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復元されてゆく世界

第六話 ホタルの力


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/10

「除霊が盛んになり、たくさんの悪霊が祓われてきたが、
 一方で、より強力な悪霊たちが生まれつつあるということさ。
 我々も修行して、さらに力をつける必要があるだろう」

と説いているのは、額の広くなってしまった中年男性。
唐巣神父と呼ばれる彼は、美神令子の師匠にあたる人物である。
今、彼の話の聞き手となっているのも、その美神なのであった。
ここは、唐巣の教会。
唐巣と美神の他に、美神が連れてきた横島とおキヌ、そして、唐巣の弟子であるピートも同席していた。
高校生くらいの外見を持つピートは、実はバンパイア・ハーフであり、700歳を越えている。唐巣を介して、ピートが美神やその仲間たちと知り合ったのは、一ヶ月少し前のことだ。彼らの力を借りて、ピートは、父親である強力なバンパイアを倒したのだった。その後、唐巣の教会に住み込んで、修業を続けているらしい。
ピートと横島は、今日の会話の冒頭で、下手に口を挟んで師弟の会話を邪魔してしまい、美神に怒られている。そのため、今は静かにしていた。

「・・・そのことですけど先生、
 私、妙神山へ行こうと思うんです」

唐巣の言葉を受けて、美神は宣言した。
しかし、これは唐巣を驚かせる。

「妙神山!?」
「コツコツやるのは私の好みじゃないわ。
 どーせなら一発で、
 どーんとパワーアップしたいんです」
「君にはまだ早すぎる!!
 ヘタをすると命に関わるぞ・・・!!」

唐巣は椅子から立ち上がり、美神を説得しようとするが、彼女は意に介さない。

「でも、先生も昔あそこへ行って強くなったんでしょう?
 何事も、やってみなくちゃ、わからないわ!」



    第六話 ホタルの力



「あー、死ぬかと思った」

目的地に辿り着いた横島の第一声である。
何しろ、険しい山肌の表面に申し訳程度に付けられた歩道は、ヒト一人通るのがやっとの幅しかなかった。いつ足を踏み外してもおかしくない、そんな山道が延々続く中を、いつも通りの荷物を持たされてきたのである。

(ここまで来るのも、修行の一環なんじゃないのか?
 美神さん、手ぶらでラクしてちゃ修行になんないぞ)

と考えてしまう程だった。

「何言ってるの。
 ここからが本番よ」

美神が言う通り、今、三人の前には、

『妙神山
 修業場』

と書かれた大きな門が建っていた。
その門戸には、左右それぞれ一つずつ、鬼の顔が埋め込まれている。その鬼の体に相当するのであろうか、門の両サイドには、首無しの石像が飾られていた。
また、門の下部には、

『この門をくぐる者
 汝一切の望みを捨てよ
 管理人』

という文字が刻まれている。
それを見た横島は、不吉な予感におそわれるのだが、一方、美神は、

「ハッタリよ、ハッタリ!」

と、言葉の書かれた場所を叩く。
この美神の行動に、腹を立てる者がいた。

『何をするか、無礼者ーッ!!』

門についていた鬼の顔が、突然、怒鳴り出したのである。

『我らはこの門を守る鬼、
 許可なき者、我らをくぐることまかりならん!』
『この右の鬼門!』
『そしてこの左の鬼門あるかぎり、
 お主のような未熟者には
 決してこの門開きはせん!』

しかし、その時、

「あら、お客様?」

中から門戸を押し開けて、一人の少女が出てきた。
服装は和風であるが、典型的な着物姿とは違う。動きやすそうな格好であり、むしろ祭装束に近いイメージだ。ノースリーブではないが、肩が見えるのではないかというくらい、袖口は短い。
紅白に組まれた紐が肩から腰にかけて巻いてあり、この組紐で、やや幅広な剣を鞘と共にぶら下げている。
ショートカットの赤毛の隙間からは、リストバンドとお揃いの鱗模様のヘアバンドが姿を覗かせており、このヘアバンドにつながったアクセサリーであろうか、左右一対の節ばった突起が後方へ向かって伸びていた。
少女は、

