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『最後の時間移動』他(「GS美神」短編集)

最後の時間移動


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/20

 
 
「・・・断っておきますが、
 この時間移動は神魔族最上層部の特別許可のもと行われます!
 本当なら、これ以上の時空の混乱はもう絶対に避けたいんです。
 今回の事件でのあなたの功績を特に認めての
 最後の時間移動ですからね!?」

 小竜姫が人間たちに事情を説明している。後ろには、ヒャクメ、ワルキューレ、ジークを従えており、神魔族を代表しているようだった。
 その小竜姫の話を聞いているのは五人の人間だ。左側に美神令子と西条、右側に横島とおキヌ。そして正面にいるのが、

「・・・ご心配なく!」

 美神美智恵である。
 美智恵は、ロングコートを着て、トランクを手にしていた。これから彼女は過去へと旅立つ。それを見送るために、美神の事務所の前に一同が集まっているのであった。

「過去に戻った私は、関係者との連絡は一切断ちます。
 表向きは死んだことにして、
 今日が来るまで五年間、行方をくらませて沈黙・・・。
 約束は守るわ」

 ここで、横から口を挟む者がいた。令子である。

「五年もどーすんのよ!?
 かくれ場所はあるの・・・?」
「そーねえ・・・。
 パパのところにいるわ。
 あのひと、ジャングルの奥地でフィールドワークが多いから」

 美智恵は、まるで今思いついたかのような調子で、何気ないふうを装って答えた。
 しかし、

「ちょ、ちょっと待って!?
 じゃ、何!?
 ママはずっとパパのとこで死んだフリしてたわけ!?」
「い、今の私にそんなこと言われても・・・!
 戻ったらきいてちょうだい・・・!!」
「冗談じゃないわよっ!?
 それってひどいじゃないッ!!
 15で母親が死んで、私がどれだけ・・・!!」

 令子は怒ってしまった。美智恵に詰め寄ろうとまでしたが、小竜姫とワルキューレに押さえつけられた。
 美智恵は、その間に、時空の彼方へ消え去っていく。

「じゃ・・・じゃーねっ、令子っ!!」

 敢えて深刻にならないように、軽い感じで別れを演出したのであった。
 時間を跳躍している間、彼女は心の中で、

(ごめんね、令子。
 これは既に決められたことなの・・・)

 娘に対して謝罪し、同時に、

(歴史を維持するためにも、これから私は・・・)

 最後の一仕事に向けて気を引き締めるのであった。





       『最後の時間移動』



 カッ!
 ドゴオォォオン!!

 深夜の公園に、雷が落ちた。
 緑の多い公園であったが、幸い、落雷の場所には草木はなかった。
 そこは、ちょっとした広場になっており、昼間ならば人で賑わっていたかもしれない。だが、この時間帯ならば、雷に直撃されるような不幸な者もいなかった。
 落雷による爆煙が晴れた時、そこに立っていたのは一人の女性。五年先から来た、美神美智恵である。

「ここは・・・」

 確認のために周りを見回した美智恵は、少し離れた茂みに注意を向ける。

 ガサガサッ!

 四つ脚の異形の生き物が飛び出し、目の前を走っていった。
 低級な妖怪である。美智恵は、その姿に見覚えがあった。

(ちゃんと歴史通りのところへ来たようね。
 私が『彼女』と出会ったのも、この除霊のときだった・・・)

 美智恵が心の中で軽く安堵していると、

「逃がさないわよっ!」

 一人の女性が、同じ茂みの中から妖怪を追う形で飛び出してきた。破魔札を妖怪に投げつける。さらに、

「極楽へ・・・行かせてやるわッ!!」
『ガアァッ!!』

 神通棍を振り下ろし、妖怪を退治した。
 ホッとしたところで、ようやく、美智恵の気配に気付いたらしい。そちらへ振り向いたのだが、その途端、女性の顔に驚きの表情が浮かんだ。

「あなたは・・・」

 女性の問いかけに対し、美智恵の挨拶が返ってくる。

「はじめまして、この時代の私」

 その女性は、美智恵と瓜二つ・・・。
 つまり、この時代の美智恵なのであった。


___________


 少し前まで降っていた雨は、いつのまにか止んでいた。空では、丸い月が雲間から姿をのぞかせていた。
 その光に照らされる中、同じ顔をもつ二人の女性が対峙する。
 沈黙の後、先に口を開いたのは『この時代の美智恵』だった。

「この時代の私って言ったわね・・・。
 では、あなたは未来からきた私ってことになるのかしら?」

 それを聞いた美智恵は、昔を思い出して苦笑した。

(確かに、私も『彼女』と会ったとき・・・、
 『未来からきた私』と会ったとき、そう言ったわね。
 じゃあ、ここで言うべきセリフは・・・)

