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山の上と下

29 山の上で、決戦!・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:08/ 1/ 7

前編『その前に 交錯する思惑と想い』あらすじ
 (それ以前のあらすじは21・24・26に掲載)

 れいこを失ったと思っていた智恵たちの元に横島と(その体に憑依することで昼間も意識を保った)おキヌが合流する。そこで死津喪比女の封印に絡むおキヌのことが色々と明らかに。
 また、封じられている死津喪比女(母)かられいこが明後日の夜まで命を長らえる事を聞いた一同はそこを狙い勝負を掛ける事にする。


主な登場人物 1

横島忠相 主に『忠さん』 『横島(れいこのみ)』
 霊力を持つ除霊師志望の青年(十代後半)。並はずれた煩悩の持ち主で(美しい)女性が係わると優れた判断と人間離れした耐久性/運動能力を発揮、霊力も上昇する。

”美神”れいこ 主に『れいこちゃん』 『”美神”さん(横島のみ)』
 智恵(後述)の娘(十歳前後)。除霊に関しては母親に匹敵する天才児で魂に絶大な霊力を秘めた”結晶”が癒着している。現在、死津喪比女(娘)に捕らわれそれを奪われようとしている。

キヌ(おキヌ) 主に『おキヌちゃん』
 数十年前からオロチ岳の峠に現れるようになった巫女姿の幽霊。(当人は意識していないが)死津喪比女(母)を押さえる封印の要。

”美神”智恵 主に『智恵(の姐)さん』
 年齢不詳(二十代後半?)、美貌の除霊師。その腕前は超一流。時間を止めることのできる超常能力者でもある。

ご隠居
 白髪の老人だが髪は脱色によるもので見かけよりは若い。頭の働きは鋭く博識。好奇心が旺盛で”神隠し”に興味を持ったことでこのストーリーが始まった。

涼 主に『格さん』(偽名、渥美格之進より)
 二十代後半の剣士(はやらない剣術道場主)でご隠居の護衛を請け負う。凄腕で”気”を操り霊波刀に匹敵するセイリュートーを使う事ができる。

加江 主に『助さん』(偽名、佐々木助三郎より)
 二十歳前後の男装の剣士(旗本の娘)で涼に同じ。涼に比べれば見劣りするが剣の腕前は一流。横島に仕えるように求めるが断られる。


29 山の上で、決戦!・前編

「やっぱり来たのね」
 物見から戻った智恵は幽霊少女を目にすると小さくため息を漏らす。少女の脇で小さくなる青年を厳しめに睨みつけ、
「横島クン! おキヌちゃんに来ないよう説得するよう言っておいたはずよね!」

「はい‥‥色々、言ってはみたんッスが押し切られてしまって、申し訳ないッス!」
 横島はさらに体を縮め反省を表す。

「横島さんは悪くはありません! 私が無理をお願いして連れてきてもらったんです。もちろん邪魔なのは判ってますが、じっとしていられなくて! 幽霊の私にも手伝える事があるはずですから、お願いします、連れて行ってください!」
 ほとんど宙返りしそうな勢いでおキヌは頭を下げる。

「まあ、来ちまったもんは仕方ねぇさ。智恵さんだって、おキヌちゃんが止めて思いとどまる娘じゃないってことは判っているはずだぜ」

‥‥ ご隠居の取りなしを無言で受け入れる智恵。そう判っていたことだ。

「そんなことより谷はどうだったんだ? 話に嘘はないって思っているんだが」

「はい、それは大丈夫のようです」智恵は先に結論を出してから報告に入る。

 それによると儀式に使う祭壇らしきものが”堤”から滝へ突き出した岩場に築かれ、谷は重要なことが行われるのを示すように”僕”や使い魔が物々しく行き来しているとのこと。ここまでくれば疑う理由はない。

 ちなみに”堤”とは百年前の噴火の溶岩と落石が作り上げた岩の長城。谷の口を塞ぎ川の水をせき止め天然のダム湖を作っているのでそう呼んでいる。あと滝というのは貯まった水があふれ出ている所で落差は十間(30m)以上ある。

