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復元されてゆく世界

第二十六話 月の女王に導かれ


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/ 9

  
『宇宙・・・。
 それは、人類に残された最後の開拓地である。
 そこには、人類の想像を絶する美しい女性、きれいなネーチャンが待ち受けているに違いない。
 これは、人類最初の試みとして五年間の調査飛行に飛び立った、GS見習い横島忠夫の、脅威に満ちた物語である。

 ワー♪ ワー♪ ワ、ワ・ワ・ワ・ワー♪

 と、ここでテーマ音楽が・・・』

「・・・って、大嘘なナレーション入れるな!!」
「だってー!!
 こうやって無理にでも気合い入れてかないと・・・!!
 カオスと某国の合作ロケットで月旅行っスよ!?
 死んじゃいますよー!!」
「・・・拙者、五年も行くつもりないでござるよ」

 美神と横島とシロが騒いでいるが、それでも三人とも、キチンと座っていた。ベルトでシートに固定されているのだ。
 五年間の調査飛行というのは、もちろん横島の虚言であった。だが、確かに彼らは宇宙船の中にいる。服装も、ヘルメットに宇宙服という典型的なスタイルだ。

「こちら・マリア!
 接続チェック・良好!!
 カウントダウン・よろしいですか?」

 アンドロイドであるマリアは、コンピューター制御を助けていた。彼女は、ロケット内ではあるが、美神たちとは離れている。今は宇宙船内部だが、ブースターから切り離された後は司令船の外壁となる部分、そこに設置されていた。

「いつでもいいわよ!!」

 彼らは、今、月へ向かって飛び立つところだった。



    第二十六話 月の女王に導かれ



 月。
 それは、遥か昔から地球のあらゆるものに強い影響を与えてきた巨大な魔力の源である。
 しかし、地理的にはあまりに遠距離なので、魔族も神族も手を出せない中立地帯だった。
 そこへ、アシュタロスの配下のものが侵入した。
 月の魔力を地球に持ち帰り、それを使って魔族を制圧、そして神族と人間を抹殺する。これが彼らの目的だと、神族・魔族の上層部は認識していた。
 だが、魔族上層部としては何も出来ない。この事件をきっかけとして魔族武闘派が暴走する可能性がある以上、和平派が正面きって対立したら、それこそ内乱になってしまうのだ。
 一方、神族としても、魔族の一大勢力と直接対決は出来なかった。魔族と神族の全面戦争をスタートさせる口実となるからだ。
 そこで両陣営上層部が考えたのが、アシュタロス一派と関わってきた人間たちを利用することだった。人間のGSたちは、神族の助けを得たとはいえ、これまでもアシュタロスの計画を退けてきた。その力は、神魔族も認めていたのだ。
 侵略を受けた『月』側の要請で『人間』が連中を始末する。
 これが、神魔上層部によって作られたシナリオだった。
 さいわい、対象となる人間のもとには、人狼の少女が保護されている。
 人狼の開祖となる狼は、月と狩りの女神アルテミスの従者であった。そのため、人狼は月に支配される。これは有名な話なので、『人狼を介して』ということで、より自然なシナリオとなったのだ。

『私は・・・
 月世界の女王、迦具夜・・・。
 侵略者は凶暴で強力です。
 我々の主権を犯し、無法を続けており
 手がつけられません。
 一刻も早い救援を要請します。
 私は・・・
 月世界の女王、迦具夜・・・』

 まつげ美人である月の女王のメッセージと、大量の金塊を携えて。
 小竜姫・ヒャクメ・ワルキューレ・ジークフリートといった面識ある神魔が、美神たちと秘密裏に接触。
 計画どおりに、事態は進んでいるのだった。


___________


(横島さん・・・気をつけて!!)