『しょ・・・、小竜姫さまああっ!!』
『不用意に扉を開かれては困ります!
 我らにも役目というものが・・・!!』

鬼門たちの泣き言も、

「カタいことばかり申すな!
 ちょうど私も退屈していたところです」

と切って捨てて、美神に向き直る。

「あなた、名はなんといいますか?
 紹介状はお持ちでしょうね」
「・・・私は美神令子。
 唐巣先生の紹介だけど・・・」
「唐巣・・・?
 ああ、あの方。
 かなりスジのよい方でしたね。
 人間にしては上出来の部類です」

そう言って朗らかな笑顔を見せた少女に対して、横島も自己紹介を試みる。

「俺は横島・・・」

さわやかな表情を作り上げて、少女の手を握ったのだが、

『よ・こ・し・ま・さん・・・!!』

右後ろからおキヌちゃんに耳を引っ張られ、

『小竜姫様に気安くさわるな無礼者っ!!』

左後ろから鬼門に扉全体で叩かれてしまった。
横島のせいで、いっそう印象が悪くなったのかもしれない。鬼門たちは、

『やはり規則通りこの者たちを試すべきだと思います!
 このようなうつけ者ども、ただで通しては鬼門の名折れ!』

と、少女に訴えた。

「・・・しかたありませんね、早くしてくださいな」

少女の許可を受けて、鬼門たちは美神たちに告げる。

『その方たち、我らと手あわせ願おうかッ!!
 勝たぬ限り中へは入れぬ!!』

その言葉と共に、首無しの石像が動き出したのだが・・・。
美神は、アッサリとこれを倒してしまった。門に括られて動けぬ顔の部分をおふだで目隠しするという方法で。
まだ上着すら脱いでいない美神としては、『戦った』という意識もないくらいである。

「こんなバカ鬼やあんたじゃ話にならないわ!
 管理人とやらに会わせてよ!」

強い口調で美神が要求したが、少女は軽く笑うだけだった。
そして、突然、少女から強力な霊気が放射され、美神たちは吹き飛ばされた。

「あなたは霊能者のくせに目や頭に頼りすぎですよ、美神さん。
 私がここの管理人、小竜姫です。
 外見で判断してもらっては困ります。
 私はこれでも、竜神のはしくれなんですよ」

吹き飛ばされた衝撃から回復した横島と美神は、二人で話をする。

「・・・竜神というと、あのコ神さまなんスか・・・!?」
「そのようね。
 人間とはケタ違いの力を持ってるわ」

そう、人間の少女のような外見はしているものの、彼女は、神様だったのだ。
頭の突起もアクセサリーではなく、竜の角なのだろう。

「さっき吹っとばされたのも、攻撃されたわけじゃない・・・。
 おさえてた霊気の圧力を解放しただけよ。
 あんなのがもし、本気になったら・・・」

ここで、おキヌが美神のところへやってきて、小声で耳打ちする。

『み・・・、美神さん・・・。
 今の霊気を受けた時、小竜姫さんの未来がチョット・・・』
「何? 久々の神託?」
『はい・・・。
 小竜姫さんが横島さんにキスしてる姿が、見えちゃいました』

小竜姫の霊波が何かの引き金になったのであろうか。
おキヌの頭の中に、小竜姫が横島の額のバンダナにキスしている映像が浮かんだのだ。
だが『キス』という一言で伝えられたそれは、美神の頭の中で、恋人同士の、唇同士のキスの映像に変わってしまっていた。

「えっー!!」

あまりに衝撃的だったので、思わず美神は大声で叫んでしまう。
美神のそばにいた横島は、

「いったい何の騒ぎっスか?」

と、不審がって質問する。
引きつった表情のまま、首だけをギギギッと横島の方へ向ける美神。

「あの神さまがね・・・」

と言いかけたのを見て、

『あ、美神さん、ダメ・・・』

慌てて口止めしようとするおキヌだったが、間に合わなかった。
おキヌの秘めたる決意(第三話「おキヌの決意」参照)を知らない美神には、内緒にしておこうという意図は分からなかったのである。

