせいで
 横島さんも美神さんもピンチ……。
 だったら、その『ずるさ』で
 ここを切り抜けたらいいんだわ……!!)

 おキヌは、愛しい彼の背中を眺めながら、気持ちを切り替えようとしていた。

(私だって……
 見習いでしかなかったけど……
 ちゃんとGS資格は取ったんだから!)

 プロのGSの一人として、現状に対処しようと努力する。おキヌは、ただの十代の女の子ではないのだ。この先、約十年間の経験があるのだ。
 しかし、記憶を頼りにするにしては、十年という期間は長過ぎた。

(えーっと……この後って?
 ……どうなるんだっけ!?)

 この事件そのものはシッカリ覚えていた。いくつかの印象的なシーンも、脳裏に焼き付いている。それでも、何から何まで隅から隅までハッキリしているわけではないのだ。
 その場その場に進めば、次の展開も容易に頭の中に浮かんでくるだろう。だが、遥か先の詳細までは、なかなか思い出せないのだった。

(もう……!!
 がんばって思い出さなくちゃ……)

 ここへ来る前にも、心の中で準備はしていた。ただし、それは恋する乙女としてである。おキヌがあらかじめ頭の中で反芻していたのは、横島への告白、あの場面までだった。

(この後……別の試験室に放り込まれて、
 横島さんがグーラーさんを味方にして……。
 それから美神さんが合流……そして……)

 このとき、彼女は、大切なことを失念していた。
 今の彼女にとって一番重要な、一番回避すべきイベントを。


___________


 ズズ……ウ…ン…。

 美神が、一階のモンスターと戦い始めたのだろう。
 横島たちのいる最上階の床にまで、震動が伝わってきた。

「!! 美神さん……!!」

 横島のつぶやきと前後して、その場に須狩が現れる。

「他人の無事を祈ってる場合じゃないでしょ?
 あんたたちの人質の役目はもう終わったのよ。
 次はあなたたちの番よ」

 須狩の言葉から、さらに危険な場所に連行されるのを察知したのだろうか。横島が暴れ出した。

「せっかく恋人できたのに死ぬのイヤーッ!!
 おキヌちゃん!!
 せめて最後に初体験をーっ!!」

 彼は、おキヌに飛びかかったのだ!

「えーっ!?
 横島さん、私にくるんですかーっ!?
 あんっ、ダメですよー!!
 まだ高校生なんですから……!!」

 驚くおキヌだったが、内心では、

(これも……
 雰囲気をコミカルにするために
 ワザとやってるんですよね?
 本気で、こんなところで
 しちゃう……つもりじゃないですよね!?)

 と、何とか良い方向に解釈しようとする。

「あ、こら!!」
「さわぐなー!!」
「ズボンぬぐな!!」
「……動物かこいつは!?」

 おキヌの貞操を守ってくれたのは、皮肉にも、敵であるはずの須狩とその部下たちだった。


___________


 結局、おキヌと横島は、テストのための別室に放り込まれてしまった。

「ごめん、おキヌちゃん……」

 二人きりになったからといって、続きを試みる横島ではなかった。真っ先に、おキヌに謝ったのだ。
 そのことにホッとして、

「いいんです。
 気にしないでください」

 と言ってしまうおキヌ。ただし、内心は少し違う。

(ホントは良くないんだけど……。
 少しは気にして欲しいんですけど……)

 とりあえず、この件に関しては、帰ってから話をしよう。彼女は、そう考えていた。
 一方、横島は、まだ言いわけしている。

「そんなつもりなかったんだ。
 でも俺、おキヌちゃんのことで
 頭がいっぱいになって、つい……。
 やっぱり……どうしてもおキヌちゃんと……」

 こう言われたら、おキヌとしても喜ばしい。
 さらに、さきほどの騒動と今の言葉で、おキヌの心から、重苦しい空気も吹き飛ばされていた。自分らしくない狡猾さを悔やみ、横島に対して距離をとってしまう遠慮。そんな気持ちが解消されたのだ。
 だが、今は、幸せに溺れていられる時ではなかった。

「ありがとう……。
 でもね、横島さん?
 そういう言葉は……
 二人っきりで……ムード作れる時に下さいな?」

 そして、少しだけお姉さんな表情をして、言葉を続ける。

「今は……ここを何とかしましょう!!
 これもテストだということは、きっと
 私たちも魔物に襲われるんですよ!?
 だから……今のうちに文珠を用意してくださいね!!」

