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復元されてゆく世界

第十六話 三人の花嫁


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 1/10

『はいっ。
 今年のばれんたいんちょこです!』

 きれいにラッピングされたハート形のチョコレートを、おキヌが横島にプレゼントした。

「いつもありがとう・・・!」

 感謝の気持ちを口にした横島は、続いて、

「さーて、
 これをオカズにメシでも・・・!」

 と言い出す。これでは、ムードも何もない。
 ここは、横島のアパートの部屋。
 彼は本当にチョコで食事するつもりで、ご飯を炊いているところだった。

『もうっ、横島さんったら・・・』

 おキヌは、苦笑してしまう。内心では、

(せっかく部屋で二人っきりなのに・・・)

 と思うと同時に、以前の美神の『そういう関係をね、世間では「つきあってる」って言うのよ』という言葉(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)を思い出し、少し顔を赤らめてしまう。
 そんなおキヌの気持ちに気付かぬ横島は、

「だって、他にオカズないから・・・」

 と笑うしかない。
 おキヌもいっしょになって笑顔を見せたのだが、少し意味が違っていた。

『ふふふ・・・。
 そう思って、ちゃんとオカズの材料も持ってきました。
 今から作るんで、待っててくださいね!』

 と、台所へ向かった。
 台所と言っても、入り口横の小スペースだ。トントンと野菜を刻むおキヌの姿は、部屋の中の横島からよく見える。
 おキヌが料理しているのを眺めながら、

「いーコだよなー。
 やさしいし、かわいいし。
 あれで幽霊でさえなけりゃ・・・」

 横島は、つい妄想してしまう。

   おキヌがご飯をよそいながら、問いかける。

  「おいしいですか? 横島さん」

   おキヌの服装は、可愛らしいジャンパースカートだ。
   場面が場面なだけに、エプロンのようにも見える。

  「ごちそーさま!
   さて・・・」

   満腹になった横島が、

  「おキヌちゃん!!」

   と言いながら、飛びかかった。

  「あっだめ・・・!!
   でも横島さんなら・・・」

   拒絶するようなことを言いながらも、
   おキヌは横島を受け入れる・・・。

「身体さえあれば
 ナイスバディしかとりえのない美神さんより
 ポイント高い!!
 ポイント高いぞ、おキヌちゃんっ!!」

 狭い部屋なので、横島の声は、おキヌにも丸聞こえだ。

(もうっ、横島さんったら・・・)

 おキヌの顔は、赤みを増してはいるものの、笑顔である。
 おキヌは、何も聞こえなかったふうを装って、

『横島さん、ちょっと来てくれますか?』
「ん? 何・・・?」
『味見出来ないのが
 幽霊の不自由なとこですから・・・。
 だいたいうまくできたと思うんですけど』

 小皿にのせた煮汁を、横島に味見させた。

「ん!! うまい!!
 おいいしいよ、おキヌちゃん!!」
『えへへ・・・』

 二人がそんな会話を交わしているところに、誰かがドアをノックした。

「はい?」

 横島がドアを少しだけ開けると、廊下に、制服姿の女子学生が立っていた。
 髪は三つ編みで、可愛らしい顔立ちだ。何か言いたそうに口を少し開けている。
 彼女は、おずおずと話し始めた。

「あ・・・あの・・・。
 私、隣の花戸と申しますが・・・。
 えっと・・・」
「隣?」
『浪人さんのあとに入った方ですか・・・?
 はじめまして』

 横島の後ろからおキヌも顔を出し、挨拶する。横島もおキヌも、以前の住人とは面識があったが、新しい隣人とは初対面だった。
 二人の様子を見て、女子学生は、

「ご・・・ごめんなさいっ・・・!!
 何でもないんですっ!!」

 自分の部屋へ駆け戻り、パタンとドアを閉めてしまった。

「な、なんか知らんが・・・。
 隣にあんなかわいいコが・・・!?」
『横島さん・・・!?』
「うわあっ、違うんだ、おキヌちゃん!!
 何ていうか、これは男のサガで・・・」



    第十六話 三人の花嫁



 横島がおキヌに言いわけしていた頃。

「小鳩・・・。
 お米は貸してもらえたの?」
「ごめんなさい、母さん。
 お願いしそびれちゃったの。
 お金も食べものもなくなったし、
 給料もまだ先・・・」

 隣の部屋では、さきほどの女子学生と寝たきりの母が、貧困に喘いでいた。

「・・・でも、あの人たちに
 お米を貸してくださいなんて、
 恥ずかしくて・・・」

 ペタッと座り込んだ小鳩が、そこまで言った時。

 ばんっ!!

 小鳩の部屋のドアが開いた。

「話は聞いてしまいました・・・!!
 君のよーなかわいい娘に
 涙は似合わない・・・!
 どーぞっ!!」

 そこには、炊飯ジャーを抱えた横島が立っていた。その後ろから、

「ちょうど出来たところです。
 こちらもどうぞ」

 煮物の鍋を持って、おキヌも顔を出した。

「え・・・あの・・・」
「いいんだ、恥ずかしがることなんかないんだ。
 自慢じゃないがボクも貧乏さっ!!
 困ったときはお互いさまだよ!」

 最初は躊躇した小鳩だったが、横島の言葉に押されて、

「あ・・・ありがとうございます・・・!!」

 横島たちの親切を受け入れるのだった。その目には、ジワッと涙も浮かんでいる。

(この人たちもすごく貧乏そうで・・・。
 それなのに二人で『ささやかな幸せ』
 って感じだったから言い出せなかったのに・・・。
 優しい人たちなんだな)

 小鳩がそんなことを考えている横で、おキヌが、

『あの・・・。そちらは?』

 部屋の奥の人物を指さしながら、質問していた。
 それは、五十センチくらいしかない小さな人物だった。頭には、南米のカウボーイや農民などが用いるソンブレロをかぶっている。さらに、その身にマントをまとっているので、典型的なメキシカン・スタイルだった。だが、なぜか首からがま口の財布をぶら下げている。
 しかも、彼は宙に浮いていた。

