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復元されてゆく世界

第二十二話 前世の私にこんにちは


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 1/26

  
『どんな秘密も私の目からは
 かくせないのねー』

 そう言いながら美神の前に立っているのは、ちょっと変わった格好の女性だ。彼女が来た時、横島などは『コスプレ美少女』と評したくらいである。
 髪は左右に尖った状態で固めている。両目は大きいのだが、まん丸ではない。額や耳、胸、腰、手、足など、至る所に『目』を模したアクセサリーがついているように見えるが、実はそれはアクセサリーではなかった。
 彼女の名はヒャクメ。情報の収集と分析を得意とする神族である。全身に100の感覚器官があって、色々なことを見通せるのだ。

『その気になれば心の中だって
 のぞくことができるのよねー』

 なぜ魔族の武闘派が美神の命を狙うのか。なぜ和平推進派は秘密裏にそれを阻止したいのか。ヒャクメは、それを調査するように神族上層部から命じられて、美神の事務所に来ていた。

『あ・・・あれ?』

 妙神山の斉天大聖からは、美神の前世にヒントがあると仄めかされていた。それで今、美神の頭の中をのぞいているのだが・・・。

「・・・どうかしたの?」
『・・・記憶の一部が封印されてるのね』

 美神に問いに正直に答えるヒャクメ。それを聞いて、

「さすが美神どのでござる。
 神さまにも秘密を守りとおすなんて・・・」
「プライド高いっスからね」
「素直じゃないからな」

 後ろで、三人が納得している。シロとしては、横島や雪之丞のようなニュアンスで言ったつもりではないのだが、これでは、いっしょくたにされてしまう。

「こら、野次馬たち! 
 黙りなさい!!」

 振り向いた美神が一喝した。
 後ろの三人を見ると、彼女のイライラも増してしまう。
 なにしろ、しばらくGS活動を自粛するようにと言われている美神である。このところ、お金が入ってこないのだ。
 もちろん貯えは十分あるし、居候のシロを養うのも仕方ないだろう。
 休みを与えたはずの横島が、なぜかやってきて一緒に食事するのも、まあ横島だからということで許そう。
 だが、雪之丞はどうしたものか。最近、以前にもまして頻繁にやって来るのだ。口では、

「美神の大将が心配だから」

 と言っているが、美神には、メシをたかりに来ているようにしか見えなかった。
 そもそも美神は、病的なほどにお金が好きだ。
 かつて一時的に西条と共に公務員活動をした際には、

「賃金は月給で保証されているだけで、
 仕事に応じたギャラなんて入ってこない」

 という理由でノイローゼにまでなったくらいである。現在、正気を保っているだけでも、ずいぶん大人になったということなのだろう。
 ここでヒャクメが、美神の肩を持つわけではないが、それでも三人の意見を否定した。

『そういう問題じゃないのねー。
 これ、外的な力でロックされてるのねー』
「・・・どういうこと!?」

 記憶に『外的な力』が加わっていると聞かされれば、美神としても心穏やかではない。

『何か文字の書かれた光る玉が四つ・・・。
 書いてあるのは「憶」「封」「印」「記」・・・!?
 ああ、「記憶封印」ね!!
 何だっけ、これ!?
 どっかで見たような気もするんだけど・・・』

 ヒャクメの言葉を聞いて、美神と横島が気が付いた。

「文字の書き込まれた玉って・・・。
 文珠じゃないの、それ!?」
「そうだ!!
 初めて文珠出したとき、
 どうも見覚えがあると思ったら!!
 ナイトメア事件で美神さんの夢に入った時、
 それっぽいのを見てるんスよ!!」

 美神と横島が顔を見合わせている横で、

『・・・そうそう!!
 文珠よ、文珠。
 文珠なんて滅多に見ないから、
 私も忘れてたのねー』

 ヒャクメが照れ笑いしている。だが、すぐにシロと雪之丞の呆れたような視線に気が付き、威厳を取り戻すために解説しはじめた。

『文珠は同時に複数の文字を使うと、
 応用範囲も効果も劇的にアップするのねー。
 ただし、その分コントロールに
 超人的な霊力が必要なんだけど・・・』

 ヒャクメが横を見ると、

「あんた、私に何やったわけ!?
 文珠で記憶消すほどのことを・・・!?
 この性犯罪者!!」

 美神が横島に殴り掛かっている。

「うわーっ!! 誤解っスよー!!」
 
 確かに誤解である。
 決して、『忘』という文珠で記憶を消されたわけではないのだ。あくまでも『封印』されているに過ぎない。
 だが横島の言う『誤解』とはその意味ではなく、

