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まりちゃんとかおりちゃん

第一話 ……大好き!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/25

  
「凄いわよ、今度の仕事!!
 成功報酬3億円よ?
 幽霊屋敷一つ除霊するだけで3億よ!?」

 美神が興奮している。

「美神さん……。
 本当にお金大好きっスね……」

 呆れ顔で眺める横島の隣で、おキヌは少し冷静に観察してしまう。

(今って……まだ二十世紀なんだ……。
 でも、もうバブルもはじけた後だっけ?
 バブルの時期には億単位の仕事も多かったけど、
 この時期になると、もう少ないんですよね。
 美神さん見てると……時代の景気がわかっちゃうな)

 しかし、そんな他人事でいられるのも一瞬だった。

「……おキヌちゃん、
 復帰後の初仕事になるけど大丈夫ね!?」
「……はい」

 おキヌは覚えていた。久しぶりの三人での除霊仕事……その依頼内容には偽りがあり、そこには仕組まれた罠があったのだ。

(ごめんなさい……。
 この仕事、どうしても行きたいんです。
 だからウラ事情があること、
 知ってるけど話せません……)

 そんな内心の罪悪感が、言葉に表れてしまったらしい。

「……どうしたの!?」
「あっ……いえ……
 なんでもないです……」
「美神さん……!!
 おキヌちゃんは普通の女のコなんだから、
 久々で緊張するのも当然じゃないっスか!?
 美神さんみたいに、
 図太い神経の持ち主じゃないんだから……」

 よけいな一言のために、横島は美神にしばかれてしまう。だが、おキヌは彼に感謝していた。

(ありがとう……横島さん!!
 いつもいつも……)

 おキヌは、体は十代であるが、心は二十代である。今の彼女の目から見ると、横島の失言癖も、無意識のうちの計算に思えるのだった。暗くなった場を盛り上げたり、行き過ぎた雰囲気を止めたり、彼の『失言』は常に効果的だったのだ。意識して狙っているわけではないだろうが、それでも、ただの『失言』とは思えなかった。

(横島さんって……やっぱりステキ……)

 気持ちを出来る限り隠しながら彼を見ていたおキヌ。そんな彼女に、その横島を叩き終わった美神が声をかける。

「心配することないわよ!?
 おキヌちゃんがいない間に、
 私も横島クンも、グンとパワーアップしたんだから!
 それに……おキヌちゃんだって、
 ネクロマンサーの笛やヒーリング能力があるでしょう!?
 三人一緒なら……恐いものなしよ!!」
「はい……!!」

 笑顔で答えるおキヌだったが、内心では、まだ少しだけ謝罪していた。

(ごめんなさい、美神さん……。
 この仕事だけは……三人じゃなくて、
 二人にしてくださいね……!!)

 あそこで違う行動をしていれば、その後の人生も大きく変わったかもしれない……。そんな重要な転機が今回の仕事には含まれていることを、おキヌは、しっかり覚えていた。




    第一話 ……大好き!




「ようこそ美神令子さん!
 南武グループリゾート開発部の茂流田です!」
「須狩です!」

 仕事の現場にヘリで送り込まれた美神たち三人を、依頼者側の二人が出迎えた。
 人里離れた森の中の廃屋である。旧華族の屋敷ということで、ゴシックホラーの雰囲気も満点であった。
 しかし、そんな空気を入れ替えるかのように、

「はじめまして!!
 GS横島忠夫っス!!
 私が来たからには……」

 横島が、美人の須狩に突撃しようとしている。

(もう……!!
 横島さんったら……!!)
 
 これが雰囲気を明るくするためだとしても、おキヌとしては嬉しくなかった。
 さすがに須狩は依頼者なだけに、彼も激しいセクハラはしない。美辞麗句と握手程度だということは分かっているのだが、それでも、おキヌは、つい止めてしまった。

「ダメです、横島さん……!!
 依頼人に失礼なことしたら、
 あとで美神さんに怒られちゃいますよ!?」

 ギューッと彼の耳をつかみながら、おキヌは、美神の名前を持ち出して自分の制止を正当化する。
 その美神は、

「3億よね?
 館の除霊に成功したら3億円よね!?」

 やや礼を逸した態度で須狩に詰めよって、報酬金額の確認をしているのであった。


___________


「わが社ではこの館をホテルに改装して
 自然環境をいかした高級リゾートを建設する計画です。
 ところが……いざ改装工事という段になって、
 ここが霊的不良物件であることがあきらかになり……」

 茂流田が、この幽霊屋敷の説明をしている。それを聞きながら、おキヌは、

(嘘ばっかり……!!)

