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復元されてゆく世界

第一話 はじまり


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/ 2

『アルバイト募集 ゴーストスイーパー助手』

と書かれているポスターを貼っていたのは、亜麻色の髪をなびかせた女性だった。
スタイルも抜群で、しかも、それを強調するかのように、ボディコンシャスを着こなしている。
こんな美人に街ですれ違ったら、普通の男なら思わず振り返ってしまうだろう。だが、この場に通りかかったのは、『振り返る』だけでは終わらない奴だった。

「一生ついていきます、おねーさまーッ!」

そう言って飛びかかっていったジーンズ姿の男を、

「なにすんのよ、変質者!」

と、一撃のもとに殴り倒す。
これが、美神令子と横島忠夫、二人の出会いであった。



    第一話 はじまり



(変ね。なんだか前にも、コイツをシバいたことがあるような気がするんだけど?)
(あれ? このネーチャンにシバかれるのって、妙に馴染むと言うか、懐かしいと言うか、初めてじゃないというか・・・)

この時、心の中で、彼らは同じ既視感にとらわれていた。
もしかしたら初対面ではないのだろうか、と思い返してみても、そんな記憶は出てこない。
だが、思い返そうという試みの中で、瞬間、二人の頭の中に、四つの光る球の映像が浮かぶ。ただし、意識すら出来ないほど短い『瞬間』であったため、その映像を二人が認識することは無かった。
だから、光る球に文字が書かれていたことにも、その文字が『記』『憶』『封』『印』であることにも、二人は気付かない。
気付かないまま、話は展開していく。

「すんません、違うんです。
 雇って下さいと言うはずが、近づいたら、あまりのフェロモンに我を忘れて・・・」
「雇うって・・・。あんたを?」
「俺、マジで今、ちょうどバイトを探してるとこだったんスよ。
 そこにこんな美人が募集をかけてるでしょ? つい興奮して・・・。
 お願いします! 今まで、おねーさんみたいな物凄い美人見たことなくて!
 どうしていいか分からんくらいキレイです! バイトしてみたい!」

その素直さに免じて、この場はセクハラを許す美神。さらに、

「給料なんか、いくらでも構いません!」

と言われて、時給250円で横島をバイトに採用してしまったのである。


___________


ある春の天気の良い日。
人骨温泉へと向かう山道を、一組の男女が歩いていた。美神と横島である。
山道とは言え、車も通行できるように整備されている。山肌や木々には、まだ雪が所々残るものの、道路には見られなかった。
美神は手ぶらで気持ち良さそうに歩いているが、横島は全く違う。少し後ろから、ゼーゼー言いながら付いていこうとしている。
だが、それも難しい。何しろ、両手にトランク、背中に大きなリュック、その上にさらに荷物をくくり付けられた状態なのだ。
標高のせいもあって酸素も足りなくなり、時々倒れてしまうのも仕方がないだろう。だが、悪い意味で彼を信頼してる美神は、ついに、

「先に行くわね」

と、サッサと一人で行ってしまった。

「いかん。女っ気がなくなって、ますます意識がモーローと・・・。進まねば・・・」

気力を振り絞って立ち上がる横島。彼は気付いていないのだが、実は『女っ気がなくなって』は間違いであった。
木の陰から、横島を見守る少女が居たのだ。
いや、『居た』というより、『突然現れた』と言った方が正しいかもしれない。しかも、いっちゃった目付きで、

『あの人・・・。あの人がいいわ・・・』

と呟いているのだから、なんだか危ない雰囲気である。
いつのまにか少し先回りした少女は、今度は岩陰に隠れて、横島が来るのを見計らっていた。そして、ただでさえ瞳孔が開いた目を、さらに大きく見開いて、

『えいっ!』

と、横島に体当たりする。

『大丈夫ですか? 私ったらドジで・・・』
「今『えいっ』と言わんかったか? コラッ!」

背中の荷物の重さ故に、ひっくり返った亀のようになってしまった横島だが、ちゃんとツッコム所はツッコムのである。
そして、少女に手助けされて起き上がり、初めて、この少女を正面から見た。

「!!」

可愛い。
巫女姿の清楚な美少女だ。
もちろん、先程までのアブナイ目付きは、とうに消えていて、少女らしくクリッとした眼になっている。しかも、その『先程まで』を横島は知らない。
なんだかバックの空気まで、ホンワカと言うかメルヘンと言うか、そんなトーンに変わっていた。

一瞬ではあるが、フリーズした時間。
横島だけでなく、初めて横島と向き合った少女の方も、固まってしまっていたのだ。

(私、この人に会ったことがあるような気がするんだけど・・・)

  彼が隣に座って、
  「ほれ、これやる。おキヌちゃんにだ」
  「野菊・・・?」
  「おキヌちゃんは野菊の花のようだ」
  言われた私は顔を赤らめ、視線をそらしつつ
  「あ、ありがとう・・・。忠夫さんはリンドウの花のよう・・・」
  と返す。

そんな光景が、少女の頭に浮かんだのだ。

『せっかく死んでいただけそうな人を見つけたのに』
(この人を殺すことは出来ない・・・)

