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時は流れ、世は事もなし

共闘 3


投稿者名:よりみち
投稿日時:08/ 1/ 4

時は流れ、世は事もなし 共闘 3

「渋鯖といえばあの『渋鯖』ですか?!」青年の姓に驚くホームズ。
 この国財界において事実上トップとされる人物と同じだ。

「はい。僕はあなたが思い浮かべた人物の息子です。もっとも、息子と言っても妾腹で、部家住・冷飯ぐらいの身の上ですが」
 好感の持てる率直さで青年−渋鯖は自分を語る。

「父君が元始風水盤について疑義を持ってね。その調査を彼に任せ、その相談を儂のところに持ち込んだことがそもそもの始まりというところじゃ」

「ということはあなたの父上も元始風水盤に絡んでおられるのですか?」
 ホームズが確認を求める。答えにより打つ手が変わってくる。

「資金面に限ってですが。元始風水盤のような霊的防衛については正式に予算を計上するのが難しいですからね。用地収用や施設建設は帝都防衛関連の予算などに潜り込ませ賄っていますが、それも限度があるわけで。父が極秘で資金の調達に当たっているんです」

「資金を依存している分、軍も関係者も父君、引いては光一君には遠慮があってね。調査を進めるにあってはそれが助けになったことも多い」

「なるほど! それが国の機密事項にも係わらず多くのデーターを集めることができたタネというわけですか」
 納得のホームズ。もちろん単なる権力任せで集められるものではなく渋鯖当人の非凡な才能があってこその成果だということは分かっている。
「それで父上が感じた疑義というのは具体的にどのような点ですか? それが今回の原点となっているわけですから興味があります」

「父については具体的に何か引っかかったというより、単にオカルトに懐疑的だというだけです。集めた資金が怪しげなモノに浪費されるとすれば我慢できないという感じですか」

「そんなささいな不審に始まり、まず光一君が元始風水盤と”蝕”の動きに一定の関連があることに気づき、儂に相談を持ちかけたというわけじゃ。その意味では、この件における最大の功労者−解決すればだが−は光一君ということになる」

「僕は切っ掛けを作ったに過ぎず、成果を上げられたのは何を調査すべきか判断し集めた情報の分析評価を行ってくれた”教授”のおかげです。もっとも、そのせいで”教授”までが”蝕”の狙うところになってしまい申し訳ありません」

「気にする必要はない。情報部の顧問という立場にあればどこか係わった問題だ。それに狙われることも退屈な隠遁生活者にとってはちょっとしたスパイスだと思っておる」

 謙譲の美徳を見せるモリアーティーにホームズが皮肉の一つも投げようとした時、蝶々に呼ばれた蛍、それにベスパが入ってくる。



 人が揃ったということで、主に”教授”が渋鯖にここまでの状況を簡潔に説明する。



「そうですか‥‥ フォンさんの体に魔族の魂が入っているんですか?」
 話の区切りがついたところで渋鯖はまじまじとベスパを見る。

 その率直な好奇心に苦笑のベスパ。

 ホームズやモリアーティーに比べれば常識人っぽい印象だが、魔族だの魂の交換だのという話に動じず興味を示すということは、この渋鯖という青年も”教授”やホームズ匹敵する天才−変人なのだろう。

‘待てよ! この姓、どこかで聞いた気がするな。ホームズのように一般常識として与えられた知識じゃないようだけど‥‥’

 心の片隅に軽い疑問が浮かびつつ、いつまでも見られるのも煩わしいので、
「そういうことだが何か文句でもあるのかい?!」

「いえ別に! そんなつもりはありません」あたふたと手を振り狼狽を示す渋鯖。
 もっとも、それは魔族の恫喝によるものというよりは美人の怒りに焦ったという感じだが。
「ただ、意識体というか魂の在りようについては少しばかり興味がありまして。それでついしげしげと見てしまったんです、他意はありません」