 内心でバッサリ切り捨てていた。
 当然、おキヌは覚えている。彼の言うところの『わが社』がやっているのは、リゾート開発などではない。彼らは、軍事目的で心霊兵器の開発をしているのだ。自分たちは、その性能テストに選ばれたのである。

(ひどい人たち……!!
 でも良かったわ、頼まれたのが私たちで!!)

 おキヌは、微妙に勘違いしている。
 茂流田たちは、GSに対する効果を試す前に、通常の軍隊もテスト相手として投入していた。彼が今、幽霊屋敷の証拠として出した写真にも、本物の被害者がうつっていた。
 しかし、おキヌは、そんな事情を全く想定していなかった。だから、自分たちが最初であり、まだ犠牲者も出ておらず、写真も設定同様のニセモノだと思っていたのだ。
 素直というべきか、天然というべきか……。年月を経ても、おキヌは、おキヌなのである。彼女は彼女なりに、真っ直ぐ成長したのであった。


___________


「ひ……ひええ……」
「霊圧が異常に高いわね。
 気をつけて!
 何が来てもおかしくない感じよ!」

 建物に入って、最初の部屋。そこは、ドヨヨヨーンとした空気で、いかにも出そうな雰囲気だった。
 部屋の奥の扉からは、ズルッ、ペチャッという音が聞こえてくる。

「な……なんか向こうにいますね。
 私、ネクロマンサーの笛、吹いてみます!」

 展開を知っているだけに、おキヌの口からは、そんな言葉が飛び出す。

「……そうね。
 開けてみて、横島クン!」
「お……俺が!?」
「横島さん……!!
 もし幽霊がいても、
 私の笛で成仏しますから大丈夫です!」

 おキヌが、横島にニッコリ笑いかけた。
 
「お……おう!」

 横島が表情を引き締めて、ドアノブに手をかける。そして、おキヌがネクロマンサーの笛に口をつけた。
 目で合図をしあう二人。扉が開くと同時に、笛の音が響き渡る。

『ギャアァアッ』
 
 ドアの向こうの廊下では、女性の幽霊が、おキヌの笛で苦しんでいた。

「いまわしき黄泉の死者よ!!
 何故生者に害を為すかッ!?
 ……退け!! 悪霊ッ!!」

 美神が破魔札でトドメをさすのを見ながら、

(ごめんなさい……!
 笛だけで成仏させられなくて……。
 ちょっと雑念が入っちゃいました。
 横島さんとタイミングあわせた作業って
 なんだか嬉しかったから……)

 おキヌは、心の中で詫びる。
 いくら先の展開を知っているからとはいえ、油断していたら、取り返しのつかない失敗をするかもしれない。そう思って、おキヌは、気を引き締めた。

「美神さん……!!
 まだです!! 次が来ます……!!」

 今度は犬のゾンビの大群に襲われるはずだった。その通り、ちょうど窓ガラスの割れる音が聞こえた。


___________


「ドアは?」
「後ろで閉まってやっぱり開きません」
「これで三つめだわ。
 次の部屋へ行くと決まって新手のモンスター……。
 なんだってゆーの、ここは!?」

 たいした強敵ではなかったが、それでも戦いを繰り返してきた三人。さすがに、美神もおかしいと気づき始めたようだ。

(そろそろね……)

 おキヌが緊張する。

(私たちは強すぎると判断されて、
 分断されるんだわ……)

 おキヌにとって大事な、運命の瞬間が近づいていた。

「あの……美神さん!?
 このお屋敷……何かの罠なんでしょうか……!?」

 心を落ち着かせるためにも、まずは現状に集中しようとするおキヌ。しかし、彼女の体は……内心の思いに従って行動してしまう。

「たしかに……うさんくさいわね!
 でもね、おキヌちゃん……?
 恐いのはわかるけど、あんたもGSでしょ!?
 遊園地のお化け屋敷じゃないんだから……」

 美神が苦笑したように、おキヌは、いつのまにか横島の腕にしがみついていたのだ。

(あ……!!
 私ったら、いつのまに……!?
 これじゃ美神さんの言うとおり……
 いつかの遊園地の事件みたい!!)

