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復元されてゆく世界

第三十三話 さよならルシオラ


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/21

   
 美神のマンション前に集合した関係者たち。その中で、

(まさか・・・
 罠にはまってたのは、私たちのほう・・・!?)

 ベスパは、『宇宙のタマゴ』に視線を向けていた。
 そこに横島もいることは、もはや、ルシオラの口振りから明らかだった。

『・・・行かせないわよ?』

 ベスパが動き出すより早く、ルシオラが空に浮き上がってきた。
 パピリオも、彼女の後に続く。すでに、マンション入り口の結界は解除しており、

「頼んだぞ・・・!!」
「・・・ここはまかせたワケ!!」

 ちょうど今、GSたちが中に入っていくところだ。

『・・・これで三人だけでちゅね』
『ベスパ・・・。
 手荒なことはしたくないんだけど・・・』

 表情を引き締めた妹と姉を前にしても、ベスパに躊躇している暇はなかった。

『悪いけど遊んでる場合じゃないんだ!!
 消えな!!』

 フルパワーの魔力波が放たれた。だが、ルシオラとパピリオは、左右に別れて回避する。

『やっぱり・・・。
 このパワー・・・
 今までのベスパじゃない!!』
『ベスパちゃん・・・!!』

 ベスパは、アシュタロスにパワーアップを施されていた。攻撃力も増している。
 まともに戦っては、二対一でも勝ち目はない。しかし、ルシオラとパピリオには、美神から授けられた秘策があった。

『ベスパ・・・。
 美神さんとヨコシマの同期合体・・・
 その力は、南極で見てるわね?
 ・・・なんで人間たちは、
 もっと、あれをやらないのかしら?』
『・・・!?』

 突然語り出したルシオラを見て、ベスパも、一瞬、攻撃の手を休めてしまった。

『霊波長が完全に合致すれば、
 相乗効果で効果は絶大・・・。
 だけど、人間である以上「完全に合致」は不可能。
 ヨコシマの文珠だけがブレを抑えられる・・・』
『もともと人間には無理な技なんでちゅ。
 でも人間じゃなければ・・・
 魔物ならば・・・』
『・・・特に、造り主を同じとする私たちならば!!
 波長もカンタンに合わせられるわ!!』

 ルシオラの説明をパピリオが補足し、最後は再びルシオラが締めくくった。

『まさか・・・!?』

 ベスパも気づいた。二人が何をしようとしているのかを。

『・・・フン!!
 私やアシュ様には、
 もうポチの文珠は通用しないさ!!
 アシュ様がポチの霊波に合わせて
 ジャミングしているからね!!』
『・・・どうかしら!?
 文珠だってパワーアップしてるのよ!!』

 ルシオラがパピリオに目で合図し、パピリオも頷いた。

『いくでちゅよーッ!!』

 小さな体を精一杯伸ばし、パピリオは、右手を高々と掲げる。その手には、『合体』と書かれた二文字の文珠が握られていた。

『合、』

 文珠と同様に、彼女の体も輝き始める。

『体ッ!!』

 ついにパピリオの全てが光の粒子に変わった。光の群れが、蝶のように舞いながら、ルシオラを取り囲む。
 そして、パピリオに包まれたルシオラも輝き・・・。

『な・・・!?』

 ベスパの前には、今、姿を変えた『ルシオラ』が浮かんでいた。
 顔は、ルシオラのものである。しかし、頭には、パピリオ愛用の黄色い帽子がかぶさっていた。
 スーツにも黄色の部分が混じり、四色となっていた。形も少し変化している。例えば、腰の部分はスカート状のフリルとなり、背中には、蝶のような大きな羽根も装備されていた。また、胸や腰、肩などには帽子と同じボンボンがついており、その一つにパピリオの顔が浮かんでいた。

『これで形勢逆転よ、ベスパ!!』



    第三十三話 さよならルシオラ



 そして、『宇宙のタマゴ』の中、作られた船の上では・・・。

「今度こそ・・・本当に・・・
 極楽へ行かせてやるわッ!!」

 美神の言葉を聞いたアシュタロスが、スッと背筋を伸ばし、もたれていた手すりから離れた。

『宣戦布告・・・だな!?
 これでおまえの長話も終わったわけか』
「そうよ・・・!!
 それとも、まだ聞きたいことある・・・!?」
『いや・・・もう十分だ。
 なかなか面白い話だったよ。
 まるで・・・
 倒される前に自らの悪事を
 全部ばらす悪役のようだったな・・・!!』

 アシュタロスの手から魔力波が放たれたが、美神はサッとかわした。

「・・・悪役よりも、
 むしろ探偵役のつもりだったんだけどね!?
 それより、あんた、せっかく私が
 『魂の牢獄』から解放してあげるって言ってんのに・・・。
 まだ抵抗するわけ?」
『・・・もちろんだ!!
 おまえの言うことがどこまで正しいか、わからないからな。
 ・・・それに、お得意のハッタリかもしれない』

 美神を完全に信頼することなど、アシュタロスには出来なかった。仮に美神が嘘を言っていないとしても、美神の計画が成功する保証もない。
 彼女の策など見当もつかないアシュタロスだったが、コスモ・プロセッサ以上のアイデアではないだろうと見下していた。コスモ・プロセッサならば、世界の裏表すら変えられるのだ。たとえ『宇宙意志』に反発されようとも、立ち向かう価値があった。
 大事なエネルギー結晶も目の前にある。さきほどの攻撃にしたところで、本気で美神を殺す気はなかった。そうでなければ、美神が回避することなど出来なかったはずだ。

『メフィスト・・・
 エネルギー結晶をよこしたまえ!
 さもなくば・・・
 この場でおまえの仲間を殺そう・・・!!』

 アシュタロスが、その手を、おキヌに向けた。
 これを見て、美神が合図をする。

「おキヌちゃん!!
 横島クン・・・!!
 いくわよッ!!」

 二人の返事は、ピッタリと重なった。

「はい、美神さん!!」

 夜の船上で、今、最終決戦が始まる・・・!