 記憶にしたがって発言する。

「もし私が『過去から来た』と言ったら、どうします?」

 『この時代の美智恵』が、手の中の神通棍を握り直した。
 そして、

「それならば、あなたは嘘つき、ニセモノということになりますね。
 あなたが過去から来た場合、私にも
 『過去のどこかの時点で、未来の私へ会いに行った』
 という記憶があるはず。
 でも、私には、そんなものないのですから」

 子供に説いて聞かせるかのような調子で答えた。
 これに対して、美智恵は、心の中で反論する。

(あなたの理屈は、
 『歴史が100パーセント確定している』
 という前提の上で成り立っているのよ。でも・・・)

 過去の自分が考えていたことなど、美智恵には、手に取るように分かる。
 そもそも、当時の美智恵は、歴史が確定しているとは思っていなかったのだ。いや、そう思いたくなかったのだ。
 もし、本当に確定してしまっているなら、時間旅行をしても、あまり意味がない。
 過去へ行ってもその過去は変えられない、ということになってしまうのだ。
 未来へ行って未来を見てしまったらその未来は必ず実現する、ということになってしまうのだ。
 落雷のエネルギーで時を超えるなんて危険なことをしているのに、それが無意味であるというのならば、やってられない。
 だから、美智恵は信じていたのだ。タイムトラベルによって歴史が変わる可能性を。異なる未来へと分岐する可能性を。『似ているけれど異なる歴史』が存在する可能性を。
 しかし、対外的には、それを認めるつもりはなかった。タイムトラベラーが、

「私は、過去も未来も変える力を持っているのよ!」

 と言いきってしまうのは、別の意味で危険だったからである。
 他人に対しては、『歴史は確定している』という態度を取り続けていた。

(そう、あなたは実は信じてはいない、
 自分の理屈の前提として使っている概念を。
 でも信じているフリをしているから、
 ワザワザ説明口調で、
 そんな理論展開をしてみせたりしてる)

 それが分かっている美智恵だったが、ここで『この時代の美智恵』の心中を暴くつもりはなかった。
 代わりに口にしたのは、全く別の言葉だった。

「フフフ・・・。『過去から来た』は冗談よ、ごめんなさい」
(バカな冗談なんて言わない方が説得しやすいんだけど、
 『未来からきた私』も言ったんだから、仕方ないわね。
 それに、少しは疑ってもらわないと・・・)

 美智恵は、かつて自分が何を言われたかを思い出しながら、慎重に言葉を選んだ。

「ええ、私は未来から来ました。
 今から一週間後の未来よ。
 ・・・厳密には、そこから五年後へジャンプして、
 その未来で令子を助けてから、ここへ戻ってきたの」
(『厳密には』というのであれば、
 『戻ってきた』という言葉は相応しくない。
 だって、私は、ここから旅立ったわけではないから。
 でも、あなたは、そんな部分には食いつかない。
 あなたの答えは、おそらく・・・)

 美智恵が心の中で考えた通りの返事がくる。

「怪しいわね・・・。
 未来へ行って令子を助けるというのは、
 昔ハーピーと戦ったときにもやったから、
 ある意味、私らしいんだけど・・・。
 でも、あなた、ペラペラしゃべりすぎですよ?」

 『この時代の美智恵』にとって、美智恵の説明は、一週間後の自分の行動を告げるものであった。
 未来が確定していようがいまいが(いや確定していないならば余計に)、未来の情報を不用意にもらすことは危険である。その危険性は、時間移動能力者であるならば、普通の人間以上に認識しているはずなのだ。
 『この時代の美智恵』から見ると、美智恵の言葉に含まていた情報は、すでに、不自然なほど多かったのである。

「いいのよ、この場合は。
 私は、かつて私が伝えられた情報を告げているだけですから。
 それに、最低限の情報は、あなたにも必要なのです」

 美智恵の言葉を聞いて、『この時代の美智恵』の眉が上がった。興味を引く言葉があったのである。

「・・・『必要なのです』?」
「ええ。
 未来へ行った後、令子を守るためにあなたが最初にすること。
 それは、ICPOと日本政府を説得して、あなたに全権を委任させることです」
「・・・え?」

 『この時代の美智恵』は驚いた。少し緊張を解いてしまったくらいだ。
 先ほど、未来へ行ってハーピーを倒してきた件と比べてしまったが、どうやら、全くスケールが違うらしい。
 もちろん、目の前の女性が本当のことを言っているのであれば、という条件付きだが。

「・・・というわけで、
 どうやって説得したらよいのか、
 そのための情報は与えます。
 もちろん、それだけです。
 他には、おおまかな流れすら、
 言うわけにはいきません。」
「ちょっと待って」