「な・・・なんだこいつは!?」
「あ、あなたたち、貧ちゃんが見えるんですか?」

 おキヌや横島の対応に小鳩が驚く中、

「貧ちゃん?」
「まいど!『貧乏神』いーます!」
 
 貧乏神は、陽気に挨拶するのだった。


___________


「貧乏神・・・!!」
「はい・・・。
 そのせいでうちはとことん貧しいのです」

 正座したまま、うつむきながら説明する小鳩。
 何もない部屋の中央では、布団から出た小鳩の母親が、貧乏神といっしょになって、

「小鳩っ!!
 早く来ないとなくなりますよっ!!」
『こらうまい!!
 こらうまいっ!!』

 横島たちが持参した食事をむさぼっている。
 そんな様子を眺める横島とおキヌは、それぞれ、

「貧乏神のせいだけじゃないよーにも見えるが・・・」
『せっかく横島さんのために作ったのにな・・・』

 と苦笑しながらつぶやいていた。

「ごめんなさい・・・」

 おキヌに目を向けて小鳩が謝る。
 二人が恋人同士でないことは既に聞かされていたのだが、それでも、罪悪感を持ってしまうのだ。
 ここで、女性たちの胸の内など想像つかない横島が、

「安心してくださいっ!!
 ぼか、こーみえてもGSなんです!
 こんな妖怪、一発っスよー!!」

 と叫びながら立ち上がった。
 おキヌも、背後から横島の両肩に手をおいて、

『そうです!!
 横島さん、すごいんですから!!』

 GSとしての横島を小鳩に売り込んだ。
 おキヌは横島の背に乗っかるような形で、頭を横島の顔の横に突き出す。
 二人には、

「でも貧乏神は・・・」

 という小鳩のささやきも聞こえないようだ。おキヌと横島は顔を見合わせて笑っていた。自信に満ちあふれた笑顔だ。

「ハンズ・オブ・グローリー!!」

 横島が右手に霊波刀を出現させた。横島の右腕に、おキヌもソッと自分の手を添える。そして、

「くらえ貧乏神ー!!」
『えーいっ!!』

 二人して貧乏神に斬り掛かった。
 その瞬間、アパート全体を光が満たした。


___________


「貧乏神・・・!?」

 美神の顔がヒクついた。

「そ・・・そうなんです」

 横島の頬を冷や汗が伝う。

「ふーん」

 ニッコリ笑った美神は、バタンと音を立てて、横島の目の前でドアを閉めた。

「あっあっ!!
 美神さん!?」

 横島が叫んでいるが、美神は耳をふさいでしまう。
 最近、事務所の手伝いも増えたのだが(第十四話「復活のおひめさま」参照)、雪之丞は現在日本にいないし、マリアも今日は休みだ。横島やおキヌを閉め出したら美神自身が困るのだが、それでも、貧乏神と関わった人間を中に入れるわけにはいかなかった。

「薄情者ー!!」
「何とでも言って!!
 貧乏は外! 金は内!」

 二人がドア越しにそんなやりとりをしているところへ、一人の男がやってきた。
 女のような長い髪をもつ、スーツ姿の男である。彼の名は西条輝彦、美神の母親の弟子の一人であり、小さい頃の美神が憧れた男性だ。発足したばかりのオカルトGメン日本支部の一員として、最近イギリスから帰国。その際には、横島と一悶着起こした人物でもある。彼は、美神は妹のような存在であると言いながらも、彼女を口説く意志があると横島に宣言していた。
 今、西条は、
 
「な・・・なんだこれは・・・!?」

 事務所の入り口の騒動を見て驚いていた。
 そこには、横島、おキヌ、小鳩の他に、貧乏神がいたのだが・・・。
 貧乏神の大きさは、天井まで届くほどになっていた。


___________


「貧乏神というのは祓おうとすると
 逆にそのエネルギーを吸収して
 強力になってしまうんだ。
 一応は神さまのはしくれだから、
 悪霊や妖怪と同じ手は通用しないのさ」

 西条の取りなしで事務所に入れてもらった横島たちは、美神も交えて、西条の説明を聞いていた。
 西条は、公的なオカルト機関に務めているだけに、知識も豊富なのだろう。

『どないしてくれんのや!!
 わいかて好きで小鳩ちゃんに
 とりついてんのとちゃうぞっ・・・!!』

 貧乏神が横島に詰め寄った。
 その横で、小鳩が説明する。
 小鳩の曽祖父は悪徳高利貸しで、借り主だけでなくその親兄弟からもお金をむしり取っていた。そしてバチがあたって巨大な貧乏神にとりつかれたのだが、被害者の恨みが強すぎるせいで、子孫にまで受け継がれていたのだ。

『それでも時間がたつにつれて、
 だいぶ小そうなってきて、
 あと二、三年できれいさっぱり消えられると
 思とったときにこのガキが!!』

 貧乏神が、再び横島を糾弾する。

「いいの、もうやめて貧ちゃん。
 今までどのGSも何もしてくれなかった。
 そんな私を横島さんは
 助けようとしてくれたんですもの」

 という小鳩の言葉も、横島の罪悪感を増すばかりだ。

「それに、貧乏なんてへっちゃら・・・!
 今じゃ貧ちゃんは私の大事な家族なんですもの!」

 小鳩は、彼女にしか見えないスポットライトを浴びながら、独特の世界に入ってしまった。目の端に、うっすらと涙を浮かべている。

『泣いたらあかん!!
 泣いたら負けやぞ小鳩・・・!!』
「そう・・・そうね!
 ひまわりさんに笑われちゃう!!」

 貧乏神も、小鳩の世界に参加する。

『銭の花は白い・・・!!
 せやけど、その根は血のように赤いんや・・・!!
 泣いたらあかん・・・!!』
「うん・・・!!
 貧乏に負けたら
 本当の貧乏になっちゃうもの・・・!!」

 二人の世界では、きっとバックに大きな荒波が描かれていることだろう。
 他の面々にも、それが見えるような気がした。

『どうしても除霊してあげられないんですか?』

 おキヌが美神に尋ねる。
 横島をもち上げて一緒になって貧乏神に斬りつけたのだから、おキヌも責任を感じているのだ。だが、それだけではない。
 実は、あの時のおキヌには、困っている人たちを助けたいという親切心だけでなく、別の気持ちもあった。せっかくの二人の時間を邪魔されたと思い、早く問題を終わらせてしまいたかったのだ。誰にでも優しいおキヌにしては、珍しい感情である。それが今、罪悪感となっているのだった。

