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復元されてゆく世界

第九話 シャドウぬきの実力


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/27

  
「・・・これで、取引は完了ですね?」
 
 須狩は、目の前の女性に問いかけた。

「その予定だったんだが。
 気が変わった」

 そう言われて、須狩の表情が変わる。

(まさか『死んでもらう』とか
 言い出すんじゃないでしょうね?
 だから魔族なんかと取引するのは嫌だったのよ!)

 そう、『目の前の女性』は姿こそ人間だが、実は魔族なのだ。それも小物ではない。須狩の知識が正しければ、神話にも登場するような大物である。

(確か、もともとは女神として扱われていて、
 それから魔物にされて・・・)

 自分の立場も忘れて、一瞬、そんな神話を思い出す。

「フフフ・・・。
 なんだか悪い想像してるようだね?
 安心しな、ちょっと貸してもらいたいものがあるだけさ」

 須狩の表情から心境を読み取ったのであろうか。メドーサは、軽い口調で話を持ちかけた。

(こりゃあ都合がいい。
 ビビってしまったっていうのなら、
 こっちの要求も断れないだろうさ)

 内心の愉悦は表には出さず、

「使えそうな魔物一匹、いないかい?」

 そう言って、物色する視線を周りへ向けた。
 ここは、南武グループの研究機関の一室だった。心霊兵器の開発を試みている南部グループなだけに、様々なものが視界に入る。
 実は、須狩たちは、メドーサが武力行使に出る可能性も考慮していた。その場合でも対処できるようにと、それなりに戦力の整った本丸へ招き入れていたのだ。
 だが、ここでは、それが裏目に出てしまったらしい。
 メドーサの目に止まったのは、一つの壺だった。

「ああ、これはアレかい、
 精霊(ジン)が閉じこめられてるやつだね?」

 メドーサの言葉に、須狩は慌ててしまう。

「ダメよ、それは!
 まだコントロール不十分だから!」

 意識は全く制御出来ていないが、その試みの過程で、力そのものは抑制されている。兵器として使おうと考えた場合、須狩たちが行ったことは逆効果なのだ。
 須狩は、そうした事情をキチンと説明したのだが、

「意識があるなら、大丈夫さ。
 私の力が理解出来るなら、ちゃんと従うだろうよ。
 それに、少しくらい力が落ちていたって、
 私の目的には使えるからね」

 メドーサの返事は、にべもない。

(『貸してもらいたい』っていうんだから、
 いずれ返してくれるのよね?
 ハア・・・。上司には、
 『実戦テストのために貸し出しました』って言うしかないわね)

 須狩は、ため息をつきながら、メドーサに従うことを決めたのだった。
 そんな須狩に追い打ちをかけるように、

「あとは、コイツを人間に偽装する手段だが・・・。
 なんかあるだろ?」

 という言葉が飛んでくる。
 口調は柔らかいが、その目には殺気が込められているように見えてしまう。それをはねのけることが出来る須狩ではなかった。

「え、ええ。
 それなら、他の部門が開発したアイテムで・・・」



    第九話 シャドウぬきの実力



「え!? GS資格試験に潜りこむ!?」

 横島が叫んだ。
 今、ここ美神の事務所には、美神、横島、おキヌの他に、小竜姫が来ていた。前回同様のミニスカ姿である。
 ただし事務所は、以前に小竜姫が訪れたのと同じ事務所ではない。メドーサの火角結界で事務所を爆破されてしまった美神は、その後、普通のビルからは入居を断られるようになっていた。結局、魂を持っているという特殊な屋敷を手に入れ、そこを事務所として使っている。

「横島さん、メドーサのこと覚えてますね?」

 すでに美神には説明済みなのだが、横島のために、小竜姫は最初から話し始めた。

「あいつの次の動きがわかりました。
 今度の狙いは、どうやらGS業界を
 コントロールすることらしいんです」
「GSを・・・?」
「妖怪や悪魔にとって、GSはジャマな存在よ。
 でも、もしGSが連中と裏でつながったとしたらどう?」

