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復元されてゆく世界

第三十一話 私たちの横島クン


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/19

   
 ルシオラ・パピリオの両魔族は、半強制的にアシュタロスに加担させられていただけであり、消滅の危険があったにも関わらず、事件解決にあたって大きく貢献した。
 GSは具体的に被害が進行中の霊的存在に対してのみ攻撃を行うものであり、過去の罪を問うことまでは業務に含まれていない。
 すでに自滅機能も取り除かれ、また、特定の人間との交流も進んでおり、もはや彼らを危険視する必要もない。
 しかしながら、事件は人類だけでなく神・魔界にまで影響を与えたほどの規模であり、さらに神界との接触も回復していない。この現状では、交流のある特定のGSの保護観察下におくのが望ましい。

「・・・ということで、どうかしら?」

 美智恵がまとめた。
 今、彼女は、美神と西条と三人で、ルシオラたちの処遇を決めていたのだ。

「では、彼女たちは横島クンが面倒みるわけですね」

 西条が提案したプランは『本来の歴史』と同じだった。美神の横島への態度は、前世の記憶に振り回された『歴史』とは異なり、南極へ行く前と同様である。これならば西条に妬かれることもないかと思ったが、そうでもないらしい。

「ちょっと待って・・・!!」

 美神が異論を唱えた。

「公式報告の文面は
 そんな感じでいいと思うけど・・・。
 横島クンではダメ。
 彼には荷が重いわ!!」

 彼女が指摘したのは、パピリオのことだ。
 ルシオラは味方になったが、パピリオは違う。彼女がこちら側にきたのは、単に、なりゆきだ。

「彼女にしてみりゃ
 だまされて敵に加勢した上に
 捕虜にされたようなもんよ!?」

 だから、パピリオはしっかり監視しないといけないのだ。

「でも・・・二人の待遇に
 差をつけるわけにはいかないでしょう?」
「・・・そうね」

 美智恵が指摘し、美神も頷いた。
 自分たちはルシオラだけを認めることはできるが、それでは『上』が納得しないだろう。お役所仕事で、そこまで微妙な点を理解してもらえるはずがないのだ。
 そうかといって、ルシオラもパピリオも独房に閉じこめるというのでは、ルシオラがかわいそうだし、横島も納得しないだろう。
 そもそも、彼女たち二人を閉じこめておける牢屋なんてないのだ。かつてパピリオがペットに対して使っていた首輪なら彼女たちにも効力があるようだが、それを用意できるのも、この二人だけだった。

「令子の事務所で二人を保護して、
 ルシオラがパピリオを監視する・・・。
 それが落しどころでしょうね」



    第三十一話 私たちの横島クン



『なんか・・・まだ居場所がなくて・・・』

 東京タワーの展望台。その中ではなく、外の上に、一組の男女が座っていた。
 服装からは普通の若い女の子のようにも見える女性であるが、頭のアンテナがそれを否定している。
 彼女はルシオラであり、隣に座っているのは、当然、横島であった。

『私たち、こないだまで人間なんか
 なんとも思っちゃいなかったのよ。
 今だって・・・
 表面は愛想よくしてるけど・・・』

 ルシオラは、美神から、こっそりパピリオを監視するように頼まれている。信じているから依頼するのだという顔をされたし、こうしてデートのときには代わりに見てくれているのだが、真意は定かではなかった。

「そんなの平気!!
 美神さんだって人間なんか
 『へ』とも思ってない!」
『そーなの?
 でも、もし私がその気になったら・・・
 人間の何百人くらい、すぐ殺せるのよ?
 怖くない?』
「怖いけど、美神さんもそーだし!」

 夕焼け空を眺めながら二人は会話するが、話題は、美神のことになってしまう。

『美神さん・・・か』

 横島の中で美神が大きな存在を占めていることは、ルシオラにもわかっていた。

『ねえ、ヨコシマは彼女のこと、どう思っ・・・』

 振り向くと、鼻息を荒くした横島の顔が迫っていた。

『きゃーっ!?』

 と叫びながら、思わずその場に叩き付けてしまう。

『い、いきなり何を・・・!!』
「何って・・・
 『ちう』・・・」
『急にそんなんじゃ、びっくりするでしょ!?
 流れってもんがあるじゃない!!
 わかんないのっ!?』
「おあずけ食ってる男にそんなの読めるかーッ!!」

 ルシオラの女心など理解していない横島は、鉄塔に頭を叩き付けながら泣き叫ぶ。

「ちくしょー!!
 どーせ俺はそーゆーキャラなんだっ!!
 『ぐわー』とか迫って
 『いやー』とか言われて!!」

 そんな彼を見て、ルシオラがピトッと寄り添った。

『ばっかね・・・!!
 いやなわけないでしょ、ぜんぜん』

 二人の姿が、唇を介して重なる。
 遠慮したかのように、太陽も沈んでいった。


___________


 その夜。
 女二人の食後のティータイムで、おキヌがポツリとつぶやいた。

「こ、このままでいーんでしょうか? 美神さん」

 少し前まで視線が屋根裏部屋の方を向いていただけに、ルシオラの話題であることは明白だった。
 おキヌとしては、このまま横島たち二人が幸せでいられるのかどうか、それが気になっていた。恋人ができたら横島は『究極の二択』に直面する、そんな未来予知があったからだ(第二話「巫女の神託」参照)。
 そして、最近、おキヌ以外にも未来を見通す人物が現れたのだ。美神である。
 アシュタロスとの戦いのために、プライベートな質問は遠慮していたのだが、一段落ついた今、横島のことを聞いてもいいだろうと思っていた。

(もし、美神さんも私と同じ『未来』を見ているなら・・・)

 しかし、美神の対応は、おキヌの想定とは少し方向が違っていた。

「・・・妬けるなら
 横島クンにモーションかければ?」
「わ、私がですか?」

 おキヌは、横島から恋人の存在を知らされたとき、それほど嫉妬を感じなかった。しかし、その直後、恋人同様に大切だと言われて、心がグッと動かされたことも事実である(第二十九話「三姉妹の襲来」参照)。

「私・・・よくわからないんです」

 これが今の正直な気持ちだった。

「たしかに横島さん好きだけど・・・
 『女として』・・・どーとか、
 う・・・『うばってやる』とか・・・
 だ、『抱いて』とか・・・
 『自由にして』とか・・・
 『忘れさせて』とか・・・
 『メチャクチャにして』とか、そーゆーんじゃ・・・」

 おキヌの顔がドンドン赤くなる。

(そーいえば、おキヌちゃん・・・
 こんなこと言うのよねえ・・・)

 美神は、『歴史』の中でも同じだったと思い出した。呆れながらも、年長者として言葉を挟む。

「おキヌちゃんって・・・
 やっぱり週刊誌やワイドショーに毒されてるわね。
 ・・・ガラでもない言葉使うんじゃありません!!」

 これで落ちついたおキヌは、頬に両手をあてながら、美神に聞き返した。

「私、まだ子供なのかも・・・。
 ・・・美神さんは?」

 美神は少し黙ってしまったが、それから、ゆっくりと口を開いた。

「私のママが来たとき・・・」
「えっ・・・?」

 話題が変わったのかと戸惑うおキヌだが、そうではなかった。

「あのとき、二人で横島クンについて話してたわね?」
「・・・ええ」

 美神は、美智恵が幼少の『れーこ』を連れてきたときのことを語り出したのだ(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。