 なお、今一行がいるのは谷を作る尾根の山手にあたる所。遠回りでも上に出たのは、下からでは”堤”が大きな壁となってしまうからだ。

「ただ意外なのは死津喪比女がすでに祭壇の近くにいたこと。予想ではぎりぎりまで隠れている場所から出てこないと思っていたのですが」

「時刻は決まっているのにえらくせっかちなもんだ」とご隠居。
 月が沖天に掛かるまでまだ一刻半はある。
「まっ、邪悪な存在でも地霊は地霊、これから起こることに何か予感めいたモノを感じていても不思議じゃねぇか」

「考えられるな。となると、万々が一、不安に押されて死津喪比女がコトを早める場合も考えた方がいいんじゃねぇか?」

「ええ。我々も動くべきと」涼に水を向けられた智恵は重々しくうなずく。
「それで敵の備えですが、要所要所に見張りを立てるだけで大半は谷に留まっています。たぶん見張りの知らせに応じて動く手はずかと」

「つまり”桟道”が敵の守りの要ということだな」

 ”桟道”と集落のすぐ近くに設けられている”堤”へ通じる道のことで、所々にある岩の踊り場を斜面に木を打ち込んだ足場や簡素な吊り橋で繋ぎできている。谷が塞がれた後に少しでも出入りを楽にするためにここに暮らした人々が設けたものだろう。

「その通りかと。我々がどこから近づいてもそこを通じて向かえば迅速かつ全員で対応できます」

「てぇことはそこを押さえれば敵を封じ込められるってことだな。狙うんだろそこを」

 ご隠居の問いというよりは確認にうなずく智恵と涼。

 その後、智恵はおもむろに横島とおキヌに向かう。
「横島クン、休む間もなくで悪いんだけど、あなたはいったん尾根を反対に下って”堤”の下へ。そこから祭壇へ。絶壁をよじ登る事になると思うけど、山師の息子としてできるわよね?」

「それは自信がありますが‥‥」横島は指示の意図が解らない。
 最初の打ち合わせでは全員が揃って行動することになっているし、何より
「俺が一人でですか?!」

「いえ、おキヌちゃんも一緒。おキヌちゃんならこの辺の地理もある程度は知っているでしょうし、飛べることは”堤”をよじ登る際の先導としても頼りになるはずだから」

「私、喜んでさせてもらいます!」
 自分のことを考えた役目を与えられたことにおキヌは感激する。

「それで近づいてから何をすれば良いッスか?」
 なお自分のすべきことが見えないと質問を重ねる。

「もちろんれいこを助けるの。私達が正面から懸かって敵を引きつけるからその隙にね。バレずに近づければ十分に機会はあるわ」

「ほぉ てぇことは。オイラたちが陽動ってことか?」

「はい。死津喪比女にすれば私や渥美様がいなければ本命は別だと気づくでしょう。でも横島クンなら、いなくても逃げたと思うだけ。そこにきっと油断が生じるはずです」

 ご隠居はいかにも面白いと手を打つと、
「重大な役目だが二人ならきっとやりとげられるさ。特に忠さん! れいこちゃんに良いトコ見せる絶好の機会だ、しっかりやんなよ」



 横島、おキヌが出ると智恵たちも様子を探るために残ったシロの元まで尾根を降りる。



「今のところ大きな動きは何も。ただ全体の動きは少しずつあわただしくなっているようでござる」
 満月が昇るに従い高まった人狼の感覚で監視していたシロがそう報告する。

「何とか間に合ったみたいね」と智恵。そのまま出発を指示する。

「少し早いのでは? 死津喪比女が動いたというのなら別ですが、今だと忠さんとおキヌちゃんが間に合いませんよ」
 加江が怪訝そうな顔をする。

「だからよ! 俺たちが勝ってれいこちゃんを助けていればそれで良し。負けて祭壇に首を並べられていたら逃げる理由もつくってもんさ! だろ智恵さん? 忠さんとおキヌちゃんにああいう指示をしたわけは」

「ええ。封印の要であることを別にしても、あんな気立ての良い娘さんを危険に晒すようでは”大人”として恥ずかしいですからね。横島クンにしてもそれは同じ。本音を言えば、ご隠居にもそちらに行ってもらいたかったところですが、そう水を向けたとたんに”裏”をバラされそうなのであきらめました」
 智恵はさもそれが心残りと強調する。

