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復元されてゆく世界

第三十話 最終決戦にむけて


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/17

   
「令子・・・おまえは・・・
 未来を見通す力をもったというの!?
 令子の記憶の中には、
 この先の『未来』の情報が
 封印されていたのですか・・・!?」

 監視モニターで娘の様子を観察しながら、美智恵は、まだ驚いていた。
 しかし、驚愕はしたものの、『未来の情報』を有効利用する冷静さは持ち合わせていた。美智恵は、ちゃんと美神のアドバイスを受け入れたのである。
 まず、彼女の提案どおり、ヒャクメに『心眼』の件を相談した。
 霊界とのチャンネルを遮断された状態では、ヒャクメ自身、前線に出て活躍する自信はなかったらしい。彼女は、アッサリ承諾した。イヤリングにしていた『眼』をおキヌに授けたヒャクメは、今頃、つきっきりで指導しているはずだった。

「令子・・・
 あなたに賭けてみましょう・・・!!」

 一人になったときの美神の様子から、彼女がかなりのオオゴトを抱え込んでいることは、美智恵にも理解できていた。
 そして、美神がもう子供じゃないことも、自分で何とかしようとしていることも。

「・・・私は本来、
 この時代の人間じゃないですからね」

 美神たちの力で解決できるのであれば、それが一番良かった。
 大きな問題となっていたのは、GS上層部が美神令子暗殺も計画していたことだ。だが、近くに潜んでいた暗殺部隊も、美神の脅しによって引きあげたようだった。

「がんばりなさい、令子・・・!!」

 こうなれば、自分はサポート役でいいだろう。表向きは今まで同様のリーダーを演じ続けるが、重要な決議に関しては、未来を知る美神の意見を取り入れるのが得策だ。
 美智恵は、そう考えていた。ヒャクメに頼んで心の中を覗いてもらえば、美神が得た未来情報を全て知ることも可能かもしれない。だが、今は、そこまで踏み込む気もしなかった。

「そして、横島クンも・・・!!」

 美神の提言が有益だったのは、おキヌの件だけではない。横島のこともあったし、むしろ、そちらの方が遥かに重要となった。
 すでに病室での会話から横島の心情を知っていたこともあって、美智恵は、彼にトレーニングの許可を与えた。美神と同じプログラムを試させたのだ。
 その結果は・・・想像以上だった。横島は、すでに、美智恵の予想を大きく超えたレベルになっていた。
 そして、彼の戦闘を見ているうちに、美智恵は、対アシュタロスの切り札になり得る戦法を閃いたのだった。



    第三十話 最終決戦にむけて



「霊力の完全同期連係!?」
「ええ!
 早い話が、『合体技』!!」

 美智恵は、美神とおキヌと横島、それにヒャクメを呼び出して、作戦を説明していた。西条には別に命じたことがあり、彼は同席していない。

「妙神山での修業などで、
 令子のパワーはほぼ限界まで引き出されています。
 残る方法は、霊波の質を変えることだったけど・・・」

 それに失敗した美智恵が、新たなアプローチとして考えたのが、パワーを重ね合わせることだった。波長がシンクロして共鳴すれば、理論的には相乗効果で数十から数千倍に跳ね上がるはずなのだ。

「見習いの俺でいいんスか!?」

 横島は、自分も戦いたいとは思っていたが、急に認められて少し戸惑っていた。
 いまだに正しく自己評価できない横島に、美智恵は苦笑する。

「・・・そういう問題ではないのよ、横島クン。
 このアイデアのカギは、どこまで霊波を同期させ、
 共鳴をひきおこせるかなのです」

 もしも波長が完全に合致すれば、その効果は絶大である。人間である以上わずかなブレは生じるのだが、横島だけが、それをクリアする手段をもっていた。

『「文珠」ですね・・・!
 力の方向を完全にコントロールする能力・・・!』

 顎に手をついたヒャクメが、真面目な口調と表情で、美智恵の説明を補足した。

「人間がアシュタロスに対抗するには、それしかないわ!」

 と、美智恵が肯定する。
 実のところ、横島以外でも文珠を使うことは可能だった。
 しかし美智恵は、美神に関するファイルを読み調べるうちに、横島が文珠使いに向いてるポイントを発見していた。
 それは、横島が『妄想』で霊力を高めてきたことだ。
 以前に美神は、これを欠点だと捉えていた。
 文珠制御時にスケベな妄想をしたら、別のイメージが混ざってコントロール困難となる。一方、妄想しなければ必要な霊力が得られない。それが、美神の気づいた点だ(第二十四話「前世の私にさようなら」参照)。
 しかし、美智恵は、これに関して別の側面から解釈していた。横島は、『妄想』が日常茶飯事だったからこそ、イメージを容易に操作できるのだ。普通の人が考えつかないような『妄想』をしてきた想像力が、文珠を使う際に細部までキチンとイメージすることに役立っているのだ。
 だから、大事な文珠コントロールには、やはり彼が適任だと美智恵は想定していた。

「・・・これならば『上』を
 納得させることもできるでしょう」

 と美智恵はつぶやき、それをおキヌが聞きとがめた。

「『上』・・・?」
『この辺でもう話したらどうです、隊長さん!
 今まで隠してたこと・・・』
「知ってらしたんですね・・・?」

 そして、ヒャクメと美智恵は、二人で説明し始める。

『実は、今回の事件に関して、
 世界GS本部はある決定を下したんです』
「その決定とは・・・
 美神令子の暗殺・・・!」

 アシュタロスの妨害霊波が有効なのは一年、その間に美神が捕まらなければ全ては解決する。時間移動も封じられている以上、エネルギー結晶の行方をくらますためには、美神を殺して魂を転生させてしまえばいい。
 人道的ではないが、簡単で安全な方法だった。

「私たちの仕事は
 美神さんを守ることじゃないんですか!?
 でなきゃ私・・・
 こんな仕事やめますっ!!」

 おキヌも回復後はオカルトGメンに組み込まれ、今はその制服を着ていたのだが、取り乱して服を脱ごうとしてしまう。

「おおっ!?」
「お、落ちついて、おキヌちゃん!!」

 横島は興奮するが、美神が急いで止めたので、可愛らしい胸元があらわになりかけた程度の、軽いストリップで終わった。

『大丈夫なのねー。
 もう暗殺部隊も引きあげましたから』

 締め切りが近いので、数日前からコマンド部隊が潜入していた。しかし、勝利のための貴重な情報を握っているから殺すなと美神自身に言われて、彼らは姿を消していた。
 ヒャクメは、そう認識していたのだが・・・。

