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復元されてゆく世界

第二十七話 グーラーの恩返し


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/ 9

   
『ここは月神族の城。
 あなたがた人間の属する物質界と霊界の境目・・・
 亜空間とよばれる場所にあります』

 美神、横島、シロ、マリアの四人は、月の女王の居城に保護されていた。

『こちらへ・・・』

 四人が案内されたのは、酸素と窒素の混合気体で満たされた空間。地球人向けに用意された部屋だった。

「ありがたいわ・・・!」

 美神がヘルメットを脱いで、プハーッと呼吸している隣で、

「・・・変な部屋でござるな?」
「なんでやたらメーターがあるんスか?」

 シロと横島が不思議がっている。
 確かに、そこは、独特の雰囲気を持つ部屋だった。
 横島が気づいたように、大小様々な丸い計器が、床や壁や天井の至るところに設置されていた。そこには、線やら図形やらが色々書き込まれているが、何を示しているのか、全く分からない。そして、そのメーターから発する光が、暗い部屋の中で照明代わりとなっていた。

『え?
 地球人の好みに合わせたつもりなんですが・・・。
 なにかおかしいですか?』

 どうやら、まつげ美人でもある女王迦具夜の知識は、少し古い上に偏っているようだ。
 しかし、これも、かつて小竜姫が東京を江戸と呼んでいたのと同じだと思えば、仕方がないのかもしれない。



    第二十七話 グーラーの恩返し



『アンテナの鏡面が
 おそろしくもろいように見えますね』

 というのが、ヒャクメによる観察結果だった。
 月神族の城を経由して、アンテナの化物の近距離映像を地球に送る。それをヒャクメの能力で分析して美神たちへフィードバックする。これが、今行われている作業だ。
 メーターだらけの部屋のメインモニターには、アンテナ構造物が大きく映し出されていた。画面右上の小さな連絡用ウインドウに、地球の管制センターのヒャクメたちが映っている。
 これを見ている美神、横島、シロ、マリアの四人の傍らには、三人の月神族が立っていた。
 女王付きの官女である朧と月警官の長である神無、そして月の女王迦具夜姫だ。ただし三人は、地球の者たちの会話に積極的に加わることはせず、静観していた。

『あの中心を撃てば一撃で
 殺せると思いますけど』
『そうか・・・!
 厳重な警備はそれを警戒して・・・!』

 ヒャクメとワルキューレの会話を聞いて、横島がハッとする。

「美神さん・・・!!
 もしかしてグーラーが言ってたのは・・・!!」
「・・・きっと、これのことね」

 グーラーの『真上がもろい』という言葉を思い出して、美神が頷く。
 横島がモノノケや魔物に好かれやすいのは分かっているし、敵であるグーラーが横島に何となく好意的なのも薄々気づいていた。だから、彼女がヒントをくれたとしても、美神としては不思議ではなかったのだ。

『鏡面のかすかなデコボコがどんどん消えてくわ。
 全部きれいになったら送信する気ね。
 正確な時間の計算は・・・』

 ヒャクメが分析を続ける間、美神たちは、グーラーの言葉に関してさらに議論していた。

「あの女悪魔は『真下』についても
 何か言ってたでござるな!?」
「そうね・・・
 『真上と真下がもろい』だったわ」
「だけど・・・
 アンテナは浮いてるわけじゃないんだから
 『真下』は月の地面っスよ!?」

 ここで、美神が閃いた。
 
「・・・それよ!!
 月の中だわ!!
 地中からの攻撃よ!!」
「そうか!!
 そんな攻撃想定してないから、
 そっちは警備もしてないわけだ!!」

 と、遅れて横島も気が付いた。

「花のバケモノの時のように
 霊波刀で穴掘りするでござるか?」
「いや、それは無理だろ・・・。
 あん時だって、
 かろうじて弾が通る程度の穴だぞ!?」
「文珠で『掘』でいいんじゃない?」