「あんたとキスするんだって」
「え・・・、え・・・?
 うおーっ!!」

横島は喜びの声を上げた。
横島の頭の中に、さきほど美神が頭に浮かべたよりもさらに濃厚なキスの映像が浮かぶ。
スイッチが入ってしまった横島は、唇を突き出しながら、小竜姫に飛びかかっていった。

「小竜姫さまああっ!!」

しかし、当然のようにヒラリとかわされて、頭から地面に突っ込むことになる。

「私に無礼を働くと・・・」

と言いながら、小竜姫は、横島が起き上がるのを待ち、

「仏罰が下りますので注意してくださいねっ!!」

腰から剣を抜いて振り回す。

「うわちっ」

かろうじて避けた横島だったが、

「神さま怒らすなー!
 こっちまで巻き添え食らうでしょ!」

美神にはシバかれてしまう。
おキヌも、それを止めるどころか、

『私の予言なんて、ほら、
 変わり得る未来ですから・・・。
 サッサと忘れちゃってください』

手近に転がっていた石で横島の頭をガンガン叩いている。
そんな三人の様子を見ながら、

(へえ・・・。
 手加減したとはいえ、
 私の刀をよけた・・・!?)

小竜姫は少し驚いていた。
斬るつもりはなかったが、それでも、峰打ちするつもりはあったのだから。


___________


「生きてる方は、俗界の衣服をここで着替えてください」
「・・・なんなの、このセンスは」

美神の呟きも無理はない。小竜姫に案内された先は、銭湯の入り口にしか見えなかったのである。
『女』と書かれた暖簾をくぐろうとした美神は、後ろの会話が聞こえて、ふと足を止めた。

「あなたはこっち!」
「え。俺も・・・!?」

小竜姫が、突っ立ったままだった横島を、『男』の脱衣場へ連れて行こうとしていたのだ。

『ここの修業って、とっても厳しいんでしょう?
 横島さんは・・・』
「え? シロート・・・!?
 ただの荷物持ち?」

おキヌがちゃんと説明してくれたようだったが、ここで、横島が意外なことを言い出した。

「いいんですか?
 じゃあ俺も修業受けます」

驚いて振り返る美神の目にうつったのは、いつもとは違う雰囲気の横島だった。

(何、この落ち着いた感じ・・・。
 こんな表情も出来るんだ、このコ)

美神は、自分の気持ちまで否定するかのように、ブンブンと頭を振り、

「ダメよ、横島クン。
 あんたには無理、ゴーストスイーパー資格すら持ってないんだから。
 せめて資格とってからね、ここで修業するのは」

と命じる。

「・・・そうっスよね。
 なんで突然、修業したいなんて思っちゃったんだろ?
 逃げ出す方が俺の性分にあってるのに。ははは・・・」
 
素直に美神の言葉を聞き入れた横島の表情は、いつも通りに戻っていた。
自分でも不思議なくらい、突然、心の奥底からわき上がった衝動。それは、

(強くならなきゃ・・・)

という思いだったのだが、こうしてアッサリ却下されて、再び奥底へと沈んでいくのだった。


___________


「わ・・・、悪い夢のよーですね」
「なるほど。
 異界空間で稽古つけてくれるのね」

拳法着のような姿の横島と美神がつぶやく。
これに着替える際、小竜姫から

「当修業場にはいろんなコースがありますけど、
 どういう修業をしたいんです?」

と聞かれた美神は、

「なるべく短時間でドーンとパワーアップできるやつ!
 この際だから、唐巣先生より強くなりたいわね」

という答えを返している。
ここが、そのための場所なのだろう。
脱衣場の先にあったのは、風呂場ではなくて、不思議な空間だった。
空には何もなく、広々とした平原には、所々に、岩山とは言えない程度の大きさの岩が生えている。
そして、表面を石で舗装された円形の闘技舞台が、ただ一つ、用意されていた。

「人間界では、肉体を通してしか精神や霊力を鍛えることはできませんが、
 ここでは直接、霊力を鍛えることができるのです。
 その法円を踏みなさい」

小竜姫に促されて、美神は、闘技舞台の端にある法円へと足を進めた。

「踏むと、どうなるわけ?」

ビュウゥム!!