「ごめんね、おキヌちゃんを
 追いつめるつもりなんてなかったんだけど・・・。
 当時は、私自身、
 自分の気持ちがよく分かってなかったから・・・」
「美神さん・・・!? それって・・・!?」

 少し美神も顔を赤らめる。

「カン違いしないでね、
 私もおキヌちゃんと同じよ。
 あのバカのことはキライじゃないけど、
 でも『抱いて』『自由にして』なんて気持ちはないわ。
 私の体を差し出すつもりなんて、全然ないからね!?」
「美神さん・・・」

 美神は、理解のある視線を向けられて、照れてしまった。彼女は、強引に話をまとめてしまう。

「まあ・・・それはともかく。
 『このままじゃいけない』っていうのは、私も賛成ね。
 今の横島クンは、なんだかもう、
 私たちの横島クンじゃないもの・・・」


___________


「・・・どうしたんスか、三人そろって!?」

 その日、事務所へ来た横島は、軽く驚いた。
 建物の前に、美神、おキヌ、ルシオラが立ちはだかっているのだ。しかも、ルシオラは人間のような衣服ではなく、戦闘服を着ている。
 彼の心の中は今の青空同様に晴れ渡っていたのだが、何か問題が生じたらしいと気づいた。

「まさか・・・!?」
『そう、パピリオが逃げたのよ』

 美神がルシオラにパピリオを見張らせていたことは、横島も知っている。だから、これは、容易に推測できる事態だった。

『しっかり警戒していたんですけど・・・。
 すみません・・・! 私が・・・』

 ルシオラが美神に頭を下げるが、それも、すでに何度か繰り返されたことだ。

「反省するのは後でもいいわ!!
 それより今は、脱走が世間に
 知られないようにすることが大切よ!!」

 パピリオの逃亡は、美神が知る『歴史』の中でも起きた事件だ。防ぐ努力はしたのだが、不十分だったようだ。

「パピリオがやりたいことは復讐・・・でしょう!?
 最大のターゲットは私たちよ!!
 まっすぐここへ来るはずだわ・・・」

 本来の『歴史』の中では、確かに事務所が襲われた。しかし、美神たちが撃退する前に西条が来てしまい、彼が被害にあっていた。美神たちにしてみれば、西条は外部の人間だ。今回、自分たちだけでケリをつけるために、すでに西条には連絡し、事務所に来ないようにしておいた。
 
(さあ、いらっしゃい、パピリオ!!)

 西条以外にも、『歴史』では横島もやられていた。それも、一時呼吸が止まったほどである。そうした『歴史』を回避するために、美神たちは準備万端で待ち構えているのだ。
 
『来た!!』

 最初に気が付いたのは、ルシオラだった。
 蝶の大群が飛んできたのである。
 続いて、

『南極では眷族が出払ってて
 使えなかったでちゅよ!!
 でも・・・
 こいつらと一緒なら・・・!』

 パピリオが現れた。

『たとえ相手がルシオラちゃんでも
 私には、かなわないでちゅ!!』
「・・・他に行かれると困るから
 ワザワザ待っててあげたのよ!!」

 不敵に笑いながら、美神は、隠し持っていた文珠を発動させた。
 突然、空模様が怪しくなり、雨が降り始める。

『な・・・なんで急に雨がっ!?
 あっ!! ポチでちゅねーッ!? 』

 パピリオも並の魔族ではない。文珠で天候を左右されたのだと、瞬時に気がついた。しかし、犯人を勘違いしてしまう。

『ちッ!! 目障りでちゅ、ポチ!!』

 いまだ動ける妖蝶を、すべて横島に差し向けたのだ。

「どばっぢりだー!!」
『パピリオ・・・!!
 ヨコシマに手を出したわね!?
 絶対に許さない!!』

 口を蝶でいっぱいにして倒れ込む横島。それを見て、怒ったルシオラがパピリオに肉弾戦を挑むが、パピリオも何とか対応する。

『今日はこれぐらいにしといたるでちゅ〜〜!!』

 小さな彼女は捨てゼリフを残し、眷族を引き連れて逃げていった。


___________


 パピリオの横島への攻撃も、ルシオラの報復行動も、一瞬の攻防だったのだ。
 『雨』文珠を使った後、美神やおキヌが手を出す暇は全くなかった。

「横島さんが・・・!!
 呼吸止まりそうです・・・!!」

 倒れた横島のもとに駆け寄ったおキヌは、必死でヒーリングを試みている。 
 美神は、傍らで立ちすくんでいたが、頭の中はパニックに陥っていた。

(『呼吸止まりそう』・・・!?
 まだ息はあるのね!!
 じゃあ、ここは『治』かしら!?
 それとも、やっぱり『蘇』!?
 いや、でも、まだ生きてるんだから
 それでは効果ない・・・!?)

 彼女は、すでに『蘇』文珠を用意していた。『歴史』どおりの最悪の事態に備えていたのだ。
 しかし、『呼吸止まりそう』というのは想定していなかった。これでは、微妙に違うのである。

「『治』・・・!?
 それとも『蘇』・・・!?」

 ブツブツつぶやきながら、オロオロしてしまう美神。
 そんな彼女とは対照的に、ルシオラが落ち着いて対処する。

『パピリオの鱗粉攻撃は
 麻薬より強力に精神を冒すわ!
 脳の回路がオーバーフローを
 起こしたのかも・・・。
 それなら・・・
 脳に刺激を与えるのが効果的よ!!』

 彼女は、頭の触覚から霊波を叩き込み、横島の中へと入っていった。

(・・・あ!!
 『歴史』どおりになった!!)

 安心した美神は、それまでの反動で、冷静を通り越して少し冷酷になってしまう。

(それじゃあ・・・。
 ごめんルシオラ、
 ひとつ確認させてもらっていいかしら・・・?)


___________


 東京タワーの展望台。その上に座った一組の男女が、夕陽に照らされていた。
 それが、横島の精神の奥で描かれていた光景である。
 しかし、これは、ルシオラにとっては衝撃的な絵であった。横島の隣にいるのはルシオラではなく・・・美神なのだ!!

「ねえ、横島クン!
 ルシオラのこと、どう思っ・・・!?」

 振り向いた美神の視界に、異様に近づいた横島の顔が入った。鼻息を荒くして唇を突き出している。

「きゃーっ!?
 急にそんなんじゃ、びっくりするでしょ!?
 流れってもんがあるじゃない!!
 わかんないのっ!?」
「おあずけ食ってる男にそんなの読めるかーッ!!」

 それは、横島とルシオラの大切な一場面。横島の相手が美神になっていることを除けば、ルシオラの記憶にあるとおりだった。

「ばっかね・・・! 
 いやなわけないでしょ! ぜんぜん」

 二人の唇が接近する。
 さすがに、これ以上、黙って見ていられなかった。

『な・・・なんでよっ!?
 なんでそんな夢見てるのよっ!?』

 ルシオラの叫びとともに、二人の動きが止まる。

『どうして私が美神さんに入れ替わってるの!?
 それは私たちの思い出じゃない!!』

 彼女の目尻から涙がこぼれた。

「ル・・・ルシ・・・オラ?」
『女のコなら誰でもよくて・・・
 たまたま美神さんに入れ替えてみただけ?
 それとも・・・』

 しかし、ルシオラの詰問もそこまでだった。

「うッ・・・!?」

 横島が目ざめる時が近づいていた。
 ルシオラも外へ出されるのだ。
 しかし・・・。
 そこに、心を少し黒くした美神が待っているとは、彼女は当然知らなかった。


___________


「意識が戻った・・・!?」
「お・・・俺は・・・?
 チョウの大群が口の中に突っこんで・・・
 どしたんだっけ?」

 横島が起き上がり、おキヌが喜んでいる。しかしルシオラの表情が暗いのを、美神は見落とさなかった。

(やっぱり・・・!!)