『甘いな、ヒャクメ君!』

 部屋の入り口から鋭い声が飛んできた。
 ツノとシッポのある男だ。彼は、手にしたマシンガンで、隠れていた暗殺部隊を撃ち殺していく。

『この部屋だけでもこんなにいるぞ!
 君の千里眼をあざむくことなど、
 簡単なのさ』

 男が冷静に告げた。

「な・・・何者!?」
『えっ!? 何!?
 何かいるの!?』

 相手の正体が分からず、騒然となる一同。ヒャクメに至っては、その存在すら見えないらしい。
 だが、一人だけ、全てを見通している者がいた。

「・・・来たわね!!」

 美神令子が、宿敵アシュタロスを睨む。


___________


「ごめん、ヒャクメ・・・。
 大事なこと言うの忘れてたわ。
 あんた、まだ霊波にピントあわせてるのね!?
 もっと普通の見方もしてくれないと・・・」

 アシュタロスから視線を動かさずに、美神はヒャクメに言葉だけ投げかけた。暗殺部隊がいなくなったと思った時点で、霊波のピントに関してはスッカリ失念していたのだ。

『ほう・・・!?
 さすがに前世が魔族だっただけに
 よくわかっているな・・・?
 では、ヒャクメ君のために・・・』

 アシュタロスが、消していた霊波を元に戻した。ヒャクメの目にも、その存在が浮かび始める。

『ア・・・ア・・・
 アシュタロス・・・!!?』
「な・・・」
「何ィ・・・!?」

 ヒャクメの言葉に、驚きながらも臨戦態勢をとる美智恵たち。

『わ・・・私って、
 もしかしてものすごい役立たず!?
 何、これっ!? どーして・・・!?』

 オロオロする神さまの前で、悪魔が語る。

『気にするな、ヒャクメ君。
 暗殺部隊はチームで行動し、
 ひとりを除いて霊波迷彩服を着ている。
 君の注意をひとりに引きつけて、
 そのひとりだけを帰還させたのだ。
 それに・・・』

 しかし、悠長にしゃべるアシュタロスを、美神は放っておかなかった。

 バシィィッ!!

 おふだで結界を張り、その動きを封じ込める。

「あれ・・・!?
 こんなもんスか・・・!?」
『あ・・・もしかして!!』

 拍子抜けした横島とは対照的に、

『このアシュタロスはニセモノなのねー!!』

 ヒャクメが真相に気が付いた。役立たずの汚名、返上である。

『ニセモノとは酷い言葉だな・・・
 せめて分身と言ってくれないかね?
 今日は話し合いに来たのだが・・・』
「本人のように見せかけた安物の分身ね・・・。
 話があるというなら、落ちついて聞きましょう」

 と、美智恵が場を仕切った。


___________


『・・・知ってのとおり、私が欲しいのは、
 メフィストの転生である美神令子の魂・・・
 正確には魂に含まれているエネルギー結晶だ。
 だが、残念ながら神・魔族の牽制に
 エネルギーを使いすぎて
 直接、君を襲うことが難しい。
 部下は役に立たんし・・・』

 アシュタロスの話を黙って聞いていた一同だったが、ここで、横島の顔色が変わる。

「『部下は役に立たん』・・・?
 おい・・・!!
 あいつら・・・
 あんたのために、
 がんばってたじゃねぇか・・・!!」
『・・・!?
 役立たずな部下なら処分したよ』

 これは、横島を逆上させるに十分な言葉だった。

「きッ、貴様アァアァッ!!」
「ダメよ、横島クン!!」

 拳を握って立ち上がった横島に、美神が飛びかかる。

「令子・・・!?」
「美神さん・・・!?」

 周囲は、むしろ彼女の大げさな制止に驚いたくらいだった。

「横島クン・・・!!
 ルシオラなら大丈夫だから!!
 悪魔の言うことなんか信じちゃダメ!!
 私の言葉を・・・私を信じて!!」
『ふむ・・・』

 興味深そうに見ていたアシュタロスに、美智恵が冷ややかな視線をとばす。

「・・・人間の感情を弄ぶのは面白いかしら?
 でも、これじゃ話が進みませんよ・・・?」
『そうだな・・・本題に戻ろう。
 残り時間も少ないし、お願いがあるんだ。
 私の居場所を教えるから、そこへ来てくれないか?
 そちらにとっても私を倒すチャンスになるぞ?』
「・・・なぜ、わざわざ
 おまえの相手をしなきゃならないの?
 あと数ヶ月でおまえは
 冥界とのチャンネルを閉じていられなくなるわ」

 美智恵としては、呆れるしかなかった。

「その後、世界中の神さまと悪魔が
 おまえを八つ裂きにするのよ。
 今、私たちが危険を冒す必要など・・・」
『必要はあるさ。
 母親の命を救うには、
 それしかないのだからね』

 アシュタロスの言葉が合図だった。
 一匹の妖蜂が美智恵の首筋をチクッと刺し、天井の換気口へと逃げ込んだ。

「し・・・しまった・・・!!」
「ママ・・・!?」
「た、隊長ッ!?」
『個人差はあるが・・・
 死亡するまで8週間から12週間。
 血清は私しか持っていない』

 文字どおり、悪魔の取り引きである。

「・・・で、どこへ行けばいいわけ!?」

 床に倒れた美智恵に代わり、美神がアシュタロスの相手を始めた。

『道案内をおいていくよ』
 
 突然、ポウッとホタルが現れた。それは、横島のところへ飛んでいき、彼の肩にとまる。

『直に会えるのを楽しみにしているよ。
 美神令子君・・・!』
「・・・じゃあ分身の役割も終わりね!!」

 美神が神通棍を鞭にして叩き付け、その『アシュタロス』を破壊した。

「・・・もういいわ、ママ。
 敵はいなくなったわよ」
「・・・うまくいったわね」

 娘の言葉と同時に、美智恵がスッと起き上がる。

「あれ・・・!?
 大丈夫なんスか!?」

 状況が分からぬ横島の前で、美智恵の体が二つに割れた。中から、本物の美智恵が出てくる。
 美智恵は、エクトプラズムスーツで自分自身に変身し、その身を覆っていたのだ。スーツの中で、念のために首には特製ガードを巻いていた。