「何もしてないのに・・・!!
 そもそも文珠は全部
 美神さんが抱え込んでるじゃないですか!!」

 と弁解した。それでも、

「人聞きの悪いこと言うなー!!」

 これは、美神のシバキを激しくするだけだった。
 彼の言い方では、まるで美神が文珠を取り上げてしまったかのように聞こえるからだ。
 美神としては、そんなつもりではなかった。彼が除霊仕事以外で無駄に文珠を使ってしまわないように、また、仕事でも文珠に頼り過ぎて霊波刀などをおろそかにしないように、そのために自分が適切に管理していると思っていたのだ。
 GS見習い横島の師匠としてキチンと指導しているつもりなのに、その意図が彼に伝わっていないのであれば、悲しいとすら感じてしまう。

『あの・・・美神さん!?
 私の説明聞いてくれました・・・?
 たぶん今の横島さんでは、
 文珠を四つも組み合わせるのは無理なのねー』

 ヒャクメのとりなしで、ようやく美神は手を止めた。そして、

「・・・ともかく、
 記憶の一部が封印されてるなんて
 なんだか気持ち悪いわ。
 今すぐ、解いてちょうだい」

 と頼んだのだが、アッサリ断られてしまう。

『無理なのねー。
 「封」一文字ならまだしも、
 四つも使っている以上、
 もう、がんじがらめなのねー』

 それに、文珠を四つも制御したということは、これをやったのは相当な霊能力者のはずだ。それだけの霊力が込められているというのであれば・・・。

『これは、封印した人間を連れてきて、
 やっぱり四つ文珠使わせないと・・・』

 腕を組んでヒャクメが考え込む傍らで、

「ヒャクメどのは先生ではないと言っているが・・・」
「やっぱり『記憶開封』に挑戦するのは横島か?」
「・・・うーん。
 でも、ダメ元で文珠を四つも使うのはねえ。
 それなら、いっそ・・・」

 美神は、文珠のストック数を思い出してみた。
 妙神山で出したのは五つだが、その場で三つも浪費している。戻ってきてからは、新たに二つ作っただけだ。つまり、美神が保管しているのが、ちょうど四つなのだ。

「この件は、もっと文珠が貯まるまで
 一時保留ということにして・・・」

 美神は、床でノビている横島をジロリと睨んでから、

「・・・も、いいのかしら?
 そうすると前世のことはどうなるの?
 今の記憶が封印されていると、前世も見えないわけ?」

 とヒャクメに質問する。ヒャクメの話によれば、前世を調べることが用件のはずだったからだ。

『大丈夫なのねー。
 前世は前世、たとえ現世の記憶が見えなくても・・・。
 あれ・・・!?』

 再び美神の記憶を覗き込んでいたヒャクメが顔を上げたが、困ったような表情をしている。

『前世の記憶・・・読めないのねー』

 そんなヒャクメを見る人間たちの顔には、

 (役立たず・・・!!)

 という言葉が浮かんでいた。



    第二十二話 前世の私にこんにちは



 だが、ヒャクメを馬鹿にしてはいけない。
 彼女は優秀な調査官である。
 美神の前世を見ることが出来ないのは、単にアプローチの仕方が悪かったからだ。
 もしヒャクメが、斉天大聖のように魂そのものをリンクさせることが出来るならば、前世の正体を知ることも簡単だっただろう。その意味では、すでに斉天大聖は、美神の前世が何であるか把握しているはずだった。
 しかし、斉天大聖は、知っている全てをペラペラとしゃべるタイプではない。妙神山でデミアンを相手にした時のように、

『言われんでも、戦っているうちに
 わかりそうなものじゃが・・・』

 と思えば、黙ってしまうのだ。ある意味、周囲の者たちの能力を信用しすぎているのかもしれない。
 今回の調査にあたっても、ヒャクメの力で十分解明できると判断して、詳しい情報を伝えていなかった。
 ただし、これは、斉天大聖が一方的にヒャクメよりも勝っているという意味ではない。
 得手不得手があるに過ぎないのだ。
 実際、ヒャクメは、美神の現世記憶の一部が封印されていることを指摘してみせたではないか!
 その場で開封できなかったとはいえ、そうした『封印』の存在を指摘しただけでも、大金星だったのだ。なにしろ、これは、斉天大聖すら気付かなかったものなのだから。
 斉天大聖のように『魂』から迫ったのではなく、『記憶』を視覚化させていったからこそ、この事実を発見できたのだ。
 『魂』とは全く別の部分にある『記憶』、単なる人間の『記憶』に重大な秘密がある・・・。
 その一端に手が届いたヒャクメだったが、今は、その重要性までは理解していなかった。
 現在のヒャクメにとっては、斉天大聖に促された方向に従うことが得策だったのだ。そして、それに沿って上手く進むことができるという自信もあった。
 だから、 

