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復元されてゆく世界

第三十二話 宇宙のレイプ


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/19

   
「ぼっちゃん・・・?
 こんな時間におでかけですか?」
「ああ、急用ができたんだ、キヨ!」

 西条は、突然夜中に身支度を整え始めた。

「この胸さわぎ・・・
 霊能者として見まごうはずもない・・・!!」

 彼の表情が厳しくなる。

「令子ちゃんの言ってたとおりだ・・・!!」

 アシュタロスが南極で滅んでいなかったことは、薄々気が付いていた。ヒャクメの霊力衰弱は止まらないし、他の神魔族との連絡も取れなかったからだ。
 さらに、未来を見通す美神からの情報もあった。
 そろそろアシュタロスが何か仕掛けて来るはずだから、警戒するように。
 彼女は、そう警告していたのだ。そして、おそらく美神の自宅がターゲットになるとも言っていた。

「これは・・・!?」

 現場へ急行した西条は、マンションの入り口前で、誰かが倒れているのを見つけた。雪之丞である。

「来るな・・・!
 強力な結界だ!!
 誰かが侵入を妨害してるよーだぜ・・・!!」

 足をとめた西条の後ろに、他のGSたちも駆けつけてきた。

「雪之丞くん!?」
「西条さん・・・!?」

 彼らもまた、西条同様、事前に美神から言い渡されていたのだ。だから、事態を悟って、ここへ集合する形となった。
 この場に来ていないのは、何があっても動くなと言われていた美智恵くらいなものである。

「ルシオラのおかげで妖蜂の毒は消えた。
 でも、弱ってるから入院中・・・。
 そういうシナリオで演技続けといて!!」

 それが、娘から母への伝言だったのだ。
 今、マンション前には、仲間が勢揃いしていた。
 西条、雪之丞、唐巣神父、ピート、六道冥子、小笠原エミ、タイガー、ドクター・カオス、マリア・・・。
 全員が立ちすくんだとき、

『くらいなっ!!』

 上空から、魔力の一撃が襲った。
 しかし、横手からのエネルギー波が、これを相殺する。そこに立っていたのは、人類の味方となった二人の魔族。

「ルシオラちゃん!!
 パピリオちゃん〜〜!!
 来てくれたのね〜〜!?」
『当然です!!
 ここは私たちにまかせて、
 みなさんは中へ!!』
『結界は私が解除するでちゅ!!』

 ルシオラとパピリオが夜空を睨む。

『ベスパ!!』
『ベスパちゃんやめて・・・!!
 私たち、もうアシュ様に従う必要ないんでちゅよっ!!』
『おだまり裏切り者!
 私は自分の意志でアシュ様についてくって決めたんだよ!』

 ベスパの決意を聞いて、パピリオは顔をそむけた。泣きそうな表情で、結界の解除作業に取りかかる。
 一方、ベスパは宙に浮いたまま、決定的な言葉を口にする。

『あんたたちは終わりだ!
 アシュ様はもう美神令子を手に入れた!』
「い、いーかげんなこと言うなっ!!
 令子ちゃんは・・・」
「令子はそんなカンタンに
 どーにかなる女じゃないワケ!!」

 地上からの反論も、ペスパは切って捨てた。

『おまえら、アシュ様をなめてんのか?
 つかまえてからもう二ヶ月は経ってるよ!』
「二ヶ月・・・!?」

 人間たちが怪訝な顔をする。
 南極から戻ってきてから、まだそんなに経過していないのだ。パピリオの家出の話を聞いている者にいたっては、

(あれからまだ三日なのに・・・!?)

 と思ってしまう。

『それはなー!!
 こーゆーことじゃーっ!!』

 突然、マンションの屋上に巨大な卵形物体が出現した。タマゴを支える台座には、土偶羅魔具羅の上半身が貼り付いている。彼は、南極での戦いの後、生き残った意識を別ボディにレストアされていたのだ。

「それが・・・
 美神くんが言っていた『宇宙のタマゴ』かね!?」
『そのとおり!!
 あの女はこの中におるわっ!!
 こいつはあの女が南極で見た試作品とは
 わけがちがうぞっ!!』

 土偶羅魔具羅は、唐巣の言葉に律儀に答えた。

『ベスパも土偶羅様もここにいる・・・。
 つまり「宇宙のタマゴ」の中は
 アシュ様と美神さんだけなのね・・・?』
『・・・何が言いたいんだい!?
 もちろん、「タマゴ」が作り出した
 偽のおまえたちはいるぞ・・・!?』

 ルシオラの表情に余裕があるので、ベスパも、何かおかしいと気づいたようだ。
 
『ベスパ・・・よく見てごらんなさい!!
 ここにヨコシマがいないことに気がついた?』
『・・・!?』

 一同を見渡して、ようやくベスパも、ルシオラの指摘を理解した。
 ベスパにしてみれば、横島こそ、警戒すべき一番の敵だった。メフィストやルシオラをたぶらかし、アシュタロスのコピーまで成し遂げる男。
 その彼が、ここへ来ていないのだ!!
 そして、ベスパがカウントしていないもう一人の人物。

『おキヌちゃんとヨコシマは、今どこにいると思う・・・?』

 ルシオラに言われて、ベスパは、『宇宙のタマゴ』に視線を向ける。

(まさか・・・
 罠にはまってたのは、私たちのほう・・・!?)



