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復元されてゆく世界

第二十九話 三姉妹の襲来


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/17

   
 その病室には、一組の男女が入院していた。
 男の名は、伊達雪之丞。年は若いが腕は確かなゴーストスイーパーだ。
 女性の方は、彼のガールフレンドの弓かおり。少女漫画のようなキラキラした瞳が特徴の美少女である。しかし今は眠っているため、その目を覗き込むことは出来ない。

「ひどい・・・!
 全身の霊力中枢がズタズタだわ!
 いったい何があったの!?」

 今、ここには、美神と横島とおキヌの三人が面会に訪れていた。
 雪之丞たち二人は、デート中に強力な魔物に襲われたらしい。美神たちにしてみれば、友人を見舞うというだけでなく、詳しい話を聞いておく必要があった。

「いきなり攻撃してきて、
 センサーみたいなもんで霊力を探られた」

 雪之丞の言葉を聞いて、美神の表情が変わる。
 横島が雪之丞に馬鹿な問いかけをしているが、その対応はおキヌにまかせて、

「そいつら誰かを・・・
 あるいは何かを探してるふうだったのね?」

 と、美神は確認した。

(・・・まさかとは思うけど・・・)

 心当りのある彼女は、考え込んでしまう。
 そこに・・・。

 ズン!!

 強力な霊的圧力が一同を襲った。

「こ・・・これは!」
「お、同じだ!
 この霊圧のプレッシャー・・・!!」

 雪之丞の叫びが、その場の緊張を高める。
 そして、

『あら、いやだ!
 さっきの男じゃない?』
『ちがうでちゅ、ルシオラちゃん!
 髪の長い女の方でちゅ!』
『ねー
 もーさっさと帰ろーぜ!
 そんなに簡単に見つかるなら苦労しないって!』

 壁や天井をすり抜けて、女性型の魔物が、三人現れた。

『そうねえ。
 でも、せっかくだから・・・
 この女だけ調べて行きましょ。
 メフィストの生まれかわりは
 日本にいる可能性が高いんでしょ?
 このままアシュタロス様のところに
 連れ帰れれば手間がはぶけるじゃない!』

 右の魔物は、短い黒髪の少女であり、人間で言えば十代後半あるいは二十歳前後といった外見だった。彼女は、赤・白・黒の三色からなるスーツに全身を包まれている。露出しているのは、顔、手、太ももの一部、胸元のごく一部くらいだった。
 スーツの背中は二つに分かれて長く伸びており、また、額には金属色のバイザーが装備されている。さらに、頭には、昆虫の触覚のようなアンテナが一対。
 こうした特徴は、見ようによっては、かつての横島のシャドウとも似ている。だが、その類似に気づく余裕は、この場の美神たちにはなかった。

『ルシオラってば仕事熱心だね。
 クソマジメなんだから・・・』

 と、ため息を小さくついたのは、左の魔物だ。
 彼女の目元には、隈のようにも見えてしまう模様がある。右の魔物同様、頭には一対のアンテナがあったが、髪は長く、オレンジ色をしていた。
 紫色を基調としたアーマーに身を守られているが、体にピッタリとフィットしているため、ボディラインは明らかだ。胸が豊かな分だけ、右の魔物よりも少し年上に見えたが、実は右の魔物の妹である。
 続いて、

『ペチャパイで性的魅力に欠けるから
 その分マジメにならざるをえないでちゅー』

 中央の魔物が、ウインクしながら最初の魔物をからかった。
 他の二人と違って、幼い容姿である。黄色と黒の二色で構成された服も、腰の部分は、子供が着るスカートのような感じだった。
 ボンボンが幾つもついた帽子をかぶっており、そのため、触覚の有無はわからない。ただし、頬には、魔族らしいが子供らしからぬ黒い太線模様が入っていた。

「え・・・
 そ・・・それじゃこいつらは・・・!!」
「しッ!!」
 
 迂闊なことを言いそうな横島の口を、美神が左手で押さえつけた。右の人差し指は自分の唇にあてるという念の入れようだ。
 なにしろ、彼らの会話から、もはや明らかだったからだ。この三人はアシュタロスの配下であり、探しているのは美神なのだ!

(前世の因縁が・・・
 とうとう追いついてきた!!)

 と美神が気を揉んでいる横では、おキヌが、別の意味で驚愕していた。

(このひとなんだわ・・・!!)

 仲間から『ルシオラ』と呼ばれている女魔族。
 おキヌは、彼女から目をそらすことが出来なかった。彼女を見ていると、横島と仲睦まじくしている光景が、いくつも頭に浮かんでくるのだ。

(このひとが横島さんの恋人になるんだ・・・!!
 そして横島さんは
 究極の二択に悩まされる・・・。
 このひとを救うために全てを犠牲にするか、
 あるいは、逆に
 私たちのためにこのひとを犠牲にするか・・・)

 おキヌは、かつて見てしまった横島の未来と、目の前の『ルシオラ』とを結びつけて考えていた。



    第二十九話 三姉妹の襲来



「うわぁあぁああッ!!」

 窓から逃げ出そうとした美神だったが、ルシオラが投げた探査リングの餌食になってしまう。美神は、意識を失ってその場に倒れ込んだ。

『・・・霊圧、5.6マイト! 結晶未確認!』
『5.6マイト・・・!?
 なーに?
 低すぎて話にならないじゃない!』

 探査装置の報告を聞いて、ルシオラが、意外そうにつぶやいた。
 実は、霊力が予想外に低かったのは、美神が幽体を肉体から離脱させたからである。アシュタロスのエネルギー結晶が魂に含まれていることを隠すために、急遽思いついた策だった。
 これにルシオラは気づかず、計測結果を信じてしまったのだ。
 しかし、魔族側だけではない。横島もまた、美神がやられたと思ってしまった。
 彼は、部下にして下さいなどと心にもない媚を売って、まず三人娘を油断させる。それから、

「美神さんのカタキだ!!
 くらえ、この野郎っ!!」

 という言葉とともに文珠を投げつけた。
 横島の文珠は、かつては全て事務所に保管されていたのだが(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)、最近、美神の方針も少し変化していた(第二十八話「女神たちの競演」参照)。いくつか常に持ち歩くように言われた横島は、今も数個持っていたのだ。
 『凍』と書かれた文珠は、横島のイメージどおりに敵を氷漬けにしたのだが・・・。

 パリパリ! ペキペキ! パキッ!