突然、美神の肉体から何かが飛び出す。

シュウウゥー!!

それは、長い髪をした女性のような姿へと確定していく。ただし、その大きさは、人の背丈の二倍か三倍くらいある。

「な・・・、なにこれは・・・!?」
「あなたの影法師(シャドウ)です。
 霊格、霊力、その他あなたの力をとりだして形にしたものです」

確かに、美神から抽出されたエッセンスなのだろう。
胸は大きく露出している。ブラジャーよりも小さなパーツでしか守られていない。
他に、上半身には、両肩部のアーマー、ガントレット、ヘッドギアくらいしか防具がない。
下半身も、レオタード様のもので覆われているだけだ。
細い槍を手にしているが、これも、神通棍をメイン武器として使う美神のスタイルから作られたものかもしれない。

「シャドウは、その名の通りあなたの分身です。
 彼女が強くなることがすなわち、
 あなたの霊能力のパワーアップなわけね」

と、美神のシャドウを見上げながら話していた小竜姫は、美神の方を向き、説明を続けた。

「これからあなたには、三つの敵と戦ってもらいます。
 ひとつ勝つごとにひとつパワーを授けます。
 つまり全部勝てば、三つのパワーが手に入るのです。
 ・・・ただし、一度でも負けたら、命はないものと覚悟してください」

これを聞いて、横島やおキヌは怯えた表情となるが、美神は不適に笑う。

「つまりこれは真剣勝負なのね・・・? 上等!!」

そして、

「剛練武(ゴーレム)!」

小竜姫の言葉に応じて、第一の敵が出現する。
それは、二つの口をもつ一つ目の巨人。よく引き締まった筋肉をしているように見えるが、それは筋肉ではなく、岩の塊だった。

「始め!!」

小竜姫の言葉を合図に、ゴーレムが美神のシャドウへと向かって行く。

「行けーっ!!」

美神も、シャドウをゴーレムに向かわせる。
突進した勢いも込めて、槍で突くのだが、

「硬い・・・!!」

岩の表面を削ることすらできない。

「ゴーレムの甲羅はそう簡単には貫けませんよ。
 力も強いので注意してくださいな」

クスクス笑う小竜姫。
その間にも、美神のシャドウは、左腕をゴーレムに掴まれていた。

「まともに組むと危ない!! 離れて!!」

美神の意思に応じて、右手の槍で、ゴーレムの右手を振り払うシャドウ。
しかし、シャドウが距離をとる前に、ゴーレムが左手で殴りつけた。

「み、美神さん!!」

心配した横島たちが叫んでしまうのも無理はない。
シャドウが受けた衝撃が伝わり、一瞬、美神の意識がとんだのだ。
グラッと倒れそうになった美神だったが、その背を支えてくれる存在に気がついた。

(あ・・・、ありがとう。・・・ん?)

急いで美神の後ろに回った横島が、抱きつくようにして支えているのだが、横島の両手は、美神の胸に回されていた。

「やわらかい・・・。
 ええ感触やー。」

本来ならば、ここで美神の胸を実際に揉んでしまう横島ではないのだが、おキヌから聞いたキスの話で、少しテンションがハイになっていたのかもしれない。

「こんな時に下品な冗談するんじゃないっ!!」
「条件反射やったんですっ!!」

横島を蹴りとばしながらも、『やわらかい』という言葉が耳に残った美神。

「そうね・・・。
 やわらかい部分を突けばいいのよ!!」

槍を構え直したシャドウは、一直線に目標へと向かっていく。
狙うは、ゴーレムの目!

シュッ!

