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復元されてゆく世界

第十七話 逃げる狼、残る狼


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 1/16

  
「ぐあ・・・」

 都会の夜の公園で、仕事帰りの一般人が斬りつけられた。
 彼は、その一太刀で絶命する。
 逃げようとしたために後ろから斬られる形になったのだが、彼の背中には、複数の刃傷がつけられていた。
 彼の命を奪った男は、

「くくくくく・・・」

 刀を手にしたまま、満足げに笑っているようだ。ただし、その表情は、深くかぶった編み笠のために全く見えない。
 刀や編み笠、それに辻斬りという行為だけでなく、着ている物も時代劇の登場人物のようだった。だが、その手の爪は、武士らしくもなく妖しくのびていた。

「さすがは妖刀『八房』・・・!!
 血を吸えば吸うほどに斬れ味が増しおるわ」

 自分の刀に酔いしれている男に、後ろから声をかける者がいた。

「『妖刀』か・・・。
 面白そうな事件には事欠かねえな、この辺りは」

 それは、夜の闇が似合いそうな、暗いコートに身を包んだ男だった。帽子を深めにかぶっているが、顔はハッキリ見えている。そこに浮かんでいるニヒルな笑いといい、着ているものといい、男はハードボイルドを気取っているようだ。
 伊達雪之丞である。
 しばらく日本を離れていた彼は、今、美神令子の事務所に向かう途中だった。特に面会の約束があるわけではないが、帰国した以上、とりあえず顔を出そうと思っていたのだ。
 以前の『時々、美神の事務所を手伝う』という言葉があるからなのだが(第十四話「復活のおひめさま」参照)、それだけではない。美神や横島たちと関われば、バトルマニアとしての雪之丞を満足させるような大仕事が、向こうからやってきてくれる。半ば無意識で、そんな期待をしていたのだった。
 だが、美神のところへ行くまでもなかった。聞こえてきた悲鳴と怪しい気配に惹かれて来てみれば、こんな現場に出くわしたのだから。

「ずいぶんと時代錯誤なカッコしてるが・・・。
 てめえ、人間じゃねえな?」

 雪之丞の目が、スーッと細くなった。
 彼には分かったのである。目の前の男は、悪霊でも魔族でもないようだが、確かに人間とは違う空気をただよわせていた。

「ほう。
 そう言うおまえも、
 普通の人間ではなさそうだな?
 ・・・霊能者か。
 面白い!!」

 言葉と共に、武家姿が刀を構えた。
 これに応じて魔装術を展開させた雪之丞を見て、

「ははは・・・!!
 これは本当に面白い!!
 なんだ、その姿は!?
 貴様の方こそ、化物ではないか!!」

 男が、声高々に笑った。そこへ、

「ゴチャゴチャ言ってられるのも、今のうちだ!!」

 雪之丞が、いきなり大きなエネルギー波を放った。
 人外のものから化物呼ばわりされたことだけでなく、その笑い声も態度も気に障ったのだ。
 だが雪之丞の攻撃は、簡単に迎撃されてしまう。

「拙者にそんなものが通用するか!!」

 男が刀を一振りするだけで、幾つもの剣気が刃となって飛んできたのだ。雪之丞の霊波とぶつかり合って、爆煙が巻き起こる。
 その煙が晴れたとき、

「おや・・・?」

 男が不審げにつぶやいた。
 雪之丞の姿が消えていたのだ。今の攻撃で吹き飛んだわけでもなさそうだが・・・?

「あめえんだよ!」

 突然、男の斜め後ろから声が聞こえてきた。さきほどの爆発の間に、雪之丞が背後に回りこんでいたのだ。
 刀を振るう間もなく、男は、頬を殴りつけられる。雪之丞の拳には、男の全身を地面に叩きつけるだけの勢いが込められていた。

「くっ!!
 きっ、貴様・・・!!」

 口元に滲む血を手で拭いながら、男は、すぐに立ち上がった。今の攻撃で、編み笠は既に遠くへ吹き飛ばされている。
 男の顔が、月の光に照らし出された。
 その両眼には白目の部分がなく、魔が満ちていた。また、口の端からは牙が姿を覗かせている。髪型こそ普通の浪人武士のようだったが、その正体が人間でないことは明白だった。

「やっぱり、テメエこそ化物じゃねえか・・・」

 雪之丞が苦笑した。



    第十七話 逃げる狼、残る狼



 月明かりの中、二人の男が対峙する。

「バンパイア・・・か?」

 雪之丞が、頭に浮かんだ単語を口にした。
 牙だけでなく、耳が若干尖っているのも、話に聞くバンパイアを連想させたのだ。
 しかし、

「・・・いや、違うな」

 すぐに自分の言葉を否定する。
 友人のバンパイア・ハーフのことを思い出したからだ。

「フ・・・。
 拙者をバンパイアごときと一緒にしてもらっては困るな」

 一撃は食らったものの、男は、依然として傲慢である。

「ああ。
 辻斬りなんかと比べたら、アイツに失礼だろうさ!」

 同じく強気な姿勢の雪之丞だったが、

(たいして効いてないようだな・・・?
 魔装術のパワーで殴りつけても、この程度とは・・・。
 ナメてかかれる相手じゃねえな、コイツは)

 内心では、相手の強さを冷静に分析していた。
 そんな雪之丞に対して、

「由緒正しき人狼をバカにした報い、
 思い知るが良い!!」

 男が斬り掛かってきた。刃から攻撃を飛ばせるらしく、距離を詰めもせずに刀を振り下ろしている。

「『人狼』だと・・・?
 バカはお前だ!!
 これだけ距離がありゃあ・・・」

 避けるのも容易い。
 そう思って横にジャンプした雪之丞だったが、

「ぐわっ!!」

 予想以上の数の剣撃に襲われて、幾つか食らってしまった。
 実は、最初の攻撃の際の一振りでも同じ数だけ飛んできていたのだが、それは雪之丞には見えていなかったのだ。あの時は、雪之丞自身のエネルギー波が視野を遮っていたし、また、相手の背後に回りこむだけで手一杯だったのだから。

(コイツ・・・!!
 タフなだけじゃねえ!!
 攻撃力のほうがシャレにならねえぞ!!)

