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復元されてゆく世界

第五話 きずな


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/10

彼らは知らない。自分たちには、深い深い絆があるのだ、ということを。
彼らは知らない。自分たちが、今、何を試みているのか、ということを。

そして、彼らは知らない。自分たちの試みの前提が間違っている、ということも。

・・・今は、まだ、知らない。



    第五話 きずな



『横島さんのカップがひとりでに・・・!?』

事務所にあったティーカップの一つが突然割れた。
それを見て過剰に反応するおキヌに対し、

「・・・そんなことで、いちいち騒がないでよ」

と返す美神。

「そういや、また遅刻ね。減給ものだわ」
『私、ちょっと様子見てきます』

美神とは対照的に、おキヌは心配そうだ。フワフワと外へ向かう。


___________


一方、事務所のドアの前では、別のドラマが繰り広げられていた。

実は、横島は既にここまで来ていた。扉の前に立ち、

「どーやったらギャラ上げてもらえるんだろう」

なんて呟いている。

美神のところのバイト代だけでなく、外国の辺境に住む両親からの仕送りも乏しい。そんな環境で、横島は一人暮らしをしているのだ。最近、さすがに苦しくなってきた。
別に横島の両親はケチなのではない。

「自分でなんとかするから、どーしても日本に残る、
 って言ったのはあんたでしょ!
 生活キツいんなら、こっちに来なさい」

というのが彼らの言分であり、今朝も電話で繰り返されたばかり。
横島としては、仕送りの増額は期待できない。
かといって、あの美神から給料アップをせしめるのも難しかろう。

そうして立ちすくむ横島に、今、一人の女性が声をかけた。

「ちょっと、おたく!
 美神令子の関係者なワケ?
 ちがうんなら、そこどいて欲しいワケよ!」

美神同様、ボディコンを着たスタイルの良い女性である。
ただし、ストレートではない長い黒髪、褐色の肌、エキゾチックな顔立ちなど、美神とはまた違うフェロモンを発していた。

「関係者ですっ!!
 もーこれ以上はないくらいの関係者です!
 私、横島といいまして、美神さんの右腕でありますっ!!」

と、勢いづく横島に対し、その女性は、

「横島? おたくが?
 そりゃ、ちょうど良かったわ!
 あたし・・・。
 おたくが欲しくて来たのよ」

と言って、横島の顎に指をかけた。
なんという展開!!
震える横島は、ジャケットを脱ぎながら、

「ど・・・、どーぞ・・・!!」

と、我が身を差し出したのだが・・・。
そこに、

『よ・こ・し・ま・さん。
 何をしてるんです、何を・・・!?』

と、声がかけられる。
ドアからスーッと、おキヌが顔を出したのだった。


___________


おキヌの登場の仕方を見れば、彼女が幽霊であることは、誰が見ても明らかだ。
しかし、何やら言い合っている二人の様子は、一見、普通のカップルの痴話喧嘩のようにも見えた。

(幽霊がカノジョなワケ?)

と、褐色の女性は不思議がる。
おキヌとしては、別に横島の彼女然としているつもりはないのだが、初対面の女性には勘違いされることが多い。

『恋人が出来たら、将来、横島さんは凄く辛い目に遭う。
 だから、横島さんは恋人を作ってはダメ』

と考えた上での行動が、ちょうど、ヤキモチのように見えてしまうのだろう。
ただし、そうした誤解も最初だけであり、彼らと深く関わっていくうちに自然に消滅するらしい。
だが、この時点では、まだ褐色の女性は勘違いしており、