    第三十二話 宇宙のレイプ



 宇宙のタマゴの中では、アシュタロスが用意した茶番劇が繰り広げられていた。
 それは、芦優太郎という青年が存在する世界。彼は、国際企業『アシ・グループ』の御曹司でありながら、最近世間を騒がせた悪魔アシュタロスとよく似た外見を持つ。そんな設定で、美神たちの前に姿を現した。
 その正体は、もちろんアシュタロスそのものである。
 霊の活動もおとなしくGS仕事が激減した状況下で、霊的不良物件を抱えた『芦優太郎』は、美神の良い御客様となった。もちろんアシュタロスではないかという疑惑も向けられたが、やがて、それも晴れて・・・。
 今、美神とアシュタロスは、夜の船上デートを楽しんでいる。
 アシュタロスは、美神が心を許す瞬間を待っているのだ。彼女の魂には、莫大なエネルギーが含まれている。結晶を崩壊させずに奪い取るためには、慎重に扱わなければならなかった。

「そろそろかしら・・・」
「・・・なんのことだい?」

 ポツリとつぶやいた美神に、アシュタロスが反応する。
 答える代わりに、美神は、手にしていたワイングラスを海に向かって投げ捨てた。

「何をするんだ、君は!?」

 慌ててみせるアシュタロスを見て、美神が笑う。

「そんなに驚かなくても・・・。
 そりゃあガラス製品を海に放り込むのは
 自然環境にはよくないけどさ・・・。
 いいじゃない、どうせコレ、お芝居なんだから!!」
「・・・!!
 ・・・いつから気づいていたのかな?」

 彼の姿が、『芦優太郎』から『アシュタロス』に変わった。

「最初からよ!!
 全部知った上で、あなたを倒すために来たの!!」
『ほう・・・。
 私を倒すだと・・・!?
 一人でノコノコやってきて
 そんなことをほざくとは・・・。
 失望したよ、メフィスト!!』

 しかし、美神の不敵な表情は変わらなかった。

「一人じゃないわ・・・!!」

 それを合図に、美神の背後に、横島とおキヌが出現する。

『何・・・!?』

 アシュタロスは動揺した。
 二人は文珠で隠れていたのだろう。しかし、横島の文珠は使えないはずだった。南極で不愉快な経験をしたので、横島の霊波長にあわせてジャミングをかけているのだ。
 まさかルシオラの霊波が加わって波長が変化したとは、想像もしていないアシュタロスであった。

「驚いたようね・・・!!」

 美神は、ここでの時の流れが現実世界とは違うことも、知っていた。
 今頃、外の世界では、ルシオラたちが最終段階に向けて準備を行っているはずだ。そのための時間を稼がなければならない。

「・・・こんなことでビックリしてたら、
 この先、私の話についていけないわよ!?」
『・・・ふむ。
 まだ何かあるのだな?
 よかろう・・・!!
 聞いてやろうじゃないか』

 アシュタロスは、姿勢をラクにして、船の手すりにもたれかかった。

「死んでいくあんたには
 真相を知る権利があるでしょうからね!!」

 そう言って、美神は長い話を始めた。


___________


「私たち三人はね、未来から時間を逆行してきたの!!」
『・・・!!』

 アシュタロスは表情を変えたが、何も言わない。

「私たちの本来の世界・・・
 その世界では、あんたは負けた。
 ・・・あんたの願いどおり滅んだのよ!!」

 逆行してきた美神だからこそ、彼女は知っている。
 アシュタロスの真の目的は、世界征服などではない。彼は、遥か昔から、死にたがっていたのだ。
 彼は、魔族が支配し神族が悪役になる世界もシミュレートしていた。その世界の住人は、姿形こそ現存する人間とは異なっていても、平和で活気に満ちていた。
 魔族も神族も、カードの裏表に過ぎないのである。しかし、現状の世界で、それをひっくり返すことは出来ない。生物の進化が多様性をきわめ、人類文明も惑星を飛び出すまでに発展した。この貴重な世界を守ろうという理由で、神魔上層部は、デタントを決めてしまったのだ。
 もはや魔族など茶番劇の悪役でしかない。救われる日など永久に来ない。そして、神魔の霊力バランスの維持のために、強力な魔神は、たとえ滅んでも強制的に同じ存在に復活する。
 アシュタロスは、これを『魂の牢獄』と表現していた。
 そこから抜け出すためにこそ、天界に死を認めさせるためにこそ。アシュタロスは、悪役として、非常識なほど大きな成果を上げる必要があったのだ。

『・・・そうか』

 感慨深げにアシュタロスがつぶやくが、ただ一言だけだった。

「その意味では、
 私たちは勝ったと言えるかもしれない。
 でもね、勝つには勝ったけど・・・
 横島クンが精神に傷を負ってしまった」

 詳細を教わっていなかった横島は、

「いっ!?
 『精神に傷』・・・!?」

 後ろで小さく驚いている。

「しーっ!!
 話の腰を折っちゃダメです!!
 美神さんに言われたこと、覚えてますよね!?」
「・・・う、うん。
 黙って聞いてたら、
 後で『両手に花』な御褒美があるって・・・」
「そうです・・・!!
 だから、ここは静かに!!」

