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復元されてゆく世界

第二十八話 女神たちの競演


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/12

  
「美神さーん。
 もう入ってもいいですか?」

 コンコンとノックしながら、おキヌが、扉を少し開けた。

「なんだったんです、三人でお話って・・・?」
「三人・・・?
 誰の話?」

 と答える横島。
 おキヌの認識では、部屋には横島の親戚もいたはずだ。だが今は、美神と横島しかいなかった。

「え? あれ?」
「それより、次の仕事よ!
 気合い入れなさいよ、特に横島!
 この商売、何が起こるかわかんないんだから!
 油断するんじゃないのよ!」
「は・・・はいっ!」
「あ、待って二人とも・・・!」

 美神と横島がサッサと仕事へ向かうので、おキヌも慌てて追いかけた。
 さっきまで広間で読んでいた新聞を片づける暇もないくらいだ。
 三人が事務所を出ていった後、テーブルの上に放置された新聞。その三面記事の中には、

『現代の匠・・・刀匠が謎の失踪』

 という見出しのものもあった。



    第二十八話 女神たちの競演



 二ヶ月ほど経ったある夜のこと。

 ピンポーン。

 横島のアパートの呼び鈴が鳴った。

「んー?
 誰だ、こんな時間に・・・!!」

 と思いながらもドアを開けた横島だったが、来訪者の顔を見た途端、バタンと閉めてしまった。

「こらッ!!
 何してんの、開けなさい!!」
「な・・・なんで!?」

 背中でドアを押さえている横島は、少し混乱している。

「母親がはるばる来たってのに、
 それでも息子かッ!?」
「なんで急におふくろがーっ!?」

 大きな鞄やトランクを抱えてドアを叩いている女性は、横島の母、百合子だったのだ。


___________


「これからは親子二人っきりなんだからね!
 母さん、父さんと別れて来たんだよ!!」

 横島が一人暮らしをしているのは、商社勤めの父親が辺境の国ナルニアへ転勤となり、母親も彼についていったからだ。

「離婚すんのか!?」
「ええ!
 だから、これ以上父さんにつきあって
 外国に住む必要ないのよ!」

 母親が日本に戻ってくるとなれば、横島の生活はガラリと変わってしまう。

「そ、そんな急に・・・!!
 満喫してた自由が・・・」

 と口にしてしまった横島だが、

「あんたまさか
 父さんにつくとか言わないわよね・・・!?
 おまえは母さんと暮らすのよ・・・!!」
 
 百合子に凄まれては、とても抵抗出来ない。
 なにしろ彼女は、

「今夜は母さんがごはん作ってやるよ!」

 ということで、包丁まで手にしていたのだ。
 その勢いで、百合子は、

「明日はいろいろ忙しいからね!
 あんたのバイト先にも
 あいさつに行かなきゃ・・・!」

 と、翌日の予定を決めてしまうのだった。


___________


「先生、散歩・・・あれ?」

 事務所メンバーのうち、最初に百合子と顔を合わせたのはシロである。
 シロは、横島を散歩に連れ出そうと、朝早くからアパートまで来たのだ。

「・・・誰だい、このお嬢ちゃんは?」
「ああ、そいつはシロ。
 バイト先の仲間だ」
 
 手短にシロを紹介した横島は、シロにも母親のことを告げる。

「シロ、こっちは俺のおふくろだ」
「・・・!!
 横島先生の母上でござるか!?」

 シロはその場に正座して、

「それがしは横島先生の弟子、
 犬塚シロと申します!!
 いつも先生には
 大変御世話になっているでござる!!」

 と、両手をついて挨拶した。
 だが、これも、

「『横島先生』・・・?
 『弟子』・・・?
 忠夫・・・まさか、こんな若い娘さんに
 変なプレイ仕込んでんじゃないだろうね?」
「そんなわけないだろ!!
 霊能力者としての話だよ!!」 

 と、あらぬ疑いを招くだけであった。


___________


「忠夫の母でございます・・・!!
 いつも息子がお世話に・・・」
「初めまして、どうもごていねいに・・・」
「こ、こんにちはー!」
「拙者も、あらためて・・・」

 百合子が頭を下げ、美神とおキヌとシロもお辞儀する。
 皆でペコペコしあうという、日本人独特の挨拶だ。
 一日の予定が詰まっている百合子は、仕事前の朝に、美神の事務所を訪れたのだった。
 寝起きが悪く朝遅いことも多い美神だが、さいわい、今朝はキチンとしていた。おキヌが、

(失敗しないよーにしなきゃっ・・・!!)