 ハッとするおキヌだったが、その手を放しづらい。

「すいません……!!」
「おキヌちゃんなら、大丈夫っスよ……!!」

 横島も、ちょっと気持ち良く感じている。
 そんな二人に理解ある視線を向けて、

「……まあ、いいわ。
 次の部屋には行かないで
 ここで夜明けを待ちましょう」

 と決断する美神。しかし、最後に彼女は、いたずらっぽく笑った。

「……で、あんたたち、
 一晩中そうやって……くっついてるつもり!?」


___________


(やっぱり覚えてるとおりになった……)

 先ほどの部屋で一晩過ごすことなど出来なかった。三人一緒では兵器のテストにならないと判断した茂流田と須狩が、降下する天井という罠を発動させて、三人を次の部屋へと追いやったのだ。しかも、そこには落とし穴があり、おキヌと横島が、はまってしまう。
 こうして、二人は、暗い別室へ隔離されたのだった。

「あそこからすべり落ちたんだな……!
 こりゃ戻るのは無理みたいだ」

 横島が、プロのGSらしく現状把握に努めている。
 一方、おキヌは、

「痛ッ!」
「どうした!?」

 落下の際に足首を痛めていた。

「予備の神通棍をそえ木にしよう!
 痛みどめも、たしかリュックに……」

 横島は、神通棍と愛用のバンダナで手当てをしてくれる。

(もうっ!!
 私ったらドジなんだから……!!
 こんなところまで再現しなくてもいいのに……!!)

 おキヌとしては、横島の対処は嬉しい。だが、一度この状況を経験しているのに、また同じケガをしたことが悔しかった。恥ずかしいという気持ちにも、すまないという気持ちにもなる。
 だから、自然に言葉がこぼれた。

「ご……ごめんなさい……!」
「え?」
「私……私……。
 こんな迷惑かけちゃいけないのに……!
 すっかり足でまといになっちゃって……」

 このセリフは、かつてこの場面でおキヌが言ったものとは少し違う。
 おキヌは、未来からの情報を出し惜しみしたことも含めて謝っているのだ。しかし、もちろん、そこまで横島には分からない。

「おキヌちゃんヒーリングもできるんだよな。
 さっきすりむいたんだ、ここ。
 いてて……」

 彼は、肘のかすり傷を出してみせた。流れに従い、おキヌがヒーリングを施す。

「でも……私……。
 この程度では……」

 この程度では、罪悪感は消えない。
 そう言いたいおキヌだったが、自分が未来からきたことを告白するのも躊躇われた。
 彼女の逡巡など知らぬ横島は、

「おーっ、けっこー効く効く……!!
 ホラ、おキヌちゃんがいてよかったろ?」

 と、思いやりに溢れた笑顔を、おキヌに向けた。

「……横島さん……!」

 おキヌがジーンと感動する。
 前にも一度体験した場面だ。しかし、二度目だからこそ、

(そう……!!
 これが横島さんなんだ……!!
 私の……大好きな横島さん……!!)

 初めて同じ表情を見た時から今までの、約十年分の思い出が、一気に心の中に蘇ってきた。
 だから、おキヌは、

「……大好き!」

 以前と全く同じ言葉を、もっと強い気持ちをこめて、口にするのだった。
 そして……愛しい彼の胸に、顔をうずめた。


___________


 今、おキヌは、とても幸せだった。
 彼女の心の中では、幸福に浸っているおキヌとは別に、どこか冷静に状況を見つめる自分もいた。

(よかった……!!
 本当に『……大好き!』って思って、
 正直な私の気持ちを言えたわ……!!)

 こういう事態を、ある意味、知っていたおキヌである。このキーワードを計画的に口にすることも可能だっただろう。
 だが、それではダメなのだ。
 これは……おキヌにとって一世一代の、恋心の告白だったのだ。
 乙女にとって大切な瞬間である。それが『嘘』になってしまうのは、イヤだった。
 だから……。おキヌは、今、とても幸せだった。


___________


 ドクン、ドクン、ドクン。
 
 二人の心臓の音が、無音の暗闇に大きく響く。しかし、そんな鼓動にかぶさるように、何かブツブツ言う声も聞こえてきた。
 横島の独り言である。

「そーだよな……!!
 考えてみりゃー美神さんのケツ追っかけたって
 いーことなんかたいしてねーよなっ!!
 やっぱ青少年は青少年らしく
 こーゆー青く甘ずっぱい恋愛をすべきだ!!」

 そして、彼は、ひときわ大きな声で叫ぶのだった。

「こーなったらもー
 おキヌちゃんでいこう!!」


___________


(来たーっ!!)