 相手のペースで話が進んでいきそうになり、『この時代の美智恵』が慌てて制止する。

「あなたが本当に未来の私であるというなら・・・。
 今ここで私が考えていること、
 知って・・・いや、覚えていますね?」
「ええ。
 でも私、目が妙に尖ってたり、
 マフラーの色が違ってたりはしてませんよ?」

 美智恵がニヤリとした笑いを浮かべながら答えた。
 すると、『この時代の美智恵』も同じ表情を返す。

「ヒーローものにありがちな『ニセ何とか』じゃあない、
 って言いたいわけね」

 ここで『この時代の美智恵』が考えていたこと。
 それは、目の前の美智恵は魔族の差し向けた刺客ではないかという可能性だった。
 なにしろ、時間移動能力者であるという理由で、過去に娘ともども命を狙われた美智恵である。あのときハーピーは言っていた。

「あたしたち魔族は
 大昔からあんたたちのような奴を
 見つけだしては殺してるんだよ!」
「あんたの一族は皆殺しにするのさ!!」
「そんな力があっちゃあ
 魔族は人間に滅ぼされる危険もあるじゃん!!」

 だから、しばらく魔族の襲撃がないからといって、終わったと安心するわけにはいかないのだ。ハーピーは正攻法で来たが、ニセモノを作り上げて攻めてくる魔族がいてもおかしくはない。
 今、目の前の女性は、自分の考えている内容を見事に当ててみせた。
 しかも、若い頃の

「TVヒーローになりたくてGSをやってんのよ!!」

 という発言を踏まえて、その表面的な意味を皮肉るという形で。

(まあ、私の性格とか考え方とかをインプットしておけば、
 これくらいの芸当は出来て当然かもね。
 ただし、なんでそこまで手の込んだことをしているか、
 っていう疑問は生まれるけど・・・。
 でも、だからといって可能性を捨て去ることも出来ないわ、
 魔族が何考えてるかなんて、わからないんだから)

 『この時代の美智恵』は、さらに考える。

(戦ってみるのが一番かしら?)

 なぜか、ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。

(100%私と同じように作られてるなら、
 勝てないかもしれないけど、
 負けることもないでしょうね。
 でもそうじゃなくて、
 わずかな違いはあるかもしれない。
 それなら、戦い方のクセとかで判別できるかもしれない。
 魔族の化けたものだったり手先だったりした場合、
 そこで倒しちゃえばいいし。
 逆に、本物である場合だって、
 私が私に倒されちゃうわけないから・・・。
 じゃあ、全力でいってOK!)

 右手の神通棍は静止させたまま、突然、彼女は、左手に隠し持っていた破魔札を投げつけた。


___________


(来た!)

 一方、美智恵は、この瞬間を待っていた。
 わざわざ危険な冗談を言って『この時代の美智恵』の疑心を煽ったのも、戦いを誘発するためだったのだ。

(そう、これで歴史通りになった。
 私も『未来からきた私』に対して、
 奇襲攻撃を仕掛けたんだわ。
 でも『未来からきた私』は、
 それに対応してみせた!)

 美智恵は、軽く腕を振った。袖の中に仕込んでおいた神通棍が、手の中へとスライドする。美智恵の霊力を受けて棍が伸びる。

「ハッ!!」

 神通棍を叩き付け、飛んできた破魔札を爆発させた。


___________


 爆煙の中から『この時代の美智恵』が現れる。自ら第二撃を加えるために駆け寄ってきていたのだ。しかし彼女の神通棍は空を切った。
 そこに美智恵はいなかった。先ほどの爆風に乗る形で、後方へジャンプしていたのだ。
 これでは、わずかとはいえ爆発の余波を受けたのは、むしろ『この時代の美智恵』の方である。

(チッ!)

 心の中で舌打ちする『この時代の美智恵』。その視線の先では、美智恵が静かに立っていた。両手で霊体ボウガンを構えて、こちらに狙いを定めている。
 それを見て、『この時代の美智恵』は苦々しく思う。
 
(余裕かましちゃって!!
 今の爆発を目くらましにして、
 うてばよかったのに。
 それとも・・・。
 向こうには、私を倒す気がないから?)

 そんなことを考えられる程の間。
 それから、矢が飛ばされた。
 しかし、不意打ちでなければ、たいした脅威にはならない。神通棍で払いのけるまでもなく、上体をスーッと引くだけで回避した。

(『正確な射撃だ。それゆえ予想しやすい』だったかしら?)