 と願っている少女は、氷室キヌ、通称おキヌである。
 彼女は今、某国『星の町』の宇宙管制センターの中にいる。
 おキヌは、幽霊時代の記憶を取り戻して以来、美神の事務所に下宿していた。
 彼女の霊体が不安定である以上、再び悪霊に襲われるかもしれない。その可能性を、養父母が心配したからだ。
 また、彼女自身にGSを目指す気持ちもあり、それを受けて、美神はおキヌを特別な高校へ転入させていた。
 冥子の母親が理事をしている、六道女学院。そこに霊能科があることは、情報に疎い横島でさえ知っているほど有名だった。霊能界のエリート養成所であり、GS試験合格者の三割を輩出している高校だ。
 だが、おキヌは、今日は学校を休んでここへ来ていた。月へは行かないわけだが、地上からサポートすることも、美神除霊事務所の一員として大事な任務だからだ。
 服装も、巫女姿でもなければ高校の制服でもない。半袖シャツにキュロットスカートという爽やかな私服だった。

(やっぱり、このモニターは・・・) 

 おキヌは、ロケットを映し出したモニターを見ながら、画面の内容ではなく、外枠のモニターそのものに注意を向けていた。
 それは、初めて見るものではなかったのだ。おキヌが予知した未来の映像の中に出てきたものと同じだった。
 おキヌは、幽霊として美神のところにやってきた当初、未来を予見することが何度かあった。特に、確定した未来ではなく回避し得る未来を予知したため、除霊仕事の中でも重宝がられていた(第二話「巫女の神託」参照)。
 いつのまにか、その能力も発揮されなくなっていたのだが・・・。
 美神たちが月に行くと聞いて心配していた先日、ひとつの絵が頭に浮かんできたのだった。
 それは、モニターいっぱいに映し出された横島とメドーサの姿。そこで、二人はディープキスをしていたのだ!

(でも、そんなのイヤ・・・)

 おキヌ自身のささやかな好意は別にしても、彼女は、横島には恋人を作って欲しくなかった。恋人が出来たら横島は不幸になると思っていたからだ(第三話「おキヌの決意」参照)。
 まさかメドーサと横島が恋愛関係になるとは思えないが、横島を完全に信じきれるわけでもなかった。人間になったおキヌは、幽霊だった頃以上に『スケベ』の意味を理解していたのだ。

(美神さん・・・。
 横島さんをお願いします!!)

 おキヌは、この未来予知の詳細を、美神にだけソッと教えていた。
 敵がメドーサであるらしいというのは、遥か遠い戦地へ赴く美神たちにとって、重要な情報となるからだ。
 しかし、この件を横島自身が知ったらどうなるだろうか。刺激されて霊能力はアップするかもしれないが、当面の敵とのキスというのは、微妙だった。
 敵の女性魔族との濃厚なキス。それを避けたいと思うか、あるいは、敵であれキスしたいと思うか?
 美神もおキヌも、これが横島の戦いに悪影響を与える可能性を心配した。そして、横島を慕っているらしいシロにも、秘密にしておく方が無難だと考えた。キスの件は、グループのリーダーである美神の胸のうちに留めておけばよい。
 したがって、他の皆には、月にはメドーサが待っているという内容だけ報告していた。

(横島さん・・・
 信じてますから・・・)

 今、ここ管制センターには、おキヌ以外にも、何人か美神の知りあいが待機している。
 小竜姫、ヒャクメ、ワルキューレ、ジークフリート、そして、ドクター・カオス。
 ちなみに、雪之丞はいない。おキヌの復帰後、一度は事務所に顔を出した彼だったが、またどこかへ行ってしまっていた。

「おおっ!?」
「ちゃんと飛んだ!?」

 今まさに飛び立ったロケットを見ながら、カオスとこの国の関係者が、物騒なことを言っている。とても制作側の言葉ではない。

「ちゃ・・・ちゃんと?」

 おキヌの表情が変わるが、その傍らで、

『気をつけて、美神さん・・・!』
『あいつらならうまくやるさ・・・!』

 と、神さまや悪魔が、優しい言葉を発していた。


___________


『私は・・・
 月神族の女王、迦具夜姫・・・!
 三度目の退去を命じます!!
 立ち去りなさいっ!!』

 立体映像なのだろうか。供も警護もつけずに、女王の姿が月面に現れた。

『またか・・・!
 こりない奴らだねえ!』

 異様な構造物の上に立つ侵略者に対して、

『お行き・・・!
 月警官たち!!』

 女王は、配下の者たちを出現させて、差し向けた。
 しかし、侵略者は、

『月は巨大な魔力のかたまり・・・。
 このほしでは空気のかわりに
 濃密な魔力が満ちあふれている・・・!
 私たちは今までこの100分の一以下の
 魔力濃度でくらしてたんだよ。
 つまり・・・』