 どうやら敵の魔力が高すぎて、凍らせたのは表面の薄皮一枚だけだったらしい。すぐに氷の衣も剥がれ落ちてしまった。

『おどろいた・・・!
 今の、絶対零度近く下がったわよ!』
『一瞬だけど霊力にして300マイト近くはあったね。
 ためたパワーを一気に放出する技か・・・!』

 ケロッとしている彼らを見て、横島が再び文珠を投げつける。

「冷やしてダメなら!!」

 今度は『熱』という文字を込めていた。人間ならば蒸発しかねない熱量をぶつけたはずだが、

『今度は熱風・・・!?』
『攻撃の種類を変えられるのか!?
 器用な技だね・・・!』

 これも、たいして効果がなかった。

「あれ?
 この二重コンボって、
 アニメや少年漫画でよく使われる
 必殺の一手なんじゃないの・・・?」
「ダメだ横島、
 お前の使い方は微妙に間違ってるぞ。
 敵が低温から回復したあとじゃ遅いんだ・・・」
「そうなのか・・・?」

 期待はずれの戦果に拍子抜けした横島と、ベッドに横たわる雪之丞が、少年同士の会話をかわしている。
 そんな横島を見て、幼い魔族が目を輝かせていた。

『おっもしろーい!!
 こいつ気にいったでちゅー!!』

 ポンと手を叩いてから、

『ルシオラちゃん、こいつ飼ってもいいっ!?』
『また・・・?
 しつけはちゃんとするのよ?』
『うんっ!!』

 と、横島の都合など考えずに、不穏な決定を下していた。

『よしっ!!
 今日からおまえの名前は「ポチ」でちゅっ!!』

 横島は首輪をされてしまい、連れ去られそうになった。だが、

「ダメー!!」

 と、おキヌが彼に飛びついた。

(連れて行かれたらホントに恋人になっちゃう!!
 それだけは防がなくちゃ・・・!!)

 必死なおキヌだが、魔族の三人は、冷ややかな視線を向けている。

『こいつも連れてくのかい?』
『・・・興味ないでちゅ』
『そう・・・!?
 でもまあ、
 ついでだから調べておきましょうか』

 仕事熱心と言われていたルシオラが、サッと探査装置を投げつけた。

『キャアァアアアァッ!!』
「・・・おキヌちゃん!!」

 おキヌが逃げる暇はなく、また、首輪付きの横島が助けに入る余裕もなかった。

(横島さんを・・・
 守らなきゃ・・・いけない・・・のに・・・)

 という思いを最後に、おキヌの意識は、深い闇の中へ沈んでいった。


___________


「ここは・・・?」

 眠りから覚めたおキヌの目に入ってきたのは、見知らぬ天井だった。
 かなり長い間意識を失っていたようで、最初はボーッとしてしまうが、だんだん頭もハッキリしてきた。

「横島さん・・・!!」

 魔族にさらわれそうになった彼に飛びついて、逆に、魔族の装置をくらってしまった。そして、霊力中枢を破壊されて気絶したのだ。
 場所は、美神たちGSがよく御世話になる病院だったはずだが・・・。
 自分が寝かされているのは、全く別のところのようだ。

「とにかく、行かなくちゃ・・・!!
 横島さんを助けないと・・・!!」

 と口に出しながら、おキヌが起き上がろうとしたところで、ガチャリとドアが開いた。

「気がついたようだね・・・!!」

 入ってきたのは、スーツとネクタイで身だしなみを整えた長髪の男。オカルトGメンの西条である。

「あの・・・」
「無理することはない。
 もう少し横になっていたほうがいい」
「でも・・・。
 ここは・・・?」

 おキヌとしては、横島の安否が一番の心配ごとだったが、それをストレートに聞くことは、なんだか躊躇われた。

「ここは都庁の地下だ」

 西条が説明する。
 家康が江戸を都に定めて以来、東京は、霊的に設計され管理された都市となっていた。
 明治以降も、都市計画には必ずその道のプロが一枚かんでいる。都の安全と繁栄のために、都庁の地下には祭壇や霊的構造物が作られることになっていた。
 もちろん、これは極秘であり、地下施設も滅多なことでは使われない。しかし、今回の事件の対策本部として、使用許可が得られたのだった。

「令子ちゃんのたっての希望でね。
 君の身柄もこちらへ移したんだ、
 ヒャクメ様を保護したときに」
「『ヒャクメ様を保護』・・・!?
 それって・・・!?」
「落ちついて聞いて欲しい。
 もうアシュタロスの一件は、
 令子ちゃん個人の問題じゃなくなってるんだ」

 そして西条は、おキヌが眠っている間の経緯を語り始めた・・・。


___________


 アシュタロスの実動部隊は、たった四人の魔族だった。
 おキヌも遭遇した三姉妹は、長姉ルシオラ、次女ベスパ、末妹パピリオ。残り一人は、彼女たちの上司にあたる土偶羅魔具羅である。
 彼らは逆転号という巨大なカブトムシ型空中要塞を操艦していた。大きさだけでなく火力も凄まじい。逆転号によって、全世界の百八つの霊的拠点も全て破壊されてしまったくらいだ。
 最後まで抵抗した妙神山もすでに消滅し、そこに立てこもった神魔族の消息も不明だ。幽体の形で妙神山決戦に居合わせた美神は、小竜姫とワルキューレから、それぞれ『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』という神魔のアイテムを託されている。生還した美神の手の中で、それは、まるで二人のカタミのような存在感を示していた。
 さらに、現在は冥界とのチャンネルがアシュタロスに遮断されており、地上の神魔は、神界や魔界から回復のためのエネルギーを受けとることも出来ない。だから、もし生き残っているとしても、冬眠状態あるいは仮死状態のはずだった。
 ヒャクメだけは、敵に一時期捕われていたことが逆に幸いした。横島が連れて行かれた直後に、彼の協力もあって脱出。人間のもとへ逃げ込むことが出来たのだった。


___________


「妙神山が消滅・・・」

 おキヌは唖然とするしかなかった。
 西条の話は、彼女の予想を遥かに超えるスケールだったからだ。
 おキヌ自身、300年間の幽霊生活から蘇った女性である。数奇な運命をたどってきたという自覚はあった。そして、身近な美神や横島も、過去へ跳んだり月まで行ったり、とにかく非常識な経験をしてきた。
 しかし、今回は、かつてない大事件となっていたのだ。
 西条の話では、どうやら美神は無事だったらしい。だが、横島に関しては、連れ去られた直後のことしか言及されていない。
 まさか・・・!?