「・・・ちがうから、安心して。
 あたしは横島クンの才能が欲しいワケ!
 つまり、引き抜きよ!」

と、二人に声をかける。

「引き抜き・・・?」

横島とおキヌは、言い合いを止めて、女性の方へ顔を向けた。


___________


『美神さあーん! 大変です!』

大騒ぎしながら、美神のもとへ戻るおキヌ。
気だるそうにしていた美神だったが、おキヌと横島に続いて入って来た女性を見て、表情が変わる。

「小笠原エミ・・・!?」
「ハーイ令子。
 優秀な助手を引き抜かせてもらいに来たワケ」 
「ブードゥーからエジプトまで呪いがご専門のあなたが、
 なんの冗談?」
「あらあ、本業はあくまでゴーストスイーパーよ」
「スイーパーですって? ハ!!
 あんたの呪いのせいでひどい目にあったのは
 一度や二度じゃないわよ!」
「そっちこそ、
 しょっちゅうあたしの仕事のジャマばかりして!!
 営業妨害もはなはだしいわ!」
「呪いをかけられた人間に依頼されて
 それを祓うのは当然でしょ!?」
「政府や国際機関の依頼で、
 法の目をかいくぐる悪党におどしをかけているだけよ!
 金さえもらえばどんなマフィアの言いなりにもなるおたくとは
 ワケがちがうわよ!」
「呪い屋の分際で何を偉そーに!!」
「そーゆーおたくは地上げ屋みたいなもんじゃなくて!?」

バチバチと火花を交わしながら、美神とエミは舌戦を繰り広げる。
二人の様子を、

『・・・なんかすごく根の深い関係みたいですね』
「商売上のカタキ同士だったのか・・・!」

と、やや引き気味に見ていたおキヌと横島であったが、そちらにも火の粉が飛んできた。

「横島クン!!」
「は、はいっ!?」
「いったい、どーいうこと!?」

美神に詰め寄られて、ビビりまくる横島。
そこへ、エミからの助け舟が入った。

「あーら。
 おたくなんかよりずーっといい条件で引き抜こうっていうお話をしただけよ」

そして、横島の方を向き、

「ウチにくれば年俸二千万!! 完全週休二日!!
 希望すれば社宅としてマンションも提供するわ」

と、具体的な条件を提示する。

「で、そちらの条件は? 」

エミの質問に対し、美神の解答は非情だった。

「時給250円!!」
「ホーッホホホ。
 それではセリにはならないわねっ!!」
「み、美神さん・・・っ!!」

勝ち誇るエミと慌てる横島を見ても、美神の勢いは変わらない。

「250円ったら250円!!
 それが気にいらないっていうのなら、240円!!」
「ひええーっ!!」
「ほらほらどーするの!?
 どんどん下げるわよ! 230円!! 220円!!」
『ちょ・・・、ちょっとやめてください、美神さん!!
 横島さん本当にとられちゃいますよっ!?』
「210円!!」
『冗談でしょ!? 冗談ですよね!?』
「私は本気よ!! 205円!!」

そして、ついに、

「10円!!」

と美神が言い切ったところで、決着がついた。

「それじゃ、もらってくわよ」

首に縄をかけられ、横島は、エミに連れて行かれてしまったのだ。
事務所の窓越しに二人の後ろ姿を見ていたおキヌは、振り返って、

「美神さん、なんであんなこと言ったんですか!?
 今ならまだ・・・」

と、美神に問いかけるが、無駄であった。

「よこしまあああ・・・!! あの裏切者っ!!
 よりによってエミのところになんか・・・!!」
『あたりまえじゃないですかっ!!』
「あそこで横島クンが泣いてあやまれば、
 エミのメンツもつぶれるってもんでしょーが!!」

そんな理由を答えとして口にする美神であったが、

(それに、どうせ横島クンは・・・)

と、心の中では少し違うことを考えていた。


___________


「ほーっほほほ!!
 令子のメンツはつぶしたし、人材は確保できたし、一石二鳥ってワケね!!」

『小笠原ゴーストスイープオフィス』と看板を掲げた小ビルの中で、エミは、祝杯をあげていた。

「ま、横島クンも、あんなバカ女のとこなんか辞めてよかったわよ。
 これからよろしくね」

横島は、惚けたように椅子に座り込んでいたが、エミの言葉を聞いて、ジワジワと事態を実感する。

「なんで・・・!?
 今までさんざつくしてきたのに・・・。
 美神さんのバカ・・・!!」

そして、立ち上がって、

「ちくしょおおおっ!!
 幸せになってやる・・・!!
 絶対幸せになってやるからなっ!!」

と叫ぶ横島の前に、エミは、一枚の書類を差し出した。

「じゃ、ここにハンコ押して!」

雇用契約書である。

「俺っ!! がんばりま・・・」

言われるがままに判を押そうとした横島だったが、その手が、途中で止まってしまう。
ここにハンコを押したら、完全に美神と決別することになるのだ。
そう頭で考えているわけではないが、体がそれを理解していて、横島を制止してしまうのである。
横島の様子を見たエミは、

