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復元されてゆく世界

第二十四話 前世の私にさようなら


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 1/29

 
「ごめんね、横島クン!!
 サービスタイムは続かないみたい!」

 いつもよりも派手にシバいてしまった償いの意味で、気絶した横島を抱きしめていた美神である。
 それが正面から抱きつくような姿勢であっても、『自分もそうしていたかった』とは決して意識していないのだ。だから、これを『サービスタイム』という言葉で表現するのだった。
 美神は、戦闘態勢をとるために横島の体をはなした。
 そして、空に浮かぶ敵を睨む。
 月を背にして浮かぶは、魔族アシュタロス。
 美神とおキヌと横島の三人が、長い長い戦いに駆り出されることになった元凶である。
 だが、もちろん、この時点の美神はそこまで認識していなかった。
 また、アシュタロスのほうでも、この先に待ち受ける展開など全く予想していない。
 この瞬間は、ただ、平安時代の対決の一場面に過ぎなかった・・・。



    第二十四話 前世の私にさようなら



『起きろ、道真!!』

 アシュタロスが指をピシッとはじくと、二つに分たれて倒れていた道真の体が起き上がった。一つにくっつくと同時に意識も回復しているようだ。
 すかさずメフィストが攻撃したが、

『このー!!』
『むん!!』

 それを軽くはねのけてしまった。

『え・・・!?』
『無駄だ。
 おまえが食った結晶は私のために特別に造られたものだ。
 私以外の誰もあの結晶を消化して使うことはできん』

 驚くメフィストに、空に浮かぶアシュタロスが説明した。
 アジトから奪ったエネルギー結晶でパワーアップしたつもりのメフィストだったが、彼女が利用していたのは、結晶に含まれるわずかな不純物にすぎなかったのだ。

『吐き出せ!』
『く・・・』
『・・・わからん奴だな』

 眼下の一同に向けて、アシュタロスが指をスッと突き出す。

「いっ!?」

 叫んだのは高島だった。
 額に大きな穴があき、その場に倒れ込む。

『た・・・高・・・
 あ・・・あ・・・あ・・・!!』
『・・・なんだ、そいつが一番大事だったのか?
 ほかの奴からにすればよかったかな』

 狼狽するメフィストを見て、小さく後悔するアシュタロス。
 だが、その時。

「メフィスト・・・!?
 俺は・・・」

 突然、横島が起き上がった。


___________


「よ・・・横島クン!?」
『高島どの・・・!
 高島どのか・・・!?』

 美神とメフィストが、別々の名前を口にしながら駆け寄る。

「・・・高島だよ。
 こいつの中でずっと眠ってた前世の記憶。
 俺本人が死んだ衝撃で、
 そいつが目えさましちゃったのさ」

 メフィストのほうが正解だった。
 かすかに残っていたものが、前世の死に反応して一時的に増幅されたのだ。さらに、ちょうど横島が眠っていたという偶然が重なって、その前世の意識が前面に出てきたのである。