「やった・・・!!」

槍が突き刺さったゴーレムは、煙のように消えていく。
同時に、美神のシャドウの姿が変化する。

『ヨロイがつきましたね』
「防御力がアップしたってことかしら?」

腕、脚、腰などを覆うようなパーツが加わり、アーマーパーツの素材自体も重厚なものとなったのだ。

「その通りです。
 霊の攻撃に対して、
 あなたは今までとは比較にならない耐久力を手に入れたことになります」

小竜姫が、おキヌと美神の言葉を肯定した。
そして、次の試合が始まる。

「禍刀羅守(カトラス)! 出ませい!!」

小竜姫に呼び出されたのは、四つ脚の黒い化物。
脚は膝関節までしかなく、その先は、巨大な刃となっている。背中にも四つの刃がついていた。

「悪趣味ねー」
「な・・・、なんか痛そうなデザイン」

美神と横島が話している間も、

『グケケケーッ』

カトラスは、脚の巨刃で近くの岩を真っ二つに斬ったりしている。デモンストレーションのつもりなのだろうか。

「本ッ当に悪趣味ねー」

と、美神が苦笑している隙に、カトラスがシャドウを攻撃した!
その身をかばうように左腕を前に出したが、ヘッドギアの一部が斬り落とされ、左手や右脚のアーマーにも傷をつけられてしまった。

「あーっ、きったねーっ!!
 いきなり・・・!!」

横島だけでなく、

「こらっカトラス!!
 私はまだ開始の合図してませんよっ!!」

小竜姫も怒るのだが、それをカトラスは笑い飛ばした。

「私の言うことが聞けないってゆーの!?
 なら、試合はやめです。私が・・・」
「待って!!」

試合中止を考えた小竜姫を、美神が制止する。

「あんたがやっつけたら、
 私のパワーアップにはならないんでしょ?」
「・・・それはそうですけど、これでは公平な戦いには・・・」
「いーえ、やるわっ!! 行くわよっ!!
 この・・・、くされ妖怪ーっ!!」

シャドウを突進させる美神だったが、素早く身を屈めたカトラスは、シャドウの下をくぐって後ろへ回り込み、背中に一撃を加えた。

「くっ・・・!!」
「み・・・、美神さんっ!!」

そんな様子を見た小竜姫は、

「やはり最初のダメージが大きすぎましたね。
 しかたありません。
 特例として助太刀を認めましょう」

と言いながら、横島へと歩み寄り、

「あなたのシャドウを抜き出します」
「ちょ・・・、ちょっと待・・・」

横島の戸惑いも無視して、彼の頭に手をかざした。

バシュ!

横島のシャドウが、その場に現れる。美神の場合とは違って、それは、人間の身長の半分くらいの大きさしかなかった。
その姿は、全体的に黒を基調としており、一見、洋装の礼服のような感じだ。だが、所々に混じる赤い模様がその雰囲気を少し壊している。それに、上着の下から覗くのはワイシャツ様のものではなく、和装の着物のようだった。それも、外側に羽織る着物の形状をしている。
また、コートの背中も特徴的だった。燕尾服のように長く伸びて、その先は二つに分かれていた。
首から上も、やや奇妙だ。幅広のバイザーが、両目だけでなく、顔の半分くらいを隠していた。一方、唇はルージュを塗っているかのように着色されており、少し目立っていた。さらに、頭には、細いアンテナ状のものが一対ついている。

『なんだかゴチャゴチャしていますね』
「こんな統一感のないシャドウは初めて見ました」

おキヌと小竜姫の感想である。
しかも、このシャドウ、出現してすぐに、勝手に横島の左後ろへと回り込み、その腕に抱きついた。

「横島さんって、ナルシストだったんですね・・・」

小竜姫の言葉を、横島は、ブンブンと首を振って否定する。
だが、そのシャドウは横島に寄り添って、腕を組んで立ったままだ。全くコントロールできていない。

『・・・とか言ってる間に、美神さんが危ない!!』

三人の中で、いち早く美神の戦いへと意識を戻したのは、おキヌだった。
美神のシャドウは、カトラスに押し倒され、その刃を何とか右手で押し返そうとしている状態だった。
左から来た刃は、かろうじて首を振ってかわしたが、その際、手にしていた槍が転がり落ちてしまう。

「槍が・・・!!」

ドギャ!