「たしか、君は儂と初めて会った時もそのようなことを言っておったな」

 モリアーティーが漏らした言葉にホームズが、
「ふむ、純粋な好奇心で尋ねたいのですが、あまり接点のなさそうなお二人が知り合った経緯はどのようなものなのですか?」

「始まりはこの屋敷ですね」渋鯖は部屋を全体を指し示す。
「元々、ここは霊的戦闘戦策研究の一環として拠点防衛装備を検証するために造られたものなんです」

「ほお〜 個人の屋敷にしては面白すぎると思っていましたが、そういう背景で建てられたものとは。それにしても、国家としてそういう問題に取り組んでいるとは侮れませんね。列強でも霊的戦闘については半信半疑、そのつど霊能力者や従前の霊的防衛組織の手を借りているだけというのに」

「芦君という天才がいて話だ」モリアーティーが素っ気なく指摘する。
「率直なところ、元始風水盤建造という試みも、彼が積み重ねた霊的戦闘への取り組という素地がなければ日の目を見ることもなかっただろう」

 その言葉に含まれた意味ににやりと笑うホームズ。話を戻すために、
「それでこの屋敷とあなた方はどう繋がるのですか?」

「まず儂の方だが、この施設で暮らし問題点を洗い出すことを頼まれてな。光一君は儂へのレクチャーが役どころだ。それが出会いの最初ということになる」

「ふむ。君もこの屋敷に係わっているということか? ”教授”の話では、君は若いながらも魔術に造詣が深いという話だが」

「まあその虚名もあって建設から参加していますが、大した仕事は何も」
 美徳としての謙遜ではなく事実としてそうであるという感じの渋鯖。
「実際、この屋敷の持つ機能−遠視・遠話防止結界を基本とした多用途複合結界に地脈のエネルギーを利用した半永久型動力、さらにそれを自律的に維持するばかりか状況に対応し結界を補正する操作呪式などオカルト技術の粋というべき諸々は芦少佐が単独で作り上げたといって過言ではないでしょう。僕などその半分程度しか理解できないまま手伝っている出来の悪い助手に過ぎません」

「とは言っても、残りの助手たちの理解は光一君のさらに半分の半分程度だがな」

 モリアーティーの間接的な賛辞を渋鯖は控えめな微笑みで受ける。
「そうした立場から説明役を任されお話しする内に”教授”がDrカオスの研究資料を預かっていると知り、さらにお近づきを願ったという流れです」

 そこまで言った渋鯖は説明の必要を感じたのか、
「Dr.カオス、ヨーロッパの魔王 錬金術師の王 永遠を持つ男 そうそう、ほら吹きとかペテン師というのもありましたか。とにかくそういう二つ名を数多く持つ大魔術師です」

「名前とそうした噂程度は知っていますよ」さりげなく嘘をつくホームズ。
 ヘタに出会ったことがあると言えばと色々と質問を向けられそうだと判断したからだ。あの一件は自分の中だけにしておきたい。話の方向を変えるために、
「それにしても、あなたがかの御仁の資料を預かっているとは意外ですな」

「奴っこさんもこの国には興味があるようでな。儂が隠居場所に選んだことを知ると、一緒に持ち込んでおいてくれと頼まれたのよ」

「彼のことなら色々とあるのでしょうね」ホームズは皮肉を込めて指摘する。

「ああ、発表すれば世の中を根本からひっくり返すモノもあれば『ペテン師』の肩書きにふさわしいものまで、彼の名前に相応しい代物の山だ」
 モリアーティーもホームズと似た笑いで応える。
「そういえば光一君には、その中でずいぶんとご執心な資料もあったようじゃな」