『助かる!?
 高島どのは生き返れるの!?』
「・・・無理だよ、メフィスト」

 すがりつくメフィストに、高島の意識は冷静に答えた。
 ちょうど高島の体から魂が抜け出ていくところだ。

「契約っていう『呪』に縛られてるから
 ありゃあ、おまえのもんだよ」

 そう言われて、メフィストが魂をつかむ。だが、彼女は泣いていた。

『こんな・・・!
 こんなもの欲しくない・・・!!
 私・・・』


___________


『なるほど・・・
 生まれかわって時間をさかのぼったのか・・・。
 そっちの女、メフィストの来世だな!?
 そういうことだったのか・・・!』

 空から人間たちの様子を眺めていたアシュタロスは、ようやく状況を理解していた。
 
『フ・・・。
 美しいが滑稽だよ』

 一瞬で地上へと移動し、

『生まれかわっても
 前世と同じ場所で同時に死ぬとはな!!』

 メフィストの首をつかみ、その体を吊るし上げた。
 これにいち早く反応したのは美神である。

「この野郎!!」

 神通棍を鞭にしてアシュタロスを攻撃したが、

「えっ!?」

 直撃したにもかかわらず、神通棍のほうが砕け散ってしまった。

『・・・今、何かしたか?』

 ニヤッと笑いながら、一瞬振り返るアシュタロス。
 そして、道真が美神たちの前に立ちはだかる。

『おとなしくしていろ!
 おまえたちの始末はあとだ!』

 ボスが直接動き出したことで、道真も働き始めたのだ。
 それを見て、アシュタロスは、美神たちを道真に任せることにした。まずはメフィストである。

『結晶を返したまえ!』

 彼女の首にかけた手に力をこめた。まるで、力づくで吐き出させるかのようだった。


___________


「なんか弱点はないの、ヒャクメ!?」

 この状況に焦って、神さまに助けを求める美神だったが、

『見えないのねー!
 今は雪之丞さんの中にいるから・・・』

 肝心のヒャクメは役に立たない。
 人間の中に入っている状態では、自慢の『100の感覚器官』も使えなかった。

「そこから出れば、何とかなるのか!?」
『ええ!!
 でも、そんなことをしたら・・・』
「これでどうだ!!」

 ヒャクメの言葉を聞きつけた高島の意識は、横島が持っていた文珠の一つに『治』と文字入れする。そして、それを雪之丞の首に押し付けた。

「ああっ!!
 あんた、貴重な文珠を!!」
『傷がふさがったのねー!』

 美神は責めるが、ヒャクメは高島に感謝していた。
 大量に血を失った後だけに、雪之丞は、完全回復したわけではない。まだ意識不明の重体である。それでも、一時的にヒャクメが体から出るには十分だった。
 さっそく100の感覚器官をフル活用したヒャクメだったが、

『この魔族、私とは力のケタが7ケタはちがう・・・!
 ああっ、
 圧倒的な強さばっかりがとてもよく見えるっ!!』

 アシュタロスを見ても、絶望するだけだった。

(それなら・・・!)

 道真はアシュタロスと比べれば格下のはずだ。そちらに目を向けると、

『あいつ、傷が完全にふさがってない!』

 体の真ん中の傷跡が、線としてハッキリ見えた。
 ヒャクメの言葉を受けて、

「了解!」

 美神が、道真の中心に精霊石を投げつけた。

『・・・効かんな』
「ちょっとー!!
 ヒャクメー!!」
『私を責めないでねー!
 精霊石ではパワー不足なだけなのねー!』

 美神としては、精霊石で足りないと言われては、どうしようもない。
 三つ同時にぶつければ少しはマシだったかもしれないが、メフィストと戦った際にも使っており、その後現代で補充もしていなかったのだ。それだけ慌てて来てしまっていた。
 だが、ここで一つのアイデアが浮かんだ。

「文珠ちょうだい!!」

 何も字を入れていない最後の文珠。横島が持っていたそれを切り札に使うのだ。

「おまえも道真だというのなら・・・。
 これでどう!?」

 文珠を握りしめて、拳を道真に叩き込んだ。

(これがダメなら、もう・・・!!
 お願い・・・!!)

 必死な美神の願いが、天に通じたらしい。

『私は・・・。
 ここで何をしているのだ・・・!?』

 道真から邪気が消えた。

「美神どの、何をしたのだ!?」
「現代で神さまバージョンの道真を見たからね・・・。
 文珠に『神』って入れて、叩き込んだのよ」

 美神が解説する横で、

『そいつがあんたをあやつってたのよ!!』

 ヒャクメが、アシュタロスを指さしながら、道真に指示をとばした。


___________


『やれやれ・・・。
 今日は厄日だな・・・。
 いろいろ起こる』

 アシュタロスは、神となった道真の力で、束縛されてしまっていた。
 もともとアシュタロスがこの道真を造ったわけだが、どうやらパワーを与え過ぎたらしい。
 それでも、メフィストを放り出したアシュタロスは、

『だがこんな呪縛、数秒で・・・!!』

 いまにも自由を取り戻しそうだ。
 この状況に、美神が、

「なんか手はないの、ヒャクメ!?」

 再び神さまに助けを求めた。

『うまくいくかどうかわからないけど・・・』

 と言いながら、ヒャクメは、愛用の旅行トランクをポンと出現させた。

『あなたの能力うまく使えば・・・!!』

 コンピューターから伸ばしたケーブルを美神に接続し、美神から何かを吸い取る。

「えっ!?」

 美神が驚く間に、ヒャクメは、それをアシュタロスにぶつけた。

『これは・・・!』
『時空震のポイントを制御して・・・
 あいつだけを未来へ吹っとばす!!
 できるだけ遠く・・・!』
『おのれ・・・!
 下っぱ神族がこざかしいマネを・・・!!』
『奴のエネルギーが大きすぎて
 四、五百年飛ばすのがせいいっぱいか・・・!
 でも・・・』