「まーね。
 GSにはどーしようもないわ」

 と見放す美神だったが、西条は違った。

「いや、手があるにはあるが・・・」
「ど、どーするんだ!?
 教えてくれっ西条っ!!」

 横島の剣幕に対して、西条は笑いながら答えた。

「簡単さ。
 男らしく責任とって彼女と結婚するんだ!」

 ブーッと吹き出してしまった横島が、

「ふざけんなーーー!!」

 と西条に詰め寄ったが、西条は冗談を言っているのではなかった。
 西条は、キチンと説明した。
 この貧乏神は、祖先の罰プラス横島の与えたエネルギーで小鳩にとりついている。つまり外からの圧力で彼女と結びつけられているのだから・・・。

『そうか・・・!!
 小鳩とこいつが夫婦になれば、
 二人は身内や!
 少なくとも横島にもろたエネルギーは
 中和される・・・!!』

 貧乏神自身が、西条の理論を肯定した。

『最初の罰の分、
 まだ二、三年は貧乏やけど、
 がんばってくれるか?』

 貧乏神が、ノーとは言わせない目をして、横島に問いかけた時。

『ちょっと待ってくださいっ!!』
「待ちなさいよっ!!」

 二人の女性の大声が部屋中に響き渡った。おキヌと美神である。
 この瞬間、おキヌの頭の中には、『恋人が出来たら横島は不幸になるから、それは阻止しなければならない』という以前の決意(第三話「おキヌの決意」参照)など全くなかった。ただ純粋に、横島を結婚させたくなかったのだ。
 一方、美神は、

「勝手なこと決めないでよ!!
 こいつを持ってかれたら、私が困るわ!!」

 と言い出した。この言葉に、

「令子ちゃん、まさか・・・」
「美神さん・・・。
 そんなに俺のことを・・・!!」

 男たちが反応したが、横島の顔面に叩き込まれた美神の右ストレートが、二人を黙らせた。

「あんたは私の丁稚で、
 あんたの生殺与奪の権利は私にあるのよ!!
 それだけよ!?
 カン違いすんじゃないわよ!?」

 と、美神が横島に言い聞かせている横で、おキヌが話を進める。

『と、とにかく、
 小鳩さんの気持ちだってあるのに、
 結婚なんて・・・』

 しかし、これはやぶ蛇だった。
 小鳩が、ポッと顔を赤らめながら、次のような言葉をつむぎ出したのである。

「わ、私は・・・。
 私は・・・あの・・・
 横島さんって、
 素敵だなって思いますけど・・・」


___________


 カラーン、カラーン。

 唐巣の教会の鐘が鳴る。

「汝、横島忠夫は
 病めるときも健やかなるときも・・・」

 牧師役を務めるのは西条だ。
 その後ろでは、唐巣神父が何やら文句を言っている。彼にとっては、偽りの結婚式なんて神への冒涜なのだろう。しかし、唐巣は貧乏神に押さえ込まれていた。

「もー誓いはいいから指輪を交換しよう!」

 と言い出した西条の前には、今日の主役の二人がいた。
 横島と小鳩である。
 横島は、頭にはいつものバンダナを巻いているものの、服装は全く違う。ビシッと燕尾服を着こなし、まさに馬子にも衣装といった風情であった。

「はい指輪よ、横島クン!」

 女性なのに新郎の付き添い役をしている美神が、横島に指輪を渡す。

「み・・・美神さん・・・」

 横島から見ると、美神の表情は、内心の腹立ちを隠している時の顔に似ていた。それでも怯まず、

「あくまでこれは貧乏神を
 鎮めるための儀式っスから・・・!!
 俺が好きなのは美神さんだけ・・・」
 
 と言いながら美神に飛びかかっていき、顔面に美神の肘を食らった。さらに背中には、

(『美神さんだけ』・・・!?)

 おキヌの怒気を含む視線が突き刺さっている。
 そんな横島を、西条が、

「心配しなくても17歳の君は
 法的には結婚できない。
 あくまで『結婚』という習慣のまねごとだよ」

 と安心させると同時に、

「ほらほら、新婦がおまちかねだよ!」

 と促した。
 ここで、横島が視線を小鳩に向ける。
 小鳩は、ふだんの学生服姿ではない。純白のウエディングドレスに身を包まれていた。
 肩から胸元まで大きく開いたデザインが、小鳩の胸もそれなりに豊かであることを示していた。しかし、それでいて清楚な雰囲気は保たれている。また、頭のベールにあわせて、いつもの三つ編みではなく、髪はアップにまとめていた。それがドレスのデザインと相まって、小鳩の白いうなじをあらわにしている。
 今日の小鳩は、とても大人びて見えた。
 そんな彼女が、横島の視線に応えて、小さくニコッと笑顔を返した。
 あからさまにドキッとした横島を見て、美神がクギをさす。

「マネゴトだからね。血迷うんじゃないわよ?」

 さらに美神は、小鳩に対しても、

「かわいそーに。
 どーせ結婚ゴッコするなら、
 もーちょっとマシな男の方が
 よかったのにねえ」

 と言ってのけた。
 しかし、小鳩は美神を否定する。

「そんな・・・!
 私、横島さんとご縁ができて嬉しいです・・・!
 自分に正直であけすけで、
 その分誤解されたり傷ついたりしてて、
 でも、そんな人だから、
 そばにいて安らげるっていうか・・・」

 会ったばかりのはずなのに、小鳩は、すでに横島を理解しているらしい。
 これを聞いて、おキヌは、

『横島さんの良さに、
 ちゃんと気づくなんて・・・。
 なんかくやしいな、私・・・』

 とつぶやいているし、横にいる美神も、無言ではあるがおキヌと同じ表情をしている。

『まま、その辺の話は、あとでゆっくり・・・。
 ホレ、指輪や!』
「あ・・・ああ・・・」

 貧乏神に急かされて、横島が小鳩の指にリングをはめた。
 
 カッ!!