 『でも大丈夫ー!』

 ヒャクメは、コロッと態度を変えて、その胸をはった。

『こっちは文珠で封印されているわけでもないし、
 直接見に行けばすむことなのねー!!』

 と言って、旅行トランクからノートパソコンを取り出し、そこから伸びたコードを美神の頭にキュパッとつなげた。

「見・・・見にいくって・・・」
『小竜姫のかけた封印を解いて・・・。
 私の念をシンクロさせて・・・』

 ヒャクメは、美神の質問に一応の答えを返しながら、キーボードを叩いていた。
 前世の記憶は丸々隠されているが、だからこそ、とりあえず美神の前世がいる時代へ行けば良いのだ。それだけで、何かしら分かるはずだった。現世記憶に関しては、部分的な封印なので時期すら定かではないが、それとは全く状況が違うのだ。

「ちょ・・・ちょいまちっ・・・!
 まさか・・・」
「イヤな予感がするでござる・・・」
「・・・ひょっとして、またか?」
「あんなこと、二度と御免っスよ!?」

 美神たち四人が何を言おうと、気にしない。ヒャクメの指が、決定的なキーを押した。

『そのとおりっ!
 あなたの時間移動能力・・・
 借りるわねっ!!』

 ヒャクメの言葉と共に、雷撃がその場を襲った。


___________


「ちょっ・・・
 いきなり何てこと・・・」

 時の回廊を過去へ進む中で、美神がヒャクメに文句を言う。

『大丈夫よ!
 私これでも神族のはしくれよ!
 私がついてればトラブルなんか起きないから!』

 ヒャクメは余裕綽々である。

『エネルギーだってたっぷりあるわ!
 私たち二人ちょっと過去をのぞいて帰ってくるぐらい・・・』
「あのー」

 ここで、誰かが挙手して、会話に参加してきた。この空間にいるということは・・・。

「三人なんスけど・・・」

 横島も時間移動に巻き込まれていたのだ。

『えっ!?』

 慌て驚くヒャクメだったが、まだ早い。

「・・・いや、四人だ」
「・・・五人でござる」

 雪之丞とシロも一緒だった。


___________


「わっ・・・!?」

 彼らが辿り着いたのは、五重塔の屋根の上だった。

「うわあっ!?」

 ズルッと滑り落ちそうになった横島を、シロと雪之丞が引き上げる。

『ど・・・どーしよう!?
 五人分のエネルギーなんて計算外だわ!!
 神通力が完全になくなっちゃった・・・!!』

 神さまがオロオロしている横で、

「ここは・・・!?」

 美神は、冷静に周囲を見渡していた。

「平安京・・・!?
 大昔の京都だわ!!
 ここに私の前世が・・・!?」


___________


 時は、西暦904年。
 元号にして、延喜4年である。
 優秀な学者で宇多天皇の信望厚かった菅原道真が、当時勢力を固めつつあった藤原氏の陰謀によって失脚したのは、ここより三年前の出来事だ。そして彼は、この前年、追放された九州の地で亡くなった。道真の死後約一年の間に全国で天災や疫病があいつぎ、

「道真のたたりだ!
 無実の罪で流刑したからだ!」

 と、人々はみずからの行為に恐怖した。
 国の中心であるはずの平安京も、昼間から餓鬼が出現するほど霊的に乱れていた。だが当時は陰陽道がさかんであり、すぐれた陰陽師がたくさんいた。現代のGS協会のように、陰陽寮という組合もあったくらいである。ただし、こうした呪術は国家が厳重に管理しており、巫覡と呼ばれる民間呪術者もいたものの、バレれば強制労働のきまりだった。
 だから、未来からきた美神たちが表立って霊能活動をしたら、当時の警察である検非違使に追われてしまうのだが・・・。