 と説明までした上で、冷静に迎え撃った。

『あんたたちとは
 きたえ方がちがうんだよッ!!』

 月警官たちをアッサリと倒してしまう侵略者。それはメドーサだった。

『く・・・』

 なす術もなく、女王はフッと姿を消した。
 そこへ、

『メドーサ!!
 どうした!?』

 遅れて加勢に駆けつけたのはベルゼブルだ。

『ただのイヤガラセだよ!
 連中にはそれしかできないからね!』
『しかし急いだ方がいいぞ。
 俺たちゃ失点が続いてるんだ。
 あまり遅れるともう後がないからな』
『言うな!!
 ここへよこされた時から
 それを考えたことがないと思うかい!?
 二度とお言いでないよ!』

 メドーサの額に青筋が浮かぶ。
 さも私は状況把握してますと言わんばかりの顔をするベルゼブルに、腹が立ったのだ。
 ワザワザ口にするということは、メドーサが気づいていないとでも思ったのだろうか。こんな馬鹿と組まされたかと思うと、それこそ後がないとメドーサは感じるのであった。

『アンテナは微調整にもう少し時間がかかる。
 なにせこの距離から
 特定のポイントに霊波を発信するんだ。
 ほんの少しずれても
 アシュタロス様には届かないからね』

 メドーサたちの前には、巨大なアンテナを中心とする物体があった。
 アンテナの鏡面こそ無機的であるが、それを支える構造物は、どこか有機的でもある。
 その横には、メドーサの指示で、ひっそりと調整作業を行う者がいた。

『・・・あたしゃ今回こんな役かい?』

 グーラーである。だが、彼女のつぶやきなど聞こえないようで、メドーサはベルゼブルと会話を続けていた。

『月の連中もどうせ、もう
 地球の連中と通じててわかってるんだろう。
 時間をひきのばそうとしてるんだ』
『ひきのばす・・・
 ってことは・・・』
『ああ、ジャマ者がほかにも来るってことさ』

 さすがのベルゼブルでも理解したらしい。メドーサがニヤリと笑ってみせる。

『美神や横島につけといた監視から
 連絡がないんだろう?』

 今回の作戦にあたって、一匹のベルゼブル・クローンを美神の事務所に張りつけておいた。それで美神たちの動向は十分把握出来るはずだったのだが、いつのまにか音信が途絶えている。やられてしまったとしか思えなかった。

『今回はからかうのも戦術撤退もなしだ!
 来たら決着つけてやる・・・!!
 人間め・・・人間の小娘に小僧め!!』

 そらに向かって叫ぶメドーサに目をやって、

(『決着』か・・・。
 横島のボウヤは助けてやりたいんだがねえ)

 と考えてしまうグーラー。
 彼女としては、危ないところを横島に助けられた経験があるだけに(第十四話「復活のおひめさま」参照)、複雑な心境になるのだった。


___________


『ほう、ホントに来たようだな』

 ベルゼブルは、メドーサの言葉を信じて、宇宙空間で待ち構える役に回っていた。
 そんな彼の視界に入ってきたのが、月へ向かって一直線に進む物体だった。

『やはり人間はバカだな。
 あれでは着陸できんぞ。
 特攻するつもりか・・・!?』

 ベルゼブルとて、地球から月へは宇宙船で来ていた。だから、目の前の飛行物体の動きに無理があることはよく分かった。それは、まるで・・・!?