 おキヌが小声でフォローを試みた。
 美神の言っていた『両手に花』は、横島の意図する『両手に花』とは必ずしも一致しない。それを承知した上で、敢えて口にするおキヌであった。
 二人のやりとりを背中で感じて、美神は、言葉を続ける。

「・・・いいえ、横島クンも
 表面上は、平静を装っている。
 だけど分かるわ、
 それは上辺だけに過ぎないって。
 あんな横島クン・・・もう、
 私たちの横島クンじゃない!!」

 いつのまにか大声になっていたことに気づき、美神は、少しトーンを落とした。

「それに、私たちも大きく変わってしまった・・・。
 横島クン以外の全ての人類が、
 彼に大きな借りを作ってしまったのだから。
 だから・・・その世界は、
 もう私たちの世界ではなくなってしまってたの」

 美神は、逆行前の自分たちの様子を思い出してみた。
 皆、何も無かったかのように振る舞っていた。だが、それは偽りだ。
 ルシオラが子供に転生するかもしれないと聞いて、

「一日も早く子供作ります!!
 さしつかえなければ今ッ!?」

 と飛びかかってきた横島も。
 事務所に戻って、
 
「通常業務復活ッ!!
 日常ってステキ・・・!!」

 と言った美神自身も。
 どこか白々しかった。
 そうした回想を捨て去るかのように、美神は大きく頭を振ってから、

「だから・・・!!
 私たちの世界を取り戻すために!!
 私たちは、時間をさかのぼってきたのよ!!」

 強い口調で言いきった。
 
(そして・・・
 私たちの物語が始まった時点へたどりついたの。
 つまり、私は横島クンと出会ったときへ。
 横島クンも私との出会いの瞬間へ。
 そして、おキヌちゃんは、
 私たちとめぐりあったところへ)

 これは、心の中でしか出せない言葉だった。横島の記憶を封じたままにする以上、彼も時間逆行していることは、彼には秘密なのだ。未来からきたのだと知れば、自分の記憶も開封して欲しいと言い出すだろうから。

『なるほど・・・。
 時間移動能力か・・・。
 しかし・・・
 時間移動ではたいしたことは出来ないはずだが・・・?』

 アシュタロスが話にのってきた。
 横島の心の傷の話はよく理解できなかったが、それはどうでもいい。しかし、こちらは興味深い話題なのだ。コスモ・プロセッサで宇宙そのものを作り替えようと計画していただけに、宇宙に備わっている『復元力』に関心があったのだ。

「そうね・・・。
 もちろん普通にやったら、
 歴史の改変なんて出来ないわ。
 『時空の復元力』に負けてしまうから・・・
 『宇宙意思』に弾かれてしまうから、
 ほんの些細なことしか変えられない」

 実は美神は、単純な『時間移動』よりも『時間逆行』のほうが、変更できる範囲は広いと考えていた。しかし、アシュタロスにそこまで教えてやるつもりはなかった。

「だから・・・その対策として、
 私たちは、『宇宙意思』をだますことにしたの!!」
『「宇宙意思」をだますだと・・・!?』
「・・・私たちが試みたのは、
 まず私たち自身を欺くこと!!
 『記憶を封印する』という形でね!!」

 『敵を欺くにはまず味方より』という言葉がある。美神たちは、巨大な存在を欺くために、まず自分たち自身を欺くことにしたのだった。
 ここで美神は、逆行前に三人で相談したことを、頭に思い浮かべた・・・。


___________


 それは、事務所の広間での、三人の会話だった。

「・・・過去へ行きましょう!!」
「えっ・・・!?
「なに言い出すんスか・・・!?」

 突然の美神の発言に、おキヌと横島がびっくりする。

「時間移動なんてすると、
 また大変なことに・・・」

 横島が顔をしかめた。
 時間をさかのぼって、何をしようというのか。美神の意図は、彼にも分かる。横島のためにルシオラを助けようというのだろう。その気持ちには感謝する。
 それでも、これは余計な混乱を引き起こすばかりで、意味がないのだとも感じていた。
 中世の事件はともかく、平安時代の件などは、彼らの時間旅行こそが全ての元凶になっているのだ。あれを経験してしまった以上、彼は思い知っていた。
 時間移動をしたところで、変えられることしか変えられない。大きな影響を与えたかのように見えても、それこそが、あらかじめ定められた行動と結果だったのだ。

「誰が『時間移動』するなんて言ったの!?
 『時間移動』じゃなくて・・・
 『時間逆行』するのよ!!」
「・・・はあ!?」

 美神の考えは、横島の上を行っていた。
 確かに、過去へ『時間移動』しても大きな改変は出来ないかもしれない。それは、これまでの体験と照らし合わせても納得できる。だが、美神には、少し別の経験もあった。
 それは、中世ヨーロッパでの一幕。横島が死んだ直後、無意識のうちに時間を跳躍した。ふと気がついたら、少し前の自分になっていた。あれは、

「時間を逆行したんだわ!!」

 と口にしたように、普通の時間移動ではない。
 『時間移動』ならば、そこには、その時空の美神自身もいたはず。だが、そうではなかった。『過去の自分』にすり替わったのだ。それは、『時間移動』の概念ではなかった。『時間逆行』である。
 そして、本来死ぬはずの横島を救うことができた・・・。