 雪之丞は、胸を押さえた。
 魔装術で厚くガードされているはずの部分が、大きく抉れていたのだ。血がドクドクと流れ出ている。
 直撃を避けたはずの腕や脚にも、大きな刀傷が残っていた。

(・・・!!
 これじゃ当たりどころが悪かったら、
 手足の一本や二本、
 簡単に持ってかれちまうぞ!!)

 雪之丞は戦闘狂かもしれないが、だが、このまま戦い続けるのは自殺行為だと認識できていた。

「もう終わりかな?
 さっきまでの威勢はどうしたのだ?
 口ほどにもない・・・」

 男が挑発してくるが、これに乗ってしまっては負けだ。
 雪之丞は、グッとこらえて、

「どうやら俺一人で楽しんでちゃ、
 もったいないみたいなんでな・・・。
 今度はダチも連れて来るぜ!!」

 と言うとともに、連続霊波砲をうつ。

「何?」

 男が一瞬動揺した。雪之丞の攻撃は、全く見当違いの方向なのだ。それは地面を穿って・・・。

「そういうことか・・・!!」

 爆発ともに巻き上げられた土砂が、視界を遮った。それがおさまった頃には、既に雪之丞は逃げていた。

「こざかしい・・・。
 逃げられると思うのか?
 狩りは狼のお家芸だ!
 おまえの匂い、おぼえたぞ・・・!!」

 男は、雪之丞を追おうと思ったが・・・。
 ふと、気が変わった。

「まあよい。
 奴の霊力はゴッソリ吸い取った。
 こよいの『八房』は満足しておる!
 今日のところは見逃してやろう!」

 今の彼は、機嫌が良かった。
 霊力の吸い殻となった男を追うこともなかろう。それより、『今度はダチも』という逃げゼリフ通りに、別の霊能者を連れてきてくれるなら・・・。
 その方が旨味がある。

「新たなる『狼王』誕生の日は近い!!
 ははははははは
 ははははははは!!」

 歓喜の声が響き渡る夜空には、きれいな満月が浮かんでいた。


___________


「助かったのは、彼一人だけです。
 他は全員、鋭利な刃物でズタズタに斬られている」
「く・・・!!
 なんてむごいことを・・・!!」

 それが、西条が見せた写真を手にした唐巣の、第一声だった。
 二人は今、美神の事務所で、美神とともにテーブルを囲んで座っていた。唐巣の後ろにはピートが立っており、美神の近くには横島とおキヌもいる。

「なるほど・・・!
 明らかに、霊刀で斬られた傷ね。
 『妖刀・八房』か・・・」

 同様に写真を見ていた美神は、雪之丞の言葉を思い出していた。
 昨晩病院に駆け込んだ雪之丞は、連絡先として美神の事務所の名前を出していた。そのため、美神と横島とおキヌは、真っ先に見舞いに行ったのだった。
 そこで雪之丞から事情は聞かされていた。
 敵が武士姿の人狼であること、その武器が『八房』という名の妖刀であること、一振りで幾つもの攻撃が飛んでくること、等々・・・。
 それらは、霊刀による連続殺人事件を調べていた西条にとっても、貴重な情報となったのだった。

「霊刀は使えば使うほどその力を増す。
 一刻も早く何とかしないといけない。
 しかし、雪之丞くんが歯が立たないとは・・・」

 唐巣の言葉が、敵の強さを如実に現していた。
 何しろ、雪之丞の大ケガは、

「これじゃ退院しても、
 とうぶんは地味な仕事しか出来そうにねーな」

 と、彼自身が認めるほどだったのだ。
 そんな雪之丞の姿を思い出して、ピートも考え込んでしまう。
 雪之丞とはGS試験で対戦しているし(第十話「三回戦、そして特訓」参照)、その後、肩を並べて戦ったこともある(第十三話「とらわれのおひめさま」参照)。ピートは、雪之丞の実力を最も理解している一人だった。

「人狼か・・・。
 昼間は普通のけものになっているはずです」
「だから犯行は夜のみ、
 それも満月の前後に限られているわけね」

 ピートのつぶやきを聞いて、美神も、人狼に関する知識を頭の中から引っ張り出していた。
 農耕が始まり、人々が森を切り拓いて家畜を飼うようになると、人間と人狼は深刻な対立をするようになってしまった。今ではその数も少なくなり、どこかに隠れ住んでいるらしい。
 だが、人間がまだ専ら狩猟をしていた頃は、人狼は神として尊敬されていたのだ。そもそも人狼の祖先は、ギリシャ神話の月と狩りの女神アルテミスに従う狼だと言われている。人狼が月に支配されるのも、そのせいだ。