「向こう側の事情・・・
 ずいぶん詳しいことまでわかったんですね?」
「ああ、まだ話は終わりじゃない。
 心して聞いて欲しい・・・」


___________


 アシュタロスによるチャンネル遮断は、神界や魔界から援軍がくることも不可能にしていた。人界で活動出来る神魔は、もはやヒャクメ一人なのだ。
 このような状況の中、美神の中にあるエネルギー結晶をアシュタロスに奪われることだけは、なんとしても避けなければならない。人間たちも団結するしかなかった。
 国際刑事警察機構ICPOと日本政府は、経験豊富な一人の女性GSに全権を委任した。
 それは、美神令子の母親、美智恵である。五年前に亡くなっている彼女であったが、この人類および娘のピンチに、時空を超えて過去から駆けつけたのである。
 彼女を隊長として、対アシュタロス特捜部がオカルトGメン内に組織された。敵の移動要塞『逆転号』から脱出してきた横島も、その一員となり、現在重要な任務をこなしている。
 スパイ活動だ。
 敢えて逆転号に戻った彼は、詳しい内情を聞き出し、こちらへ伝えていた。おかげで、アシュタロスが神界・魔界へのアクセスを妨害できるのは一年が限度だということも判明した。その間美神を守りきれば、人類の勝利なのだ。
 また、魔族三姉妹は、探査リングではなく、要塞内の大型計算機でエネルギー結晶の持ち主を探すようになっていた。しかし、これも横島がコッソリ故障させたため、機械は全く別の一般人ばかり候補として選出していた。


___________


「一般人とはいえ、
 何らかの才能がある人間ばかり選ばれるらしい。
 人気歌手だったり、野球選手だったり・・・。
 この間なんて、
 ジャイアンズのクワガタ投手が・・・」

 重くなった場の空気を変えるため、西条は、わざと贔屓の野球チームの話をしてみた。だが、そんなことで気をそらされるおキヌではなかった。

「じゃあ、横島さんは・・・!!
 まだ横島さんは、あのひとたちと一緒なんですね!?
 そんな・・・!!」

 敵の魔族まで『あのひとたち』と呼んでしまうおキヌに対し、西条は内心で少し顔をしかめるが、

(まあ、おキヌちゃんは、こういうコだからな)

 と思って、それを隠した。

「安心したまえ!!
 潜入中の横島クンの安全確保には
 先生も気を使っている。
 この間も先生が自ら最前線に立って敵と戦い、
 その際に横島クンは魔族側で良い働きをした。
 これで彼らは横島クンを
 いっそう信用することになったのだよ」

 西条が『先生』と呼んでいるのは美智恵のことだ。
 美智恵は、アメリカ海軍から借り出してきた空母をうまく使った。別働隊とした艦載機で煙幕をはり、空母そのものの電力で時間移動現象を引き起こす。妨害霊波のせいで通常の時間移動はできないのだが、そこを逆手にとって、短時間ずれただけの敵戦艦『逆転号』を出現させてみせたのだ。
 煙幕のせいでそれが分からなかった魔族たちは、自分たちの逆転号を、自らの恐るべき火力で攻撃してしまう。
 大打撃を受けた彼らだったが、横島の機転で真相に気づくことができた。
 また、美智恵と直接戦っていたベスパを助け出したのも横島だった。空母の電力を巨大な霊力に変えて、神魔の武器を駆使して戦う美智恵は、人間のパワーの限界を大きく超えていた。銀の銃弾を装備した海兵隊まで伏兵として用意されており、ベスパは大ピンチに陥る。だが、横島が『閃』文珠で目くらましをしたおかげで、かろうじて逃げのびたのだ。

「横島さん・・・
 すごく・・・なったんですね・・・」

 おキヌは、表面では素直に感嘆する。しかし、心の底では、

(たぶん、それも・・・
 恋人ができたから・・・)

 と、ルシオラとの関係について考えてしまった。
 西条には、そんなおキヌの心情を読むことはできない。実は彼のほうでも、今語った話の中で、わざと曖昧に隠していた部分があった。
 それは、美智恵が横島ごと逆転号を撃墜してしまう可能性もあったということだ。

(僕にもなかなか
 先生の真意はわからなかったんだ。
 おキヌちゃんが知ったら怒るだろうからね)

 そう思った西条は、おキヌを安心させるために、冗談半分の言葉を投げかける。

「横島クンは魔物に好かれる体質だからね!
 心配することもないだろう。
 それに彼自身あの性格だから、
 今頃あの女幹部とデキてたりしてな・・・!
 ハハハ・・・」

 だが、今の彼女に、この言葉はキツかった。

(それが・・・
 一番困るのに・・・)

 目の前が真っ暗になったおキヌは、そのまま、再び意識を失ってしまったのだ。


___________


「ぐはッ!!」

 霊動実験室に美神の悲鳴が響き渡る。彼女が気絶し、プログラムも終了した。
 都庁地下の一室である。ここには高度なコンピューターが備え付けられており、ナイトメアやハーピーなど、美神が過去に戦った魔物の霊波動を再現することができた。単なる立体映像ではなく、実体を伴っていたため、訓練に使うには最適であった。
 美神は、連日ここで、かつての強敵たちと対戦していた。それも、オリジナルの10倍の強さに調整されたシミュレーションが相手である。
 美智恵からは、