 美神が知る『歴史』の中でも、ルシオラは同じ顔を見せていた。ただし、その時は、美神は意味がわかっていなかったのだ。今は理解したつもりの彼女は、

(ごめん・・・ルシオラ!!)

 心の中で再度謝ってから、確認のための言葉を投げてみた。

「よかったわね、横島クン!!
 あんたの頭の中にまで
 ルシオラが潜って、助けてくれたのよ!!
 ・・・きっと横島クンの頭の中って、
 ルシオラのことでいっぱいだったでしょうね!?」

 最後の部分で、美神は、作り笑顔をルシオラに向けていた。しかし、この言葉は、今のルシオラにはキツかった。

 パシッ!!

 ルシオラの平手打ちが美神の頬へ飛ぶ。
 美神に含意があったと気づいたわけではない。だが、横島の意識の奥底で『ルシオラは美神の代わりでしかない』という可能性を見せつけられた直後である。その美神からこう言われては、耐えられなかったのだ。

「ルシオラ・・・!?」
「ルシオラさん・・・!?」

 横島とおキヌが驚く中、ルシオラは、一人で走り出した。ドアをバンと開けて建物へ入り屋根裏部屋まで階段を駆け上がっていく音が、美神たちにも聞こえる。

「いいのよ、おキヌちゃん・・・。
 私が悪かったんだから・・・」

 美神は、叩かれた頬に手をあてながら、ポソッとつぶやいた。
 彼女にしたところで、ルシオラが見た映像を正しく想像していたわけではない。いや、もしも真実を知っていたら、さすがに今のような発言は出来なかっただろう。
 美神は、ただ、横島の不誠実な場面をルシオラが目撃したのだと考えていた。

(あいつのことだから・・・
 両手に花どころか・・・ハーレム状態?
 それとも、とっかえひっかえ・・・?
 どっちにせよ、ルシオラにはキツかったでしょうね。
 他の女のコにセクハラする横島クンなんて
 見慣れてなかっただろうから・・・)

 まさか、ルシオラの一番大切な思い出に関して、美神自身がルシオラ役になっていたとは想定していない。

(・・・横島クンの心の中が
 ルシオラ一人じゃないというのなら!!
 まだ『私たちの横島クン』を取り戻せるわ!!)

 微妙な誤解と正解が、美神に、重大な決心をさせた。

(・・・でも、今はそれどころじゃないわね)

 その決断に従うのは後にして、美神は、横島とおキヌにとりあえずの指示を出す。

「横島クン・・・!!
 今のルシオラは
 あんたと会いたくないと思うから・・・。
 かわりに様子見てきてくれるかしら、おキヌちゃん?」
「はい・・・!!」

 パタパタと走っていくおキヌを何となく眺めながら、

「俺、なんか悪いことしたかな・・・?」

 と、ささやく横島。
 実のところ、男の深層心理の映像なんて、それほど論理的なものではないはずだ。しかし、そこまで男というものを理解していないために、美神もルシオラも、下手に理屈付けて考えてしまったのである。


___________


 トントン。

 ドアをノックする音が聞こえる。

「ルシオラさん・・・!?」

 おキヌの声だった。
 今は一人になりたいルシオラだったが、パピリオが逃亡している現状では、個人のわがままも言えない。できれば美神とも横島とも顔を合わせたくなかったが、さいわい、来たのはおキヌである。

『どうぞ・・・』

 彼女を部屋に招き入れたルシオラは、単刀直入に質問する。

『・・・で?
 どういう作戦をとるの・・・?』
「『作戦』・・・?
 ・・・!?
 いや・・・ただ・・・
 心配だったから・・・」
『・・・!!』

 ルシオラは気づいた。おキヌが訪れたのは、パピリオの件のためではないのだ。
 それならば帰ってもらおうかとも思ったが、次の言葉を聞いて、気持ちも変わった。

「・・・頑張って下さいね。
 恋人関係って・・・
 私には経験ないから、どう大変なのか
 わかんないですけど・・・。
 でも、せっかく横島さんを手に入れたんですから!!」

 慈しむような表情のおキヌ。ルシオラの心も、少し癒された。
 同時に、おキヌの気持ちを思いやる余裕も出てきた。

『おキヌちゃんは・・・それでいいの?』
「え・・・!?」
『おキヌちゃんって・・・
 ヨコシマの恋人みたいなひとだったんでしょう?』

 ここへ来てまだ日が浅いルシオラだが、事務所の人間関係は何となく耳に入ってきていた。
 時々おキヌが横島の部屋へ行って二人で過ごしていたことも、そこで甲斐甲斐しく家事をしていたことも聞いている。本人達は『恋人』とは認めていなかったようだが、そう見てしまう者も周囲にはいたらしい。実際、聞かされた話をルシオラの知識に照らし合わせると、『恋人』という表現が相応しいようにも思えた。

「え〜!? 違いますよう・・・」

 少し照れたような口調で、しかしハッキリとおキヌは否定する。以前に美神と会話した時よりも明確に、気持ちを語れるようになっていた。

「横島さんのことは好きですけど・・・
 でも・・・恋とか愛とかじゃないです・・・
 大切な・・・親友です」

 確かに、恋人だと勘違いされたこともある。だが、それは、自分の行動が誤解を招いたのだと認識していた。横島に恋人ができたら不幸になる、そう思ってしたことが、恋人のヤキモチだと見られたのだ。
 このように理解しているおキヌであるから、現在の横島の恋人であるルシオラに対しては、キチンと説明する必要を感じていた。
 しかし、面と向かって『あなたと恋人でいたら横島さんは不幸になります』とは言えない。おキヌは、慎重に言葉を選んだ。

「私は・・・ただ・・・
 横島さんに・・・幸せになってもらいたいだけです」
『おキヌちゃん・・・』

 少しうつむきながら、ポツリポツリとしゃべるおキヌ。その表情は、ルシオラには、横島の幸せを真摯に願っているとしか見えなかった。

「横島さんが・・・
 それでほんとに幸せになれるのなら・・・
 それが一番です・・・」

 これは『恋人できる、イコール、不幸になる』をふまえた上での発言だ。
 ルシオラと恋人になった横島が、もし、おキヌの予知した未来を回避して幸せになれるのであれば・・・。
 そんな気持ちで、声も小さかった。だが、ルシオラの心には、むしろ大きく響いていた。

(『ほんとに幸せに』・・・)

 横島が欲しいのは、本当は自分ではなく、美神なのではないか。
 自分は、ただの代わりなのではないか。
 そう悩んでいたルシオラには、この言葉は、違うニュアンスで捉えられたのだ。

(私とつきあうことが・・・
 美神さんじゃなくて、私とつきあうことが
 本当にヨコシマの幸せなのかしら・・・?)