「・・・仕事を取ってきたぜ」

 彼らには、雪之丞がいた。
 雪之丞は、現代でも無資格でGSまがいの仕事をしていただけあって、平安京でも裏の仕事を探し出すことが出来たのだ。

「・・・でも、なんで
 いつもこういうところに集まるわけ?」

 美神が不満をもらした。
 彼ら五人は、今、真っ暗な廃屋に集合していた。ろうそくを灯すことすらしていない。
 破れた障子の隙間から入り込んだ月明かりが、彼らの顔を部分的に照らしていた。

「・・・裏の仕事だからな」
「この光と影のコントラストがいいでござるよ!!」

 雪之丞とシロが答える横で、ヒャクメが、皆の前に数枚ずつ銅貨を差し出していた。

「今回の相手は、猫倍猫麻呂という貴族なのねー」
「・・・『猫倍猫麻呂』?
 ありえない名前ね?
 まさか・・・」
「気付いたか?
 相手は化猫だ」

 美神の疑問に、雪之丞が答えた。依頼人から話を直接聞いたのは彼だったからだ。

「化猫?」

 横島が、その単語に過敏な反応を示した。美神も、そんな横島に目を向ける。
 かつて美神は化猫退治を依頼されたが、化猫に横島が助けられたため、また、化猫側の言い分にも理があったため、逃がしたことがあるのだ。その際は、一時的とはいえ、横島とも対立することになったくらいだった。
 その話は雪之丞も聞き知っており、

「大丈夫。
 こいつはホントに悪い奴だ」

 慎重に仕事のウラをとっていた。

「もともとは一介の化猫だったんだがな。
 長い年月の間に人間世界に入り込んだばかりか、
 藤原氏に取り入って、貴族にまで成り上がった。
 今じゃ仲間の化猫たちを屋敷にあつめ、
 その上、人間の若い娘たちを慰みものにしている」

 ここまで聞いて、横島がスクッと立ち上がる。

「『人間の若い娘たちを』・・・!?
 猫のくせに!! それはゆるせん!!
 さっそく行こう!」

 だが、それをシロが押しとどめた。

「それじゃダメでござる!!
 ちゃんと話を聞かないと!!
 どういう恨みをはらして欲しいのか、
 そこが重要でござる!!」
「・・・そうだな。
 弄ばれた娘の一人には、将来を誓った相手がいてな。
 娘は悲観して舌を噛んで死んじまったし、
 相手の男も、刀を手に屋敷に乗り込んだのだが・・・」

 雪之丞が語り出したが、美神は真面目に聞いてはいなかった。

(はあ・・・。
 お金貰って悪い妖怪をやっつける。
 それさえ理解しとけば、いいじゃない?
 どうせ、たいした相手じゃないんだから。
 『恨みをはらす』なんて・・・。
 シロったら、またテレビにでも影響されたのかしら?)


___________


「ウォオーン!!」

 猫倍氏の屋敷の入り口を、広大で強力なエネルギー波が襲った。
 警護の化猫たちごと、門戸が消滅する。

「ちょっとハデにやりすぎなのねー。
 コンセプトに反してるのねー!
 これじゃスペシャルなのねー!!」
「仕方ないでござる。
 これが拙者の大砲だから・・・。
 でも火薬を使ってないから安全、
 そばにいても大丈夫でござるよ」

 ヒャクメの小言も聞き入れず、シロは、その場に座り込んでしまった。シロ・メガ・キャノン砲をうった後は、エネルギー切れになってしまうのだ(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)。
 これを抱えて運ぶのは、ヒャクメの役割だ。

「なんで私が、こんな役を・・・」
「ヒャクメどのは情報屋でござろう!?
 サポート役も情報屋の・・・」

 言葉の途中で、シロは眠り込んでしまった。
 ヒャクメが、その場からシロを引きずり去ったところへ、

「いったい、どうした!?」

 人間の姿の化猫が二匹、屋敷から飛び出してきた。だが、

「うっ!!」

 空から飛来した紐状のものが、一匹の首に絡まった。美神の神通鞭である。
 木の上で待機していた美神は、鞭を化猫の首に巻き付けたまま、反対側の地面へと飛び降りた。

「うげーっ!!」

 木の枝が滑車の役割をして、化猫が吊り上げられていく。少しの間、バタバタしていたが・・・。

 ピンッ!!

