「おキヌちゃんは、いい子ねー」
「えへへー、ほめてもらっちゃった!」
美神に頭を撫でられて、喜ぶおキヌ。
横で見ている横島としても、これは納得である。何しろ、今日の仕事が無事に終わったのは、おキヌのおかげだったからだ。
第二話 巫女の神託
それは、ほんの一時間足らず前の出来事・・・。
今日の仕事は、オフィスビルの除霊。相手は、社長室を占拠している凶暴な悪霊だ。
三人は、現場である32階までエレベーターで上がる。ドアが開くと同時に、
「この気配は・・・!
株に失敗して全財産をすって半狂乱になり、
このビルのこの部屋から飛び降りて病院に収容後、
3時間12分後に死んだ霊・・・!」
「い、いきなり、そこまで?」
「依頼書にそう書いてあったのよ。
霊能者にはハッタリが重要よ」
「よその霊能者が聞いたら怒りますよ」
普通の言い方ではないものの、必要かもしれない情報を、そして自分の除霊テクニックの一端を横島に伝える美神。
今回が初参加となるおキヌは、そんな二人のやり取りを黙って後ろで聞いていた。
「神通棍を」
「は、はい!」
美神に命じられるまま、横島は、その場に置いた荷物の中から神通棍を取り出して、手渡す。
「聞こえる?
悪さすんのも、いい加減にしなさい!
おとなしく成仏すればよし!
さもないと力ずくで片付けるわよ!」
悪霊に呼びかける美神であったが、返事はない。
ただし、反応はあった。突然、天井が崩れてきたのだ。
三人に直撃はしなかったものの、エレベーターの入り口が塞がってしまう。
「武器もおふだもエレベーターの中に・・・!」
と、横島は焦るが、美神は冷静だ。意味ありげな視線を、おキヌの方へチラッと向ける。
おキヌが、
『美神さん・・・』
と一言だけ返したところで、問題の悪霊が現れた。
『けーっけけけ、けけけけっ!
けけけっ・・・、けけけけけけけっ。
けけっ? けけけけけけけっ!』
「人格が崩壊しちゃってるわ・・・。
一番やっかいなタイプね」
『けーっ!!』
襲ってきた悪霊を神通棍で受け止める美神だが、受け止めるだけで精一杯だった。
「やっぱり・・・! 強い!!
パワーが足りないわ。」
咄嗟に左手で、首からぶら下げているペンダントを毟り取り、
「精霊石よ・・・!」
悪霊へ投げつける。その効果で悪霊が怯んだ隙に、三人は逃げ出した。
廊下の曲がり角に隠れながら、
「あー、やばかった!
神通棍じゃ歯が立たないわ。まずいわねー」
「まずいって、どういうことですか?」
「つまりヘタすると私も横島クンも殺されちゃうってことね」
「なるほど! ・・・え?」
美神の言葉に驚愕する横島。だが、
「ウソ、ウソ。
今のは、普通なら殺されちゃう、って意味よ。
でも、今日は特別だから大丈夫。
強力なのが一枚、ここにあるから」
そう言いながら、美神は、胸元から一枚の破魔札を取り出した。
「美神さん。
ポケットも無いのに、そんなところから取り出したってことは・・・。
美神さんのブラとナマ乳の間に挟まれていたのか!
この野郎! おふだの分際で!!
なんて羨ましい・・・、って、ウギャっ!!!」
叫び出した横島を、美神は神通棍でシバいて止める。
「バカ言ってんじゃないわよ。
私だって、ふだんは、こんなところに入れとかないわ。
『今日は特別』って言ったでしょ」
と言ってから、美神は、おキヌに微笑みを向ける。おキヌも笑い返す。
その時、先程の横島の騒ぎを聞きつけた悪霊が、再び襲ってきた。しかし、
「依頼料を考えると、ちょっともったいないんだけどね・・・。
いやしき怨霊よ! この世は汝の場所にあらず!