「・・・西条さんには悪いけど、
 オカルトGメンの手には余る相手のようね」
「ああ、残念ながら、令子ちゃんの言うとおりだ」

 美神の言葉に、西条が頷いた。
 西条としても、GS協会に協力を要請しようかと考えていたところだった。そんなタイミングで美神の知りあいが事件に巻き込まれたので、他の有力なGSも招集してもらったのだが・・・。
 西条は、あらためて室内を見渡した。
 テーブルから離れた椅子では、
 
「お、もーちょっと右だ、マリア!」

 一人の老人が、従者のアンドロイドに肩を揉ませていた。
 『ヨーロッパの魔王』という異名をもつドクター・カオスと、彼の最高傑作とも言われるマリアである。
 また、ソファでは、褐色の肌をした女性が、一人でゆったりと座っていた。後ろに、二メートルくらいの大男を従えている。
 呪術を得意とするGSの小笠原エミと、その助手のタイガー寅吉である。エミは、渡された資料を眺めている分、カオスよりはマシだった。だが、その態度は、あまり真剣そうには見えなかった。
 彼らの様子を見た西条は、

「ちゃんと話を聞いているのか・・・?」

 と、小さく言葉をもらす。

「尊い人命が奪われているというのに!!
 それに、雪之丞くんは友人だろう!?
 君たち、もっとマジメに・・・」

 西条の嘆きを受けて、唐巣が年長者らしく叱るが、この面々には無駄だった。

「んなこと言われてもなー。
 わしらも生活があるから
 先だつもんがないことには・・・」
「あの雪之丞がやられるほどの相手と
 戦わせようってワケ?
 でもオカルトGメンができて以来、
 警察は払いがシブいのよねー」

 カオスに続いて、エミに至ってはイヤミを言う始末だ。

「わかった・・・!
 僕が自腹を切ろう!
 犯人逮捕に成功した者には1億出そう!」
「マジ!?」
「さすが道楽公務員!!」
「少し前借りしていいかっ!?」

 西条の提案に、美神とエミとカオスが、目の色を変える。
 しかし、

「確かに僕たちは、オカルトならプロですが・・・。
 剣術となると、話は別ですよ?」
「たしかにね。
 気をつけないと返り討ちで
 バッサリってことになりかねないわ」 

 ピートに指摘されて少し我に返った。
 特に美神は、入院中の雪之丞から

「気をつけろ、普通の刀じゃない。
 傷からゴッソリ霊力をもってかれたぜ」

 とも聞かされていたので、いっそう慎重になる。

「霊能者が狙われるかもしれないわ・・・」
「令子ちゃんの言うとおりだ。
 犯人の目的は、どうやら
 斬った人間から霊力を吸収することらしい」

 西条は、入院中の雪之丞が襲われることも想定して、病院にも警備を残していた。オカルトGメンだけではなく、美神の友人のGSにも、病院で待機してもらっている。女性ではあるが、美神も敵わないほどの強力な十二の式神を擁しているとの話なので、もし襲撃されても何とかなるはずだ。

「この中で、
 一番剣術に詳しいのは誰でしょう・・・?」

 ピートの質問で、考え込んでいた二人が顔を上げる。

「やっぱり、西条さんかしら?」

 美神は、西条の方に目を向けた。彼の武器は霊剣ジャスティスであり、今も持ち歩いている。

「それと、もう一人・・・」

 言葉を続ける美神は、視線を動かした。その先には、横島がいる。
 それに反応して、西条も、

「ふむ。そうだな・・・」

 と、横島を見た。
 これに慌てたのが横島である。

「み・・・美神さん!?
 それに西条・・・!?
 一体どういうつもりで・・・」
「横島クン、あんた、
 小竜姫さまのところで修業してきたでしょ?」

 美神がアテにしているのは、横島の霊波刀だ。
 あまり美神が横島をキチンと指導していないので、横島の技は、戦闘中に追いつめられて我流で編み出したものばかりである。
 しかし、霊波刀だけは違う。あれは、横島が妙神山へ修業に行って、小竜姫の指導のもとで引き出されたものだ(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。何しろ小竜姫は、『音にきこえた神剣の使い手』とも呼ばれるほどの神様だ。横島には、剣技の基礎も叩き込まれているはずだった。

「人間性はともかく、君の腕は確かだからな。
 もちろん、この僕には及ばないがね」

 西条も、横島の実力は知っている。日本に来たばかりの頃、横島を試す意味もあって、剣を交えたことがあるからだ。
 美神と西条の言葉を聞いて、

「そういうことなら・・・」

 一同の目が、横島へと向けられた

「いっ!?
 お・・・俺っスか!?」


___________


「ぶっそうですね。
 霊力を吸い取る辻斬りなんて・・・」 
「あの西条とかいうヤツ、
 『学生は帰れ』じゃと!!
 ワシらの力をナメとるのう!!」
「何言ってんだ!!
 解放してくれて助かったぞ。
 もうヘトヘトだ・・・」

 ピートとタイガーと横島が夜道を歩いていた。美神の事務所からの帰路だ。三人の後ろから、おキヌもついてきている。
 口では文句を言っていても、タイガーや横島の顔は、どこか満足そうだった。ごちそうを腹一杯食べたあとだからだ。