 美神のフォローで、横島も状況を理解した。

「情報では、とりあえず
 息のかかった人間に資格をとらせるようです。
 でも、それが誰なのかはわかりません」
「で、私たちの出番ってわけね。
 試験にもぐりこんで・・・」

 ここで、横島は、美神の言葉に違和感を抱く。

「あれ!?
 今『私たち』って言いました?」

 美神の笑顔が、その答えだった。

「よく気づいたわね、横島クン。
 私だけでなく、あなたも潜入するのよ。
 ややこしいことは私に任せて、
 あんたは、ただメドーサ一派の目を
 引きつけておくだけでいいから」

 かつての天龍童子誘拐事件において、横島のシャドウはずいぶん役に立った。そのため、メドーサは、横島の能力を過大に評価しているようだった。GS試験に送り込まれる手下たちにも、横島のことは伝わっているはず。だから横島がGS試験に参加すれば、彼らの警戒心は横島に向けられるだろう。
 その間に、美神が、受験生の中に怪しい奴がいないか探ればいい。
 これが、小竜姫と美神の作戦だった。

「・・・ま、いいか。
 小竜姫さま来たんだから、
 シャドウ使えるわけだし」

 囮にされると聞かされても、横島は気楽に構えている。椅子に深々と座りなおしたのだが、

「ダメよ、横島クン。
 あんたは『フリ』だけじゃなくて
 本当に試験受けるんだから、今回はシャドウは封印。
 神様がいないと使えない能力なんて、ズルもいいとこだわ」
「ええっ!!」

 美神の言葉を聞いて、椅子から飛び上がってしまった。
 ここで美神が敢えて小竜姫を『神様』と呼んだのは、横島のシャドウの特殊性を強調するためである。
 しばらく前に、美神は、他にもシャドウを引き出す方法はないか検討した(第八話「予測不可能な要素」参照)。だが、色々試してもダメだったのだ。
 日頃の除霊仕事で使えないような能力を、GS試験で使わせるわけにはいかない。それが美神の結論だった。

「まっ・・・待ってくださいっ!!
 俺、おふだもたいして使えないんスよ!?
 シャドウぬきで、どうしろっていうんですか!?」

 横島は、思いっきり駄々をこねた。手足をバタバタさせている。
 そんな姿を見て、

「・・・仕方ないですね」

 小竜姫が、横島のもとへと歩み寄った。

「そのバンダナ、いつも身につけてますよね?」

 彼女は、横島が頭に巻いているバンダナに関して確認をとった。
 そして、左手を横島の首に添えて、右手で彼の前髪を軽くかきあげる。横島の頭を、自分の方へ引き寄せた。さらに、

『我、竜神の一族小竜姫の竜気をさずけます・・・!
 そなたの主を守り主の力となりて
 その敵をうち破らんことを・・・!!』

 呪文を唱えながら、小竜姫は、横島の額のバンダナにキスをした。

「バンダナに神通力をさずけました。
 あなたは自分では眠っている力を引き出せないようですが、
 きっとそのバンダナが、手助けをしてくれることでしょう。
 これは殿下と私からのプレゼントです」

 小竜姫は説明しているのだが、その場の三人は、聞いちゃあいなかった。

「小竜姫さまああっ!!」

 横島は、唇を突き出しながら小竜姫に飛びかかっていって、小竜姫に踏みつぶされている。
 一方、女性二人は、キス映像に唖然としていた。
 だが、おキヌは驚きながらも、どこか納得していた。これこそ、初めて小竜姫と会った時に見えたビジョンなのだ(第六話「ホタルの力」参照)。
 美神も、それに気がついたらしい。

「おキヌちゃん・・・。
 もしかして、前に言ってた『キス』って、これのこと?」

 美神は、なぜか安堵したような表情を浮かべながら、おキヌに問いかけた。

『はい』
(でも、なんで美神さんがホッとするんですか?)