「目標は百人抜き!!
 ひと月たってもできないときは、
 私の手でおまえを殺します!」

 と宣告されていたが、容易ではなかった。今日も、残り三十くらいで力尽きて倒れてしまったのだ。
 意識を失うまで戦い、回復したら、またトレーニングルームに来て戦う。
 これが、今の美神の日常だった。
 前線に出てアシュタロス配下の三姉妹を相手にする暇はないし、おキヌの見舞いに行く時間すら、なかなか作れなかった。


___________


「ここまでか・・・」

 司令室のモニターを通して、美智恵は、今日も娘の訓練を見届けていた。

「今の方法でパワーアップするのは、無理か・・・」
 
 美神の霊能力は成長のピークを過ぎていた。限界を超えるには、ギリギリまで追いつめて、あらゆる抑圧や理性から解放されるのを待つしかない。
 そう考えて過酷な訓練を続けていたのだが、期待した効果は得られていなかった。

「・・・もう、時間がない!
 パワーアップができないなら、
 ほかの方法で『上』を納得させないと・・・!!」

 実は、世界GS本部では、美神令子の暗殺が計画されていた。美神が死ねば魂は転生し、アシュタロスが欲しがるエネルギー結晶も行方不明となる。アシュタロスの妨害霊波に一年という限度がある以上、それで事態は解決だ。
 しかし、美神の母親としては、これは受け入れられない。だから美智恵は、別の策を用意できると主張して、指揮官になったのだった。

「ふう・・・」

 ため息をつきながら、視線をコンピューター画面へと移す。そこでは、美神令子に関する様々な情報ファイルが、同時に開かれていた。

「うーん・・・」

 現場で妖魔と戦う時とは違って、今の美智恵は眼鏡をかけている。
 眼鏡のツルの上から人差し指をこめかみにあてているが、別に頭痛がしているわけではない。同時に、ずり落ちるのを防ぐかのようにレンズ下を中指で押さえていたが、これも意識していたわけではなかった。

「・・・もしかすると、
 これが何かの鍵になるかもしれないわね」

 美智恵が気になっているのは、ヒャクメによって書かれたリポートだった。
 メインの内容は美神の前世に関する調査なのだが、そのファイルには、現世記憶の一部も封印されていると記されていたのだ。

「こんなんだったら、
 横島クンを向こうに行かせるんじゃなかったわ」

 ヒャクメの報告によれば、美神の記憶は、四つの文珠で封印されているのだ。この件に関して立ち入って調べるのであれば、文珠使いと話をすることは必須だった。
 すでに美神自身からは話を聞いている。横島と二人で開封を試みたが、失敗したそうだ。確かに、それはヒャクメの

『封印した霊能者自身でなければ開封出来ないだろう』

 という考察とも矛盾しない。
 しかし、ヒャクメの意見が完全に正しいとは限らない。だから、美智恵は、もう少しこの件を追求しようと思っていた。
 これは重要だと美智恵のカンが告げているからか、あるいは、単にワラにすがりたいだけなのか、それは美智恵自身にも分からなかった。

「身近で令子を見てきた者の意見として
 おキヌちゃんの話も聞いてみたいんだけど、
 彼女も昏睡状態なのよねえ・・・」

 と考えながら、美智恵は、椅子に深く沈み込んだ。
 そんな彼女の耳に、ドアをノックする音が入る。
 入室を促されて扉を開いたのは、西条だった。

「先生!!
 横島クンが・・・戻ってきました!!」


___________


「ここは・・・」

 再び目ざめたおキヌは、ゆっくりと現状を認識していた。
 見慣れない天井だが、心配する必要はない。ここは秘密基地なのだ。

「おキヌちゃん・・・!!」

 妙に愛しい声が横から飛んできたので、首をそちらに向けた。

「あ・・・!!」
「気がついたんだね・・・!!」

 ベッドの横に座っていたのは、おキヌがずっと心配していた横島だった。彼もおキヌの身を案じて、見舞いにきてくれていたらしい。

「横島さん・・・」

 ガバッと上半身を起こしたおキヌは、スーッと目を細める。

「変わりましたね・・・」
「ええっ!?」

 以前の横島は、二枚目半だった。その人となりを深く知る者にとってはカッコいいのだが、横島本人が自分を過小評価しているため、三枚目の空気がただよっていた。
 ところが、今は違う。落ちついた雰囲気が表情にも出ており、そのため、顔つきまで変わって見える。
 ギャグ漫画の登場人物が、急にシリアス漫画の主人公になった。それ程の変化だった。

「恋人ができたんですね・・・?」

 おキヌは、なるべく優しい口調で問いかけた。
 だが、瞳には複雑な感情が見え隠れしており、横島としても、嘘をついて否定することはできなかった。

「う・・・うん・・・」
「詳しく話してくださいな。
 美神さんには黙っててあげますから」
「え・・・!?」
「相手は、向こうのひとなんでしょう?」
「いや・・・でも・・・
 こういうのってホラ、
 あんまり人に話すべきじゃないような・・・」

 横島は男である。自分の恋人に関してペラペラとしゃべることには、抵抗があった。

「もちろん、
 言える範囲のことだけでいいんです」

 それでも、女性であるおキヌは、話を聞きたがった。

「私・・・
 自分が寝ていた間の出来事も
 西条さんから簡単に聞かされただけですから・・・。
 それを補足する意味でも、聞きたいんですよ・・・」
「ああ・・・そういうことなら・・・。
 えーっと、どこから話したらいいかな・・・!?」

 心を開いた横島は、

「向こうでも下働きさせられたんだけど、
 美神さんとこで丁稚奉公には慣れてたからさあ。
 あいつらの予想以上に役立ったみたいで・・・。
 あったかくしてくれたよ、時には
 味方のはずの人間たち以上に」

 と語り始めた。そして、

「で、ルシオラなんだけど・・・。
 あいつ、夕日見るのが好きで・・・」

 ルシオラとの個人的な思い出を、いくつかピックアップする・・・。


___________


 それは、美智恵の命令で敵戦艦『逆転号』に戻った直後のことである。

(せっかく脱出できたのに・・・!!)