 地球への帰還もまだ心配ではあるが、美神は、このアンテナ攻略で文珠を使ってしまおうと決意した。

「横島クン、ちゃんとイメージ出来るわね!?」

 美神は、ワザワザ横島に確認をとる。『防』での結界のように慣れたものならば大丈夫だろうが、新しい文字を使う場合は、出来る限り事前に確かめておく方が無難だと考えたのだ。
 これは、師匠として横島の文珠使用を慎重にチェックしているというだけではない。文珠の特性に関して、美神の理解が深まってきたからだ。
 文珠を使う際には、こめられた文字そのものよりも、付随するイメージの方が遥かに重要らしい。しかも、字を入れた者ではなく使う者のイメージ次第で、効果も変わるようなのだ。
 例えば、おキヌから聞いた話では、横島が女子更衣室を『覗』こうとしていた文珠で、おキヌの友人の一人が別の女性の心を『覗』いたらしい。これは、おキヌがそのようにイメージして使ったから可能だったのだろう。
 また、

(おキヌちゃんの例だけじゃないわ。
 あれも・・・)

 美神自身、時間移動の際に、あとから考えれば奇妙な件があった。
 エネルギー源として『雷』文珠を使ったのだが、その時、雷自体は発生していなかったのだ。自分でも無意識のうちに、『雷そのもの』ではなく『時間移動のエネルギーとしての雷』をイメージしていたらしい。
 これが幸いしたのは、アシュタロスに時間移動を邪魔された時だ。すでに時空震まで発生していたのだが、実際に時間を移動し始めるまでは『美神がイメージしたエネルギー』に変換されないようで、文珠も消費されなかった。もしも『時間移動を行うエネルギー』ではなく、『時空震を引き起こすエネルギー』や『雷そのもの』をイメージしていたら、あの場で一つ無駄にしていたことだろう。
 そういう経験があるからこそ、文珠の『イメージ』にも慎重になるのであった。

(今回のケースでは、
 文字を入れるのも使うのも横島クンだからね・・・)

 美神は、自分が穴を掘っていくつもりなんて全くない。当然横島が行くものだと決めてかかっていた。
 彼女の思考を全て理解していたわけではないが、横島は、

「・・・大丈夫っス!!」

 と、笑顔で請け負っている。
 彼の頭の中では、『掘』のイメージとして、緑色の輸送機から出撃する黄色いドリル車が想像されていた。

「・・・なら、決まりね。
 やるしかないわ!」

 美神は、ほぼプランを固めていた。
 アンテナの化物の攻撃射程圏外から地中に突入、横島の文珠で掘り進み、真下まで行ったところで、上に向かって撃ちぬく。あるいは、それこそ霊波刀で、アンテナ中心を下から突き刺してもいいだろう。
 地中で正確な位置を把握するのも、人間には難しいだろうが、こちらにはマリアがいる。アンドロイドの彼女をレーダーとして同行させればいいのだ。

「・・・普通に掘って行ったんでは
 時間かかり過ぎるかもしれないけど、
 超加速状態で突っ込めば間に合うはずよ!」

 マリアには超加速は使えないが、地中突入直前に角度と方向と距離を計算してもらおう。そして、横島がマリアを運びながら掘り進む。指定された目的地に到着した時点で超加速を解いて、マリアに再度確認。微調整の後は通常速度で十分だろう。
 そう考えて、美神は、毅然とした表情で作戦をまとめた。
 だが、ここで、地球の小竜姫から制止が入る。

『待って!
 敵の射程は長いし
 超加速は短時間しか使えない技よ!
 射程外から潜っても
 たどりつく前に加速が切れて
 間に合わなくなるわ!
 何か別の手段で接近する方法を・・・』