 心の中の疑問が増幅される。
 しかし、それを表面には出さず、

『ねえ、おキヌちゃん。
 私が知らないヨコシマ・・・
 おキヌちゃんなら、色々知ってるでしょ?
 ヨコシマのこと、たくさん聞かせてくれる・・・?』

 と、少しだけ話題を変えた。

「は・・・はい!!
 えーっと・・・
 女の人へのセクハラは
 今さら言うまでもないですよね・・・?」

 おキヌは、ルシオラに水を向けられて、横島について語り出した。なるべく自分との個人的な思い出は避けようとした結果、その内容は、横島と周囲の女性たちとの話になる。

「横島さん、とっても優しいから
 自然に女性をひきつけちゃうんですよねえ。
 本人が周りの気持ちに気づかないからいいですけど・・・。
 あっ、ごめんなさい!!
 こんな話したら、妬けちゃいます?」
『大丈夫よ・・・!! 続けて』

 ペロッと舌を出していたずらっぽく笑うおキヌに、笑顔をあわせるルシオラだった。


___________


「・・・いたわ!」

 その夜、美神たち四人は、近くの植物園に来ていた。
 大量に花があって無数の蝶が雨をしのげる場所といえば、ここの温室しかなかったからだ。それだけではなく、『歴史』でも同じ場所だったというのも、大きな理由である。

「横島クンとおキヌちゃんは連中を追い込む!
 私はルシオラのサポート!
 ・・・いいわね!?」

 このチーム分けは、『本来の歴史』とは少し違う。ルシオラのサポートは横島だったのだが、美神は、敢えて自分に変更したのだ。ルシオラと二人で話をする良い機会だと思ったからである。
 ルシオラとしては気まずいのだが、二人だけになってすぐに、まずは謝った。

『ごめんなさい・・・さっきは・・・』
「いいのよ、私の言葉が余計だったんでしょ?
 ・・・こっちこそゴメンね」
 
 軽く手を振った美神は、さらに続ける。

「横島クン、みんなに優しいからね・・・」

 美神は、横島の心の中でルシオラが見たものを勝手に想像して、こんなことを言っているのだ。
 ただし、彼女の想定が間違っているだけに、ルシオラにはピンと来ない。それでも、美神が怒っていないのは理解した。また、美神の言葉は、むしろ、昼間のおキヌとの会話を思い出させた。

『・・・そうですね。
 だからヨコシマって、みんなに愛されてる・・・』

 美神の側では、会話がスムーズにつながったので、やはり自分の想像は正しかったという気持ちを強めている。そこで、もう一歩踏み込んでみた。

「あいつに惚れてる女のコ、多いからね。
 気をつけなさいよ・・・!?
 あんたが横島クンに惚れてるから、
 だから横島クンもルシオラを好きになった・・・。
 二人の恋愛が、ただそれだけの理由だったら、
 他の女にとられちゃうかも・・・」
『・・・!!』

 目を丸くするルシオラに対し、

「そんなマジな顔しないで・・・。
 ごめん、冗談よ!!」

 と、美神はウインクする。

「・・・そんなことないわよね。
 横島クンは、ちゃんとルシオラそのものを見て
 あなたを好きになったんでしょう・・・?」

 これは一種のテストだった。
 ルシオラが本当に横島を幸せにできるかどうか、彼女の心意気を知りたかったのだ。
 だから、美神は、自分でもタチが悪いと思えるジョークを口にしたのである。

『え・・・ええ・・・』

 目を伏せたまま、ルシオラは肯定する。だが、その表情は、言葉とは逆の気持ちを示していた。
 ルシオラは、さきほどの美神の指摘を正しいと思ってしまったのだ。つまり、『横島がルシオラに惚れたのは、ルシオラの好意を受け入れただけだ』と考えたのだ。
 確かに、彼が『アシュタロスは俺が倒す!!』などと言い出したのは、ルシオラの恋心の深さを知ったときである。一夜のために命を投げ出すほど、それほど強く惚れていることに、横島も心を動かされたのだ。
 本当は、それはキッカケに過ぎない。それまでの出来事の積み重ねだったのだが、ルシオラは、そこまで分かっていなかった。
 それに、ただ『惚れている』のと『命を投げ出すほど惚れている』のとでは、大きな違いがある。しかし程度の問題であるだけに、この差異についても、ルシオラ自身は意識していなかった。

(やっぱり・・・そういうことか・・・)

 一方、美神は、ルシオラの態度から、自分の考えが正しかったと判断していた。
 横島は、ただ、『自分を好きになってくれた女性』に惚れただけなのだ。ルシオラ自身も認識しているのだ。それならば、何も後発のルシオラに横島を譲る必要もない。

「大丈夫よ・・・!!
 誰も横島にアタックしたりしないわ。
 みんな・・・ちゃんとわかってるから」
『・・・!?』
「横島クンは・・・優しすぎるのよねえ。
 だから女のコに優しくするのも
 別に好きだからじゃないの。
 ただ、そういう性格なのよ、あいつ」

 これは、ルシオラにも納得できる横島評であった。

「女って、ちょっとイイ男から
 優しくされるとカン違いしちゃうけど・・・。
 でも、それって『カン違い』なんだわ。
 『優しさ』と『愛』はイコールじゃないからね。
 みんな、優しくされてても愛されてるわけじゃない、
 それがわかってるから、誰も横島クンにアタックしないのよ。
 だから・・・安心しなさい!!」

 実は美神は、まだ少し迷っていた。ルシオラの心の中に、どこまで波風を立ててしまっていいものか。そのため、ストレートな言葉は使えなかった。
 もしルシオラが素直に受けとって、本当に『安心』してしまうのであれば、その場合は仕方がない。今の美神に出来るのは、含みのある発言でルシオラに考えさせる、ただそれだけだった。

「ねえ・・・ルシオラ」
『はい・・・!?』

 美神の話で自分たちのことを考え直すルシオラだったが、名前を呼ばれて、顔をあげた。

「『愛』ってなんだと思う?」
『え・・・!?』
「私の前世であるメフィストが
 横島クンの前世から
 『俺にホレろ!!』って言われたとき・・・。
 彼女には意味がわからなかったの。
 説明されたけど、まだトンチンカンで
 『愛ってなに?』って聞き返したのよ」

 厳密には、これは美神の記憶にある『本来の歴史』の中での出来事である。今回は微妙に異なったのだが、そこは重要ではなかった。

「今の私は人間だから・・・
 『愛』と『恋』の違いも何となく説明できる。
 穏やかさと激しさとか、温かさと熱さとか、
 そんな表現も出来ると思うけど・・・。
 やっぱり一番のポイントは、
 相手を思いやる気持ちの有無だと思うの」
『「相手を思いやる」・・・』
「ええ。
 好きだからって自分の気持ちだけで
 相手のことも考えずに突き進めるのが『恋』。
 そうじゃなくて、好きの人の幸せを
 何よりも大切にするのが『愛』。
 だから、あなたが本当に惚れたのなら、
 横島クンに恋するだけじゃなくて
 ちゃんと愛してあげてね・・・!!」

 美神は、自分の恋愛論を、そう締めくくった。
 彼女自身は気づいていないが、これは、かなり頭でっかちな考え方であろう。
 世の中には、愛じゃない感情を『愛』と思い込んで成り立っているカップルだって、結構いるかもしれない。それでも当人たちが幸せであるなら、周りがとやかく言う権利なんてないのだ。
 また、始まりは愛ではなくても、つきあっているうちに『愛』になるケースもあるはずだ。いや、むしろ、それが普通ではないだろうか。『愛』は育まれていくものなのだ。最初のキッカケなど問題ではない。
 しかし、恋愛経験が豊富とは言えない美神は、机上の空論で『愛』を語ってしまったのである。
 そして、ルシオラにいたっては、恋愛だけでなく全てにおいて経験が乏しい。さらに彼女の理知的な側面が災いし、美神の説明に納得してしまうのだった。