 ヒャクメの指が、カタカタとキーボードの上を走った。


___________


 一口に『時空震のポイントを制御』とは言っても、簡単なことではない。
 そもそも、この時代へ来る際にも失敗したではないか。単純な普通の時間移動だったにも関わらず、その影響範囲を制御できなくて、想定以上の人数を巻き込んだではないか。

(でも今度は失敗しないのねー!)

 わずか数秒の勝負だ。
 ヒャクメは慎重さとスピードを両立させる。

(私の全ての力を・・・!!)

 時間移動のエネルギー源として、文珠で『雷』を発動させる時間もないようだった。ならば、なけなしの神通力を、自分に残された全ての力を注ぎ込むしかない。

(役立たずなんて言わせないのねー!!!)

 神族としての意地と誇りをかけた、一世一代の大勝負だった。

(これで・・・!!)

 ついに、ヒャクメの指が、実行のキーを叩く。


___________


『・・・とりあえず十分!!』
『!!
 空間が・・・!!』

 アシュタロスは、気付いた。
 ヒャクメの声と同時に、その場が歪み始めたのである。
 だが、それは自分の周囲だけだ。
 彼は、自分が時間移動を始めたことを認識する。

『このままでは済まさんぞ、メフィスト・・・!!
 必ず・・・!!』

 もはや届かぬ彼らに手を伸ばしながら・・・。
 アシュタロスは消えていった。


___________


 ようやく一つの脅威がなくなった。それと同時に、

『そういうことだったのね・・・!』

 ヒャクメは、一つの解答を手にしていた。
 なぜ魔族の武闘派が美神の命を狙うのか、解明されたのである。

『アシュタロスの結晶は
 吸収されずにメフィストの中・・・。
 魂を材料にしてるから転生のとき
 そのままそれが美神さんに受けつがれて・・・』
「じゃ、私の中にもエネルギー結晶が!?」

 美神も、ようやく気が付いたらしい。

『結晶状態で安定してるから外からは見えにくいし、
 あなたにも影響はないわ。
 でも長い時間の間に結晶と魂は
 ふたつに分けられないくらい癒着してるでしょうね』
「私を殺せばそれが手に入るってわけか・・・。
 五百年後に復活したあいつは
 血まなこで時間移動能力者を捜す・・・」

 ヒャクメと美神は、二人で状況を整理する。
 彼女たちの横では、

『む!?
 私はいったい・・・!?
 貴様らよくも私を!』

 文珠の効果が切れたのだろうか、道真が悪霊に戻ってしまっていた。だが、

『ア・・・アシュタロス様?
 ひょっとしておまえらが・・・?
 アシュタロス様を!?』

 その場から強大なボスが消えていることに気付き、さっさと逃げ出していった。
 こうして、一段落ついたところへ、

「おまえたちは・・・!?」

 馬に乗った西郷が、通りかかったのだった。


___________


「とても信じられないが・・・」

 西郷は、魔物の手引きで高島が牢から逃げ出して以来、彼らを追って京の街を駆け巡っていた。怪しい気配と騒々しい物音のためにここへ来たのだが、そこで出会ったのは、異様な集団だった。
 しかも、彼らの話は想像を絶する内容だった。
 彼らは、未来から時間をさかのぼってきた者たちであり、しかも、高島や魔物の来世だというのだ。彼らの友人には、西郷自身の来世までいるらしい。
 そして、魔物と彼らをつけ狙う強大な悪魔に襲われて、高島は、ここで殺されてしまった・・・。

「信用するとしよう」

 西郷は、自分でも驚くべき言葉を口にしてしまう。
 一方、美神は、

「あなたならそう言ってくれると思ってたわ・・・!
 ありがとう西条・・・いや、西郷さん!」

 ごく自然に、彼の了承を受け入れていた。
 西郷から見て、確かに美神には、牢屋を襲った魔物の面影があった。その魔物、メフィストとやらも、ここにいる。メフィストは、高島の死体を前にして、涙を流していた。

(こうして見ると、か弱い女にしか見えないな・・・)