 美神の左手が、右手で握った神通鞭を弾いた時。
 さらに霊力が伝わって、それがトドメとなったのだろう。
 化猫の動きも止まった。

「南無阿彌陀佛・・・」
 
 つい、つぶやいてしまった美神である。少しシロに感化されてきたのかもしれない。
 こうして美神が一匹を始末している間、

「くそうっ!!」

 もう一匹も、じっとしていたわけではない。美神を攻撃しようとしたのだが、

「ぐわっ!!」

 突然、背後から胸を貫かれた。
 化猫の後ろには、魔装術を展開させた雪之丞が立っており、その右腕が化猫の体に埋もれていたのだ。
 雪之丞は、まるでレントゲン図でも見ているかのように、正確に心臓を握りつぶした。

「あとは、屋敷の中のボスだけだな。
 頼んだぜ、横島・・・」


___________


 屋敷の奥では、化猫集団の頭目が、オロオロしていた。

「・・・ええい、くせ者どもは、まだ片づかんのか!?」

 仲間の化猫たちは、様子を見に行ったまま、戻ってこない。まさか・・・。
 そこへ、一人の男が駆け込んできた。
 配下の者ではなさそうだが、服装からすると、検非違使のようだ。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。

「・・・猫倍さま。
 もう御安心を」

 男は、そう言ってひざまずいた。
 何がどう安心なのかわからなかったが、

「そうか」

 とりあえず頷いてみせた猫倍である。
 貴族らしく威厳を保ってみせたのだ。
 しかし、

「・・・ん?
 おまえ、何を・・・!?」

 猫倍の声が、不審の色を帯びた。
 ひざまずいている男の手が、突然、猫倍の腰の刀剣に伸びたからだ。刀がサッと引き抜かれ、ズブリと猫倍に突き立てられる。

「なに・・・!?」

 妖怪のボスが持つ得物なだけに、それは、普通の刀剣ではなかったのかもしれない。猫倍猫麻呂と名乗っていた化猫は、たった一突きで絶命した。
 
「・・・貴様なんかに、
 俺の霊波刀はもったいねーからな。
 てめえの刀で、あの世へ行け!!」

 転がった死体に、横島が吐き捨てた。


___________


「裏の仕事って結構儲かるんスね・・・」
「まあ、かなりの数をこなしたからな」
「その筋では、すっかり有名になったでござろう!?」

 五人は、例の廃屋に集まっていた。
 喜ぶ三人とは対照的に、美神の表情は暗い。

「何言ってるの!?
 あれだけ妖怪退治して、これっぽっち!?
 これが表の仕事だったら、今頃、
 ここに千両箱を積んでるわ。
 ・・・ああ、早く現代に帰りたい!!」

 ここは千両箱の時代ではないのだが、誰も美神にツッコミを入れなかった。
 一方、彼女の言葉を聞いて、

『どうしよう・・・!!
 帰れるの!?
 どうやって帰ろう!?』

 ヒャクメがオロオロし始める。
 これを見て、美神は、安心させるかのようにウインクした。

「大丈夫よ。
 そっちは心あたりがあるから
 あとで何とかするわ」

 だから、美神としては、早く用件の前世探しを済ませてもらいたいのだ。

『それじゃ・・・。
 ちょっと心配だけどやってみますう・・・』

 ヒャクメは、少しだけたまった神通力をフル活用する。

『おっかしいのね・・・。
 美神さんがいないわ?
 霊視の手ごたえでは
 たしかにこの時代のここにいるはず・・・』

 それでも美神の前世は見つからなかったが、代わりに別のものを発見した。

『あーっ!?
 あっ・・・あれ・・・!!
 あそこにいるの・・・。
 横島さんの前世だわっ!?』


___________


「夜明けとともに死刑か・・・。
 まことこの世は理不尽な」

 厳重に警備された屋敷の奥に牢があった。その中に、一人の男がとらわれている。
 高島という陰陽師だった。服装は違うが、その顔立ちは、横島と良く似ていた。

「陰陽寮の奴ら、権力のいいなりになりやがって・・・。
 連中に逆らう俺を抹殺する気なのだ!!」
「だから先に敵対する貴族の屋敷を強襲したのか?」

 高島の言葉を聞きつけたかのように、別の陰陽師、西郷がやってきた。こちらは、西条とそっくりの顔立ちだ。

「・・・言っただろ!!
 俺は無実だ!! 
 猫倍氏の屋敷なんて襲っちゃいないってば!!」
「生き残った屋敷の下女が、おまえの顔を見てるんだ。
 言い逃れは出来んぞ。
 しかも手口からみて、あれは、
 最近京を騒がしている闇の集団の仕事。
 貴様が、そんな徒党を組んでいたとは・・・。
 陰陽師の面汚しめ!!」
「・・・だから!!
 そんな連中知らないって、何度言わせるんだ!?
 あの晩だって、俺は、
 藤原氏のねーちゃんと遊んでたんだぞ!?」