 どこかで聞いたようなセリフが、『この時代の美智恵』の頭に浮かぶ。
 なんだかんだ言って、彼女の方にも余裕があったのだろう。しかし、それもここまでだった。
 自分に向かって何かが空から落ちてくる!
 彼女の耳が、その音を察知した。
 見上げることすらせず、彼女は急いで横に飛んでかわす。
 
(危なかった!
 もし雨がやんでなければ、アウトだったわ!)

 雨音に紛れてしまっていたならば、気づくのが遅れたかもしれない。
 彼女は、ただ、そう思ったのだった。
 雨が降り続いていたら相手はこんな戦法を取らなかっただろうとか、これは確定した歴史の範囲内だから雨が上がっていたのも必然なのだとか、そんな考えは頭に浮かばなかった。
 そして『この時代の美智恵』は、ついさっきまで自分が立っていた場所を見やる。
 旅行用トランクが、地面を穿っていた。

(迂闊だったわ・・・)

 このトランクは、目の前の美智恵が最初に手にしていたものだ。
 いつのまにか無くなっていたが、てっきり、ボウガンを構えるのに邪魔だから辺りに投げ捨てたものだと決めつけていた。
 考えてみれば、霊体ボウガンは片手でも扱える。それなのに両手で持っていたのは、自分に今のように思わせるための、一種のカモフラージュだったのかもしれない。

(破魔札の爆発で視界が遮られた隙に!
 あれをこっちへ投げ上げていたなんて・・・)

 爆発を目くらましに使って、うって出たところまではお互いさまだ。だが、自分が一つ攻めた間に、相手は攻撃と回避の両方を行っていた。
 向こうの方が一枚うわてだ。

(それも、こんな子供騙しのような手で!)

 『この時代の美智恵』が、相手を睨みつけた。
 しかし、これも遅かった。
 美智恵は、すでに目の前まで迫ってきていたのである!


___________


 美智恵には、『この時代の美智恵』の行動が全て分かっていた。
 落ちてくるトランクに気づいても、そちらへは視線を向けない。だが、避けた直後に、トランクの方を見てしまう。そこに一瞬の隙が出来る。
 だから、その隙をついて、美智恵は彼女との距離をつめていたのだ。

(かわしたって思った後の、
 一瞬の気のゆるみなんでしょうね。
 瞬間とはいえ、それが命取りになり得る・・・)

 美智恵は苦笑する。
 かつて自分が同じミスをやってしまったからこそ、この展開を知っているのである。
 だから、この苦笑いも、目の前にいる『この時代の美智恵』に対するものではない。過去の自分自身へ向けたものだ。
 しかし、美智恵は忘れていた。
 当時、相手の顔に浮かんだ表情を見て、自分が何を思ったのか、ということを。


___________


(負けるもんですか!)

 『この時代の美智恵』は、心の中で強く叫んだ。
 振り下ろされてきた神通棍に、自分の神通棍を合わせる。

 バチバチッ!!

 二人の霊力がぶつかり合う。

(力は互角ね!)

 それなのに、相手の方が優位に立っている。その表情は、こちらをあざけり笑っているかのようだ。

(何様のつもり・・・!!)

 押し合う力を利用して、逆に後ろへ跳ぶことも出来た。しかし『この時代の美智恵』は、今、そんな消極的な戦法をとるつもりはない。
 その場にとどまり、果敢に神通棍を振るい続けた。相手も、それを受けて立つようだ。
 この近距離では、もはや、お互いに飛び道具は使えなくなってしまった。
 また、下手に蹴りや殴打を繰り出すわけにもいかなかった。せいぜい牽制に使う程度である。もともと素手の戦闘を得意とするスタイルではないのだ。慣れない攻撃をして神通棍でカウンターを食らってしまったら、そのダメージは計り知れないだろう。
 だから、今、二人が頼りとするのは、それぞれの神通棍のみであった。
 
 バシッ! バシッ! 

 『この時代の美智恵』は気づいた。
 何合か打ちあう間に、少しずつ、自分の方が押され始めている。
 踏みとどまろうとしていた足も、いつのまにか、だんだん後ずさりしていた。

(なぜ・・・!?)

 彼女の心の中に、焦りが生じる。


___________


(そりゃあ冷静さを失っては、
 勝てるものも勝てなくなるわ)

 美智恵は、『この時代の美智恵』の様子を、落ち着いて観察していた。
 別に、美智恵自身に余裕がありあまっているというわけではなかった。また、戦いを有利に運ぶためという側面は皆無ではないものの、それを意識的にしているわけでもなかった。
 ただ、そうするクセがついてしまっていたのだ。
 アシュタロスの一味との戦いに参加して、最初の頃こそ前線に出ることもあったが、それはごく僅かでしかない。ほとんどは、後方で名実共に指揮官役をこなしていたのだった。
 しかも、あれだけの大部隊である。指揮官としての手腕を発揮するためには、大局も、そして個々の状況も、常に冷静な目で見守っている必要があった。
 もともと、自分よりも強大な敵に挑むことも厭わなかった美智恵である。相手の弱点を見いだすことは、むしろ得意としていた。観察眼や分析力は、元から優れていたのだ。指揮官役に収まっていたことで、その能力が上がり、また、それを無意識のうちに使うようになっていたのである。