後半を心に留め前半を口に出しつつ、少女はスーッと消えていった。
幽霊だ!
それを見て、横島も再起動する。

「・・・。
 うわああ! 美神さん!」

一目散に走り去った。
そして、その後ろ姿を見送るかのように、少女は、再び姿を現す。

(でも、あのふたりなら、何とかしてくれそう・・・)

少女の胸に、そんな想いが飛来した。


___________


「15、6の女のコの幽霊?」

人骨温泉ホテルの一室にて。
部屋に運ばれた料理に舌鼓を打ちながら、美神は横島の話を聞いていた。彼女は、

「温泉に出るのと同じ奴かしら」

と、近くに座った中年男性に話を振る。

「うんにゃ、ウチに出るのはムサ苦しい男ですわ」

彼は、温泉ホテルのお偉いさんであり、今回の依頼者である。
美神と横島が温泉にやって来たのは、(当たり前だが)プライベートの旅行でもなんでも無く、除霊仕事のためであった。
露天風呂に幽霊が出て客が激減している、何とかしてほしい、と頼まれたのだ。

「・・・だそうよ。今回とは別件ね。
 それに、軽く突き飛ばすくらいなら、かわいいイタズラよ。別に命までとられそうになったわけじゃないんでしょ?」
「そったらメンコイお化けなら、かえって客寄せになるで」

二人からそう言われると、横島としても返す言葉が無い。
考えてみると、『死んでいただく』とか何とか物騒なことを言われはしたものの、それは口だけだった。

(むしろ、ぶつかった後で、やさしく手を差し出して助け起こしてくれたんだよな・・・
 待てよ・・・。ということは、もしかして、アレか?
 あれは『パンをくわえた転校生が突然曲がり角から出てきて衝突』の新バージョン? 
 『パンをくわえた転校生』が『巫女姿の幽霊』に変わって、
 『曲がり角』が『岩陰』に変わっただけで!
 王道パターンの心霊スポットバージョンだったのか! しまった!
 慌てて逃げ出さなきゃ、あんな可愛いコとの、ラブコメが始まるはずだった!!
 そしてラブコメの最終回でカップルになった二人は、続編でメロドラマの世界へ突入し、
 ついに、あんなことや、こんなことを・・・」

妄想の後半を口に出してしまうのが横島のお約束であるならば、

「バカなこと言ってないで、問題の露天風呂に行くわよ」

美神が横島をシバくことでそれを止めて、話を先に進めるのも、お約束である。
そして、露天風呂へ引き摺られていく横島にも、横島を引き摺っていく美神にも、

(これが『お約束』になってしまうのは、まだ早いんじゃないだろうか?)

という疑問は全く浮かばないのであった。


___________


「見たところ、霊の気配は無さそうね」

問題の露天風呂で、『見鬼くん』という霊体検知器を使う美神。
後ろから、さりげなさを装いつつ、横島が声をかける。

「や、やっぱ女性が、ふふ風呂に入ってないと、ダダダメなのでは?」

全然さりげなく無い。しかし、

「うーん。じゃ、とりあえず入ってみましょうか」

ちゃららーん! 美神は横島の提案を受け入れた!

(さすがプロ! 必然性があれば、ためらわない!)

と感激する横島だったが、それも束の間の夢。ぬか喜び。
二人の前に、

『じっ、自分は、明痔大学ワンダーフォーゲル部員であります。
 寒いであります。助けてほしいであります』

ヒゲ面の登山姿の幽霊が現れてしまったのだ。

「アホかー、貴様ー!
 あと五分、いや三分が何で待てんのだ!
 もーちょっとで美神さんの裸体が拝めたものを!」

幽霊に怒鳴る横島は、続いて、

「幽霊とはいえ、それが男のすることかー!
 バカ! バカ! バカ!」

と喚きながら風呂桶をガンガン叩く。八つ当たりである。

美神は『入ってみましょうか』とは言ったものの、どういう格好で入るかは言ってないし、ましてや、横島の目の前で入るとも言っていない。
普通に考えれば『裸体が拝める』わけはないのだが・・・。

横島が『普通』じゃないと分かっている美神は、ツッコムことすらしない。幽霊の

『な、なんでありますか?』

という質問にも、

「気にしなくていいの」

と返すくらいである。
そんな状況のところへ、

『あの・・・。
 お取り込み中のところ、すいません』

と、巫女姿の少女の幽霊まで現れた。


___________


「・・・こっちの事情は、だいたい分かったわ」

露天風呂の岩に腰掛け、美神は、ヒゲ面の幽霊から話を聞いていた。
仲間とはぐれて雪に埋もれて死んでしまったが、死体は発見されずに放置状態。それを見つけて供養してもらえれば、心残りもなくなり成仏できる、という状況らしい。

ちなみに、この説明の間、横島は倒れていた。頭から血を流して、ピクピクしている。
巫女姿の幽霊に向かって、

「ラブコメ娘!」

と叫びながら飛び掛かっていき、押し倒したところで、美神にシバかれたのだ。その時、美神が手にしていたのは見鬼くんだったのだが、どうやら基底部の角の部分がヒットしてしまったらしい。
そんな横島は(もちろん)放っておいて、