 その時、黙って話を聞いていた迦具夜が口を挟んだ。

『それでしたら私が・・・!』


___________


「なに、ここは?」

 美神たちが連れてこられた場所には、たくさんの宇宙船が捨てられていた。半壊したものばかりのようで、骸骨となった宇宙飛行士がそのまま入っているものまである。

『格納庫です!
 地球人が失敗した月着陸船も置いてあります』

 説明する迦具夜の横には、朧と神無が付き従っているが、二人は黙っている。

「マ・・・マジかよ!?
 こんなに失敗したの?」
「・・・まるで宇宙船墓場でござるな!!」

 横島とシロが驚愕する中、

『メドーサたちも地球の船で来たようですよ。
 地球の軌道上にもいくつか回っているのでしょう』

 迦具夜が貴重な情報を提供した。

「そうか!!
 打ち上げたはいいけど
 衛星軌道で故障した月旅行船・・・!
 それでここまで来たのね!」
「あ、じゃあ、
 それを使えば帰れますねッ!!」

 これで地球へ帰ることに関しては心配しなくても良さそうだ。

(・・・というわけで計画どおり
 アンテナ攻略で文珠使いきっちゃっても平気ね)

 と、美神は安心する。
 しかし、こうした宇宙船を見せることが迦具夜の目的ではなかった。

『これです!』

 彼女の示す先には、やや長細く流線型にも近いフォルムの宇宙船が、厳かに置かれていた。先端も鋭角的ではあるが、少し丸みを帯びている。
 『月の石船』といって、遥か昔、迦具夜姫が地球から戻る際に使ったものだった。

『生身の人間を乗せて
 大気圏への突入はできませんが、
 速度はあなた方の船より出ます』

 基本的には一人乗りであり、彼女自身が運転しなければならない。だが、横島やマリアがしがみついていくことも可能だと思えた。

「先っぽに俺がへばりついて『掘』を使えば、
 そこがドリルに変わりそうっスね!!」
「それなら、
 そのままアンテナの中心も突き抜けられそうね・・・」

 先端がドリルに変わった石船が、彼らの頭の中に浮かぶ。
 アンテナを突き破って地下から現れる光景をイメージして、

「カッコいいっスね!」
「・・・そうでござるか?」
「ほっときなさい、男の子の価値観よ」
「イエス、ミス・美神!」

 と会話する美神たち。
 傍らでは、迦具夜と神無が、

『・・・私の石船をヘンなふうにしないでくださいね?』
『やっぱり、やめたほうがいいのでは?』

 と、顔を少し引きつらせていた。
 こうして、雰囲気もやや和やかになったのだが、

『そう・・・は・・・
 いかな・・・い!!』

 という声で、一気に引き締まった。
 それは、シロの中から聞こえてきた言葉だ。彼女の腹は、不気味にふくれて、うごめいていた。

「どわああッ!?
 接吻で孕ませられたでござる・・・!!」
「大丈夫だ、シロ!!
 キスだけじゃ子供はできないぞ!!」
「バカなこと言ってないで!!
 どきなさい、横島クン!!」

 横島をはねのけて、美神がシロに駆け寄る。そして、

「そのままッ!!
 アンドロメダ彗星拳!!」

 微妙な技名を叫びながら、シロの腹部へパンチを叩き込んだ。

「ぶッ・・・
 おげえええッ!!」

 という言葉とともに口から吐き出されてきたのは、蛇のバケモノだ。
 メドーサの眷属であるビッグ・イーターのようにも見えたが、それは通常のイーターではなかった。皮膚が割れ、中からメドーサが飛び出してきたのである。

『おかげで若返ったわ!!
 第2ラウンドを始めようかッ・・・!!』
「ひ・・・ひえええっ!?
 若くてピチピチ・・・!!
 どうしようっ!?」
「先生・・・!!
 拙者のほうがピチピチでプリチーでござろう!?」
「おばはんだったクセに
 コギャルに変身か・・・!!
 やるわね・・・!!」

 メドーサは、ただ若くなっただけでなく、雰囲気も変わっていた。服装は基本的には同じだが、ズボンはミニスカートになっている。
 再び、戦いの火蓋が切って落とされた・・・。