 おキヌは、心の中で叫んでいた。

(ここで怒っちゃいけないんだわ!!)
 
 これも例の『失言癖』なのだ。
 いくら鈍いと言われている横島だって、あれだけ多くの女性から好意を向けられて全く気がつかないというのは変だった。自己評価が低いからだとしても、それだけでは説明がつかなかった。
 おそらく、意識の奥底では……深層心理では、女性たちの気持ちを分かっていたに違いない。
 ただし、みんなを思いやる横島のことだ。表面ではハーレム願望を口にしながらも、深層心理は別だったのだろう。『ハーレム』なんて実行したら、相手の女性を傷つけると心得ていたのだ。だから……モテているからといって、それを受け入れてはいけない。深層心理は、そう判断し、不用意に女性との仲が縮まらないような『失言』も口にさせてきたのだ。
 そうやってギリギリで自分を止めることの出来た横島だからこそ、スケベと言われながらも、文珠を悪用することは、なかったのだ!

(そうですよね……!?
 横島さんの……『深層心理』さん!!)

 体は十代で心は二十代のおキヌだ。しかも、その『二十代の心』は、約十年も彼の近くで……親友として彼を見てきたのだ。だから、そんな分析をしてしまっていた。
 そして、この分析に従えば……。
 ここで『失言』を素直に受けとって立腹すれば、彼の『深層心理』の思うつぼである。

(……そうはさせない!!
 せっかく……やり直してるんだから!!)

 おキヌは、強く決意した。


___________


「私『で』『いこう』なんですね!?
 ……いいですよ、それでも。
 どうぞ……」

 出来る限り冷静に、おキヌは口を開いた。

「……え?」
「二人で……高校生らしく……
 甘ずっぱい恋愛を……
 していきましょうね……!!」

 ポツリポツリと、言葉を選んでいく。

「あ……声に出てた!?」

 おキヌの発言を聞いて、

(しまったーっ!!
 またいつものミスをっ!!)

 横島は、自分の言動を悔やむ。だが、すぐに彼女の言葉の意味に気付いて、ビックリした。

「ええっー!?
 おキヌちゃん……!!
 『いいですよ』って……
 『どうぞ』って、それって……!?」
「はい……」

 彼女が小さく頷く。
 横島としては、本当に驚くしかなかった。
 さきほどの彼の言葉が……彼の気持ちが、女性に失礼だったことは自分でも分かっていた。
 それなのに……許されてしまうというのか!!
 おキヌちゃんは優しいと思っていたが、だが、ここまで心が広いとは……!!

(おキヌちゃん……!!)

 彼女は、少し前に幽霊時代の記憶を思い出して、そして横島たちのところに戻ってきた。
 それが、横島にとっての、今のおキヌである。
 しばらく離れていただけに、その間にいっそう優しくなったのか、もともとこんなに優しかったのか、何とも判断できなかった。
 しかし……どちらにせよ、問題ではなかった。
 今の横島には、おキヌは天使に見えた。

「……でも、一つ約束してくださいね?」
「……うん」

 おキヌの包容力に浸っていた横島は、約束の中身も聞く前に頷いてしまった。

「『おキヌちゃんでいこう』って言うからには……。
 ちゃんと私を一番に……。
 ……本命にしてくださいね!?」

 おキヌとしても、『私を一番に』とか『本命に』とかは、ドキドキもののセリフだった。
 心臓はバクバク音を立てているし、言葉も震えてしまっていた。
 しかし、横島の耳は、それに全く気が付かなかった。
 このとき、彼の意識は、聴覚ではなく視覚に支配されていたのだ。
 横島の目は……おキヌの瞳に、釘付けになっていたのである。

(おキヌちゃんって……
 こんなに色っぽかったんだ……!!)

 女は誰だって、惚れた男の前では、いっそう綺麗に……妖艶になるものだ。
 そんな『女』の魔力に、すっかり魅了されてしまう横島であった。

「……もちろん!!」

 おキヌの瞳を覗き込んだまま、横島は断言した。
 その美しい瞳が、幸せで潤み始める。

「横島さん……!!
 ありがとう……!!
 これで……私たち……
 ようやく……」

 それ以上、何も言えなくなってしまった。
 だから、彼女は彼にしがみつき、彼も強く抱き返した。

「うん……。
 俺のほうこそ……
 これからもよろしく……!!」

 これが……二人が恋人として付き合い始めた瞬間だった。



(第二話「や、妬いてなんか……」に続く)
  


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