___________


『何・・・!?』

 右手を人間の娘の方向へ突き出したまま、アシュタロスは、左手を顔の前にかざした。強烈な閃光に襲われたからである。
 
『目くらましか!?』

 脱出のためか、あるいは、攻撃のためか。後者の可能性も想定して、アシュタロスは、念のため数歩横に移動してみた。だが、攻撃が飛んで来ることはなかった。
 光が収まったときには・・・。

『また、それか・・・。
 えらそうなことを言ったわりには、
 知恵が回らないものだな』

 南極と同じ合体をした『美神』が、アシュタロスの目の前に立っていた。


___________


(ここまでは予定どおりね・・・)

 美神は、おキヌが『閃光』文珠を発動させている間に、横島と合体していた。
 この戦いに、彼らは、二文字の文珠を三つ用意してきていた。使っても消えない便利な文珠である。おキヌに二つ、横島に一つ持たせてあった。
 計画では、おキヌは、もう一つの文珠で安全な場所まで『移動』したはずだ。
 それから、文字を『結界』と『伝達』に変更。少し離れたところから、さらに『結界』に守られた上で、アシュタロスの動きを観察する。そして、ヒャクメから借りた心眼で見た内容を、リアルタイムで美神たちに『伝達』。
 これが、この戦いにおけるおキヌの役割だった。
 今、美神の脳内には、自分の目で見ている以上の情報が流れ込んでいる。『伝達』文珠が正常に機能している証だった。

「横島クン・・・!!
 『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!」
「はいッ!!」

 南極では、ブレード状の武器を作り上げたが、たいして効果はなかった。何より、直接攻撃ではまた弾き飛ばされてしまうだろう。だから、今回は飛び道具をイメージしていた。
 『美神』の左手に弓が出現する。右手で弦を引き絞ると、左人差し指を先端として、光の矢が姿を現した。

「これが神の勇者の弓矢よ!!
 くらえーッ!! 」

 美神の叫びとともに、矢が放たれる。

『こんなもの・・・。
 ・・・何!?』

 体を捻ってよけたはずのアシュタロスだったが、光の矢は、虚空で軌道を変えて彼の胸に突き刺さった。

「イメージで作られた武器だからね!!
 ・・・器用なもんでしょ!?」
『遠隔操作も可能だというのか・・・!?
 しかし、これではパワーが足りないぞ!?』

 アシュタロスは、矢を引き抜き、投げ捨てた。胸の傷も、みるみる小さくなっていく。

「わかってるわ・・・!!
 今のはホンの小手調べ。
 ここからが・・・本番よ!!」

 その言葉と同時に、何本もの光の矢が同時に射られ、アシュタロスに命中した。しかし、

「・・・あんまり効いてないッスね?」

 と、横島の言うとおりだ。

「やっぱり・・・こんなもんでしょうね。
 まあ、合体攻撃は、アシュタロスを弱らせてから
 また食らわしてやるとして・・・」
『私を弱らせるだと!?
 ・・・何をするつもりだ!?』

 大きなことを言ったくせに、美神は、横島との合体を解除したのだ。アシュタロスが不思議に思うのも無理はなかった。

「こういうことさ!!」

 キリッとした顔でアシュタロスに答えたのは、横島である。その手には、『模倣』と書かれた文珠が輝いていた。

『またサル真似か・・・!?』

 コピーされるのは不愉快だが、あれは、戦闘には向いていないはずである。しかし、横島の表情は自身に満ちあふれていた。

「一瞬で仕留めれば死ぬのはおまえだけだ!!
 てめー自身のフルパワー攻撃をくらわせてやる!!」
『サル知恵だな・・・!!』

 強大な魔力弾がアシュタロスを飲み込むが、まだ消し去ることは出来なかった。
 ツノが折れ、右腕も失い、左半身も大きく抉れてしまったが、命に別状はない。痛みは感じるが、魔王アシュタロスが耐えられないほどではなかった。

『魔神である私は、これくらい平気だが・・・
 人間の君には痛すぎるダメージだろう・・・?』

 と言いながら顔を上げたアシュタロスは、横島を見て驚愕する。

『きさま・・・!!
 その姿は・・・!?』
「へっへっへ・・・。
 立派な師匠が、
 正しい使い方を教えてくれたんでな!!」

 横島は、もはやアシュタロスを『模倣』していなかった。元の人間の姿に戻っていたのである。しかも、五体満足のままだ。傷一つない!
 アシュタロスからは見えないが、握り込んでいる文珠も『解除』に変わっていた。

「南極で横島クンがコピーしたとき・・・
 確認させてもらったわ。
 横島クンのキックの効果が出るまでの時間をね!!」

 あの時。アシュタロスを蹴りつけた横島は、直後は、なんともなかった。さらなる攻防の後、ようやく胸に足型が現れ、ダメージを負ったのだ。

「たしかに『攻撃すれば自分もダメージを』なんだけど
 ・・・タイムラグがあるのよ!!」

 だから、自分へのダメージが出現する前に、『模倣』を『解除』してしまえばいい。これが、美神の思いついたプランだった。

「・・・どうする!?
 あんた、そのボロボロの体のまま戦うの!?
 それじゃあ、その辺の下っぱ魔族にも
 やられちゃうんじゃない・・・?」
『ふ・・・ふざけるなーっ!!』