___________


「行きなさい、横島クン!!」
「は・・・はい!!」

 美神の言葉を受けて、横島が石船の先端にしがみつく。
 続いて、マリアが黙って運転席の後ろにつかまった。

『時間がありません!
 姫!
 ここは我らにまかせて石船に・・・!!』

 神無に言われて迦具夜も乗り込んだのだが、この言葉を嘲笑う者がいた。

『「ここはまかせて」?
 あーんたたち学習能力ないの?
 チョベリバーってかんじ』

 言葉使いまでコギャルとなったメドーサである。

『ふざけてんじゃないよッ!!
 三下どもがッ!!』
『う・・・わあッ!!』

 メドーサの魔力波で、あっという間に神無は吹き飛ばされてしまった。
 しかし、この間に石船が出発する。

『加速します!!
 しっかりつかまって!!』
『そうはいかないって言ってんのよ!!
 わかんないおばさんたちねっ!』

 石船の出発を妨害しようとするメドーサ。
 そこへ、美神が割って入った。

「・・・おばさんたちって言うのは、
 私も含まれてるのかしら!?」
『とーぜん・・・!!
 そんなこともわからないなんて
 やっぱり「おばさん」だね!!』

 メドーサは虚空から刺又を取り出し、挑発的な言葉とともに美神へ突きつけた。
 守るべき石船を背にしているだけに、美神としては、迂闊に避けるわけにもいかない。

「ぐッ・・・!!」

 美神の右肩に、グサリと突き刺さった。

『・・・根性みせてくれるじゃない。
 尊敬するわ、マジで』
「そりゃどーも。
 でも、どーってことないのよ。
 金のためにやってるだけでね」

 脂汗を流しながらも、軽口を返す美神。しかし、そんな余裕もここまでだった。

『大人ってのは大変よねッ!!
 私ってホラ、このとおり小娘だしい・・・!』
「うあ!
 ああァアアッ!!」

 傷口からメドーサに魔力を流し込まれて、美神が倒れ込む。

「美神さん!!」
「大丈夫だから・・・
 あんたはアンテナを・・・」

 心配した横島に言葉を返した美神は、石船が消えていったのを見届けた直後、意識を失った。

『ちッ!
 でもまだ追いつける!』

 石船を追いかけようとしたメドーサだったが、

「・・・先生には手出しさせないでござる!!」

 今度はシロが立ちはだかった。

(美神どの・・・!!)

 シロは、二人の攻防に出遅れた後悔の念をこめて、チラリと彼女へ視線を向けた。美神はかなりの重傷のようで、朧が必死になってヒーリングをしている。

「うおーっ!!」
『フン、そんなもの!!』

 霊波刀で斬りかかっていくシロだったが、メドーサには両腕でガードされてしまった。シロの霊力が十分回復していなかったのか、あるいは、それだけメドーサが強固なのだろうか。傷をつけるには至らない。それでも、メドーサを少しの間押さえつけることは出来た。

『やってくれたわね、
 この犬娘っ!!
 逃げられちゃったじゃないのさっ!!』
「狼でござるっ!!」

 両腕を押さえられているメドーサは、髪から眷属のビッグ・イーターを発現させる。

「なんと・・・!?」

 突然のイーター出現に対応できず、また、その恐ろしさを知る者もいなかったため、シロは、イーターに噛まれてしまった。

「この程度のかすり傷・・・。
 ・・・ええっ!?」

 傷口から、だんだんシロの体が石化していく。

『シロどの!!』

 ここで、吹き飛ばされていた神無も加勢に来たが、もはやシロは石の塊となっていた。ゴトッと音を立てて、その場に倒れ落ちてしまう。

『このーっ!!』

 神無はイーターとメドーサに斬りつけようとしたのだが、ひと足先に、イーターが盛大に自爆した。
 爆煙が晴れた頃には・・・。
 すでにメドーサは姿を消していた。


___________


 月面の一点で、石船は停まっていた。

『ここから行けばいいのですね?』
「イエス、ミス・迦具夜!」

 地中への突入角度、方向、距離などをマリアが細かく計算する。

「それじゃあ・・・」

 先端の横島が、手にした文珠を発動させようとした時。

『お待ち・・・!
 そうはいかないって
 何度言わせるつもりだいっ!!』

 メドーサが追いついてきた。

『横島・・・!
 ここがお互い最後の一線ってわけだ。
 勝負は一瞬・・・!
 決戦の時だよ!!』

 ここまで加速状態で追ってきたメドーサだったが、超加速は短時間しか使えない技だ。しゃべるためにワザワザ加速を解いたような顔をしているが、実際は、戦闘に備えて一度通常速度へ戻る必要があったのだ。
 彼女が高らかに宣言している間に、マリアは、