「ありがとう・・・令子!」

 これは、娘の指示で用意していたものだった。

「あらかじめ知っていれば、
 これくらいカンタンよ」

 美神が横島にウインクしてみせる。

「あとは原潜のほうね・・・」

 と美智恵が言ったタイミングで、西条が部屋に駆け込んで来た。

「ダメでした、先生!!
 一隻だけ連絡がつかないそうです!!」


___________


 美神が把握している『歴史』では、アシュタロスのところへ行かねばならない理由は二つあった。
 一つは、母親の命を救うため。生死の鍵となる血清を入手しに行ったのだ。
 そして、もう一つは、世界を救うため。アシュタロスが核ミサイル搭載の原子力潜水艦を入手し、人類を脅迫し始めたのだ。アシュタロスとの戦いが一般に『核ジャック事件』と呼ばれるのも、これが理由である。
 今回これを防ぐために美神は、美智恵を通して、各国首脳へ注意を呼びかけてもらっていた。しかし、少し手遅れだったらしい。『歴史』では数隻ジャックされるところを、一隻に減らせたのだが・・・。

『GS本部ならびに各国の指導者諸君!!
 私は今、全人類を抹殺するに足る数の
 核ミサイルとかいうオモチャを手に入れた。
 もうわかるだろう!?
 美神令子を私のところによこせ!!
 暗殺も妨害も許さん!!』

 アシュタロスは、美神の記憶と全く同じメッセージを送りつけてきた。
 たった一隻の原子力潜水艦で本当に『全人類を抹殺』できるのかどうか、実現性は問題ではない。この脅迫を人類が信じた、それが全てだった。
 こうして、美神たちは、やはりアシュタロスのアジトへ行くことになってしまったのだ。

「場所は同じ・・・!?」
「ええ・・・」

 地図を見ながら、美神母娘が言葉を交わす。
 アシュタロスのホタルが示す地点は、南極の到達不能極と呼ばれる場所だった。地球中の地脈が最後にたどりつくポイント、いわば地球の霊的中枢でもある。

「ルシオラ・・・」
「横島さん・・・」

 一方、横島はホタルそのものをジッと見ており、そんな彼に、おキヌは慰めるような視線を向けていた。
 このホタルがルシオラであると、美神から聞かされていたからである。処分されたというのは嘘八百らしい。
 二人とも、美神の言葉を完全に信じていた。
 普通、身近な者が急に未来を見通す力を持てば、畏怖の念を抱くかもしれない。しかし、何せ美神である。今さら何が起ころうと、全く不思議ではなかった。
 だから、彼らは、ただ信頼することができたのである。

(横島クン・・・
 おキヌちゃん・・・)

 美神は、二人にチラリと目を向けた。実は美神だけでなく、この二人も、同じ『歴史』の記憶を持っているのだ。やはり文珠で封印されているのである。しかし、彼ら自身は、これを知らなかった。
 彼らに関しては、本来ならば彼ら自身に決定させるべきなのだろう。しかし、今は火急の時だ。美神は、美神除霊事務所のボスとして責任を取り、ある程度の判断を下してしまうつもりでいた。

(特に横島クンの封印は、
 開けるわけにはいかないわ・・・)

 開封直後は、まるで親戚から聞かされた幼児時代のように、まったく現実感のない記憶だった。細部もあやふやであったが、今では、だんだんクリアーになりつつある。
 その中で、美神は、忘れたままでもいいと横島が言っていたのを思い出したのだ。それに、彼自身の意図は別にしても、思い出させてはいけない内容があった。

(たぶん・・・
 おキヌちゃんも賛同してくれるでしょうね。
 もし全てを思い出したら・・・)

 おキヌに関しては、まだ決めかねていた。
 記憶開封という出来事は、精神には大きな負担になる。自分は何とか耐えきったが、おキヌは大丈夫だろうか。ルシオラたちの探査リング程度で長期間意識を失った彼女なのだ。
 少なくとも、これから南極へ向かおうという今、危ない橋を渡るつもりはなかった。

(おキヌちゃんの記憶・・・
 もし開封するとしても、戻ってきてからだわ)

 それに、どうも彼女の封印は、少し甘かったようだ。これまで『巫女の神託』としておキヌが告げてきたものは、すべて、美神が知っている『本来の歴史』と合致するものだった。

(わざわざ開かなくても
 少しずつ漏れているというなら・・・
 今は、そのままにしておきましょう)

 それが、現時点での美神の決心だった。

「・・・で、令子。
 次はどうしたらいいの!?」

 美智恵の言葉で、美神は、思考の海から現実に戻った。

「そうねえ・・・」

 美神としても、母親には感謝していた。うるさく追求せず、随時アドバイスを求めるに留めているからだ。
 これは、美智恵が時間移動能力者だからだろう。未来情報を利用しすぎて『歴史』を大きく改変する危険性を、理解しているのだ。美神は、そう思っていた。

(とりあえず、
 少し『歴史』どおりに行くしかないかしら?)

 とも考えたが・・・。
 突然、思い出してしまった。
 あの『歴史』の中で、ここで一つ失敗したではないか!!

「ママ・・・!!
 各国政府に連絡をとって・・・!!」
「・・・原子力潜水艦の他に、
 まだ何か起こるのね!?」
「今度は核保有国だけじゃないわ!!
 全世界の国家へ至急連絡!!」

 あまりの美神の慌てぶりに、その場に緊張が走ったが・・・。

「この事件解決の報酬、
 ちゃんと決めておかなくちゃ!!
 今ならいくらでも取りほーだいよっ!?」

 当然これは美智恵に却下された。
 後に、美神自身、冗談だったと釈明したが、誰も信じてくれなかった。


___________


「・・・体感温度・マイナス42度C!」

 アンドロイドのマリアはいつもの服装だが、

「ア・・・ア、
 アシュタロスはどこだ・・・!?」
「こんなところでウロウロしてたら〜〜
 死んじゃう〜〜!!」

 雪之丞も六道冥子も、エスキモーのような分厚い防寒服に包まれていた。
 二人だけではない。美神、おキヌ、横島、小笠原エミ、西条、唐巣神父、ピート、タイガー、ドクター・カオス・・・。全員が同じ服装である。
 彼らは今、指定された到達不能極まで来ていたのだった。

 キィィィィン!!