 と固まっているのを、

「・・・別にあんたがキンチョーしなくても」

 と、からかう余裕があるくらいだ。

「もーひと目見てわかりました・・・!
 皆さんこいつのセクハラでお困りでしょう!?」

 横島の頭をつかんで謝らせる百合子は、

「この子のスケベは父親似なんです・・・!
 昨日も結婚記念日だというのに・・・」

 と、別れてきた事情を語りだす。
 その内容は・・・。


___________


「約束の時間を2時間も過ぎたわよ!?」

 亭主の大樹があまりに遅いので、会社まで電話した百合子だったが、

『い、今それどころじゃないんだっ!!
 武装ゲリラが社内に・・・!!』

 という言葉が返ってきた。
 確かに、ゲリラに襲われてもおかしくない土地柄、仕事内容でもある。しかし、

「その言いわけは5回めね!
 過去4回は浮気って知ってるわよ!」
『今回は本当なんだってばー!!』

 嘘の前例があるだけに、簡単に信じるわけにはいかない。

『あーいいぞっ!!
 ゲリラにかわる!!』

 大樹が誰かに受話器を渡したようだが、

『Allo!?』

 聞こえて来るのは女の声、しかも訛った『ハロー』でしかない。

「離婚よ!!
 あとで弁護士をよこすわ!」

 という言葉を最後に、百合子はブツッと電話を切った。


___________


「そ・・・それはまた・・・」
「不誠実でござる・・・」
「あいかわらずやなー、あのオヤジ・・・」
「とゆーより、なぜ結婚を・・・?」

 話を聞いて、四人がそれぞれのリアクションを示した。
 美神の言葉は質問だったので、百合子は、説明を始める。

「もともと、
 主人は職場で私の部下だったんですよ!
 当時からバカでスケベでしたけど・・・
 なんとなく憎めなくてね・・・」

 百合子は有能なOLだった。バリバリ仕事をこなす彼女に対して、多くの男が距離を置いたほどだ。
 しかし、大樹だけは別だった。百合子が叩こうが何しようが、彼はセクハラし続けてきた。しかも、仕事も熱心で才能もある。浮気性なのが欠点だったが、それも百合子ならば管理出来ると思ったのだった。
 こうした彼女の昔話を聞いて、

「う・・・うーむ」

 考え込んでしまうのが美神である。
 とても他人事とは思えなかった。自分と横島との関係に、どこかオーバーラップするのだ。

(でも、私の場合は・・・)

 と、美神が自分自身の感情について思いを巡らす暇はなかった。
 百合子の言葉は、まだ続いていたのである。

「しかし、
 結婚記念日をすっぽかすよーじゃ、
 許容限度もここまでです!
 すっぱり別れるつもりですわ!」
「そ・・・そーですか・・・」
「ついては忠夫のことなんですが・・・」

 ここで、百合子は表情を引き締めた。そして、

「これを機に、
 今日でバイトを辞めさせていただきます!」

 と言いきった。


___________


「待てよ、母さんっ!!
 何勝手なことを・・・」
「今日まで本当にお世話になりました・・・!」

 文句を言う横島を壁に叩き付けて黙らせ、百合子は、代わりに頭を下げる。
 少しの間、言葉を失う美神たち三人。その中で、最初に口を開いたのはおキヌだった。

「辞めるって・・・
 そんな、急に・・・!!」
「そうでござる!!
 先生は・・・」
「おキヌちゃん・・・!!
 シロ・・・!!」

 三人が何を言おうと、百合子の決心は変わらなかった。

「主人がナルニアに赴任するとき、
 息子を連れていくつもりだったんです。
 それをどうしても
 日本に残るってきかなくて・・・」

 百合子が仕送りを切りつめていたのも、そうすれば、根性のない横島が音をあげると考えたからだ。まさか、バイトに精を出して学校にろくに行かなくなるとは思ってもいなかった。
 これは問題である。GSになるにせよ、ならないにせよ、高校を卒業した時点であらためて考えるべきだというのが、百合子の意見だった。
 反論の余地がない正論である。
 それだけでなく、

「それにね・・・
 主人と別れたら私の身内はこの子だけでしょ。
 きちんと働き出したら
 男の子はもう一人前ですもの。
 せめてそれまで手元において、
 ちゃんと卒業式に
 送り出してやりたいんですよ・・・!」

 と、母親としての心情も語られてしまったのだ。三人の女性は、何も言えなかった。


___________


「横島さーん!!
 今、職員室に女の人を案内したら
 横島さんのお母さまですって・・・!?」

 小鳩が、教室に飛び込んで来た。

「おふくろが来てんのか!?」
「若くてきれいなお母さまですねっ!!
 あいさつしちゃった・・・!!」

 百合子は、美神の事務所に続いて、高校にもやって来ていたのだ。

「母さん!!
 こんなとこに何を・・・」

 慌てて職員室へ駆け込んだ横島が目にしたのは、札束を手にお辞儀する百合子の姿。

「とゆーわけで出席日数の件はこれで・・・。
 今後はまじめに出席させますので・・・」

 百合子の贈賄行為の前に、

「セコい犯罪してんじゃねえっ!!
 みっともないっ!!」

 と言うだけでなく、

「学歴なんか別にいいよ!!
 俺はGSになるんだからな!!」

 とまで口にする横島だったが・・・。

「男子一生の仕事やないか!!
 半人前のままで
 つとまると思とんのかッ!?」
 
 大阪弁で反論が返ってくる。

「キチッと卒業したあとやったら
 母さん何も言わん!!
 卒業なんてあっという間やないの!
 本気でなりたい仕事やったら
 待てへん道理があるかっ!!」

 百合子は、ここでも正論を展開させるのであった。


___________


 次に百合子は、大樹が務める商社の本社へ行き、そこでも一騒動巻き起こす。
 彼女がビルに入った途端に、社長の方から会いに来たり、会社の株が急に上がったり。また、極秘資料にチラッと目を通しただけで利益を30億円も上げる策に気づいたり。
 百合子についていった横島は、母親のそんな姿を初めて目にし、彼女が伝説のスーパーOLだったことを知らされた。

 そして、その頃、美神の事務所では、

「そうか、あいつが辞めちまうのか・・・」

 雪之丞が、美神とシロから、今回の騒動について聞かされていた。
 最近、また時々事務所に顔を出すようになった雪之丞である。横島を中心とした男子チームが鬼を相手にミニ四駆対決をした時にも、突然やって来て伝説のマシンとやらを提供し、勝利に貢献していた。その後、この男子チームは、おキヌのツテで六道女学院の女の子と合コンをしたそうだが、そこで雪之丞にはガールフレンドまで出来ていた。