 美神の挑発にのって、アシュタロスは、魔力の多くを傷の再生に向けてしまった。抉れていた部分もボコッと回復したのだが・・・。
 それを見届けてから、

「横島クン!!」
「はいッ!!」

 横島の姿が変化し、再び、魔力砲でアシュタロスを攻撃した。
 大きくダメージをうけたアシュタロスは、さきほど以上に痛々しい姿となってしまう。ツノは両方とも消えており、顔も部分的に抉れていた。右腕は肘までしかなく、体の左半分はゴッソリ消滅していた。もはや、立っていることもできない。

「どう、横島クン!?」
「美神さんの予想どおりっス!!
 あれだけのケガを治した後は、
 かなり魔力落ちてましたよ!!」

 アシュタロスから目を離さず、二人が言葉を交わした。もちろん、すでに横島は『模倣』を解いている。

「やっぱりね・・・!!」

 以前に傷を再生した際には、外へ出すエネルギーは減ったものの、本体の力そのものに大きな変化はなかった。しかし、大ケガとなれば、話は別だったのだ。
 何も一撃で倒す必要はなかった。『模倣』『解除』コンボで力を大きく削いでおいて、再び『模倣』『解除』コンボを食らわす。これを繰り返せば、アシュタロスのパワーはドンドン落ちていくはずだった。

『お・・・おのれーッ!!』

 アシュタロスは、はらわたが煮えくり返る思いだった。
 魔力を費やして復活したら、また、その時点での自分のフルパワー攻撃を食らってしまう。だからといって、今の状態のまま戦える相手ではなかった。美神たちは神魔の武器を持っているし、文珠もあるし、合体攻撃もできるのだ。

「・・・つらいわよね!?
 それに、あんまり弱っちゃうと、
 チャンネル妨害もできなくなるんじゃない!?」
『くっ・・・!!』

 美神の言うとおり、神・魔族の牽制に向けるエネルギーは、維持しなければならなかった。
 
『これなら・・・どうだ!?』

 アシュタロスとて馬鹿ではない。むしろ、同レベルの魔神たちと比べても賢いとみなされているくらいだ。
 彼は、下半身と右腕だけを再生し、かろうじて立ち上がった。左上半身は削れたままである。

「・・・どうしましょう!?
 あんなの『模倣』したくないっスよ!?
 痛そうだーッ・・・!!」
「さすがにねえ・・・。
 でも、もう十分なんじゃない!?」

 おキヌの心眼を通して見ているために、アシュタロスの動きは、スローモーションのようだ。細かいところまでよく分かる。
 美神は、直接攻撃に出た。
 体をかがめて、用心のため『ニーベルンゲンの指輪』を盾にしてカバーする。『竜の牙』を長剣にして、その姿勢のまま、走り出した。
 一陣の風のように、アシュタロスの横を駆け抜けてゆく!

『メフィスト・・・!!
 きさま、人の身でありながら・・・!!』

 いくら『竜の牙』とはいえ、普通ならば魔神には通用しないだろう。だが、今のアシュタロスは、もはや『魔神』の名を返上しなければいけないほど弱っていた。
 美神の長剣で両脚を斬り落とされ、アシュタロスの体が、ゴトリと崩れ落ちた。

「思った以上の斬れ味だわ!!
 あんた、かなり弱ってるのね。
 脚をねらう必要もなかったかしら・・・!?」

 もはや、美神の嘲笑に対しても、ロクに返す言葉はなかった。

『メフィスト・・・!!』

 憎々しげに名前を口にしながら、右腕だけで体を起こしたアシュタロスだったが、そこに、

「おまえは・・・
 アシュタロスは・・・俺が倒す!!」

 横島のサイキック・ソーサーが直撃した。
 その場に踏みとどまることさえできないアシュタロスは、爆発しながら、船から飛び出してしまう。
 
 ドボン!!

 アシュタロスの残骸は、海の藻くずとなって消えてしまった。


___________


「完全に死んだ・・・と思うけど」

 美神は、船の舳先に立って、海面を見つめていた。まだ盾も剣も手にしているが、そうした姿が不釣り合いなほど、夜の海は穏やかだった。

「・・・おキヌちゃん!!
 あいつがどうなったか、見える・・・!?」
「ごめんなさい・・・!!
 私には、そこまでわからないです・・・」

 軽く頭を下げるおキヌの肩を、いつのまにか背後に来ていた横島が、ポンと叩いた。

「・・・あやまることないさ。
 おキヌちゃんは十分がんばったよ」
「横島さん・・・!!
 うっ・・・うっ・・・」

 戦闘で張りつめていた緊張の糸が、ここで緩んだ。おキヌは、クルッと体を反転させ、横島の胸に顔をうずめて泣き出してしまう。
 彼女は、美神やヨコシマとは違うのだ。最前線で強敵と戦うことに、二人ほど慣れていなかったのだ。

「お・・・おキヌちゃん!?」

 おキヌが泣いている理由の分からない横島だったが、とりあえず、慰めの意味で背中に手をまわした。
 そんな二人に歩み寄りながら、美神も声をかける。

「そ・・・そうよ!!
 さあ・・・
 こんなところに長居することもないわ!!
 帰りましょう・・・!!」

 計画以上の戦果だった。美神の予定では、ここでアシュタロスにダメージを与えて、自分たちだけ『宇宙のタマゴ』から脱出するつもりだったのだ。
 倒すことはできなくても、逃げる時間さえ作れたらいい。アシュタロスが中にいるうちに外へ出ることができれば、アシュタロスごと『宇宙のタマゴ』を破壊することも可能だ。
 美神もおキヌも、『本来の歴史』の中でコスモ・プロセッサの崩壊を見ている。だから、『宇宙のタマゴ』に内含されているエネルギーの大きさは理解していた。いっしょに爆発したら、さすがのアシュタロスとて無事ではいられない。そう考えたのだった。

「横島クン!!
 帰り道はわかるわね!?」
「はい!!
 何度もコピーしましたからね、
 奴の頭の中は丸わかりッスよ!!」
「念のため、文珠で帰りましょう。
 そのイメージのまま『脱出』にして!!」

 二人が帰路の相談をしている間、おキヌは、先ほどと同じ姿勢のままだった。横島の腕に抱かれて、彼女は束の間の幸せに浸っていた。


___________


 ドバッ!!