 道案内のホタルが光ると同時に、その場に、異界空間への入り口が開かれる。

「バベルの塔・・・!!」

 唐巣が叫んだとおり、そこには、伝説の建造物をイメージさせる巨塔がそびえたっていた。

『この塔は
 アシュ様の精神エネルギーで作られたものよ。
 砂や氷の粒子が波動を帯びただけで
 こんな形に結晶するの』
「ルシオラ・・・!!」

 異空間に入ると同時に、ホタルの姿が『ルシオラ』に変わった。その横に、妖蝶と妖蜂もやってきて、パピリオとベスパに変身する。

「無事だったのか!?
 殺されたんじゃないかと心配・・・」
『黙れ、裏切り者!!』

 気遣う横島の言葉も、ベスパはスパッと切って捨てた。

『アシュ様のパワーがこれでわかったでしょ?
 お願い、おまえだけでも・・・
 逃・・・!』

 何か言いかけたルシオラだったが、その場に倒れ込み、またホタルになってしまう。

『もう私たちには命令された以外の
 行動をとる自由はほとんどないんだ!』

 ベスパが説明する。
 今のはブレーカーの作動だが、万一アシュタロスの『10の指令』に逆らったら、その場で死んでしまうのだ。それを避けたいからこそ、ベスパは、ルシオラを横島と近づけたくないのだった。

『頼むからもう、
 私たちと個人的な関わりを持つな!!』
「・・・!!」

 これだけ気持ちを明確に示されては、横島としても何も言えない。

『ついてきな・・・!
 入り口はこっち・・・
 ・・・おい!?』

 ホタルに戻ったルシオラの代わりに、ベスパが案内役を引き受けた。だが、ふと見ると、美神はすでに入り口近くまで進んでいた。

「だって・・・寒かったんだもん!!」

 異空間の中は暖かく、上着もいらないくらいだ。それを知っているからこそ、先行してしまったのだった。


___________


 ゴォォ・・・ォン。

 塔の扉が、重そうな音を立てながら上方へ開いていく。

「横島クン・・・!!」
「え・・・!?」

 美神が、横島の手をつかみ、キュッと握りしめた。
 彼女のぬくもりが、彼に伝わる。

「ありがとう、美神さん。
 でも俺・・・
 まだやっぱりルシオラのこと・・・」
「そういう意味じゃないけど・・・。
 奴らと戦うには合体技が必要だからね、
 それで霊力上がるんだったら
 カン違いしたままでもいいわ。
 ただし・・・今だけよ!?」

 ちょっと美神の表情が怖くなったが、二人のじゃれ合いもそこまでだった。

『止まれ!
 この先は美神令子一人だ!』

 ペスパが宣告する。しかし、美神は横島の手を離さない。

「そっちの頼みをきいて
 わざわざ来てやったのよ!
 横島クンは私たちの切り札・・・!
 何もかもあんたたちの言いなりにはできないわね!」
『・・・立場がよくわかってないみたいだね。
 なんなら今この場で・・・
 ポチを引き裂いてもいいんだよ!』
 
 一触即発の空気が流れたが、

『かまわんよ、ベスパ。
 彼らの言い分はもっともだ。
 私を倒すために何か準備をしてきたようだね。
 人間の身で何をするのか私も興味がある。
 二人とも連れてきたまえ』

 塔の中から聞こえてきた声が、裁定を下した。
 ベスパが、美神と横島を連れて中に入る。
 その後ろでは、

「・・・そりゃねーぜ、おめーら!
 せっかく来たんだ、
 俺たちも通してもらうぜ!」
『ダメでちゅ!
 おまえたちの相手は私がするでちゅ!!』

 残された者たちの戦いが始まろうとしていた。


___________


『おまえらなんか・・・
 弱っちい人間なんかが・・・
 私に指図するなーッ!!』

 雪之丞からは『ドチビ』と言われ、エミからは『ザコ』と言われ、ピートからは『実力で通る』と言われたパピリオ。
 逆に、唐巣からは『君たちも助けたい』と優しい言葉をかけられたパピリオ。
 そんな彼女は、今、キレてしまって、強烈な魔力波を手から出していた。

『人間なんか・・・全部死んじゃえ!!』

 ただでさえ強力なパピリオである。
 普通ならば、人間がこの攻撃をうけたらタダではすまない。
 しかし、今は・・・。

『「聖」と「魔」二種の結界を二重に張った上・・・
 式神の「鬼」のパワーも使ってガード・・・!
 複合バリヤーなら私の攻撃にも
 多少は耐えられるってわけでちゅね!?』

 唐巣とエミと冥子による三重の防壁に、人間たちは守られていた。
 そして、

『だーっ!?』

 パピリオは、マリア、雪之丞、ピートから攻撃されてしまう。三人は、完璧な連係がとれていたのだ。
 なぜなら、タイガーの精神感応力を応用して、全員がテレパシーでつながっていたからである。混乱がないよう、指示は西条が一人で出している。
 また、おキヌがヒャクメの『心眼』でパピリオを見ているために、死角も存在しなかった。

『く・・・くっそー!!』

 もともとの力の差が大きいため、一撃ごとのダメージは小さかった。倒されるたびに起き上がるパピリオだが、確実に体力は削られていく。

『な・・・なんで!?
 こいつら私にトドメをさすこともできないのに・・・
 なんでこんなになるの!?』

 ボロボロになったパピリオは、最後にカオス特製の薬品を注射されて、妖蝶となって眠ってしまった。

「予想以上にうまくいったな!」

 『脳』役を務めあげた西条が、ため息をついた。
 この戦法を提案したのは美神であり、その作戦に従って、GSたちを招集したのだった。美智恵を本部の守りに残し、現場指揮官は西条に任せようと主張したのも、美神である。
 重責を終わらせ、西条がホッとするのも無理はなかった。

(令子ちゃん・・・!!
 パピリオは確保したよ・・・)

 美神は、パピリオを生かしたまま捕獲することに固執していた。この点、西条は、強く念を押されていたのだ。
 そして、もう一つ。おキヌの『心眼』がどこまで役に立つか、しっかり確認するようにとも頼まれていた。

(『パピリオ以上の敵にも通用するか』だったね・・・。
 うん、合格点を与えてもいいだろう!!)

 西条は、おキヌを見ながら、美神への報告を考えていた。


___________


 美神たちは、塔内の通路を進んでいく。
 壁面には、長円形で等身大の半透明ウインドウがビッシリとついていた。その中では、それぞれ一つずつ、大きさも形も卵にしか見えないものが飾られている。

「何っスか、あれ・・・!?」
「私に聞いてどうすんの!?」
「だって、美神さん・・・」
「しっ!!」

 横島は、ちょっとした好奇心から、美神に説明を求めてしまう。『未来』を見通した美神ならば、この内部のことも理解しているんじゃないかと思ったのだ。
 一方、美神にしてみれば、自分が『歴史』を知っていることを、できればアシュタロスたちに悟られたくなかった。美智恵の妖蜂の一件も、そのために、ワザワザ演技をしたのである。
 うっかりしていた横島だが、美神に止められて、ようやく意図を理解したらしい。それ以上何も言わなかった。