 と思いながらも、横島は、洗濯にいそしんでいた。
 全自動洗濯機などないので、タライで洗ったものを、外のデッキにある物干竿で乾かす。

『ぷっ。
 くすくすくす・・・!!
 なーに、そのヘンなかっこう!?』
 
 笑い声がしたので振り返ると、ルシオラがいた。
 彼女が指摘したように、横島が着ているのは、彼自身の本来の私服でも、洗濯のための作業着でもない。
 骸骨模様のスーツに、長めの肩アーマーから連なるマント。パピリオから押し付けられた、悪役然としたコスチュームだった。

『どっかの古本屋のコスプレ店員みたい!!』
「ル・・・ルシオラ様!!」

 横島から見れば、ルシオラこそコスプレ美少女である。

『ちょっと涼みに出てたのよ。
 座標誤差修正に、通常空間に出る時間だしね。
 ほら・・・!』

 逆転号は、西へ向かって進んでいた。

『ちょっといいながめでしょ?』
「へええー!
 ちょうど陽が沈むとこっスね・・・!」

 遠い水平線に消えゆく太陽は、人の心も魔の心も感動させる光景だった。雲も太陽にかぶさることなく、離れた両サイドから、その美しさをサポートしていた。

『昼と夜の一瞬のすきま・・・!
 短時間しか見れないからよけい美しいのね』

 夕日に自分たちの境遇を重ねていたルシオラは、

『・・・その服、
 パピリオが作ったんでしょ?』

 と横島に問いかけ、説明を始めた。

『あのコ、なんでペットなんか飼うか知ってる?
 動物が育つのが好きなの。
 ・・・自分が大きくなれないの知ってるのよ』

 ルシオラたち三姉妹は、アシュタロスが完全復活するために造られた魔物だ。神界・魔界へのアクセス妨害に一年という限度がある以上、それより長く存在する意味はない。
 寿命を一年に設定することで、その分大きなパワーを与えられたのが、三姉妹だったのだ。

「え・・・!?」

 夕日に感動して、ちょっとしたデート気分だった横島だが、

「あ・・・
 あんたら一年しか生きられないわけ・・・!?」

 これには驚くしかなかった。

『人間のおまえの寿命はあと50年以上・・・
 パピリオは、きっとお気に入りのおまえに
 自分の思い出を残したいのね』

 ここでルシオラは、横島に体を向けて、

『私はまだおまえを信用したわけじゃないけど・・・』

 と言いながら、手を伸ばす。
 一瞬ギクッとした横島だったが、

(いや・・・!
 大丈夫だ、こいつは悪い奴じゃない・・・)

 と、心の底では、彼女を信用していた。
 ルシオラも、彼の予想を裏切らない。

『とりあえずそのバカな服・・・
 着てくれて感謝するわ』

 横島の手をキュッと握った。
 その小さくて柔らかい感触を、彼は、忘れることができなかった。


___________


『ポチ、バルブを閉めて!
 あ、ちがう、その横!!』

 それは、美智恵の時間移動能力で逆転号がピンチに陥ったときのことである。
 ルシオラは、三姉妹たちに『ポチ』と呼ばれている横島を連れて、船の外側から修理を試みていた。

『これっスか・・・!?』
『オーケー!! そのまま!』

 逆転号は、煙幕に包まれている。また、この時点では相手の正体も分かっていなかった。ルシオラとしては、脱出できるように応急修理することが絶対の命題だった。
 しかし、横島は違う。

(俺だけこいつらと心中して、
 めでたしめでたしなんて認めん!!
 なんとかしなくちゃ・・・!!
 スキをみて脱出じゃ!!)

 自分の生死が一番重要である。
 ルシオラだけは助けたいという衝動にも駆られたが、

(それどころじゃないだろ!!)

 首をブンブン振って自分の気持ちを否定した。
 そのとき、彼らの逆転号は、再び攻撃をくらった。強烈なエネルギー波を避けるため、船が大きく揺れる。

『あっ、しまっ・・・!!』

 ルシオラの手が、艦の装甲から離れた。空中に投げ出された彼女は、エネルギー波に吸い込まれそうになり・・・。

 ガッ!!

 横島に足首をつかまれた。

『ポチ・・・!?』
「あっ、し・・・しまった!!
 何やってんだ、俺は!?」

 ルシオラを助けたのは、無意識の行動だった。
 彼の意識は、

(今からでも遅くない!!
 手を放せば、ここから逃げられるぞ!!
 ・・・絶好のチャンスだ!!)

 と語りかけてくる。
 しかし、そんなことはできなかった。代わりに、グイッとルシオラを引き寄せて、甲板上に助け上げた。

『おまえ・・・もしかして、バカなの?』

 横島が逡巡したのは、ルシオラとしても理解出来ていた。だから、この結果を不可解に思うのだ。

「夕焼け・・・好きだって、言ったろ」
『え』
「一緒に見ちまったから・・・
 あれが最後じゃ、悲しいよ」
『おまえ・・・』

 横島は下を向いているので、ルシオラには、彼の表情を見ることはできない。しかし、もっと内側の何かを視たような気になるのだった。


___________


「あ・・・あの・・・
 なんの話でせう・・・!?」

 美智恵との戦闘が終わり、無事に逃げ延びた後。
 横島は、デッキに呼び出されていた。もちろん、相手はルシオラである。

『ポチ、おまえ・・・なんて名前なの?』
「は?」
『人間の名前よ。
 ちゃんと聞いてなかったから・・・』
「よ・・・横島忠夫ですけど・・・?」

 ルシオラは手すりにもたれて、横島には背中を向けている。何を考えているのか、彼には全く分からなかった。

『「ここで一緒に夕焼けを見た」って言ったわね、
 バカじゃない!?
 あんなささいなことが気になって・・・
 敵を見殺しにできないほど、
 ひっかかるなんて・・・』

 ルシオラが少しずつ振り向く。
 その表情よりも、ハッキリと『敵』と言われたことが、横島には気になった。自分でも不思議なほどに。

『私たちは一年で何も残さず消えるのよ!!
 あんなこと言われたんじゃ・・・
 もっとおまえの心に・・・
 残りたくなっちゃうじゃない・・・!』

 ルシオラが、横島の胸に顔を埋めた。

『敵でもいい、また一緒に夕焼けを見て・・・!
 ヨコシマ!』

 この状況に、彼は、

(なんかこの展開・・・
 大昔にもあったよーな・・・?)