『横島さん、頑張りましたからね』
「まったく、
 あんなこと俺にやらせるなんて・・・」

 おキヌに言われて、横島が、事務所での出来事を振り返る。
 美神と西条の言葉により、皆の注目を浴びた後。
 横島は、GSたちの前で、西条とともに剣術の講義をするハメになっていた。美神の言うとおり、確かに横島は小竜姫のところで霊波刀の修業をしたことがある。その意味では、小竜姫から剣を学んだとも言えるかもしれない。だが、知識として頭に入れたのではなく、むしろ感覚で覚えていた。それを他人に説明するのは難しい。
 しかも相手は、美神や唐巣などの一流GSなのだ。そうした面々を相手に教師役を務めるというのは、それだけで大変なことだった。さらに、彼らが欲していたのは、刀を使ってどう戦うかよりも、刀を手にした相手とどう戦うかという情報だ。そのことも、横島の苦労を倍増させたのだった。

「美神さんに物を教える横島さんなんて、
 なかなか見れませんからね」

 ピートも、昼間の横島の姿を思い出したらしく、苦笑する。
 ただし、横島の奮闘には、それなりの報酬もあった。美神の手料理である。

「今日は私が作るわ。
 西条さんにも食べていってもらいたいから」

 と美神は言っていたが、それが本当の理由でないのは明白だった。
 もちろん特定の人間にだけ食べさせるわけにもいかず、その場の皆で夕食という形となる。だから横島だけでなく、特に何もしていないタイガーまで満腹になったのだった。
 さらに、貧乏な横島とタイガーは、翌日の弁当にということで、残りものを包んでもらっていた。

『横島さん、今回はアテにされてますからね』

 おキヌが横島に笑顔を向けた。
 横島も、夜の捜査からは外された形ではあるものの、いざ敵が現れたら呼び出される可能性があった。そのために、西条から一時的に携帯電話を持たされているくらいだ。
 さらに、今の四人の中でも、もし敵と遭遇した際には横島が主戦力となる予定だった。タイガーが弁当を自分で持っているのに対し、横島は手ぶらだ。おキヌがわざわざついてきているのも、横島の分の包みを代わりに運ぶためなのだ。

「まあ・・・たまには、な」

 おキヌの顔を見ながら、当たり障りの無い言葉を返す横島。
 心の中では、全く別のことを考えていた。

(おキヌちゃん・・・。
 大丈夫そうだな?)

 小鳩の貧乏神対策で結婚ゴッコをしていたときには、『横島さんの妻ですから』と言い出したり、夜になって顔を赤らめたり、どうも様子が妙だったおキヌである(第十六話「三人の花嫁」参照)。横島自身も、西条から色々と吹き込まれておキヌを見る目が変わったりもした。だが横島は、自分のこと以上に、おキヌの態度の変化を心配していたのだ。
 あの一件がすっかり片付いた今・・・。
 横島の目にうつる彼女の表情は、もとのおキヌと全く同じようだった。

(あのときは・・・。
 みんな、どうかしてたんだよな。
 雰囲気に酔ったというか、あてられたというか・・・)

 と解釈している横島は、おキヌとの仲がギクシャクしていないのでホッとしていた。
 このように、この瞬間の横島は、辻斬りのことも全く考えていなかったので・・・。

 ドン!!

 彼は、横手の路地から飛び出してきた人影とぶつかってしまった。

「うわっ!! おい・・・」

 文句を言おうとした横島だが、言葉を飲み込んだ。横島と衝突して倒れているのは、小さな子供だったからだ。
 頭の中央を前髪まで赤く染めた子供である。背中には、一昔前の泥棒や夜逃げをイメージさせるような風呂敷包みを背負っていた。

「大丈夫かい、君・・・?」

 助け起こそうと近寄ったピートだったが、重大なことに気が付いた。

「あっ!! シッポがある!
 人狼の子ですよ!」

 ピートの言葉で、一同が緊張する。

『・・・人狼!?』
「じゃあ、コイツが辻斬りですカイノー・・・?」

 その場の空気を察知したのだろう。起き上がった子供は、

「拙者、怪しい者ではござらん」

 と言いつつも、木刀のようなものを取り出した。自衛のためなのだが、これが裏目に出た。

「おい・・・。
 それが例の『妖刀・八房』ってやつか?」

 目を細めた横島に対して、子供も、ピクリと反応する。

「・・・知っておられるのか?」

 子供の持つ木刀が『八房』だったわけではない。だが、子供は『八房』を持つ相手を追っており、しかも『八房』は世間に知られているシロモノではなかった。手がかりを得たと思って反応しただけなのだが、彼の返答は、誤解を招いてしまった。

「そうか・・・」

 横島が、その手にボウッと霊波刀を出現させる。
 これを見たピートが、

「待ってください!!
 聞いていた話と違いますよ!?」

 と、横島を止めにかかった。
 昼間の会議の際、横島やタイガーは資料をキチンと見ていなかったが、ピートは犯人のモンタージュ写真にまで目を通していた。だから、目の前の子供が辻斬りではないと分かったのだ。

「ああ。
 俺だって、雪之丞の話は覚えている・・・」

 横島は、雪之丞から、犯人は侍のような格好だったと聞かされていた。それと照らし合わせると、確かに、目の前の子供の姿は違う。だが・・・。

「狼のバケモノなんだろ、コイツ?
 キツネやタヌキだって人を化かすんだ。
 人狼にとって、子供のフリするくらい・・・」
「横島さん、今日は冴えとるノー」

 タイガーは横島の言葉に賛同し、一歩下がった。
 ピートは迷っているようだが、それでも、足をとめた。
 おキヌは、黙って横島を見守っている。
 そんな中、

「正体をあらわせ、辻斬り野郎!!」

 横島が子供に斬り掛かった。
 雪之丞を軽く倒すほどの強敵というのであれば、様子見の余裕もない。先手必勝なのだ。
 しかし、

「うわっ!!」

 子供の動きは軽やかだった。体を横にするだけで攻撃を避け、同時に、横島の霊波刀に対して自分の木刀を合わせてみせた。
 お互いの得物がぶつかりあう。だが・・・。

 スパッ!!