「『時間移動』では変えられない人間の生死さえも・・・
 『時間逆行』なら変更できるのよ!!」

 断言した美神に対し、

「・・・じゃあ、ルシオラも!?」
「・・・『時間移動』?
 ・・・『時間逆行』?」

 よくわからないまま結論に飛びついた横島と、素直に混乱したおキヌ。
 美神が計画しているのは、横島の文珠で三人で過去へ行くことだ。だから、この二人にもキチンと理解させておかないと危険である。

「・・・横島クン!!
 時空消滅内服液・・・おぼえてる?
 あのとき、時間をさかのぼったでしょう・・・?」
「また突然おかしなことを・・・。
 あれ飲んで過去へ行こうっていうんスか!?」

 横島が、嫌そうな顔をした。時空消滅内服液でルシオラを助けられるとは、とても思えないのだ。

「そうじゃないの!!
 逆行するには、横島クンの文珠を使うわ!!
 だから・・・
 『時間逆行』について、ちゃんと説明したいの!!
 昔に行って、どうだった・・・?
 過去の自分と対面した?」

 横島は、時空消滅内服液の事件では、最後に赤ん坊にまでさかのぼった。だから、ラストは覚えていないが、それでも、途中の記憶は残っていた。

「いや、過去の俺なんていませんでしたよ!!
 だって・・・俺自身が若返ったわけですから」
「そうでしょう?
 そこが『時間移動』との違いなの。
 『時間移動』なら・・・ほら!!
 ママが逆転号を少しだけ時間移動させたとき!!
 同時に二つの逆転号が存在したでしょう!?」

 これも、横島には理解しやすい例だった。彼はその中にいて、逆転号ごと撃墜されそうになったのだから。

(横島クンは・・・これで大丈夫ね)

 美神は、おキヌに顔を向けた。

「おキヌちゃんも、ちゃんと理解しといてね?
 時間を逆行するということは、
 昔の自分に戻るということなの。
 今の知識や経験だけを持っていくことになるわ。
 霊力や体力などは、行った先のままだから、
 私たちの本質、ある意味『魂』は、過去の自分のままね」

 おキヌが実感しやすい具体例は出せなかったが、それでも噛み砕いて説明したことで、分かってもらえたらしい。

「知識や経験・・・
 脳に蓄積されたものだけが過去へ行くんですか?」
「・・・そうともいえるわね。
 そう、いわば記憶だけが時間をさかのぼるのよ」

 これで、これから行うことの概念は、のみ込めただろう。
 一口に『時間逆行』と言っても、人によって捉え方の幅があるかもしれない。三人のイメージがバラバラではトラブルが生じかねないので、『脳の記憶の逆行』ということに統一させたのだった。
 少し安心した美神に、横島が詰め寄る。

「それで、復元力・・・『宇宙意志』でしたっけ?
 その問題は本当にクリアされるんスね!?」

 横島にとっては、時間旅行の講釈などどうでもよい。ルシオラを救えるかどうか、その一点だけがポイントだった。

「そう・・・思うけど・・・」

 あらためて詰問させると、美神にも100%の自信はなかった。中世の事件に関しても、『本来死ぬはずの横島』という前提の上で成り立つ解釈である。

(どこまでがOKで、どこまでがダメなのか・・・)

 難しい線引きを考え込む美神に、おキヌが無邪気な質問を投げかけた。

「・・・なんで
 時間移動で過去変えるのって良くないんでしょう?」
「・・・はあ?」
「だって・・・きっと悪いことだから
 宇宙意志さんに止められるんですよね?」

 その方向から考えるならば・・・。

「そうねえ・・・。
 未来を知っている人間が
 それをもとに自由に振る舞えたら、
 『歴史』はグシャグシャになるでしょう!?
 だから禁止されてるし、復元されちゃうのよ」

 と、美神は一応の解答を返した。ここから、美神以外の二人で会話が発展する。

「『歴史』の中で、いくらでもズルができる・・・。
 カンニングみたいなものっスね、
 未来という『歴史』の答を知ってるわけだから」
「じゃあ・・・カンニングにならなければ
 許されるんじゃないですか・・・!?」
「おキヌちゃん・・・。
 俺、意味がわかんないだけど・・・!?」
「答を知らない状態で行ったらいいんじゃないですか?
 今の情報を消した状態で過去へ行けば・・・!?」

 美神には理解しがたい問答だった。

(このコったら・・・
 何を言い出したかと思えば・・・)

 記憶を過去にとばすのだと定義付けしたばかりである。記憶こそ『今の情報』ではないか! それを消してしまっては意味がない。
 だが、美神がコメントするより早く、横島が飛びついてしまった。

「それだ!!」
「あんたねえ・・・」

 バカが提案にのってしまった。そう思って呆れ顔をした美神だったが、横島はエキサイトしている。

「でも試す価値はあるでしょう!?
 俺たち自身が俺たちを時間逆行者だと知らなきゃ
 『宇宙意志』だって気づきませんよ!!
 それならば・・・!!」

 横島の勢いに煽られて、美神も、もう一度考えてみることにした。
 未来を知る人間がその知識を利用して行動すれば、歴史は混乱する。だから、そんなことは許されない。復元される。
 では、知らなかったら?
 知らなかったら、せっかく過去に戻っても、同じことを繰り返すだけだろう。許されるとか復元されるとか以前の問題だ。
 ・・・いや、はたして、そうだろうか?
 意図せず、偶然、本来とは違う行動をとってしまうかもしれない。そんな小さな偶然の積み重ねが大きな変化に、でも、復元されるほどは大き過ぎない変化になる可能性は・・・?