 質問には肯定しながらも、内心穏やかではないおキヌであった。


___________


「受験者数1853名、合格ワクは32名。
 午前中の一次審査で128名までしぼられて、
 午後の第一試合で64名になっちゃうのよ。
 で、続きは明日」

 GS資格試験の日がやってきた。
 会場に着いた美神は、まず、横島とおキヌに向かって試験のシステムを簡単に説明した。
 そして、

「一次審査で落ちるんじゃないわよ?
 ある程度進んでくれないと、囮として役に立たないからね。
 あんたにだって霊能力が眠っていることは確かなんだから、
 少しでいいから引き出しなさいよ?」

 と、横島に凄んでみせてから、

「じゃ、ここからは別行動よ!
 私が来てるのは秘密にしといてね」

 横島をおいて、どこかへ行ってしまった。
 おキヌも、美神についていく。
 残された横島が、さきほどの美神の表情を思い出して、

(こりゃあ、落ちたらトンデモナイ目にあわされそうだな)

 ビビってしまっていたところに、声がかけられた。

「横島さん!!
 横島さんも来てたんですか・・・!!
 教えてくれればいいのに!」

 バンパイア・ハーフのピートである。
 最初こそおとなしかったが、

「故郷の期待背負ってるんで、
 プレッシャーがすごいんです!!」

 取り乱して、横島の胸に泣きついてしまう。
 なんとかなだめているところへ、もう一人やってきた。

「横島サーン!!
 わしジャアアアー!!」
「タ、タイガー!!」

 この二メートルくらいの大男は、外国から来た留学生で、名をタイガー寅吉という。小笠原エミの助手をしている精神感応者であり、横島のクラスメートでもある。

「わっしは・・・、
 わっしはキンチョーして・・・!!」

 そんな三人の様子を、少し離れたところから見ている一人の女性がいた。

「ふーん、
 あれが横島ってボウヤね」

 ウエーブのかかった髪と小麦色の肌をもつ美人である。やや肉厚な唇にも色気があった。
 ゆったりと広がりのある、しかし裾がしまったズボンをはいている。さらに腰にスカーフを巻いており、下半身の露出は少ない。
 だが上半身を覆うものは殆どなかった。肩からショールを羽織り、腕や首には環状のアクセサリーをしているものの、胸はアクセサリーでトップを隠している程度。豊満なバストの大部分が丸見えだった。
 もし横島がここで彼女の視線に気付いたら、いつものようなセクハラダイブをかましていたであろう。しかし、今、横島はその存在には気がつかず、

「そろそろ一次審査が始まりますよ。
 ・・・僕らは同じグループみたいですね」

 ピートに連れられて、審査会場へと向かうのであった。


___________


「諸君の霊力を審査します。
 足元のラインにそって並んで
 霊波を放射してください!」

 試験官に言われても、横島には意味が分からない。

「霊波って・・・」
「精神集中して『気』を発するんです」

 こっそり右隣のピートに聞くと、教えてもらえた。だが、横島にはそれを実践できなかった。

「では始めて!」

 合図とともに、ピートやタイガーは、強力な霊波を放出し始める。
 
(おいおい。
 美神さん、無茶言ってくれたな。
 俺にゃー、こんなことはできねーぞ)

 と嘆いている横島の耳に、試験官の言葉が入ってきた。

「46番、何やってる!!」

 その言葉につられて、横島もそちらへ目を向ける。
 『46番』のプレートを胸につけていたのは、さきほど横島に注目していた女性だ。彼女は、今、なまめかしく体をくねらせていた。

「あら、これがあたしのスタイルよ?
 こうやって踊ることで、集中させてるの」

 その衣装と踊りから、彼女はベリーダンサーだと思われた。確かに、踊っている彼女から強力な霊波が出されている。
 周りの男たちの中には、彼女の動きが精神集中の妨げになっている者もいたのだが、

「ああっ、たまらんっ!!」

 煩悩を霊力の源とする横島にとっては、彼女こそ天の配剤。グングン霊力が上がり、それが体からにじみ出る。
 しかも、

「おおっ!?
 こっちのネーチャンも・・・!?
 美神さんに勝るとも劣らず・・・!!」

 ベリーダンサーを見るために左側へ目を向けたことで、自分の二つ隣にも色っぽい女性がいることに気づいたのだ。
 それは、チャイナドレスと丸い眼鏡を特徴とする美少女であった。横島が『美神さんに勝るとも劣らず』と評したように、スタイルも抜群だ。
 髪は、チャイナ服に似合うように、横でアップにまとめている。耳の辺りから少し垂れているが、それはウィッグなのだろうか、髪全体とは違う色をしていた。二色の髪にも違和感はなく、むしろチャームポイントとなるであろう。
 しかし、横島が注目していたのは、そんな部分ではない。