 三人は、タマゴの外へ飛び出した。
 
「無事に出てこれたわね・・・。
 一応、こいつも壊しておいた方がいいわ」

 とつぶやいた美神の背中に、

「美神くん!!」
「令子ちゃん・・・!!」
「令子!!」
「令子ちゃ〜〜ん!!」

 仲間の声が投げかけられた。
 振り向くと、ちょうど彼らが走ってくるところだった。唐巣神父、西条、小笠原エミ、六道冥子、雪之丞、ピート、タイガー、ドクター・カオス、マリア・・・。全員勢揃いだ。

「アシュタロスは・・・倒したのかね!?」
「たぶんね・・・!!」

 師匠の問いに、正直に答える美神。それを聞いて、二人の親友が、それぞれの反応を見せた。

「すごいわ〜〜令子ちゃん!!」
「『たぶん』って・・・。
 そんないい加減なことで大丈夫なワケ!?」

 抱きついてきた冥子の相手をしながら、美神は、エミにもキチンと返答する。

「生きているとしても・・・
 まだ、この中にいるのは確かだから!!
 今から、こいつを壊すのよ!!
 それで今度こそ完全に・・・おしまい!!」

 そして、あたたかい表情を横島に向けた。

「横島クン・・・!!
 『アシュタロスは俺が倒す』なんでしょ!?
 ・・・最後はあんたにまかせるわ」
「・・・はい!!」

 横島が、巨大な『宇宙のタマゴ』を見上げる。文珠に『飛翔』と入れたのだが、

「あ・・・ちょっと待って!!」

 美神が水を差した。

「コスモ・プロセッサほどのエネルギーはないと思うけど、
 でも、ここにいたら危険だわ・・・!!
 おキヌちゃん、文珠一個ちょうだい!!」

 これで、美神とおキヌと横島、三人が一つずつ文珠を持つ形になった。そして、三人とも同じ『飛翔』という言葉を文珠に刻む。
 美神もおキヌも知らなかったが、これこそ、『本来の歴史』の中で初めて二文字の文珠が使われたときの単語だった。

「じゃあ、私とおキヌちゃん・・・
 あと、マリアにつかまって!!」

 美神とおキヌとマリアの三人で、横島以外の全員を隣のビルの屋上へと移動させた。全員が移ったのを見届けてから、

「これで・・・」

 横島が、空高く舞い上がった。
 両手に出した霊波刀を重ねあわせて一つの巨刀とし、『宇宙のタマゴ』目がけて落下する。

「終わりだッ!!」
 
 ズサッという音を立てながら、タマゴは、縦一文字に切り裂かれた。
 横島がスーッと後方へ『飛翔』して、美神たちと合流する間に・・・。

 グワッガァアァアァッ!!

 『宇宙のタマゴ』が爆発した。


___________


「やっぱり・・・こうなっちゃったのね・・・」

 美神のマンションは、『宇宙のタマゴ』とともに崩壊していた。全壊というわけではないが、ほとんど瓦礫の山である。

「ま、アシュタロスを倒した代償がこの程度ですんだのは・・・」

 マンションだったシロモノを見下ろしながらつぶやく美神の肩を、おキヌがトントンと叩いた。

「あの・・・美神さん?
 こんなこと言いたくないんですけど・・・
 『歴史』では・・・このあと・・・」
「いやねえ、おキヌちゃん・・・!!
 最終バトル自体『歴史』とは全然違ったんだから
 もう大丈夫よ・・・」

 二人は知っている。『歴史』の中で、コスモ・プロセッサの崩壊に巻きこまれたアシュタロスは、ボロボロにはなったが死んでいなかったのだ。

(でも・・・こんなこと言っていると・・・)

 嫌な予感がし始めた美神に、一同の声が重なる。

「なんだ、この悪寒は・・・!?」
「霊波・・・!? まさか・・・」
「ちょっと!? 終わったんじゃないワケ!?」

 眼下に散らばるコンクリートの塊の一角が、不気味に動き始めた。

 ガラッ。ガシャ。バギャッ!!

 そこから、魔神アシュタロスが立ち上がる。

『フ・・・フフ・・・フヒヒ・・・!!
 フヒ・・・フヒヒヒヒ!!
 ヒャハハハハハハーッ!!』

 右のツノが根元から欠けて、顔も右半分に異常があるが、それ以外、全くキズはない。

「な・・・なにイィイイッ!?」
「あー!! 『歴史』と同じになったー!?」
「あの・・・さっきより回復してますよう!?」

 アシュタロスと戦っていた三人が、それぞれの悲鳴を上げる。
 しかし、心配することはなかった。ここまで体を復活させるだけで、もうエネルギーも尽きていた。いや、『復活』したように見えるのも、外見だけでしかない。内部はボロボロだった。

 ピシッ!!