 ここで出てくるはずのグーラーも、最後に投入されるガルーダも、どちらも文珠くらいしか通用しない強敵なのだ。真偽はともかく、それが、おキヌの認識だった。

「お……おう!!」

 女房の尻に敷かれた亭主のような表情で、横島は、おキヌの発言に従う。
 彼の手から、二つ同時に文珠が生まれてきた。しかし……。


___________


「……なんですか、それ!?」

 二つの文珠には、それぞれ既に文字が刻まれていた。

「あれ……? 変だな……!?」

 横島は、まともな文珠が出せなくなっていた。
 どうやら煩悩エネルギー自体は上昇しているようで、数はいくつも出せるのだ。だが、いくら頑張っても、文字が確定した文珠しか出てこない。
 さきほどの『頭の中がおキヌちゃんでいっぱい』という言葉は、全くの本心だったらしい。恋人が出来て、よほど嬉しいのだろう。恋人のことしか考えられない状態であり、全ての文珠が『恋』『人』になってしまっていた。
 しかも、かなり強くイメージが固定されているようで……。

「文字も変えられない……」
「ちょっ……、ちょっと貸して下さい!!」

 おキヌは、横島の手から文珠をひったくる。
 文珠の字は、普通ならば、横島以外の霊能力者でも変更できるはずだった。しかし、この文珠は特殊らしい。おキヌが試しても、文字は変化しなかった。
 肩を落としてシュンとなっている横島は、おキヌから見ると、ちょっと可愛い。それでも、

(もう……!!
 今の横島さんは……使えない……!!)

 と評価してしまうのであった。


___________


 モクモクモク……。

 部屋の中央に用意された小さな丸テーブル。その上に置かれた壷から、煙が吹き出してきた。

(まずい……!!
 グーラーさんが出てくる!!
 何とかしなきゃ……!!)

 先を知っているおキヌは、横島にさりげなく情報を伝える。

「つぼ……?」
「横島さん……!!
 これ、いつかの精霊の壷っぽいですよ!?
 ほら、三つの願い叶えるって言ってた……
 でも嘘つきで悪いひとだった精霊さん!!
 きっと、この中にも悪い精霊さんが……」

 そうしている間にも、食人鬼女グーラーが出現した。

『ハーイ!!』

 外見はあまり人間と変わらないグーラーだ。しかも、美人で露出度も高い。上半身など、肩から伸びた模様が胸の先端を隠しているだけである。
 いつのまにか普段の表情に戻っていた横島が、グーラーの方へフラフラと歩き出した。

「よ……横島さん!?」

 恋人の制止にも体は止まらず、弁明だけが口から飛び出す。

「……落ち込んでたはずなのに!?
 俺には……おキヌちゃんがいるのに!!
 引き寄せられるぞ……!?
 これが……この魔物の力か!?
 なんと強力な魔力……!!」

 いいえ相手の魔力ではありません。どうみても、あなたのスケベ心です。
 ツッコミを入れたいおキヌだが、そんな余裕もなかった。

「横島さん……!! 文珠です!!
 その『恋』って文珠です!!」

 急いで指示をとばす。
 横島が捕まって食べられてしまうくらいなら、横島に二号さんが出来るほうがマシだった。

「えっ……!?」
「ミカタにするんです!!
 ……グーラーさんに『恋』を教えてあげて!!」

 知らないはずのグーラーという名前を口走ってしまう。これはおキヌの失言なのだが、横島は気付かなかった。おキヌの主旨を理解して、頭の中がバラ色になっていたからだ。

「そ……そうだな!!
 両手に花が俺の好みだしっ!!」

 ちょっとおキヌの表情が険しくなったが、すでにグーラーに向かっていた横島には見えていない。
 彼を取って食おうとして、グーラーが口を開く。その中に横島が文珠を放り込む。グーラーの胃の中で文珠が輝き……。

『横島……好き!!』

 おキヌの記憶どおり、横島に抱きつくグーラー。

『ああ〜〜ホレちまったよ
 あたしゃ〜〜!』

 イチャイチャする二人を見て、おキヌが何かブツブツつぶやいている。

「仕方ないんだから……!!
 今だけは許す……
 今だけは許す……
 今だけは……」

 自分に言い聞かせているだけなのだろう。別に横島に聞かせるつもりはなかったはずだ。それでも聞こえてしまう。

「えーっと……。
 おキヌちゃん……!?」
「なんですか、横島さん!?」
「俺……おキヌちゃんに
 言われたとおりに……しただけだよね?」
「そうですよ、横島さん!?」