 貧乏神が光って、その大きさが変わる。だが、

「やった!!
 小さく・・・なった・・・ぞ・・・?」

 横島の戸惑いが、結果をあらわしていた。
 貧乏神は、小さくなったとはいえ、まだ人の背丈ほどのサイズなのだ。元の大きさには戻っていない。

『あの・・・』

 これを見て、おキヌがおずおずと口を開いた。

『もしかして、私のせいなんでしょうか?
 横島さんが斬りつけたとき、
 私も手を添えていたから・・・』

 おキヌが、その時の状況を詳しく説明し、

『私の霊力というか幽霊力というか・・・、
 そんなエネルギーも影響してるんでしょうか?』

 と言い出した。

「いっ!?」
「ちょっと、おキヌちゃん!!」

 横島と美神が慌てる横で、西条が顎に手をあてて考えていた。

「そんな可能性は・・・」

 彼の結論としては『ない』だった。だが、

「・・・あるだろうね。
 少なくとも、試してみるべきだろう」

 と口にする。
 この機会に、横島に出来るだけ多く女性をあてがってしまおうと西条は考えたのだ。
 西条も噂は聞き知っていた。おキヌは幽霊ではあるが、横島に気があるらしい。その気持ちを横島は分かっていないが、それでも二人は少しイイ雰囲気のようだ。
 それならば・・・。
 西条は、オカルトショップの厄珍堂に電話をかけた。

「・・・そうか、あるかい?
 そりゃよかった。すぐにここへ届けてくれ」

 電話を切った西条は、おキヌに笑顔を向けた。

「君たちへの結婚祝いを用意したよ!!」


___________


 カラーン、カラーン。

 再び、唐巣の教会の鐘が鳴る。

「汝、横島忠夫は
 病めるときも健やかなるときも・・・」

 西条の目の前に立つのは、やはり横島だ。格好もさきほどと同じである。
 しかし、横島の横の女性は別人だ。今度は小鳩ではなく、おキヌが立っていた。
 おキヌの服装は、いつもの巫女装束ではない。真っ白なウエディングドレスだった。
 小鳩のドレス以上に、胸元は大きく開いていたが、そこには可愛らしくフリルがあしらわれていた。肩口も短く、同様の装飾が施されている。
 西条が厄珍堂から取り寄せた、幽霊用のドレスである。残念ながら、頭を飾るものは何もなかったが、それでも、おキヌには十分だった。
 そして、横島から見ても、今のおキヌは天使のように美しかった。
 
「おキヌちゃん・・・」

 小さくつぶやいた横島の様子を見て、西条が、横島に耳打ちする。

「おキヌちゃんって、
 物にも人にも触れるんだろ? 
 逆に言えば、人間がおキヌちゃんの体に
 ふれることもできるわけだよな?」

 西条の甘言は続く。

「ああやって衣装を着替えることができるんだ、
 当然、衣装の中身があるわけだな?
 もしもの場合でも下手に責任問題にならない分、
 小鳩ちゃんより幽霊のほうが
 手を出しやすいかもな??」
「おい、西条・・・」

 西条の言葉は、横島を大きく動揺させるものだった。
 確かに横島は、おキヌに抱きついたこともある。おキヌを妄想の対象にしたこともある。しかし、

(今までおキヌちゃんのことを、
 そういう目で見てなかったのに!!
 これから、おキヌちゃんと、
 どう接したらいいんだ・・・!!)

 心の中で頭を抱えてしまう横島であった。
 そんな横島の葛藤も、他の者には分からない。
 学生服姿に戻った小鳩は、少し寂しそうに横島を見つめ、

『辛抱しいや。
 これも小鳩のためや・・・!!』

 と貧乏神から慰められていた。 
 また、後ろの方ではピートが、

「唐巣先生、寝こんじゃいましたよ・・・!」

 とつぶやいている。
 そりゃそうだ。一日に二人の花嫁と式を挙げる花婿なんて、前代未聞だろう。一夫多妻制の国ならともかく、ここは日本なのだ。

「はい指輪よ、横島クン!」

 再び美神が、横島に指輪を渡す。美神は、もう呆れたという表情をしているが、内心は違うようだ。
 横島は、今度は美神に飛びかかることもしない。素直にリングを受けとって、おキヌの指にはめた。
 だが・・・。

「効果無いみたいね!?」

 美神の言うとおり、貧乏神のサイズに明らかな変化は見られなかった。

「おキヌちゃんまで結婚ゴッコに
 つきあわなくてもよさそうね?」

 と、美神はおキヌに笑いかけたが、

「いいえ。
 いいんです、このままで・・・」

 拒否されてしまった。
 おキヌは、何だか幸せそうだ。
 
「そ、そう・・・!?」

 美神が不機嫌になる。
 そんな二人を見ながら、横島は、

(美神さん・・・。
 あのひと、
 反抗されるのに慣れてないからなあ・・・)

 と、美神の心中を誤解し、さらに、

(おキヌちゃん、
 ウエディングドレスが
 そんなに嬉しかったのかな?
 このまま着ていたいなんて・・・)

 と、おキヌの本心にも全く気付かないのであった。


___________


 コトコトコト・・・。

 小鳩とおキヌが、横島の部屋で夕食を作っている。

『できました!』
「おまちどおさまです」

 二人は、それをコタツで待つ人々のところへ持っていった。
 そこには、小鳩の母、貧乏神、横島の他に、西条と美神もいた。別に、二人は相伴にあずかるつもりなのではない。
 貧乏神が、

『やっぱ、あんな式だけやと
 元の大きさには戻らんな・・・』

 と言いながら、小鳩の母とともに食事にかぶりつく横で、西条は、

「困ったねえ!」

 と他人事のように笑っているだけだ。
 しかし、貧乏神の次の言葉で、場の空気は一変した。

『やっぱし・・・
 ほんまに結ばれなあかんのとちゃうか?』

 これを聞いて、横島などは、鼻血だけでなく頭の血管からも何か噴き出している。

(本当に・・・結ばれる!?
 本当に・・・
 結ばれる・・・
 れる・・・
 れる・・・)

 横島の頭の中で、その言葉が反響した。

(か、考えてみれば、
 夫婦と言えば何でもアリの関係・・・!!
 このねーちゃんが・・・
 このねーちゃんがまるごと俺のモノ・・・!?)