 と、既視感を覚えるのだった。


___________


『楽しいわけないわね、
 私とドライブしたって・・・』
「え?」

 ルシオラたちは、田舎町から山に入ったところに、別荘を持っていた。カブトムシの大きさになった逆転号が森で自動修復している間、彼らは、そこで休んでいられるのだ。
 今、ルシオラと横島は、食料の買い出しにきた帰りだった。
 横島は、いつものジーンズ姿に戻っている。ルシオラも、アジト近くの人界で目立たないように、人間の少女のような服装をしていた。
 誰が今の二人を見ても、デート中の若い男女だと思うであろう。

『バカだわ、私。
 よく考えたらこっちは東側だから、
 夕陽なんか見えないのに・・・
 何やってるのかしらね』

 この言葉で、横島は、なぜ自分が買い物に付き合わされたのか、気が付いた。
 一緒に夕焼けを見る、その約束のためだったのだ。
 
『下っぱ魔族はホレっぽいのよ。
 図体と知能の割に、
 経験が少なくてアンバランスなのね。
 子供と同じだわ。
 おまえの迷惑を考えないで・・・ごめん』

 まっすぐ前を見て運転していたルシオラだが、

「ル・・・ルシオラ・・・!!
 一緒に逃げよう!!」

 と言われて、車をガードレールにぶつけてしまった。
 急ブレーキで停まった車内で、二人の会話は続く。

『な・・・何言い出すのよ!?
 ヨコシマ・・・』
「アシュタロスの手下なんかやることないさ!
 あいつは・・・
 あんたら全員使い捨てにするつもりなんだろ!?」

 横島は、必死になってルシオラを口説いた。そうしなければいけないと、心の底から思ったからだ。

「寿命だって、
 俺たちんとこに来りゃなんとかなるって!!
 神族と魔族がついてるんだから・・・。
 夕焼けなんか、
 百回でも二百回でも一緒に・・・!!」
『ヨコシマ・・・!!』

 彼の想いが、ルシオラに届く。

『おまえ・・・優しすぎるよ』

 横島に抱きつくルシオラだったが、

『・・・でもダメ。
 それだけはできないの。
 ・・・私にも事情があるのよ』

 彼の提案を受け入れることは不可能だった。

『でも、ありがと。
 一緒には行けないけど、
 おまえはあとでこっそり
 逃してあげるから安心して。
 ただ・・・今夜は、いてくれる?』

 そして、ルシオラは横島の耳元でささやく。

『おまえの思い出になりたいから、
 部屋に行くわ・・・』


___________


「これはつまり・・・
 あ・・・あとくされなくやらせてくれると、
 そー言っとるわけだよな・・・!」

 その夜、横島はベッドの中で悶々としていた。

「俺はヤる!!
 ヤらいでかああッ!!」

 自らの決意の勢いで、ガバッと起き上がる横島。だが、

「し・・・しかし・・・!
 あくまで寝返る気のないあいつは人類の敵・・・。
 いいのか!?
 そんな初体験で大丈夫か、俺・・・?」

 彼は、すぐに頭を抱え始めた。
 ヤりたい衝動と、ヤってはいけないという理性との板挟みで苦しむ童貞少年。そんな彼の耳に、庭で騒ぐ声が聞こえてきた。

『人間と・・・寝る!?
 バカも休み休み言いなっ!!』

 パジャマ姿のベスパだ。
 その相手をしているのは、枕を抱えたルシオラ。こちらもパジャマを着ている。

『私たちの一生は短いわ。
 恋をしたら・・・
 ためらったりしない・・・!!』
『そんなマネをさせるわけにはいかないね!
 力づくでも、やめさせる!!』

 ベスパが攻撃し、ルシオラも受けて立つ。
 しかし、バトルの中でも、会話は続いていた。

『私たちの霊体ゲノムには
 監視ウイルスが組込まれていて、
 コードに触れる行動をとれば、
 その場で消滅しちまうんだよ!?
 人間とヤればコード7に触れる・・・!!
 それでもあんた、ヤる気!?』 
『どうせ私たち
 すぐに消滅するんじゃない・・・!!
 だったら!!
 ホレた男と結ばれて終わるのも悪くないわ!!』

 ルシオラは、消えてしまうのを承知の上で、横島に体を捧げるつもりだった。
 とんでもない秘密を知ってしまった横島は、急いで部屋から逃げ出した。

「冗談じゃねーぞっ!!
 いくら俺でも、
 ヤッたら死ぬ女となんかヤれるかあッ!!」
 
 森の中で嘆いていた横島に、

『ヤればいーじゃないのよっ!!』

 という声が空から降り掛かった。
 ベスパとの戦闘を終わらせてきたルシオラだ。彼女は、ホタルの力でベスパを眠らせたのだった。ただし、パジャマはボロボロにされてしまい、今は下着姿になっている。

『お・・・女が抱いてって言ってんのよ!?
 おまえ、それでも男なの!?
 いくじなしっ!!』

 しかし、意気地どうこうの問題ではないのだ。

「死んでもいいくらい俺が好きなんて・・・
 ひと晩とひきかえに、命を捨てるなんて・・・
 そんな女、抱けるかよッ!!
 俺にそんな値打ちなんかねえよッ!!」
『ヨコシマ・・・』
「は・・・恥じかかせて、
 悪いとは思うけどさ・・・
 でも、約束する!!」

 横島は、ルシオラの腕をしっかりつかみ、真摯な表情で瞳を覗き込みながら宣言した。

「アシュタロスは俺が倒す!!」

 そうすればルシオラは解放される。ベスパもパピリオも自由になる。
 寿命の問題も、昼間話したように、神魔族の協力で解決出来るはずだった。

「俺にホレたんなら、信じろ!!」

 と言う彼の表情は、決して二枚目ではなかったが、ルシオラが惚れ直すには十分だった。

「今までずっと、化け物と闘うのは
 巻きこまれたからだったけど・・・
 でも今回は違う!!
 おまえを救うために闘う!!」
 
 そして、横島は、ルシオラに口づけした。

「必ず迎えに行くから・・・!!
 だから待っててくれ・・・!」


___________


「・・・というわけでさ、
 連中のアジトから逃げてきたんだ」

 一連の思い出を語り終わった横島は、照れたように視線をそらした。
 おキヌは、

(ルシオラさん・・・
 一夜の逢瀬のために
 消えてしまってもいいだなんて・・・!!
 まるで人魚姫だわ・・・。
 かっ・・・勝てないっ・・・!!
 私にはムリ・・・!!)