 体のあちこちに、ヒビが入った。最大の箇所は、右腕だった。

 ボソッ!! グシャッ。ガラガラ・・・。

 右腕が崩れ落ちると同時に、正中線にも一筋の亀裂が生じた。

 バカッ!! バキバキバキ。ズシャッ。

 体が左右二つに分かれ、倒れ落ちてしまう。

「あ・・・あれっ!?
 こいつ・・・なんで自滅してんの!?」
「もう体を維持するだけのエネルギーもないのよ。
 最強の悪役も、もーおしまい・・・」 

 拍子抜けした横島に、ちゃんと説明する美神。

「いや・・・
 これじゃあ『倒しました』って気がしないんスけど・・・?」
「ゼータク言わないの!!
 あんたには二回もトドメの役やらせてあげたでしょ!?」

 そんな二人に、左半身となったアシュタロスが、最期のメッセージを伝える。

『心配するな!
 この肉体はもう不用なのだ。
 だから・・・捨てるまでのこと!
 私には・・・もうひとつ分身が・・・』

 しかし、アシュタロスは美神に遮られてしまった。

「究極の魔体ね・・・!!」
『・・・そうだ』

 究極の魔体。
 それは、アシュタロスが、コスモ・プロセッサ計画以前に進めていたプランだ。
 新たな魔王として君臨し、全ての世界を統一する。そのためのボディなだけに、あらゆる神魔族に勝るだけのパワーがこめられていた。もちろん莫大なエネルギーが必要であり、この究極の魔体のために用意されたのが、エネルギー結晶だった。

「エネルギー結晶がなくても
 数日くらい動かせると思ってるのね!?
 その間に・・・
 破壊と殺戮のかぎりをつくそうっていうんでしょう!?」
『フヒヒヒッ・・・
 なんでもお見通しだな・・・』
「そのために意識をそっちへ
 ダウンロードしてるんでしょうけど・・・。
 どう、うまくいってる?
 移転先が見つからなかったりしてない・・・!?」
『・・・!!』

 もはや顔も半分しかないアシュタロスだったが、その表情が明らかに変わった。

「残念だったわね!!
 究極の魔体は・・・今頃とっくに滅ぼされてるわ!!」


___________


 話は少しさかのぼる。
 美神たち三人がタマゴの中でアシュタロスと戦い、仲間のGSたちがタマゴの前へと向かっていた頃。
 ベスパは、一人で姉妹と戦っていた。合体して『ルシオラ』となった二人を相手にしていたのだ。

『なんてパワーだい・・・!!』

 彼女は、まったく『ルシオラ』に歯が立たなかった。
 牽制がてらの連弾など、軽く片手ではじかれてしまう。フルパワーの一撃ならば効くようだが、それも直撃させることは出来なかった。『ルシオラ』は回避能力も高いし、魔力波で相殺することも容易だったからだ。
 ベスパは、少し焦っていた。この敵は、もともとがルシオラとパピリオなのだ。特殊な力も、持っているはずだった。まだ『ルシオラ』は、ルシオラ由来の幻惑能力も、パピリオ由来の鱗粉攻撃も使っていない。ただ、パワーの差だけで、ベスパは『ルシオラ』に圧倒されていた。

『ふわあ〜〜。
 ルシオラちゃんの中、気持ちいいでちゅ〜〜』
『ごめんね、ベスパ!!
 あんまり時間がないのよ、
 グズグズしてると、このコが私の中に溶けちゃうから。
 だから・・・これで最後!!』

 『ルシオラ』が、両手から魔力を放った。広範囲に拡散して撃ち出したため、ベスパが避けることは不可能だった。しかし、

『ふん・・・!
 こんなんじゃトドメには・・・ならないよ!!』

 両腕でガードするベスパ。もちろん、無傷というわけにはいかない。これまでのダメージと併せて、かなりボロボロになってしまった。だが、それでも、まだまだ戦える。
 そんなベスパの様子を見て、『ルシオラ』が合体を解除した。

『・・・どういうつもりだい!?』
『私たち魔物は幽体がそのまま皮を被ってるよーなもんだから・・・』
『それだけ大きくやられちゃったら、ベスパちゃん、
 もう魔物としてのレベルそのものが下がっちゃったんでちゅよ』

 ルシオラとパピリオの二人が説明するが、ベスパには分からない。

『・・・何が言いたい!?
 私はアシュ様にパワーアップされてるから、
 これでも、まだあんたたちと同じくらいの力はあるよ!?
 二対一なら、そりゃあ、そっちが有利だろうけど・・・』
『そう、これで「同じくらい」になったんだわ!!』
『だから、これでペスパちゃんとも合体できるんでちゅ!!』

 パピリオが微笑むが、ベスパは混乱するばかりだ。

『・・・アタマ大丈夫かい!?
 敵同士で合体なんかしてどうすんのさ!!』
『・・・聞いて、ベスパ!!
 波長を合わせた同期合体は、
 「相加」ではなく「相乗」効果になるわ。
 だから、私とパピリオでもあんなに強くなった!!』
『・・・今度はベスパちゃんも入るんでちゅよ!!
 そうしたら、アシュ様とだって対等に・・・』
『・・・ふざけるな!!』

 アシュタロスの名前を出されて、ベスパは怒ってしまう。
 彼女のアシュタロスへの気持ちは、主に対する忠誠心だけではない。女が男に向ける愛情も含まれているのだ。
 拳を握ったベスパだったが、

『・・・待って、ベスパ!!
 あなたの気持ちはわかるわ!!
 だから・・・
 だからアシュ様の本当の願いをかなえてあげて!!』 

 ルシオラの言葉で、ピタッと止まってしまった。

『アシュ様の本当の願い・・・』
『そう・・・!!
 もう聞いてるんでしょう、ベスパ!?
 コスモ・プロセッサもアシュ様のプランだけど・・・
 でも・・・本当に望んでいるのは・・・』

 ルシオラに言われるまでもなかった。

『・・・ああ。
 アシュ様は・・・もう何千年も前から・・・
 ずっと・・・死にたがってるんだ』

 うつむきながら、ベスパはつぶやいた。

『・・・そうでしょう!?
 だったら・・・
 ベスパがアシュ様を愛しているなら・・・
 やるべきことは、一つよね?
 アシュ様の代わりになるような魔神を用意できたら、
 神魔の霊力バランスの問題もクリヤーできるから、
 アシュ様を「魂の牢獄」から逃してあげられるでしょう!?』