「エルボー・バズーカ!!
 クレイモアキーック!!」

 自分の宇宙服が破れるのも構わず、内蔵していた砲弾や銃弾をガンガン撃ち放った。
 地中へ潜る瞬間をメドーサに攻撃されたら、進路が狂ってしまって、アンテナ直下に到達出来なくなる。だから、牽制の意味で先に攻撃をしかけたのだ。さらに、爆発を目くらましにしようという計算もあった。

『ロボットの小娘か・・・!!』

 軽く攻撃を回避したメドーサは、石船を攻撃するために、再び超加速をスタートさせようと思ったが・・・。
 加速状態に入る直前に、何者かに羽交い締めにされてしまった。
 頭を何とか後ろへまわすと、そこにいたのは、

『おまえか・・・!!』

 グーラーだった。
 身動きがとれない状態では、いくら速くなったところで意味がない。超加速は、グーラーを振りほどいてからだ。
 そう考えたメドーサの耳に、

『横島・・・わたしごと撃て!!』

 と、信じられない言葉が飛び込んできた。

『・・・どういうつもりだ!?』
「えっ・・・!?
 グーラー、おまえ・・・」
 
 これには、メドーサだけでなく、石船の先で様子を見ていた横島も驚いている。

『これでも、あたしゃ精霊の一種なんだ!
 もうたくさんだ、こんな魔族の手下なんて!!』
『言うに事欠いて「こんな魔族」とはね・・・』
「だからって、おまえ・・・」

 グーラーの言葉に、メドーサと横島がそれぞれの対応を見せた。一人は苦々しい笑みを、もう一人は腰が引けた態度を。

『・・・せめてもの罪滅ぼしさ。
 それに、オネエサンだって
 一人で逝くんじゃ寂しいだろうからね』
『くっ・・・!!』

 グーラーの決意に、さすがのメドーサも焦りだす。
 だが、言われたとおりに攻撃できる横島ではなかった。

「そのまま、そこで抱えててくれ・・・」

 視線をそらしながらつぶやくと、

「行きましょう・・・!!」
『良いのですか・・・?』

 石船を進めるよう、迦具夜を促した。


___________


『・・・そんなに保たないよ、あたしの力じゃ』

 二人の目前で、石船が地中へと消えていった。
 グーラー自身が認めているように、メドーサを抱え込むのも、もう限界だった。
 強引にグーラーを振りはらったメドーサは、かつての部下へと向き直る。

『グーラー・・・!!
 目をかけてやったというのに・・・!!』
『はア!?
 人間たちのせいで力を抑制されたあたしを
 いいようにコキ使ってきただけじゃないのさ!』
『そんなこと思ってたのかい!!
 貴様から血祭りにしてやるわ・・・!!』
『うわっ!!』

 メドーサの手から放たれた強大な魔力波が、グーラーに直撃した。
 距離が近かっただけではない。メドーサを押さえつけることで疲労していたために、グーラーは避けられなかったのだ。
 プスプスと煙を上げながら仰向けに倒れ込むグーラー。
 メドーサは、

『ほら・・・
 たいして時間稼ぎにもならなかっただろ?』

 とつぶやきながら一瞥し、それから石船を追う。
 誰もいない月面に取り残されたグーラーの体は、もはや微動だにしないかと思われたが・・・。
 その指先がピクリと動いた。