「・・・ひどいでござろう!?」

 百合子に直接文句を言えなかったシロは、今頃になって、雪之丞相手に不満を述べ始めたのだが、

「いや、おふくろさんが
 そう言うなら仕方ないだろう」
「・・・雪之丞どの!?」
「雪之丞、あんた・・・」

 彼は、アッサリと百合子の言い分を認めてしまう。
 シロとしては、雪之丞が横島をライバル視していた話も聞いていたので、この反応は意外だった。雪之丞は味方になってくれると思っていたのだ。
 だが、美神は、どこか納得していた。

(やっぱり、こいつも・・・)

 言葉の端々から、マザコンであることが周囲に知れ渡っている雪之丞だ。だが、彼が語る『ママ』は、いつも過去形だった。
 
(お母さん・・・か・・・)

 美神は、中学生の時に亡くした母親を思い出してしまう。
 彼女としても、横島が事務所を去ることは嬉しくない。しかし母親のためであるなら仕方ないとも考えてしまうのだった。


___________


「はいっ!
 こちらは美神除霊・・・
 !!
 横島さん!?」

 電話をとったのは、おキヌである。
 すでに学校も終わった時間であり、制服姿のまま、おキヌは事務所の手伝いをしていた。
 彼女は、受話器を美神に渡す。

「もしもし!?」
『あ、俺っス!!
 今、おふくろ説得してますけど・・・』

 横島は、百合子が会社の重役と復職に関して話をしている間に、ビルの中の公衆電話からかけてきていたのだ。

『俺、絶対辞めませんからねっ!!
 なーにイザとなったら
 あんなババアとは縁を切ってですね・・・!!』

 という声が聞こえてくるが・・・。
 ここで、美神はチラリと雪之丞を見る。それから目を閉じて宣告した。

「ダメよ!
 卒業するまでは
 もうあきらめなさい!」

 この言葉は、周囲の三人にもハッキリ聞こえる。

「みっ・・・美神さん!?」
「美神どの・・・!?」
「・・・」

 彼女は、それを気にせず、

「お母さまを裏切ったりしたら
 許さないからね!」

 と続けた。

『そ・・・そんなっ!!
 俺は・・・』
「・・・あんた、
 私のママが亡くなったの知ってるでしょ!?
 お母さんの言うとおりしなさい!!」

 電話の会話がそこまで進んだところで、

「・・・仕事どころじゃなさそうだな。
 また来るぜ・・・」

 雪之丞は、小声でつぶやきながら、静かに事務所をあとにした。


___________


「冷たいよな、美神さん。
 そんなの知ってたけど・・・」

 心の涙を流しながら電話を切った横島のところに、

「お待たせ、忠夫!
 勤務先が決まったわよ」

 と言いながら、百合子が戻って来た。

「ニューヨークよ!
 ちょっと遠いけど仕方ないわね。
 一緒に行こう!」

 口調も表情も穏やかだが、NOと言わせるつもりなどない百合子であった。


___________


「すっかり暗くなっちまったな・・・」

 そう言いながら公園のベンチから立ち上がったのは、雪之丞である。
 事務所を出た時点では日没前だったのだが、いつのまにか夜になっていた。
 かなり長く座り込んで、物思いにふけってしまったらしい。

「おふくろさん・・・か・・・」

 とつぶやきながら歩き始めた雪之丞だったが、突然、背中に悪寒が走った。
 振り向くと、

「ほう・・・おまえは
 いつぞやの霊能者だな!?」

 そこに、刀を手にした武家姿の男が立っていた。深くかぶった編み笠のために、顔は全く見えないが、その正体は明白だった。

「オオカミ野郎・・・!!」
「・・・すっかり元気になったようだな。
 ならば、また霊力をいただこう・・・」

 男は、編み笠を脱ぎ捨てた。
 月の光に照らされて、魔色の両目や、口の端の牙が明らかとなる。
 彼の名は犬飼ポチ。人狼の秘宝である妖刀『八房』を用いて、狼王フェンリルになろうと試みた狂気の人狼である。
 その『八房』を横島に折られ、犬飼自身もダメージを負って逃走したのだったが・・・。
 彼の手には、修復された『八房』が握られていた。以前の妖刀より少し短いようだが、小太刀という程でもない。

「新しい『八房』の最初のサビとなること、
 光栄に思うのだな・・・!!」
「『新しい』・・・!?
 それはこっちのセリフだぜ!!」

 雪之丞が魔装術を展開させた。
 妙神山での修業で魔装術の奥義に辿り着いた彼だったが、その後、強敵と戦う機会はなかった。
 新しい魔装術で、どこまで強くなったのか。それを試す相手として、犬飼は、かっこうの相手だった。

「ほう・・・!!
 化物と罵られて、外見を変えたのか!?
 しかし・・・知っておるかな、
 『見かけ倒し』という言葉を!?」

 犬飼が『八房』を振るう。
 以前の刀と同様、幾つもの凶刃が飛んできた。しかし、

「さすが新しい魔装術だ、なんともないぜ!!」

 雪之丞は、これを防御してみせた。かつての魔装術ならば、装甲の厚い部分でも抉れてしまったし、それに、腕や脚に直撃したら斬り落とされる可能性まであった。
 だが、今回は違う!
 もちろん、全くの無傷というわけではない。かすり傷程度はついてしまったが、雪之丞は気にしていなかった。

「・・・ふむ。
 やはり人間の刀鍛冶に作らせては
 この程度のシロモノか・・・」

 犬飼の側では、雪之丞が急激にパワーアップしたとは捉えていない。自分の刀の劣化を嘆いていた。

「・・・しかし、
 刀の機能は変わらなかったようだ!!
 ははははははは
 ははははははは!!」

 高笑いとともに、犬飼の魔力がグングン上昇する。
 これを察知して、雪之丞は、自分のミスを悔やんだ。
 たとえかすり傷であっても、傷を受けてはいけなかったのだ。そこから霊力を吸われてしまったのだ。