 口を小さく開けて、目も丸くしてしまう。だが、

(そうか・・・!!
 私の気持ちって、
 やっぱり恋心じゃなかったんだ・・・)

 と悟って、表情を変えた。
 これまで、おキヌは、横島の恋人だと誤解されることもあったし(第五話「きずな」参照)、つきあっているようなもんだと美神から言われたこともあった(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。
 おキヌ自身、自分の横島への気持ちが、他の友人へ向けるものとは違うと認識していた(第七話「デート」参照)。
 しかし・・・。
 自分にはルシオラほどの決意はないと、今、思い知らされたのだ。

(だから・・・
 そんなにヤキモチもやかずに済むのね・・・)

 横島に恋人ができたことが確定したわけだが、彼の未来を心配する気持ちはあっても、嫉妬心は不思議なほど無かった。

「横島さん・・・」
「ん・・・何・・・!?」

 おキヌから優しい言葉と笑顔を投げかけられて、横島が顔を上げた。

「じゃあ、こんなところで
 油売ってる場合じゃないですね。
 ルシオラさんのためにも頑張って
 もっともっと強くならないといけませんね!?」
「そうなんだよ、おキヌちゃん!!
 美神さんが激しい訓練受けてるって聞いて、
 『俺も同じものを』って隊長に頼んだんだけど・・・」

 いつもの表情に戻った横島が、軽い愚痴を聞かせた。
 美神のように霊動実験室でトレーニングしたかったのだが、美智恵には却下されていたのだ。専用プログラムだから素人には無理だという理由で。

「あらあら。
 横島さん、もう素人じゃないのに・・・」
「そうだろ・・・!?」

 微笑んで相づちをうってくれたおキヌを見て、横島は、ふと気が付いた。

(あ・・・!!
 俺、おキヌちゃんの
 『こんなところで
  油売ってる場合じゃない』
 って言葉、否定してなかった・・・!!)

 慌てて、大事な言葉を付け加える。

「それにさ・・・。
 訓練できなかったからだけじゃなくて
 他にも理由はあるんだ、
 おキヌちゃんの見舞いに来たのは・・・」
「え・・・!?」

 真面目な表情で、彼は語り出した。

「隊長がさ、俺に何か話があるらしいんだけど・・・
 でも無理言って、先にこっちに来させてもらったんだ。
 だって、おキヌちゃんは大切な友人だから・・・」

 今の横島から『大切な友人』と言われて、一瞬ドキッとしたおキヌだが、まだ彼の話は続く。

「美神さんに初めて会ったときも・・・
 おキヌちゃんが事務所に来たときも・・・
 前に会ったことがあるような気がしてたんだ。
 なんて言うかな、
 他人じゃないような感覚・・・?
 運命・・・って言ったら大げさだけどね」

 嬉しく感じるおキヌである。
 ここで横島が止めておけば彼女も幸せだったのだが・・・。現実は甘くなかった。

「・・・ルシオラに対しても
 同じように感じたんだ。
 こいつは特別な存在だ・・・って」

 ルシオラは敵であるが、それでも、美神やおキヌ同様に大切である。横島としては、そう言いたかったのだろう。
 しかし、これは、裏を返せば・・・。
 おキヌも美神も、恋人であるルシオラと同じくらい、横島から大事に想われているということだ。

(横島さん・・・。
 そんな・・・)

 さすがに、この言葉にはグッときてしまう。心の中で涙を流すおキヌであった。


___________


「そういうことだったね・・・」

 美智恵が、ポツリとつぶやいた。
 司令室のモニターには監視カメラの映像が来ており、病室で会話する若い男女の姿が映っている。
 彼女は、おキヌと横島の話を盗み聞いていたのだ。

「あの横島って子・・・
 ニブいところもあるけど・・・
 でも優しすぎるわ・・・!
 令子もあれで芯の弱いとこがあるから
 きっと彼が見えないところで支えてくれていたのね」

 それなのに、スパイとして送り返したせいで、敵の一人とカップルにしてしまった。しかし、これでルシオラは、こちらの味方だろう。少なくとも敵戦力としてカウントしなくていいはずだ。

「ちょうど話も終わったようだから・・・
 とりあえず、今は・・・」


___________


「・・・あれを開けようとしたんですか!?」

 思わず、おキヌは叫んでしまった。
 彼女は今、横島とともに、司令室に呼び出されていた。
 美智恵が横島に質問し、返答をもらっていた途中なのだが、突然おキヌが口を挟んだのである。

「・・・おキヌちゃんも
 令子の『記憶封印』の件、知ってるのね?」

 美智恵が、何か心に引っ掛かるものを感じつつ、確認した。

「ええ・・・。
 でも私が知ってるのは、
 美神さんの心の中に『四つの光る球』で
 封じられた秘密があるということだけです。
 それが文珠だったとか、
 ヒャクメ様が見つけたとか、
 開封しようとしたとか、
 そこまでは・・・」

 この言葉を聞いて、美智恵は、違和感の正体に気づいた。
 当時おキヌは、美神のところにいなかったはずなのだ!
 後になって美神たちから話を聞いた可能性もあったが、今の口振りでは、違う!