 横島は、今までとは違った目で小鳩を見つめた。

(な・・・何をしようがオールOK・・・!!
 ・・・マジ!?)

 横島の視線からその内心を察した小鳩が、かあっと顔を赤らめて横を向いた。しかし、その表情は・・・。

(あんまり・・・。
 いやがってない・・・?)

 横島は、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 そして、自分に向けられた別の視線に気づいて、そちらを向いた。
 視線の主はおキヌだった。だが、横島と目が合った途端、顔をそらしてしまった。
 小鳩と同じく、真っ赤な顔をしている。その横顔に浮かんだ表情は・・・。

(小鳩ちゃんと同じ・・・。
 えっ、おキヌちゃんまで・・・!?
 何を期待してるんだ・・・!!)

 横島は、昼間の西条の言葉を思い出してしまった。

(『おキヌちゃんの体に
  ふれることもできる』・・・!?
 『幽霊のほうが手を出しやすい』・・・??)

 そのとき突然、横島は、背中に霊気ならぬ冷気を感じた。振り向くと、それは美神からのものだった。
 
(はっ!?)

 さらに横島は気づいた。美神の近くでは、西条が目を怪しく光らせている。

「こ・・・この図式は!?
 しまった・・・!!
 罠だっ!!!」

 横島が気づいたときには、すでに遅かった。
 目の前には美味そうな餌がある。しかも二つも!! だが、その道を進んだが最後、完全にオリにとらわれてしまう。それが分かっていながらも、彼は、仕掛けられたトラップに足を踏み入れようとしていたのだ。

「じゃ、我々はジャマだから・・・」
「そうね!
 帰りましょう、西条さん!」
「あ・・・ちょっと待って、
 美神さん・・・!!
 今、置いてかれたら・・・!!」

 西条と美神は、横島の懇願も聞き入れない。
 二人は部屋を立ち去ってしまった。
 その帰り際、チラリと横島を見た西条の目は、まるで時代劇に出てくる悪代官のようだった。
 そして美神は、横島に見せつけるかのように、西条と腕を組んでいた。


___________


「ヤバい・・・!!
 ヤバすぎる・・・!!
 俺という男がそういつまでも
 理性を保てるはずがない・・・!」

 横島は、湯船につかりながら、気持ちを静めようとしていた。
 風呂なしアパートに住んでいる横島は、小鳩とともに、銭湯に来ているのだ。壁の向こうの女湯には小鳩がいる。つい、彼女のことを考えてしまう。

「・・・。
 ・・・小鳩ちゃんて・・・
 かわいいよな・・・。
 それに、おキヌちゃん・・・、
 今まであんなに尽くしてくれて・・・。
 難攻不落の美神さんより・・・。
 いや・・・!!
 みすみす西条の思いどおりになど・・・っ!!」

 自分にそう言い聞かせるのだが、

「でも・・・。
 ・・・小鳩ちゃんて・・・」

 と、思考の堂々巡りに落ち込む横島であった。 
 風呂に入りながらなので、これでは、すっかりのぼせあがってしまう。
 外が雪であることを思えば、体を暖めるのはよい。だが、それにしても長湯し過ぎだ。
 キリがないので考えるのをやめて、外に出たのだが・・・。
 銭湯の入り口では、まだ雪が降っているというのに、小鳩とおキヌが立っていた。
 小鳩が声をかける。

「一緒に帰りましょ、横島さん!」
「こ、小鳩ちゃん!! 
 待ってたの!? 寒いのに・・・」

 そして、おキヌも声をかける。

『遅いので迎えに来ました。
 私もあなたの妻ですから・・・。
 えへへっ・・・』

 『あなたの妻』という言葉に、横島は少し引いてしまった。横島は、小鳩の方を向く。

「言ってくれりゃ
 もっと早く上がったのに・・・」
「あ、いいえ、
 私も今出たところだから・・・」

 しかし、小鳩の頭には雪が積もっていた。

「やだ・・・私ったら・・・!」

 と小鳩が照れたところへ、横島の知りあいが通りかかった。

「おーっ!
 小僧ではないか!」

 ドクター・カオスである。カオスは、動きやすい格好の防寒具を着込み、頭には工事現場のヘルメットをかぶっていた。カオスが自転車に乗っている横を、マリアがツルハシをかついで歩いている。

「なんじゃ?
 両手に花か!?
 ・・・小僧もやるのう!」

 と、カオスは横島をからかう。そして、ふところから一冊の本を取り出した。

「まあいい。
 ちょーどいい所で会った。
 これを美神令子に渡してくれ!」

 それは貧乏神退治の方法を記した古文書だった。カオスは、これを美神から頼まれていたのだ。
 カオスとマリアがバイトのために去っていった後、

「美神さん、
 こっそりこんなものを・・・」
『さっそく見てみましょうか・・・?』

 横島が手にした本を、おキヌが開けようとする。しかし、

『そおはいくかーッ!!』
 
 そこへ貧乏神があらわれ、横島から本を取り上げてしまった。

『こいつはもらうで・・・!!
 困ったもんを手に入れてくれたな・・・』

 そんな貧乏神に対して、

「び・・・貧ちゃん!?」
『どうして・・・!?』
「何しやがる、貧乏神!!」

 三人が表情を険しくしたが、貧乏神は冷静だった。

『理由は言えんが、おまえらに
 この本を読ませるわけにはいかん!
 せやけど悪気で言うんやないで。
 小鳩のためや、わかってくれ!』

 しかし、

「わかるわけないでしょ!!
 悪気がないなら
 とっとと退治されるのが
 スジってもんでしょ!?
 その本返しなさい!!」

 思いもよらぬ方向から、反論が飛んできた。そこには、美神が立っていた。

「い・・・いつからそこに・・・?」
 
 横島の問いかけに、美神は、偶然通りかかったと主張する。だが、頭には、小鳩と同じくらいの雪が積もっていた。
 その会話の間に、貧乏神は本を飲み込んでしまった。
 怒った美神は、

「こらーっ!!
 吐き出せー!!」
 
 神通棍を手に立ち向かう。

「だめっ・・・!!
 美神さん!!」
 
 小鳩が止めたが、時既に遅し。

 ばきッ!!