「・・・しまった!!」

 一瞬のうちに、犬飼の姿が異形へと変化していく。
 着物を突き破って巨大化し、四つ脚の獣となった。体全体も顔つきも狼を思わせるものだが、目は三つとなっている。従来の目の下に、左右に長くつながったものが現れたのだ。しかも、三つとも、獣の目ではなく、虫のような複眼になっていた。

『後悔しても遅いわ!!
 「狼王」フェンリルの復活だ!!』


___________


『腹がへったぞ・・・。
 肉を喰わせろ!!』
「冗談じゃねえ!!」

 雪之丞に向かって噛み付くフェンリル犬飼だが、もちろん、雪之丞は跳んで逃げる。
 
「なに!?」

 ジャンプの直後で方向転換できない雪之丞を、強力なビームが襲った。フェンリルの目から発せられたものだ。

「・・・!!
 ほとんど怪獣じゃねえか・・・」

 魔装術のおかげで直撃しても命に支障はなかったが、地面に叩き落とされ、意識も失ってしまう。

『くっくっく・・・
 うまそうだ・・・!!
 ひとくちで・・・』

 フェンリルが彼を食べようとした瞬間、

『だッ!?』

 強力な一撃が横からぶつけられ、その邪魔をした。
 ふと見ると・・・。

「バイトを辞めるにしても・・・
 こいつだけは俺が倒さなきゃあな・・・」

 サイキック・ソーサーを投げつけたばかりの横島が、そこに立っていた。


___________


 横島の後ろには、シロもいっしょだった。
 散歩に連れ出すためにシロが横島の部屋へ行ったところで、ふくれあがったフェンリルの妖気を感じたのだ。そして、ここまで二人は駆けてきたのだった。

「犬飼・・・!!
 父のカタキめ、覚悟せよ!!」
「待て、シロ!!」

 仇討ちに燃えるシロを、横島が手で制した。 

「・・・いくら俺たちが強くなったとはいえ、
 こいつだって並のバケモンじゃねえ!!
 ・・・美神さんと合流しろ、
 アルテミス計画だ!!」
「わかったでござる・・・」

 フェンリルの逆襲に備えて、美神たちは、人狼族の守護女神アルテミスを召還する準備を整えていた。そのための魔法陣を六道家の敷地に描いたのはずいぶん前だが、まだ残っているはずである(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。

(いくら六道家の人々がボケボケとはいえ、
 あれをウッカリ消したりしてないよな・・・!?)

 と考えながらも、横島は、フェンリルを睨み続けた。

『横島・・・だったな!?
 貴様に受けた傷、まだ痛むぞ!!』

 フェンリルの注意が横島に向いた隙に、シロは意識不明の雪之丞を抱え上げて、その場を一時離脱した。
 
(ナイス、シロ・・・!!
 これで、こいつと一対一だ!!
 何とかシロが戻るまで時間を稼げれば・・・)

 しかし、そんな横島の思惑を裏切るかのように事態は進展する。

「・・・なんだい、この怪物は!?」

 その場に、百合子が現れたのだった。


___________


「ちょっと、あんたたち!」

 事情も語らずに、シロと横島は部屋から走り出してしまった。
 何か事件が起こったのだろうということは、百合子にも推測がつく。一般人が近づいては危ないということも分かるのだが、

「・・・一度くらいGSの仕事を
 この目で見ておくのもいいかもしれないね」

 と思ってしまったのだ。
 自分の身は自分で守るという自信があった上での考えである。なにしろ、百合子は、今回来日した飛行機の中でも一人でハイジャック犯を倒したくらいの、ちょっと凄腕の一般人なのだ。
 こうして、二人を追いかけて百合子は、今、この場に辿り着いたのだった。


___________


「・・・これが俺たちの仕事さ」

 一応の返事を百合子に投げかけた横島だったが、

(・・・最悪のタイミングだ!!)

 心の中では、かなり動揺していた。
 もう少し早く来ていれば、シロがここから離れる際に、いっしょに連れて行ってもらえただろう。
 もっと遅ければ・・・。この戦い自体、終わっていただろう。何とかシロが戻るまで持ちこたえて、アルテミスの力で一気に叩く。これは、そういう決戦だった。

「GSっていうのは・・・
 怪獣退治もするのかい!?」

 百合子も、自分の判断ミスを後悔していた。目の前の怪物からくる強大なプレッシャーは、霊能力などない自分にも分かるくらいだ。
 これは、とても『自分の身は自分で守る』というレベルではない。
 一方、フェンリルも、

『・・・ほう!?
 貴様の関係者か・・・!?
 霊能者ではなさそうだが・・・』

 と、新しい乱入者に対して、値踏みするような視線を向けていた。
 これを見て、横島が決意する。
 どうやら逃してはもらえないようだ。それならば・・・。

「母さん・・・!!
 そこで、じっとしててくれ・・・」

 横島は、文珠に『防』と入れて百合子に投げつけた。
 かろうじて出すことが出来た、たった一つの文珠である。うまく使えば有利に戦えるのだろうが、この状況では、母親の身を守る方が優先だった。

「忠夫!?
 これは・・・」

 結界に囲まれた百合子は、横島がバリアを用意してくれたのだと理解する。

『ほう・・・。
 しばらく見ぬうちに、
 面白い芸当を身につけたようだな・・・?』
「本当は、
 もっと色々と出来るんだがな・・・。
 今は一つしかなくて残念だ!!」
『・・・ふむ。
 余興も終わりだというなら・・・!!』