慌ててのばした左腕を、カトラスの刃が直撃した。

「やば・・・。
 このままじゃ、せっかくのヨロイもダメになっちゃう・・・」
『意地はってないで小竜姫さんに・・・』
「絶ーっ対いやっ!!
 まだ負けたわけじゃないわ!!」

膝を落とした美神の姿を見て忠告するおキヌだが、それも受け入れられない。

ガキッ!

「ぐっ!」

美神のシャドウは、さらにカトラスの攻撃を受けてしまう。

「意地っぱりですね。
 このままだと死んじゃいますよ」

という小竜姫の言葉を聞いて、

『あたし行きます!!』

ついに飛び込んでしまうおキヌだったが、カトラスに弾きとばされる。

「おキヌちゃんっ!?」
『だ、大丈夫! 私、幽霊ですもん。
 もう死んでますから』
「バカ! 相手も霊体なのよ!
 ヘタするとバラバラにされて成仏できないまま、
 永久に苦しむことになるのよ!!」

おキヌの身を案じる美神だったが、おキヌは戻らない。

『せめて槍を・・・!』

槍をシャドウのもとへ運ぼうとするが、おキヌ一人では重すぎた。

『横島さんっ!!』

助けを乞うおキヌ。

「生身の人間は中に入れないし、
 あなたがシャドウをコントロールするしかありません」
『お願いーっ!! 手伝って!!』

小竜姫とおキヌから言われた横島は、自分のシャドウに怒鳴った。

「こらっ!!
 ちょっとは俺の立場も考えろっ!!
 いいとこ見せんかいっ!」

横島に一喝されたシャドウは、ションボリと肩を落として、横島のそばを離れた。
そして、渋々といった歩き方で、闘技場の中へ入っていく。

『グゲゲ?』

美神のシャドウを組み伏していたカトラスは、もう一体のシャドウが向かってくることに気がついた。
動きの鈍いシャドウだ。片手間に相手するだけで、こんなもの一瞬で一刀両断出来るだろう。
そう思って、刃の一つを振るったのだが、何の手応えもない。

『・・・ケ?』

逃げられたわけではない。そのシャドウの姿は、まだ目の前に見えている・・・。
しかし、突然、その姿はボンヤリとしたものに変わり、そのまま薄くなって消えてしまった。
戸惑うカトラスだったが、まだ美神のシャドウとも戦闘中だ。わけのわからないものに構っている暇はない。
その美神のシャドウは、先程まであれだけ抵抗していたのに、全く押し返さなくなっていた。気力が尽きたのだろう。
とどめだ、斬り刻んでやる。
カトラスは、左右両方から挟み込むようにして、複数の刃を振るったが・・・。
こちらも、全く手応えがなくなってしまった。

「幻影・・・!!」

戦いを見ていた小竜姫が口にしたように、美神のシャドウは、いつのまにか、幻とすり替わっていたのだ。

『ウッ!?』

この間に、実物は槍を拾い、すでにカトラスに迫ってきていた。

「この・・・!!」

今までのお返しとばかりに、カトラスの腹を貫く。
一撃で勝負は決まった。


___________


「横島クンに、こんな霊力があったなんて・・・」
『シャドウって、いろんなことが出来るんですね」
「いいえ、たとえ本人が特殊な霊能力を持っていたとしても、
 普通、シャドウはそんなに器用じゃないはずなんですけど」

美神、おキヌ、小竜姫がそんな会話を交わす中、横島は、

「凄いんだな、おまえ・・・」

と、自分のシャドウに声をかけていた。
シャドウも、なんだか誇らしげである。
だが、そんなのんびりした空気も、小竜姫の一言によって壊された。

「ま、何はともあれ、いいチームですね。
 仕上げは私みずから本気で相手をしてあげましょう」
「え・・・!?」

美神は考え込んでしまう。

(まいったなー。
 小竜姫の霊格はケタが違うわ。
 さすがの私もこんなのと正面から組んで勝てるわけない。
 ・・・ん? 『正面から』?)