「で、あんたは何なの?」

美神は、少女の幽霊に話を向けた。少女は素直に説明する。

『私はキヌといって、三百年ほど昔に死んだ娘です。
 山の噴火を鎮めるために人柱になったんですが・・・。
 普通そういう霊は地方の神様になるんです。
 でも、あたし才能なくて、成仏できないし、神様にもなれないし・・・。
 だから誰かに替わってもらおう、って』

(なるほど、地脈から解放されるために、代わりの幽霊を用意しようと考えたわけか。
 『かわいいイタズラ』どころか、ホントに横島クン殺すつもりだったのね)

自分の判断ミスに気付く美神だが、内心に留め、もちろん口には出さない。

『あそこまでコキ使われて平気な人なら、喜んで替わってくれると思って・・・』

と、おキヌが説明を続けた所で、

「じゃあ、本気で殺す気だったんかい!」

ツッコミを入れるために横島が回復した。
こうして全てが分かったところで、美神が提案する。

「よろしい、じゃ、こうしましょ。
 ワンダーフォーゲル部!
 あんた、成仏やめて山の神様になんなさい」

彼としては、もちろん依存は無い。感激して一瞬固まった後、

『やるっス! やらせて欲しいっス!』

熱意を込めて賛成の意を表した。

「あんたも、これでいいわね?」
『はいっ!』

美神の確認に、おキヌも頷く。

あっさりと話は決まってしまったが・・・。美神の提案は、かなりのオオゴトだ。
いくら美神が一流の霊能力者であるとは言え、所詮、一人の人間である。
基本的に、神族の力と人間の力との間には、大きな隔たりがあるのだ。
ましてや、今、美神が行おうとしているのは、一柱の神(の候補)と一人の人(の幽霊)との間での、身分の変更である。神界への大きな干渉だと言っても過言ではないだろう。
素人ならば、この辺りの事情は分からなくても当然かもしれない。霊能力ってスゲーなあ、何でも出来るんだな、と感じることも許されるだろう。
しかし、美神は違う。一流のゴーストスイーパーであるからこそ、何が出来て何が出来ないのか、何が容易で何が困難なのか、その境目をキチンと理解しておかなければならないし、実際、ちゃんと把握している。
それなのに・・・。
このときの美神には、この行為が、ごく自然に可能だと思えてしまったのだ。
まるで、当然の帰結であるかのように。
まるで、『出来た』という確定した未来を知っているかのように。

「この者をとらえる地の力よ。
 その流れを変え、この者を解き放ちたまえ・・・!」

美神の念じる言葉に続いて、おキヌの足下でバチッと音がした。
そして、ビュンという音と共に、何かがワンダーフォーゲル部に入り込み、彼の姿を変化させる。右手に弓を持ち、背中に矢を抱えた、神々しい姿へと。

『これで自分は山の神様っスね!』
「とりあえずはね。
 力をつけるには、まだまだ永い時間と修行が必要よ」
『おおっ、はるか神々の住む巨峰に雪崩の音がこだまするっスよ!』

そして、神に昇格した幽霊は、山奥へと飛び去っていった。
それを見届けてから、おキヌは、

『ありがとうございました。これで私も成仏できます』

と、美神に礼を言い、

『横島さんも・・・。あなたのことは忘れません。
 幽霊を押し倒した男として、次の人生でも語りつぎたいと思います』

と、横島にも挨拶して、

『さよなら・・・』

空へ浮かんでいく。
しかし、たいして進まないうちに、ハッとしたような表情で戻って来た。

『あの・・・。
 つかぬことをうかがいますが、成仏ってどうやるんですか?』

横島はズッコケ、美神は呆れる。

「長いこと地脈に縛りつけられてて安定しちゃったのね。
 こりゃ誰かにおはらいしてもらうしか・・・」

原因を分析し、対応策まで口にする美神だが、それを実行するつもりは無かった。無料で除霊する美神ではないのである。

「こうしましょう。うちで料金分働きなさい。日給は奮発して30円!」
『やります! いっしょうけんめい働きます!』
「お・・・鬼だ」

帰り道を歩きながら、明るく会話する三人。
その場の雰囲気に幸せを感じたおキヌは、

(成仏できないのは、美神さんが言ったような理由だけじゃなくて、
 心残りもあったのかもしれないなあ)

とも思う。そして、美神達に対して、

『あの・・・。
 ずっと前に、どこかで、お会いしたことがありましたっけ?』

と質問するが、二人に思い当たることはない。

『テレビかしら? 出てませんでした? 朝八時くらい?』
「出てませんっスよ、俺たち」
「おキヌちゃん、幽霊なのに、どこでテレビなんて見てたのよ」
『え? あれ、私、なんでそんなこと言ったんだろ?
 そもそも『テレビ』って何ですか?』

おキヌの返事に、ずっこける二人。
こりゃあ天然ボケならぬ幽霊ボケね、と思う美神たち。
微笑ましい三人である。
それは、彼らが、おキヌの発言が意味するところをキチンと理解していなかったからであろう・・・。



(第二話「巫女の神託」に続く)


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