 美神の攻撃は、貧乏神の頭にヒットした。

「しまった!!
 ついうっかり・・・!!」


___________


 カラーン、カラーン。

 翌日。
 唐巣の教会で、三たび、横島の結婚式が行われた。
 美神のウエディングドレスは、小鳩やおキヌのものとは異なり、裾が締まった形状をしていた。胸元も背中から続くショールで隠され、長髪を後ろでまとめた髪には、花で飾られたティアラのみが乗っかっていた。年齢以上に大人っぽい雰囲気である。

「・・・というわけで、
 私、美神令子、プロとして
 責任をとらせてもらいます・・・!」

 美神は、横島の手を借りることもなく、自ら指輪をはめた。
 その瞬間、貧乏神のサイズが変わる。昨晩の美神の一撃の後には怪獣並みの大きさになったのだが、これで、人間の身長の二倍くらいに収まった。

『・・・前より大きいけど、なんぼかマシか』

 貧乏神がつぶやく横では、

「こんなことになるなんて・・・!!
 令子ちゃん、早まるんじゃないーっ!!」
「ああ・・・!!
 ありがとう貧乏神!!
 もはや我が人生に悔いなしっ!!
 かわいコちゃんと大和撫子とナイスバディ、
 みんな俺の妻じゃああああっ!!」

 西条と横島が心のままに叫んでいる。
 当然横島は美神の制裁をくらうのだが、それを見つめる小鳩は、何か考えこむような顔つきだった。


___________


「何? 
 二人だけで話したいことって・・・?」
「はい・・・」

 美神と小鳩は、近くのファミレスで、向かい合って座っていた。
 ウエディングドレスを着た女性と制服姿の女子学生の二人組。ファミレスではあまり見かけない組み合わせである。周囲の注目を浴びているのだが、本人たちは気づいていなかった。
 
「あの・・・美神さんは・・・
 横島さんがお好きなんですか!?」

 小鳩の質問に、美神はぶっとジュースを吹き出してしまう。そして、美神が答えるよりも早く、

『いいえ、美神さんにそんな気持ちはありません』

 と言いながら、おキヌが現れた。

『「大人の女から見れば、
  あいつは男の範疇に入ってない」ですよね?』

 美神の以前の言葉(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)をキチンと引用するおキヌである。

「本当に・・・?」
「たりまえでしょうっ!!」

 小鳩の確認に、美神は、強い口調で返した。

「なんだ・・・よかった・・・!」
 
 とささやいた小鳩は、続いて、おキヌに目を向ける。
 小鳩が口を開こうとしたのを見て、おキヌは、この場に乱入したことを非難されると思った。

『ごめんなさい。
 でも、私も当事者ですから・・・』

 と、先んずるように言い訳したが、小鳩の用件は、それではなかった。

「それはいいんです。
 ただ、聞きたいことが・・・」

 小鳩は、いったん言葉を切ってから、

「前にもお聞きしましたが・・・。
 お二人は恋人同士ではないんですよね?」

 と続けた。
 そこに、今度は美神が口を出す。

「おキヌちゃん本人は、否定していたわ。
 『そういう雰囲気じゃない』ってね?」

 美神は、おキヌに軽くウインクしてみせた。
 これに対して、おキヌは、

『美神さんの言うとおりです。
 そういう関係ではありません』

 と答える。おキヌの顔は、真面目な表情にも見えたが、内心の感情を表していないようにも読み取れた。

「よかった・・・。
 だって、お二人には
 私、とてもかなわない・・・」

 小鳩が安心したようにつぶやくのを聞いて、美神が苦笑した。

「あのね、小鳩ちゃん・・・」

 自分たちが結婚ゴッコをしているのは、あくまでも貧乏神に与えてしまったエネルギーを中和するためである。そういう現状をもう一度説明した上で、

「もっと自分を大事にしないと事故に遭うわよ!!」

 と説いた。

「は?」
「あなた、横島クンのこと
 善意に解釈しすぎてると思うの!
 言っとくけどあいつ、
 サイテーのケダモノよ!!」

 グイッと顔を近づけて、美神は、小鳩に言い聞かせた。
 さらに、おキヌの方を向いて、そちらにも説教する。

「おキヌちゃん、あなたもよ!?
 幽霊とはいえ、おキヌちゃんは
 私の妹みたいなものだから・・・。
 体を大切にしなさい、いいわね!?」
「えっ!? 美神さん・・・」

 おキヌとしては、美神から『私の妹みたいなもの』と言われれば嬉しいのだが、

「横島クンなら幽霊にも
 何かするかもしれないわ。
 部屋で二人っきりになるなんて、
 危ないわよ?
 もう、やめときなさい」

 この美神の言葉は受け入れられない。

「大丈夫です。
 私、信じてますから!!」

 とおキヌがキッパリ言いきった時。
 コンコンと、近くの窓を叩くものがあった。
 マリアである。

「あれ!?」
『留守番のはずじゃ・・・』

 今日はカオスからマリアを借り出しており、美神は、事務所の留守をまかせていたのだ。それがワザワザ来たというのは、何か事件があったに違いない。

「マリア!!
 何があったの!?」
「ミス・美神が・口座を・持ってた・
 スイスの・銀行・倒産・しました!!」

 美神にも、貧乏神の影響が出始めたのだった。


___________


「私を巻き込んだ以上、
 タダですむとは思わないでよ!?
 覚悟しなさい・・・!!」

 美神が貧乏神に詰め寄る。
 時間は既に夜になっているが、『結婚ゴッコ』をしている四人は全員、貧乏神とともに横島の部屋にいた。
 
「悪気はないと言うてるのに・・・。
 わからん3号はんやなー」
「誰が3号よーっ!?」

 貧乏神の返事は美神を怒らせたが、それだけではない。
 横島を刺激したようだ。

「3号だなんてっ!!
 ちゃんと平等にかわいがって・・・」
「やかましいっ!!」

 横島は美神に飛びかかり、いつものように殴られていた。

「・・・あげるから
 さあ、寝ようか!!!」
「ああっ、一発のツッコミじゃ
 正気に戻らない!?」

 と、今までとは若干パターンが違うのだが、

『横島さんったら、もうっ!!』

 後ろからおキヌが飛びつき、横島を押さえ込む。
 おキヌは、仕方がない人ですねとでも言いたそうに苦笑しているが、心の中では、

(口では『ちゃんと平等に』とか言っても、
 美神さんばっかり!!)