 横島のハンズ・オブ・グローリーは、子供の手にした刀をアッサリと斬り飛ばしていた。

(ひえーっ!!
 よけてなければ、拙者も真っ二つだったでござる!!)

 内心の思いを冷や汗であらわす子供である。それを見ながら、

「・・・あれ?」

 横島は拍子抜けしていた。

「これが、雪之丞くんが苦労した妖刀・・・?」
「なんだかあっけないノー?」
『横島さんが凄すぎるのでは・・・?』

 周りの三人もとまどっている。
 そんな彼らの前で、子供は、いきなり土下座をし始めた。

「それがしは犬神族の子、
 犬塚シロと申します!!
 わけあって仇を追っております!
 が、敵はおそるべき妖刀の使い手・・・!
 どうか、それがしを弟子にしてくださいっ!!」


___________


「横島クンか!!
 ・・・何っ!?」

 西条の携帯に、横島から電話がかかってきた。
 話を聞く西条の表情が変わるのを見て、

「どうしたの、西条さん!?」
「何があったワケ!?」

 美神とエミが、問いかける。
 彼らは、今、犯行パターンを分析した上で、襲撃予想地域を探索しているところだった。唐巣神父、ドクター・カオス、マリアも一緒である。

「・・・わかった。
 電話をかわるから、すまないが、
 もう一度説明してくれないか?」

 一通り横島の話を聞いた西条は、携帯電話を唐巣へ手渡した。唐巣が横島から話を聞いている間に、西条は、美神とエミに対しても説明する。

「横島クンが、人狼と遭遇したそうだ」
「なんですって!」

 慌てた美神を制止するかのように手を振って、

「いや、例の辻斬りじゃない。
 安心したまえ」

 と言うのだったが、続きを語る口調は重かった。

「辻斬りの正体も判明したよ。
 犬飼ポチという名前の人狼だ。
 どうやら人狼の中でも異端者だったらしい。
 犬神族の秘宝を盗み出した上で仲間を斬り殺し、
 隠れ里から飛び出したそうだ」
「『犬神族の秘宝』・・・?
 それが問題の妖刀なワケ?」

 エミの指摘に、西条が頷いた。

「ああ、そうだ。
 大昔に人狼の刀鍛冶が一本だけ作り上げた無敵の剣。
 ひと振りで八度敵を斬りつけるというシロモノだ。
 しかも、霊波刀以外は何でも斬ってしまうらしい」
「・・・ちょっと待って!!
 それじゃホントに横島クンに頼るしかないじゃない!?」

 美神が口を挟んだ。
 美神達は、人狼が相手ということで銀の銃弾を用意してきていた。だが、今の西条の話が本当だとすると、それでも準備不足に思えるのだ。

「・・・すいぶん詳しい情報が手に入ったみたいね?」

 エミも、西条の言葉に疑問を投げかけた。

「横島クンが出会ったのが、
 その犬飼に殺された人狼の子供なんだ。
 父親の仇を討つために、里から降りてきたらしい」
「・・・そういうことなら、信憑性も高そうね?」
「その人狼の息子も戦力として期待できるワケ?」

 西条は、美神の言葉には頷くが、エミの言葉は否定する。

「いや、それは無理だ。
 まだ本当に小さな子供らしい」

 おそらく『仇を討つ』というのも、ただ本人がそう思っているだけで、村の大人達は賛同していないのだろう。周囲もその気なら、子供一人ではなく、それなりの手勢で来ているはずだ。
 横島の話から、西条は、そう判断していた。

「もちろん、情報源としては貴重だから・・・」

 ここで、西条は唐巣の方を見やる。どうやら、一通りの説明は聞き終わっているようだ。

「今日のところは引き上げて、
 もう一度作戦を立て直すべきでしょう」

 西条は、自分の意見を述べながら、その是非を問いかけるような視線を唐巣に投げかけた。

「・・・そうだね」

 横島から直接話を聞いた唐巣も、西条に賛成した。そして、電話に向かって、

「・・・横島くん。
 事務所に再集合することになった。
 その人狼の子供を、連れてきてくれるかね?」

 と告げたのだが・・・。
 少し遅かったようだ。

「いつぞやの輩の仲間か・・・?
 霊能者が大勢おそろいだな。
 拙者を捜しておるのかな?」

 一同の後ろに、犬飼ポチが立っていた。


___________


「・・・ちっ!!」

 横島が電話を切って、突然走り出した。

「横島さん・・・!?」

 背中に投げかけられたピートの言葉に対し、

「美神さん達のところに、奴が現れた!!」

 一瞬立ち止まって、横島が答えた。

「犬飼か・・・!?
 ならば拙者も・・・」

 シロが横島を追おうとするが、

「ダメだ!
 君はまだ子供じゃないか!」
「フンガーッ」

 ピートが言葉で止めようとし、タイガーが力で押さえ込んで制止する。

「ナイス、タイガー!!
 そのまま事務所へ連れていってくれ!」

 タイガーに一言かけた後、横島は、再び走りだした。
 
『私も行きます!!』

 おキヌも横島に続く。自分が戦力にならないことは承知しているが、それでも応援しに行くのだ。

(間に合ってくれ・・・)

 横島は、心の中で叫びながら、疾走する。
 通話の間に、現在地を聞いておいてよかった。さらに、たいして遠くなかったことが不幸中の幸いだ。

(美神さん・・・!!)