『ありゃあロケットじゃねえぞ!?
 ミサイルじゃねえか!!』

 これは大変である。大事なアンテナを破壊されてはたまらない。

『ミサイルをうってきたということは・・・』

 ベルゼブルは、ミサイルに向かって突進、それを捕獲した。
 推進力に逆らって反転させ、ミサイルが来た方向へ、抱えて運んでいく。

『やっぱり、いやがった!!』

 宇宙船が見えてきた。形状から判断して、今度は、間違いなく宇宙船だろう。
 それに対して、

『バカめ!
 周回軌道で誰も警戒してないと思ってたのか!?
 どりゃっ!!』

 ベルゼブルは、ミサイルを投げつける。
 そして・・・。 
 
 カッ!!

 光とともに、彼の予想を上回る大爆発が生じたのだった。


___________


「全力噴射でよけたのはいいけど
 軌道をはずれた・・・!!
 落下がとまらないわ!
 逆噴射で修正して!!」

 さいわい、ミサイルは宇宙船に直撃していなかった。
 美神がテキパキと指示を出すが、

「インポッシブル!
 衝撃波で・バルブ2箇所が・故障中!!」

 と、マリアの返答は非情だ。

「拙者には、よくわからんでござるが・・・」
「あんたがあんなもん持ってくるからっ・・・!」

 状況がわからぬシロの隣では、横島が必要以上に慌てて、美神に食って掛かっていた。
 先ほどのミサイルは、美神が『安いから』という理由で購入してきた核兵器だったのだ。

「放射能は!?」
「放射能って何でござる・・・?」
「宇宙空間ではもともと
 太陽からの放射能をモロにあびるのよ!
 対策としてシールドしてあるから
 心配いらないわ!」

 美神が説明しても、横島の不安はおさまらない。彼は、もう一度念を押す。

「そ・・・それじゃ俺たち、
 緑色の泡になって消滅する心配ないんですね!?」
「なんと!
 そんな危険なモノとは!!」
「・・・あんた放射能を何だと思ってるのよ。
 バカなこと言うとシロが信じちゃうでしょ!?」

 こんな会話が船内で交わされている間も、アンドロイドのマリアは的確に仕事をこなしていた。
 マリアは、美神たちの宇宙服とも違う特製スーツに包まれて、外壁部に設置されている。彼女は、スーツの一部を開けて、ロケットアームを発射した。
 それと本体をつなぐケーブルが長々と伸びていく。位置エネルギーを確保するための目標へ向けて・・・。


___________


『ぐははははッ!!
 たわいもない!
 宇宙のチリに・・・』

 と勝ち誇っていたベルゼブルだったが、

『なに!?』

 突然飛んできた『手』につかまれてしまった。

『や・・・やめ・・・!!
 重いっ!!
 ひーっ!?』

 それは宇宙船とつながっているようで、その落下に引っ張られてしまう。

(俺を道連れにするつもりか!?)

 とも思ったベルゼブルだったが、気が付くと、ロケットの降下は止まっていた。
 どうやら、これが目的だったらしい。

『おのれッ!!
 分裂ッ!!』

 その『手』から逃れるために、小さなクローンの集団に体を変化させる。
 これに対応して、宇宙船のハッチが開いた。ライフルを構えた人間が出てきている。

(あれは・・・美神令子!!)

 かつてクローンの一匹を悪運だけで倒してしまった女である。
 今は、何か言いながら射ってきているが、

『当たるかよッ!!』

 こちらの的は小さいし、十分距離もあるのだ。
 回避も容易だった。


___________


 小蠅の大群に変わったベルゼブルを見て、美神は、魔族のライフルを使ってみた。
 
「まあ、こんなもんでしょうね」

 全くの外れだったが、落胆の色もない。

「・・・ならば、これはどう?」

 彼女は宇宙船内に引っ込み、作戦を告げてからシロを押し出した。

「・・・本当に大丈夫でござるか?」
「いいから!!
 ・・・やんなさい!!」

 シロは、美神の剣幕に押されて、恐る恐るヘルメットを脱いだ。
 美神の説明によれば、竜神の篭手やヘアバンドをつけているために、真空宇宙に直接さらされても平気なのだそうだ。装備からくる竜気のためなのだが、そこまでシロは理解していなかった。

(では、次は・・・)