 ハッとしたように、ベスパが顔を上げた。
 さきほどのパピリオの言葉と今のルシオラの発言を足しあわせれば、二人の意図も明白となったからだ。

『ルシオラ・・・あんた、それでいいのかい!?』

 ベスパに尋ねられて、ルシオラが悲しげに笑う。今度は、ルシオラが下を向く番だった。

『私、ヨコシマが好きよ。
 だから・・・ヨコシマの住む世界、守りたいの。
 そのためにはアシュ様の世界支配は止めなきゃいけないし、
 でもアシュ様が復活するようでは、また同じことが起こるでしょう?
 だから・・・』

 彼女が言う『ヨコシマの住む世界』には、『ヨコシマが今のヨコシマのままでいられる世界』という意味もこめられていた。ベスパには、そこまで具体的には分からない。それでも、ルシオラに言葉以上の深い気持ちがあることだけは理解できた。

『パピリオは・・・!?』
『三人ずーっと一緒だなんて・・・いちばんの幸せでちゅ!!』

 末の妹は、ベスパの質問に、ニッコリ笑って答えた。

『・・・わかったよ』

 つられたように、ベスパも微笑んでしまう。姉妹に対して見せる久方ぶりの笑顔だった。


___________


『・・・いいわね!?』
『ああ!!』
『いいでちゅよー!!』

 三人は、重ねた手の中で一つの文珠を握りしめた。
 やはり文珠を使うのである。しかし、『合体』はダメだ。同期合体を長く続けていたら、従者が主者に吸収されて消えてしまう。
 ただし、この『吸収される』というのは、興味深いポイントだった。そうなってしまえば、文珠の効果が切れても分離できないのだ。これは、永遠の合体を望む彼女たちにとって好都合だった。
 もちろん、誰か一人をベースにして残り二人が消滅してしまうというのは、本意ではない。だから、彼女たちは、三人対等に『融合』することに決めていた。文珠をキッカケにして結びつき、三人で吸収しあい、一つに溶け合うのだ。それでも、波長をシンクロさせる以上、相乗効果のパワーアップが出来るはずだった。

『融、』

 ルシオラが、ベスパが、パピリオが。
 それぞれ別々の色に輝いた。光の粒子に分解されて、一粒一粒が文珠を中心に飛び回る。
 ホタルのように、ハチのように、チョウのように・・・。

『合ッ!!』

 もはやどこから出されたのかも定かではない声。そんな三色の声が重なった。同時に、文珠を核として光が凝集していく。
 そして・・・。
 そこに、新たなる『魔神』が誕生した。
 基本となるのは、女性型のボディである。ほっそりとしているが、胸は適度に豊かだ。しかし、顔以外は全く露出しておらず、全身をコンバット・スーツに包まれていた。黒を基調として、ところどころに、赤・白・紫・黄色の斑点模様がある。
 背中には、大きな一対の翼が生えていた。円弧で形成されたデザインではあるが、先端が鋭く尖っており、見る者に容易に『魔』を連想させる形状だった。
 最も人外な特徴を示すのは首から上であり、そこには、三つの顔がついていた。正面はルシオラの顔で、左側面がベスパ、右側面はパピリオの顔である。それぞれの『面』の上端には、オリジナルと同じ色の前髪が少しついているが、長い後ろ髪はオレンジ色だった。また、三面全体の頭を一つの黄色い帽子がカバーしており、当然のようにボンボンもあった。

『計算どおりのパワーだわ!!
 これなら新魔神としてやっていける!!』

 まだ自分たちの存在を明らかにはしたくないため、外部に吹き出るパワーは抑制していた。それでも、内在している力の大きさは、ハッキリ感じられる。

『もうアシュ様も
 わざわざ誰かを踏みにじる必要もないね。
 牢獄から解放してもらえる・・・!!』
『殺戮と破壊なんてしなくていいんでちゅから・・・』

 ルシオラ面、ベスパ面、パピリオ面の口から、それぞれ言葉がつむぎ出された。しかし、その先は、わざわざ言わなくても明白だった。内心の思いが一つに重なる。

(動き出す前に究極の魔体を壊す・・・!!)

 『三面魔神』は、飛び立っていった。


___________


 ベスパが含まれたことで、魔体のバリアに欠陥があることも、すでに分かっていた。そして、究極の魔体とはいえ、まだ稼働前である。
 もはや、それは『三面魔神』の敵ではなかった。『三面魔神』は、アシュタロスに匹敵する力を持っているのだから。


___________


「究極の魔体は・・・今頃とっくに滅ぼされてるわ!!」

 断言した美神だったが、100%の自信があったわけではない。
 ルシオラとパピリオが、ベスパ相手に手こずったり、返り討ちにあったりする可能性。あるいは、想定どおり圧倒したとしても、ベスパを説得できないかもしれない。また、何か想像もしていなかったハプニングが起こることだってあり得るのだ。

(おねがい!!
 ルシオラ・・・!! パピリオ・・・!!
 そして・・・ベスパ!!)

 祈りは遠い三人に、視線はアシュタロスに向ける美神。そんな彼女の背後で、仲間のGSたちが騒ぎ出した。

「なんだ、これは・・・!?」
「すごい霊圧〜〜!!」
「おい!?
 アシュタロス並みじゃねーか!?」
「これが、その究極の魔体か!?」
「こっちへ向かってきたってワケ!?」

 美神にも、その接近は感じられた。

(違う・・・!!
 これは究極の魔体じゃないわ!!)