 今はそう思う西郷である。だが、第一印象は違ったのだ。

(この女、まるで竜巻きのように飛び込んできた・・・)

 それが、メフィストに攻撃されながら感じたイメージだった。しかも彼は、それ以来、メフィストに心を奪われてしまったような気がしていた。

「悪いが、この死体は引き取らせてもらうよ」

 西郷は、メフィストの心情を気遣いながら、高島の死体を目で示した。
 気の合う仲間ではなかったが、高島も同期の陰陽師だ。死刑になるはずだったとはいえ、こうして悪者に殺されてしまったのを見ると、それなりに考えさせられる。
 しかも、複雑なことに、

「・・・ああ。
 おまえが捕えたことにすればいい」

 死んだはずの高島の意識は、来世の男の体を借りて、この場で元気にしているのだ。先ほどまで、メフィストを元気づけようとして、おちゃらけていたくらいだった。

「死刑と決まっていた以上、
 抵抗したからやむを得ず殺したってことにしても、
 おまえとしては問題ないだろ?」
「・・・なんだ?
 生前の言動を反省して、
 私に手柄をくれるというのか?
 おまえらしくもないな」
「そんなつもりはないさ。
 ただ、代わりといっちゃなんだが、
 頼みたいことがあってだな・・・」

 西郷は、内心の感慨を隠して、今まで同様に高島に接した。
 そんな二人の会話を、メフィストが遮る。

『「俺にホレろ」なんて・・・。
 勝手に願っといて先に死ぬなんて・・・!!
 ホレさせたんなら、ちゃんと責任とれ!!
 この・・・この・・・』

 と言って泣きつくのだが、もう、どうしようもなかった。

「なあ、西郷。
 こいつのこと頼まれちゃくれねえか!?」

 そう声をかけられて、西郷は、ドキッとした。メフィストに惹かれている気持ちを見透かされたと思ってしまう。

「・・・フン!
 おもしろくない結末だ・・・!
 言っとくがこんな形でおまえの女をもらうのは
 お断りだからな!」
「いいじゃねーか別に・・・!
 細かいことにうるさいヤツだな・・・!」
「決着は来世に持ちこしだ!
 ま、それまでは妹として
 面倒みといてやるよ!
 ・・・だが、魔物のままでは無理だぞ?
 おまえの脱獄に関わってるんだからな?」
「・・・そうだろうな。
 俺一人の死体じゃあ、
 『闇の集団』の一件が
 全て片づくってわけにはいかないよな」

 彼らの会話を遠巻きに見ていた美神たちが、なぜか、ここでギクッとしていた。

「・・・つーわけだ。
 だからおまえ、人間になれ。
 俺のふたつめの願いごとだ」

 真摯な表情から出てきた言葉だが、

「こ・・・こいつが
 願いごとを他人のために・・・?」
「信じられん・・・!!」

 当事者の二人以外は騒然としている。
 美神たちにしてみれば、横島の口からそんな言葉が出るのが不自然であり、西郷にしてみれば、高島の意識がそんなことを言うのが驚きなのだ。

『みっつめは・・・?』

 メフィストが尋ねた時、

「う・・・あ・・・?
 ダメだ・・・!
 横島が・・・起き始めた・・・
 もう・・・消え・・・」

 高島の意識が、最後のときを迎えようとしていた。
 これを見て、美神が立ち上がった。

「・・・これ以上は待てないわね」

 雪之丞を早く現代へ連れ帰りたい美神たちとしては、今まで我慢しただけでも最大限の譲歩なのだ。
 高島を殺されてしまったメフィストの気持ちは分かる気がするし、かといって横島一人を残していけない。だから、待っていたのである。さらに言えば、こんなに長く横島が眠り続けるなんて思わなかったからだ。