 もう一度アリバイを主張するが、アッサリ却下される。

「藤原氏側では否定しているぞ!?
 ・・・貴様の言うことが本当だとしても、
 藤原氏としては認めたくないのだろうな。
 なにしろ貴様は、
 貴族平民とわず若い娘がいる家に
 片っぱしから夜這をかけやがって・・・」

 ここまで聞いて、高島は、あきらめたかのような表情を作ってみせた。西郷を追い払うことにしたのだ。

「もーいいからおまえ、帰って寝ろ!!」
「そうはいかん!!
 貴様はなまじ妖術にたけておるからな!
 脱獄などできんよう朝まで私が見張っててやる!」


___________


『まちがいないねー。
 魂の色がまったく同じね!』
「な・・・あれが俺か・・・!?」
「もう一人のもどっかで見たような顔だけど・・・」
「ありゃあ、どう見ても西条のダンナだな」

 ヒャクメは、ノートパソコンのケーブルを介して、自分の遠視を美神たちにも見せていた。

「・・・消えてしまったでござるよ!?」

 今までにためた神通力では、長距離の遠視は、これが限度だった。だが、これだけでも色々と考えさせられる。

『偶然とは思えませんね。
 美神さんの前世を見にきて
 横島さんの前世に会うなんて・・・。
 ひょっとしたらあなたたちの縁は・・・
 すごく深いのかも・・・』

 ヒャクメの言葉に、

「な・・・」
「じゃ・・・じゃあ・・・
 俺と美神さんは前世からのつきあい!?
 生まれる前から俺たちはめぐりあう運命だったんスね!!」

 ひいてしまう美神とは対照的に、興奮する横島。だが、

「・・・もしそーだとしたら・・・
 人権思想なんかないこの時代・・・
 きっと横島クンは私の『ピーッ』として
 一生『ピーッ』『ピーッ』、かわいそーに」

 美神は、放送禁止用語を連発して、ちゃんと横島を制御した。
 その横で、雪之丞とシロは、

「あの西郷とやらが言っていた『闇の集団』って
 俺たちのことだよな・・・?」
「そうでござる。
 先生の前世は無実でござる」
「じゃあ、俺たちが来たから、
 横島の前世は死刑になるのか・・・!?」

 というように、高島の冤罪に関して議論していた。

「そのようでござるな。
 助けに行くべきでは・・・?」
「うーん・・・。
 だが、どうする!?
 俺たちが正直に名乗り出るわけにもいくまい。
 かといって、
 俺たちの手助けで脱獄などしようものなら、
 それこそ罪が確定してしまうぞ・・・」

 さらに救出案まで考える二人だったが、それどころではなかった。

 バタン!!

 いきなり障子戸が開けられ、

「おたずね者がいたぞーッ!!」
「京を騒がす闇の集団め!!
 覚悟せーいっ!!」

 検非違使の一団に踏み込まれてしまったのだ。

「ちッ!! やるしかないか!?」
「ダメよ、雪之丞!!
 逃げましょう!」

 相手は、この時代の警察である。美神たちの実力ならば、倒してしまうことも出来よう。しかし、それでは完全に悪役になってしまうし、それをしてはいけないというだけの良心はあった。

「仕方ねーな!!」

 目くらましとして雪之丞が霊波砲を散発し、

「女王様とお呼び!!」

 敵を寄せつけないために美神が神通鞭を振るう。
 その隙に、五人は、
 
「面が割れて解散に追い込まれるのは
 最終回の定番でござる・・・!!」
「まだ最終回じゃねーぞ!!」
「そもそも、そういう話じゃないだろ・・・」
「逃げることに集中しなさい!!
 でないと今日で最終回になるわよ!」
『私をおいてかないでねー』