___________


『エネルギーを送り出した・・・!!』
『着信地点はわかるか!?
 そこに敵のボスもいるはずだ!!』

 地球の宇宙管制センターは騒然となっていた。
 ついに、アンテナから地球へ魔力が送られたのである。

『南米付近というところまではわかるけど・・・。
 特定は不可能だわ!』

 ヒャクメの分析能力をもってしても、アシュタロスのアジトを突き止めることは出来なかった。
 エネルギー照射時間が短かったからだ。今のは試射に過ぎないらしい。

『くそッ!!
 本送信を始めたら防ぐ手だてはない・・・!』

 ジークフリートの言葉は、一同の焦りを代弁していた。

『がんばって、横島さん・・・!
 あなただけが頼りなのよ・・・!』

 小竜姫のつぶやきもまた、彼らの気持ちを代表している。
 そんな魔族や神族を見て、

(横島さん・・・。
 本当にあなただけが・・・)

 おキヌは、もはや神頼みすら出来ない状況なのだと思い知らされていた。


___________


『させるかあっ!!』

 メドーサは、横島たちを追って、石船が作った穴の中を進んでいった。
 いくら石船が通常の宇宙船より早いとはいえ、彼女の超加速にはかなわない。だから、間に合うと思っていた。
 しかし、

「ここ・です!!」

 目前まで迫ったところで、アンドロイド娘の声が聞こえた。
 続いて、石船の先端が光った。
 横島の霊波刀だ。
 先端部のドリルに、さらにハンズ・オブ・グローリーを変形させて重ねているのだ。

「つらぬけーっ!!」

 横島の叫びは、後方のメドーサの耳にも、ハッキリと届いていた。


___________


『あれはッ!?』

 管制センターのモニターには、今、アンテナが画面いっぱいに映し出されている。
 その中心点が、まるで内部から熱せられたかのように、光り出したのだ。

「横島さん!!」

 次の光景を期待して、おキヌは叫んでしまう。
 その直後、アンテナ中央を突き破って、石船が地中から飛び出してきた。
 そして、一瞬の後。

 ドグワァアァン!!

 中心を貫かれたアンテナ構造体が爆発する。

『や・・・』
『やった・・・!!』

 仲間の神魔族が喜ぶ中、

『メドーサ・・・』

 と、小竜姫が小さくつぶやいた。
 遅れて地下から出てきたメドーサが炎に包まれるのを、彼女は見落とさなかったのだ。


___________


『さようなら、地球の皆さん・・・。
 いつの日か、月神族は今日のお返しをするでしょう。
 私は・・・
 月神族の女王迦具夜姫・・・』

 横島たちは、メドーサたちが乗ってきた船を接収し、地球へ帰っていく。
 マリアと横島は無事であるが、美神は重傷だった。
 ヒーリングの出来る朧が現場にいたため、すぐに治療してもらえたのだが、それでも限界を超えるダメージだったのだ。一度は意識を取り戻した美神だったが、今は、ロケットの中で眠っている。少しでも心身を休ませることが必要だった。
 また、シロも大変な状態だ。メドーサの眷属に石化されて以来、そのままなのだ。しかし、こちらは、地球へ戻れば神族が元に戻してくれるらしい。

「再突入回廊・確認!
 大気圏・突入します!」

 マリアの声が、船内に響き渡る。
 地球は、もう目の前だ。
 しかし、彼らの月旅行は、まだ終わっていなかった・・・。


___________


 メドーサは、すでに赤く焼けただれていた。
 胴体部は、焼けこげた服に血が付着したのだろうか、赤茶色となっている。
 一方、腕や脚など、むき出しの部分は淡いピンク色だ。
 そんな状態だが、髪から眷族のビッグ・イーターを作り出した。

『あらたに三匹のイーターを用意できたのは幸いだった。
 あと20分くらいで大気圏に突入かい?
 このタイミングで戦闘を仕掛けたという事実は、
 魔族の歴史にも例がないだろうよ。
 地球の引力にひかれ大気圏に突入すれば、
 魔物だって一瞬のうちに燃え尽きてしまうからね。
 しかし、あいつらが大気圏突入の為に
 全神経を集中している今こそ、
 最後のチャンスなんだよ!』