___________


「出たか!!」
「・・・噂が本当かどうか、試させてもらうわ!!」

 西条と美神は、犬飼が剣を構えるよりも早く、銃を取り出した。
 黙って見逃してくれる相手ではないと思ったし、それならば先制攻撃するしかなかったからだ。

「くらえっ!」
「フルオート連射っ!!」

 二人で銀の銃弾を浴びせたのだが、

「こざかしい!!」

 神速で剣を抜いた犬飼は、それを全て叩き斬ってしまった。
 しかも、

「ぐわっ!?」
「西条さんっ!?」

 飛んできた剣撃の一つが西条に直撃し、彼の鎖骨を打ち砕いた。
 西条を心配する美神を見て、

「よそ見していられる場合かな・・・?」

 犬飼が、再び剣を振るう。

「危ない! ミス・美神!!」

 美神の盾になるかのように、マリアが立ちふさがった。
 美神自身も、体を横に捻りながらジャンプして、攻撃の軌道から逃げた。
 しかし・・・。

 ゴンッ!! ズバッ!!

 マリアの左腕が、幾つかのピースとなって地面に転がった。
 そして、よけたはずの美神も、背中に一発食らっていた。服の下にはボディ・アーマーを着込んでいたのだが、今の攻撃で砕かれている。さらに、同じ一撃が、腰まで伸びた後ろ髪の先を切り落としていた。

「げ・・・。
 マリアの超合金があっさり斬られちゃうワケ!?
 ウワサ以上のバケモノじゃない!!」
「美神くんっ!?」
「強化セラミックのかたびらも・・・!?
 こりゃいかん!!
 退くんじゃ!!」

 エミと唐巣が慌てる中、カオスが冷静に撤退を指示した。

「『退く』だと・・・!?」

 犬飼に、彼らを逃がすつもりなどなかった。だが、

「こよいの『八房』は血に飢えておる!
 全員死ぬがいい・・・!!」

 と、慢心して語っている間に、

「精霊石よ!!」

 エミがイヤリングの精霊石を光らせる。脱出のための目くらましであった。


___________


「相手の力量も能力特性も
 話には聞いていたのに、
 まったく対応できなかった・・・!!
 実力の違いすぎる戦いを、
 これ以上やってらんないワケ!」

 悔しそうにエミが叫ぶ。
 彼らは今、夜空に浮かんでいた。陸路では逃げられないと判断したからだ。
 エミと美神がマリアに抱きつき、マリアは右腕だけでカオスをつかんでいる。意識を失った西条はカオスに抱えられ、唐巣は自力でカオスにおぶさっている。
 かなり無理して、全員がマリアの飛行能力に頼っていた。

「私の髪・・・!!
 あの野郎、よくも・・・!!」

 美神の髪は、もともと、かなり長い。犬飼にやられたのも、根元からバッサリではなく、十センチか二十センチ切られたに過ぎない。ヘアスタイルとしては変にはならないし、これでも、まだ女性として『長髪』と呼ばれるだけの長さはある。
 しかし、美神自身は激怒していた。

「この恨み、はらさでおくべきかーっ!!」

 目尻に涙まで浮かべて、眼下を睨みつけた。

「美神くん!!
 ちょっと静かに!!
 おとなしくしたまえ!!」

 美神を諌める唐巣である。犬飼に気付かれるのではないかと気になり、美神と同じように、視線を下に向けた。すると、

「あっ!!
 美神くん、あれを!!」

 横島とおキヌの姿が目に入った。彼らは、先ほどの戦いの現場へ向かっているのだ。

「あのバカ!!
 なんてタイミングの悪い・・・!!」

 唐巣に促されて美神も気付いた。

(どうしよう・・・?)

 上から『来るな』と大声で叫ぶのは、彼らまで犬飼に気付かれるだけだから、やぶ蛇だ。
 携帯電話で連絡したいところだが、西条には意識がない。
 もちろん、今、地上に戻るわけにいかない。 
 だが・・・。
 少考の後、美神は近くの建物を示して、

「あのビルの屋上でいいから!
 私をおろして!」

 と頼んだ。
 
「少しくらい寄り道したって、
 重量を減らした方がいいでしょ?
 このまま病院まで行くのは無理だわ」

 美神は笑ってみせる。

「何言ってるワケ!?
 令子だって、ケガしてるじゃないの!!」
「これくらい、大丈夫よ。
 背中はそんなに痛くないわ。
 髪には神経も通ってないし・・・。
 だから、お願い。マリア!!」
「・・・言う通りにしてやれ、マリア!」
「イエス・ドクター・カオス!」