(うーん・・・)

 しかし、些細な偶然の蓄積だけに頼るわけにもいかない。その変化が自分たちが望む変化になるかどうかわからないからだ。

(やっぱり・・・
 記憶を忘れて記憶を逆行させるなんて、
 本末転倒ね・・・)

 実は、ここで、美神は恐ろしい可能性に思い至っていた。
 そもそも、完全に忘れた上での逆行なんてものを想定するのであれば・・・!
 もしかしたら、今の自分たちは、覚えていないだけで、すでにそれを実行しているのかもしれないのだ。
 この時点から過去に逆行し、同じ歴史を繰り返し、逆行したことなど忘れてこの時点まで進んだところで、また過去へ逆行。
 そんな時間の無限ループに捕われているのかもしれないのだ!

(ぞっとするわ・・・!!
 アシュタロスの『魂の牢獄』じゃないけど、
 いわば『時間の牢獄』じゃないの、そんなもの!!)

 でも・・・。
 アイデアの根幹は悪くないのかもしれない。
 記憶を消してしまうのではなくて・・・。記憶を封印しよう。

「・・・ということでどうかしら?」

 美神の提案を、二人は否定しなかった。
 ただし、横島は、

「そうすると・・・
 『時間逆行』に『記憶封印』・・・。
 でも、いっぺんに八個も文珠を使うなんて、
 ちょっと制御できる自信無いっスよ」

 と、気弱につぶやいた。
 昔ほど自己評価の低い彼ではない。だが、失敗の許されない試みなだけに、安請け合いも出来なかった。

「大丈夫、私たちも手伝うから。
 ・・・三人で行くのよ」

 美神の発言を聞いて、二人が目を丸くした。
 どうやら、この点、美神の意図は伝わっていなかったらしい。
 しかし、すぐに彼らは納得の表情になった。おキヌの一時離脱はあったものの、原則として、いつも三人は一緒だったのだ。最初から今まで、ずっと・・・。

「これがホントの『三人寄ればモンジュの知恵』ですね」
「おキヌちゃん、この場合、
 意味としては『三本の矢』だと思うんだけど」

 二人が朗らかに言葉を交わすのを見ながら、美神は、さらに詳細を考えていた。複数の文珠を正しく使うのであれば、かなり細かい点までコントロールできるはずだからだ。

(もともとが『忘』からきたアイデアだから・・・
 不用意に封印を解かれては困るわ!!)

 三人そろって文珠で『開封』しなければ開けられない、そういうイメージで『封印』しよう。

(そうすると・・・開封は、いつ?)

 自分たちが経験してきた『歴史』を振り返って考えてみれば、横島が文珠を使えるようになるのは、早い時期ではない。しかも、当時、おキヌはいなかった。三人揃うのは、さらに後だ。
 そして、その時点でも、横島の霊力は今とは大きく違うだろう。現在の三人の力でかけた『封印』を文珠で三人で『開封』できる。そこまでの力はないはずだ。
 それは・・・それこそ三姉妹が現れた後ではないだろうか?

「記憶を『開封』するのは、
 かなりギリギリになりそうね・・・」

 細部を煮詰めた美神が、横島とおキヌにそれを告げた。
 真面目な表情のまま、横島の口元に笑顔が浮かぶ。

「別に・・・開けられなくてもいいじゃないですか。
 『時間の牢獄』に捕われてもいいじゃないですか。
 気づかぬうちに何度も何度もくりかえして・・・
 そのなかで・・・いつか・・・」

 ここで少し言いよどみ、

「・・・あの悲劇を回避出来るなら」

 最後の言葉は小声になった。
 美神には、それは、

「・・・ルシオラを救うことができるなら」

 と言っているように聞こえた。
 ルシオラは助けたいが、でも、そのためだけに二人を危険な逆行だの記憶封印だの『時間の牢獄』だのに巻きこむのは、心苦しい。横島は、そこまで配慮して言葉を選んだのだろう。

(気遣ってくれんのは嬉しいけど・・・)

 美神は、心の中で反論していた。

(そんなのイヤよ!!
 知らないうちに・・・くりかえすなんて!!)

 自分が把握していない範疇で大事な物事が進むのは、彼女の性格にあわないのだ。

(たとえ横島クンはよくても
 私はよくないわ・・・!!
 ・・・私の記憶だけでも、絶対開封してみせる!!)