 おキヌは、スーッと横島の横まで移動する。そしてグーラーとは反対側から、グーラーと同様にして、横島にしがみついた。
 ニッコリと微笑むおキヌ。しかし、今の彼女の表情には、妖艶さは浮かんでいなかった。むしろ……。

(ああっ!!
 この笑顔は……!?
 これは、美神さんが時々見せたやつだ!!)

 瞬間、横島の脳裏に、不吉な未来予想図が浮かんだ。

(頼む、おキヌちゃん!!
 美神さんみたいにならないでくれ!
 一人ならいいけど……
 二人いたら恐すぎる……!!)

 そんな横島の不安を煽るかのように、

「さあ、行きましょう!?」

 微笑ましい口調とは裏腹の目付きで、おキヌが前進を促す。
 茂流田や須狩がいる司令室へ向かうのだ。
 そして……。三人の快進撃が始まった。


___________


『マイダーリン・横島の敵はぶっ殺ーす!!』

 勇ましい言葉は、グーラーのものである。
 彼らは、司令室の隣部屋まで辿り着いていた。茂流田がいるのは、扉一枚で隔たれた向こう側であり、そこに須狩も逃げ込んだはずだった。
 逃げ遅れた須狩配下のコンバットジャケットたちは、すでにグーラーに一掃されている。

『ねっ』

 一仕事終わらせたグーラーは、横島の腕にペトッと抱きつく。

「まだ終わってないんです!!
 離れて下さい……!!」

 最大の強敵は、この後で出現するのだ。それが分かっているだけに、おキヌは注意する。しかし、はたから見れば、嫉妬心で言っているようにしか見えなかった。

『あーら妬いてるのかい、おじょうちゃん』

 グーラーは、勝者の表情で、豊かな胸を横島の腕に強く押し付けた。

「ああっ、気持ちいいけど
 それを顔に出してはいかんっ!!
 俺には……おキヌちゃんが……」

 あいかわらずの横島だ。やはり顔に出てしまっている。それに、表情に出さずとも口に出した時点で、もう同じであった。
 そんな彼への不満は後回しにして、おキヌは、グーラーにキッパリ宣言する。

「あなたは今だけの浮気相手でしょっ!?
 こっちが……私が本命です!!
 や、妬いてなんか……」

 もちろん、おキヌは妬いている。しかし、それを認めたくないのだった。

(私が恋人になったところで……
 横島さん、きっと女の人見たら
 これからも飛びかかるんだわ!!
 だから……この程度でヤキモチやいてたら
 横島さんの相手はつとまらない……!!)

 特に今回は、おキヌの指示で作られた状況なのだ。ここは許すしかないと考える。しかし、次のグーラーの言葉を聞いて、ハッとした。

『あ、そう。
 じゃ、こんなことしちゃおうか、ダーリン』

 おキヌは、ようやく思い出したのだ。忘れていた重大な出来事を。絶対に回避しなければいけないイベントを。

(もう……!!
 私ったら何でこんな大事なこと忘れてたんだろ!!)

 この直後、グーラーは横島にキスするはずなのだ。

(いけない!!
 せっかく横島さんの恋人になれたのに……!!
 私だって……まだなのに!!)

 状況が状況なために、おキヌは『今だけは許す』と自分に言い聞かせている。だが、恋人の自分ですら触れていない横島の唇を、目の前で奪われたらたまらない。

(……そうはさせない!!)