 とプンプンしていた。
 そんなタイミングで、ドアをノックする音が聞こえてくる。

「準備・できました、ミス・美神!」

 マリアだった。
 美神は、マリアの言葉に頷いてから、上着に袖を通した。

「じゃ、ちょっと出かけるわよ!
 小鳩ちゃんもおいで!
 おキヌちゃんと横島クンも一緒よ!
 マリア、留守番はお願い!」

 美神の言葉を聞いて、

『どこへ行くんや!?
 わいも一緒に・・・』

 と、貧乏神も腰を上げる。美神たちに続いたのだが、ドアのところで見えない壁に阻まれてしまった。

『で、出られへん!?』
「結界よ!」

 美神の目付きは鋭かったが、その口元には不敵な笑いが浮かんでいた。

「完全に封じるのは無理だけど、
 しばらく足止めはできるはずよ」

 結界が破られた後も、マリアが少しは時間稼ぎしてくれるはずだ。マリアならば霊力を伴わないので、貧乏神の前に立ちふさがる程度は大丈夫だろう。エネルギーを吸収されることもないだろうと、美神は解釈していた。

「なんとしても退治してあげるから
 覚悟してなさい!!」


___________


 美神が三人を連れて向かった先は、ドクター・カオスのアパートだった。
 退治方法の書かれた古文書そのものは貧乏神に飲まれてしまったとしても、カオスが、その内容を少しは覚えているかもしれない。
 そう期待して、美神はここへ来たのだった。

「ホレ、頼まれとった本じゃ!」
「え?」

 美神の予想以上の収穫だった。
 昨夜カオスは、間違って別の本を美神に渡そうとしていたのだ。
 本物の古文書は無事だった。
 カオスが部屋に引っ込んだ直後、

「これでケリがつけられる・・・!!
 えーと・・・なになに・・・」

 美神が、その本を開く。
 横島とおキヌも、美神の後ろから覗き込んでいる。
 小鳩は、黙って彼らが読むのを見ていた。自分が入り込む場所がないからか、あるいは、専門家にまかせるつもりなのかもしれない。

「しまった・・・!!
 こ・・・これじゃ
 もう私には・・・!!」
「どうしたんですか!?
 貧ちゃんのこと、
 何かわかりましたか!?」

 美神が叫び、小鳩が問いかけた時、

『・・・読んでしもたか・・・』

 スウッと、貧乏神が現れた。

『悪意で読ませまいとしたんとちゃうんや。
 ・・・わかってくれたか?』
「まあね。
 うたがって悪かったわ」
「どういうことなの!?
 私には何のことか・・・」

 理解した美神とは対照的な小鳩に向かって、貧乏神が説明し始める。

『貧乏神を退治することは可能なんや・・・!
 見てみい!』

 彼は、首からぶら下げているがま口を開けて、中身を見せた。
 真っ暗な広がりと、星々や銀河のような煌めき。まるで宇宙のようだ。

『こん中は超空間や。
 中に入った者には試練が与えられ、
 それにうち勝てば貧乏神の呪いは消えるんや』
「そんな簡単なことなの!?
 どうして今まで・・・」
『危険が大きすぎるんや!』

 貧乏神は語る。
 成功すれば貧乏神は消えるが、失敗したら永久に取り憑かれることになってしまう。だから、簡単に挑戦できる賭けではないのだ。

「この本には試練の内容も勝ち方も
 全部解説されてるけど・・・」
『答えを知っている者は挑戦権を失う!
 それが掟や!』

 美神が説明を続けたが、話の最後は、貧乏神が締めくくった。
 それを、美神がもう一度まとめあげる。

「退治の方法を知った者は実行できない。
 知らない者にはリスクが大きすぎる・・・。
 どうりで誰も手が出せなかったはずよ・・・!」
『知ってしまった以上、
 あんた達にはもうどうにもできへん。
 あきらめて帰ろ。な!』

 諭すように声をかける貧乏神だったが、ここで、おキヌが口を開いた。

『あの・・・。
 美神さんも横島さんも私も
 読んじゃいましたけど・・・』

 おキヌが小鳩に目を向ける。それを見て、美神も気が付いた。

「そうね。
 小鳩ちゃんは、読んでないわ。
 小鳩ちゃんには、挑戦権があるのよね!?」

 美神も、小鳩に目を向けた。
 小鳩は、システムそのものは聞いてしまったが、まだ、試練の内容も答えも知らないのだ。だから、試練を受けることは可能なはずだ。
 そんな美神とおキヌの考えに対し、小鳩本人よりも、むしろ貧乏神が驚いた。

『な・・・!!
 言ったやろ!?
 危険なんや!!
 そんな危ない橋を
 簡単に渡らすわけにはいかへん!』

 貧乏神の言葉にも動じず、おキヌと顔を見合わせる美神。どちらからともなく、二人は頷きあった。そして、小鳩に優しく語りかける。

「小鳩ちゃん・・・!!
 今のあなたなら、大丈夫よ」

 横島も何か言おうとしたが、その口をおキヌが押さえてしまう。
 そんな三人を見ながら、小鳩は小さく、

「・・・わかりました」
 
 と、つぶやいた。


___________


「・・・ここは!?」

 貧乏神のがま口に飛び込んだ小鳩は、道の分岐点に立っていた。どちらの道も、それぞれ一枚のドアに通じている。
 ドアの横に小さな窓があったので、小鳩は、中を覗いてみた。


