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復元されてゆく世界

第二十五話 ウエディングドレスの秘密


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 2/ 4

 
「今日はここまでにしようかな・・・」

 風呂から上がった後も勉強を続けていた、パジャマ姿の女の子。
 氷室キヌ、通称おキヌである。
 テストが近いので頑張っていたのだが、そろそろ今晩は切り上げようと思ったのだ。

「ふう・・・」

 勉強に疲れたおキヌは、部屋を見渡した。
 ここは、おキヌの自室である。血のつながっていない姉もいるのだが、姉とは別に一人部屋を与えられていた。氷室家の屋敷は、田舎でもさらに大きいほうなのだ。
 勉強机やベッドのほかに、小さいテーブルまである。一人には十分な広さの部屋だった。
 花の小鉢が勉強机の上には飾られており、テーブルの上にも別の花のポットがあった。その横には、勉強しながら聞いていたために、ラジカセやCDが出ている。いつも寝る前に、おキヌはこれを片づけていた。
 カーテンやベッドカバーは、決して少女趣味ではなく、簡素な模様だ。それでも女の子らしい色づかいのものだった。
 ベッドの上の枕元には、可愛らしい動物のヌイグルミが一つずつ、それぞれ両側に置かれている。
 そして、さらに別のヌイグルミが、机の上にチョコンとのっかっていた。

「おやすみなさい・・・」

 と、おキヌは、そのヌイグルミに挨拶した。
 ベッドの二つほど、かわいい外見ではない。何かの花をイメージしているようだが、おキヌ自身、それが何なのか判別出来なかった。

(でも大切なものなのよね。
 きっと、これは・・・)

 以前から持っていたらしいヌイグルミだが、いつ、どうやって手に入れたのか、おキヌは覚えていなかった。
 彼女は高校一年生だが、最近の記憶しかない。今の養父母に引き取られて以来のことしか分からないのだった。
 普通、自分の過去が不明であれば不安になるかもしれないが、おキヌは違う。周囲の優しさを受け止めて、今の自分を幸せだと感じていた。
 だから、過去を思い出そうという気持ちも強くはない。それでも、なにか大事なことを忘れているかもしれないと、少しは気にしていた。
 そこで、いつか昔の自分を知る者と出会う可能性を考えて、おキヌは、このヌイグルミを常に持ち歩くことにしていたのだ。
 学校への行き帰りでは、自転車の目立つところに結びつける。
 自転車から降りた後は、通学カバンにつけなおして、教室へ。
 家に帰ってからは、部屋へ持ち込んで机の上に置く。
 どこかへ遊びに行くときも、できればポシェットなどに入れて持っていく。
 それが彼女の習慣だった。
 なにしろ、昔からの私物は多くないのだ。そのくせ、中には奇妙なものもある。

(あれって、何なんだろう・・・?)

 おキヌは、ふと、その『奇妙なもの』を思い出してみた。
 それは、ワンピースのドレスである。
 胸元は開いた感じだが、いやらしくはなかった。可愛らしいフリルがあしらわれているからだ。肩口にも同様の装飾があり、全体としても素敵なのだが、色が真っ白なせいもあって、なんだかウエディングドレスに見えてしまうのだ。

(私、氷室家にひきとられる前に、
 おさな妻でもしてたのかな?
 まだ高校一年生なのに・・・)

 そんなことを考えながら眠りについたせいであろうか。
 おキヌは、その晩、不思議な夢を見た・・・。



    第二十五話 ウエディングドレスの秘密



(・・・ここは?)

 おキヌは、教会の中で、いわゆるバージンロードを歩いていた。
 その先では、おキヌ同様に若い少年が立っている。

(これは誰!?
 わからないけど・・・。
 私、この人に会ったことある!!)

 礼服に身を固めているのに、額にバンダナを巻いている。そんな少年だった。
 二人が並んだところで、

「病めるときも健やかなるときも・・・」

 誰かが決まり文句を述べていた。

(・・・なんだか神父さまらしくない人ね?)

 大切な人物ではないらしく、この男の姿はおぼろげだ。
 そして、

「はい指輪よ・・・」

 髪の長い女性が、おキヌの横に立つ男性へ、リングを渡していた。
 
(この女の人にも会ったことあるような・・・?)

 一瞬そう思ったのだが、おキヌは、

(あれ・・・?
 新郎の付き添い役って、
 『ベストマン』って言って、
 親友の男の人がやるんじゃなかったっけ?)

 と、最近テレビで得た知識と照らし合わせて、考えこんでしまう。

(それじゃあ・・・このひと、男!?
 ・・・オカマなの?
 もったいない・・・!!)