「あったりめぇよ! 二人を助けようって分かったから黙ってたんだ。オイラまでとなりゃ話は別さ」
 置いてきぼりに”する”方は構わないが”される”方はまっぴらとご隠居。
「もっとも、忠さんとおキヌちゃんという二人の”バカ”が欠けることは痛ぇんだが。いれば頼りになるのにさ」

  素人当然の少年と実体のない少女が加わらないことを本気で残念がっている様子に智恵は苦笑を浮かべるしかない。
「そこは私が二人に代わって”バカ”を務めるつもりなので何とか埋め合わせはできると思います」

「ほう?! 智恵さんもその気になってくれたのか。そいつは頼もしいぜ!」

「じゃ、早速、別れの杯を交わして討ち入ろうじゃねぇか」

「『別れの杯』とは?」

「智恵さんの腰につけている竹筒、中身は酒なんだろう。」

「ああ、これですか。これはそんな気の利いたモノじゃありません。そもそも別れの杯など不要でしょう。れいこともども全員が無事で戻るつもりなのですから」

「そりゃあそうだ!」言い切る智恵を頼もしいとうなずくご隠居。
「とすると中身は何だい? 死津喪比女をやっつける切り札とか」

「まあ、そんなところですか」あっさりと肯定する智恵。
 ただ、具体的な中身については語るつもりはないと微笑み質問を封じる。




 軽く高さを取ったおキヌが先導する形で道なき道を進む横島。

 それなりの森のため月明かりも届きにくいが、おキヌが先導してくれるおかげでここまでそこそこの早さで進むことができている。

 気持ちに急ぐところはあるが、しばらくは歩き続けるしかないと判断した横島は自分を励ますように小さくうなずくと、
「あの‥‥ おキヌちゃん、歩きながらで悪いんだけど話があるんだ」

「何ですか?」おキヌは横島の高さまで体を下げて並ぶ。

「実は‥‥」と昨日、おキヌについて出た話を最初の桁以下を四捨五入して説明する。



「へぇ〜 私が神様になるというのは本当だったんですか」
 あまり実感が湧かないという顔のおキヌ。話の突拍子なさすれば誰が聞いても似たような反応を示すだろう。

「そうなんだ。ただ、それと引き替えにこの後、何百年かは幽霊を続けなければいけないし、もう”人”として生まれ変わることもないんだって」

「‥‥ そうなんですか」これも同じ様子のおキヌ。
 しかし後半のところで小さなため息が漏れる。

 それを見届けた横島はさりげない口ぶりで、
「で、相談なんだけど‥‥ その役目、俺と代わってもらえないかな? つまり、おキヌちゃんが成仏して俺が封印の要になるって事なんだけど」

‥‥ おキヌは不思議なものを見るような感じでまじまじと横島を見る。

 その居心地の悪さを埋めるように、
「いや〜 交代って言ったのは、何百年かを過ごすだけで神様になれるって聞いたもんだからさ。ちょっとうらやましいなって。これまでを考えると、俺って、この先、綺麗なおねーさんには縁はなさそうだし。だったら神様になって綺麗なおねーさんに崇められたり、そのおねーさんに御利益を与えたりするのも悪くない‥‥ カナ‥‥ なんてね。せっかく神様になれる機会を横合いから盗るようでナンだけど、いいだろ?」
とあくまでも自分が望む事だと強調する。

 こういう話の持って行き方をしたのは他人の事をまず考えてしまう少女の性格を計算してのことだ。

‥‥ さらに数呼吸分の間、まじまじと見るおキヌ。どこか悪戯っぽい感じで、
「そうなる横島さんは神様になるわけですよね」

「ああそうだな。千年ほど幽霊をやった後だけど‥‥」
 口にしてあらためておキヌの背負っているものの凄さを感じる。

 その当人はやはり悪戯っぽい様子は変わらず、
「幽霊にせよ神様にせよ、なってしまうと今までのように女の人に声を掛けたり飛びかかったりできなくなると思うんですけど。それでいいんですか?」

「うっ、それは‥‥ たしかに神様が女の人を誘ったとか飛びかかったって話は聞いた事がないし‥‥ 神様になれば、女の人のチチ・シリ・フトモモはもちろんあ〜んなことやこ〜んなこともできなく‥‥ 」