(厳しいこと言ってゴメンね。
 でも、あなたが横島クンと別れたとしても
 私が独占するつもりはないから安心して・・・。
 横島クンには横島クンのままでいて欲しいの・・・)

 と美神が考えていたところに、

『は・・・始まったわ・・・!!』

 蝶の大群が動き出すのが見えた。横島とおキヌの用意した除霊用煙で、追い立てられたのである。


___________


『まずい!!
 私はともかくチョウたちが・・・!!
 みんな外へ出るでちゅーっ!!』
『ここまでね、パピリオ!
 おまえの眷族はもう思いどおり動けないわ!』

 慌てて蝶の群れに命令したパピリオだが、温室の外では、ルシオラがホタルの力で強烈に輝いていた。
 昆虫は、夜は月の光を基点に方向を定めるのだ。近くに強い光源があったら方向感覚を失う。もはやパピリオの妖蝶は何も出来なかった。

『おしおきよ、パピリオ!!』
『ひーッ!!』

 強力な魔力波がパピリオを襲う。かろうじて逃げるが、ルシオラは追ってくる。

『許さないッ!!』
『ちょ・・・!!
 タンマ、ルシオラちゃんっ!!』

 それでは防げないのに、左腕を顔の前にかざし、目を閉じてしまったパピリオ。

『・・・!!
 ・・・?』

 覚悟していた一撃が来なかったので、ゆっくり目を開けてみると、

「ストーップ!!
 ここは俺にまかせろ!!
 なっ・・・!?」

 両手を広げた横島が、姉妹の間に立っていた。

『でも・・・!!』
「いーからっ!!
 おまえは手を出すんじゃねえっ!!」

 とルシオラを制止する横島だったが、それで素直に感謝するパピリオではない。

『かばってもらって
 コロッと懐くとでも思ってんでちゅか!?
 ペットが調子に乗るんじゃ・・・
 ないでちゅよーッ!!』

 思いっきり横島を殴り飛ばしてしまった。

『やめなさいっパピリオ!!』
『なんのマネでちゅかっ!?
 なぜ無防備に攻撃をうけたでちゅかっ!!
 なんで反撃してこないでちゅかーっ!!』

 ルシオラに羽交い締めにされながらも、パピリオは、横島に疑問を投げ続けた。魔族と人間の力の差を、全く理解していないのである。
 そこを、美神に利用されてしまう。

「そんなこともわからないなんて・・・
 青いわね、パピリオ!!」

 ここは『歴史』どおりの展開である。

「その気になればアシュタロスも出し抜く男が
 抵抗しなかった意味をよく考えてみなさいっ!!」
『どーいう意味でちゅか?』

 厳密には、横島は『歴史』ほどアシュタロスを出し抜いてはいない。美神の入れ知恵も加わっていたのだが、小さな違いは気にせずに話を進めた。

「彼、私に言ったわ。
 この首輪、パピリオにつけないでくれって・・・
 たとえ自分がされたことでも
 あんたにはしたくないって・・・」

 特製の首輪を手にして、言葉を続ける。

「人の心は力で自由になんかできない・・・!!
 彼はあんたにそう伝えて死ぬつもりなのよ!!」
『そ・・・
 わ・・・私の負けでちゅ・・・!!』

 パピリオがガクッと膝をついた。

『ごめん、ポチ・・・いえヨコシマ・・・!!』
「よ、横島さん本当にそんなことを・・・?」

 おキヌまで感動で目に涙を浮かべ、彼女にだけ美神が小声で種明かしをしていた。当然、これは美神の大嘘なのだ。『歴史』でも言いくるめられたので、同じようにしたのである。
 二人のヒソヒソ話を耳にして、ルシオラは、

(でも、考えてみたら、今回はともかく・・・
 まるっきりウソってわけでもないよ。
 私のときは身をていして守ってくれたもの)

 と、逆転号での出来事を思い出す。しかし、今の彼女は、これを甘い思い出として捉えることは出来なかった。

(恋人でもなんでもない、
 それどころか敵であった私なのに・・・
 身をていして守ってくれた・・・。
 ヨコシマは・・・本当に・・・
 みんなに優しいんだわ・・・)

 おキヌや美神から聞いた話とつなげてしまったからだ。
 特に、美神との会話を考えてしまう。

(誰にでも優しいのが・・・ヨコシマ。
 惚れているから優しいわけじゃない。
 私に惚れてるわけじゃないのよね・・・)

 横島の心の中では・・・大切なデートの相手は美神だったのだ。

(私は・・・どうしたらいいの?
 他の誰かの代わりであっても・・・
 ヨコシマが、ただヤリたいだけであっても・・・
 それでも・・・この肉体を提供したらいいのかしら?
 惚れた男と結ばれたら・・・
 私は満足かもしれないけど・・・)

 それは、美神の言っていた『恋』という感情なのだろう。ルシオラは、そう思ってしまった。

(それでヨコシマは本当に・・・
 『しあわせ』なのかしら・・・!?)

 ルシオラは、横島とおキヌの病室での会話を知らなかった。彼がおキヌに語ってみせた、ルシオラを大切に思う気持ち。もし、それを聞いていたら、ここまで悩まなかったかもしれない。
 しかし、横島も、直接ルシオラに愛を語るようなタイプではないだけに・・・。
 ルシオラには、横島の心情を正しく理解することは出来なかった。感覚で捉えればよいものを、言葉で突き詰めていくから、ますます泥沼にはまってしまうのであった。


___________


「今は、二人だけにしてあげましょうね」

 上を見上げながら、美神がつぶやいた。天井の向こうの屋根裏部屋では、ルシオラとパピリオが姉妹の時間を過ごしているはずだ。

「横島クン、邪魔しちゃダメよ?
 ・・・ここにいなさい!!
 あんたには重要な仕事があるからね」

 ちょうどそのタイミングで、おキヌも部屋に入ってくる。
 美神は、横島とおキヌの前に、文珠を四つ並べてみせた。まだ何も文字は入れていないが、『四つ』ということが、以前のイベントを二人に連想させる。

「もしかして・・・
 また『記憶開封』っスか!?」
「そうよ・・・!!
 今日はおキヌちゃんの番!!」

 美神は、おキヌの記憶を開くことに決めたのだ。女として、おキヌに相談したいこともあったからである。

「えっ、私!?」
「おキヌちゃんにも・・・!?」

 驚く二人に、美神は軽く説明する。

「びっくりすることないでしょ?
 今までの『巫女の神託』、
 あれを何だと思ってきたの・・・!?」
「あっ、もしかして・・・」

 横島が何か気づいたらしい。

「そういうこと・・・!!
 さあ、やるわよ!!」


___________


 文珠の輝きで、部屋が昼間のような明るさになる。光がおさまったときには、床に三人が座り込んでいた。

「おキヌちゃん・・・!? 大丈夫!?」

 最初に顔を上げたのは、美神である。
 おキヌは、疲労困憊しているようだが、それでも意識は失っていない。
 
(あれ・・・!? まさか、失敗・・・!?)