『あんまりここにいると、
 今度は雪之丞さんが死んでしまうのねー!』

 今のヒャクメは、雪之丞の体を守るために、再び彼の中に入っている。ヒャクメ独特の軽い口調だったが、彼女も、そろそろ限界だと思っていた。

「それじゃね、メフィスト・・・!」

 美神の手の中で、『雷』の文珠が光りだす。
 もう事情も分かったことだし、二度と平安時代へ来るつもりはなかった。

『ちょ・・・ちょっとまって・・・!
 なに!? みっつめは・・・!?』

 叫ぶメフィストの耳元で、最後に、高島の意識が、

「また会おうな」

 とささやく。
 そして、美神たちは、現代へと帰っていった。
 それを見送ったメフィストは、

『お行き、高島どのの魂・・・!
 今は自由にしてあげる。
 でも・・・』

 と言いながら、握っていた手を開いた。
 魂が空へとのぼってゆく。
 これが転生するのだ。だから・・・。

『今度会ったら・・・
 もう逃がさないから・・・!!』


___________


「・・・あれ!?
 美神どの、失敗したでござるか?」

 戻ってきた美神たちを出迎えたのは、キョトンとしたシロだった。
 事務所のドアは半開きで、神の道真が部屋に入ろうとしていた。

「失敗って・・・。
 あっ、そうか!!」

 美神は、状況を理解した。ちょうど出発した瞬間に戻ったのだ。だから、シロから見れば、時間移動をしそびれたように見えるのだろう。

「よく見なさい、シロ。
 メンバーが変わってるでしょ?」
「・・・あれ!?
 本当でござる!!
 いったい、どんな魔法を・・・!?」

 シロが不思議そうな顔をするが、それには答えず、

「後で説明するから!!
 シロは、横島クンといっしょに、
 雪之丞を病院へ連れていって!!」

 美神は指示を出した。
 すでに目を覚ましていた横島とともに、シロが雪之丞を病院へと運ぶ。

『もう大丈夫なのねー!』

 そう言いながら、ヒャクメが、雪之丞の体から遊離した。
 これで、事務所に残ったのは、美神とヒャクメと道真の三人である。

「・・・で、何の用?」

 美神は、道真に向き直った。


___________


 どうやら、神さまの道真がここへ来たのは、美神たちの時間移動を助けるためだったらしい。
 彼は、

『それがしは太宰府天満宮に祭られておる神、菅原道真』

 まずは自己紹介をしてから、

『諸君に悪さをなした道真の怨霊は・・・』

 と、自分が捨て去った負の部分が悪霊道真となったことまで説明し始めた。

「ふーん。
 そう・・・」

 それを聞く美神の態度は、とても神前で人間が見せる態度ではなかった。
 美神にしてみれば、どうでもいい話だったからだ。
 もし過去へ行って対決する前であれば、敵の正体というのは、戦いに役立つ情報になるかもしれない。だが、もはや全て終わって戻ってきたあとなのだ。

(今さら来られてもねえ・・・)

 としか、思えなかった。
 そして、この気持ちは、道真の本来の用件にも向けられる。

『今日ここに来いと言ったのは、もと魔族の嬢ちゃんでな』

 アシュタロスを追いやってから20年後、すでに人間となっていたメフィストが、神の道真のところまで行って依頼したらしい。
 約千年後の正確なこの瞬間、ここ美神の事務所へ・・・。
 頼まれたとおりに、道真は『雷』の文珠を四つ持ってきたのだ。

「メフィストったら・・・。
 若ボケかしら?
 あれから、たった20年で・・・?」

 美神の口から、溜息がもれた。自分の前世の将来を憂いたのだった。

(『雷』の文珠ということは、
 時間移動のエネルギーにしてくれって
 ことだろうけど・・・。
 道真から貰わなくても、
 横島クンの文珠で足りたじゃない!?)

 その状況をメフィストが忘れてしまって、

「文珠を調達したから、何とかなったのよ!」

 と思いこんでいるのであれば、もはや痴呆症だ。
 あの戦いは、そう簡単に詳細を忘れられるシロモノではなかったはずだ。
 
(あるいは・・・)

 あの道真やアシュタロスとの対決すら『些細なこと』として記憶のどこかに埋もれてしまうくらい、それほど波瀾万丈な人生をメフィストは送ったのであろうか?
 美神自身、漫画の主人公であるかのような凄まじい日々を過ごしている。だから、その前世が大変な一生を送るのだとしても、おかしくはない。だが美神は、そうは考えたくなかった。
 それでも、さらに厄介ごとに巻き込まれたメフィストというのを想像してしまうと、

(もしかして、
 この文珠で助けに来いっていうの?
 もう一度過去へ来いってこと!?)