「スリットも過激な・・・!!」

 下半身のスリットは、腰のくびれ辺りまで伸びていたのだ。そこへ横島の目は釘付けになるのだが、隣の僧侶姿の男が半ば視界を遮っている。

(どけっ・・・!!
 どかんか、くそボーズ!!)

 だが、これが幸いした。
 見えにくい部分を見ようと集中したことで、上昇した横島の霊力が一気に発揮される。

「!? あの13番、急に異常なパワーを・・・!!」

 それは、試験官も瞠目するくらいの霊力だった。
 額のバンダナに目が開き、同時に、横島の霊力が爆発した。

「へ?」
「よ・・・、横島さん!?」

 タイガーやピートも、思わず横島を仰ぎ見るほどだ。

「よーし、そこまで!!」

 こうして横島は、無事、一次審査を通過したのだった。
 

___________


「一次審査受かっちゃったの!?
 俺が・・・!?」
「自分で気づかなかったんですか!?
 ものすごい霊波を出してましたよ!
 そのバンダナに目が開いて・・・」

 横島たちが驚いているところへ、一人の女性が近づいた。
 チャイナドレスの眼鏡っ娘である。

「行きましょ!
 試合前にお昼食べないと・・・」
「!!」

 美少女に声をかけられて驚く横島。
 こういうことに慣れているのであろうか、ピートはあまり慌てていない。だが、女性と接するのを苦手としているタイガーなどは、顔に汗を浮かべてビクついている。
 横島は、

「地獄のはてまで
 おともさせてくださいッ!!」

 飛びかかるかのような勢いで応えたが、横からピートに水をさされた。

「あ、僕は弁当持ってきたんで・・・」
「バカ者お!!
 俺のためにつきあえっ!!
 おまえがおらんと・・・」

 誰がモテて誰がモテないか、ちゃんと把握している横島である。何とかピートを同行させたかったのだが、

「じゃ、君だけね。いらっしゃい!」
「え。俺ひとりでもいーんスかっ!?」

 その必要はなかった。
 なお、タイガーもその場にいるのだが、すっかり存在を忘れ去られているようだ。
 そこへ、

「あーら。
 そのボウヤには、あたしも興味あるんだけど?
 御一緒してもよろしいかしら」

 もう一人、別の女性が声をかけてきた。『46番』のベリーダンサーである。

「春・・・!!
 初夏だけど人生の春・・・!!」

 今までなかった状況だ。横島は、飛びかかることも忘れて、幸福にひたっていた。

「私が先に声かけたのよ。
 邪魔しないで欲しいわね」

 睨み合う二人の女性。だが、すぐに、

「ふーん。
 じゃあ、あたしは次の機会に」

 ベリーダンサーが、あっさり引き下がった。ただし、立ち去る際に、横島に向かって投げキッスをしている。
 それを見た眼鏡っ娘は、少し表情を険しくした。横島の腕を強くつかんでレストランへと引っ張っていく。
 後に残されたタイガーとピートは、

「試験中に男をナンパ・・・。
 余裕ジャノー」
「し、しかも横島さんを奪いあっている・・・!?」

 唖然とするしかなかった。
 しかし、彼らは知らない。この直後、

「サギー!!
 ウソツキー!!
 悪女ーっ!!」

 横島の絶叫がレストランに響き渡ったことを。
 そう、横島は現実を知らされてしまったのである。
 チャイナドレス娘は、実は美神の変装であったのだ。ベリーダンサーを遠ざけたのも、打ち合わせのためだったのだ。