 しかし、美神の心配は杞憂だった。

「美神さん・・・
 ちょっと二人でお話しましょう」

 おキヌは、美神が考えていたほど弱くなかったのである。探査リングで長期間意識を失ったのも、霊的中枢をやられたことより、むしろ、横島を心配しすぎたせいであった(第二十九話「三姉妹の襲来」参照)。
 それに、おキヌは『忘れていた記憶を取り戻す』ことには慣れているのだ。
 三百年前の生前の映像を道士から見せられた際も、すぐには現実感は伴わなかったものの、抵抗なく受け入れることができた(第十八話「おキヌちゃん・・・」参照)。また、蘇った後で幽霊時代のことを思い出した際も、衝撃は受けたものの、ネクロマンサーの笛を吹き続けることができた(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」参照)。
 だから、今回、膨大な記憶が頭に流れ込んできても、耐えられたのである。

「おキヌちゃんも美神さんも
 未来を見通せるんスね・・・。
 なんか俺だけ仲間はずれな感じ・・・」
「そうよ・・・!!
 だから悪いけど
 横島クンは席をはずしてちょうだい!!」

 美神は、一つ嘘をついた。横島の記憶の封印を解くわけにはいかない以上、その存在も秘密にする必要があったのだ。

(ごめんね、横島クン・・・!!)


___________


「やっぱりルシオラさんが・・・。
 彼女のために・・・横島さん、あんな目に・・・」

 これが、横島が部屋を出ていった後、おキヌが最初に発した言葉である。

「そうよ、おキヌちゃん・・・。
 ルシオラが死んでしまって・・・、
 でもアシュタロスから
 彼女を復活させる案をつきつけられるの。
 私たち世界全部を犠牲にするという条件付きでね」

 詳しく言われずとも、おキヌが考えていることは分かった。だから、美神は反復するかのように、その内容を語ってみせたのだ。
 おキヌも頷く。これこそ、おキヌがかつて未来予知してしまった光景だった(第二話「巫女の神託」参照)。

(横島さん・・・)

 今のおキヌは、その『究極の二択』の結末も知っていた。
 ルシオラは横島にとって最愛の女性ではあるが、それでも、彼は彼女一人を選べなかった。世界全体を救うことを選び、アシュタロスの機械を破壊する。ルシオラを復活させることの出来る、唯一の装置を・・・。
 横島の中にはルシオラの霊基構造が含まれていたため、彼の子供としてルシオラが転生する可能性は残された。しかし、それも可能性に過ぎず、実現したところで『子供』と『恋人』とは明らかに別である。
 その事件以降も明るく振る舞っていた横島だが、それが表面だけに過ぎないことは、周囲からは一目瞭然だった。
 そして、自分たちの世界が彼の何を犠牲に成り立っているのか、それを知っている者の態度もまた、内心とは違うものになってしまったのだ。

「あの悲劇だけは、なんとしても避けなきゃならないわ・・・」
「はい・・・!!
 そのためには
 ルシオラさんを死なせないようにして・・・」

 おキヌが何か言いかけたが、美神がそれを遮った。

「ちょっと待って、おキヌちゃん。
 アシュタロスをサッサと
 やっつけちゃうのが一番なんだけど、
 それだけでいいと思う・・・?
 横島クンとルシオラとが幸せに結ばれる、
 そんな結末で本当にいいと思う・・・?
 私ね、ちょっと考えてることがあるのよ」
 
 そして、美神は語り出す・・・。


___________


「それじゃ横島さんがかわいそう!!
 ・・・あんまりです!!」

 美神のプランを聞かされたおキヌは、つい叫んでしまった。美神も大声で渡り合う。

「横島クン自身が言ってたじゃない、
 『あの悲劇を避けられるなら記憶は忘れたままでもいい』って」
「そっちじゃありません・・・!!」

 おキヌとしても、横島の記憶を解放しないことには賛成だった。『究極の二択』の悲劇を回避できるのであれば、あの苦悩をワザワザ思い出させる必要はないのだ。あの経験を横島本人が思い出してしまったら、それだけでも苦しみ傷つくだろうから。
 
「美神さんのプランでは、横島さんの幸せが・・・!!
 横島さん・・・ルシオラさんと幸せになりたいはずですよ!?」
「でもおキヌちゃんも言ってたでしょ、本来の歴史の中で!!
 『横島さんは横島さんだから好きなんだもん』って!!」

 おキヌの中で、まだ『本来の歴史』は、『本で読んだおはなし』あるいは『テレビでみたドラマ』という程度の感覚しかない。それでも、美神の指摘した出来事はシッカリ覚えていた。
 横島が記憶を失い、真面目で理性的でセクハラもしない人間になった時。そんな横島を皆は歓迎したのだが、おキヌだけは、

「バカでスケベでも・・・
 やっぱり元の横島さんが・・・」

 と主張したのだ。そして『スケベ』をキーワードとして、横島を元に戻してしまったのもおキヌだった。
 それを思い出していると、

「おキヌちゃん・・・
 ルシオラが死んだ直後のこと覚えてる!?」

 美神が、開封された記憶の中の別の一場面に関して、語り出した。

『ルシオラは・・・
 俺のことが好きだって・・・
 命も惜しくないって・・・
 なのに・・・!!
 俺、あいつに何もしてやらなかった!!
 ヤリたいのヤリたくないのって・・・
 てめえのことばっかりで!!』
『俺には女のコを好きになる
 資格なんかなかった・・・!!』

 それが、ルシオラを失った横島の慟哭だった。

「あの煩悩魔人が、あそこまで悟ったのよ!?
 そんな横島クン、もう横島クンじゃないでしょう!?」
「・・・そうかもしれませんけど
 でも、ルシオラさんが死ななければいいわけです。
 何も二人が別れる必要は・・・」

 おキヌが口を挟んだが、美神は構わずに言葉を続けていた。

「でもね、だからといって逆に、
 恋人とベタベタしてる横島クンも、
 横島クンじゃないでしょ??
 ・・・横島クンは、
 みんなに優しいから横島クンなのよ!!」

 少し首を傾げるおキヌ。美神の思考の論理展開が分かりにくいのだ。

「・・・考えてみて!!
 あのバカ、ニブいから今は
 まわりの女のコの気持ちに気づいてないでしょう?
 だから・・・ルシオラ一人とベタベタできるのよ。
 でも恋人付き合いしてくうちには
 女性心理にも少しは詳しくなるでしょうから、
 いつかは知るでしょうよ、
 他の女のコたちも横島クンを好きだったって。
 そのとき、あいつは、どう思うかしら!?」
「どうって・・・!?」
「もし今のままの優しい横島クンなら・・・
 そのとき辛い思いをするの。
 気づいてしまうから・・・、
 『ルシオラ一人のために
  他の女性の好意を犠牲にしてきた』って。
 これじゃあ、アシュタロスの二択と同じじゃないの・・・!!」
「ええっ・・・!?」
「そんなの、ルシオラの命を救うために
 他の全員の命を犠牲にするのと同じよ・・・!!」

 さすがに、これは詭弁だとおキヌは思った。しかし、少なくとも目の前の美神は、それを本心から語っているようだった。

「だからといって・・・
 気づいても何とも思わない横島クンだったら、
 もう横島クンじゃない。
 だから・・・優しい横島クンが
 一人の恋人を作ってはいけないの。
 恋人のいる横島クンなんて・・・横島クンじゃないわ!!
 横島クンは、みんなの横島クンでなくちゃ・・・。
 それが、私たちの横島クンなの・・・」

 そこまで言いきった美神は、顔を下に向けてしまう。丸めた背中は小さく震えているように見えるし、嗚咽も聞こえてきたようだ。

「美神さん・・・」

 美神の背に手を伸ばし、子供をあやすかのような仕草をするおキヌ。彼女は、美神の心情の向こう側を考えていた。

(横島さんをとられたくないのね、
 ルシオラさんに・・・)
 
 幽霊時代の三百年を除けば、おキヌは、美神よりも年下だ。それでも、今の美神を見ていると、

(美神さん・・・
 かわいらしいですね)

 とも思ってしまう。
 おキヌとしては、美神の言い分には個人的な感情が入っていると分かっていた。だから、一理あるとは思うものの、一理しかないとも思う。
 特に、美神の主張では、横島を今のままで留めたいという気持ちが強く出過ぎているのだ。

「美神さん・・・?
 『今のままの横島さん』って・・・、
 それって、横島さんの成長を否定してることになりませんか?」
「・・・急成長は体に毒だわ。
 人間、少しずつ成長していかないとね」

 いつのまにか、美神は泣き止んでいた。

(・・・でもキッカケがあって成長するんだから
 心の成長なんて誰しも突然なんじゃないですか!?)