黄泉の国こそ、ふさわしい! 吸引!!」
と、アッサリと美神に撃退されてしまったのである。
そして、美神は、横島に事情を説明した。
「事務所でね。
今日から除霊に参加してもらうわよ、
っておキヌちゃんに言ったら、
こういう事態を予言したのよ、おキヌちゃんが」
実は、その予言の際に、おキヌが美神に聞かせたのは、ここで実際に起こった出来事とは少し違う。
なぜか荷物と分断されてしまい、手持ちの武器では歯が立たないため、おキヌ一人が荷物のところへ何かを取りにいく。でも、それを持って戻ってくるどころか、その場で失敗して壊してしまう・・・。
それが、おキヌが感じた『未来』だった。初仕事と聞かされて興奮した際に、ボンヤリと頭に浮かんできた光景。
結局、最後までその通りに実現することは無かったが、実現しなかったのは、そうなるかもしれないという可能性を踏まえた上で対処したからだ、とも考えられる。
だから『おキヌのおかげで助かった』となったわけだ。
___________
しばらく経ったある日のこと。
おキヌは、事務所で留守番をしていた。
美神は、横島を連れて、仕事の打ち合わせのために銀行へ出かけている。
『横島さんが言ってたなあ。
銀行ってところには、
美神さんの大好きなお金がたくさんある、って。
今日はいつも以上にゴキゲンで帰ってくるんだろうな』
そんなことをおキヌが考えていたところへ帰ってきた美神達。
ただいま、の代わりに美神が口にしたのは、
「来週、銀行を襲撃するわよ!」
という言葉だった。
___________
「防犯訓練で幽霊と一緒に銀行強盗!?」
そう、銀行を襲撃すると言っても、依頼料を渋った銀行に腹が立ったから襲ってしまえ、というわけではない。
そもそも、今回の依頼は、二人組の幽霊をなんとかして欲しい、という内容だ。
彼らは、押し入る直前に交通事故で死んでしまった銀行強盗(未遂)であり、今は『悪霊退散』のふだのせいで店内には入れないものの、未練がましく窓に張り付いている。彼らにそのつもりが有るにせよ無いにせよ、これでは営業妨害である。
美神にとっては、正攻法で除霊しても手間取る仕事では無い。しかし、今回は、
「来週、防犯訓練があるので、それを利用する。
美神が二人組の幽霊を率いて銀行を襲撃。
これによって、彼らの未練を断ち、成仏させる」
ということになったのだ。
「どーして、そんなことになっちゃったんですか!?」
という横島の質問に、
「そーすりゃ全員が納得するからよ!」
と答える美神。この『全員』には、依頼者である銀行の支店長および美神自身が含まれている。
今回の契約では、この襲撃で強盗側が盗んだお金が美神のギャラとなる、という取り決めになったのだ。
うまく行けば、かなりの金額を得られるだろう。しかし、逆に言えば、強盗を阻止されたらタダ働きだ。
こんな状況になったのも、先程の『腹が立ったから襲ってしまえ』では無いものの、『銀行が依頼料を渋ったから』が理由であることは間違いないであろう。
そして、一通りの説明を受けた横島が帰っていった後、おキヌが美神に質問する。
『美神さん。
今の説明だと・・・。
押し入った時点で、強盗さん達、満たされて成仏しちゃうんじゃないですか?
そうなると、私たち三人だけで逃げ切らないといけないですよね?』
幽霊のおキヌが言うだけに、説得力がある話だ。
だが、美神は、ふと気になった。
「おキヌちゃん、それ、例の『予言』ってやつ?」
『いえ、違います。そうじゃないです』
美神に言われて、否定しながらも、おキヌは、
(銀行を襲撃して、その後、どうなるんだろう?)
と、『未来』を知ろうと努力してみる。美神の
「おキヌちゃんには、別働隊として内部撹乱を頼むつもりだったんだけど。
当日は幽霊も店内に入れるし、幽霊のおキヌちゃんなら、
何かあった際に逃げ出すのも簡単だろうから」
という言葉も耳に入らないくらい、頑張って集中した結果、
『こんぴーたって面白ーい』
という一言が、おキヌの口からこぼれ出した。
___________
銀行襲撃の日がやって来た。
朝八時五十五分、銀行前に一台の車が停まっている。
『・・・銀行強盗は閉店前が定石じゃないのか?』
運転席の美神に対して、二人組の幽霊が後ろから声をかける。後部座席の無い車だが、幽霊はプカプカ浮いているので、座る必要もない。
「相手は私たちが来ることを知ってるのよ。
ウラをかいて開店直後を襲うの!」
答える美神の横では、横島が、手にしたものを凝視している。
「・・・美神さん、この銃、まさか本物じゃ・・・?」
おそるおそる尋ねると、
「本物よ」
とアッサリ返ってくる。
「ちょっとおおおっ!!」
「弾丸は特製のに替えてあるわ。
当たっても死にゃしないから計画通りやればいいの!」
「ウソだ!
美神さん、前にも俺を鉄砲玉にしようとしたじゃないっスか。
超小型ビデオカメラ持たせて、
録画スイッチ押したらレンズから銃弾が出るように細工して!!」
「いつ私がそんなことした?
アンタ何ワケ分かんないこと言ってんのよ。
ほら、開店よ! 行って!!」
ちょうど銀行のシャッターが開き、美神は横島を送り出した。
美神に言われたからではなく、
(超小型ビデオカメラ? レンズから銃弾?