『「宇宙のタマゴ」に近づくんじゃないよ!』

 二人の会話を聞きとめて、ベスパが注意する。

『このタマゴは新しい宇宙のヒナ形・・・。
 ヘタに近づくと中に吸いこまれちまうのさ!』
「新しい宇宙・・・?」

 どうやら、横島にはピンとこないらしい。
 本来の『歴史』では、実際にタマゴの中に入ってしまった彼だから理解もできたのだが、今回は、そのイベントがなくなっていた。その違いを思い出し、美神は、少し突っついてみることにした。

「『タマゴ』ってことは・・・。
 このひとつひとつに、
 私たちの実際の宇宙とは
 別の宇宙の可能性が詰まっているのね・・・?」

 美神の言葉に、ベスパが頷く。自分の言葉を言い換えただけのものだから、知られて困る情報とも思わなかった。

(やっぱり、これは、あの『宇宙のタマゴ』・・・)

 ここにあるのは実は試作品だということも、美神は知っていた。本来の『歴史』では、後々、完成した『宇宙のタマゴ』の中に美神は捕われるのだ。そして、そこでアシュタロスに魂を抜き出されてしまう・・・。

(そんなこと二度とさせるもんですか!!
 そのためにも・・・) 

 美神としては、この南極でアシュタロスを倒してしまいたい。しかし、有効策は、ほとんど浮かんでいなかった。

(用意してきたプランだけでは、
 また引き分けで終わってしまう・・・!!)

 しかも、

『そこでトラブルが起きるのは困るな。
 私の専用通路を使うといい』

 という声が聞こえてくる。
 アシュタロスとの対面は、もう間近だった。


___________


 用意されたゲートをくぐると、もう、アシュタロスのいる広間だった。中間管理職の土偶羅魔具羅が、傍らの主に報告している。

『アシュ様・・・!
 メフィスト・・・いや、美神令子が参りました』

 それを聞いて、

『・・・神は自分の創ったものすべてを愛するというが
 低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ』

 アシュタロスが、ゆっくりと振り向いた。

『よく戻ってきてくれた、我が娘よ・・・!!
 信じないかもしれないが、愛しているよ』 
「体の力が抜けてく・・・!?」

 魔人の言葉が耳に入ると同時に、美神の膝がガクガクと震え始める。

(やっぱり・・・!!
 だからイヤだったのよ、ここに来るのは!!)

 美神の記憶にある『歴史』と同じだ。

『おまえは私の作品だ。
 私は「道具」を作ってきたつもりだったが・・・
 おまえは「作品」なのだよ』

 アシュタロスが語り出したが、

「美神さん!! 美神さん!?
 どーしたんですっ!?」
「う、うるさいっ!!
 これも作戦のうちよ!!」
「嘘だー!!
 しっかりしてー!!
 ここが正念場っス!!」

 美神たちはキチンと聞いていなかった。
 それでも、アシュタロスは話を続ける。

『道具はある目的のために必要な機能を備えている・・・
 ただそれだけのものだ。
 一方、「作品」には作者の心が反映される。
 おまえは私が意図せず作った作品なのだよ』

 アシュタロスは、カツカツと階段を降り進む。

『千年前、おまえにしてやられた時は
 屈辱的に感じたものだったが・・・
 あとでそれに気づいて・・・
 私は嬉しかったよ』
「自分が造物主に反旗をひるがえす者だから・・・
 私のことを分身か何かだと思ってるのね?」

 足が動かず、アシュタロスの長話にも退屈した美神は、言葉の先をとってしまった。なにしろ、『本来の歴史』の中でも一度聞かされた話なのだ。
 しかし、

『ほう・・・!?
 わかってくれるか・・・!!
 独り戦い続ける私の孤独を・・・
 おまえという存在がやわらげてくれるのだ』

 自己陶酔しているアシュタロスには、都合の良いように解釈されてしまう。
 彼は、仰々しく両手を広げた。

『戻って来い、メフィスト!!
 私の愛が理解できるな!?』

 その瞬間、美神の心の中で、みずから封印していた前世の記憶が蘇る。
 女魔族メフィストの愛の物語。
 それに関する情報は、『未来の記憶』の中に含まれていたので、脳内知識としては知っていた。だが『知る』と『感じる』は違う。今、心の記憶の中でも感じられるようになったのだ。

「ア・・・アシュ様・・・!!」
「!!
 美神さんっ!?」

 横島が心配する。
 一方、ベスパは二人に冷静な視線を向けていた。

『前世の記憶を取り戻したんだ。
 こいつは美神令子であると同時に、
 かつて私たちと同じようにアシュ様の部下として造られた
 魔族メフィスト・フェレスなのさ』
『おまえの裏切りを私は許そう。
 おいで、我が娘よ』

 アシュタロスの言葉とともに、美神が歩き出した。

(強制イベントの終了ね・・・!!)

 先ほどまでの脱力したさまが嘘のように、スタスタとアシュタロスの目前まで進む。
 これには、アシュタロスも少し違和感をもったようだ。

『・・・ん?』

 と眉をしかめたのだが、

「ざけんなクソ親父ーッ!!」

 その眉間に美神のヘッドバットが決まった。
 美神は、パッと飛び退いて、横島に指示を出す。

「横島クン!!
 用意はいいッ!?」
「は・・・はいっ!!」


___________


 美神たち二人は、用意してきた策の準備をしているようだ。
 それを遠目で見ながら、アシュタロスは、

『・・・手を出すなよベスパ!
 私は自分を試してみたい』

 と、部下に釘をさしていた。

『は?』
『もしあれが私を倒すほどのものなら・・・
 私は・・・。
 ・・・いや、そんなことはあるまいがな』

 アシュタロスの態度は、どこか奇妙だ。

『アシュ・・・様?』
『・・・』

 ベスパだけでなく、彼女の肩でホタルとなっているルシオラまで、何か言いたそうなくらいだった。
 しかし、そんな様子を見せたのも少しの間だけだ。アシュタロスは、毅然としたさまで宣告する。

『やってみろ、メフィスト!!
 どのみち私を倒す以外に
 おまえに未来はないのさ!』


___________


「いくわよ、横島クン!」
「はいッ!!」

 肩幅以上に足を広げて、横島は、しっかりと地面を踏みしめる。
 『同』と書かれた文珠を右手に持ち、左肩の前に掲げた。
 同時に、左手を右肘の前へ配置させる。その手の中では、『期』文珠が輝いていた。

「いくでェーッ!!」

 クロスさせていた両手を広げると、二つの文珠の光の軌跡が重なり、弓のような弧を形成する。

「合、」

 円弧の中央から伸びた光が、美神の背中に突き刺さった。背後から体内に何かを流し込まれる感覚に、美神は目を閉じてしまうが、それは異物感でも不快感でもなかった。

「体ッ!!」

 ついに横島の全てが霊体と化し、光となって美神の中に送り込まれた。
 それを受けて、美神の全身が輝く・・・!!