 その『女性』は、神父もどきよりもハッキリした姿をしていた。
 長髪の似合う美人であり、スタイルも良かった。メリハリがついた体型であり、胸も大きいが、かといって、体全体とアンバランスな程ではない。

(私とかわって欲しいくらいの胸なのに・・・)

 そんなことを考えていたら、突然、場面が変わった。

「宿題やるのがイヤだからって、
 学校に火をつけるガキ・・・」

 さきほどの『彼女』が物騒なことを言っている。
 そこには大きなパイプオルガンがあるので、

(・・・ここも、やっぱり教会の中?)

 と、おキヌは思ってしまう。

「おまえはわがままな子供・・・」

 まだ『彼女』は何か続けていた。

(学校のことで、誰かを叱りつけている?
 ・・・中学か高校の先生なのかな?
 オカマじゃないなら、よかった・・・)

 ここで、また場面が転換した。
 
(今度はどこ?
 ・・・ここも教会の一室?
 待合室みたいなところ?)

 普通の家にしては天井の高い洋間だ。だが、お役所にしては、部屋の広さのわりに、椅子や机が少ない。
 おキヌは、高校の友だちから聞いた話を思い出していた。吹奏楽部に入っている友人は、音楽活動のために借りられる部屋が教会にはあると言っていた。

(・・・そういう部屋なのかしら?
 そこまで広くないような気もするけど・・・)

 おキヌの目の前には、さきほどからの女性と共に、最初の場面で新郎役だった少年がいる。
 女性と同じくらいハッキリした姿だが、顔立ちまで鮮明に分かるわけではない。
 服装は、さっきとは違って、今度はジーンズの上下だ。だが、額のバンダナは同じであり、同一人物だと確信することができた。
 どうやら、おキヌを含めた三人で、何か議論しているようだ。
 しかし、その内容はよく聞こえない。おキヌの目覚めが近づいていたからだ。
 かろうじて聞き取れた言葉は・・・。


___________


「・・・カンニング?」

 ベッドの上で目を開いたおキヌは、そうつぶやいた。
 耳をすませばシーンという音が聞こえるくらいの静寂だ。
 部屋の中だけでなく、外も、まだ暗いのだろう。カーテンを開けなくても分かるくらいだった。
 
(・・・ヘンな夢見て、
 夜中に目を覚ますなんて・・・)

 おキヌとしては、珍しいことだった。

(・・・イヤだわ。
 それも、学校に火をつけるとか、
 カンニングとか、そんな内容・・・。
 私、そんなに試験のこと意識してたのかな?)

 いくら夢だから支離滅裂だとはいえ、ひどすぎると思う。
 少しの間天井を見つめていたが、おキヌは、ゆっくりと目を閉じた。

(今度は、いい夢が見れますように・・・。
 おやすみなさい・・・)
 
 再び眠りに落ちる前に、もしもヌイグルミに目を向けていたら、おキヌは思い出していたかもしれない。
 以前に自転車にぶつかった少年が、それを見てハッとしていたことを。
 その少年も、頭にバンダナを巻いていたことを。
 そして、もう一度、彼が夢の中に出て来たかもしれない。
 しかし、そちらには視線を向けなかったために・・・。
 おキヌは、特に意味のある夢を見たりせずに、朝までグッスリ眠った。


___________


「・・・これは?」
「『ニシンそば』ってやつだべ?」

 おキヌと姉の早苗が、テーブルの上に用意された夕食に反応した。

「昨日のテレビか・・・?」

 と笑う父親に対して、母親が笑顔で頷く。
 今夜のメニューの一つは、蕎麦だった。ニシンの甘露煮がトッピングされている。
 これは、ニシン蕎麦と呼ばれる、京都の名物料理の一種だった。昨日見ていたテレビの紀行番組で、リポーターが美味しそうに食べていたのだ。
 ・・・昔の京の人々は、たまには海の魚を食べたいと思っていた。だが、京都は山に囲まれており、川や湖は近いものの、海からは離れている。当時の技術では、保存が利くように加工された魚しか手に入らなかった。そして、干物のニシンから戻した甘露煮を、ある蕎麦屋が上にのせる具として使い始めたのだという。
 本当かどうか定かではないが、テレビ番組の中では、そんな由来が紹介されていた。

「ここ人骨温泉も山に囲まれているから・・・?」

 おキヌの住んでいるところは、京都からは離れているが、山地の中にある。少し立地条件が京都と似ていた。
 そう思って聞いたのだが、養母には否定された。ただ単純に、旨そうだったから作ってみたということらしい。
 夕食が始まり、食べてみると、確かに美味しかった。
 蕎麦をすすりながら、