確かに、そんなモン使ったこと無いぞ。
何言ってんだ、俺)
自分が不可思議なことを口にしたと気付いたために、落着きを取り戻す横島。
一方、美神は、
(レンズから銃弾が出るビデオカメラ、か。いいアイデアね)
と、横島の言葉を肯定的に受け入れていた。
___________
プロ顔負けの手際の良さで、一度は約三億の大金を手にした美神達。
二人組の幽霊は、押し入った直後ではなく、
『やったあ!! ポリが来るより先に逃げたぞ!』
『やりましたね、アニキー!!』
と、逃走劇の序盤で成仏していった。
それでも、美神のドライビングテクニックと、ピストルから飛び出す低級霊弾を駆使して、見事に追跡部隊を振り切る。
しかし、特殊部隊には敵わなかった。歩道橋の上から投下されたマキビシで車を止められ、窓口嬢制服の一団に包囲されたのである。
「やたーっ!
金は守りきったぞー!
最後に笑うのは、やはり我々だったんだーっ!」
と、祝勝モードの銀行側だったが・・・。
一方、美神と共に事務所に戻った横島は、おキヌが居ないのを不思議に思った。
「あれ? おキヌちゃんには留守番頼んだんじゃないですか?」
「違うわよ。おキヌちゃんには、今回の仕事で一番の大役を任せてるの」
ニヤリと笑う美神。
「ただいまー!」
ちょうどそこへ、おキヌが戻ってくる。
「どう? うまくいった?」
「はい、スイス銀行の美神さんの秘密口座に、十億円入金してきました」
唖然として、二人の会話を聞く横島。
美神達が銀行側の注意を集めている間、おキヌが銀行に潜り込んで、どさくさまぎれにオンラインの不正操作をする。
これが、横島も聞かされていない、今回の作戦だったのである。
「さすが、美神さん。
魔族も舌を巻く悪知恵と言われるだけのことはある・・・」
「いつ誰がそんなこと言ったのよ?
・・・ま、この計画は、おキヌちゃんのおかげで思いついたんだけどね」
美神は、横島に説明した。
おキヌが銀行でコンピューターを操作している彼女自身の姿を『予知』したからこそ、美神も、こういう手段を考えることが出来たのだと。
「凄いなあ、おキヌちゃん」
「えへへー」
横島の一言に、照れながらも喜ぶおキヌ。
美神は美神で、
「巫女の神託、ってやつでしょうね」
と、おキヌの予知能力を説明してみせた。
優秀な巫女は、いわゆる『神様のお告げ』を聞くことができる。
山の神様になるはずだったくらいだから、おキヌが、ある程度の力を持っていても不思議は無い、ということだ。
さらに、
「しかも、おキヌちゃんのは、
確定した未来だけじゃなく、回避し得る未来も見せてくれるみたい。
だからいいのよね」
と、先日のオフィスビル除霊の件を思い出しながら、言ったのだが、
「確定した未来? 回避し得る未来? どういうことっスか?」
横島には意味が通じなかったらしい。
そこで、美神は説明を続ける。
「うーん、どう説明しようかしら。そうねえ・・・。
悪魔ラプラスって知ってる? 別名『前知魔』とも言うわ。
もともと『パンドラの箱』に入っていた災厄の一つなんだけど、
全てを見通す目、完全な予知能力を持ってるの」
「予知能力が災厄なんっスか? 便利でいいと思うけど?」
しかし、どうも、まだ美神は、オカルト知識のレベルが全く異なる者に説明する、ということに慣れていないらしい。
横島がついて来られない例を出して、いっそう混乱させてしまった。
「バカねー、未来が全部わかるということは、希望や夢を奪われるってことよ。
聞いた話では、百年くらい前、
二度の世界大戦をラプラスから予告された人がいて、自殺したそうよ。
ラプラスの予知は、どうあがいても避けることの不可能な、事実の予告だから。
そう、事実の予告、って言ったらいいのね。それが確定した未来。
でも、おキヌちゃんの予知は違う。
もし、おキヌちゃんから『二度の世界大戦』を予知されても、自殺する必要は無い。
むしろ、自殺なんてしてる暇は無いわ。
だって、その『二度の世界大戦』という可能性を知った上で、
その情報に基づいて頑張れば、『二度の世界大戦』を回避できるんだから。
ほら、この間の、オフィスビルの除霊。
おキヌちゃんの予知のおかげで、危機を回避できたでしょ?」
この説明で、横島も、美神の言いたいことを理解した。
横島の表情を見て、美神は、それ以上の説明は必要無いだろうと判断し、
「でね、おキヌちゃん。
私の将来に関して、何か重大なこと、予知できる?」
正面からおキヌに顔を近づけて、聞いてみた。
何か読み取ろうと努力するおキヌだが、何も頭に浮かんで来ない。
そこで、
「じゃあ、俺は?」
と、今度は横島が、おキヌの前に来た。
横島をジーッと見つめるおキヌ。
集中して、集中して・・・。
すると、頭の中にボンヤリとした映像が浮かび始めた。
『・・・!!』
突然、おキヌの頬を一筋の涙がこぼれた。
「え?」
横島だけでなく、美神も驚く中で、
『ごめんなさい、言えません』
とだけ言って、おキヌは、自分の部屋に逃げ込んでしまった。
何とも言えない雰囲気の中に残された二人。
美神も横島も、ワザとらしく敢えて軽い口調で言葉を交わす。
「おキヌちゃん泣かせちゃダメじゃない」
「俺が悪いんっスか?