「ええ、その資料のおかげで、僕が取り組もうとしている研究の方向性が間違っていないことが判り大助かりです」

「その研究って魂の人工合成じゃないのか?」ついベスパが口を挟む。
 ここまでのやり取りで引っかかっていたことが明瞭になったからだ。

 もともと、この屋敷が備えている高度な霊的防衛機能については気になっていたのだが、渋鯖の言葉から似た機能を備えた建物が”現在時”に存在していることを思い出した。

 それは美神除霊事務所。そしてその建物に取り憑き、管理等執事的な役割を果たしている実体のない存在、魂というか幽霊がいたはずで、名前は人工幽霊壱号。
 名の通り人が生み出したモノだが、その”産みの親”というべき人物がたしか渋鯖某とか。さすがに多い姓ではないので、目の前にいる人物が当人と見て間違いないだろう。

「そうです! 良く分かりましたね。魔族ということでテレパシー能力か何かを備えているのですか?」

「まあ何となくさ」口を濁すベスパ。未来の知識で話をすべきではないと自戒する。
「Drカオスが人造人間を創造したという話は魔界でも知られているかなら」

「でしょうね。神・魔の”力”を借りずに”無”からの創造となるとDrカオスが唯一人の成功者ですから」
 渋鯖は我が事のように誇らしげに語る。
「もっとも、僕の場合、目指しているものは人造人間ではなく純粋な霊的エネルギーで構成された自律的意志−魂の創造ですが」

「純粋なエネルギー体? つまり幽霊のようなものを創造したいということかな」
 言葉の示すところを想像するモリアーティー。

「そうです!」何かインスピレーションが閃いたのか渋鯖は満足そうにうなずく。
「僕が作りたいのは、まさに幽霊! 人工幽霊というべきもです」

「だとするとよほど困難ではないのかね」
 例の一件でそうした方面でも並の専門家以上に詳しいホームズが指摘する。
「マリ‥‥ Drカオスの造り上げた人造人間のメタソウルにしても物質的な基盤があってこそ成立しているという風に聞いているのだが」

「ええ、まったく物質に依存しないで形で安定し存在し続けるのは不可能でしょう。しかし、その一方で限りなく依存を減らすことはできると思っています」
 語る相手が見つかったのが嬉しいのか渋鯖の言葉にも熱を帯びる。
「もっとも、今の僕ではそうした課題までたどり着けれるかどうか、怪しい話だったりしますが。実際、現段階では人工幽霊創造の遙か手前の課題として霊的エネルギーの制禦に取り組み始めたところですし」

「制御? それが言うほどの課題かね。それぞれの文化圏で呼び名は違うだろうが『魔法』など様々な制御法は確立されていると思うが」

「単純な破壊とかであればその通りですが、僕が求めている魂という途方もなく複雑な構造体を作り出すとなれば既知の魔法では間に合わないでしょう」
『そうそう』と、渋鯖はポケットから一辺2cm、厚み1cmほどの濃灰色をした金属片を取り出す。
「これはその制御の決め手になるかもしれない可能性を秘めた物質で、ようやく手に入れたものです」

 順次、回されるがホームズ、モリアーティーも自己の知識では正体は掴めない。

 最後に手渡されたベスパ、「レアメタル結晶だね」と答える。

「正解です! さすがに霊的なものについての素養は人の比ではないようですね」

 感心されても嬉しくもないと肩をすくめるベスパ。
 使い魔としてインプリントされた知識の一つだし、レアメタル結晶はどちかかといえば人が見いだし利用している物質だから。
 ホームズにせよモリアーティーにせよ知らないのは、単に一般的に認知されるようになるのが五十年ほど先だからに過ぎない。

「これは南アジアにあって小国ながらも未だ独立を保つインパラヘンという国で産出される希少金属の一つです。霊力に関わる物質としてはザンスの精霊石が知られていますが、こちらもなかなか優れた特性を持ち、超心理/高次エネルギーの蓄積と周波数変調に使えます。インパラヘンでは‥‥」