「おキヌちゃん、今日も遅くまで勉強するべか・・・?」

 早苗が、軽く尋ねた。
 部屋は違うが、それでも、電気がついているのは分かる。自分が寝る頃に、おキヌがまだ勉強していたのは明らかだった。
 毎晩遅くまで頑張るおキヌの身を、姉として心配する早苗なのだ。

「だって、試験近いから・・・」

 少しうつむいた姿勢で、おキヌが答える。

「無理せずとも、おキヌは成績よいのだから・・・」
「そうだべ!
 ・・・試験なんて。
 気にしすぎでねか?」

 父親も早苗も、同じ気持ちのようだ。
 
「『気にしすぎ』・・・?
 そうかも。
 昨日の夜なんて、
 変な夢見たのよ・・・」

 おキヌが下を向いていたのは、あの夢を見たことにやましい気持ちを持っていたからだ。学校に火をつけるとか、カンニングとか、そんな夢、まともな高校生の見る夢ではないと思っていた。
 それなのに、家族に優等生あつかいされたような気がして、後ろめたさが増す。
 だから、おキヌは、夢の内容を正直に語り始めた。

「髪の長い、
 いかにも都会って感じの服着た女の人と、
 バンダナをおしゃれに巻いたジーンズ姿の男の人がね・・・」

 おキヌの描写を聞いて、早苗も養父母も体をピクリと動かした。
 だが、おキヌはそれに気付かず、話を続ける。

「・・・っていう夢だったの。
 おかしいでしょ?」

 一通り喋ったところで、茶色い甘露煮ニシンを口にしながら、

(ニシンって結構赤いのね・・・)

 とノンキに考えるおキヌであった。


___________


「おキヌちゃん、
 こないだD組の山村にラブレターもらったそうでねか!」
「やだ!!
 明子がしゃべったのね!?」

 放課後の校庭で、当番のために大きなゴミ袋を運んでいたおキヌは、早苗に声をかけられた。

「別にラブレターとかそんなんじゃないわ。
 ただ、お友だちになってくれないかって・・・」
「やっぱりラブレターでねか!
 どうする気?」

 顔を赤らめて否定するおキヌだったが、早苗の追求は止まらない。

「どうって・・・。
 クラスもちがうし
 ちゃんと話したこともないのよ!
 急にそんなこと言われても困るわ・・・!」
「断っちゃうの!?
 山村って野球部のエースで
 学校一ハンサムなのに・・・」

 ステータスや外見にこだわるタイプなのだろうか、早苗は、そんな指摘をする。
 だが、おキヌにしてみれば、相手の条件はあまり問題ではなかった。

(ボーイフレンドなんか
 作れるわけないじゃない!
 私、誰かのお嫁さんだったのかもしれないのよ・・・)

 白いドレスを思い浮かべ、先日の夢を思い出してしまう。

(まあ、でも・・・。
 私、彼氏欲しいとも思わないから、
 別に構わないわ。
 ハハハ・・・)

 友人や姉の恋愛の話を聞くのは大好きだが、自分はまだ聞いている側でいたい。
 おキヌは、そんな女子高生だった。
 ここで、話題をそらしたくて視線を動かし、ゴミ捨て場の方を見たところで・・・。
 突然、その表情をこわばらせた。
 彼女の様子に気づいて、

「おキヌちゃん!?
 もしかして、また・・・」

 早苗が、おキヌの見る方向にあわせて目をこらす。
 すると、焼却炉の横に浮かぶ幽霊が見えてきた。

「地縛霊ね」
 
 早苗がつぶやいた。
 氷室家の開祖が高名な道士だったため、彼女にも特殊な力が受け継がれているのだ。

「なんで私ばっかり気づいちゃうんだろう。
 霊能力は
 おねえちゃんの方がずっと強いのに・・・」
「おキヌちゃんは無防備なんだべ。
 無意識に波長のピントをすぐにあわせちゃうんだ。
 なにしろ、ずっと幽霊・・・」

 おキヌの言葉に応じて、早苗は、つい、言ってはならない秘密をもらしそうになった。
 慌てて手で口をふさぎ、

「早く帰ろう!!
 ねっ!?
 今日はえーと・・・
 用はないけど帰んなきゃっ!!」

 と、おキヌをごまかす。
 『ごまかす』とは言えないほどの稚拙なものだが、それでも、おキヌには通じるのであった。


___________


 その夜。
 おキヌは、いつものように自分の部屋で勉強していた。
 まだ入浴前なので、普通に私服を着ている。外にも出ていけるような格好だが、スカートがやけに短いので、部屋着としても使っているのだ。
 ふと、手を休めて考えてみるが、