 シロの不安は、もう一つあった。今からやろうとしている技は、迂闊に使えないものなのだ。
 かつては得意げにうちまくっていたが、状況も考えずに使用して後で美神に叱られたのは、記憶に新しい。
 しかし、その美神がGOサインを出しているのだ。やるしかなかった。

「いくでござるよ・・・!!」

 シロが大きく口を開く。そこに、彼女の全霊力が光となって集まった。


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『バカの一つ覚えだな・・・!!』

 ベルゼブルには、敵の意図など丸分かりだった。
 霊波のバズーカ砲だ。妙神山では、これでクローンの大群を一掃されたのだ。
 あの時はナメてかかったから全滅したが、今回は違う。通常の霊波砲とは違って範囲が広いことも、既に理解している。しかし、それは『広い』とはいえ、無限ではない。あらかじめ把握していれば、逃げきれるのだ。

「ウォオーン!!」

 ベルゼブルの思っていたとおり、人狼の口から強大なエネルギー波が飛び出してきた。
 だが、予想と違う点もあった。

『は・・・話が違う!?』

 向かってくる光の塊は、想定以上に大きかった。もちろん宇宙全体を覆っているわけではないが、それでも、とても逃げられるものではなかった。なにしろ、迫り来るスピードも、計算していたより速かったのだ。

『ちくしょう・・・!!』

 精一杯、逃走を試みた。だが、とても間に合わない。
 
『ギャアアアアッ!!』

 こうして、ベルゼブルは、再びシロ・メガ・キャノン砲の餌食となったのである。


___________


「す・・・凄いでござる!!」

 この成果には、発射したシロ自身が驚いていた。

「拙者・・・
 いつのまにパワーアップしたでござるか!?」
「美神さん・・・知ってたんスか!?」

 二人の質問に、美神が微笑みながら答える。

「・・・まあね。
 だって、シロは人狼よ!?
 月齢に応じてその力が変わるくらいなんだから、
 実際に月に来てしまえば、
 人狼のパワーが最大になるのは当然だわ!!」

 まだ厳密には月に着陸したわけではないが、もう月面も間近だ。
 シロのパワーアップは、美神にとっては自明の理であった。

「・・・たぶん、霊力欠乏による睡眠も
 短くてすむんじゃないかしら?
 まあ、とりあえず今は寝ときなさい」

 美神は、ポンとシロの頭を軽く叩いてから、シートに座らせた。


___________


『!!』

 メドーサがハッとしている。

『やられたか・・・!
 あれほど奴らをあなどるなと言ったのに・・・。
 クズめ・・・!!』

 どうやら、ベルゼブルが消失したらしい。
 それを眺めたグーラーは、考え込んでしまう。

(今回のミッションも失敗するようだね・・・。
 これであたしも解放されるかな?
 それとも・・・
 オネエサンといっしょに始末されちゃう!?)

 食人鬼女とも呼ばれるグーラーだが、由来をたどればアラビアの精霊ジンである。
 それが、こうしてアシュタロスの配下として活動しているのは、そもそも、悪い人間たちに捕まったからであった。
 彼ら南部グループは心霊兵器の開発を試みており、グーラーも兵器にされるところだった。すでに何かの呪法をかけられ、まだ意志こそコントロールされてなかったものの、力そのものは抑えられていた。
 そこへ、メドーサがあらわれた。彼女は、アシュタロスの命令で、南武グループと接触していたのだった。だが、個人的な配下を欲したために、グーラーを『借り出す』という形で奪っていったのである。
 ・・・こうして説明すると、まるで、どこぞの秘密結社からギリギリで助け出された正義の改造人間の物語のようにも聞こえる。だが、残念ながら、グーラーを助け出したのは『正義』の側ではなかった。
 そもそも、メドーサが南武グループを訪れていたのは、彼らに心霊兵器の材料を提供し、逆に科学技術を教わるという目的だった。どう見ても悪役側である。
 こうして今に至ったグーラーは、

(失敗の責任とらされて、
 大物魔族に処分される・・・。
 ま、こんな生活続けるくらいなら
 それもアリかな・・・)