 という可能性も頭に浮かぶ。
 しかし、それならば道真にもっと詳しい情報を伝えているはずだ。今の説明からすると、やはり、今回の事件に関するもののようだった。

(じゃあ、もしかして・・・)

 最後に、美神は、心の中で道真を責めてみた。
 メフィストの意図としては、もう少し早く事務所へ来て欲しかったのではないだろうか?
 そうすれば、美神は横島の文珠を使うことなく、時間移動出来たからだ。その場合、戦いの中で使う文珠の数にも、もっと余裕があっただろう。

「メフィストが、そのつもりなら・・・」

 美神は、とりあえず自分を納得させたので、道真から文珠をもらうことにした。
 本来の意味では、もはや手遅れではある。だが、それでも、使ってしまった分の補填にはなるからだ。

「彼女の好意に甘えるわ。
 それ、全部ちょうだい」

 もとより美神に渡すつもりだった道真である。異論はなかった。
 それに、学問の神さまである自分が、長く他所を訪問しているのは不都合なのだ。最初は悠長に話をしてしまった道真だが、そろそろ、サッサと用件を済ませて帰りたい気持ちにもなっていた。
 テーブルの上に文珠を置いて、椅子から腰を上げたが、

「・・・でも、ちょっと待って!」

 口元を緩めた美神に、引き留められた。


___________


『美神さん、あこぎなのねー!!』

 ヒャクメは、思わずプッと吹き出してしまった。
 すでに道真はいない。彼は、受験生の大群に所在がバレてしまい、逃げるように帰っていった。
 今は、その直後である。
 ヒャクメに笑われた美神は、

「いいじゃない、これくらい!
 ・・・今回の仕事の報酬みたいなもんよ」

 照れてしまって顔を赤らめる。その手の中には、道真から貰った文珠が五つあった。
 なんと彼女は、道真に、

「・・・四つじゃ足りないわよ?
 この場で、もうひとつ出してちょうだい!」

 と言い張って、使用した数よりも一つ多く巻き上げていたのだ。
 神さま相手でも交渉上手な美神だった。

『今回の一件は、
 美神さんの仕事じゃないのねー!
 むしろ私の仕事!
 フフ・・・』

 ヒャクメは笑っている。
 
(まあ、そうなんだけどさ・・・)

 美神としても、認めるしかなかった。
 今回は美神自身が調査対象であって、仕事をする側ではなかった。最後にアシュタロスを追い払った功労者も、ヒャクメである。
 それを思い出して、

(さすが、ヒャクメは神さまね)

 とまで思ってしまう美神であった。


___________


(あれ・・・!?
 美神さん、けっこう素直なのね。
 素直じゃないのは、自分の恋心だけ・・・?)

 美神に内心で認められたヒャクメだが、そんな『内心』は、しっかり筒抜けだった。
 実はヒャクメは、道真との対面の間も、美神の思考をサーチしていた。

(あーでもない、こーでもないと考えて、
 その結果ちゃんと自己完結・・・。
 面白かったのねー!)

 ヒャクメとしては、悪気があったわけではない。クセのようなものだった。
 もちろん、四六時中誰かを覗いているわけではないのだが、今回の場合は、美神を調査するという口実が無意識のうちに働いてしまったらしい。
 それに、自分の行為がマナー違反だということは心得ているので、せめてもの償いとして、何かアドバイスしてから帰ることにした。

(何がいいかしら・・・?
 ・・・そうだ!!)

 ヒャクメは、過去で美神がメフィストに向けていた視線を思い出し、

『・・・あのね、美神さん』
「なあに?」
『横島さんの中に高島さんが眠ってたように、
 あなたの中にもメフィストは眠っています。
 でも、それはあくまで前世の話。
 あなたがそれを引きずって生きる必要はないんです』

 と語り始めた。
 唐突に前世の話を向けられて美神は驚くが、ちょうどヒャクメの功績を考えていたところだっただけに、

(神さまの言うことだから、聞いておいて損はないわ)

 と、受け入れることにした。

『彼女の人生はもう終わった。
 あなたの人生は
 あなたが作っていけばいいんですから』
「・・・そう言ってもらえると少しは救われるわね」

 美神が下を向いて目をつぶったのを見て、

(いいアドバイスになったのねー!
 さすが私・・・!!)

 と自画自賛したヒャクメだったが・・・。

「前世が魔族で・・・。
 横島クンにね・・・」

 と言う美神の表情は少しずつ影を帯び、その額には青筋まで浮かび始めた。
 こうなったら、もう心を読むまでもない。

(あらっ!!
 私、なんか失敗した・・・!?
 寝た子を起こしちゃったのねー!!)