「あら・・・。
 あたしの仲間になってくれるんじゃなかったの?
 早くして、早く・・・」

横島の後ろに回り、肩に手をかけつつ、背中に胸を押し付け、さらに耳に息を吹きかけるようにして誘惑する。

「あああっ!
 おっぱいが背中ああ。
 いや耳に息ああああ」

これは、横島の最大の弱点を攻めたものなのだが、なぜか、この時の横島は陥落しなかった。

「うわあああ・・・!!」

手にしたハンコを書類に向ける代わりに、自分の額にガンガンと何度も打ち付ける。そして、頭から血を流しつつ、エミの事務所から出て行ってしまった。
走り去る横島を見ながら、エミは、

「・・・このままじゃ、すまさないワケ」

と、苦々しく呟いた。


___________


バタン!
美神令子除霊事務所のドアが、勢い良く開いた。
横島が飛び込んできたのだ。

「すいませんでした!!」

開口一番、床に頭を擦り付けて、美神に謝罪する。しかし、

「えーっと・・・。
 横島さん・・・だったかしら?
 あなた、小笠原エミさんのところの助手ですよね。
 何しにいらしたのでしょう?」

美神は他人行儀な態度をとり、冷たくあしらう。
その横では、美神の態度に驚いたおキヌが、

『み・・・、み・・・。
 美神さん・・・』

何か小声でつぶやいているが、美神の耳にも横島の耳にも入らない。

「いや、まだエミさんの助手にはなってません!
 俺、やっぱりココで働きたいっス!!
 よそへ行くことなんて出来ません!!」

横島としては『正式にはエミの助手ではない』と主張したつもりなのだが、美神には、別のニュアンスで伝わってしまった。

  『まだ・・・ない』
  予想される状態・段階に至っていないこと。
    この意味で用いられた場合、
    『将来、そうした状態になるであろう』
    という含みが生じる。

「『まだ』・・・?」
「あああ、そういう意味じゃなくて!」

こめかみをピクつかせる美神と、慌てて両手で否定する横島。
そんな二人の行動を止めたのは、おキヌの爆発だった。

『美神さんの、
 バカバカバカ、バカバカバカ、
 バカバカバカ、バカバカバカ、
 バカバカバカ、バカバカバカ、バカバカバカーーーっ!!』

あまりの大声に、

「なによっ!!
 なんであたしが横島クンの裏切りを許してあげなきゃいけないのよっ!?」

耳をおさえながら反論する美神だったが、おキヌには通じなかった。

『バカバカバカ、バカバカバカ、
 バカバカバカ、バカバカバカーーーっ!!
 横島さん戻してくんなきゃ、ずーっと言っちゃうからっ!!』
「・・・」
『バカバカバカ、バカバカバカ、
 バカバカバカ、バカバ・・・』
「あーもう、わかったわよ、
 うっとーしいっ!!」
『それじゃ・・・』

おキヌの勝ちである。
美神は、横島に向き直り、

「横島クン!!
 時給255円でよけりゃ、戻ってらっしゃい!」

横島の苦境を察していたのであろうか、美神は、さりげなく5円値上げする。

「は・・・、はい・・・!」

美神の事務所に戻れることを喜んだからであろうか。
あるいは、値上げに気付いてそれを喜んだからであろうか。
それとも、逆に、依然として低い賃金を悲しんだからであろうか。
涙を流しながら、頷く横島であった。