 おキヌは横島に背中に飛びついた。そして、彼の頬に手をあてて、首だけ後ろに向けさせる。

「私が先です!!
 横島さんは……私のもの!!」

 そう言って、自分から、彼の唇に口づけした。


___________


 一階から順にモンスターと戦うことになった美神だが、苦労したのは、最初だけだった。
 まず現れたのは、魂を持つ石像、ゴーレム。

「なるほどね、兵器としちゃあ
 使い勝手のよさそうなヤツね」

 美神の表情は余裕であった。ゴーレムには、GSならば誰でも知っている有名な弱点があるのだ。
 ゴーレムは、体のどこかにEMETH(真理)という文字が刻んである。その『E』を消してMETH(死)にしてしまえば、機能を停止するのだ。
 そして、このゴーレムの場合、それは股間に隠されていた。

「そこがもっとも弱点を隠すのに適した場所なのだ!!」

 美神に発見されても、それでも勝ち誇る茂流田。
 男ならば攻撃をためらう場所だし、女性だって恥ずかしくて股間を触ることなど出来ない。それが茂流田の策だった。
 しかし、美神は、鞭と化した神通棍で一撃。完全に『E』を削り取ることこそ無理だったものの、茂流田からのコントロールは弱まった。その隙に、オカルトのプロとして、ゴーレムを再インプリンティングしてしまう。
 そして、ゴーレムを従えた美神にとって、その後に出てくるモンスターなど敵ではなく……。

 ドガッ!

 今、ゴーレムの手が最上階の床を突き破った。
 その穴から、美神がヒョイッと姿を現す。

「おキヌちゃん!!
 無事!?
 ……えっ!?」

 美神の目に飛び込んで来たのは、二人の女性に挟まれた横島。
 正面からは半裸のグーラーにギューッと抱きつかれ、しかも、首だけ後ろに回して、背後のおキヌと濃厚なキスをしているのだ。

「横島クン……!?」

 笑顔を浮かべながら、美神は、その表情を否定する口調でつぶやいた。


___________


「あんた何したの!?
 おキヌちゃんに手を出すなんて!!
 ……文珠ね!?
 洗脳したのね!! この犯罪者め!!」

 美神の作り笑顔はすぐに消えて、鬼のような形相に変わる。そして、横島を責めたてた。
 慌てて、おキヌが横島のもとへ駆け寄る。美神がゴーレムをけしかけることを予想し、先に、両手を広げて横島の前に立ちはだかったのだ。

「……違うんです、美神さん!
 私、洗脳なんてされてません!!」
「ああ……おキヌちゃん……。
 マインドコントロール受けてる人はね
 ……みんなそう言うのよ」

 悲しげな表情をする美神である。

「違います!!
 信じて下さい……!!
 私……私たち……」

 モジモジするおキヌを見て、美神が顔をしかめている。
 ここで、横島が、ちょっとボケてみた。

「ああ……やめてください!!
 俺を取り合うなんて!!」
「ちがうわーッ!!」

 もちろん、ツッコミは美神の鉄拳制裁である。
 
「横島さん……!!
 ありがとう……!!」

 おキヌは、美神が横島を殴るのを、敢えて止めない。

「私のダーリンに何すんのさっ!!」
「いいんですよ、ガルーダさん!!
 ……ここは、このままでいいんです」

 むしろ、横島を助け出そうとしたグーラーのほうを制止した。
 これも、雰囲気を戻すために横島がワザとやっている道化。おキヌは、そう思っているからだ。

(私に飛びかかってきたことも……
 グーラーさんとイチャついたことも……
 これで許します!!
 ……私って単純かしら!?)

 今のおキヌは恋する乙女だ。彼女は、自分の唇に、ソッと指をのばす。そこには、まだ横島の温もりが少し残っていた。


___________


 そんな美神たちのドタバタ劇を、一つの声が制止する。

「ゲームオーバーだ!!
 『切り札』を使わせてもらう!!」

 司令室からガラス越しに宣告する茂流田。その横には、須狩も立っている。
 
「こいつが我々の切り札……
 『ガルーダ』だ!!」

 美神たちのもとへ、一体の魔物が送り込まれた。その場の誰もが察知できるほどの、強力な霊波動の持ち主である。
 ガルーダ、それは、バリ・ヒンズーの魔鳥。かなり高レベルな鬼神だった。

『フュオッオオオッ!!』
「不死のゴーレムを一撃で……!?」

 ゴーレムは、ガルーダに左腕を砕かれ、その場に倒れ込んでしまう。

「おどろいたかね?
 そいつは我が社の製品で、
 史上初の『人造魔族』だ!」

 実は、茂流田たちは、魔族と取り引きしていた。魔族の方から、南武グループの科学技術に興味を持って、接触してきたのだ。茂流田たちは、技術提供と引き換えに霊体片を入手し、そこからガルーダを培養したのだった。
 魔族の代理人がメドーサであることまで含めて、全部語ってしまう茂流田。