 ヒャクメは、静かに椅子から立ち上がり、ドアへ向かって後ずさりしていく。

『収集した情報は神界に持ち帰ります。
 では・・・』

 そのまま、逃げるように事務所を出た。
 無事に空へと飛び立ったヒャクメは、
 
(それにしても・・・)

 まだ美神のことを考えている。

(あのひと無意識に
 自分の前世を自分で封印しちゃってたのね。
 私でも見透かせないほど
 強力なプロテクトかけて・・・。
 きっとまた隠しちゃうんでしょうね)


___________


 その翌日。

「横島クン、ちょっといい?」

 事務所から帰ろうとした横島は、美神に呼び止められた。

「・・・なんスか?」
「ちょっと私の部屋に来て欲しいの」

 こう言われてしまうと、横島としては複雑だった。
 事務所の中ではあっても、美神の部屋は美神の部屋だ。そこで二人きりというのは、男としては色々と期待してしまう。しかし、GS見習いとしての横島は、

(どうせ、またロクなことじゃないだろう・・・)

 と、頭の中で警鐘を鳴らすのだ。
 なにしろ、前回美神の自室に呼び出されたときは、

「今後、あなたの文珠は全て私が管理します」

 が、その用件だったのだから(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)。
 
(・・・あれ? でも・・・!?)

 だが、よく見ると、今日の美神の表情は明らかに前とは違う。
 少し上目遣いで、いたずらっぽい笑顔を浮かべている。

(前世を見に行ったことが、
 うまい具合に作用したのか!?
 おお、美神さん・・・!!
 ついに・・・。)

 横島の妄想が始まり、鼻息も荒くなる。
 それを見た美神は、

(うまく煩悩エネルギーをアップさせたわね。
 これなら、霊力も上がってるはず・・・)

 と、ほくそ笑んでいた。
 そして・・・。
 横島を連れて部屋に入った美神は、彼の前に『雷』文珠を四つ用意した。

「この文字、変更出来る?」
「・・・やってみます」

 浮かれていた横島だったが、文珠を目にしたことで、美神の意図を理解した。
 道真から五つの文珠を巻き上げた美神は、そのうち四つで『記憶開封』に挑戦するつもりなのだ。
 美神は、ヒャクメから話を聞いた際は、『一時保留』と言っていた。しかし、

(やっぱり、このままにはしとけないわ・・・)

 と思うのである。
 あの時と今とでは、少し事情が違う。もう一つの謎だった前世に関しては、解決したからだ。
 どちらもヒャクメには『見えない』ものだったが、わざわざ過去にまで行って前世の正体を突き止めたら、あんな重大事が露見したではないか。
 この現世記憶の部分的な『封印』に関しても、無理矢理こじ開ければ、重要な秘密が飛び出すに違いない。
 そうした美神の思惑を、横島が細部まで把握しているわけではなかった。だが、それでも、

(そうだよな。
 記憶が封印されてるなんて、
 普通の人間でも気味が悪い。
 ましてや美神さんは・・・。
 蚊帳の外にされるのを嫌うもんな・・・)

 と理解していた。だからこそ、美神が何をさせたいのか、すぐに分かったのだった。
 彼は、さっそく挑戦する。

「・・・ここまではOKっスね」

 美神も見守る中、四つの『雷』は、横島によって『記』『憶』『開』『封』と書き換えられていた。

「じゃあ、次は・・・」
「いよいよ、ね」

 彼女に促されて、横島は、文珠を両手で握り込んだ。その手の中で、四つの玉が光り出す。

「・・・行きますよ、美神さん!!」

 すかさず、それを美神に近づけた。
 美神は目をつぶって、何でもいいから思い出そうと努力してみる。
 
「ダメだわ・・・」

 小さくもらす美神だったが、

(やっぱり横島クンの霊力じゃ無理なのか・・・。
 いや! それなら・・・!!)

 ふと思い立って、自分の右手を、文珠を握り込む横島の手に重ねた。

「・・・美神さん?」
「あんたの霊力で足りないなら、
 私の分を加えるしかないでしょ!?」

 美神の言葉と同時に、横島の中に、何かが流れ込んできた。

(これが・・・美神さんの・・・!)