あんなリアクション取られたら、むしろ、こっちが泣きたいくらいなんですけど」
こうして、今日の仕事の話から、おキヌの予知能力の件へと話題が変わっていって、そこで会話が終わったために、
「いくら美神から教わったとはいえ、わずか一周間足らずで、なぜ、三百年前の幽霊であるおキヌが、不正オンライン操作が出来るほどコンピューターを使いこなせるようになったのか?」
という疑問は、誰の頭にも浮かばなかったのである。
また、おキヌの予知能力に関しても、『巫女の神託』という言葉で上手く説明出来たために、
「おキヌが未来予知できるのは、本当に『巫女の神託』という能力のためなのか?」
という疑問も、誰の頭にも浮かばなかったのである。
そして、部屋に籠ったおキヌは、一人、頭の中で先程の『予知』を反芻していた。
横島の未来として、見てしまったもの。それは・・・。
恋人を救うために仲間と世界を犠牲にするか。
全てを救うために彼女を犠牲にするか。
その選択に迫られた横島の姿だった・・・。
(第三話「おキヌの決意」に続く)
原作だと1話完結の話なので変更がしづらいのかもしれませんがもう少し独自の展開が欲しいです。
原作で気付かなかった謎を提示されていますが、回答に関わる部分が入って来ないので単なるネタに見えてしまうのが残念です。
後、吸魔護符の掛け声って”吸印”ではないでしょうか。 (白川正)
一気にお読みいただいたようで、第二話以降(現時点で掲載している第十五話まで)全てにコメントを書かれていますね。各話それぞれを読み終わった時点でコメントされたようで、中には以降の話を読んだ時点で解決済み(レス不要)のものもあるように思われます。それを考慮しながらレスしていきます。
>おキヌちゃんの未来予知?で微妙に原作と話が違ってきていますが、微妙過ぎて読み応えが有りません。
設定上『微妙にしか変化できない』というだけではなく、これを書いた当時は『敢えて微妙にしか変化させない』方針で書いていました。
この『復元されてゆく世界』という作品全体に関して、当初は、
「途中までは『微妙にしか変化させない』ようにして、その『微妙な変化』を伏線として、終盤、どんでん返しのように大きな変化が現れる」
と構想していたのです。
しかし、他の方々から頂いたコメントを見て、それでは『読み応えがない』、読者がついてきてくれないと知らされました。そのため、方針を若干変えました。
現在では、各話を書き始める際に、むしろ、
「いかに原作と違う展開にするか」
を考えるようにしています。
>原作で気付かなかった謎を提示されていますが、回答に関わる部分が入って来ないので単なるネタに見えてしまうのが残念です。
ここで提示した『謎』というのも、この時点では隠している真相に関わるものであり、この『謎』こそが『真相』の至るための手がかりの一つでした。
>吸魔護符の掛け声って”吸印”ではないでしょうか。
御指摘のとおり、私の誤字です。気づきませんでした、すいません。ありがとうございます。 (あらすじキミヒコ)
『神託』という言葉をうまく使い、
不思議に思わない美神たちの描写がうまい設定だと思います。
確かに力ある巫女ならば不思議ではないですもんね。
でも、おキヌちゃんは横島クンにとって最悪とも言える未来を見てしまった?
まだ2話までしか読んでないので、先が楽しみです。 (しんくす)
しかも、『神託』という言葉を使った設定を褒めていただき、とても嬉しいです。
作者としては、向上のためには、悪い部分を指摘されるのも勉強になります。
しかし、逆に、今回のように、
「自分では、ここがこの回のポイントだと思っていた」
という部分を良く言っていただくことは、単に嬉しいだけではなく、
「自分が表現したいことが(少なくとも一人の)読者には伝わったのだ」
という確認にもなります。それを今後の執筆に活かすことができます。
その意味でも感謝しています。
今後もよろしくお願いします。 (あらすじキミヒコ)