___________


『ほう!!』
『な・・・!?
 何、このパワーは!?』
『霊力を同期させ共鳴させたのだ。
 考えたな』

 アシュタロスたちの前には、今、姿を変えた『美神』が立っていた。
 顔は、美神令子のものである。しかし、首から下の全身を包むのは、二人の服の色がマーブルに混じり合うスーツだった。胸や腰、肩など、いくつかの部分には半透明のカプセルがあり、その一つに横島の顔が浮かんでいる。

「『龍の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!
 どーせ長くはもたない!
 速攻でいくわよ!」
「え、あ、はい・・・!」

 美神の指示に体内の横島も呼応し、『美神』の右腕から、独特の形状のブレードが出現した。

「人の知恵とコンビネーション!
 神・魔のパワー!!
 私たちが手に入れうる最強のオカルトパワーよ!!」

 横島に言い聞かせたつもりの美神だが、その彼は、

「ああ・・・とろける・・・!!
 美神さんの中に・・・
 なんかもう
 どーでもよくなってます・・・
 消えそう・・・!」

 美神との一体感に浸りすぎていた。
 このままでは、数分もしないうちに、横島は美神に吸収されて消滅してしまう。

(もう・・・!!
 やっぱり『歴史』どおり!!
 なんとかしなくちゃ・・・!!)

 すでに同じ経験のある美神は、前回とは違う叱咤激励を試みた。

「しっかりしなさい・・・!!
 私の中にとろけてどーすんの!?
 あんたの相手はルシオラでしょ!!」
「あ・・・ルシオラ・・・!!
 ・・・はいッ!!」

 横島の意識が鮮明になった。彼の霊力もグンと上がったことを、美神は体内で感じる。

(ちょっと悔しいけど・・・
 今だけは・・・仕方ないわね!!)

 その怒りもアシュタロスへぶつければいいのだ。

「極楽へ・・・行かせてやるわッ!!」
『速い・・・!?』

 アシュタロスの胸に、『美神』のブレードが突き刺さった。


___________


(問題は、ここから・・・!!)

 美神の知る『歴史』では、パワーで押し切ろうとして失敗したのだった。この段階での『手に入れうる最強のオカルトパワー』も、アシュタロスには通用しなかったのだ。

(でも・・・私は、
 パワーで劣っている場合の戦法も教わっているわ・・・。
 ・・・私のママから!!)

 美神は、美智恵が現れた際の、最初の戦いを思い出していた。
 あのとき、美智恵は、知恵と度胸で4千マイトの差を埋めたのだ。霊力中枢を探し出して、ヨリシロと魔力の源を切り離すことで、こちらの5倍のパワーをほこる敵を一発で倒したのである。

(アシュタロスには
 ヨリシロなんてないでしょう・・・!!
 それでも霊力中枢さえわかれば
 もしかして・・・!?)

 現在貫いている場所は、『歴史』と同じく、左胸だ。別の場所を狙って『歴史』よりもダメージが少なくなることを恐れたから、最初の一撃は変えなかったのだ。

「ええい・・・!!」

 美神は、武器の先が強く共鳴するポイントを探すため、斜めに斬り下ろそうと試みた。しかし、彼女の刃は、ビクとも動かない。

『しょせんその程度にすぎんのか!?
 メフィスト!!』
「きゃあッ」

 アシュタロスが軽く腕を振るうだけで、『美神』は弾き飛ばされてしまった。合体も解けてしまい、横島は実体化して倒れてしまう。

『無計画にパワーを使いすぎだ!
 シンクロしすぎて
 その少年を吸収するところだったぞ!!』

 見下すように述べるアシュタロスに対して、美神は、心の中でしか反論できない。

(無計画じゃないわよ・・・!!
 こっちだって『前回』を反省して
 色々考えてんの!!
 あんたのパワーがケタ違いだから
 わかんないんでしょうけどね・・・!!)

 アシュタロスがマントを脱ぎ捨てた。胸には完全に貫通した穴があるが、それも、少しずつ閉じている。

『私が欲しいのは
 おまえの中のエネルギー結晶だ。
 これ以上、不純物を混ぜないでくれ!
 おまえを過大評価しすぎたようだ。
 この辺にしよう』

 アシュタロスの手から、強大な魔力波が撃ち出された。


___________


「くッ・・・!」

 美神が一人で逃げる体力は、まだ残っていたかもしれない。しかし、後ろにいる横島まで助けることは出来ない。
 それでは、意味がなかった。

(横島クン・・・。
 時間をさかのぼって・・・
 同じところでまた会って、
 一緒にバカやってきて・・・
 楽しかったな・・・。
 記憶は封印してたのに
 それでも私たちの絆は強くて・・・
 少しずつ『歴史』も変わっていった・・・。
 全く同じにはならないのね・・・。
 ごめん横島クン。
 もしかすると『歴史』が変わったせいで
 ここで一緒に終わるのかも・・・)

 と、ガラにもなく弱気になる美神だったが・・・。

「あっ!!」

 突然、土偶型の魔物が目の前に出現したことで、『本来の歴史』をシッカリ思い出した。

『あ・・・あれ?
 なぜ私がここに・・・?
 ギャッ』

 美神たちのかわりにアシュタロスの魔力波を受けて、土偶羅魔具羅が爆発した。横島を助けようとしてルシオラが投げつけたのだった。

『独りでなんか死なせないわ!!
 ヨコシマ!!
 私も一緒に・・・!!
 私・・・おまえが・・・』

 いつのまにかホタルから『ルシオラ』の姿になっていた彼女は、倒れている横島に飛びついた。

(まあ・・・いいわ。
 『歴史』どおりに助けてくれた御礼として・・・
 今回は譲ってあげる・・・!!)