「・・・学校行って、お勉強して・・・。
 友達と遊んだり男の子に手紙もらったり。
 やさしい養父さんと養母さんとおねえちゃん。
 私・・・今すごく幸せだわ」


 やっぱり現状に不満はない。
 過去なんて分からなくても、満足するべきだった。

「でもなんだろう。
 なにか大事なことをどうしても思い出せない」

 おキヌは、ここで、視線を例のヌイグルミへと向けた。

「やっぱり私、
 あなたのお嫁さんだったのかな・・・」

 と、つぶやいてみる。
 自分で買ったものではなく、男の人から貰った物だと想定して、『あなたのお嫁さん』と言ってみたのだ。
 現在彼氏を作るつもりはないおキヌだが、自分が『お嫁さん』をしていたという想像は、ちょっと楽しい。

「エプロンつけて台所に立って・・・、
 旦那さまのためにごちそう作る。
 お掃除もお洗濯も頑張っちゃおう!
 ふふふ・・・」

 性的な男女関係は自分とは結びつかないが、家事に関して好きな人に貢献するのは、きっと幸せだろう。
 そんなふうに考えていたおキヌに、背後から、何者かの手が伸びる。

『キャアアァアッ!?』

 おキヌは驚愕した。
 自分の背中が、目の前に見えるのだ!
 彼女は、体から魂を抜き出されているところだった。

『やっぱりだ・・・!
 おまえの肉体と魂は何かズレがある・・・!
 うえへへへへへへ・・・!!』

 その犯人は、昼間の地縛霊だった。

『よこせ・・・!!
 その身体・・・!!
 俺によこせ・・・!!』
『ちょっ・・・ちょっと・・・!!
 やめて!!
 やめてくださいっ!!』

 魂の抜け殻となった体に、幽霊が入り込もうとする。
 それを必死で防ぎながら、生き霊となったおキヌは、

『だ・・・!!
 誰かーっ!!』

 と、強く叫んだ。


___________


「・・・東京へ行かなきゃいけないのに!!」

 おキヌは、夜の山中を走っていた。
 あの後。
 入浴中だった早苗が、おキヌの悲鳴をテレパシーとして聞きつけて、助けに来てくれた。
 だが、その頃には幽霊も増えていた。肉体を欲しがる悪霊が集まってきていたのだ。それら怨念が一つに溶け合っている間に、おキヌは何とか自分の体に戻ることができた。一方、助けに来てくれたはずの早苗は、集合した霊に突き飛ばされて気絶してしまう。

(ごめんなさい、私のせいで・・・!
 これ以上迷惑かけられない)

 そう思ったおキヌは、窓から飛び出したのだった。
 さいわい、小さな鞄を手に取って、それを背中にかつぐ余裕はあった。ちょっとした身の回りのものも、財布も、大切なヌイグルミも入れることができた。
 しかし・・・。

「・・・こっちじゃない!!
 でも戻ったら追いつかれるう!!」

 真っ暗な山道を走る中、おキヌは、少し迷子になっていた。
 そもそも走り出したときには、なぜか都会のビルの映像が頭に浮かんだのだった。しかも、それが東京にあり、そこへ行けば何とかなるという気にもなっていた。
 さらに・・・。
 東京で助けてくれるのは、先日の夢に出て来た二人だという想像まであった。

(やっぱり、あの人たちは・・・)

 だが今は、自分の過去に思いを巡らす暇はなかった。
 駅に向かって走っていたつもりだったのに、どうやら、別の山道に入ってしまったようなのだ。
 それなりの広さがあって、自動車も通行できるように整備されている道だ。こんな夜には一台の車も走っていないかと思いきや、遠方から来るヘッドライトが見えた。

(・・・駅まで乗せてもらえるかしら?
 でも・・・
 これ以上誰かを巻き込んでしまうのは・・・)

 方角から見て、氷室家の父や母の車ではなかった。見ず知らずの他人のはずだが、そうした人々のことまで、おキヌは心配してしまう。
 しかし、逡巡している場合ではなかった。
 車が近づいてくるだけでなく、