 女性に失礼な事を断片的につぶやきながら真剣に悩む横島は はっ! とする。
悩むことはさっきの主張−神様になりたい−を自ら否定しているのと変わらない。

 狼狽する横島におキヌはにっこりと笑う。
「せっかくの頼みを断るのは悪いと思いますが、今の話はなかったことにしてくれませんか」

「どうして?! このままじゃ、人として生まれ変わる事ができなくなってしまうんだよ。それでも良いのか?! おキヌちゃんだって、生まれかわってやりたいことはあるんだろ?」

「もちろんありますよ。昨日、佐々木様にも言いましたが、生まれ代わって横島さんのような人と出会い色んな体験をしてみたいって」

「だったら‥‥」

「だからこそ、人のそれを貰うようなことはできません。それに」
 とおキヌは懐かしそうに麓の方に目をやる。
 当然、闇しか見えないが、そこに何かしら麓の光景を見ているらしく、
「自分が人柱になった経緯はほとんど思い出せませんが、自分からここを、ここに暮らす人を守ろうと思って人柱になった事は覚えています。そして、みんなもそんな私に応えようとしてくれた事も覚えています。だから‥‥ うまく言えないんですけど、そうした私の思い、周りの人の思いがあっての封印、他の人に任せるわけにはいかないって思うんです」

「判った!」もはや少女が絶対に引かない事を悟り横島は白旗を掲げる。
「でも、もし気が変わったらいつでも言ってくれ。俺の方は何時だって代わるつもりはあるし、心構えだって代役を務まるくらいは持ってみせるから」

「判りました」おキヌはその好意だけはいただきますと頭を下げた。
 その上で人の悪そうな微笑みを浮かべ、
「そうだ! もし先に気持ちが変わることがあれば、その時にはよろしくお願いしますね。その時になって嫌だなんて言って逃げたりすると承知しませんよ!!」



「あの〜 横島さん。このままで良いんですか?」
 さっきの会話から幾らも進まないうちにおキヌはおかしな事に気づいた。
 本来であれば下っているはずがほぼ同じ高度を保つように進んでいる。このままでは”堤”とこちらの尾根とが繋がっている場所に出てしまう。

「これで良いんだ。尾根から”堤”に近づくつもりなんだから」

?? 明らかに指示に反する行動に小首を傾げるおキヌ。それは直接尋ねず、
「でもそこには見張りがいるんですよ。それにそんな近道をすると早く着き過ぎるんじゃないですか?」

「二人だけなら隠れて抜ける方法はあるさ。それに近道をするのは少し嫌な予感がするからなんだ」

「『嫌な予感』っていうのは?」心配そうに聞き返すおキヌ。

「ああ、そんな深刻な意味じゃないよ」と破顔の横島。
「ただこのまま下に回っているっとみんなの動きに間に合わなくなるんじゃないかって」

「それはないんじゃないですか? いくら何でも、ここまでの時間で私たちが下に回り込めるとは考えないと思います」

「そりゃ 考えないさ。だから始まるんじゃないかって」
 横島は何らかの確信があるかのように答える。
「話したと思うんだけど、これまで二回、ご隠居と”美神”さんから置いてきぼりを食らっているんだよな。そして、今度もみんなして俺に置いてきぼりを食わそうとしてるって気がしてね。まあ、俺みたいのがいても邪魔になるのは解るんだけどさ。ここに来ての置いてきぼりじゃ何のために来たか判らないし、何より三度も置いてきぼりじゃ恥ずかし過ぎるだろ。それでちょっと早い目に着いておこうって考えたんだ」

「判りました。横島さんがそう言うのなら」とおキヌは少し飛ぶテンポを早める。




「ここまで見つからずに来られるとはな。敵さん、俺たちが”桟道”を直接狙う可能性を考えてなかったようで助かったったぜ」
 ”桟道”の登り口手前まで来たところでご隠居が誰とはなしに話しかける。

「あるいはその可能性を考えた結果かもな」涼が面白くなさそうに応える。
 『どういう意味だい?』と無言で問うご隠居を無視して、
「見張りは”僕”二人と使い魔が二匹、ここからは隠れ場所もなし、強攻以外に手はないな」