こうして、『横島が美神の事務所を辞めてエミのところに入所する』というイベントは回避された。
これにて一件落着であるかのように思えたのだが・・・。


___________


ある日の夕方。
横島は、いつもより遅い時間に、美神のところへと向かっていた。
別に遅刻したわけではない。あらかじめ、

「徹夜仕事になるから、少し仮眠してから来なさい」

と言われていたのだ。
事務所ではなく仕事場へ直行できるように、そちらの住所も聞いていたが、

「まだ間に合うし、美神さん達と一緒に行けば、電車賃もかからないから」

ということで、事務所を目指して、少し足早に歩いていた。
そんな横島の前に、今、一人の大男が立ち塞がった。

「横島忠夫くん・・・だね?」

ベレー帽をかぶり、コンバットジャケットを着た男だ。平和な日本の都会には、やや似合わない格好である。

(危険だ・・・!)

本能が告げるまま、

「違います、人違いです。
 横島なんて名前、見たことも聞いたこともありません!」
 
その場を逃げ出そうとして、クルリと回れ右した横島であったが、その場で硬直する。
そこには、もう二人、同じ格好の男達が立っていたのである。
横島を囲むようにして、三方から歩み寄る男達。

「我々としても、手荒なことはしたくない。
 黙ってついてきてくれたまえ」
「どういうご用件でしょう・・・?」

逃げ出すことも出来ず、横島は、したてに出るしかない。
だが、

「来れば分かる」

という言葉と同時に首筋に当てられたスタンガンが、横島の意識を失わせた。
十分、手荒である。


___________


「金ならいくらでも出します!!
 どーか幽霊を退治していただきたい!!
「私の見たところ、毎晩あなたを襲うという幽霊は、
 霊ではなくて呪いの類ですわ、組長さん!」

横島が襲撃されたことなど知らない美神は、おキヌを連れて、ヤクザの邸宅へ来ていた。
地獄組の組長が、今回の依頼人である。

「呪い・・・!?
 すると極悪会の連中が!?」
「ああ、おたくとは抗争中でしたわね。
 でも、そうじゃありません」

その『幽霊』は、『抗争の仕掛人であることを警察に自首しなければ殺す』と組長を脅しているのだ。
美神は、呪いの背後には警察勢力が関与しているであろうと推理していた。

「エミに間違いないわ・・・!
 警察と組んで組織つぶしをもくろんでるわけね。
 タチの悪いマネを・・・!!」
『エミさん・・・ですか?
 そういえば、横島さん遅いですね』

エミの名前を聞くと、おキヌとしては、先日の横島引き抜きの件が思い出される。その流れで横島のことを口にしただけだったのだが、

「確かに遅いわね、あのバカ。
 こういう徹夜仕事こそ、あいつが必要なのに。
 やっぱり減給ものね」

やぶ蛇になったかもしれない。


___________


「ハッ、ハックショーン!」

噂されたせいか横島はクシャミをし、その自分のクシャミで目を覚ました。

「あれ? ここは・・・?」

大邸宅の庭だろうか、それとも、どこかの森の中だろうか。
木々に囲まれながらも少し開けた場所に、横島は居た。
ただし、立たされていたわけでも、座らされていたわけでも、寝転がされていたわけでもない。
丸太ん棒に縛りつけられていたのだ。グルグル巻にされ、首から下は完全に縄に隠されている。ある意味ミノムシのような状態で、全く身動きが取れない。
丸太は直立しており、地面には、日本語でも英語でもない言語や、横島を中心とした円や五芒星が描かれていた。

「なんだか知らんが、
 また、ろくでもない目にあっているような気がする・・・!!」

そんな横島の前に、ズンと現れた一人の女性。
エミである。その姿は、

「な、なんすか、そのやらし・・・、
 もとい妙なカッコは?」

横島が自分の立場も忘れて思わず質問してしまうほどであった。
後ろに垂らしたフードと大きく垂れた両腕部の裾が相まって、マントのようにも見える服。
その黒衣は上半身をしっかり覆っているのだが、下半身には申し訳程度の布地しかついていない。日常の服装とは違った露出を見せていた。
耳の部分に羽飾りのついたヘアバンドを頭に装着し、頬には、それぞれ三本の黒い線が引かれている。
脚にも、外側のラインに沿って上から下まで、何か呪文が書き込まれているが、肌に直接書いているのか或いは極薄のストッキングをはいているのか、横島には分からなかった。