 口を大きく開けたフェンリルが、横島へと突撃した。


___________


 ある者はフェルリンル出現の気配を感じて、また別の者は連絡を受けて。
 GSたちが、六道家の魔法陣のもとに集まっていた。

『これが・・・女神のパワー!?
 凄いでござる・・・!!』

 すでに、月と狩りの女神アルテミスを呼び出すことにも成功していた。今、その力は、魔法陣の中心にいたシロに憑依しているのだ。
 女神の姿が投影されたらしく、シロの外見は変わっていた。
 胴体部は胸元まで毛皮に覆われているが、なぜか股間はハイレグであり、また、胸の谷間からヘソまでは大きく露出している。何歳か成長したかのように変化したボディラインが、すっかりあらわになっていた。
 肩も裸だったが、腕は手の甲まで続く布製アーマーで保護されている。耳は上方へ巨大化して、より獣らしくなり、シッポも長くなったようだ。また、前髪に隠された額には、女神の力の象徴である宝玉が張り付いていた。
 アルテミスシロを見守る一同の中で、

「刀匠事件の意味に気づいていれば・・・!!」

 と、西条が悔やむようにつぶやく。
 オカルトGメンの管轄にはなっていないが、高名な刀鍛冶が失踪した事件は、ニュースで聞き知っていた。妖刀『八房』が復活し、フェンリルが出現したとなれば、もう明らかだ。犬飼にさらわれて、妖刀の修復をさせられていたのだろう。

「西条さんが気にする必要はないわ。
 あいつを逃しちゃったのは横島クン・・・。
 だから、この件は
 美神除霊事務所でカタをつけるわ!!
 行くわよ、シロ!! おキヌちゃん!!」

 美神は、アルテミスシロとおキヌを連れて、戦場へと向かった。

「令子だけに任せておけないワケ!!
 私も・・・」

 エミが美神を追いかけようとしたが、唐巣神父がそれを止める。

「相手がフェンリルとなった犬飼では、
 私たちが行ったところで
 かえって足手まといだろう」

 唐巣は、美神ほか三人が妙神山最難関の修業を受けたことを知っていた。美神の事務所メンバーの戦闘力は、もはや自分よりもはるかに高いのだ。

「彼らはみんな、凄い修業の末
 とても強くなったからね・・・」

 つぶやいた唐巣の耳に、

「あれ〜〜?
 おキヌちゃんも〜〜?」

 という冥子の言葉が入ってくる。

「あ・・・」

 おキヌのことなどカウントしていない唐巣であった。


___________


 フェンリルとなった犬飼のパワーは凄まじい。

「くっ!!
 俺だって強くなってんのに・・・!!」

 以前のようにハンズ・オブ・グローリーを二刀流にして戦う横島だったが、完全に押されていた。致命傷こそ受けていないが、もうボロボロである。
 しかも、実は、フェンリルは全力を出していなかった。
 以前に体もプライドも傷つけられた恨みがある。だから、一気に仕留めるのではなく、横島をいたぶっていたのだ。

『弱いなあ・・・
 貴様の力は、この程度だったか・・・!?』
「バカやろう!!
 おまえがバケモノすぎるんだー!!」
『くっくっく・・・
 そろそろ終わりにしてやろうか・・・』

 満足そうに笑うフェンリルは、ガバッと口を開いた。横島を丸呑みにするつもりだ。
 しかし、その試みはうまくいかなかった。

『な・・・!?』
 
 強大な霊波刀を頭から食らってしまったのだ。

「先生に手を出す奴は許さんでござる!!」

 アルテミスシロが、駆けつけて来たのだった。


___________


「あ・・・あれが霊波刀!?
 ものすごいパワーだわ!!」
「さすが女神さまの力ですね!!」

 シロについてきた美神とおキヌが驚愕しているように、アルテミスシロの霊波刀は、非常識だった。
 長さ自体も、身長の何倍もあるのだ。それは、ちょうど、シロ・メガ・キャノンを刀状に収束させたかのようなシロモノだった。
 横島も驚いているが、

「おお!?
 ここまで育てば
 さすがの俺もドキドキだーっ!?」

 こちらは、霊波刀が対象ではない。セクシーになったシロの体型に魅了されていた。
 横島の霊力が上昇し、両手の霊波刀もグンと大きくなる。

「横島・・・」

 呆れたような視線を彼に向けた美神だったが、ここで、ふと気が付いた。
 なぜか、この場に百合子までいるのだ。ただし、彼女は、結界に守られている。

(文珠を使ったのね!?
 ・・・ヘソクリしてたのかしら?)

 横島の文珠を管理しているつもりの美神としては、少し不思議にも思ったが、

(でも、一つでもあってよかったわ)

 と安心し、続いて、自分の方針を反省する。
 今後は、全部事務所に保管するのではなく、いくつか横島に渡しておいた方がいいだろう。美神自身が精霊石のアクセサリーを常に身に付けているように、横島も少しは文珠を持ち歩くべきだろう。
 
(どうやら、強い敵って突然現れるみたいだから・・・)

 と考えながら、美神は、持ってきた文珠を握りしめる。
 今のような戦闘の真っ最中では、美神が横島に文珠を投げ渡す余裕もないのであった。


___________


「そうか、やはり女神の力を・・。
 フ・・・!」

 アルテミスシロの一撃を受けても、フェンリルには、まだまだ余裕があった。
 修業で霊力を高めて無理矢理変身した紛い物ではないのだ。きちんと『八房』でエネルギーを吸い取った結果の、本物の『フェンリル』なのだ。もはや、犬飼自身が驚くほど強力となっていた。