 振り返って、皆と同じ方向を見つめた。
 夜空の彼方からやってくるのは・・・。

『誰・・・!?
 せっかく抑えてた霊波出しちゃったのは!?』
『そりゃあ、パピリオだろ・・・』
『へへへ・・・。
 みんなのビックリした顔見るのも、
 面白いでちゅよ〜〜』

 三つの顔を持つ魔神だった。


___________


『ハハハハハハーッ!!
 そういうことか・・・。
 メフィスト・・・よく考えたな。
 おまえは・・・やはり我が娘だった!!』

 死にかけのアシュタロスにも、『三面魔神』のことは理解できたらしい。

 ボッ!! シュウウウ・・・ッ。

 最後にそう言い残して、彼は完全に消滅した。

「ど・・・どういう意味だ!?」
「よーするに〜〜
 『さよなら』って意味じゃないかしら〜〜?」
「そんなことどーでもいいワケ!!
 あれを何とかしないと!!」

 美神の背後では、約一名を除いたGSたちが、遠くから迫り来る『三面魔神』に向けて身構えている。美神は、アシュタロスが消滅した跡から、スッと視線を動かした。

「アシュタロス・・・大丈夫よね?」

 空を見上げてささやいた彼女の耳に、

『ごくろうさまでした・・・!』
『おおきに・・・!』

 二つの声が聞こえたような気がした。


___________


 『三面魔神』は、すでに、おぼろげながら顔が判別できる距離まで近づいてきていた。

「ル・・・ルシオラ!?
 おまえ・・・!!」

 最初に反応したのは横島だが、唖然として、すぐに固まってしまう。

「あれは・・・!!」
「三人娘!? しかし・・・」
「敵ではないのか・・・?」
「何あのデザイン!? センスないワケ!?」
「うわ〜〜!? 顔が三つもある〜〜!! 便利そうね〜〜」

 少し前とは違う意味で騒然とし始めた一同だったが、

「・・・静かに!!
 とりあえず敵じゃないから安心して。
 これもアシュタロスを完全に滅ぼすための作戦だったの」

 美神のツルの一声で、一時、騒ぎを停止した。


___________


 彼らの前に降りたった『三面魔神』は、背中の翼をたたんでから、事情を説明し始めた。
 アシュタロスの真の願いは滅びであったこと。これまでの悪行も、自分を排除すべき巨悪として認めさせるためであったこと。そして『魂の牢獄』の説明・・・。

「では・・・君たちがアシュタロスの代わりに
 その『牢獄』に入るというのかね!?」

 一同を代表して、年長者の唐巣が、確認のために質問した。

『あら、アシュ様は「牢獄」なんて言葉使いましたけど・・・』
『そう悪いもんでもないさ、きっと』
『永遠の命でちゅ〜〜!!』

 三面が明るく答える。

「・・・そうか。
 君たちが納得してるのなら、それでいいだろう。
 だが、『魔神』となったからと言って、
 あまり悪さをしないでくれるかな?」
『大丈夫でちゅ〜〜』
『あの・・・まだ私たち自身「魔神」っていうのが
 よくわかってないんで、お約束は出来ませんが・・・。
 まあ・・・なるべく・・・』
 
 妹が安請け合いし、姉がシッカリ訂正した。一体の『魔神』となっても、三姉妹は三姉妹だった。
 頷いた唐巣は、一歩後ろに下がった。これで、公的な話はすんだのだ。
 あとは・・・。プライベートな別れが残るのみだ。

「ルシオラ・・・」

 横島が、力なく口を開いた。

『・・・そんな顔しないで、ヨコシマ。
 ちゃんと説明したでしょう?
 誰かがアシュ様の代わりをやらなきゃいけないの。
 そうしないと、また世界がおかしなことになっちゃうのよ?』

 『本来の歴史』では、アシュタロスは、成した悪行の大きさ故に、『魂の牢獄』から解き放たれることになった。たとえ神魔のバランスが狂っても、それでも、復活させるわけにはいかないと判断されたのだ。
 しかし、こうして『復元』という『改変』が行われた世界では、アシュタロスが世界人類に与えた被害は、『本来の歴史』よりも遥かに小さかった。究極の魔体が稼働しなかったこともあるが、やはり、コスモ・プロセッサだ。世界中で魔物が暴れまわるという事態が避けられたからだ。
 だから、このままでは、アシュタロスは『魂の牢獄』から解放されないだろう。そこから彼を出してやるためには、神魔のパワーバランスを維持しなければいけなくなったのだ。

「わかんねーよ!!
 俺、おまえとしあわせになりたくて、
 アシュタロスを倒したのに・・・。
 それなのに・・・」
『「アシュタロスは俺が倒す!!」
 って言ってくれたわね・・・?
 ヨコシマがアシュ様を倒したことを
 ・・・それを無駄にしないためにも、
 アシュ様を復活させないためにも、
 こうする必要があるのよ・・・』
「だ・・・だからって・・・。
 これじゃ・・・」

 横島は、世界平和のために『アシュタロスは俺が倒す!!』と言ったわけではない。ルシオラだって、それは分かっている。だから、続きを言わせることもなく、自分が話を続けた。

『これは誰でにも出来ることではないの。
 私たちくらいなものなのよ・・・。
 それに・・・
 私、ヨコシマの住む世界を守りたいの!!』
「でも・・・」

 『三面魔神』ではあるが、今、両サイドは目も口も閉じて無表情だった。存在感も消している。二人は、意識を完全に奥底に眠らせて、ルシオラに体のコントロールをまかせていた。
 そのルシオラは、自分でも気づかぬうちに、一歩ずつ、横島に近づいていた。横島も同様である。
 二人の距離がゼロになったとき、男の腕が動き始めた。ただし、遠慮するかのようにゆっくりと。
 それが女の背中に触れるよりも早く、女は、自分の腕をガバッと相手の背中に回していた。
 二人がギュッと抱きしめあう。