(冷静さを失わないっていうのは、
 基本中の基本なんだけど・・・。
 この頃の私って、まだ若かったのかしら)

 『この時代の美智恵』に対して神通棍を振るいながらも、どこか他人事のように考えてしまう。

(『若い』といっても、
 そんなに私と変わらないんだけど。
 アシュタロスとの戦いの期間プラス一週間。
 ほんのそれだけよ?)

 そして、神通棍をかち合わせ、そのまま押し込むようにグッと力を加えながら、言葉をかける。

「そろそろ、気がすんだかしら?」

 美智恵としては、穏やかに呟いたつもりだったのだが・・・。


___________


「そろそろ、気がすんだかしら?」

 まるで、フッという音が聞こえそうな口調だった。
 『この時代の美智恵』は、そう捉えてしまっていた。
 そして、彼女の頭の中で、何かがはじけた。

 ブチッ!!

「あなたが本当にホンモノで、
 未来からきた私だというのならば!
 今の私の行動は全てお見通しなのでしょう!」

 『この時代の美智恵』が声を張り上げた。本当は最後に、

(それじゃあ、私、勝てるわけないわよ!!)

 と続くのだが、それを口にしなかったのは、彼女の矜持であろう。
 美神という姓をもつ女性は、負けず嫌いなのである。
 もちろん、彼女も例外ではない。
 勝つためには手段を選ばない彼女ではあるが、かといって卑怯を好むわけでもない。むしろ『正義』を貫きたいくらいだ。
 そんな彼女だから、

「こんなの、卑怯だわ・・・!!」

 とも喚いてしまう。

(理不尽だわ! 酷い!
 狡い、猾い、ズルい!)

 ブチ切れてしまった『この時代の美智恵』。
 神通棍のスピードが変わる。もはや、彼女が美智恵に押し負けることはなかった。

 ガチッ! ガチッ!
 
 打ち合うたびに、美智恵を、後ろへ後ろへと追いやっていく。
 しかも、神通棍を叩き付けるだけでなく、それを使っての突きを交えるようになっている。みぞおちや喉など、人体の急所を的確に狙っていた。


___________


(なんでココまでキレちゃったのかしら。
 全く・・・。
 相手してる私のほうが、なんだか恥ずかしいわ)

 もはや、美智恵に先ほどまでのような余裕はない。
 その表情にも、穏やかさは無くなっていた。
 それでも、頭の片隅で、目の前の相手のことを分析してしまう。
 いや『この時代の美智恵』だけではない、自分自身をも対象としている。

(そうね・・・。
 『相手してる私のほうが』じゃないわね。
 私が恥ずかしいのは、これが『私』だからだわ。
 過去に自分がそれをしてしまったという記憶。
 さらに、今、目の前でそれをしてるのも、
 他でもない、『私』。
 自己嫌悪? 同族嫌悪?
 そうしたものが含まれているんだわ) 

 そう考えると、『この時代の美智恵』がブチ切れているのも、少しは分かるような気がしてきた。

(この状況を卑怯だと思っているくらいだから、
 もう私が未来からきた美智恵であることは、
 認めちゃってるのよね。
 だから、もう、この戦いも無意味なのだけれど、
 でも、止めてしまうのは気が収まらない。
 これでは負けた気がしてしまうから。
 彼女にしてみれば、やられてしまったのは、
 私が私の立場を利用したからなんだけど、
 それはズルをしたように見えているのでしょう。
 しかも、未来からきたとはいえ、
 『私』が、そのズルをしてしまっていた。
 だからこそ許せない、
 将来、そんなことをしてしまう自分をも含めて。
 そうね、やっぱり向こうも同じなんだわ) 

 それだけではなく、美智恵の表情や口調が間違ったニュアンスで伝わったことも、『この時代の美智恵』の怒りに火をつけた原因の一つだ。
 しかし、今、美智恵は誤解されたことに気づいていないし、自分が昔勘違いしたことも忘れてしまっていた。

(まあ、でも、一生に一度くらいは、
 これも良いでしょう。
 ここまで冷静さを失ったことも、
 キレたこともなかったんだから。
 それに・・・)

 美智恵は、まだ完全には納得できていない。だが、一つだけ、ハッキリしていることがあった。

(ここでブチ切れることこそ、歴史の必然。
 これが大きな意義を持つことになる)