 渋鯖の言葉が途切れたのはサイドテーブルに空間の歪みが生じたからだ。

 何事かと構えるホームズとベスパだが、他の者に別段の焦りはない。

 この屋敷に張り巡らされた結界越しに空間を操作できるのは、特定のパターンで設けられる周波数の隙間を知っている者だけだと知っているから。ちなみに、それはモリアーティーと渋鯖、それに芦だけだ。

 歪みが戻るとあらかじめそこにあったかのように人形−連絡用に使っている式神−が。

「席を外しなさい!」蛍が当然のことと要求する。

『言われるまでもない』と立ち上がりかけるベスパを制するホームズ。
 モリアーティーも異論はないらしく情報を引き出すためのキーワードを発する。




「いったいどういうことだ?!」珍しく感情を露わにするモリアーティー。

 式神が伝えたのは今手の放せない事情がありフォン−ベスパについて監視に徹するようにという、ある意味、それだけの指示なのだが、その事情というのが三日後に元始風水盤の最終実験が予定されているからとなれば聞き逃すことはできない。

「最終実験は少なくとも二ヶ月は先のはずだ! 光一君、君の方には今の連絡は?」

「いえ、知っていれば真っ先にお話ししています」
 渋鯖も訳が分からないと首を振るだけ。その手の情報は最優先で手に入れられるように手を打っていたつもりだった。

「これも”シナリオ”の内と考えるのか? それとも誰に取っても想定外のことが起こったのか?」
 答えの出ない自問は無駄と判断したのかモリアーティーはホームズに向かい、
「どうやら三日後がクライマックス。悠長に”蝕”の本拠を探している時間はなくなったようじゃな」

「ですか。しかし物は考えよう。そこで事件が起こることが判っていれば対処の仕様も有るというものです」

「あの‥‥ 『クライマックス』とか『事件が起こる』とか。それはどういう事でしょうか?」
 唐突に変わった”空気”に戸惑う蛍。それに蝶々。ベスパも元始風水盤の完成にあわてる理由は分からない。

「つまりは‥‥」ホームズが説明役を買って出る。
 全ての背後に神魔族の高次存在がいる可能性を除きおおよそのことを話す。

「”蝕”の真の目的は恐ろしい”力”を持つ元始風水盤を己ものにしてこの国に災厄をもたらそうというのですか?!」
「それだけじゃないでちゅ! 芦様がその場に立ち会うのでちゅからフィフスっていう魔族に取っても絶好のチャンス。きっとそこで拉致しようとするんじゃないでちゅか?!」
 蛍に続き蝶々も思うところを述べる。

「そういうことだな」モリアーティーは二人の懸念を肯定する。
「で我々の対応だが、ホームズ君には私の代理として今のことをしかるべき筋に伝えてもらいたいのだがどうかね?」

 提案の意図を探るようにホームズはモリアーティーをじろじろ見る。ややあって納得したようにうなずくと、
「それが一番ですか。本来はあなたが動くべきところでしょうが、そうすると我々が勘づいた事を”蝕”に教えるようなものですからね」

「そういうことよ。儂がここに留まれば陽動になる」我が意を得ているとモリアーティー。
「そして光一君にはホームズ君がしかるべき立場の人間と会えるように手を貸してもらいたい」

「もちろん! この国の未来が掛かってくるとあれば、否応はありません」
 何のためらいもなく引き受ける渋鯖。

「うむ、けっこうだ。ただし言っておくが、そうなるとこれまでの若いディレッタント(道楽者)が引退したディレッタントの元を訪問するという偽装もこれまでということ。君も直接”蝕”と戦うことになる。命の危険を含め覚悟はできておろうな?」

「元始風水盤と”蝕”が係わっていると気づいて以来、覚悟はできていますし準備もしています」
 上着の下にホルスター−銃が収められているのか右脇あたりを押さえ渋鯖は応える。生真面目そうに見えて相応の図太さは持ち合わせているようだ。