『逃ガサン・・・!!
 ヨコセ・・・!!』

 ついに霊団がおキヌに追いつき、その手を伸ばしたのだ。

「キャァアッ」

 ちょうど目前まで来た自動車のライトに目がくらんだこともあって、おキヌは、悪霊に足をつかまれてしまった。
 だが、

「もう大丈夫だ・・・!!」

 車から飛び出した少年が、光る剣のようなもので、悪霊の手を斬り飛ばしてくれた。

「まにあった・・・!!」
「ケガはない、おキヌちゃん!?」

 少年の頭には、特徴的なバンダナが巻かれていた。
 そして、オープンカーを運転していたのは、髪の長い女性だった。

「あ・・・あなたたちは・・・」

 それは、おキヌの夢に出てきた二人だ。

「美神・・・美神令子よ!」

 女性が名乗る傍らで、

「ゴーストスイーパー横島忠夫だ!」
「その一番弟子、犬塚シロでござる!」

 という言葉も聞こえるが、遠慮するかのような小声だ。
 だが、この発言で、ようやくシロは存在を気づいてもらえたのだった。


___________


 美神たちが東京を出たのは、おキヌが悪霊に襲われるよりも、ずっと前である。
 発端となったのは、美神が受けた一本の電話だった。

「そうですか・・・」

 氷室家の養父母は、おキヌの『夢』の話から、彼女が何か思い出し始めていると悟った。それで、美神のところへ一応連絡したのだった。
 美神も横島も、いつかはおキヌは戻ってくると信じていた。だが、彼女が現在幸せな生活を送っているのなら、無理に急かして思い出させる必要もない。

「・・・でも、とりあえず
 今から様子見に行きましょうか?」

 電話の内容を横島やシロに説明した美神は、二人を連れて、車を走らせたのだ。
 事務所の留守番は人工幽霊にまかせ、さらに、

「雪之丞が来たら、あいつにも留守番させといて!」

 雪之丞が来たときのことも頼んでおいた。彼は、またフラリと消えてしまっていたからだ。
 美神としては、

「何日か近辺に宿泊して、
 おキヌちゃんの幸せを
 かげからソッと見守りましょう!」

 というのが、そもそものプランだった。
 このように、しばらくノンビリするつもりだったのに、この地に来て予定が変わってしまう。
 おキヌを襲っていた霊団の規模は大きく、

「・・・美神どの!!」
「何っスか、あれ!?」
「・・・まさか、おキヌちゃん!?」

 事情を知らぬ美神たちでも、遠くから察知出来るほどだったのだ。
 そこで慌てて、車の向きを変えて・・・。
 ギリギリで間に合ったのだった。


___________


「あれ!?
 もしかして・・・ワンちゃん!?」

 三人目の人影に気づいたおキヌは、そんな言葉を発してしまった。
 少女の髪の色が特徴的だったのだ。車のライトしか照明がない中でも分かった。
 前髪が赤く、他は、雪のような白銀・・・。
 全く同じ配色の子犬に、おキヌは会ったことがある。
 シロに思い当たると同時に、

(じゃあ、この人は、あの時の・・・!)

 おキヌは、横島と名乗ったバンダナの少年が、自転車にぶつかってきた人であると思い出していた。
 ただ夢の中に出てきただけじゃない、少し前に現実世界で会っていたのだ!

「・・・狼でござる」
「ペット犬の役だったからな」

 ボソッとつぶやくシロの肩を、横島がポンと叩いて慰めている。さきほどの光る剣は、いつのまにか無くなっていた。
 その横では、

「美神除霊事務所の、
 チームを甘く見るんじゃないわよ!!」
 
 美神が、悪霊の塊と戦っていた。

「破魔札!!」
『ギャアアアッ』

 攻撃は直撃し、

「てめーらみてーな下等なバケモンはなー
 一瞬でパーだ!!」

 見ていただけの横島が浮かれている。
 だが美神は、

「・・・そうもいかないわ。
 逃げるわよ!」

 みんなを乗せて、愛車をスタートさせた。
 横島たちが車上から振り返ると、

『グ・・・オノ・・・レ・・・
 コロス・・・!!』

 確かに霊団は復活し、車を追ってきている。

「あいつは一個の化物じゃないのよ!」

 ここまで大きく強力な悪霊ならば、その正体は明白だった。
 美神は、横島たちに説明する。
 敵は、無数の霊が集まって一つの意志を持っている群生体だ。一部を吹き飛ばしても残りが襲ってくるし、他の悪霊が加わって再生してしまう。
 急所もないし、ここに取り込まれた霊は『あきらめる』という気持ちもなくしている。しかも、どんどん周囲の霊を取り込み続けている・・・。
 厄介な相手だった。