『もう・・・ダメじゃない!!
 やめてよ、ヨコシマ・・・』

 先に抱いたルシオラのほうが、そんな言葉を口にしてしまう。

「ルシオラ・・・!!」
『行かなきゃいけないのに・・・
 行かれなくなっちゃうじゃない・・・!!』

 そのまま、二人は、黙って抱き合っていた。完全に静止していたが、ただ、頬を伝わる涙だけが重力に従って動いていた。その動きすらなくなり、涙の跡も乾き始めた頃。
 落ち着いた口調でルシオラが話し始めた。

『ヨコシマ・・・。
 「おまえとしあわせになりたくて」って言ったけど
 スケベなヨコシマが、本当に私一人で満足できるの?
 私、ちゃんと知ってるんだから・・・ヨコシマの心の中を!』
「えっ!?」
『私だって女だから、
 表面では「浮気も少しくらい許す」って態度とっても、
 内心では不満に思っちゃうわよ。
 今のヨコシマには・・・
 まだ早いわ、恋人を作るのは。
 残念だけど・・・私たち、
 出会うタイミングが良くなかったみたいね』

 ルシオラが首を動かし、横島を見つめた。彼も、彼女を見つめ返す。

『ヨコシマ・・・』
「うん・・・」
『私が惚れた・・・
 みんなに優しいヨコシマでいてね・・・!!』
「うん・・・わかった」

 そして、ルシオラは、体を離した。

『私・・・
 ルシオラだけど、もうルシオラじゃないのよ。
 だから・・・
 あなたも、もう「ヨコシマ」じゃないわ。
 さようなら、「ポチ」・・・』

 そう言いながら、彼女は、顔だけを近づけて・・・。
 キスをした。
 別れの口づけ。
 同時に、これは、『魔神』としてのケジメでもあった。下界の人間の中に『魔神』の霊基構造が残っていては面倒なことになる。そう思ったからこそ、このキスで、ルシオラ由来の霊基構造を全て吸い出したのだった。

『・・・』
「・・・」

 唇を離した後、二人は何も言わなかった。
 ただ、最後に口元に笑顔を浮かべて。
 『三面魔神』は、東の空へと飛びたった。
 長かった夜が明けて、太陽が昇りつつある、東の空へと・・・。


___________


 朝日がまぶしい時間帯になっても、横島は、まだ、そこに立ったままだった。
 もちろん、仲間のGSたちは引きあげてしまっている。彼の後方で待っているのは・・・美神とおキヌだけだった。

(少しは・・・成長しちゃったかな、横島クン?)

 横島の背中を眺める美神。彼女の表情には、内心の思いが出てしまっていた。状況を理解していない者には読めないが、事情を知る者には明白な、そんな感情が。

(いいじゃないですか、これくらい・・・。
 少しだけですよ・・・。
 これなら『急成長』ではないです。
 まだ・・・横島さんは、
 ・・・横島さんです)

 美神と横島の両方を見ながら、おキヌは、そう考えてしまう。

「俺、ふられちゃったみたいですね。
 さよならルシオラ・・・」

 突然、横島が口を開いた。

「こんな失恋ありますかね!?
 愛していた女性が、別の存在に変わってしまうなんて・・・」

 後ろにいる女性二人には、横島の表情は見えない。しかし、美神は、

(これじゃいけないわ!!)

 と思った。
 まるで恋人と死別したかのような口調に聞こえたのだ。これでは、自分たちがやってきた事が水の泡だ。

「何を言ってるのよ!?
 ルシオラはルシオラじゃないの!!
 ま、横島クンが横島クンらしく、元気でやってれば、
 そのうち、ひょっこり遊びにくるかもよ?
 あんたの前から去っていくのも、
 横島クンを愛していればこそなんだから・・・!!」

 美神は、努めて陽気に語りかけた。

「俺が俺らしく・・・か」

 横島が小さくつぶやく。

「愛していればこそ・・・か。
 難しいもんスね、女心って
 俺には、わかんねーや・・・」

 彼の心の奥底までは、美神には分からない。それでも、彼女の耳には、彼の声のトーンが変化したように聞こえた。
 美神は、彼の左横まで歩みを進める。

「横島クン、こんな言葉知ってる?
 『彼女のいる横島なんか横島じゃない』って」

 悪口にも聞こえる言葉だが、もちろん、美神の真意は違う。
 みんなから愛される横島だからこそ、一人の彼女を作ることなく、今のままでいて欲しいのだ。

(私もおキヌちゃんもいるんだから・・・)

 一人の恋人に束縛されることもなく、結婚して家族という責任をもつこともなく・・・。
 それでいて、肉体的にスキンシップを許してくれるナイスバディな女性と、精神的に自然に二人きりになれる大和撫子な女性が、いつも近くにいるのだ。

(横島クン・・・。
 ヤリたい盛りの今のあんたには
 わかんないかもしれないけど・・・。
 これって・・・幸せな状態なんじゃない!?)

 美神は、横島の顔を斜め横から見上げながら、両腕を彼の左腕に回す。

「!」

 少し目を見開く横島だったが、まだ終わりではなかった。
 いつのまにか、おキヌが右隣に来ていたのだ。

「元気出してください、横島さん。
 今日は、腕によりをかけて、ごちそう作りますから!!」

 ニッコリ笑いながら彼に寄り添い、その右腕に抱きついた。

(美神さん・・・!
 それに、おキヌちゃん・・・!!)

 横島の両腕に、二人の胸の感触が、そして胸の鼓動が伝わる・・・。



(エピローグ「復元された世界」に続く)
 


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