「呪術の衣装とメイクよ!
 これから呪いの儀式を始めるワケ!」

エミが説明する。

「・・・でもね、例によって仕事をジャマしよーとする女がいるの。
 まずは、そいつを片づけなきゃならないワケ!」

横島の頭に、一人の人物が思い浮かぶ。

「それって、ひょっとして美神さん・・・!?」
「そう!!
 おたくを引き抜こうとしたのも、このためだったワケ!
 すさまじい邪欲を持ち、
 おまけに美神令子とは常に行動を共にしていた・・・。
 これから行う呪いにはぴったりのイケニエね!」

何でもないことであるかのように淡々と説明するエミ。
しかし、横島としては、素直に受け入れられる話ではない。

「イ・・・、イケニエ!?」
「あ、大丈夫!
 そんなにおびえることなくてよ。
 別に死にゃしないから!
 寿命は二、三年縮むけど」
「あ、あんた、美神さんよりタチが悪いぞっ!!
 1.25倍(当社比)くらいっ!!」

喚き立てる横島には取り合わず、その横で、エミは、不思議な踊りを始めた。


___________


「来た!!」

美神は椅子から立ち上がった。
おキヌも気持ちを引き締めて、美神の視線の先に目を向けた。
床の一部が不気味に変色し、ズブッ、ズブッ、と少しずつ盛り上がってきている。
そして、それは、最後には人の形を成した。

『よ、横島さんっ!!』

おキヌが叫ぶ。
その泥人形のような物体は、明らかに、横島を模したものだった。

「なんてこと!!
 あのバカ、結局、エミの側についたのね!」

横島が拉致されたことなど知らない美神は、彼は買収されたのだと決めつけた。
美神は、おキヌに説明する。

「横島クンの煩悩パワーを呪いのパワーに上乗せしてるのよ!
 しかも横島クンは私のそばにいることが多かったから、
 私の霊能力にも多少の免疫があるはずだわ!!」
『えっ!! それじゃ・・・!?』
「・・・強敵よ」

美神がそう呟いた途端、その『呪い』は襲いかかってきた。

「だからってエミなんかに負けるわけには、いかなくてよ!!」

神通棍をのばして、美神も立ち向かった。
そして両者は激突する。

ドン!

「く・・・!!
 な、なんてバカ力・・・!!」

両手で神通棍を支える美神であったが、それでも、押されてしまう。弾き返すことは出来ない。

ズガガッ!

両者の間で圧縮されたエネルギーが爆発したが、吹き飛ばされたのは美神のみ。

「このっ・・・!!」

瞬時に体勢を立て直し、おふだを介して霊波を放射したが、『呪い』には全く効かなかった。
絶体絶命だ。
きっと、今頃、エミは高笑いしていることだろう。
ひょっとすると、その横で、横島まで一緒になって・・・。
そんなことを思い浮かべてしまった美神。その頭の中で、何かがキレた。

「横島ああっ!!
 あんた、いーかげんにしなさいよっ!!」

ビクッ!

美神の一喝を受けて、『呪い』の動きが止まった。
横島は、煩悩のズイまで美神に支配されているからだ。

美神令子と横島忠夫。
二人が出会ってから、まだ一年足らず。
それだけの間に、横島には美神への服従が刷り込まれている。
いや、本当に『一年足らず』であるならば、それは『呪い』の動きを一瞬制止させる程度の効果しかなかっただろう。
しかし、彼らの付き合いは・・・。
彼らの意識としては『一年足らず』なのだが・・・。
もっと深い部分で、もっと長い時間を共有してきたのだった・・・。

美神に一喝された『呪い』は、動きを止めるだけでなく、反転し、逃走し始めた。逃げ込む先は、出現地点。

『ひっこんでいく・・・!?』

おキヌが口にした通り、『呪い』は、その地点に亜空間の穴をあけて、帰還しようとしていた。
ここで美神が冷静であったなら、この穴に飛び込んでエミの儀式の場へ殴り込むという選択をしたかもしれない。
しかし、いまだブチ切れていた美神は、その場にとどまり、