「しゃべりすぎじゃない、茂流田?」
「いいじゃないか、どーせ連中は死ぬんだ。
 極秘事項で今まで誰にも自慢できなかったしな」

 さすがに須狩がたしなめるが、小悪党の茂流田は、聞く耳持たない。
 一方、美神と横島は、何度も敵対した魔族の名前を聞いて、それに反応していた。

「メ……あのヘビ女!!」
「なんか裏がおぼろげに見えてきたぞ!
 ひょっとして最終回が近づいているのか……!?
 だから俺にも恋人が出来たのか……!?」
「目の前の敵に集中しなさい!!
 でないと今日で最終回になるわよ!
 横島クンに恋人が出来たから最終回だなんて
 そんなのゴメンだわ……!!」

 二人がそんな会話を交わす横で、おキヌは、真剣に考えていた。

(美神さんがあそこまで言うほどの強敵……!!
 記憶では……たしか……
 ヒヨコたちの助けを借りたんだっけ!?)

 一つ決意したおキヌは、茂流田を挑発する。

「霊体片から培養って言っても……
 成功したのは、これ一体だけですよね!?
 この一匹が……虎の子の切り札なんでしょう!?」
「……おキヌちゃん!?」

 彼女の口調に何かウラを感じ、いぶかしげな視線を送る美神。
 一方、茂流田は、水を向けられたままに、内情を語ってしまう。

「わははははっ……!!
 我々の技術を見くびるな!!
 まだまだ、たくさんの雛が眠っているぞ!!」
「ウソ!?
 そんな……!?」

 おキヌは怯えてみせた。
 美神から見れば、まるで大根役者である。しかし、調子にのった茂流田には見抜けなかった。

「驚いたろう……!?
 信じられないだろう……!?
 わははははっ!!
 冥土の土産に、見せてやろう!!」
「ダメッ、茂流田……!!」

 須狩が止めようとするが、間に合わない。
 茂流田がスイッチを押すと、壁の一面が開いた。そこに、ガルーダ幼生の保育カプセルが、ズラリと並んだまま運ばれてくる。

「こ……こんなに作っとったんか、おまえら!?」
「おキヌちゃん……何か策があるのね!?
 いいわ、この場は何とか私がしのぐから……早く!!」

 素直に驚く横島とは対照的に、美神は、おキヌへの信頼を示した。神通棍でガルーダに立ち向かう。

(ありがとう、美神さん……!!)

 軽く頭を下げてから、おキヌが指示を出す。

「グーラーさん!!
 あのカプセルを壊して……!!
 カプセルを全部開けて……!!」
「フン……。
 正妻ぶって命令かい!?
 あたしゃ浮気相手のつもりはないんだけどね……。
 いいさ、聞いてやろう!!」

 カプセルが開き、幼生たちが目を覚ます。同時に、おキヌは、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。

(当時の私でもコントロールできたんだから!!
 今の……十年近い経験のある私なら!!
 絶対コントロールできるわ……!!)


___________


 子ガルーダたちは、幼生であるが故、まだ制御装置も呪縛も組み込まれていない。心が真っ白なヒヨコだった。だから、おキヌの笛で支配されて、簡単に味方になったのである。
 美神が味方にしたゴーレムは、大きくダメージを受けたとはいえ、まだ滅んではいなかった。また、横島にも、グーラーがいる。
 こうして、ガルーダは、この場では最強とはいえ、多勢に無勢な状態になってしまった。

「よーし、そのままッ!!」

 ガルーダに神通棍を一本折られた美神だが、幸い、予備がおキヌの脚にくくりつけられていた。それをシッカリ握りしめ、決めゼリフを口にする。

「……極楽に、お行きッ!!」

 精霊石、破魔札、神通棍の三連撃で。
 心霊兵器ガルーダは、ついに滅び去った。


___________


「どうすんのよ!?
 こっちの事情、全部知られちゃったじゃないの!!」
「くそうっ、こんなはずでは……」

 ガルーダが負けてしまい、切り札を失った須狩と茂流田は逃走した。
 しかし、彼らが帰る先が、本当にあるのだろうか……。


___________


「違約金……ガッポリせしめたわよ!!」

 後日。
 依頼内容に嘘があったということで、美神は、南武グループに怒鳴り込んだらしい。
 心霊兵器の開発並びにテスト、これは、かなりの大事だ。当然、上のほうも承知している。美神たちが、オカルトGメンなどの公的機関に話を持ち込もうものなら、大規模な捜査の手が入ることだろう。
 そのような事態は、グループ上層部としては避けたい。美神もそれは理解している。だから……。
 まるで口止め料のような膨大な違約金が用意されたのだ。そして、