 とまで思ってしまうのであった。
 強いものに従うという本能だけで、メドーサの言うことを聞いているのだ。決してアシュタロス一派の主義主張に賛同しているわけではない。そもそも彼らに主義主張と呼べるほどのものはなく、単に支配欲だけなのだろうと彼女は考えていた。
 グーラーとしては、メドーサのもとを離れたいのは確かだが、だからといって南部グループに返却されるのも御免だ。
 実は、南部グループの心霊兵器開発機関は、少し前に美神たちに叩きつぶされている。だが、グーラーはそれを知らなかった。


___________


 メドーサの近くで、わずかの間、物思いにふけってしまったグーラーだが、

『ヒドラ! グーラー!
 しばらく私がここを離れても大丈夫か?』

 と声をかけられて、とりあえず返事をする。

『あいよ!!』
『グ・・・グルルルル・・・』

 彼女の後ろでは、アンテナ構造物もメドーサに応答していた。

『アンテナ形態が完成するまで・・・』

 さらにメドーサは何か質問しかけたのだが、途中で口を閉じた。
 彼らの前に、轟音とともに落ちてくる物があったのだ。司令船から切り離された美神たちの着陸艇である。
 それは、着陸というよりも落下といったほうが相応しい速度だった。しかし、それ自体も乗員も無事のようだ。美神と横島などは、船内ではなく、すでに上部ハッチの外につかまっている。
 後ろに横島を従えた美神は、

「メドーサ!!
 極楽へ・・・行かせてやるわっ!!」

 と言いながら、ライフルを放った。

『極楽か・・・!
 ぞっとしないね!』

 軽口を返しながら、サッと攻撃をかわすメドーサ。
 彼らの戦いが始まった。


___________


『オネエサン・・・!!』

 グーラーの目の前で、メドーサ、そして、対峙していた美神の姿が消えた。
 横島も、

「グーラー・・・」

 とつぶやきながら一瞥した後、見えなくなった。

(超加速・・・か)

 もちろんグーラーは、メドーサのこの能力を知っている。人間たちまで使えるとは驚きだったが、こうなっては、自分は手が出せない。

(まあ・・・いいか。
 どうせ一瞬で終わるんだろうし、
 その間あたしゃ休ませてもらうよ)

 と考えたグーラーだったが、そうはいかなかった。
 宇宙船の中から、さらに人影が現れたのだ。
 ヨロヨロとした足取りで、ゆっくりとこちらへ向かってくる。なんだか瞼も重そうだ。真空状態の月面なのに、宇宙服は着ているものの、ヘルメットをかぶっていなかった。
 
(寝ぼけているようだねえ・・・。
 ベルゼブルとの戦いで疲れきってるのかい?
 それなら、眠っとけばいいのに・・・)

 とグーラーは思うのだが、相手は、やる気十分のようだ。

「拙者の名前は犬塚シロ。
 横島先生の一番弟子でござる!!」

 と言って、神剣を構えていた。

(ふーん。
 あのボウヤの弟子か・・・。
 ああ、この子が例の人狼の娘だね!?)

 メドーサのグループは、美神の事務所につけていた監視のベルゼブル・クローンを通して、ある程度の情報は手にしていた。
 だからグーラーも知っていたのだ。美神たちの一団に、いつのまにか人狼の少女が加わっていたことを。
 しかも、その人狼が妙神山でベルゼブルに大打撃を与えたとも聞いていた。

(・・・眠たそうな奴だけど、
 油断は出来ないねえ)

 人狼の少女は、閉じかかった眼でグーラーを睨んでいた。

「・・・おまえのことは聞いているでござるよ。
 先生をたぶらかす女悪魔め!!
 拙者が成敗いたす!!」
『おやおや・・・。
 そんなふうに思われてるのかい!?
 いいさ、遊んであげるよ』