 指摘のように今、身を潜めているここから先は溶岩が固まってできたらしい岩場で隠れる木立も藪もない。

「なら一気に蹴散らすのが上策。ここは拙者が引き受けるでござる」
 早さなら自分が一番とシロ。無言の同意を受け霊波刀を発すると一直線に斬り込んだ。



 登り口の敵を排除し”桟道”を”堤”に向かう一同。まとまった広さの踊り場−平坦になった岩場−に差し掛かったところで、

「ここが良さそうだな! オイラはここに残るから先に行ってくれ」
 周囲を見渡したご隠居が立ち止まった。

『えっ?!』という顔する残る面々。すぐに何を思いついたのか悟る。

 地の利を頼み、谷から追いかけてくる連中を阻止しようというのだろう。たしかに迎え撃つには良いが、素人の年寄り一人でどう阻止しようというのか見当がつかない。

 しかし説明を求める余裕はない。顔に浮かぶ成算だけを材料に任せることに。

「で、格さん、助さん、どっちか残ってもらいてぇんだが、いいかな」

「では私が」加江が躊躇なく名乗りを上げる。
 この先に待つであろう敵を考えるとより戦力のある方が先に行くべきだ。

‥‥ 一瞬、迷う風の涼だが、
「判った! ここは任せるぜ!!」とすでに先に向かった智恵とシロを追う。



「取りあえず吊り橋でも落としますか?」
 踊り場のとば口に立った加江は道を塞ぐことを提案する。

「いらねぇよ! 向こうさんだってそれくらいは予想しているだろうし。残した方がかえって誘導できていいかもよ」

「そうですね」”桟道”を見下ろした加江はご隠居の判断を了とする。

 使い魔−葉虫−は蛇のような動きで斜面をたどりこちらに向かっており、”僕”の半数も”瘤”のせいで出せる超人的な力を頼りに斜面を使っている。

「では、私はどうすれば?」

「オイラが『良い』って言うまで、何でもいいからここの前半分までに敵をくい止めてくれ! そうすれば‥‥」

 説明途中だが注意を切り替える加江。葉虫の最初の一匹がたどり着いたからだ。

ふっ! 軽く息を吐くと教えられた通り”相魂”に”力”を解放するように念じる。

 一瞬の間があって四肢に膨大な”力”が巡る。その”力”は抜きはなっていた神剣にも及び、鈍く光を反射するだけだった刃が鮮やかに光を放つ。

 それに引き寄せられるように躍り懸かかる葉虫。

だぁぁぁ! 加江は裂帛の気合い共に唐竹割に剣を振るう。



だぁぁぁ! 加江は躍りかかってきた葉虫を唐竹割に切り下げる。
 最初なら手応えもなく両断できた体が胸の辺りで刃が止まっている。

 いくら神剣であっても”僕”と葉虫、合わせて十を越す数をこなすと切れ味が落ちるてくる。さらに言えば、”相魂”に収められた”力”も尽きてきたようで数動作前から手足に鉛がまとわりつく感じも。

 ここまで燈火に集まるように敵が向かってきてくれたおかげで指示通りの位置にくい止めているが、逆に言えばぎりぎりまで押し込まれたわけで、突破されるのは時間の問題といえる。

「ええい! 何を弱気な!!」
 声を荒げ自分を叱咤すると動きを止めた葉虫に足をかけ剣を引き抜く。”バカ”になると言った以上はここを退くわけにはいかない。

 『次の相手は?』と目をやると半包囲する形で広がった”僕”と葉虫が左右に道を空ける。そして真打ち登場と悠然と目の前に出たのは‥‥

‘田丸か!’シロの父親に次ぐだろう相手の出現に舌を打つ。
 ”相魂”の限界が見えてきた今、戦いたくない相手だ。

 最後の一暴れ、と思った矢先、
「助さん、良く防いでくれた! もういい、すぐに後へ‥‥」

どごぉーーん!! 頭上からのご隠居の声は大きな爆発音にかき消される。

 反射的に振り仰ぐと爆煙を抜け三間半はあろうかという岩が斜面を滑り落ちてくる。その勢いは落下というに近い。

「えっえええ!!」絶叫の加江。
 一瞬だけ重くなった手足がこれまで以上の力を生み跳躍。

 次の瞬間、岩肌に密着させた体をかすめるように過ぎる巨岩は敵がいた辺りを打ち砕き”湖”に大きな水柱を立てる。



「まったく! 私まで潰すつもりですか?!」
 残った凹凸伝いに半分になった踊り場に戻った加江は同じく斜面を降り戻ったご隠居に本気で怒る。いくら命は捨てて掛かっているとはいえ、岩に潰され終わるのは御免こうむりたい。