「あとベスパ君。君には二人の護衛を頼みたい。二人が動けば嫌でも”蝕”が食いついてくるはずだ。フィフスとやらと出会う可能性もそれだけ高くなるから損はなかろう」

「私は反対です」ベスパの返事を待たず蛍が異議を唱える。
「フィフス”だけ”が目的のベスパにお二人の護衛が務まるとは思えません。護衛であれば私と蝶々で‥‥」

「却下だ」言葉途中でモリアーティーはにべもなく拒絶する。

「なぜです! まさか魔族を信用するつもりではないでしょうね」

「『魔族』で悪かったね!」ベスパは挑発気味に口を挟む。
「この際、言っておくが、嘘だの騙しだのは人間の専売特許だよ。多くの伝説・伝承が物語っているように悪知恵で神や魔をやりこめるのが人間だろう!!」

 語気が何気に強まったのは、かってそれを地で行く某親娘にしてやられたことがあるからだ。

「何よ、それは!! だいたい人の体を勝手に使って戦って良いって思っているの?」

「戦力の出し惜しみをする余裕がこっちにあるとはね! 使える戦力を生かさず負けたらどうするんだ?! 魂を取り戻せなきゃ無傷な体があっても仕様がないと思うんだがね」

「”いもうと”魂は何があっても私が取り戻す! 魔族の手は借り‥‥」

「よさないか二人とも!」ボルテージを上げ合う二人にモリアーティーが一喝する。
 その人間的迫力に勢いが萎む二人。

 そこに思わぬ方向からの声が。
「蛍ちゃん! ここは”教授”の判断に従うでちゅよ。”教授”は今の内にベスパちゃんを使って信用できるかを確かめるつもりなんでちゅから」

「おいおい」ベスパは不愉快そうにモリアーティーを見る。

「まあそういうことだ」まったく悪びれもせずモリアーティーは認める。
「さしあたり出てくるのは”蝕”の下っ端あたり。それならホームズ君も光一君も自分で自分を守れるからな。君が信用に足りない行動を取っても何とかなるという計算じゃよ」

「ここまであからさまだと怒る気にもなれないな。良いだろう、護衛の役は引き受けた。アタシが信用できることを見せてやろうじゃないか」

「では、せめて私と蝶々のどちらかだけでも、ベスパの監視役を兼ねて加えてください」

「それも却下だ」再度の拒絶。
「君たち二人がここに残らないと陽動にならない。それに、君たちが芦君から受けた命令は未だ変更されてはいないはずだ。勝手に持ち場を変えることは望ましいことであるまい。少なくとも、今後も彼の下で働くということであれば」

 自分たちの上司を持ち出された事で蛍の表情にあきらめが走る。

「取りあえず、ということですよ」ホームズが慰めるように口を挟む。
「状況から考え芦少佐とも会う必要がありますから、そこであなたたちについてももっと自由に動けるよう命令を貰ってきます。何と言っても。勝負は三日後、それを待っても遅すぎるということはないはずですよ」

 そこまで言われれば仕方がないと蛍は不承不承を隠さず受け入れる。




‘さすがに言うだけのことはあるな’
 渋鯖の車の後部座席に陣取ったベスパは走り具合に内心で感嘆する。

 クラシックカー然とした外観やクランクによる起動は時代の制約を感じるものの、相応の馬力を持って車体を引っ張りるエンジンにせよ道が舗装されていない分を差し引けば良く効いているサスペンションにせよ”現在時”の自動車(さすがに軽自動車クラスだが)に比べ遜色はない。

「どうですか?! これなら横浜にだって余裕で着けるでしょう」
 そんな評価が顔に出たのをバックミラーで見たのか運転席の渋鯖が声をかけてくる。

 ちなみに『横浜』云々というのは、今からそこに向かおうとしているから。
 本来であればまず芦を訪ねるべきだろうし蛍や蝶々もそれを強く主張したが、ホームズが強引に最初の目的地を決めてしまった。あと付言すれば、提案者はその理由を口を濁すだけで答えようとはしない。