「では、全部丸ごと消し去るでござるよ!!
 ・・・ウォオーン!!」

 後ろを向いたまま、シロが、必殺技を使う。
 自慢のシロ・メガ・キャノン砲を発射したのだ。

「えっ!?
 ・・・なに、今の!?」

 隣に座っていたおキヌが驚くほどだった。
 昼間になったかと見まごうばかりの光量が、車の後方一帯を突き進んだのだから。

「・・・えへへ」

 ちょっと誇らしげなシロである。
 これで、『塊』になっていた悪霊は確かに消滅した。
 ただし、引き寄せられて来たけれど、まだその場に達していない霊もいたのだ。彼らは、消えた『塊』を惜しむかのように、その一点に集まり・・・。
 新たな霊団を構成した。

「・・・ええーっ!?」
「だから・・・再生するって言ったでしょ?」

 驚く横島の横で、運転席の美神が小さくつぶやく。
 だが、おキヌは、

「でも・・・でも、
 今の凄かったですよ?
 『再生する』って言っても、
 その間に距離をかせげましたよ?」

 頑張ってくれたシロを讃える意味で、そう言った。
 瞬時に復活するわけではないのだから、

「これを繰り返せば・・・」

 とも提案したのだが、美神に却下された。

「・・・ダメ。
 一度しか使えないのよ、今のは。
 それをサッサと使っちゃうなんて・・・!!」
「・・・え?」
 
 美神の言葉を聞いて、おキヌが隣のシロに目を向けると・・・。

「拙者、もう・・・。
 おねむでござる・・・」

 シロのまぶたが閉じるところだった。
 おキヌは知らなかったが、シロ・メガ・キャノン砲をうった後のシロは、エネルギー切れになってしまうのだ(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)。

「シロのでも無理ってことは・・・。
 文珠で『滅』ってやっても、同じっスかね?」
「・・・でしょうね。
 文珠も無限にあるわけじゃないからね・・・」

 温泉で骨休めするつもりだったが、一応、文珠は持ってきていた。だが、圧倒的に数が足りない。先日四つも無駄にしたこともあって(第二十四話「前世の私にさようなら」参照)、その後に出した一つを合わせても、全部で二つしかないのだ。
 おキヌには、この二人の会話の意味は分からない。ただし、何かピンチらしいということは把握出来た。それでも、

(この人たちなら守ってくれる・・・。
 そうよ・・・いつだって
 なんとかしてきたもの・・・!)

 と、安心してしまうのだった。


___________


「まっすぐに追跡してきてるわね・・・」
「そりゃあ、こんな夜道を走ってる車、
 他にないっスからね」

 横島は、車の明かりを目印にして霊団が追ってくると考えている。
 だが、実はそうではない。
 悪霊たちは、霊波を視覚的に捉えていた。霊的拠点や霊能者は強く光って見えるのだ。おキヌが美神たちと合流したことで、目印となる光も大きくなっていたのである。
 しかし、美神も横島もおキヌも、このカラクリには気づいていなかった。

「でも、だいぶ離れましたよね?
 ・・・ありがとうございます!」

 後部座席のおキヌが、前の二人の会話を聞きとめて、礼を言った。

「だけど、逃げきれるかどうか微妙ね・・・」

 スピードそのものは、自動車の方がはるかに速い。
 だが、クネクネと続く山道なだけに、それに沿って進まなければならないのが欠点だった。一方、霊団は一直線に突き進めるのだ。

「やっぱり、あれを試すしかないかしら?」
「なんだ、美神さん。
 ちゃんと手があるんじゃないッスか!!」

 美神が続けた言葉に、横島がサッと反応した。
 まだ彼女は暗い表情だが、それでも指示をとばす。

「そんなに確実じゃないけどね・・・。
 横島クン、後ろのトランクから荷物出して!」
「はい・・・って、出来るかー!!
 それなら車とめて下さいよー!?」
「あの・・・私の方が近いから、
 私が身を乗り出して・・・」
「ダメよ、危ないから!!
 おキヌちゃんは座ってなさい!!」
「俺だったら、危なくないのかー!?」

 美神としては、不確実な策のために停車したくはなかったのだが、

「しまった!!」

 突然、左の前輪にガクンと異常を感じた。尖った小石か何かをはねてしまい、パンクしたのだろう。
 やむを得ず、美神はブレーキを踏む。


___________


 文珠の一つを使って、車の周りに強力な結界を張った。
 スペアタイヤへの交換は横島にまかせて、
 
「おキヌちゃん。
 あなたなら、使えるかもしれない・・・」

 美神は、荷物の中から一本の笛を取り出した。
 特殊な共鳴効果があるのだろうか。先端は異様にふくらんでおり、しかも突起で装飾されている。

「これは・・・?」

 学校で使うリコーダーとは明らかに違うシロモノを手渡され、おキヌは戸惑う。

「ネクロマンサーの笛・・・!」

 とだけ答えた美神だが、内心では、

(それは死霊使いネクロマンサーのためのもの。
 私たちはね、
 あなたが『死霊使い』の能力を発揮するのを
 一度見ているのよ)