「ちょっと待って・・・!!
 『それが文珠だった』ことも
 『ヒャクメ様が見つけた』ことも
 知らないって・・・!?
 じゃあ、あなた、
 どうやってこのことを知ったのです!?」

 机に手をついて椅子から立ち上がる美智恵。
 その勢いに押されつつも、おキヌは正直に答え始めた。

「あ・・・あう・・・。
 昔、みんなで美神さんの夢のなかに
 入っていったことがあって・・・」

 それは、ナイトメアという悪魔を除霊した時のことだ。
 美神の精神をイメージ化したドアの一つに、鎖で縛られているものがあったのだが、そこには四つの光る球がつけられていた。しかも、横島とおキヌが近づいた時のみ、その輝きを増したのだ(第八話「予測不可能な要素」参照)。

「・・・え?
 おキヌちゃんにも反応したの!?」
「ええ、こっそり近づいてみたら・・・」

 横島とおキヌが当時の話をする横で、美智恵は、一つの可能性に思い至った。

(まさか・・・!!
 この二人が関わっている・・・!?
 何らかの資格がある・・・!?)

 美智恵は、横島とおキヌが封印を施したとは考えていない。
 二人の人柄は分かっているから、他人の記憶操作を行うような傲慢な人間ではないと判断していた。
 だが、封印施行者ではないとしても、開封実行者にはなるかもしれない。

(封印をかけた者ではなく・・・
 何か一定の条件を満たした別の人物が開封する。
 そういう想定で行われた封印だからこそ
 その『条件』にあった者だけに反応したんだわ!!)

 美智恵は、『他人の記憶操作』という間違った前提から、おかしな結論を導き出していた。しかし、そこからの行動は正しかった。
 彼女は、急ぎ、内線で連絡を取る。

「西条君!!
 令子をつれてきて!!
 まだ寝てたら・・・
 叩き起こしてもいいですから!!」


___________


 おキヌと横島の重ねられた手の中で、四つの文珠が光り始めた。

「やっぱりダメだわ・・・」

 ギュッと目を閉じていた美神が、小さくつぶやいた。

「令子・・・!!」

 横で見守る美智恵は理解していないが、そもそも、光量自体も前回の試みより少なかったのだ。
 当然、美神はこれに気づいている。

「それなら・・・!!」

 やはり自分の霊力を加えようと考えて、文珠を握る二人の手に、さらに自分の手をのせた。
 美神とおキヌと横島の三人が、一心に同じことをイメージする。美神の記憶開封、ただ、それだけを・・・。
 そのとき、

「ええっ!?」

 傍らの美智恵が驚いた。突然、文珠の光がグンと増したのである。

「まぶしい・・・!!」

 手をかざす必要があるほど、輝きは大きくなり、部屋中を凌駕する・・・。


___________


 室内の明るさが元どおりになった時には、おキヌと横島がその場に疲れて座り込んでいた。
 二人の間には、美神が倒れている。

「令子・・・!!」

 駆け寄ろうとした美智恵だったが、美神がゆっくりと手をあげて制止した。

「これが記憶のオーバーフローってやつね・・・。
 耐えきったわよ・・・!!」

 強靭な精神力の持ち主である美神は、何とかもちこたえたのだった。
 それでも、頭をガンガン振りながら起き上がる彼女の体は、まだ震えている。

「令子・・・!?
 いったい何を思い出したの!?」
「・・・冗談じゃないわ、これ!!」

 おキヌと横島は、疲れていることもあって、敢えて口を挟まない。
 言葉を交わすのは、母と娘の二人だけだった。

「言いなさい!! 言えないなら・・・」

 今の美神は、美智恵が見たこともないくらい、明からさまに青ざめていた。しかし、悠長に待っている余裕もないのである。

「・・・私も持ったわ、
 おキヌちゃんと同じ予知能力を」
「え・・・? 何を言い出すの・・・!?」

 美神の言っている意味が、美智恵には分からない。

「そんなこと聞いてるんじゃないわよ?
 それに・・・
 令子は巫女でもなんでもないでしょう?」
「・・・しかもおキヌちゃんのより、もっと強力。
 だから断言できるわ、『私たちは勝つ』って。
 アシュタロスは滅ぶのよ・・・!!」

 美神は、美智恵の言葉など耳に入らないかのように、話を続けていた。
 さらに、混乱した頭のまま、この場で告げるべきことを考える。
 まずは・・・我が身だ。

「・・・というわけで、
 私が見通したとおりに動けば人類の勝利です。
 貴重な情報を握っているわけですから、
 間違っても抹殺したりしないように!!」

 と、天井に向かって宣言する。どこかに、美神令子暗殺部隊が潜んでいるはずなのだ。
 続いて、おキヌのことだ。

「・・・ママ!!
 『心眼』をおキヌちゃんに貸し与えるよう、
 ヒャクメに頼んで!!」
「えっ!? ヒャクメ様の・・・!?」
「霊界と切り離されている以上、
 ヒャクメ様も長くは活動できないでしょ!?
 誰かが現場で代わりにならないとね・・・!!」

 そして、横島のこと。

「・・・それから、横島クンに
 私と同じ訓練を受けさせてあげて!!
 彼の実力をママの目でも確認してほしいの」

 これで自分たち三人のことは済んだが、まだ大事な用件が残っている。

「あと、ママ自身のために
 いくつか用意してほしいものがあるの・・・。
 急いで連絡とってもらいたいところもね」

 最後に美神は、細々とした要望を述べた。

「・・・お願いね!!」
「ちょっと!? 令子!?」

 言うだけ言うと、美神は司令室を飛び出した。
 気丈に振る舞ってはいたものの、頭の中は大パニックだったのだ。
 一人になりたい彼女は、誰もいない部屋に駆け込んで、ガチャリと鍵をかけた。
 ドアに背をもたれたまま、ズルッとすべるように座り込み、独り言を口からもらす。

「でもダメなのよ・・・
 この『予知』が実現してしまっては!!
 だって・・・
 この世界は守られるけど・・・
 あんなの、もう私たちの世界じゃないわ・・・!!」

 無人の部屋での、本心のほとばしり。
 しかし、

(令子・・・!!)

 美智恵は、この様子を、隠しカメラでシッカリ把握していたのであった。



(第三十話「最終決戦にむけて」に続く)
 


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