 ギリギリではあるが、アシュタロスとの直接対決より前ならば、間に合うはずだった。
 三人の目的は、『あの悲劇』を阻止することだ。
 横島が『究極の二択』に立たされるのを防ぐことだ。

(ルシオラを救う・・・!!
 でも・・・そこまでね。
 その先は、完全に同じじゃあないわ)

 横島は、きっとルシオラと幸せになりたいのだろう。
 だが、美神としては、横島とルシオラが結ばれるのを見届けたいのかどうか、自分の気持ちがよく分からなかった。今のままの横島ではいけないと思うが、だからといって、ルシオラとゴールインする横島というのも、何だか違和感がある。

(前世の『メフィスト』の心に・・・
 まだ左右されているのかしら?
 まあ・・・いいわ。
 今は、そこまで考える必要もない・・・)

 心の中で大きく首を振った美神は、再び、開封時期に関して考えることにした。
 さきほどは、自分たちの経験した『歴史』に基づいて考えてしまったが、もしかすると、逆行した結果、『歴史』が大きく狂うかもしれない。『時間逆行』は『時間移動』ほど復元力に影響されないという仮説が正しければ、起こり得ることだ。
 その場合、もっと早くに開封条件が揃っているかもしれない。だが、そこまで激しく変わっていたら、もう自分たちに記憶があろうがなかろうが構わないはず。開封できてしまってもいいわけだ。

(・・・やってみましょう)

 美神は、あらためて決心した。
 実は彼女自身、この計画の成功を完全に信じていたわけではない。
 記憶を封印すれば『時間意志』を欺けるという前提からして、何かおかしい気もするのだ。
 稚拙なプランだと思うのだが・・・。それでも、これが『三人』で考え出した作戦なのだ。

(何もしないで手をこまねいているよりは・・・!!
 この世界で・・・
 『私たちの世界』じゃなくなった世界で
 偽りの振る舞いを続けるくらいならば・・・!!)

 こうして・・・。
 美神たち三人は、記憶を封印した上で、時間を逆行してきたのであった。


___________


『・・・そんな程度でいいのかね?
 そんな子供のような理屈で
 「宇宙意思」をだませるのか・・・!?』

 しばしの回想から美神を現実に引き戻したのは、アシュタロスの言葉だった。

「・・・あんた
 コスモ・プロセッサのこと考えてるんでしょ?」

 美神は、冷たい笑顔を浮かべてみせる。

「ダメよ・・・。 
 あんたアレを使うから負けるのよ。
 『本来の歴史』において
 最後の最後で人類に追い風が吹くのは、
 あんたが、あんな装置使おうとしたからなの・・・!!」
『・・・そうなのか!?』

 これには、アシュタロスも落胆したようだった。彼の最高のアイデアなのに、使えないと知らされたからだろう。
 しかし、美神の話には続きがあった。

「・・・ガッカリするのは早いわ、
 全く使えなかったわけじゃないから」

 美神は説明する。彼女の知る『歴史』の中でアシュタロスがしたことを。
 アシュタロスは、美神の魂を手に入れて、コスモ・プロセッサを稼働させた。試運転に続いて、彼は、美神たちGSに滅ぼされた魔物を世界中に蘇らせたのだった。当然、世界は惨事と混乱に見舞われたのだが、これをアシュタロスは『創造と破壊だ』と言って楽しんだのである。

『ふむ・・・私らしいな』

 アシュタロスが複雑な表情をしている。
 彼に考え込ませるのも良いのだが、美神は、もう少し『宇宙意思』について語りたい気持ちになっていた。

「さっきの質問の答だけど・・・たぶん『NO』よ」
『・・・!?』
「そんなに簡単に『宇宙意思』は欺けないわ」

 『さっきの質問』が何を示しているのか最初は分からなかったアシュタロスだが、こう言い直されたら、明白だった。

「私たち・・・
 『宇宙意思』をだましてきたつもりなんだけど、
 実は、逆に『宇宙意思』に
 踊らされていたんだと思うの。
 だって、色々と上手く行き過ぎなんだもん・・・!!
 私が悪運強いって言われてきたのも、
 『宇宙意志』に助けられてたんじゃないかな、って」

 もともとの『歴史』どおりの幸運には、さすがに『宇宙意志』は関与していないだろう。しかし、『歴史』どおりではないラッキーもあったのだ。
 例えば、GS資格試験のときの火角結界。逆行前の『本来の歴史』とは違う形で、でも運よく止めることができた(第十一話「美神令子の悪運」参照)。
 例えば、美神を殺そうとして事務所を襲ったベルゼブル・クローン。逆行前の『本来の歴史』とは違う形で、でも運よく倒すことができた(第二十話「困ったときの神頼み」参照)。

(それだけじゃないわ・・・)

 美神たちは、三人の出会いの時点へ逆行した。だから、長い長い時間をかけて、全てを再び繰り返してきた。
 もちろん、全く同じではなかった。微妙な違いも多かった。そして、そうした些細な相違が影響した結果、それぞれの事件が早期解決したケースが何度もあったのだ。

(それぞれ一応の理由はあるんだけど、でも・・・)