 と補足していた。
 幽霊時代のおキヌは、霊的アンテナ目がけて集まってくる悪霊たちを、言葉で説得して追い払ったことがある(第三話「おキヌの決意」参照)。それを目撃した美神は、

「幽霊だから、幽霊の気持ちがわかるのね。
 それも、相手を説得しちゃうくらい・・・」

 と思ったものだが、あの相手は、話の通じる浮遊霊などではない。悪霊だったのだ。
 あとから考えてみると、あれはネクロマンサー能力なのだ。
 だから、おキヌの記憶が戻った場合に備えて、オカルトショップの厄珍堂から、この笛を借り出していたのだった。おキヌが事務所に復帰したら試しに使わせてみようと思ったのである。

(ここまで持ってくる理由はなかったけど・・・。
 虫の知らせだったのかしら・・・?)

 美神は、笛を手にしたおキヌを見つめた。
 幽霊時代のことを伝えたほうが、うまく使える可能性は高いだろう。だが、この場に至っても、美神としては、失われた記憶を言葉で伝えてしまうことに抵抗があった。

(おねがい、おキヌちゃん・・・)

 美神が見守る中、おキヌが、ネクロマンサーの笛に口を付けた。


___________


(もしかして・・・。
 これも、あのヌイグルミやドレスのように、
 記憶をなくす前に使っていたものなのかな!?)

 奇妙な形状の笛であるが、なぜか、見覚えがあるような気がした。
 おキヌは、愛着をこめて、笛にソッと息を流し込む。
 だが・・・。
 何も音は出ない。

(・・・えっ!?)

 動揺するおキヌだったが、霊団は、かなり近くまで迫ってきていた。

『ヨコセ・・・!!』
『ソノカラダ・・・!!
 生キ返リタイー!!』
『死ニタクナイ・・・!!
 生キテイタカッター』
『怖い・・・怖いよ・・・』
『誰か・・・誰か助けてー』
『ヨコセ・・・ヨコセ・・・』
『苦しい・・・苦しい・・・』
『私はまだ死んじゃいない・・・!!』

 悪霊たちの気持ちが聞こえてくるくらいだ。
 美神は『無数の霊が集まって一つの意志を持っている』と言っていたが、こうして聞いてみると、いくつもの気持ちがあるようだった。

「このひとたち・・・
 かわいそう・・・」

 襲われている立場でありながら、おキヌは、悪霊たちに同情してしまう。

(死にたくないよね・・・
 生きてるってあんなに素敵なことなんだもの・・・
 誰も好きで死んだりしないよね・・・)

 おキヌは、無意識のうちに、再び笛を口にしていた。

(つらかったでしょう?
 苦しかったでしょう?
 私にはよくわかるよ)