 彼らは、一時的にビルの屋上に降り立った。

「じゃ、西条さんを頼んだわよ!!」

 美神は、一人、階段のほうへ駆けていった。

「・・・令子一人では、
 横島の手助けにはならないわね」

 美神の姿を見送りながら、エミが、足を踏み出そうとしたとき、

「待ちたまえ!!」

 唐巣が、その肩に手をかけた。

「私が行こう。これでも美神くんの師匠だからね」

 そして、西条に視線を向けた。

「エミくん、彼を頼む。
 病院で、ついていて欲しい」

 唐巣だけでなく、

「・・・そうしてもらえると、ありがたい。
 わしはマリアの修理があるからな」
「・・・わかったワケ」

 カオスからも頼まれて、エミは承諾した。
 そして、唐巣は美神の後を追い、他の者はマリアとともに飛び立っていった。


___________


「な・・・
 なんか話が違う・・・!?」

 横島は、焦っていた。
 電話で聞いた現場に着いてみたら、そこに美神たちはいない。刀を構えた犬飼一人が、立っていたのだ。

「・・・ほう。
 別のエサがやって来るとは・・・」

 犬飼が横島を睨むと同時に、

『横島さん!!
 あれ・・・!!』

 おキヌが、ビルの屋上にいる美神たちに気付き、それを示した。
 横島は悟る。
 美神たちは無事に逃げた後だったのだ。
 それなら、来るんじゃなかった・・・。

「ははは・・・。
 どうやら場所と時間を間違えたようなので、
 俺、帰ります。
 じゃ・・・!!」

 横島は、冗談にしてしまいたかったのだが、

「ふざけるなー!!」

 犬飼はノってくれなかった。いきなり剣を振るってきたのだ。

「う・・・うああっ!!」

 ハンズ・オブ・グローリーで対応する横島だったが、八つもの攻撃が飛んできては、受けきれない。そこに、

「犬飼!!」

 シロが飛び込んできた。
 手に小さな霊波刀を出していたが、犬飼の攻撃にはかなわない。横島の代わりに傷を負って、はじき飛ばされてしまった。

「シ・・・シロ!?
 なんで、ここに・・・!?」

 シロのことは、ピートとタイガーにまかせていた。タイガーが自慢の怪力で押さえつけていたはずなのだが・・・。
 彼らの誤算は、シロが実は女の子であることだった。体に触れていたタイガーが気付いてしまい、放してしまったのだ。
 タイガーは、極度の女性恐怖症である。だが、それは、男の本能が人並み以上に強いのを理性で抑えているからに過ぎない。
 女性を無理矢理抱きかかえていたことに気付いたタイガーは、パニックになってしまった。ピートは、それを何とかしようとするだけで手一杯で、走り出したシロを追うことも出来なかったのだ。

「ちッ!!
 もうひと太刀!!」
「野郎ーッ!!」

 なぜシロが来たのか、横島には事情は分からなかった。だが、シロが身を挺して作ってくれたチャンスを逃すことは出来ない。

(今しかない・・・!!)

 横島は、右手を伸ばして、犬飼の脇腹に斬りつけた。

 ドガ!!

 腹からドクドクと血を流す犬飼だったが、

「貴様・・・!!
 拙者の毛皮に傷を・・・!!」
「ひ・・・。
 効いてない・・・!?」

 横島に対しては、虚勢をはってみせた。内心では、

(思ったより傷が深い・・・!
 早くコイツを食ってしまわねば・・・!!)

 と、少し勝負を焦っている。それが、犬飼の剣を鈍らせた。

「おのれええっ!!」
「えいっ!!」

 『八房』を振るおうとした犬飼に対し、横島がハンズ・オブ・グローリーを合わせる。
 妖刀を受け止めることが出来たのだ。
 だが、それも一瞬に過ぎなかった。

「拙者をなめるな!!」
「わ・・・!?」

 力負けして、押されてしまう。慌ててかわす横島であった。


___________


 日本刀というものは、本来、両手で柄を握るものだ。しかし、横島の霊波刀は片手で制御している。その意味では、名前こそ『刀』であるが、むしろ西洋の『剣』のほうがイメージが近いだろう。
 片手で扱うことには利点もある。今も、右手でハンズ・オブ・グローリーを使うと同時に、左でサイキック・ソーサーを出して幾つかの攻撃を防いでいる。しかし、反面、横島の霊波刀が犬飼の妖刀にパワー負けしていることも事実であった。これこそ、『剣』の欠点だ。

「横島クン・・・!!」

 美神が、ようやくビルの階段をかけ降りたらしい。
 犬飼を相手にしながらも、横島の視界の右隅に、美神が駆けてくるのが見えた。唐巣も美神の後を追っているのだが、横島は気付かなかった。

(美神さん・・・!!
 来ちゃダメだ!!)

 横島だけでなく、おキヌも同じ思いらしく、

『美神さん!!』

 と叫んでいる。横島の視界の左隅に、そんなおキヌの姿が見えた。

(・・・!! そうか!!)

 横島の頭の中で、何かが閃いた。

「これでどうだ!!」
「何!?
 ・・・貴様!!」

 今、横島は、振り下ろされた『八房』を、しっかりと受け止めていた。
 今度は、力負けすることもない。なぜなら・・・。

「『三本の矢』には足りないが・・・。
 一本では折れる刀も、二本ならば折れないようだぜ!」

 横島は、両手から霊波刀を出していた。二刀流である。
 その二つをクロスさせて、その交点で犬飼の剣を支えていたのだ。

「横島クン!!」
『横島さん!!』

 二人の声が聞こえる。

(ありがとう!!)

 横島は、心の中で二人に感謝した。
 二人の姿が同時に目に入ったからこそ、GS試験のダブル・サイキック・ソーサーを思い出し、ハンズ・オブ・グローリーの二刀流に辿り着いたのだった。
 今では当時と違って、特に妄想することなく、両手で霊波を操ることも出来る。だが・・・。

(美神さん!! おキヌちゃん!!
 俺に力を貸してくれ!!)