「モテたと思ったのにーっ!!
 あっちのネーチャンにしとけばよかったー!!」

 最後の一言が、なぜか美神の気に触ったらしい。
 横島は、美神に思いっきりシバかれた。


___________


 そして、午後。
 一次試験の合格者たちが、試合会場に入場する。
 実技試験は、トーナメント形式の試合である。二試合勝ち抜いたものが合格となるのだ。三回戦以降は成績を決めるだけ。だが、それが後々の仕事に関わってくるだけに、合格者は首席を目指して戦うことになる。
 試合は、特殊な結界の中で行われる。その中では、霊力を使わない攻撃は相手にダメージを与えられない。霊力のこもった攻撃のみが伝わるのだ。
 会場には、そうした結界で覆われた試合場がいくつも用意されていた。同時に複数の試合が行われるシステムである。

「どーやら組み合わせが決まったよーです。
 ではまず注目の一戦。
 ドクター・カオスの試合を見てみましょう!」
「ありゃ!?
 令子ちゃんとこのボウズあるな」

 記録用ビデオのため、実況と解説者も用意されていた。
 実況はGS教会から出されていたが、解説者は違う。厄珍という名のこの小男、言動は怪しげだが、一流のオカルトショップの店主である。いい意味でも悪い意味でも、美神たちと交流があった。横島とも顔なじみである。
 もともとドクター・カオスはこの世界では既に有名なため、皆の注意を集めていた。その対戦者の横島は無名だったのだが、ここで、彼が美神令子の事務所の者であることを、厄珍が指摘してしまった。
 これで、横島の試合は、会場の誰もが注目する好カードとなったのだが・・・。

「勝負あり!
 勝者、横島!!」

 道具として持ち込まれたマリアの腕から弾丸が乱射されたとたん、銃刀法違反ということで、あっさりとカオスの負けになってしまった。
 運よく第一試合を勝ち抜いてしまった横島。
 もちろん、

「勝者、ミカ・レイ!」
「勝者、ピエトロ・ド・ブラドー!!」
「勝者、神宮ラン!!」

 美神もピートも例のベリーダンサーも、順当に勝ち抜いていた。
 こうして、GS試験一日目は終了したのである。


___________


 そして、二日目。
 今、試合が始まろうとしていた。

「いよいよ合格ラインを決める第二試合です!
 最初の試合がそれぞれの結界で始められます。
 注目すべきはどこでしょう?」
「あれある!! あそこ!!
 あのねーちゃん!!」

 実況に促されて厄珍が指さしたのは、美神の試合だった。

「ミカ・レイ選手ですねっ!?」
「たまんねーあるなあっ!!」
「対するは陰念選手!
 彼は一回戦で霊波を刃のように飛ばしてみせました。
 ぜひとも彼女のドレスのあちこちに
 スリットを増やしてもらいたいものです!!」

 実況席では、好き勝手なことを言っている。記録用のビデオであることを忘れているんじゃないかという程だ。
 そんな彼らには構わず、試合が始まった。

「白龍GSか・・・」

 ミカ・レイこと美神は、目の前の相手を見ながら呟く。
 美神の相手は、『白龍』と刺繍された道着の男。背は高くないのだが、少し逆立った髪型や、くぼんだ目付き、何より、顔や全身の至る所にある傷跡が、凄みを増していた。
 白龍会からは、この陰念の他に、伊達雪之丞、鎌田勘九郎という者が試験を受けていた。三人とも、今日の試合へとコマを進めている。美神は、彼らがメドーサの手の者ではないかと疑っていた。今頃、小竜姫と唐巣神父が、白龍会へ調査に向かっているはずである。

「なかなかやるな・・・」

 開始早々、陰念は、何度も攻撃をしかけた。時には刃のように、時には塊のようにして霊波を放ったのだが、美神の手にした扇により、ことごとくはじかれていた。
 
「もしメドーサの手下なら、
 この機会にシッポをつかみたいところね・・・」

 美神としては、倒してしまうのは簡単だと思うのが、まだ早すぎる。それなりに手がかりを得た後で、コテンパンにノシてしまおうと考えていた。

「でも、このままじゃ仕方ないから・・・」

 防戦一方だった美神が、今、再び飛んできた霊力の刃をかわしながら、陰念へと走り寄る!