 初めての感覚に、横島が霊的に興奮する。
 それは、美神にも筒抜けだった。

(もうっ、横島クンったら!!)

 横島の霊力が、美神が流し込んだ以上にグンとアップしたからだ。

(まっ、横島クンだから仕方ないか。
 なにしろ、こいつの霊力は・・・。
 あっ!!)

 突然、美神は、横島の文珠の欠点に思い至った。

(横島クンの霊力の源は煩悩エネルギー!!
 今までは、妄想することで霊力上げてたけど・・・。
 文珠は『イメージ』が大切だから、
 妄想するわけにもいかないんだわ!)

 そもそも、初めての文珠が『裸』になってしまったのも、そういうイメージを持ってしまったからだ。
 こいつは、そっち方向を容易に思い浮かべてしまう男だった。
 
(霊力をある程度自由に急増することが出来るくせに、
 それが文珠の制御と反するなんて・・・)

 それならば、『妄想』以外をエネルギー源にするしかない。
 
(あんまり気は進まないけど・・・)

 と自分に言いわけしてから、美神は、もう一歩前に出る。
 さらに、左腕を横島の背中に回して、グッと抱き寄せた。
 二人の体が、ギュッと密着する。

「いっ!?
 美神さん・・・!?」
「横島クン!!
 気を散らさないで!!
 ・・・少しくらい感触を悦んでもいいから、
 そのかわり意識を文珠制御に集中しなさい!!」
「は・・・はい!!」

 平安時代でも、美神は横島を抱きしめたのだ。
 自分の暴力が激しすぎて横島が気絶したときに、その謝罪の意味で・・・。
 あれと比べて、今は横島の目が覚めている分、もっと恥ずかしい。
 だが、

(本質的には同じだからね・・・!!)

 と思えば、ここまではOKだった。
 もちろん、かなりギリギリのラインである。美神としては、体が触れている部分を横島がモゾモゾと動かそうものなら、それがどこであっても、もうヤメにするつもりだった。
 ハグやホールドと言った言葉で表される『抱く』と性的な意味での『抱く』との境界は、動きの有無にある。それが美神の認識だった。そして、彼女には、横島に肉体を差し出すつもりなんて毛頭なかったのだ。
 横島も、この場は、キチンと理解していた。超えてはいけない一線に近寄ることは、禁忌なのだ。
 そんな二人の体の間で、文珠の輝きが、どんどん大きくなる。

「・・・横島クン!!」
「・・・美神さん!!」

 ついに、その光が、部屋中を包んだ。


___________


 そして・・・。
 すでに、部屋の光量は元に戻っている。
 急激に霊力を消費した美神と横島は、疲れきったようにペタリと座り込んでいた。

「あの・・・美神さん?
 ・・・どうでした?
 何か思い出しました?」

 その返事として、美神の拳が横島にとんできた。霊力は減っても、体力は十分あるらしい。

「ええっ!?」

 一瞬、横島は、怒られたのだと思った。回復した記憶の中に彼の悪行があったという可能性だ。
 だが、そうではなかった。
 美神は・・・。

「・・・ダメ!!
 全くダメだわ!!
 あそこまで頑張ったのに・・・!!」
 
 何も思い出せなかったのだ。

(これが精一杯だったのに・・・!!
 文珠も無駄にしたわ!
 ちくしょう・・・)

 まるで、絶対に思い出さなきゃいけないという強迫観念に取り憑かれたかのようだった。だからこそ、最大限の努力をしたのだ。
 それでも、全く何も思い浮かばない。完全な失敗だった。
 美神の目には、悔し涙すら浮かんでいた。

(ゴメンね、横島クン。
 八つ当たりしちゃって・・・)

 その涙には、つい横島を叩いてしまった反省も込められていた。
 だが、そうした八つ当たりも一種の甘えなのだということまでは、理解していなかった。


___________


 実のところ、

「一人で無理なら、他の者の協力を・・・!」

 というのは、良い発想だったのだ。
 しかも、美神と横島がトライするということ自体、かなり正解に近づいていたのである。
 今の彼ら自身は忘れているが、本当は、この二人も封印したメンバーに含まれているのだから・・・。
 だが、この二人だけでは不十分だった。三人で封印したからこそ、三人で開封しなければならないのだった。
 誰が『記憶封印』したのか。彼らは、まだ、それを知らなかった・・・。



(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」に続く)
 


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