 しかし、この二人のバトルが始まることはなかった。
 突然、シロの目の前にメドーサが現れたのだ。
 そして、そのメドーサの腹には、風穴が空いていた。


___________


 美神たち人間が超加速を使えたのは、借りてきた竜神の装備の恩恵である。しかし、本来の能力ではないため、全く慣れていなかった。銃弾が通常速度になることも知らずに、ライフルを使ってしまったくらいだ。加速空間の中で、弾丸はノロノロと進んでいく。
 一方、最初は有利だったメドーサであるが、それも長くは続かなかった。彼女は、美神と横島の罠にはまって文珠で束縛されてしまったのだ。
 魔力で強引に文珠の支配自体は打ち破ったのだが、その直後。
 美神が最初に撃ったライフルの弾丸が、すっかり存在を忘れられていたそれが、メドーサの腹を貫いてしまう。
 こうなっては、もはや人間と戦うどころではない。いかに生き延びるか、ただそれだけだった。


___________


 月面の様子は、マリアによって、映像として地球へも送られていた。
 だが、超加速に入ってしまった者たちは、速すぎて普通の画像には入らない。だから今までは、管制センターのモニターには、シロとグーラーしか映し出されていなかった。
 しかも、二人はまだ戦闘を始めていない状態だったのだが、ここで、

「加速状態の・終了を・感知!」

 美神、横島、メドーサも画面にあらわれたのだ。
 メドーサの出現地点がシロの近くだったこともあって、マリアは映像の焦点をそちらに合わせ、同時にズームもアップする。
 大画面いっぱいに映されたシロとメドーサ。
 そこでは・・・。

 ぶぢゅーっ!!

 シロがメドーサに唇を奪われていた。

『な・・・』
「いつのまに仲良くなってしまったんじゃ?」

 地球で見守る皆が目を丸くする中で、

(横島さんじゃなくてよかった・・・!!
 ごめんね、シロちゃん)

 おキヌだけは、その表情とは裏腹に、ホッとしていたのであった。


___________


『フ・・・。
 こんな・・・ところで・・・
 終わるものか・・・!!』

 シロの口を離したメドーサは、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
 一方、シロは、驚きのあまり言葉もなく立ちすくんでいた。
 慌ただしかったのは、むしろ周囲の方だ。

「メ・・・メドーサ・・・!!
 おまえ・・・
 レズだったんかーッ!?」
「冗談言ってる場合かッ!!」

 駆け寄った横島が騒ぎ立てるが、後ろから美神にはり倒されてしまう。

「なんともないの!?
 毒か呪いじゃ・・・」

 美神はシロを心配したが、

「あの女、舌を入れたでござるよーッ!!
 拙者のファーストキスがヘビ女・・・!!
 わあーん・・・!!
 先生、口直しをお願いするでござる・・・」

 どうやら大丈夫のようだ。
 横島に飛びつくシロを、

「おまえも黙れ!!」
 
 と、横島扱いで叩いてしまう美神であった。
 そんな三人の傍らで・・・。

 ボフッ!
 シュバアァアッ!!

 メドーサの体は、服や装備だけを残して、煙となって消えてしまった。

「完全に死んだ・・・と思うけど」

 と、確かめるようにつぶやいた美神は、視線をグーラーへと切りかえる。

「もうメドーサも消滅したわ!!
 降伏しなさい、グーラー!!」

 美神に宣告されたグーラーだったが、すぐには返事が出来なかった。
 まずメドーサの抜け殻を、それから、キスされたシロを観察する。

(いや・・・!!
 まだだよ・・・)

 さらに横島を見てから、最後に、アンテナ状構造物に目を向けた。
 つられて美神たち三人がそちらを注視する間に、

『真上と真下・・・フフフ、もろいものよのう』

 とだけ言い残して、グーラーは逃げていった。


___________


『美神さん!!
 そこから離れて!!』

 問題のアンテナを取り囲んだ美神たちだったが、そこへ、地球のヒャクメから通信が入った。
 彼女は、自慢の感覚器官で見抜いたことを慌てて連絡したのだが・・・。
 少し遅かったらしい。