「とっくに引退した女神など・・・
 伝説のフェンリル狼の敵ではないわ!!」

 自分のことは棚に上げて、アルテミスを時代遅れだと嘲笑うフェンリル。その目に光が集まり、シロへ向かってビームが放たれた。

「こんなもの・・・!!」

 両腕でガードしたシロは、この直撃をかろうじて耐えきったものの、公園中央の大木へ叩き付けられて倒れてしまった。
 さらに、弾き飛ばされたエネルギーの余波が、周囲の者たちを襲う。

「・・・!!」
「うわっ!?」
「えいっ!!」

 百合子は、結界に守られた。
 横島は、霊波刀で迎撃した。
 美神は、横に跳んでかわした。
 しかし、おキヌは・・・。

「きゃっ!?」

 と、叫んで倒れてしまう。
 
「おキヌちゃん!?
 これを・・・!!」

 駆け寄るよりも早いと判断して、美神は、『治』と入れた文珠をおキヌに投げつけた。
 おキヌは重症だったわけではない。脇腹を痛めただけだった。光に包まれ、たちまち傷が回復する。

「あ・・・!!」

 しかし、患部へ目を向けたおキヌは唖然としていた。服が部分的に破れているだけでなく・・・。
 その横にあったはずの、肩からぶら下げていたはずのポシェットが、中身ごと消滅していたのだ。ストラップ部分だけは残っていたが、それも、風に飛ばされてゆく。

(そんな・・・
 横島さんとの思い出が・・・!!)

 あの中には、おキヌの宝物が入っていた。どこに行く時も持ち歩いていたくらい、とても大事にしていたヌイグルミだった(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」参照)。
 おキヌの目に涙が浮かぶのを見て、

(よっぽど大切なものが入ってたのね・・・。
 財布とか貴金属とか・・・あるいは思い出の品とか?)

 と、同情する美神であった。


___________


『回復能力か・・・?
 厄介な・・・』

 フェンリルは、微妙に勘違いしていた。
 確かに、おキヌにはヒーリング能力がある。幽霊時代にはなかったが、生身になってから、いつのまにか身につけていた力だ。ただし、おキヌのヒーリングは『ある程度できる』というだけの弱いものであり、自分自身を治療することも不可能である。
 しかしフェンリルは、『治』文珠の効果を、おキヌ自身によるものだと誤解してしまった。人狼のヒーリングよりも強力な能力と思ったため、

『ならば、おまえから・・・!!』

 おキヌを食べようとして、向かっていく。
 消滅したポシェットの中身を思い、ショックで固まっているおキヌ。彼女に、逃げる余裕はなかった。

「おキヌちゃん!」

 フェンリルの動きは速く、美神が『防』文珠を投げつける暇も、他の者が助けに駆け寄る時間もなかった。


___________


『ひとくちで喰ってやろう・・・!!』

 フェンリルの口が閉ざされる瞬間、空から一条の光が飛来し、おキヌを直撃した。
 同時に、全員の頭の中に、一つの声が鳴り響く。

『今こそ、いつぞやのお返しをしましょう。
 私は・・・』

 正体に気づいた美神、横島、シロは、彼女のセリフを奪って叫んでしまう。

「・・・月神族の女王、迦具夜姫!!」

 確かに、先ほどの光は、月から一直線に降りてきていた。
 そして今、フェンリルの口が少しずつ開き始める。
 中から、おキヌが力づくでこじ開けているのだ!
 彼女がそんなパワーを得たのは・・・。

『私の力の一部を
 そちらの女性に憑依させました。
 月に支配された者を相手にするならば、
 これで十分でしょう。
 私は・・・
 月神族の女王迦具夜姫・・・』

 月からの声が説明する間に、フェンリルの顎が外れて、おキヌが飛び出してきた。

「ええっ!?」
「おキヌどの・・・!?」
「・・・その姿は!?」

 美神たち三人が驚いたのも無理はない。
 おキヌの長髪は黄金に輝いており、髪型まで少し変わっていた。また、私服だったはずなのに、今は制服姿なのだ。それも六道女学院のようなブレザーではなく、セーラー服となっていた。

「・・・」

 事態についていけない百合子だけが、結界の中で、表情も変えずにドンと構えている。

「何・・・これ!?」

 おキヌ自身も戸惑う中、

『え?
 地球人の好みに合わせたつもりなんですが・・・。
 なにかおかしいですか?』

 迦具夜の声は、以前と同じセリフを述べていた。
 彼女の言葉は、さらに続く。

『新しい情報を取り入れたつもりなんですが・・・。
 まだおかしいですか?』


___________


「ヒーリング能力もエスカレートしてるわ!」

 おキヌは、木の根元で倒れているアルテミスシロのところへ駆け寄り、彼女を治療する。治癒スピードは、おキヌ自身が驚くほど速かった。

『き・・・さ・・・ま・・・』

 顎を外されて身もだえていたフェンリルが、ここで、ゆっくりと立ち上がる。
 セーラー服のおキヌを睨むが、彼女もキッと同じ視線を返した。

「・・・許さない!!」

 小さくつぶやいたおキヌは、どこからか取り出した笛を構える。
 少し形状が変わっているが、ネクロマンサーの笛だ。

 ピュリリリリーッ!!

 笛の音そのものは以前と同じだが、パワーはアップしているらしい。

『グ・・・グワア・・・ッ!!』

 本来、ネクロマンサーの笛は、悪霊を成仏させるものだった。
 だが、もはや、全ての邪悪なる者への死のメロディーとなっているのだ!