 この時点で、これを経験したからこそ。
 未来へ行った後、『令子をブチ切れさせて、パワーアップさせよう』などというプランを実行するのである。計画そのものは成功しなくても、あれは、美神令子と横島忠夫の同期合体へ至るための大事な過程の一つとなるのだ。


___________


 こうして色々と考えていたのは、あくまでも、美智恵の中の一部分だけである。
 状況を見渡すために、敢えて頭の一部を戦いから切り離し、一見余分な内容まで含めて広く思考する。そうした考察の中で、『この時代の美智恵』のブチ切れ現象に関して思いを巡らしていたのだった。
 美智恵のメインの部分では、これを意識してはいない。どう攻めるかどう受けるか、戦いに集中していた。
 そんな美智恵だったが、ここで、違和感をおぼえる。
 
(もしかして、歴史が狂ってきた?)

 今受けている攻撃は、確かに手数も多いし威力も大きいが、さばききれない程ではない。
 だが、経験した通りになるならば、ここで美智恵は『この時代の美智恵』に負けてしまうはずなのだ。
 
(この時点へ私が来たのは、歴史を継ぐためなのに・・・。
 どこかで失敗したというの?)

 いや、違う。
 『この時代の美智恵』の動きは、細部に至るまで、かつて自分がしたものと全く同じである。見ているだけで、過去の記憶をトレース出来るくらいだ。

(それなのに・・・?
 あ! もしかすると・・・)

 今から数手先、それを想定した時、美智恵は突然気づいてしまった。
 瞬間、腹を立てて、

「私は、『未来からきた私』にそんなことをされたの?
 あのとき『未来からきた私』は・・・!」
 
 思わず口走ってしまった。
 さいわい、今の発言に対して『この時代の美智恵』は何のリアクションも示さなかった。無視して攻撃を続けている。

(ここで私は・・・)

 そうなのだ。
 今ここで、美智恵は、わざと負けなければならないのだ。
 『この時代の美智恵』に、自信をつけさせるために。
 もう一つの理由として、ブチ切れパワーアップの効果を実感してもらう必要もあった。だが、今、美智恵はそちらには気づいていない。

(『暴走して、それでも負けた』では、惨めすぎるものね。
 そんな状態で未来へ行っても、
 アシュタロス一党が相手では、役に立たないでしょう)

 向こうで最初に戦う相手は、五千マイトの霊力を持つのだ。文字通りの化物であった。
 ここでは気持ちよく勝ってもらい、その後、自分のシゴキに耐えてもらう。そこまでして、ようやく対処出来るレベルになるだろう。

(意図的に手を抜いて、負けてあげる。
 ・・・八百長ね。これこそ邪道だわ)

 気が進まないが仕方がない。これが役目なのだと、美智恵は自分を納得させた。


___________


 バシッ!!

「キャアッ!」

 強力な一撃が入った。
 かろうじて美智恵は神通棍を合わせたようだが、その威力は殺されていない。

「終わった・・・」

 『この時代の美智恵』が呟く。
 今、彼女の目の前では。
 押し負けてしまった美智恵が、その背中を地面につけていた。

「ハアッ、ハアッ・・・」

 『この時代の美智恵』も疲労していた。肩で息をしている。
 いつのまにか、先ほどまでの激情は消え去っていた。それでも、彼女の神通棍は、しっかりと美智恵の喉元に突きつけられていた。
 その姿勢を保ったまま、彼女は尋ねる。

「で、あなたはどうしました、
 今の私の立場だったときに?
 ここで終了、それとも・・・。
 『未来からきた私』を信じずに、トドメをさした?」

 口調は柔らかい。だが、目は、笑っていなかった。


___________


(確かに、私も『未来からきた私』に対して、そう問いかけたわ。
 そして『未来からきた私』は無言だった。
 あの時の私って、こんな表情をしていたのね・・・)

 美智恵は冷や汗をかいていた。
 美智恵を見下ろす『この時代の美智恵』から、殺気は消えていないのだ。

(もしも、ここで私が殺されたら・・・)

 その場合、歴史は大きく変わってしまうだろう。
 ここで美智恵が殺されてしまい、『この時代の美智恵』が彼女自身の時代を生きていくならば、では誰がアシュタロス戦へ助っ人に行くのだ?

(いや、たとえ私が殺されても・・・)

 もしかすると、それでも『この時代の美智恵』は五年後へ飛ぶかもしれない。
 美智恵の言葉を完全には信用出来なかったものの、本当かもしれないという疑念を少しでも持ったならば。
 とりあえず様子を見に行こう、偵察して来ようという気持ちになるであろう。
 ICPOと日本政府からの全権委任なんて話までしたのだ。『ひょっとしたら』という程度の疑いは植えつけただろう。
 それならば、やっぱり、あの戦いに『この時代の美智恵』が参加することになる。このケースでは、美智恵の死体こそが『この時代の美智恵』の死を偽装するために使われるのかもしれない。
 しかし・・・。

(そんなこと、私はしてないわ。
 あのとき、『未来からきた私』を殺してなんかいない!)