『警備要員ノ消失ヲ感知!
 コンディションレッド!!
 自己防衛プログラム作動!!
 オマエタチヲ・・・排除スル・・・!!』

 アンテナ構造体の壁面が、強烈な光を発し始めた。
 少し前にメドーサから『ヒドラ』と呼びかけられていたように、この構造物自体が強力な魔物なのだ。
 ヒドラの側面から爪付きのアームが伸びて、ビームを放つ。
 かろうじて最初の一撃を避けた美神たちは、

「ヤバ・・・!
 文珠で結界を!!」
「は・・・はひっ!!」

 文珠に『防』と入れて、即席のバリアを張った。
 
(ミスったわね・・・。
 こんなのが残ってるんなら
 シロは着陸船で休ませとくべきだったわ!!)

 美神が小さく後悔する。
 今のシロは、もう眠たそうには見えなかった。だが、全霊力をこめたキャノンを使ってから、まだ、あまり時間は経っていないのだ。いくら月面まで来た人狼とはいえ、完全には回復していないだろう。その上、メドーサのキスで何か悪さをされた可能性もあった。

「マリア!!
 一時離脱するわ!
 回収用意!!」

 月軌道上で待機する司令船へ連絡を入れる。しかし、

『上空ニ敵影確認!!』

 ヒドラのビームが、それを射抜いた。
 美神たちの肉眼で司令船そのものを捉えることは出来ないのだが、

「え・・・マリア!?」

 そら高くでパアッと火花が散るのは、ハッキリと見えた。


___________


 ガシュッ! ガシュッ! ガガッ!!

 ヒドラは、複数のアームを直接ぶつけて、美神たちの結界を壊そうとしていた。

「もう限界でござるよ」
「また文珠で結界っスか!?」
「・・・でも、次が最後の文珠なのよね?」

 現在の結界を形成している文珠には、ヒビが入り始めていた。
 保管してあった文珠は全て持ってきたのだが、メドーサとの戦闘でも使っているので、もはや未使用の文珠は一個しか残っていない。
 今のが壊れ次第、最後の文珠で新しい結界を張る。それは、確かに可能だ。だが、この様子では、文珠による結界も、少々の時間稼ぎにしかならないだろう。
 それに、ラスト一個をここで使ってしまっていいものだろうか?
 肝心のアンテナ破壊や地球への帰還にも必要なのではないだろうか?
 ・・・しかし、今を乗り切らなければ、この先なんてないのである。

(別のアイデアが浮かばなかったら、
 また『防』しかないわね・・・。
 後で必要だとしても・・・
 もしもの場合、私が一肌脱げばいいわ。
 それでコイツの霊力は上がるだろうし・・・)

 抱きしめて霊力を高めたことも思い出したが(第二十四話「前世の私にさようなら」参照)、今は、顔を赤らめる暇すらなかった。
 そう決心して、

「横島クン!!
 その文珠で・・・」

 と美神が言いかけた時、ついに結界が破られる。
 しかし、横島が最後の文珠を発動させることはなかった。救助の手が差し伸べられたのも同時だったからだ。

「マリア・・・!!」

 救いの女神は、マリアだった。
 彼女は、接続コードを引きちぎって、司令船の爆発から脱出していたのだ。
 全身をスッポリと包んでいたスーツも失っているが、それでも、人間の宇宙服と似た格好になっている。
 マリアは、ヒドラの攻撃をかわして、三人を抱き上げた。だが、

「逃げきれる、マリア!?」

 美神が心配するとおり、迫り来るアームやビームを回避し続けるのは、難しそうだ。
 なにしろ、腕が二本しかないマリアが、三人抱えて飛んでいるのだ。明らかに無理な姿勢だった。
 誰が見ても同じように思えたらしく、美神たちに、早くも別の助けが差し出された。

『この中へ!! 早く!』

 という声とともに、突然、美神たちの前方の空間に穴があいたのだ。

「こ・・・ここは・・・!?」

 彼らが飛び込むと同時に、穴は閉じた。
 そこで美神たちを待っていたのは・・・。

『ここは月神族の城・・・。
 ここならとりあえず安全です』

 月の女王、迦具夜であった。



(第二十七話「グーラーの恩返し」に続く)
 


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