 ネクロマンサーの笛から、音が出始めた。
 しかし、それに気づかないくらい一心不乱に、おキヌは霊団に呼びかけていた。


___________


「音が出てる・・・?
 やっぱり、おキヌちゃん・・・」

 美神が気づいたが、それは、まだ悪霊たちをコントロールするには不十分だった。

『ガ・・・ガアアアッ。
 ヤメロオォオオオッ!!』

 苦しむ霊団が、結界に体当たりしてくる。そして、

「結界破られたーッ!!」

 防ぐものがなくなって、真っ先に逃げ出したのは横島だ。
 だが、おキヌを守ろうという気持ちはあるようで、彼女の手をとって、いっしょに走っている。
 その後ろから、

「こらー!! 横島ー!!
 私にこんなことさせるなー!!」

 美神も彼を追う。しかも、シロだけ車に残していくわけにも行かないので、彼女を抱きかかえて走っている。

「こういうのは、あんたの役目だー!!」
「ごめんなさーい!!」

 美神の声に含まれる怒気を感じとった横島は、

「もーだめだー!!
 チクショー!!」

 霊団と美神の両方から逃げることになってしまった。
 おキヌは、そこまで理解していないので、

「ごめんなさい、横島さん・・・
 もう・・・いいです。
 守ってくれて嬉しかった・・・!
 でも・・・
 このひとたちの辛さがわかるから・・・
 もう・・・」

 と、悪霊の件を謝罪する。そこへ、

「こらー!!
 こっちも何とかしろー!!」

 美神も横島へ声をとばした。シロを抱えて速く走れない美神は、霊団に追いつかれてしまったのだ。

「・・・ああ、もう!!
 おキヌちゃんも美神さんも、俺が・・・!!」

 横島が、ハンズ・オブ・グローリーを発現させて、霊団に突撃していった。
 だが、最初におキヌをひろった際には末端部を切ることが出来たのに、

「な・・・手応えが・・・!?」

 中心部には埋もれてしまうだけだった。
 実際は切れているのかもしれないが、中心へ向かって後から後から再生する以上、役に立たないのだ。

『邪魔ヲスルナ・・・!!』
『オマエカラ殺ス・・・!!』

 悪霊たちが、横島に襲いかかる。おかげで、

「ナイス、横島クン!!」

 美神はシロを抱えたまま脱出することができたが、これでは、横島の身が危険だ。

「やめて!!
 その人は私の大事な旦那さま・・・」

 思わず叫んだおキヌだったが、

(大事な旦那さま・・・!?
 違う、あの夢はそういう意味じゃない!!
 大事な・・・何・・・!?
 何か・・・何か思い出しそう・・・!!)

 と考えながら、無意識のうちに再び笛を吹き始めた。

(そんなことしたって
 苦しいのは終わらないよ・・・!
 あなたたちの気持ちはわかるわ。
 だって・・・
 だって私・・・)

 ここで、おキヌがハッとする。

(私・・・
 幽霊だったから・・・!!)

 その瞬間、笛の音色が変わった。

「お・・・音が霊波に変換されてく・・・!?」

 美神は、その現象を的確に認識していた。
 彼女が見守る中、

「もう・・・やめよう。
 ね? みんなお帰り・・・!」
『ギャアアアアァ!!』

 おキヌの言葉を合図にするかのように、悪霊たちが飛び散って、空へと消えていく。
 今、霊団は、完全に消滅したのだった。

「大丈夫!?
 おキヌちゃん!!」
「美神さん・・・!
 私・・・おぼえてます!!
 全部思い出しました・・・!!」

 おキヌは、幽霊だったときのことを完全に思い出したのだ。
 美神や横島たちと過ごした幽霊時代、それ以上でもそれ以下でもなく、その全てを。

「ただいま・・・!!
 美神さん・・・!!
 横島さん・・・!!」

 二人に駆け寄ったおキヌは、美神がシロを抱えていたせいもあって、横島の胸の中に飛び込んだ。
 まだ暗いので分からなかったが、今、彼らが立っている場所は・・・。
 奇しくも、おキヌと横島が始めて出会ったところだった。


___________


 美神たちは、今、車で氷室家に向かっている。
 記憶を取り戻したおキヌの今後はともかくとして、今日のところは、無事に養父母のもとへ届ける必要があった。
 運転するのは美神であるが、前輪の一つがスペアタイアなので、いつも以上に慎重なドライビングだ。
 助手席には横島が座り、おキヌは、まだ眠っているシロとともに後部座席にいた。

(横島さんは・・・大切なお友だち。
 旦那さまではなかったのね・・・)

 記憶を取り戻した今では、横島との関係も正しく理解していた。それでも、

(アパートに行って、お掃除やお洗濯。
 料理を作ることもあって・・・。
 ふふふ・・・。
 『お嫁さん』として考えていたこと、
 けっこう実際にやってたのね・・・!!)

 と考えると、自然に笑顔になる。
 気になっていたドレスについても、小鳩がらみの結婚ゴッコで使われたものだと思い出した。だが、当時のことを思い浮かべると、少しだけイタズラ心も出てきてしまう。
 後ろから身を乗り出して、前の二人に声をかけてみる。

「美神さん!!
 私と美神さんって・・・。
 横島さんと結婚したんですよね!?」

 これを聞いて、横島はブッと吹き出した。
 美神もハンドル操作を誤り、事故になる前に慌ててブレーキを踏んだ。

「・・・おキヌちゃん!?
 ちゃんと思い出したのよね?」
「断片的にゴチャゴチャになってるのでは・・・!?」

 二人が後部座席を振り返るが、おキヌは手を振って否定した。

「・・・わかってます、
 あくまで『ゴッコ』でしたね!」
 
 そう言いながら横島に微笑むおキヌは、彼との色々な思い出を頭に浮かべた。そして、

(ウエディングドレスはニセモノ。
 でも・・・ヌイグルミは本物!)

 と、自分の宝物を心の中で確認するのだった。



(第二十六話「月の女王に導かれ」に続く)
 


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