「そう聞いた時には半信半疑だったが、むしろ謙遜だったとはね」
 助手席のホームズが横合いから渋鯖に応える。
「もちろん君の才能を疑ったわけではないが、工業製品の類はそれを形にする技術的な素地があって初めてモノになるものだからな。失礼だがこの国にこれほどのものを生み出せる技術的蓄積があるとは思ってみなかったよ」

「この国の人間も知らないんじゃないですか。御一新以前の太平の世に培われた職人の技があなた方の近代工業が生み出す製品以上の精度を作り出せることを」
 渋鯖は幾分かの口惜しさを込めて語る。
「そうそう、このエンジン。これもそうした職人の技が作り上げたもので材質は陶器なんです」

「まさか! 信じられない‥‥ と言っても、こうして走っている以上は信じざるを得ないが。陶器という材質は耐熱性において優れていても強度という点でエンジンには使えないものと思っていたよ」

「普通の陶器ならその通りですが、それを職人の技が乗り越えたのです。もっともその分、材料の配合や焼成温度は勘と経験によるものなので再現性に難があったりしますが」

「つまり、素晴らしくはあってもこの国が目指そうとする近代工業の土台には使えないと」

「ええ。残念ですが、こうした技は、今後、所謂”工業化”の中で急速に失われることになると思います」
 それが”時代”と惜しむ渋鯖。”名人芸”に頼らないのが近代産業の基本だ。
「そうそう、失われる職人の技と言えば、半世紀ほど前のこの国には空の彼方、そう、月まで届く巨大な花火を作る技が‥‥」

 そこで言葉が絶たれ全員がつんのめる。車の前に人影が降り立ったことで渋鯖が反射的にブレーキを踏み込んだからだ。



「兄貴からここに残って見張るよう言われた時には、失敗続きで見放されたかと腐ってたんだが‥‥ 思ったよりも早くそれを挽回できそうで嬉しいぜ」
 降り立った男は禍々しい喜びを露わに一歩前に出る。

「前回、私を襲った者だな。見たところ君だけのようだが、見逃してもらえないかね。たかが新聞記者風情それもこれから横浜経由で出国しようっていう男を狙っても仕方がないだろう」

「『横浜』? もう帰るのか。まるで沈む船を前にしたネズミ‥‥」
 と言いかけたところで男は余計なことを口走ったと言葉を切る。
「まっ、お前さんやそこの使い走りの小僧だけならそれも良いが、裏切り者を目の当たりにして逃したんじゃここまで倒れた仲間に申し訳がたたねぇのさ」

「どうやら”蝕”は君を許すつもりはないようだが相手になってやるかね?」
 ホームズはベスパに振り返ると勘違いを助長させる尋ね方をする。

「何だい?! あっさりアタシに振るっていう性根は。”教授”の話じゃ、自分の身は自分で守れるんだろ」

「たぶんね。でも、あなたに任せる方が効率的でしょう。それに、さっそく信用できることを示すチャンスじゃありませんか、やって損はないと思いますよ」

「どのみち信用するつもりはないんだろ! が、ここは乗せられてやる! 今の”力”を計るには丁度良さそうな相手だしな」
 ベスパは半ば本気、半ば冗談で怒って見せると身を宙に舞わせ車の前に立つ。栗色の髪が夕日に舞う様は美しくも力強い。

「何が『丁度良い』って! ずいぶんと舐めた事を言うじゃねぇか! 師兄に対する口の利き方を忘れたのか?!」

「先輩風を吹かすのならそれらしい事をしてからにしな!」
 勘違いをしてもらった方が良いかとベスパはあえて”らしく”応える。蝶々から聞いたことを元ネタに、
「聞いているよ。アタシが自分を越えることを恐れた青令の企みに乗って(アタシの事を)当局にタレ込んだのがあんた‥‥」