 例えば、おキヌと出会った幽霊事件。『本来の歴史』では横島とワンダーフォーゲル幽霊が彼の死体を探しに行くのだが、それより前におキヌが現れてしまったことで、その分早く終了した(第一話「はじまり」参照)。
 例えば、おキヌの初参加でもあったオフィスビルの除霊。『本来の歴史』同様に荷物と分断されてしまったが、その先は異なった。破魔札を用意していたので、その時点で終わりとなった(第二話「巫女の神託」参照)。
 例えば、妙神山での一度目の修業。小竜姫の逆鱗に触れてしまったのは『本来の歴史』どおりだが、それでも、異空間内でカタがついた。『歴史』では修業場の外まで出てから倒したのだから、やはり、あれも少しだけ早かったのだろう(第六話「ホタルの力」参照)。
 例えば、天龍童子誘拐事件。『本来の歴史』では迷子になる小竜姫が、ずっと一緒に行動してくれた。そのため、海をボートでしばらく逃げまわることもなく、アッサリとメドーサを撃退することができた(第八話「予測不可能な要素」参照)。
 例えば、香港での元始風水盤事件。『本来の歴史』では、勘九郎が鏡の迷宮に逃げ込んで時間稼ぎをはかったが、今回は、その前に倒してしまった(第十四話「復活のおひめさま」参照)。
 例えば、犬飼の辻斬り事件。横島が『本来の歴史』以上のダメージを与えたため、中途半端な形ではあったが、早々と事件は幕を下ろした(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。もちろん、後々、再襲撃されたのだが、横島の母親が来日した時期に重なったため、そちらのイベントに影響することになった。『本来の歴史』では父親が来てはじめて和解するところを、その少し前に帰っていったのである。わずかではあるが、『歴史』よりも早かったはずだ(第二十八話「女神たちの競演」参照)。
 例えば、死津喪比女の事件。『本来の歴史』よりも一日早く現地入りしたので(第十八話「おキヌちゃん・・・」参照)、関わった期間自体には差はないとも言えるが、それでも、解決が『歴史』よりも一日早かったことは事実である(第十九話「おわかれ」参照)。
 例えば、平安時代への時間旅行。これも『本来の歴史』より早い時点に到着したようで、事件全体の期間は微妙なのだが、少なくとも、道真やアシュタロスの襲撃が『歴史』よりも早くなったことは確かである(第二十二話「前世の私にこんにちは」〜第二十四話「前世の私にさようなら」参照)。
 例えば、おキヌの記憶回復イベント。『本来の歴史』では、彼女が東京まで逃げてきて、それからようやく解決する。だが、ここでは、人骨温泉内で当夜のうちに終わらせることができた(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」参照)。

(都合のいい方向へ変化しすぎだった・・・。
 偶然にしては多すぎるのよねえ・・・)

 また、美神は詳細を知らないが、幽霊時代のおキヌが女子高生に憑依した一件も、事件そのものは『本来の歴史』よりも早く終了している。『本来』以上に深い絆があるために、横島がサッサとおキヌに気づいたのだった(第七話「デート』参照)。

(今になってふりかえると・・・
 なんだか作為的に感じるんだわ。
 まるで・・・
 『大事ではないから、ここには時間かけなくていいですよ。
  早く先へ進んで下さい!!』
 って誰かさんに言われているかのように・・・)

 美神は、『宇宙意志』の介入を疑ってしまう。
 そして、彼女が気づいていない重要なポイントがあった。それは、二文字の特殊な文珠が早くも発現したことだ。
 横島が『本来の歴史』において、アシュタロスの霊波ジャミングを受けたとき、まだ美神は『宇宙のタマゴ』の中にいた。だから、普通の文珠がアシュタロスに通用しないことなど、彼女は見ていない。
 もしも、ここで二文字の文珠が生成されなければ、最終決戦で文珠を使う計画なんて、水の泡になるところだったのだ!!
 ・・・むしろ、これこそ、『宇宙意志』の助けだったのかもしれない。


___________


『踊らされていた・・・?
 「宇宙意思」に・・・!?』

 アシュタロスの発言で、再び、美神は考え込むのを中断した。

「そうよ・・・」
『メフィスト・・・、おまえは・・・
 「宇宙意志」の使者だったとでも言いたいのか?』
「・・・!?
 違うわ、誤解しないで!!
 『操られていた』わけじゃないわ、
 『踊らされていた』だけよ!!」
『どういう意味かな・・・?』

 問われて難しい表情をする美神だったが、その口元は、笑っているようにも見えた。

「知らないうちにうまく利用されてたんだわ、私たち。
 おそらく・・・
 『宇宙意思』は・・・私たちを利用して、
 私たちにやらせたかったことがあるのよ・・・」
『ほう・・・!?』
「それは・・・『世界の復元』!!
 つまり、私たちの世界は・・・
 すでに歪められた世界だったの!!」

 一度確定した世界を変えることは、『改変』である。それを『復元』と言ってしまうのは、誤りであろう。
 しかし、美神は、敢えて『世界の復元』という言葉を使った。
 あの『本来の歴史』の結果である世界は、もはや美神たちの世界ではないと思ったから。
 横島もみんなも変わってしまって、もう、それまでの美神たちの日常を繰り広げることが出来ない世界。そんな世界は『歪められた世界』だと思ったから。
 しかし、何も『宇宙意志』は、その点を『改変』し、『復元』させたかったわけではない。『宇宙意志』にとっては、別の意味で『歪められた世界』だったのだ。
 美神には、推測している内容があった。それを、今からアシュタロスに向かって説明してみせようと思っていた。