 無駄口を叩きながらも、散り散りになって逃げていった。


___________


「おのれ! もののけ!?」

 その頃、牢屋の前で一人見張りをしていた西郷は、妖怪に襲われていた。

「陰陽五行汝を調伏する!!
 鋭ッ!!」

 西郷の一撃で、妖怪はアッサリと撃退されたのだが、

「しまった!! 囮!?」

 その影から、別の魔物が現れ、西郷はやられてしまった。

「お・・・おい!?
 西郷!? 何事だ!?」

 牢の中から高島が呼びかけるが、西郷は意識を失っており、返答はなかった。かわりに、

『意外とやるわね。
 危ないとこだったわ・・・』

 西郷を倒した魔物が、口を開いた。

「な・・・なんだ・・・おまえは!?」
『私は女婢守徒・・・
 悪魔メフィスト・フェレス!
 あなたと契約を結びに来たの・・・!!』

 それは、人間の女性の姿をした悪魔だった。
 腕や足は体にフィットしたスーツに包まれているが、手だけではなく肩や内股の部分まで、なぜか露出していた。胴体部は角か牙を模したようなアーマーに覆われている。しかし、まるで防御という概念が欠如しているらしく、前面のほとんどの部分が単なる網で作られていた。そのため、生肌までハッキリと透けて見えてしまう。
 そして、尖った耳や、やや鋭い目、きつくルージュを塗った唇など、幾つかの違いはあるものの・・・。その体のスタイルも、長い髪も、顔つきも、美神令子と良く似ているのであった。


___________


『!!
 な・・・何!?
 あれは・・・』

 雪之丞に守られながら逃げていたヒャクメは、空をゆく人影に気が付いた。
 一人ではなく二人いっしょになっているように見えるのだが・・・。問題は、その正体である。

「おい・・・!?
 今飛んでたのは・・・」
『ぶらさがってた方は
 横島さんの前世のようですね・・・!
 でも上の女性は・・・。
 魔族・・・!?』
「放ってはおけねーな・・・。
 追えるか!?」
『もちろん!!
 私はヒャクメなのねー』

 雪之丞とヒャクメは、魔族が飛んでいく方向へ走り出した。


___________


「あれは・・・先生!?」

 メフィストと高島の空飛ぶ姿は、シロにも目撃されていた。

「・・・いや、前世のほうでござるな。
 それにしても、もう一人は!?」

 横島や美神たちとは完全にはぐれてしまい、一人で逃げていたシロである。

「どうも先生の匂いを追えないと思ったら・・・。
 あの前世の奴が、同じ匂いを発していたでござるな!?」

 もともとシロは、実際の『匂い』だけでなく、霊的な『匂い』も含めて追ってしまう傾向があった。魂を同一とする前世が近くにいるならば、そのせいで混乱したのかもしれない。

「ならば、いっそ、前世のほうを追うでござる!!」

 シロは、横島の前世を助けにいくことも考えていたくらいである。孤立無援の今、横島の前世と会ってみるのも一つの手だと思っていた。
 自分に対して頷くかのように、首を縦に振ってから、シロも同じ方向へ走り出した。


___________


「え・・・!?
 今飛んでたのは・・・」

 全く別方向に逃げていた横島からも、飛行するメフィストたちを見ることが出来た。

「ぶらさがってた方は、
 横島クンの前世のようね・・・!」

 横島の隣には、美神がいた。廃屋から逃げる際、五人バラバラになりそうな中で、美神は横島をシッカリつかまえていたのだ。
 ただし、精神的な結びつきというよりも、むしろ、

(時間移動のエネルギーには『雷』の文珠が不可欠だわ!!)
 
 という打算があったからである。
 もちろん、現代へ戻るためには、ヒャクメに正しく制御してもらう必要もある。美神だけでは、時空を見通し座標を直感的に把握することは難しい。
 だが、それでもヒャクメよりも横島を優先させてしまったところに、本人も意識していない乙女心が作用していたようだった。

「上の女性は何でしょう!?
 いくら陰陽師でも、空は飛べないっスよね!?」
「もちろんよ。
 それに・・・
 陰陽師って感じじゃなかったわ」

 横島の質問に対し、美神は、眉間にしわを寄せながら答えた。

「確かに、変わった服装でしたね!?
 美神さんに勝るとも劣らず・・・」

 続いて、美神の胸に目を向けた横島を、いつものように拳で黙らせる。つい力が強くなったが、それは、横島の言葉が美神に嫌な想像をさせたからだった。

(横島クンの言うとおり・・・。
 チラッと見ただけだけど、私と似ていたわ。
 まさか・・・)