「これは末端の一研究グループの暴走でした」

 ということで、話を折り合わせることになったのだった。

「いいんスか!?
 それって……犯罪を黙認したことになるのでは!?」

 美神の話を聞いて、唖然としている横島。
 おキヌは、スーッとその横に立って、恋人らしく腕を組む。

「いいんじゃないですか?」

 微笑みながら、美神の行動を認めるおキヌ。
 美神だって、悪人ではないが、大金をバラまいて不祥事の揉み消しをすることがある。特に、おキヌは、未来で起きる事件を知っていた。高速道路の陥没や飛行機の離陸失敗、それに伴う美術品の破損など……。それらを美神が引き起こし、そして、お金で片づけてしまうはずだった。
 もちろん、今回の南武グループの一件は、それとは比べ物にならない悪行である。しかし、

「……だって、結局、誰も死ななかったんでしょう!?」

 おキヌは、最後まで勘違いしていたのだ。

(私たちがテストの最初の被験者だったから……
 おかげで犠牲者ゼロで済んだのよね)

 しかも、おキヌが記憶していた経緯とは異なり、茂流田まで逃げ延びたのである。

(グーラーさんとヒヨコたちは、
 やっぱり仲良く暮らすことになったようだし……)

 おキヌは、グーラーのその後を、少しだけ回想し始めた。


___________


 ガルーダとの戦いの後。
 おキヌたちは、グーラーを人間にしようと試みたのだ。『恋』文珠の効果が切れたグーラーを野放しには出来ないし、かといって、魔物として退治することも忍びない。そんな心境からだった。
 横島の文珠は文字が変えられない状態だったが、幸い、『恋』と『人』だ。『人』文珠ならば、人間以外を人間にしてしまうことも可能なのではないか。

「おキヌちゃん……。
 それは無理なんじゃない!?」
「俺もそう思う……」
「横島さん……!!
 そんなこと言わないでください!!
 やってみましょうよ、ねっ!?」

 というわけでトライしたのだが……。
 やはり無理だった。いくら文珠が万能とはいえ、精霊を人間に変えるには、横島の霊力が足りなかったのかもしれない。
 しかし、まったく効果がないわけではなかった。グーラーは、人間性を……人の心を獲得したのである。これで、茂流田たちの呪法も消え去ったらしい。
 だからグーラーは、心優しき魔物として、無事、放霊されることになった。ガルーダ雛たちの母親代わりとなって、どこかで、ひっそりと暮らしていくのだろう。


___________


 こうして、『偽りの幽霊屋敷』事件もすっかり片付いて……。
 それから数日後。
 横島も同席しているときに、美神は、おキヌの転校の件について話し始めた。

「おキヌちゃん……。
 こっちの高校への転入手続き、
 私が勝手にやっといたけど……よかったわね?」
「はい……!!
 私、東京の学校のこと、詳しくないですから……」

 もちろん、今のおキヌには、この先の記憶がある。六道女学院に通うことになるのだ。
 でも、自分から言い出すのは不自然な気もして、全て美神まかせにしたのだった。

「おキヌちゃんもGSを目指すって言ってたわね?
 ……ここなら、ちょうどいいと思うわ!!」

 美神が、軽くウインクしてみせる。

(やっぱり六女なんだ……!!)

 そう思って笑顔でうなずいたおキヌ。だが、次の美神の言葉は、予想外のものだった。

「GSもいるし、GSのタマゴもいる。
 机の妖怪もいるし、バンパイア・ハーフもいる。
 ……そいつら集めて、除霊委員まで作られてる。
 実地研修には申し分無い環境よ!!」
「あっ……それって……!?」

 ここで横島が口を挟む。美神も、軽口で応じた。

「そうよ!!
 横島クンと同じ高校!!
 ……でも、あんまり学校で
 イチャイチャするんじゃないわよ!?」

 ビックリして言葉も出ないおキヌであった。



(第三話「今日、転校してきたんです」に続く)
 


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