 と、おキヌは反論したかった。彼女自身、流転の人生を送ってきたのである。しかし、今は口をふさいだ。
 美神の言うとおり、横島が急成長するキッカケは、ルシオラの死である。そして、それがアシュタロスの『究極の二択』という悲劇にも通じるのだ。
 それだけは回避しなければならない。
 悲劇的な事件が成長のキッカケになるというのなら・・・。そんなものいらない。

(美神さんの言うとおり・・・
 もう少しだけ、横島さんには
 今のままでいてもらいましょう。
 だからってルシオラさんと
 別れる必要まではないんだけど・・・。
 私にも美神さんの気持ちはわかるから・・・)

 おキヌの心は、『条件付き賛成』に一票投じていた。
 美神の計画の中には、ルシオラ本人を説き伏せるというステップも含まれているのだ。もしも美神がルシオラを説得できるのであれば、そのときは従おう。

「・・・わかりました。
 でも、その分二人で横島さんを慰めましょうね?
 ちゃんとフォローしましょうね?」
「・・・もちろんよ。
 だけど、私たちがやりすぎちゃって、
 横島クンの恋人みたいになったら、
 それこそルシオラへの裏切りよ?
 許しちゃいけない一線は守らないと・・・」

 ポッと顔を赤らめる美神を見て、おキヌは気づいた。美神は『慰めましょう』『フォローしましょう』の意味を勘違いしたのだ!!
 おキヌもみるみる赤くなった。

「・・・美神さん、何言ってるんですか!!
 『精神的な成長を助ける』ってことですよ!?
 私もまだ子供だから、
 口で言うほど簡単じゃないですけど・・・」
「わ・・・私もそういう意味よ?
 おキヌちゃんこそ、何想像してんのよ!?」

 黙ってしまう二人であったが、先に口を開いたのは美神だ。

「さてと・・・
 それじゃルシオラを説得に行きますか。
 宇宙のタマゴに取り込まれる前に
 全部準備しなきゃいけないから、
 あんまり時間はないわよ!?」


___________


 トントン。

 小さなノックに応えて、ルシオラがドアを開ける。
 そこに立っていたのは、美神とおキヌだった。

「パピリオは・・・もう大丈夫?」
『ええ・・・。
 気持ちも落ちついたみたいで、
 今はグッスリ眠ってます』
「そう・・・。
 それじゃルシオラ、ちょっと下まで来てくれるかしら?
 女三人だけで話したいことがあるの・・・」

 何か大事な用件なのだと察して、ルシオラは、美神とおキヌに従う。
 階下の部屋でテーブルについて早々、美神は質問を投げかけた。

「ルシオラ・・・
 あなたが好きになった横島クンって、
 どんな横島クンだった・・・?」
『「どんな」って言われても・・・』

 ルシオラがキチンと答える前に、美神は続ける。

「あなた一人とイチャイチャしてる横島クン・・・
 そんな横島クンじゃなかったはずよね・・・?」
『ええっ・・・!?』
「まっ、こんなことゴチャゴチャ言っても
 うまく伝わらないだろうから・・・」

 美神は、文珠を四つ取り出した。そこには『意』『識』『共』『有』という文字がこめられている。

「もうここまで来たら、文珠のバーゲンセールよ!!
 横島クンには悪いけど、事務所に保管してあった分、
 ドンドン使っちゃうわ・・・!!」

 言葉で色々と説明するよりも、意識をつなげてしまった方が手っ取り早い。美神は、そう考えたのだ。
 
「私一人じゃ四文字制御なんて無理だけど、
 ルシオラの霊力があれば大丈夫でしょ?
 魔物なんて、ある意味、霊体そのものなんだから。
 ・・・それに魔族のあんたなら、
 私の意識がドッと流れ込んでも
 脳がパンクすることもないわよね・・・?」

 おキヌとの相談の際にこれをやらなかったのは、霊力不足の問題に加えて、精神の急激な流入を心配したからだ。美神は、ルシオラならば耐えられると思っていた。
 もちろん、ルシオラの意識が美神に突然入ってきたら、大きすぎる負担になるだろう。だから、厳密な『共有』ではなく方向性を定めるつもりだった。
 おキヌの話では、以前に『覗』文珠で友人二人の心をつなげた際、心を覗くのは一方通行だったらしい。それも都合の良い方向に。
 つまり文珠というものは、イメージ次第で、そこまで制御し得るものなのだ。しかも、今回ワザワザ四つも使う以上、単独使用よりも厳密なコントロールが可能なはずだった。

「いいわね・・・!?」
『はい・・・!!』

 ここまで説明されれば、ルシオラとしても異存はなかった。

(何を考えているのか、まだよくわからないけど・・・。
 見せてもらうわ、美神さんの真意!!)

 重ねた二人の手の中で、四つの文珠が光り出す・・・。


___________


 パシッ!!

 再び、ルシオラの平手打ちが美神の頬へ飛んだ。
 今日の美神の発言には、裏の意図もあったのだ。美神は、パピリオの妖蝶で横島の身が危なくなる『歴史』を知っていたのだ。
 そうした情報が脳に流れ込んできた瞬間、ルシオラの右手は、無意識のうちに動いていたのだった。

『あ・・・美神さん・・・』

 もちろん、美神の言葉にこめられた悪意は、大きなものではない。逡巡もしていた。それに、むしろ誤解が故にルシオラを深く傷つけてしまったものもある。
 もちろん、美神だって横島のことを心配していた。『歴史』どおりにならないように努力したし、最悪のケースに備えて文珠も用意していたのだ。
 頭ではそう理解しているだけに、ルシオラは、謝った。

『ごめんなさい、また・・・』
「いいのよ、私が悪いんだから・・・。
 ・・・ゴメンね」

 それ以上の発言は無用だった。
 意地っ張りとか素直じゃないとか言われてきた美神が、心の中をありのままに見せたのだ。駆け引きぬきで、気持ちを伝えたのだ。
 言葉では表現しにくいイメージの心情も多かったが、ハッキリしている一言もあった。それは、

「私たちの横島クンを返して・・・!!」

 という叫びだった。
 
『美神さん・・・それにおキヌちゃん・・・
 そしてヨコシマも・・・
 ・・・そんな「歴史」を経験してきたんですね・・・。
 ヨコシマの命を救うために私がすることも・・・
 そんな結果に・・・』