「・・・言ったでしょ?
 私たちの世界ではね・・・、
 最後にはギリギリで何とかなったものの、
 試運転以上の形で、あんたはコスモ・プロセッサを使ったわ。
 結果がどうあれ・・・
 コスモ・プロセッサという超反則ワザが遂行されてしまった時点で、
 それは『復元』を必要とするほどの『干渉』となったのよ!!」
『・・・よく分からないな。
 私が倒されたということは、
 コスモ・プロセッサも破壊されたのだろう?』

 アシュタロスは、事態を的確に想像していた。

「ええ、でも・・・。
 コスモ・プロセッサで再生された魔物は消えたけど、
 その瞬間に、
 彼らに破壊された物や人の被害まで回復したわけじゃないわよ?」
『・・・!?
 だが、それがどうだというのだ?
 そうした傷跡を時間をかけて修復するのは
 人間には慣れた作業だろう・・・?
 それこそ人類の歴史なのではないかね!?』

 美神は、ここでアシュタロスの人間観、歴史観を聞きたいとは思わなかった。似たような話は、『本来の歴史』の中ですでに聞かされているのだ。

「・・・ともかく。
 コスモ・プロセッサがなくなっても
 『再生された魔物』そのものが消えただけ。
 だから・・・。
 コスモ・プロセッサが使用されたという事実自体は、
 ハッキリと歴史に残るわ!!」
『それがどうした!?
 そんな些細なことが、
 おおがかりな『復元』を要することなのか!?』

 美神は顔をしかめた。
 使いたくはなかったが、『本来の歴史』と同じ比喩表現をするべき時が来たようだ。

「逆行前の世界でも・・・
 私は『宇宙意志』やら何やらに関して
 あなたと議論する機会があったわ・・・。
 コスモ・プロセッサは、
 自分の好き勝手に宇宙を作り替える装置!!
 だから私はこう言った、
 『おまえのやってることは宇宙のレイプよ!』
 って・・・!!」

 世界の中で戦って自分の目的を達成しようとするのではない。世界そのものを、宇宙を思いどおりに修正しようというのだ。それは『宇宙』を力づくで犯すことと同じである。
 女性である美神は、そう感じたのだった。

「あんた男だからわかんないでしょうけど・・・
 私も経験ないから実感できないけど・・・。
 最初だけであっても、レイプはレイプ!!
 途中で止めたからといって、許されるもんじゃないわ!!」

 『宇宙のタマゴ』の中ならば、何をしても構わない。それは、横島が妄想の中で色々楽しむのと同じで、まだ許容範囲である。だが、コスモ・プロセッサは、違うのだ。レイプなのだ。

「この宇宙にとって・・・
 コスモ・プロセッサが使われたということは、
 それだけ大きな・・・屈辱だったのよ!!」

 だから、この『宇宙』は、自分は『歪められた』と思ってしまったのだ。
 だから、この宇宙の『意志』は、その汚点を消し去るように『改変』し、正常な状態に『復元』して欲しいと願ったのだ。
 美神は、そう考えていた。

(コスモ・プロセッサが一度も使われない世界。
 それが『宇宙意志』の目的だからこそ・・・
 アシュタロスが問題だからこそ・・・
 ルシオラを説き伏せる際にも、力を貸してくれたんだわ)

 ルシオラの説得は、美神としても、出来過ぎだと思っていた。あれだけ横島に惚れているルシオラが、横島から身を引いてくれるというのだ。
 しかし、それは、美神自身の望みに通じるだけではなかった。美神の計画には、神魔のバランスを崩さぬままアシュタロスを滅ぼすということまで、含まれている。この点で、ルシオラは大事な役割を果たすのだ。横島の恋人として人界に留まっていては不可能な役割を。

(『宇宙意志』だって・・・
 アシュタロスには消えて欲しいのね)

 やはり『宇宙意志』としては、『本来の歴史』においてレイプを始めたアシュタロスを、この世界に残しておけないのだ。ただ許さないというだけでなく、二度と同様のことをされては困るという理由で。

(アシュタロスを『魂の牢獄』から追い出すことになるから、
 『宇宙意志』は、あのプランに賛成してくれたんだわ・・・!!)


___________


「この推理が細かいところまであっているかどうか分からない。
 そもそも、ヒトの分際で
 『宇宙意思』が何を考えているか想定しようなんて、
 ・・・身の程知らずよねえ!?
 でもね、もし私の推測が正しいなら!!
 私たちが望んだ『改変』は、確かに、
 『宇宙意思』の望む『改変』と完全に一致してるわけじゃないわ。
 だけど、矛盾してもいないの!!
 共通している部分まである!!
 両立可能な『改変』なのよ・・・!!
 だから、私たちは・・・
 その二つを両立させるために闘ってきた!!」

 三人は、これまで、ずっと奮闘してきたのだ。
 無意識のまま、長い長い時間を繰り返すという形で。

「・・・さらに言うと、最後の親孝行として、
 あんたを『魂の牢獄』から解放する算段も考えてるわ。
 神魔のパワーバランスのことまで加味してね!!」
『・・・!!』
「ここで死んだら、ちゃんと滅ぶことが出来るから、
 だから安心して私たちに倒されなさい!!」

 そして、美神は、決めゼリフで長話を締めくくった。

「今度こそ・・・本当に・・・
 極楽へ行かせてやるわッ!!」



(第三十三話「さよならルシオラ」に続く)
 


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