「なっ!」

 技を放った直後の、一瞬の無防備な状態。陰念は、対応することも出来ず、

「ぐっ・・・!!」

 霊力のこもった扇で、カウンター気味に叩かれてしまった。
 一撃の後、美神は、すぐに飛び退って距離をとる。陰念にダメージを与えたものの、それは思ったほど大きくなかったのだ。

「結構、丈夫なのね。
 ・・・え!?」

 冷静に観察していた美神だったが、突然、陰念の波動が変わったことに気がついた。

「貴様をナメたことをわびておくぜ!
 はーッ!!」

 陰念の体から放出された霊波が、彼の全身を覆う。
 幽然としたそれは、化物のような姿をしていた。

「悪魔と契約した者だけが使える『魔装術』だわ!!
 あれを使える人間が・・・!?」

 美神は、この術を聞き知っていた。叫ぶと同時に、

(間違いない!!
 メドーサに教わったんだわ・・・!!)

 と確信する。
 一方、陰念は、

(自らを一時的に魔物に変え、
 人間以上の力を発揮するこの術・・・。
 これがメドーサさまにいただいた俺の切り札よ・・・!!
 しかし、こんなに早く使うことになるたあ思わなかったがな)
 「くらえッ!!」

 渾身の力をこめて、美神に殴り掛かった。
 ヒラリと飛んでよけたはずの美神だったが、

「うっ!!」

 その身に痛みが走る。
 ドレスの左サイドの腰の部分が、大きく破けていた。肌にも傷がついている。

「乙女の柔肌を・・・。
 よくもー!!」

 吼える美神であったが、内心では冷静に状況を分析していた。

(近づくだけで、これ!?
 直撃したら即死じゃないの!!)

 通常の除霊では、神通棍や破魔札を駆使するのが美神のスタイルだ。しかし、この試合で持ち込める道具は一つのみ。しかも正体がばれないように、得意の神通棍はさけ、神通扇を武器としていた。
 こちらの攻撃力は、決して高くはない。

(魔装術なんて、そう長くは使えないはず。
 時間を稼ぐしかないようね)

 それが、美神の考えた戦略であった。
 幸い、陰念は慣れないパワーを持て余して、動きが大仰になっている。再び攻め込んできたが、

(うまく見定めれば・・・!)

 美神は慎重に対処した。ただ避けるだけではなく、扇を通して霊波を放射し、相手の威力を少しでも抑える。
 今度はノーダメージですませることができた。

(これを続けるしかないわね)

 そして、同じことが何度も繰り返された。
 陰念が攻撃し、美神が回避する。
 劣勢ではあるが、美神の思惑通りの展開である。
 やがて・・・。

「グワアアーッ!!」

 陰念が苦しみ始めた。

「陰念選手、どーしたのでしょう!?
 霊波のヨロイがくずれているよーですが・・・!?」

 実況席からも分かるくらいの変化である。
 
「魔装術のコントロールが限界を超えたわ・・・」

 美神の目の前で、陰念は、その姿を変貌させていた。 
 おぼろげな被りもののようだった霊気のヨロイが、今や、完全に皮膚と一体化していた。ハッキリと、化物そのものになってしまったのだ。

「邪悪な術に頼った者の末路ね・・・」

 憐憫の情すら顔に浮かべて、美神が呟く。
 これでもう試合は終わりなのだと、彼女は分かっていた。
 
『クキェーッ!!』

 魔物と化して理性を失った陰念には、誰が敵なのかすら分からないらしい。周囲の試合からくる殺気にあてられたのだろうか、結界を破って外へ出ようとしている。

「誰か・・・!!
 誰でもいい、彼をとりおさえろー!!」

 審判が慌てて叫んだ時。
 結界の外へ半身を乗り出した化物に対し、一条の霊波が飛来した。
 陰念と同じ道着の男、鎌田勘九郎が発したものだ。

『グ・・・ウ・・・』

 かつて陰念であった化物は、たった一撃でその場に倒れ伏した。


___________


 美神の試合を見てすっかり怯えてしまった横島だが、

「九能市氷雅、18歳です。
 お手やわらかにお願いしますわ」

 対戦相手を目にした途端、そんな恐怖は消え去っていた。
 目の前の女性は、多少目付きはキツイものの、それでも美人である。髪型はおかっぱで、服装はマントに隠れて全く分からなかった。

「横島いきまーす!!」

 試合開始とともに、横島が氷雅に飛びかかる。

 ビュッ!!