「・・・という技だと思うでござるよ」
「どこかで聞いたような設定だな・・・?」
「また・・・シロの悪いクセね・・・」

 シロの説明を半信半疑で聞く横島と美神だったが、確かに、フェンリルは苦しんでいる。前脚で耳を塞いでいるが、それでも直接伝わってしまうようだ。

「死の最終交響曲でござる!!」

 調子にのって、シロが勝手にネーミングまでしていた。

「トドメは拙者が・・・!!」

 そう言ってフェンリルへ向かって走り出したシロだったが、

「ぐ・・・わ・・・!?」

 突然、その場にガクンと膝をついた。

「シロ・・・!?」
「どうした・・・!?」

 美神と横島は、フェンリルを変身おキヌにまかせて、シロのもとへ駆け寄る。シロはとても苦しそうなのだ。
 彼女はおキヌのヒーリングでケガから回復したものの、失った体力と霊力までは元に戻っていなかった。
 額の宝玉がピコピコと点滅を始め、そこからアルテミスの声が聞こえ始める。

『これ以上は無理だ!
 高すぎる霊力を酷使したおまえの身体は
 これ以上の負荷には耐えられん!』
 
 若くして妙神山の修業を極めたシロの霊力は、年齢に不相応なほど肥大化していた。しかし、肉体的には普通の人狼である。女神を憑依させたことで、その歪みが如実に現れてしまったのだ。

「女神さま・・・!!
 犬飼は拙者が倒したいのでござる!!
 どうか・・・」
『やめろ!!
 無理を続けたら死んでしまうぞ!!』

 這ってでもフェンリルを倒しに行こうとするシロを、アルテミスが再度制止する。もうシロの肉体から離脱しようかとも思ったが、その時。
 美神が、労りの気持ちをこめて、両手でシロの手を握った。

「私たちにまかせて・・・!!」
「美神どの・・・!!」

 もはや、シロ自身の体も、彼女に休息を要求していた。シロのまぶたが、半分閉じかかる。

『勝ちたいなら私の言うとおりにしろ!』

 頭の中に流れてきた女神の声に従って、シロは美神の手を握り返した。その手を介して、美神の体に何かが流れ込んでいく。

「ええっ!? これは・・・」
「あとを頼むでござる・・・!!」


___________


「お・・・狼の女神のパワーが・・・
 私に・・・!?」

 シロの姿が元に戻ると同時に、美神がアルテミス化した。
 胴体部は毛皮に覆われているが、シロの時と全く同じで、露出の高すぎるハイレグ水着のようだ。元からスタイルが良かっただけあって、さすがにボディラインの変化はない。
 ベースが人間であっても、長いシッポ、小さな牙や独特の爪など、シロ同様の獣化をみせていた。
 耳も上方へ巨大化しているが、美神の場合、長髪で耳元が隠れているので、頭の上にケモノ耳がついたかのような印象を与えていた。シロとは違って額を隠すほどの前髪はないため、女神の力を象徴する宝玉は、その存在を強く主張している。

「久しぶりのフトモモー!?」

 鼻血を吹き出す横島だったが、霊波刀もさらに大きくなっていた。

「シロ・・・!!
 あんたの気持ち・・・しっかり受けとったわ!!」

 アルテミス美神は、横島にシロをあずけて、フェンリルへ向かっていく。


___________


『ぐ・・・』

 すでに顎も外れて、さらに、笛の音の効果で動きもままならないフェンリル。そんな彼に追い打ちをかけるように、美神が頭の上に飛び乗り、首にロープを巻きつけた。
 ただのロープではない。これは、女神アルテミスが狼を縛るための縄だ。

『女神が・・・人間・・・に・・・
 宿っ・・・た・・・だと!?
 なぜ・・・だ!?』

 フェンリルが呻くが、アルテミス美神は、それを無視した。

「覚悟はいいわね!?
 これは、シロのお父さんの分!!

 左手でしっかりロープを握ったまま、右の拳を次々とフェンリルへ叩き込む。

「これは、おまえに殺された人間と、
 傷を負わされた私の仲間の分・・・!!」

 美神の手は止まらなかった。

「そして、これが私の!!」

 それまで以上の力をこめて、

「おまえに切られた
 私の髪のお返しよーっ!!」

 彼女は、両手でフェンリルを殴りつけたのだ。
 もはや大地を踏みしめることも出来ず、地面に叩き付けられてしまうフェンリルだったが、まだ終わりではなかった。

「そして、これが私の!!
 あなたに奪われた
 横島さんとの思い出の分よーっ!!」

 いつのまにか美神の横に来ていたおキヌが、ネクロマンサーの笛をフェンリルの頭に振り下ろしたのである。

「おキヌちゃんまで!?
 しかもネクロマンサーの笛で・・・!?」

 見ていた横島が唖然とする。だが、彼だけ立ちすくむわけにはいかなかった。保護していたシロを百合子にまかせ、フェンリルへ向かっていく。

「なんだか知らんが・・・俺も!!
 今まで色々と虐げられてきた恨みだーっ!!」

 と言いながら、霊波刀を叩き込んだ。

『それ・・・は・・・
 八つ当たり・・・だ・・・』

 三人にボコボコにされながらも、フェンリルは、シッカリ主張した。
 しかし、彼は知らなかった。そもそも美神の私怨にも、少し八つ当たりが含まれていたのだ。確かに美神は髪を切られたことを恨んだのだが、その際、髪の長さの変化に気づかなかったという理由で横島にも腹を立てていたのである。
 だが、これは美神自身も意識していない微妙な感情なので、フェンリルが分からないのも当然だった。 