「黙れ!」男はこれ以上喋らせまいとするように一気に打ちかかった。

 素人には目にも止まらない勢いで繰り出される蹴りと拳をベスパは難なく捌く。そして七か八発目を捌いたところで隙を捉え鼻っ柱に軽く裏拳を打ち込む。

「くっ!」男は打たれたところを押さえ飛び退く。
 力量差を見せつける対応に顔を真っ赤にすると地を蹴り前と同じく重力の影響を受けないかのように舞い上がった。

 今回、日があるのでそれがどれほどの高さに至ったかが見て取れる。確かに十メートルを越えようかという高さにまで達するジャンプは当人が”撲天”−天を撲つ−と言うに相応しい。

 その高さから放たれる十を越す匕首。

ふっ! 僅かに鼻で笑ったベスパ。
 腕を振るい弾くか受けることでそのことごとく防ぎ止める。
 最後に軽く腕を振り、腕に刺さった四・五本の匕首を落とす。霊力で作った”籠手”のおかげでかすり傷にもなっていない。
「これで終わりってことはないよな? 元ナンバーワンに挑んできたんだ、何か取っておきを隠しているんだろ」

「‥‥ よかろう」着地した男はもったいをつけるようの両の手を胸の前で交差。
はぁぁぁああ 低いうなり声を伴い大きく息を吐きつつ腕を広げる。そして、
あっあーー!! と一気に気合いをかけると全身にそれまでにない”気”が湧き上がる。
 次の瞬間、一歩で間合いを詰めるとさっきの速さを大きく上回る蹴りを撃つ。

‘速いのに重い!’
 かろうじてそれをガードしたベスパだが衝撃を止めきれず跳ねとばされる。そこにかさに掛かった男のラッシュが続き一方的に押され追い詰められていく。

「さあ止めだ!!」もう十分かと男はかけ声と共に大きく振りをつけた回し蹴りを放つ。

ぐっ! それをまともに受けたベスパの体は宙に舞い脇の木に叩きつけられる。

!! ここまで観客状態だった渋鯖は反射的に脇のホルスターから銃を抜き男に向ける。

「まだ言葉通りの展開だ。あわてる必要はない」手を伸ばしそれを押さえるホームズ。

「えっ?!」『それはどう言い意味ですか』と続ける言葉が途切れる。
 根元に崩れ落ちたベスパが立ちあがったからだ。

「ふう〜」やや大げさに息をついたベスパは口元に滲んだ血をぬぐう。
「格好をつけるだけあってやるねぇ 霊的防御に加えて当たる寸前に跳んで威力を”殺し”てもこの様だからな。その取って付けたようなパワーアップ、体にフィフスのナノ‥‥ 女魔族の極微使い魔を入れてのことなんだろ?」

 その副次効果として痛みなどのリミッターを外すことで普通なら出せない力を発揮できることは判っている。

「ほう? タネは割れていたか! その通り。魔族の手を借りるのはしゃくだが、こうしてキサマを痛めつけられるのだから文句は言うまい」

「自分から体に入れる馬鹿がいるとはね! ただのパワーアップアイテムと思っているんだからおめでたい奴だ」
 ベスパは嘲笑と憐憫の混じった笑みを浮かべる。
「さて、もう少しこの体での耐久力とかを試したい気もするが、これ以上ダメージを受けると叱られそうだし、そろそろ反撃に移らせてもらうよ」

「えらく強気だが、はったりは効かぬぞ! キサマの力は良く分かっておるわ」

「さてどうだか?! これから見せるものがはったりかどうか、体で味わってもらおう!」
 霊力を一気に限界まで高めたベスパはそれを全身から放出。すぐさま、それを構造変化させると身に纏う。

「なっ! 何だそれは‥‥」と男は絶句する。
 それまで自分に似た服装だった相手が柔軟さと強靱さという相反する要素を備えたように感じられる素材でできた服(というには体の線が露わになるほど密着したものだが)を全身に纏った姿に変貌したからだ。