 それに対して、氷雅は刀で応えてみせた。

「おや・・・?
 私の居合いをおかわしになりましたね・・・」

 マントを脱ぎ捨てた氷雅は、忍び装束と武家姿を足して二で割ったような格好になっていた。
 目付きもいっそう鋭くなり、最初の柔らかい印象は全く無くなっていた。
 氷雅の刀は、霊刀ヒトキリマル。銃刀法違反にはならない。その斬撃も物理的なものではなく、霊力によるものだった。
 
「実を申しますと私・・・。
 生きた人間を斬るの初めてなんですの。
 ああ・・・楽しみですわ・・・!!」
「こ・・・こいつ・・・。
 本気でアブないっ・・・!!」

 横島の顔から血の気が引いた。

(こりゃあギブアップするしかない!!)

 そう思った横島だったが、それを口にする前に、刀を手にした氷雅が既に目前まで迫ってきていた。

「うわーっ!!」

 焦る横島。
 観客席でも、

『逃げてーっ、
 横島さーん!!』

 おキヌが泣き叫んでいる。
 だが、この時、

『大丈夫だ!!
 案ずるな!!
 このような敵に倒されるそなたではない!』

 横島のバンダナに目が開き、そこから声がした。
 それに重なるように、横島自身の頭の中で、別の声がする。

「強くならんといかんのだ、俺は!!」

 それは、忘れていた記憶の中から紡ぎ出されたかのような、強い想い。一瞬の想いでしかなかったが、咄嗟の行動を横島にとらせるには、十分だった。

「うおーっ!!」

 右手を前に突き出し、向かってきた刀の刃の部分をつかんだ。
 白刃どりですらない。
 片手で、素手で、刃を握り込んでいるのだ。

『それでいい!!
 拳に霊力を集中させるのだ』

 そう、無意識のうちに右手に霊力を集めているからこそ、素手で刀を受け止めることが出来たのだ。
 横島の中で、心の奥底から一瞬わいた想いなど、すでに何処かに沈んでしまっていた。しかし、このバンダナの声はハッキリ聞こえる。

「バンダナが・・・!?
 バンダナがしゃべってるのか!?」
『いかにも!
 小竜姫の命によりそなたを守り
 敵にうちかつ力を与えよう!』

 対戦相手の氷雅だけではない。美神のチャイナドレス姿や、神宮ランのベリーダンサー姿など、横島の煩悩を刺激するものは、たくさんあった。
 横島の霊力は、すでに十分練り上げられていたのである。

『その手を放すなよ!?
 強く握り込め!!
 刀を引かせるな!!』

 刀というものは、引いてこそ、その切れ味を発揮する。横島の手が無事なのも、霊力を込めているからだけではなく、両者の霊力が正面からぶつかり合っているからだった。

「くっ!!」

 根負けしたのは、氷雅のほうだった。

「刀など不要!!
 忍びの極意は己のすべてを凶器にすること!!」

 自ら刀を手放し、いったん後方へジャンプして、

「霊的挌闘モードチェーンジ!!」

 服の一部を脱ぎ捨て、身軽なレオタード姿となる。
 そして、横島へと飛びかかった。

「!」

 身軽なレオタード姿ということは、体に密着した薄い衣装ということである。強調されたボディラインが、横島に向かって飛んで来るのだから・・・。
 横島にとってはオイシイ構図だった。

「ちちしりふとももーっ!!」

 絶叫とともに、横島の霊力が溢れ出す。それはバンダナの目からビームのように放射された。

「きゃーっ!!」

 強力な霊波のカウンターをくらう形となった氷雅は、結界をぶち破って外へ放り出されてしまう。これで試合は終了だ。

「勝者、横島!!
 横島選手、GS資格取得!!」

 こうして横島は、シャドウぬきの力で、GS資格試験に合格したのであった。



(第十話「三回戦、そして特訓」に続く)
 


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