一つの策を思いついた美神は、

「ねえ・・・、小竜姫さん。
 しばらく私たちだけにしてくれない・・・」
「え」
「次の戦いに負ければ、私はたぶん、霊も残さず消滅するわ。
 だから今のうちに、みんなと話しておきたいの」

と、時間をもらった。
三人だけになり次第、

「横島クン!!
 あんた、このシャドウをどれくらいコントロール出来る?」

しおらしい表情をかなぐり捨てて、美神は横島に詰め寄った。

「え・・・?」
「さっきみたいな幻影、いつでも出せるの?」

聞かれた横島は、傍らのシャドウに目を向けた。
全く表情のないシャドウだが、横島には、それが肯定の表情を浮かべているように思えた。

「はい、たぶん大丈・・・」

と言いかけたところで、美神の蹴りが入る。

「『たぶん』じゃない!
 できるかできないか、ハッキリなさい!!
 こっちは命かかってるんだから!」

美神に踏みつけられながら、

「できます・・・」

と答えてしまう横島。
それを聞いて、

「よーし、それじゃ・・・」

横島に、作戦を伝え始めた。


___________


少し経って、小竜姫が戻ってきた。

「話はすみましたか?
 では・・・!」

小竜姫の角が光り、それを介して、小竜姫は自らをシャドウと化した。

『用意はいい?』
「オーケー!!」

対する美神のシャドウの武器は、カトラスを倒したことで、両刃の長刀へと変化していた。

『これは特別サービスです』

小竜姫が手をかざすと、美神のシャドウのヘッドギアが修復された。
それを見てから、

『行きます!!』

小竜姫は、美神のシャドウへと突撃する。

ビュン!!

ギンッ!!

振り抜かれる剣を、美神のシャドウは、長刀を合わせることでこらえる。
二度、三度打ち合った後、次の攻撃は、手をついて体を回転させて避けた。

『防戦一方では勝てませんよ!
 打ってきなさい!』

と言いながら小竜姫が突進してくるが、これも、横にジャンプしてかわした。
美神のシャドウが、小竜姫の斜め後ろに回り込んだ形になったが、それでも、美神の側から攻撃することはない。
小竜姫は、体を反転させて、再び、美神のシャドウと対峙し、

『・・・どうやら防御に徹する気ですね。
 でも、そういつまでもは続きませんよ。
 私には、こういう技もありますから』

人間には決して見えないくらいのスピードで、美神のシャドウへ向かう。超加速と呼ばれる神術だ。
そして、その剣を振り下ろしたのだが・・・。

スカッ。

手応えがない。
小竜姫が斬ったシャドウは、横島のシャドウによって作られた幻影だったのである。

「・・・!!」
「もらった!!」

美神のシャドウの実物は、小竜姫も気付かぬうちに背後から迫ってきていた。
その長刀が、小竜姫の背中に直撃する!!

「・・・やった!!」

しかし、それは、表面を浅く薙いだ程度に過ぎなかった。
シュウウーッと、元の姿に戻る小竜姫。服の背中の部分はバッサリ切られているが、その肌には傷一つない。

「おおっ! これぞチラリズム!」
『・・・あれ?』

服の裂け目から見える乙女の柔肌に、すっかり興奮する横島であったが、おキヌは、人肌らしからぬ何かが見えていることに気がつき、不思議に思っていた。
一方、戦っていた当事者たちは、

「あーっずるいっ!!
 途中で元に戻るなんてっ!!」
「ずるしたのは、あなたでしょう!!
 横島さんのシャドウ使ったじゃないですか!!」
「特例として助っ人を認めるって言ったわ!!」
「あれは、さっきの試合だけです!!」
「そんなこといつ言った!?
 何時何分何曜日!?」

と、口論していた。
最後の美神の台詞など、まるで子供の口喧嘩のようだが、心の中では、全く別のことを考えていた。

(・・・かかったわね、小竜姫)

そう、この口喧嘩も、美神の計算のうちだった。

(あんたは、まだ闘技場の中にいる。
 あんたがどんな姿をしていようが、
 試合は続いてるのよ、今も)

小竜姫が美神本人との口論に気を取られている間に、美神は、自分のシャドウを小竜姫の背後へと移動させていた。
そして、再び振るわれた長刀は、今度こそ、服の裂け目の間から小竜姫の生肌にヒットしたのだった。