 心を美神とつなげたことで、ルシオラも真実を知った。
 三人が時間をさかのぼって、全てをやり直しているのだということを。ルシオラが死んでしまう悲劇とその影響を避けるために、頑張っているのだということを。
 『歴史』どおりに進んだ場合の『未来』では・・・。
 大好きな横島の世界を守るために、一人、ルシオラが強敵に立ち向かう。しかし、ルシオラは死ぬ気だと悟った横島が割って入り、致命傷を受ける。そんな横島の命を助けるために、自らを犠牲にするルシオラ。そして、ルシオラを蘇らせるための悪魔の誘惑が、横島に提示されるのだ。

『アシュ様の「究極の二択」・・・』

 ルシオラに対してさらけ出した心の奥底でも、美神は、横島の恋愛事情をそれに例えていた。
 一人の恋人を得て、他のみんなの恋心を犠牲にする。それは、あの悲劇の選択と同じだ。
 もしも横島がみんなの好意にハッキリと気付いたら、横島だって辛いはずだ。
 だから・・・。

『美神さん・・・
 あなたもヨコシマを諦めると言うのですね・・・!?』
「そうよ・・・」


___________


 美神を見つめながら、ルシオラは、今知らされた彼女の思考についてもう一度考えてみる。

 (ヨコシマの本当の幸せ・・・)

 横島の精神にも入ったルシオラである。偶然かもしれないが、大切な思い出の場面が改変されたのを見てしまった彼女である。
 もはや、自分が最も横島から望まれているのだと思うことは出来なかった。

(女のコなら誰でもいいどころか、
 もしかすると、美神さんが一番・・・)

 そして、その美神は、心の中で、

「そりゃあ、ヤリたい盛りだから
 ヤリたいだろうけどさ・・・。
 それで実際にヤっちゃって
 しあわせになるかどうか・・・ねえ??
 一時の満足とか快感とかって、
 『幸せ』じゃないわよね??」

 と言っていた。
 今の横島の欲求にストレートに応じることは、彼の幸せではないというのである。

(でも、美神さん・・・
 あなたの気持ちは、あなたのワガママだわ。
 自分の価値観を押し付けようとしている・・・)

 だから、ルシオラには、美神が横島を愛しているとは思えなかった。彼女が植物園で語った『愛』と照らし合わせたら、彼女の気持ちは『愛』とは言えない。

(むしろ・・・)

 昼間のおキヌとの会話を回想する。横島について語る表情や態度、そして、横島の幸せを願うという言葉・・・。

(美神さんより、おキヌちゃんのほうが
 ヨコシマを愛してるんでしょうね・・・)

 そのおキヌも、美神の計画には賛同しているのだ。
 それに、個人的感情はともかくとして、美神の横島像は正しいとも思えた。

(ヨコシマにとって私は
 他の女性の代わりでしかないんだから・・・。
 ここで身を引くことこそ、
 誰よりもヨコシマを愛している証しだわ・・・)

 ルシオラは決心した。
 『歴史』の中で横島を助けるためにしたことは、命は救ったものの、彼を精神的に苦しめることになった。
 その贖罪の意味と・・・そして、近くにいて同じようなことを繰り返さないために。
 良かれと思ってしたことが、裏目に出たりしないために。

(誰よりもヨコシマを愛しているからこそ・・・
 ヨコシマにヨコシマのままでいてもらうために
 ・・・ヨコシマと別れましょう。
 私は・・・去る)


___________


 ルシオラは、美神とおキヌの両方に、決然とした視線を向ける。

『わかりました。
 ヨコシマのこと、よろしくお願いします・・・!!』

 そんなルシオラを見て、おキヌは少し驚いていた。

(すごい・・・。
 美神さん・・・ホントに
 ルシオラさんを説得しちゃった!!)

 これで『条件付き賛成』も『賛成』に変わった。
 同時に、おキヌは、内心でルシオラを賞賛する。

(ルシオラさん!
 横島さんへの愛・・・
 あなたがナンバーワンです!!)


___________


 ルシオラの表情は、少し柔らかくなっていた。

『美神さん・・・本当にいいんですね?』
「・・・どういう意味?」
『私は魔族だから・・・、
 特に美神さんの計画に従うなら
 永遠の命を持つことになるから・・・。
 ヨコシマの転生を待つことも出来るんですよ?
 私が私じゃなくなっても・・・
 私の気持ちは変わりませんよ?』
「・・・えっ!?」

 ここで、ルシオラは、クスッと笑ってみせた。

『だって・・・。
 ヨコシマを好きな女のコがたくさんいるから、
 一人を選ばせたらヨコシマがかわいそうだから、
 私は身を引くんですよ・・・?
 だから「ほかのみんな」がいない世界になったら・・・
 あらためて私がヨコシマを口説きます・・・!!』

 美神も、負けじと対応する。

「あら・・・!?
 『ほかのみんながいない世界』なんて
 いつまで待ってもやって来ないわよ!!
 少なくとも私だけはついていくから・・・
 あいつが生まれかわるたびに私も転生するの!!
 でも・・・。
 あなたと私、二人だけになったときは・・・
 その時は一対一で正々堂々と勝負しましょうか?」
『フフフ・・・。
 その場合、ヨコシマは少しだけつらいかもしれませんね、
 負けた方の気持ちを犠牲にする形になるから。
 だけど、まあ一人くらいなら・・・』
「・・・いいわよね?
 横島クンにも、ちゃんと了解を取ってさ」

 この会話に、おキヌは敢えて口を挟まなかった。これは女同士の熾烈なやりとりではない。もはや冗談半分の会話なのだ。
 少しの間笑い合っていた二人だが、ルシオラが、表情を真面目なものに戻した。

『美神さん・・・あなたのプランでは、
 文珠がたくさん必要ですね?』
「ええ、でも、今の私たちには
 ・・・これがあるから!!」

 ニヤリと笑った美神が取り出したのは、ちょっと変わった文珠である。二色の勾玉を重ね合わせたような模様をしていた。

「美神さん!!
 それって・・・!?」

 おキヌが叫んだ。
 彼女は、『本来の歴史』の中で見たことがあったのだ。その特殊性についても、説明を聞いていた。

「そう・・・!!
 一度に二文字入れることが出来る文珠よ。
 なにより・・・
 使っても消えないというスグレモノ!!」

 それは、本来ならば、もっと後で出現するはずのものだった。横島が致命傷を負って、ルシオラが自らの霊基構造を彼に与えた後。そこでルシオラの霊力をも利用した文珠が作られるようになるのである。

「ついさっき・・・おキヌちゃんがいない間に
 横島クンがこれを出したのよ。
 まだ確認してないけど・・・
 外見が例の文珠と同じ以上、おんなじものだと思うわ」

 ルシオラが横島の精神にダイブしたことで、彼の中にあったルシオラの霊基構造が増幅されたのだ。もはや殆ど無いに等しいくらい僅かだったはずだが、ルシオラ自身の霊波を撃ち込まれたことで、共鳴して大きくなったのだろう。美神は、そう考えていた。

『何度も再利用できるんだったら・・・』

 ルシオラが、頭の中で、美神の作戦に必要な文珠の数を計算し直した。彼女が答えるより早く、美神が正解を告げる。

「ルシオラたちに一つ、
 おキヌちゃんが二つ、
 そして横島クンが一つ。
 ・・・全部で四つあれば何とかなるわ!!」



(第三十二話「宇宙のレイプ」に続く)
 


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