「すまねぇ! 久々で火縄の”走る”時間を読み違えたようだ」
 謝るもののさほど悪がっていないご隠居。加江なら避けられるとの確信はあったし、ぎりぎりまで引きつけたおかげでこれだけの戦果が上がったと思っている。

「ったく!」加江は苦笑を浮かべようとしたが急激なだるさによろめく。

「どうした‥‥ って、限界が来たのかい?」

「そのようですね。逃げるので最後の”力”を使い切ったようです」
 自分の体でないようなふわふわした感覚はどちらかといえば心地よい。もっとも、そんな風に感じるのは今だけで少しすると猛烈な筋肉痛が襲いかかってくると聞いている。

「ここに敵が来れば一巻の終わりってところだが‥‥ 幸運の女神には見捨てられていないようだぜ」
 手をかざすご隠居の目に後続の連中が道を戻り”湖”に沿って反対側に走る光景が映る。ここまでの奮戦に迂回を決めたらしい。



 とりあえず先行組を追いかけようとした加江とご隠居は背後に殺気を感じ振り返る。

 そこには体についた土埃を払う田丸。どちらかといえば丁寧な物言いで、
「なかなかやりますな。特にご老体、博物学に堪能だとはお聞きしていましたがこういう技にも長けておるとは思いませんでした」

「大元は山師だからね。火薬も使うし岩の亀裂を読んだりするのもお手の物さ」

「なるほど! あなたの来歴も一応は頭に入れたあったのですが、色々肩書きがありすぎて軽視しておりました」

「しょうがねぇよ。俺だって自分が何なのか時折は判らなくなったくらいだからな」
 ご隠居はこれまでに自分が得た肩書きの多さに苦笑を禁じ得ない。後世の人間は自分をいったい何者だというのだろうか。
「それにしても良く避けたものだ! ”僕”にせよ使い魔にせよ咄嗟の判断は苦手にしているようなんで”いける”かと思っていたんだが‥‥ ひょっとして、まだ、人としての意識は残っているのかい?」

「何とか。しかし、自分が思うよう動けるのは主と利害関係が一致している場合に限られますがね」

「つまり、オイラたちを殺そうと思っている限りは、ってことかい」

「ええ、主からすれば本人の意志で戦う方が戦力になるという算段でしょう」

「心があるのなら一刻ほど死津喪比女に逆らってみては。上手くいけばそれで解放されるかもしれません」
 加江はじわじわと広がりつつある体の痛みを押し隠し残っているらしい理性に訴えてみる。

「それも一つの”手”だが乗る気はない」田丸はにべもなく拒絶する。
「同輩を失いこのような身に墜ちてしまった拙者に帰る所はないも同じ。ならば、己の意識がある内に力を尽くして戦うことがもののふとしての唯一の望み。かの浪人者との手合わせを望んでおったが、これまでの戦を見る限り貴公でも不足はない。悪いが付き合ってもらうぞ」

「いいでしょう」ほとんど虚勢ながらも加江は正眼に構えを取る。

 それが合図と踏み込む田丸。その早さと放たれた暫撃の鋭さはここまでの”僕”とは明らかに一線を画している。

ぎん! どちらかといえば重い金属音と共に火花を散らして刀と剣が食い合う。

「くっ!」
 かろうじて受け止めた加江が押し返そうとした時、膝の力が抜け無様に尻餅をつく。

「どうした? まさかこれで終わりというわけではあるまい」
 あまりのあっけなさに刀を降ろし呆然とする田丸。

「悪いけど、その『まさか』よ。どうもここが私の限界みたい」
『どうにもならない』と加江は肩をすくめる。

「せっかく期待したのにこんな締まらない結末とはな」
 田丸は残念そうに嘆くと無造作に刀を振りかぶる。
「先に行った者を追いたいのでケリをつけさせてもらう。何、それぞれ一太刀で済むから痛みはあるまいよ」