「あ」

小竜姫が倒れこんだ。

「勝った・・・のよね?」

美神の考えは甘かった。

ビクン。

小竜姫の体が発光し、突然、その姿は巨大な竜へと変化した。


___________


美神も横島も、知らなかった。
小竜姫の背中に、『逆鱗』と呼ばれるシロモノがあることを。
それが、ちょうど美神のシャドウが斬りつけた場所にあったことを。
おキヌだけは、そこに何かがあることに気付いていたが、それが『逆鱗』であるということまでは、わかっていなかった。

・・・結局。
自分たちが小竜姫の『逆鱗』に触れてしまったことすら知らないまま、ただ、三人は逃げ惑うしかなかった。

「ひええーっ!?」

巨竜となった小竜姫は、口から炎を吐きながら、美神たちに襲いかかる。
そんな中、美神は気付いた。

「法円から出ても、私のシャドウは消えてない。
 小竜姫が巨竜になっても、横島クンのシャドウは消えてない・・・。
 まだ使える!」

そして、横島に向かって命じる。

「横島クン!! 幻影!!」
「・・・そうか」

その言葉をあうんの呼吸で理解した横島は、自分たちの幻影をシャドウに作らせ、それを巨竜に追わせることに成功した。

「これで少し時間が稼げたわね」
「でも、根本的な解決になってないっスよ。
 そもそも、何で小竜姫さまが竜になっちゃったのか、
 その理由も分からないんだから」
『やっぱり、あんまりズルしたから、
 怒っちゃったんじゃないでしょうか』

美神は、自分が責められているような気がし始めたが、

「原因追及は、後でも出来るわ。
 今は、どう対処するかが重要よ」

と、二人を丸め込む。そして、

「横島クン。
 そのシャドウの力、どれくらい続きそう?
 小竜姫が疲れ果てるまで、ずっと幻を追わせておくことって、出来る?」
「・・・できるか、そんなこと?」

美神は横島に、横島は自分のシャドウに質問する。
シャドウは何も言わない。
しかし、横島の頭に響く言葉があった。

「・・・え? 今、誰か何か言いました?」

そんな横島に、美神がすがりつく。
溺れるものはワラをもすがる、といった雰囲気である。

「どうしたの、横島クン。
 シャドウが返事したの? どう?」
「・・・『麻酔』って言ったような気がするんです、コイツが」

それは、質問に対する解答ではなかったが、現状を打開するには十分な解答であった。

「・・・」

少しの沈黙の後、美神が頷いた。
それを見て、

「行け!!」

横島が、シャドウに命じる。
シャドウは、思ったよりも機敏な動きで飛んで行き、気付かれないよう、背後から竜に近づく。そして・・・。
左手を竜の首筋に押し当てた途端、竜は、光に包まれた。

『グギャアアアッ!!』

行動の自由を奪われながも、最後のひと暴れをする巨竜。
しかし、すぐにその場へ倒れ込み、シュウウーッという音と共に、元の小竜姫の姿へと戻った。

「終わった・・・」

ホッとする横島だったが、

「何言ってるの!!
 一番大切なことが残ってるでしょ!!」

と美神の喝が入る。
シャドウに小竜姫を引きずらせて、自分も闘技場まで戻る美神。
横島とおキヌも、とりあえずついて行く。
美神のシャドウは、美神の意志に従って、小竜姫を闘技場の真ん中へと横たえた。
そして、その上から、踏みつける。

「ちょっ!!」
『美神さん!!』

横島とおキヌが驚くが、美神は平然としている。
ケロッとした表情で、

「こうしておけば、
 私が倒したと思うわよね?」

と言いきった。
そう、これは、敵を倒してパワーアップを勝ち取るためだったのだ。

・・・もちろん、後になって意識を取り戻した小竜姫が美神に騙されてしまったのは、言うまでもない。
こうして、妙神山修業場の破壊こそ免れたものの、やっぱり詐欺のようなやり方でパワーアップした美神なのであった。



(第七話「デート」に続く)


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