 頭の中で二人をイメージし・・・。
 その瞬間、横島の霊波刀の出力が増した。

 ボキッ!!

 犬飼の妖刀が折れる。

「馬鹿な!!」

 犬飼の叫びが飲み込まれた。
 横島の霊波刀は、そのまま、犬飼の体へもダメージを与えたのだ。

「倒した・・・か?」

 まだだった。

「横島とか言ったな・・・!!
 その名前、決して忘れんぞ!!」

 犬飼は、折れた『八房』を右手で持ったまま、左手で自分の胸を押さえていた。しかし、その手の間からでも、大きな斜め十文時の切り傷がハッキリと見えた。もちろん、血も噴き出している。
 それでも、犬飼の口調は高圧的だった。

「貴様の剣の腕に免じて、
 今日のところは見逃してやる。
 満月の夜には気をつけることだな!!」

 そう言い残して、犬飼は、夜の闇の中へと消えていった。


___________


 その後。
 満月までの一ヶ月弱、色々と忙しかった。

 まず美神は、シロの案内で、人狼の隠れ里へと向かった。
 そこで、シロは、人界に残ることを長老から正式に認めてもらった。
 長老が許可を与えた理由の一つは、シロがもはや小さな子供ではなくなったことだろう。今のシロは、『超回復』により、中学生か高校生くらいの外見に育っていた。犬飼にやられたケガから回復しようとする人狼のパワーと、その場で美神たち霊能力者から受けたヒーリング。両者の相乗効果であった。
 こうして、シロは、仇を討つまでという条件付きで、美神の事務所の屋根裏部屋に居候することになった。

 また、シロと長老の話で、犬飼の目的も鮮明になった。彼は『八房』で吸収したエネルギーによって、狼王フェンリルになるつもりだったのだ。
 北欧神話に記されたフェンリル狼は、あまたの神を殺し、世界を滅ぼしかけた怪物である。神々の全面戦争のとどめには、主神オーデインを食ってしまったとも言われている。
 犬神族の人狼は皆、フェンリルの魔力を受けついでいる。だが彼らから見ても、犬飼の行動は狂気でしかなかった。
 横島が『八房』を破壊したことは幸いである。それでも長老は、

「連日の修業で霊力を高め、
 満月で力が満ちたときにきっかけをつかめば、
 あるいは・・・」

 と、『八房』なしでフェンリルが誕生する可能性を心配していた。

 賛同した美神は、隠れ里から戻り次第、アルテミスを呼び出す準備を始めた。
 アルテミスは月と狩りの女神であるが、同時に、人狼族の守護女神でもある。アルテミスならば、フェンリルをも支配することが出来るかもしれないのだ。
 しかし、アルテミスは、とっくに地上から消えた古代の神。それを呼び出すには、巨大で複雑な魔法陣が必要だった。
 広い場所が求められたので、六道家の敷地を借りて魔法陣を描くことになった。知識の足りない者に手伝わせたらミスが起こるので、美神、エミ、唐巣の三人で作業した。
 連日徹夜で頑張り、何とか間に合わせたのだが・・・。

 満月になっても犬飼は来なかった。
 さらに次の満月になっても、その消息は不明だった。
 やはり妖刀を失ったために、もう狼王になれなくなったのだろうか。
 そのための辻斬りも、もう出来なくなったのだろうか。
 しかし万一の場合に備えて、六道家の敷地内には、今も魔法陣が残されている。


___________


「ずっと徹夜で作業したのに・・・!!
 なんで来ないのよ、アイツ!!」

 美神は、事務所でイライラしていた。

『美神さん・・・。
 来ないなら来ないで、
 そのほうが平和でいいじゃないですか』 

 おキヌがなだめるが、あまり効果もない。

「何言ってるの!!
 この髪の恨み、どーしてくれるの!?
 そもそも、横島クンが
 あそこで奴を逃がしちゃうからいけないのよ!!
 それに、逃げられちゃったから
 1億円もフイになったのよ!?」

 こうなると半ば八つ当たりである。だが実は、美神のいら立ちには、微妙な女心も関与していた。
 あの直後、美神が髪を切られたことに横島は全く気が付かなかったのだ。それが美神の怒りに火を注いでいるのだが、おキヌどころか美神自身でさえ、そんな自分の感情を理解していなかった。
 
「ただいま・・・」

 このタイミングで、事務所のドアが開く。
 疲れきった様子の横島が入ってきた。その後ろから、満足した表情のシロが続く。

『横島さん、おつかれさま』

 事情を理解しているおキヌが、優しく笑う。
 シロは、犬族であるせいか散歩が趣味である。だが人狼だけあって、その距離が半端ではない。しかも、それをトレーニングだと言い張り、

「弟子の『とれーにんぐ』に
 師匠がつきあうのは当然でござる!!」

 ということで、横島を同行させているのだ。

「横島先生・・・。
 今日もバテたでござるか!?」

 不思議そうに尋ねるシロに、

「あたり前だ・・・。
 毎日朝晩50キロも歩きゃー誰でも・・・」

 気力を振り絞って、文句を返す横島。
 そこへ、美神が、

「横島クン!!
 あんた、なんで奴を逃がしちゃったのよ・・・」

 先ほどの愚痴をぶつけ始めた。
 これが、今の事務所の日常である。

「強敵の犬飼を撃退したのは、俺なのに・・・」

 報われない横島であった。



(第十八話「おキヌちゃん・・・」に続く)
 


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