 今の美神は、『本来の歴史』の美神とは少し違う。前世の記憶に過度に振り回されることもなく、むしろ未来の記憶のために、先を見据えて行動しようと心がけていた。

「ルシオラ、死ぬ必要はないわ。
 ここを生き抜けたら、いくらでも
 横島クンとイチャイチャできるでしょう!?」

 二人の幸せを見届けたい美神ではないが、とりあえず、この場はルシオラと協力する必要があった。

『「ここを生き抜けたら」・・・!?
 !!
 私・・・反抗したのに消滅しないわ・・・?』
「そうよ!!
 アシュタロスの霊波・・・!!
 ダメージを受けて弱まってるんだわ!!」

 美神が答を知っていたとは思わず、

『・・・気づいたのはほめてやるがね』

 と言い出すアシュタロス。

『図には乗るなよ。
 傷の再生のため一時的に
 外へ放出するパワーが減少しているだけだ』

 これは、本体の力そのものは変わっていないということを意味していた。アシュタロスは、依然として強敵なのだ。

『その気なら抵抗してみろ!
 それが生きる者の務めだ!!』

 アシュタロスの両手から、先ほどと同じ攻撃が放たれた。


___________


「横島クン!! ・・・今よッ!!」

 『歴史』どおり、そろそろ横島は意識を取り戻していると信じて。
 美神は、背後の横島に声をかけた。

「はいッ!!」

 横島がスッと立ち上がる。その手の中で『模』という文珠が輝く。
 そして、両手からアシュタロスと同等の魔力波を発射した。
 二人の中間で、魔力エネルギーが相殺される。

『いいね!
 土壇場で思いついたにしては悪くない!』

 アシュタロスは気が付いた、横島が何をしたのかを。
 彼の姿は、首から下がアシュタロスと瓜二つになっているのだ。文珠で能力をコピーされたことは明白だった。
 しかし、アシュタロスは少しカン違いしていた。これは、今閃いた策ではなく、あらかじめ美神から授けられた作戦だったのだ。

「・・・これはいい!!
 思った以上っスよ、美神さん!!」

 美神からは、これは防御専用の技だと言われていた。攻撃には向いていないとも教えられていた。だから今まで使わなかったのだが、

「これなら・・・!!」

 最終ボスとの戦いでテンションが上がっていた彼は、つい調子にのってしまう。

「俺はてめーと互角だ、クソ野郎ッ!!」 

 右足に魔力をこめてジャンプし、アシュタロスにキックを叩き込んだ。
 それでもアシュタロスは倒れず、横島の足をつかんで投げ飛ばす。横島も空中でクルッと回転して、シュタンと華麗に着地する。

「わはははははははッ!!
 勝つ気はせんが・・・負ける気もせんッ!!
 敵が強ければ強いほどパワーを発揮できる俺・・・!!
 まさに燃えるヒーロー!!
 わはははははッ」

 高笑いを続ける横島だったが、

「は?
 ぐふッ・・・!?」

 突然、その場に倒れ込んだ。胸には、足形のアザが浮かんでいる。

「な・・・なに・・・!?
 何をした、てめえ・・・!?」
『何もせんよ、君が自分でやったのだ』
「え!?」

 ここで、美神が二人の会話に割って入った。

「・・・言ったでしょ、
 『攻撃には向いていない』って!!
 能力は互角になっても
 相手の状態をシミュレートしてるから、
 与えたダメージが自分に返ってくるのよ!!」
「それならそうと言ってください!!
 中途半端な教え方じゃ、
 師匠失格っスよー!?」

 正論ではあるが、弟子が言ってはいけない言葉である。カチンときた美神だが、

(ごめん、横島クン・・・!!)

 と、心の中では謝っていた。
 実は、詳しく説明しなかったのは、ワザとだったからである。

(予想どおりになったわね・・・)

 美神は、横島が自分で自分を傷つけるところを見てみたかったのだ。『本来の歴史』でも一度見ているのだが、最近になって、当時は気づかなかった重要なポイントがあると考えていた。それを確認するためには、是非、もう一回観察する必要があった。
 もちろん、もしも横島が致命的な攻撃をしたら大惨事になるところだった。だが、彼の性格から考えて、『歴史』どおり、やっぱり熱血ヒーローのような技を繰り出すだろうと美神は計算していた。

(これで、チェックすべき点はチェックできたわ)

 美神は、『本来の歴史』では使われなかった作戦を思いついていた。
 問題は、それをここで使うかどうかである。
 このアイデアで、本当にアシュタロスを倒すことができるだろうか?

(これを実行してしまえば、
 もう『歴史』も大きく狂うでしょう!!
 成功すればいいけど・・・。
 もし失敗した場合には、
 『歴史』どおりの逃亡は無理かもしれない)

 美神は、戦っている二人からベスパへと、そっと視線を動かした。
 手を出すなと言われて今は静観しているが、アシュタロスがピンチになれば、参戦してくるだろう。この場の戦闘に彼女が参加するなんて、『歴史』にはない出来事なだけに、そうなった場合の影響は想像つかなかった。

(それなら・・・
 悔しいけど、ここは『歴史』どおりに逃げて・・・
 次の機会にぶつけましょうか・・・!?)

 『歴史』の大筋に従えば、ここから逃げることも、核ジャック事件解決も可能なのだ。それだけに、迷ってしまう。
 美神の逡巡は、ほんの一瞬だったのだが・・・。
 それでも、長過ぎた。

『つまり、攻撃すれば自分もダメージを
 そして受けた攻撃は
 そのまま君のダメージなのさ!!』

 という言葉とともにアシュタロスに殴りつけられた横島が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「アシュタロス・・・
 パワーにパワーで対抗しようなんて・・・
 俺たちみんなバカだったよ」

 もはや、事態は『歴史』と同じように進んでいた。


___________


 横島が模倣したのは、技や力だけではなかった。アシュタロスの頭の中までコピーしており、相手の考えを読むことができたのだ。
 能力をコピーされたままの逃亡こそ、アシュタロスが一番嫌がることだ。横島は、それに従い、アシュタロスの前からサッサと逃げ出した。
 今、彼は、ルシオラと美神を両手に抱えて、塔の入り口の門戸近くまで来ていた。あれを開けて外へ出れば、脱出完了である。

(まあ・・・いいか)

 横島の腕の中で、心を安らかにしていた美神だが、

(でも、この先は私がフォローして
 少し『歴史』を変えないとね・・・)

 と、気を引き締めた。

「横島クン!!
 モタモタしてたらダメよ!!」
「えっ!?
 でも文珠の効果は、まだ続きそうっスよ!?」
「能力を盗まれるのを嫌がってるんだから、
 スリープ状態に戻るかもしれないわよ!?
 そうなったら能力も消えて扉も開かなくなるでしょ!?」
「・・・あ、そうか!!」

 続いて、ルシオラにも指示を出す。

「ルシオラ!!
 もし核ミサイルが発射されても、
 パピリオがいれば大丈夫ね!?」
『ええ。
 潜水艦を乗っとったのは
 あのコの眷属だから、
 ミサイルの呼び戻しもできるわ!!
 でも、どうしてそれを・・・!?』
「あ・・・美神さん・・・!?
 アシュタロス、
 スイッチ押しちゃったみたいっス・・・」