 自分に言い聞かせるかのように、メドーサは長台詞を吐いた。
 彼女は今、美神たちの宇宙船にしがみついている。それは自分の足場でもあるのに、眷属をけしかけようとしていたのだ。
 メドーサの頭から、ビッグ・イーターが出ていく。だが、ロケットを攻撃する間もなく、どこからか飛来した魔力弾によって、三匹とも吹き飛ばされていた。

『・・・もうやめようよ、オネエサン』

 グーラーである。
 既に彼女もボロボロだったが、まだ戦う力は十分残っていた。
 グーラーがメドーサに体当たりし、宇宙空間へと突き飛ばしたところで、

「メドーサ!!
 それに・・・グーラー!!」

 ハッチを開けて、中から横島が出てきた。船外モニターがあるため、騒ぎに気づいたようだ。
 しかし、

『大丈夫さ!!
 オネエサンはあたしにまかせて、
 ボウヤは大気圏突入に専念しな!!』

 グーラーがそれを制止、船内へと押し込んだ。
 状況が状況なだけに、横島も素直に従う。

『フン・・・。
 生意気なことをお言いでないよ!!
 大丈夫なわけないだろ!?』
『でも、今のオネエサンなら・・・。
 押さえつけるくらい、あたしでも十分さ!!』

 グーラーの言うとおりだ。
 何とか宇宙空間で踏みとどまるメドーサだったが、確かに、魔力も体力もすっかり低下している。自分がもう永くないことは、しっかり理解していた。

『せめて道づれに・・・!』

 魔力波を宇宙船に向けて放ったが、全てグーラーに迎撃されてしまった。

『チッ!!
 それなら・・・!!』

 グーラーごと宇宙船を押し込んで、経路を狂わせてやろう。
 大気圏突入は微妙な作業だ。定められた再突入回廊から大きく外れてしまえば、宇宙船は燃え尽きるに違いない。
 そう思って向かっていったが、その狙いはグーラーにも読まれていた。

『ロケットはあたしが守るよ!』

 グーラーもまた、メドーサに突撃する。
 宇宙船から離れて、二人が直接、衝突した。
 何もない宇宙空間で、激しく打ち合う。魔力をこめたその拳で、足で、肘で、膝で・・・。

『ええいっ・・・!!』
『グワッ!?』
『えっ!? うわっ!!』

 強力な一撃が決まった。それも、お互いに。
 両者とも、大きく弾かれ合う。
 しかし・・・。
 これでメドーサが不利になった。
 弾き飛ばされた彼女は、地球に近づきすぎたのだ。もはや危険域だった。

『ちょっ!! そんな・・・!!』

 引力にとらわれ、メドーサが赤熱し始める。
 そんなメドーサを眺めて、

『終わったね・・・』

 グーラーがポツリとつぶやいた。
 だが、彼女自身、重力の井戸から抜け出すには遅すぎた。ワンテンポ遅れて、グーラーの体も赤く輝く。
 そして、独り言が彼女の口からもれ始めた。

『・・・横島。
 あたしには大気圏を突破する能力はない、残念だけどね。
 でもね、横島・・・。
 無駄死にじゃあないよ?
 最後におまえを守ることができたさ・・・。
 それに、もうこれで、メドーサのオネエサンも
 ボウヤたちをつけねらうことはないからね・・・』

 グーラーは、もはや宇宙船を見ることも出来なかった。
 それでも、そちらへ顔を向ける。
 大気圏突入中なので、宇宙船の方でも、もはや船外モニターは機能していないだろう。
 だから、横島は、グーラーの今の状態など知らないはずだ。
 もしも知っていたら、今頃、宇宙船からひょっこり顔を出して、

「グーラー、グーラー、グーラー!!」

 と叫ぶんじゃないだろうか・・・。
 彼女は、ふと、そんなことを夢想してしまった。

『・・・好きだったよ、ボウヤ』

 と、つぶやいて・・・。
 グーラーの意識は、宇宙の塵になった。



(第二十八話「女神たちの競演」に続く)
 


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