『あ・・・あの・・・?
 も・・・もう十分・・・だな?』

 女神アルテミスは、鬼気迫る勢いで殴り続ける三人に遠慮してしまったのだが、ここで、美神の体から抜け出した。

『一緒に行こう・・・
 おまえも私と同じ世界に属する者・・・。
 さあ・・・おいで・・・』

 すっかりボロボロになったフェンリルとともに夜空へ浮かんでいき、まるで幽霊が成仏するかのように、姿を消した。
 そして、

『これでお返し出来ましたね。
 私は・・・
 月神族の女王迦具夜姫・・・』

 という声とともに、おキヌの外見も元に戻った。
 
「父上・・・
 終わったでござるよ・・・」

 一部始終を見届けてから、シロが目を閉じて倒れ込む。

「ちょっと・・・!?
 シロちゃん!?」

 彼女を預かっていた百合子が心配するが、どうやら、疲れて眠ってしまっただけらしい。シロは寝息を立てていた。
 安心した百合子は、顔を上げて横島を眺める。

(忠夫・・・。
 しっかり見せてもらったよ、
 おまえが暮らしてきた世界を。
 その世界の人々との関わりを。
 子供が巣立つのって・・・
 案外早いもんなんだねえ・・・)

 シロを抱きかかえたまま、彼女は感慨にふけるのだった。


___________


 シロには、全霊力を集めて撃ち出すシロ・メガ・キャノンという技がある。直後には疲れて眠り込んでしまうという、ある意味使い勝手の悪いシロモノだ。これを見てきた美神たちにとって、『霊力を使い切ったシロが、回復のために寝ている』というのは、いつものことであった。
 今回も同様だと考えて、彼らは、それほど心配していなかったのだが・・・。

「あれ!?
 ・・・拙者、いつのまに成長したでござるか!?」

 数時間後に目を覚ましたシロは、記憶の一部を失っていた。
 子供でありながら、肉体は年齢以上に成長し、さらに、身体の器よりも強大な霊力を使っていたシロ。そんな彼女にアルテミスが憑依することは、美神たちの予想を超えた負担となっていたのだ。その皺寄せが、思いもよらぬ部分へ来てしまったらしい。

「えーっと・・・!?
 横島先生に弟子入りして・・・。
 犬飼の『八房』でやられて・・・」

 シロは、横島たちと出会った辺りは明確に覚えていた。あやふやなのは、横島をかばって犬飼に斬られた頃からだ。
 しかし、それ以降の全てを忘れたわけではない。

「ああ、超回復!!
 思い出したでござるよ。
 それから・・・
 美神どのの計画で女神さまを呼び出して、
 その力を借りてフェンリルを倒したのでござるな!?」

 犬飼逃亡直後に色々と準備したことも、今日の戦いそのものも、ちゃんと覚えていた。
 抜け落ちているのは、しばらく犬飼が消息不明だった時期の出来事である。
 死津喪比女の事件、妙神山での修業、平安時代への時間移動、生身になったおキヌの帰還、そして、月への宇宙旅行・・・。
 そうした日々の記憶がなくなってしまったため、シロの中では、まるで犬飼が比較的すぐに戻ってきたかのような認識になっていた。

「まあ・・・。
 そういうことにしておきましょうか」

 複雑な表情で、美神がまとめる。
 もともと、シロが事務所に居候するのは『仇を討つまで』という取り決めだった(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。シロは、これで、人狼の隠れ里へ戻るのである。

(それならば・・・
 無理に思い出す必要もないでしょう。
 ・・・なんだか寂しいけどね)

 美神たちに見送られて、シロは、その日のうちに里へと帰っていった。

「また遊びに来るでござるよ!!」

 と、無邪気に言い残して。


___________


「おまえがもう一人前だということはわかったよ。
 ・・・このまま、この世界で頑張りな!!
 それに、おまえのカッコイイ姿を見てたら
 父さんのことを思い出しちゃってねえ・・・。
 もしかしたら『会社にゲリラ』も
 今回はホントかもしれないから、
 一度ちゃんと話し合ってみるよ」

 百合子は、ナルニアへ帰国することを、横島たちに告げた。
 空港まで見送りに来たのは、美神、おキヌ、横島の三人である。シロは里へ戻ってしまったし、雪之丞はまだ入院していた。

「いったい今回の騒ぎは
 なんだったんだ・・・?」

 母親から解放されたことを喜ぶべき横島だったが、最後だけアッサリと解決したため、茫然としていた。
 百合子を乗せた飛行機が空に飛び立っていく。
 それを見ながら、美神は、

(もしかして・・・
 最初から、様子を見に来ただけだったのかも?)

 と考えてしまった。
 
「・・・それじゃ帰りましょうか」

 と、空港のロビーを歩く三人だったが・・・。

 ドガッ!!

 突然、ターミナルビルの壁面を突き破って、一台のジェット機が突入して来た。
 中から、ロープで縛りつけた女性とともに、一人の男が降りてくる。

「ゆ・・・百合子・・・!!
 ちゃ・・・ちゃんと来たぞ・・・!!」
「お、親父っ・・・!?」

 それは横島の父、大樹であった。

「浮気じゃない証拠のテロリストと・・・
 買っといた指輪を・・・!」

 彼の手には、結婚記念日のプレゼントが握られていた。
 どうやら、自分の釈明が正しいと示すために、わざわざ来たらしい。まだ百合子が日本にいると思っていたのだ。
 三人が、哀しげな視線を大樹へと向ける。代表して、横島が口を開いた。

「おふくろなら・・・たった今、
 ナルニアへ帰っていったけど・・・」
「え・・・!?」

 バタッと倒れてしまう大樹であった。



(第二十九話「三姉妹の襲来」に続く)
 


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