「こんにゃろ! こんにゃろ!」

と、『呪い』の逃げ残りの部分を神通棍で叩き続けたのであった。


___________


「ぐべっ!?」

逆流した『呪い』を口から吐き出す横島。

「呪いが逆流した!?」

驚くエミだったが、

「いったん呪いを回収して、再攻撃よ!」

すぐに次の策を考える。
だが、しかし、その計算は甘かった。
美神に恐れをなして逃げ帰った『呪い』は、もはや、エミにはコントロール出来なくなっていたのだ。
両手を広げて、エミに襲いかかってくる。こうなったら、エミとしても、迎え撃つ以外に手はない。

「ヘンリー!! ジョー!! ボビー!!
 霊体撃滅派を使うわっ!! ガードして!!」

その言葉に応じて、近くに停車したバンから、コンバットジャケット姿の三人組が飛び出してきた。横島を拉致してきた三人組だ。
エミには『霊体撃滅派』という強力な必殺技があるのだが、これは放射前に三分間の呪的な踊りを必要とする。その間、無防備となる彼女を守るのが、三人組の本来の仕事であった。
今も、盾として『呪い』の前に立ちはだかったのだが・・・。

「うわーっ!」
「ぎゃーっ!」
「ひぃーっ!」

一瞬で三人は弾き飛ばされ、空の彼方へと消えていった。

「・・・」

踊りをやめて、逃走に切り替えるエミ。
襲いかかる『呪い』にバンも破壊されてしまい、自分の脚で走って逃げていく。
『呪い』に追われながらも、エミは、

「令子に負けたワケじゃなくてよ!!
 自分の呪いに負けただけよっ!!」

と、一応の捨て台詞を残したのだが、誰も聞いていなかった。
ただ一人その場に残された横島も、『呪い』が逆流した際の衝撃で気絶していたのだ。

そして、そのまま一時間くらい経過した。

ピューッ。

「ハッ、ハックショーン!」

夜風が身にしみて、その寒さで目を覚ました横島は、依然として縛られたままであることに気付いた。
しかも、周りには誰もいない。

「・・・で、俺は、このまま放置?」


___________

翌朝。
横島は、ようやく解放された。
呪いの儀式の場を探り当てた美神が、助けにきてくれたのだ。
一晩放置されたせいで風邪を引いてしまったのは不幸だったかもしれないが、美神が来るまでそのままだったことは、かえって幸いだったかもしれない。
その姿を見せたおかげで、『裏切ったわけじゃなく、強制されていたのだ』と納得してもらえたのだから。

その日は特に仕事も入っておらず、風邪気味の横島にも休みを与えた。
美神とおキヌしかいない事務所は、静かである。
美神にしては朝が早かったこともあり、夜、早めに入浴する美神。
一人、バスタブに浸かりながら、ふと、今回の一連の騒動を振り返ってみる。

(私だって、本気でクビにする気なんか、なかったわよ)

まず頭に浮かぶのは、横島がエミに連れられて出て行った時のこと。
おキヌにはメンツと説明したが、実は、

(どうせ横島クンは戻ってくる)

と信じていたからなのだ。
さらに、当時のことを考えて、

(おキヌちゃんだって、窓越しに見送るだけで、
 横島クンを追いかけて行ったりはしなかった。
 わかってたんでしょうね)

と、おキヌの心中も想像した。
そして、それ以上、この件に関して考えるのをやめて、美神は風呂から上がった。
美神の表情は、とても幸せそうに見えた。入浴後の心地よさ、というだけでは説明出来ないくらいに・・・。


横島が、エミと契約できなかったように。
美神も、横島が本気で裏切るなんて思ってはいない。
おキヌが『バカバカバカ』と美神に食ってかかったのも、二人を信じていればこそ。

断つことの出来ない人と人との結びつき、それは絆と呼ばれる。
この三人には、深い絆があるのだ。長い長い付き合いに基づいた絆が。
三人が思っている以上の深さ、三人が気付いている以上の長さで・・・。



(第六話「ホタルの力」に続く)


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