 美神は、決意した。

「行きましょう!!」
「・・・えっ!?」
「追うのよ、あの二人を!!」

 倒れていた横島を、美神は、首根っこをつかんで引きずり起こした。
 そして、二人も同じ方向へ走り出した。


___________


『さて・・・と。
 ここなら落ちついて話ができそうね、高島どの!』

 平安京の東の山々には多くの寺社がある。乱立しすぎて潰れたようにも見える、打ち捨てられた寺の一つに、メフィストは高島を連れてきていた。

「メフィスト・・・とか言ったな。
 魔物がなんで俺を助けたんだ!?」
『言ったでしょ、
 あなたと契約を結びたいの。
 それが私のお仕事なのよ』

 そんな提案を魔物からされても、普通の陰陽師ならば到底受け入れることは出来ないのだが・・・。
 高島の目は、つい、メフィストの体に釘付けになってしまう。
 バストトップは硬いアーマーで隠されているが、胸のふくらみも形のよいヘソも、その下の部分まで、スケスケの網で覆われているだけなのだ。女性の一番隠すべき部分こそアーマーに包まれているものの、脚のスーツも内股の部分が露出しているので、かなりギリギリまで見えてしまう。もし高島が現代人ならば、ハイレグという用語が頭に浮かんだことだろう。

「で・・・何の話?」

 色気にほだされた高島が、話にのってきた。
 喜んだメフィストは、用件を説明し始める。

『私の仕事はね、魂をあつめることなの。
 それもできるだけ霊力のある人間の魂をね』

 その好色さからは想像しにくいが、高島は、平安京でもかなり実力のある陰陽師なのだ。メフィストは、ぜひ彼の魂を手に入れたかった。

「た・・・魂!?
 バカ言え!!
 そんな簡単にやるか!!
 ちょっといい女だと思って話をきいてみたが
 これ以上おまえのような魔物とは・・・」

 高島がクルリと背中を向けてしまっても、逃がさなかった。メフィストは、すかさずピトッと体を密着させる。肩に手をかけつつ、背中に胸を押し付け、さらに耳に息を吹きかけるようにして誘惑した。

『最後まできいてよ・・・!
 お願い!』
「あっコラ!!
 やめ・・・おっぱいが背中、
 耳に息・・・あああっ!」

 さすがに横島の前世である。高島は、簡単に籠絡されてしまった。

『魂を取るのはカンタン・・・。
 今すぐにだってあなたを殺せば手に入るわ。
 でも、それじゃ困るのよね』

 メフィストは、体を高島に押し付けたまま、説明を続ける。

『私が欲しいのは
 「取引に応じて我々に従う魂」。
 そういう魂でなければ、
 集めたって思いどおりに加工できないのよ』
「加工・・・!?」
『ええ。
 集めた魂をひとつにしてある目的に使うの』

 ここで、メフィストは高島から離れて、誘うように両手を広げた。

『で、取り引きってわけ。
 私はあなたの召し使いになり、
 願いごとを三つかなえてあげる。
 どんな願いでもいいわ。
 ・・・よーく考えて』


___________


「俺にホレろ!!」

 最初は『願いを無限にかなえ続けろ』などというありきたりなものしか思いつかず、アッサリ却下された高島である。だが、ついに、彼らしいグッジョブな発想に至ったのだった。

(こいつが俺に惚れてしまえば、自動的に永久に俺の言いなりだ・・・!!)

 と考えたのだが、

『「ホレる」って何?』

 メフィストの反応は、高島の予想外のものだった。

『私を抱きたいのなら・・・』

 と、何か言いかけたメフィストだったが、

『!
 話はあとよ!』

 その場に近づく気配を察知して、言葉を呑んだ。

『おかしいわね・・・。
 私を追ってこれる人間が・・・!?』

 不思議に思いながらも、襲撃に備えるメフィスト。
 そこへ現れたのは・・・。

「いるんだな、それが!
 なにしろ、こっちにはヒャクメがいるからな!」
『私の目からは逃げられないのねー』

 ヒャクメを伴った雪之丞である。
 さらに、

「・・・拙者の超感覚ならば、
 先生の前世を追うのは簡単でござる!!」

 シロも登場した。
 そして、

「理由はわからないけど追いついたっスね。
 ・・・他人じゃないからかな!?」
「そういうことにしときましょう」
 
 横島と美神までやってきた。

「な・・・なに!?
 こいつ・・・!?
 やっぱり・・・!!」

 メフィストと正面から向き合い、美神は驚愕していた。
 だが、美神だけではない。

『な・・・に!?』
「メフィストがもう一人!?」

 メフィストも高島も混乱している。
 むしろ状況を理解していたのは他の面々、中でも、特殊能力を持つヒャクメだった。

「おい、ヒャクメ・・・!!
 まさかあれ・・・」
『ええ・・・!!
 まちがいありません!
 あの魔族・・・!
 美神さんの前世です!』



(第二十三話「前世の私と共同作戦」に続く)
 


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