 ちょうど、横島がミサイル発射を感知した。

「・・・そっちはルシオラにまかせて!!
 あんたは早く扉を・・・!!」
「はい・・・!!
 わ・・・我が名はアシュタロス!!
 封を解け!!」

 ゆっくりと、門戸が開いていく。
 その間、美神は『ニーベルンゲンの指輪』を盾に変えて、横島の背中をガードしていた。

『・・・何してるの!?』
「ベスパが追ってくると思ってね・・・」

 ルシオラの問いにも視線を動かさず、美神は、遠くの一点を見つめていた。

「ベスパ!!
 隠れてないで出てらっしゃい!!
 ・・・殺気が丸わかりよ!!」


___________


『チッ!!』

 高みのくぼみに隠れて、ベスパはライフルを構えていた。横島を撃ちぬこうと思っていたのだ。だが、狙撃地点もバレてしまって、厳重にガードされていては、無理であろう。
 実は、美神の『殺気』云々はハッタリであり、ベスパの居場所も『歴史』をもとに見当をつけただけだった。しかし、ベスパは騙されてしまったのだ。

『上等だ、コノヤロー!!
 コソコソするより、
 肉弾戦の方が、あたしゃ好きさ!!
 やってやろうじゃん!!』

 ライフルを投げ捨て、美神たちのもとへ向かっていく。

(・・・あんたが銃を捨てるのを待っていたわ!!)

 これで合体の瞬間を狙い撃ちされることもない。
 すでに扉は、人が通るのに十分なほど上がっていた。美神は、ルシオラと横島に指示を出す。

「ルシオラ!! ミサイルは、まかせたわ!!
 横島クン!! もう一度合体よ!!」


___________


「横島クン・・・!!
 『龍の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!」
「でも・・・」
「わかってる!!
 ルシオラの妹だから、殺したくないんでしょう!?
 殺しちゃわない武器を用意するの!!」
「・・・!!」

 美神の意志と横島のイメージが混じり合い、『美神』の右手が輝く。
 握られた拳の前面には、独特の形状のメリケンサックが装備されていた。

『ちょ・・・ちょっと待って・・・!?』

 突撃してきたベスパに、『美神』の右ストレートがカウンターで決まった。

『こんな・・・アホな・・・!!』

 通路の天井が高く、奥行きも深いことが、ベスパに災いした。
 野外の戦いではなく、屋内だったのに、それなのに。
 まるで空の星になったかのように、ベスパは、遥か遠くまで吹き飛ばれてしまった。
 もう美神たちからは、その姿も見えない。

「これで、ペスパは追って来れないわ。
 トドメもさしてないし、いいでしょう!?」
「・・・はい」

 二人は合体を解除した。


___________


『パピリオ! パピリオ!?』
『ん〜〜むにゃむにゃ。なに〜〜?』

 ルシオラの呼びかけで、虫かごの中の蝶が『パピリオ』に戻る。

『ミサイルを呼び戻しなさい!!
 ア・・・アシュ様の命令よ!!』
『え〜〜アシュ様〜〜?』

 寝ぼけていたパピリオには、ルシオラの嘘が通用した。

『わかったでちゅ〜〜。
 ミサイルをこっちに向ければ
 いいんでちゅね〜〜?』

 テレパシーで眷属に指示を出し、再び眠り込んでしまうパピリオ。

『え』
「こっちに?」
「それはつまり・・・」

 冷や汗を流し始めた面々の前で、美神がパンと手をたたく。

「はーい、急いで急いで!!
 ミサイルが来まーす!!
 脱出するわよー!!」

 ここまで状況が進めば、もう安心だ。
 笑顔の美神は、慌てる一同とは対照的に、彼らを冷静に引率していた。


___________


 全員が異界空間の外まで脱出し、ミサイルが全弾空間内へ突入したことを確認して、ルシオラが空間を閉じる。

『空間は閉じたけど衝撃波はもれてくるはずよ!!
 みんな伏せて!!』
「ひーッ!!」

 放射能そのものは、放射線だから簡単に遮断できる。一方、衝撃波は波なので、震動として伝わってきてしまう。

 ゴォォオオッ!!

 それでも、ルシオラの的確な指示のおかげで、ここで傷を負う者はいなかった。

「いくらアシュタロスでも
 あれじゃひとたまりもないっスね!!
 作戦終了・・・!!」

 横島は、美神が知る『歴史』ほどケガしていないこともあって、かなり陽気である。

(やっぱり『歴史』どおり
 アシュタロスは逃げちゃったと思うけど・・・。
 でも少しはマシになったわね!?)

 元気な横島を見ていると、美神の頬もゆるんでしまうのであった。


___________


(やっぱり『歴史』の大まかな流れって変わらないのね)

 日本へと戻る船の上で、美神は、南極での出来事を振り返っていた。
 デッキの手すりにもたれて、水平線の先を見渡す。

(『時空の復元力』か・・・)

 それは、『本来の歴史』の中で、この先、アシュタロスの前で美神が出した言葉。
 『宇宙意志』という表現も使っていた。

(でも、そこまで事態が進む前に解決したいわ・・・。
 なんとか『宇宙意志』の反作用をかいくぐって・・・)

 そのために、美神たち三人は、今、こうして・・・。

(ん・・・!?
 ちょっと待って・・・!?)

 美神の心の中で、何かが引っ掛かる。
 彼女が『本来の歴史』の中で『宇宙意志の反作用』という言葉を用いたのは、アシュタロスの企ての反動を説明する際だ。
 アシュタロスは、宇宙処理装置コスモ・プロセッサを使ったのだった。
 コスモ・プロセッサとは、宇宙のタマゴを応用したものである。宇宙のタマゴ内部にはあらゆる可能性が無限に広がっているが、その段階では、それは『可能性』に過ぎない。そうした『可能性』の中から、自分が好む部分を選び出し、現実宇宙の一部と組み替えてしまう。
 それがコスモ・プロセッサだった。完全に運用すれば、まさに天地創造まで遂行できるのだ。恐るべきシロモノだった。
 部分的な運用で止められたから良かったものの、それでも、世界が受けた被害は大きかった。個人的な問題だけではなく、世界全体を考えた上でも、あれを使わせたくはない。

(『恐るべきシロモノ』・・・
 いや、そんな表現じゃなくて・・・
 なんて言ったっけ!?)

 美神は、『本来の歴史』の中で、何かに例えて説明したのだ。
 アシュタロスのやっていることを。アシュタロス自身を。

(あ・・・!!)

 その比喩表現を思い出した彼女は、そこから思考を飛躍させて、一つの可能性に辿り着く。

(それじゃ・・・もしかして!!
 もしかして、私たちは・・・!!)

 美神は、今、真相に気づいたのだった。



(第三十一話「私たちの横島クン」に続く)
 


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