 だから、その歴史が繰り返されるのであれば。

(私がここで死ぬはずはない)

 だが・・・。
 もしも歴史が変わっていたら?
 もしも美智恵と違って『この時代の美智恵』が本気だったら?

(もしかして、私は歴史から見放された?)

 そんな可能性も心配してしまう美智恵である。
 考えてみれば、自分が参加する大きな戦いは既に終わらせてきた。
 そして、そこへ『この時代の美智恵』を送り込む算段もついたようだ。

(じゃあ私って、もはや歴史の上では用無しなのかしら?
 ここで私が死のうが生きようが、それは些細な、
 変わり得る範囲内の出来事だというのでしょうか?)

 美智恵の冷や汗は、止まらなかった。


___________


 しばらくの静寂の後、

「執行猶予よ。
 まだ完全に信じたわけじゃないですけど」

 突然、『この時代の美智恵』が神通棍をひいた。

「もう一度、少し前と同じ質問をします。
 『あなたが本当に未来の私であるというなら・・・。
  今ここで私が考えていること、
  知って・・・いや、覚えていますね?』」

 今回は、真面目な解答が返ってくる。

「いっしょに公彦さんのところへ行くのですね?」

 正解だった。
 夫の公彦に、手伝ってもらうのだ。
 彼は強力な精神感応者である。他人の心を覗くことができるのだ。
 しかし自分の妻の心を読むことは出来ない。若い頃に二人の霊体が混じったために、美神美智恵という女性だけは公彦の能力に対して耐性をもっていた。
 つまり、彼の目の前に連れ出して、公彦が心を読むことが出来た場合にはニセモノと判別出来るのだ。
 もちろん、魔族の中には精神感応などはねのける者もいるかもしれない。そうした魔族が化けた『ニセモノ』ならば、公彦の精神感応は通用しないだろう。霊体の混在のせいで通じないのか、魔力で遮られたのか、その区別も出来ないかもしれない。
 しかし、それでも構わない。『この時代の美智恵』としても、既に、美智恵の言うことは真実であると感じていた。公彦のところへ連れていくのは、単なる確認作業。ケジメと言ってもいいかもしれない。

(私がこの時代を発つとしたら、
 公彦さんのことも、この美智恵さんに
 任せることになりますからね)

 『この時代の美智恵』にも、もはやカラクリは読めていた。
 昔々ハーピーと戦った際、小さかった令子を17年後の未来へ連れていき、大きくなった令子に預けたことがあった。少しの間ではあったが自分自身も大人の令子と過ごし、そこでは既に自分は逝った後だと知ってしまった。
 だが今にして思えば、それは嘘だったのだ。死んでなんていないのだ。
 そう、今この時点で二人の美智恵が入れ替わるわけにはいかない。もう一人の美智恵は五年後の未来の大事件に関わりすぎている。未来を知った者が歴史の表舞台に立ってはいけないから、彼女が『美智恵』として生きていくわけにはいかない。だから五年間、隠れて死んだフリをすることになるのだ。

(・・・公彦さんのところに隠棲するのでしょう?)

 心の中で、眼下の女性に問いかける。
 その美智恵は、今、ゆっくりと起き上がり、話を続けていた。

「公彦さんは、今、ジャングルへ行ってるはずでしたね?
 では、まず偽造パスポートが必要でしょう。
 『美神美智恵』のパスポート一つでは、
 二人は行けないから・・・」


___________


 炎天下の道路を、一台の自動車が走っていた。
 ジャングル奥地に構えた住処から、一番近い空港まで向かう公彦である。妻を出迎えに行くのだ。
 だが、空港にて予想外の事態に出くわす。

「一人じゃないのか・・・?」

 妻が人を連れてきていたのだ。不思議な感じがしたが、

「詳しいことは、家に着いてから説明しますわ」

 と妻に言われて、二人を車に乗せた。
 客人は女性だった。大きなサングラスをかけ、時代遅れなスカーフで頭を丸々覆っている。空港でも車の中でも、彼女は一言も喋らなかった。

 家に到着したところで、彼女がサングラスとスカーフを外す。
 公彦は驚いた。妻が二人になったのだ。
 自分も仮面を外すが、彼女たちの精神波は入ってこない。
 間違いない、二人とも美神美智恵だ。
 そんな様子を見て、