___________


「お食事の支度ととのいました、小鳩さま」
「ありがとう、セバスチャン!!」

 レストランかと見まごうばかりの、広く豪華なダイニングルーム。
 いかにも執事といった名前と服装の男が、女性に頭を下げていた。

「おいしそうですね。
 ヨーロッパからシェフを
 呼びよせただけのことはありますわ」

 その女性は、小鳩だった。しかし、着ているものは深窓の令嬢ふうであり、また、彼女の笑顔にも、何一つ苦労したことがないといった雰囲気がただよっていた。


___________


「わ・・・私なの、あれが!?」

 室内の光景に驚いた小鳩だったが、こうなると、

「こっちは・・・!?」

 もう一つのドアにも興味がわく。小窓から、そちらの中を覗いてみると・・・。


___________


「四人で、かけそば一杯、
 よろしいでしょうか?」

 そう言いながら安食堂に入ってきたのは、くたびれた様子の四人。着ている物はヨレヨレな上にツギハギだらけで、彼らの頬もこけていた。体を壊しているのか、一人の女性などは、ゴホゴホと咳をしている。
 小鳩と美神とおキヌと横島だった。

「貧乏神はいすわったままだし・・・」
「私は破産・・・」
『幽霊じゃ稼げないし・・・』
「金がないのは首がないのと一緒やな・・・」

 テーブルについた四人だが、彼らの首はうなだれたままだ。

「おまちー!」

 簡単に作られたそばが差し出される。その器には、たいした量も入っていなかった。


___________


 室内の様子に愕然とした小鳩だったが、ふと我に返る。

「貧乏か・・・。
 でも、それももう慣れました」

 程度の差こそあれ、今見た光景は、自分が長年経験してきたものと同じだった。
 同じ・・・?
 いや、違う。
 あの中では、自分の過去の生活の中にはいなかった人が、一緒だった。

「『ささやかな幸せ』・・・」

 小鳩は、横島との初対面で頭に浮かんだ言葉を、再び思い出していた。あの時の横島は、おキヌと共に、同棲中のカップルのように見えたのだ。貧乏でも、それでも幸せなカップル・・・。

 「あっちの部屋は、確かにお金持ちみたいだけど・・・」

 小鳩は、もう一度最初の部屋を覗いてみた。
 その中では、裕福な『小鳩』が、豪華な食事をしている。給仕の者はいるが、食べているのは『小鳩』一人だ。テーブルの上には、小鳩が話でしか聞いたことがないものが並べられているが、

「一人で食事なんて、味気ないでしょうね」

 小鳩は、そう思ってしまう。

「やっぱり、私は・・・」

 どちらのドアを選ぶのか。
 もはや明白だった。


___________


「え!?」

 ドアを開けた小鳩は、がま口から飛び出して現実世界へ戻ってきていた。

『小鳩!!
 これでわいは・・・』

 同時に、貧乏神の姿が薄くなっていく。

「貧ちゃん!?」
『おまえはもう大丈夫や!!』

 貧乏神はそう言うが、別れを悟った小鳩の目には、涙が浮かんでいた。

『泣いたらあかん!!
 幸せになるんやぞ、小鳩・・・!!』

 そして貧乏神は消え去った。

「貧ちゃん・・・。
 ありがとう・・・!!」

 そんな二人の感動シーンの横で、他の三人は胸をなで下ろしていた。

『ちゃんと「赤貧のドア」を選んだんですね』

 おキヌがつぶやいたように、小鳩が開けたのは『赤貧のドア』だった。もし『裕福のドア』を選んだら、永久に貧乏が続く。金銭欲を捨てた者だけが貧乏神から逃れられる。それが試練の内容だった。

(でも、なんか複雑な気持ち・・・)

 普通は、貧乏神に取り憑かれた者が裕福を望まないわけがない。だから危険な試練なのだ。だが、小鳩がそれをクリアできた理由を、おキヌはちゃんと理解していた。
 おキヌも美神も、小鳩の気持ちを知っていたからこそ、小鳩に挑戦させたのだった。

「二人とも、よく小鳩ちゃんを信じましたね・・・。
 でも、なんで大丈夫だと思ったんです?」

 一人分かっていない横島が、今さらのように美神に質問した。

「そうね・・・。
 女の直感、ということにしときましょうか?」

 美神は一応の答えを横島に返したが、彼女の顔は、おキヌの方を向いている。二人の顔には、共犯者の笑顔が浮かんでいた。
 それから美神は横島へと向き直り、

「まあね、いざとなりゃあ、
 離婚するつもりだったわよ?」

 と、アッサリ言ってのけた。

「そんな、自分だけ・・・」

 横島が口をアングリと開けながらつぶやいたが、

「あら、私だけじゃないわ。
 みんなも、よ」

 と、美神はウインクした。
 さらに美神は説明する。
 小鳩が失敗したせいで一生貧乏神にくくられるというのなら、小鳩一人がその責任をとればいいのだ。

『でも私たちが離れたら、
 また貧乏神さん、大きくなっちゃいますよ?』
「何言ってるの、おキヌちゃん。
 『一生貧乏神に』という時点で、
 もう大きさなんて関係ないじゃない。
 私たち三人が結婚ゴッコにつきあう必要もなくなるのよ」

 美神はアッケラカンとした口調で答えた。
 これに横島が呆れる。

「ひどい・・・。鬼だ」

 横島は、それなりに理屈が通っていると思って、美神の言うことを信用してしまったのだ。
 一方、おキヌは、

(口ではそんなこと言ってても、美神さんは本当は・・・)

 と、美神の発言ではなく、美神の人間性を信じていた。
 そんなおキヌに近づいて、美神がソッと耳打ちする。

「でもね、あれだけ小鳩ちゃんが
 横島クンに惚れてるってことは・・・。
 強力なライバルよ!?」

 これに対して、おキヌは、ニッコリ笑いながら答えるのだった。

「はい、でも私、負けませんから!!」

 ただ『ライバル』と言っただけで、誰にとってのライバルなのか、それを明言しなかった美神である。
 おキヌの返事を聞きながら、美神は、その素直さを少しうらやましく思うのであった。



(第十七話「逃げる狼、残る狼」に続く)
 


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