 観念の加江に対してご隠居の手が脇差しに掛かる。

「待ったぁぁぁ!!」の叫びでそれぞれの手が止まる。
 声の方を見やると息せき切って涼が駆けてくる。



はぁ、はぁ、はぁ 涼は田丸の目の前で大げさに肩で息をする。

 それが落ち着くのを待つかのように田丸は静か佇む。

 ややあって、
「ありがとよ! 待ってもらって助かったぜ」と涼。

「ふん! そのような擬態でうかつに斬りかかる間抜けとでも思っているのか?」

「やっぱりな。まあ、ダメもとってヤツなんで気にしないでくれ」
 気まずそうに言い訳した涼はやや表情を改め、
「あんたが上で待っている方に賭けたんだが‥‥ 外れたのが判った時にはずいぶん焦ったぜ」

「確率は半分。打ち合わせをした訳でなし、外れても誰の責任でもない」

「それはそうだが、外したせいであんたに嫌なことをさせちまったら後味が悪いからな」

「『嫌なこと』‥‥ ああ、無力な年寄りと女の命を絶つことか」
 と確認した田丸は白刃を思わせる冷たい笑みを片頬に浮かべ、
「買いかぶりだな。これまでも”汚い”仕事は何度もしてきた身だ、恨みのない者や無力な者を斬るのは初めてでもなければ気に病んだ事もない。それに逆恨みながらもご老体には恨みはあるから、貴公の到来が少し早すぎると思ったくらいよ」

「おいらが余計なことに首を突っ込まなきゃ、こうならなかったって、か?!」
 ご隠居が不本意そうに口を挟む。

「左様、自覚はあるようだな。拙者にせよ仲間の誰にせよ、ご老体の命を奪えるものなら多少の溜飲は下げられると思っているはずだ」

「そいつはすまねぇな」と鼻白む涼。
「とにかくあんたのおかげであっさりと智恵さんとシロの嬢ちゃんが”堤”の口に着くことができた。そこは素直に感謝させてもらうぜ」

「何、余人を交えず戦いたいとこっちが勝手に段取ったことだ。気にかけられるとかえって恐縮する。それより邪魔の入らぬうちに始めたいのだがかまわぬな」
 田丸は刀に霊力を充填する。

「もちろん、今更、嫌も応もねぇよ」
 涼は手にした刀を地面に突き立てると懐から勾玉を取り出す。
「セイリュートー」の声で光る剣が形作られる。



「さすがだ!」田丸は刀を杖にすることで何とか片膝を付くだけに止める。
 二・三のかすり傷を負わせるのと引き替えに受けた傷の数々は”瘤”の支えがなければとうに死んでいておかしくない。
 そしてそれらの傷を通して判ったのは、わずかだが自分が全ての点において相手に及ばないということ。その差の一つ一つは微々たるものだが、全てに渡るために先の結果に繋がっている。

「そんなことはねぇよ」涼は暗い顔で応える。
「ひと思いに楽にしてやろうって思っていたんだがそれが精一杯でね。長引かせた上に痛い思いさせて申し訳ねぇ」

「何、気にすることはない。”瘤”のおかげで痛みはほとんど感じぬからな」
 田丸は自嘲気味に口元を歪める。

「どうだい? ここいらで仕舞いにするってぇのは」

「そうもゆかぬわ。心の内こそ読めぬようだが”瘤”を介して状況は主の知るところよ。ここで手を抜けば主が拙者の心を押しつぶし、ただ暴れるだけのでくの坊に変えてしまう。そういう終わり方をしたくないからこそ、ここまで従ってきたのだ。それに未だ手の内を出し切ってはおらぬ! 拙者の命がある以上勝ったつもりになるのは止めてもらいたい」
 田丸はゆっくりと立ちあがりつつ手をさりげなく懐に動かす。

「おっと、懐の何かを出すつもりのようだが無駄だぜ」と涼。
 それが何であれ自分に向かった瞬間に切り落とす自信があることを言外に示す。

「それはどうかな!!」田丸は懐の式神−管狐を解放した。

「王手飛車取りか!」と涼。
 自分には向かわずご隠居と加江の方に走った式神から田丸の意図に気づく。

 一片の逡巡もなく管狐に追いすがり斬り捨てる。次の瞬間、身を翻すが‥‥ 何分の一呼吸の差で田丸の刃が脇腹に届く。

「ちっ!」セイリュートーを振るい相手を退けると短く舌を打つ。
 傷を押さえた手の指の隙間から少なくない血が滲んだ。


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