「私があなたを驚かせるなんて」

 『この時代の美智恵』は、いたずらっぽく笑った。
 しかし、公彦の表情に笑顔は浮かんでいなかった。

「・・・説明してくれないか。
 こちらの美智恵さんは?」

 彼の問いかけに対し、『この時代の美智恵』が事情を話す。
 一通りの説明が終わり、
 
「・・・というわけで今日からは、
 こちらの美智恵さんが、
 あなたの面倒をみてくれますわ」

 と締めくくられたところで、もう一人の美智恵が挨拶する。

「こんにちは。
 少し老けた私で、ごめんなさい」

 こんな言い方になったのは、二人が使っていた『こちらの美智恵さん』という呼称が、他人行儀だったからだ。

「ハハハ・・・。
 これも新鮮かもしれないな?
 最初から『長年つれそってきたみたい』だったから」

 と公彦は答えたが、少し首を横に振りながら、さらに言葉を続ける。

「いや『新鮮』なんて、悪い冗談だな。すまん。
 ・・・美智恵は美智恵だよ」

 その言葉を聞いて、ようやく、帰ってきたと実感する美智恵であった。


___________


 忙しい一週間だった。
 公彦を交えて、三人で色々と打ち合わせをしたからだ。
 また、その合間に、美智恵は『この時代の美智恵』のトレーニングも実行した。

「前線からは退いていたから、
 もうファイターとしては一人前じゃないけど。
 でも、トレーナーとしては上達したのよ?」

 という言葉を信じて、『この時代の美智恵』は、素直に訓練を受けてくれた。

 そして、最後に残った仕事。
 『この時代の美智恵』の死を偽装する作業、その詰めの段階である・・・。


___________


 シトシトシト・・・。
 
 故人を偲ぶかのような雨の中。
 『美神美智恵』という女性のための葬儀が行われていた。
 喪主を務めた公彦は、心を痛めていた。
 参列者たちが何を思っているのか、ある程度わかってしまうのだ。人々が感情的になる場では精神波も強烈になる。たとえ専用の防護ヘルメットを被っていても、いくらかキャッチしてしまう。
 特に・・・。
 自分の隣に立っている、娘の令子。

(すまん・・・)

 公彦は、心中で一言詫びるくらいしか出来なかった。
 そして、一ブロック離れた通りの角に目を向ける。姿は見えないが、そこに二人がいるはずだった。

(美智恵・・・)


___________


(・・・見てられないわね)

 自分の葬式の様子を窺っていた『この時代の美智恵』は、クルリと背を向けた。
 これ以上、令子の今の姿を見るのは、いたたまれない。
 その場から逃げるかのように、歩き始めた。

「もう、いいのですか?」

 その後ろ姿に、美智恵が声をかけた。
 令子のことは、今後、彼女が影から見守ることになっている。

「私の令子をよろしく」

 少し歩いたところで振り返り、『この時代の美智恵』が軽く頭を下げた。
 深読みすれば、『この時代の令子こそ、自分の令子なのだ』と受け取ることも出来るかもしれない。しかし、この言葉にこだわりは含まれていなかった。時間移動を繰り返してきただけに、そうした概念は、一般人よりも薄いのだろう。
 去り際の軽口に過ぎない。
 美智恵も、それが分かっているから、同じように対応した。

「・・・未来の令子をよろしく」

 そして、雷が落ちる。

 ドゴォォオン!!

 未来へ向かって、『この時代の美智恵』は旅立っていった。
 ただ雨だけが降っている、誰もいなくなった空間。
 そこにボンヤリと視線を留めながら、美智恵は、行ってしまった彼女に思いを馳せた。

(彼女も、私と同様、
 苦労をするだろうけれど・・・。
 でも、令子と世界を守ることは出来るでしょう)

 美智恵は、それを確信していた。
 なぜなら・・・。
 今の美智恵は、『歴史は確定しているのだ』と信じるようになっていたからだ。

 自分が、昔会った『未来からきた私』と全く同じ行動をとったから。
 『この時代の美智恵』が、昔の自分と全く同じ行動をとったから。

 ハッキリと決められているのでなければ、ここまで同じになるはずがない。

(そして、歴史が本当に確定しているのであれば・・・)

 この時代から飛んでいった『美智恵』も、自分と全く同じ道筋を辿ることになるのだろう。

(そして、歴史が本当に確定しているのであれば・・・)

 時間移動をしても、何も変えられないのだ。それでは意味がない。危険をおかしてまで実行する程の価値はない。

(私は、たとえ許可されたって、
 もう二度と時間移動を試みたりはしない! だから・・・)

 美智恵は、最後の一言を口に出した。

「さようなら、私の時間移動能力」




       『最後の時間移動』 完

 


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