「魔装術‥‥ って言っても、下っ端じゃ知らないかな」
 ベスパは術に付随して現れる軽い躁状態の中で得意げに応える。
 本番勝負で試みた技が見事に発動したことには満足だが、そのデザインが主の元で身につけていたコスチュームに酷似しているのには多少閉口する。

「化け物め!!」
 その異形な姿と押さえられている中にも放たれる霊圧に圧倒された男は恐怖に駆られ掌に霊力を集め放った。

 それをベスパは軽く手を振ってはじき飛ばす。それで勝ち目のないことを悟った男は空へと脱出を図る。

「逃がすか!」地を蹴ったベスパは男を遙かに上回るスピードで跳ぶ。
 あっという間に男を追い抜き、背後を取るや霊力を込めた手刀を首筋へ打ち込む。

 意識を喪失して落下する男。地面に落ちる寸前にベスパが襟を掴みそれを免れさせる。



「やっぱりな!」
 駆け寄ったホームズと渋鯖にベスパは襟を掴まれたままぐったりとした男を突き出す。

「うっ! これは‥‥」渋鯖は思わず顔を背ける。
 目耳鼻口の全てから血を流し男が事切れていたから。さらに言えば、その一瞬に大きな痛みがあったようで表情は苦悶に歪んでいる。

「どうやら頭の中で極微使い魔が暴れ回ったようだな」とホームズ。
「こういう使い方があるということを当人はどれほど理解していたことやら」

「何にせよ相手は人の命を塵か芥程度にしか思っていないと言うことですね」
渋鯖は言葉に嫌悪と非難を込める。

「魔族にとって人の命なんてそんなものさ! そういう相手だって分かってないと、あんただってすぐにこいつと同じような目に遭うよ」
『そして自分も魔族だ』とばかりにベスパは死体を無造作に投げ出す。
 好んでしたわけではないが、これでこの青年が”引け”ばその方が良いと思っている。

 歴史上の人物ではないにせよ、人工幽霊壱号の生みの親という形で美神たちに係わっている人物、死なれたりすればどのような影響が起こるか判ったものではない。

ぷい と横を向く青年を尻目に魔装術を解除。
 そこに押し寄せた疲労感のせいで膝をつく。魔装術は思っていた以上の力を発揮したが引き替えに負担も思っていた以上に大きいらしい。

「大丈夫ですか?」

「かまうな!」駆け寄ってきた渋鯖をベスパは邪険に払う。
「心配しなくたって大丈夫だ! 肉体への負荷はそう大きなものじゃない」

「それだけが心配なんじゃありません!」渋鯖は解っていないと声を高める。
「あなたを事も心配しているんです! 魔装術はその特性上、魂/意識体に大きな負荷をかけ、場合によってはそれを崩壊させかねないもの。その危険性は魔族であっても同じでしょう。人であれ魔族であれ、魂は存在の基盤、それを失うかもしれないのを心配するのは当然じゃありませんか」

‥‥ 二秒ほど反応が出ないベスパ。
 今の言葉、この青年が心底から発したものと判ったからだ。




「‥‥だな、フォンの体に取り憑いている魂は」
 驚きがフィフスの心に浮かんだ事の後半を言葉にする。

 あまり上等とはいえない作りの個室、その薄暗い室内。
 ある種の予感から”教授”宅を見張る男のナノマシーンとリンクをしていたのだが、思わぬ情報を得ることができた。

‘”現在時”からの介入を阻止できなかったのは残念だが、これはこれで興味深い状況になったものだ’
 そう考えながらおもむろに立ち上がると窓を開き、傾いた日の光を室内に取り込むと同時に外の光景に目をやる。

 この国の街としては発展している方だが、百年後、この国最大の貿易港となる姿の片鱗も見せていない。

‘その上、偶然だろうが私がこちらにいる時にやって来るというのも面白い。せっかく働いた縁だ。一度、顔を合わせておくのも面白いやもしれぬな’


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